真面目に疲れた………
再び俺(我)は武蔵と相対する。
心は先程と違い落ち着いていて、水面のように静かだ。
『心鋼一致』によって正宗と一つになった今の俺(我)は、冷静に状況を見れるようになっていた。
正宗七機巧が最終奥義、『神形正宗・最終正義顕現』
これは驚異的な再生能力を発動させ、どのような損傷も一瞬で再生させて悪を絶対に討つ最終奥義。
使えば俺は二度と元の姿には戻れず、異形の姿になってしまう……『俺』単体で使えば。
だが、今は違う。
正宗との心鋼一致によって正宗の全ての機能は俺の機能でもあるのだ。
俺と正宗で一緒に制御することによって、『神形正宗・最終正義顕現』を完璧に制御することを可能とした。
なので二度と戻らないといった状態にはならない。
しかし、少しでも気を抜けばすぐにでも制御をし損ねて暴走を引き起こすので、気は絶対に抜けない。
そんな危険な状態だというのに、何故か嬉しくて仕方ない。
少し酷いことだが、真耶さんが俺を助けようと武蔵に立ち塞がってくれたことが嬉しくてたまらなかった。最愛の人を危険に晒してなにを思っている! と自分自身に言いたくなるが、それだけ本当に大切に想ってくれていることが分かった。
だからこそ、絶対に勝って真耶さんの元へと帰りたい。
俺(我)は真耶さんに被害が及ばないように距離を離しながら武蔵と打ち合う。
再びぶつかり合う刀と刀。
先程よりもより重い激突音を響き渡らせる。
「ほぉ…先程よりもより重い」
打ち込まれた斬撃の重さに武蔵が満足そうに唸る。
俺はその様子を、たぶん笑いながら見ている。
「先程回復しましたから」
笑いながらそう答えると、武蔵は俺(我)に不思議そうに聞いてきた。
「何がおかしい? 何か愉快なことでもあったか?」
「ええ、とても嬉しいことがありました。それに……」
俺(我)は少し間を開けてから答える。
「存外、あなたはお優しい人のようだ」
「何?」
武蔵はそう言われ聞き返す。
「だって、あなたは真耶さんを斬らなかったじゃないですか」
俺(我)の言葉を聞いて武蔵が怪訝そうに答える。
「別に……斬ろうとしたら貴様が来たまで」
「その割には随分と長く話していましたよね。それに真耶さんはまったく怪我をしていなかった……あなたともあろう方が刀を振ってそれは有り得ない。差し詰め、真耶さんが危険に晒されれば俺(我)の力をもっと引き出せるとお考えを持ったのでしょう」
それを聞いた武蔵はただ静かに笑うだけであった。
それは俺(我)の言ったことへの肯定の意かもしれない。
それが分かって俺(我)は笑みを浮かべる。
「なら、その優しさに応えないといきません。だから……あなたを殺します」
「ふんっ! 抜かせ小僧」
そう笑い合いながら互いに刀を構える。
そして次の一瞬には互いに踏み込んでいった。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ZOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
互いに全力を持っての斬撃を放ち、ぶつかり合った刀は轟音を轟かせ、その衝撃は足下の砂を吹き飛ばす。
敵騎の一撃を弾き返すと、もう片方の脇差しが死角から襲い掛かってくる。
その脇差しを返す刀で防ぎ、そこから更に反撃に映る。
上段からの一撃で敵騎に襲い掛かり、それを敵騎は受け止めて火花を散らせながら逸らす。
そのまま剣戟が続いていき、辺りは嵐の巻き込まれたかのように破壊されていく。
「ふっはっはっは! 愉快愉快、先程よりもより強くなっているではないか。そう出なくては測る意味が無い」
武蔵から上機嫌な声が聞こえる。
どうやら楽しんでいるようでなによりである。
「ならばさらに行くぞ」
上空に飛び上がると、敵騎は此方が飛び上がる前に高速徹甲弾の雨を降らせる。
実弾兵器であり、当たれば此方の甲鉄を持ってしても無事では済まない。よって撃ち落とすことが最善である。
俺(我)は左肘を空へと突き出す。すると肘の甲鉄が割れ、そこから砲口がせり出した。
「『連槍・肘槍連牙!!』」
此方に向かって飛んでくる高速徹甲弾を肘から発射される弾丸の雨で全て撃ち落としていく。
『心鋼一致』を成した今、痛みは何も感じない。
そして『神形正宗・最終正義顕現』によって消費した骨肉は即座に再生する。
結果、何も気にすることなく機巧を使うことが出来る。
破壊された高速徹甲弾は空に爆炎の華を咲かせていた。
「ならこいつはどうだ」
敵機の顔の甲鉄が展開し、両腕から水蒸気が立ち昇る。
その蒸気が収まった時には両手に鎌が持たれていた。
『古飛器式三番叟鶴舞!!』
両手に持った鎌を此方に向かって投げてくる。その数は8つ。
この陰義は全てが反対になる。
通常であれば反対に迎撃することで対処するが、今の此方の状態ならばそのまま敵騎へ仕掛けても問題ない。
そのまま合当理を噴かし、敵騎へと突撃をかける。
此方に向かって飛んで来た鎌は回転しながら襲い掛かり、甲鉄を貫通して肉に突き刺さる。
それを無視してそのまま敵騎へと斬りかかった。
「しゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ちぃっ!」
体から血飛沫を飛ばしつつ一閃。
敵騎は咄嗟に手斧で防ごうとするが、此方の斬撃によって撃ち砕かれた。
此方に刺さった鎌は抜け始め、損傷が塞がっていく。
「まさかこうも変わるとはな。それもその絡繰の効果か?」
胸を切り裂かれ血飛沫を舞わせながらも武蔵は愉快そうに聞いてきた。
それに俺(我)は淡々と答える。
「はい。『神形正宗・最終正義顕現』は通常では有り得ない程の再生能力を発動させる絡繰です」
「言ってよかったのか?」
「ええ、あなたが自分の手の内を明かしましたからね」
「ふん、言いよる」
そこから此方は更に果敢に攻める。
持っている斬馬刀に熱量を通し、また機巧を作動させる。
『朧・焦屍剣』
灼熱を放ち真っ赤に燃え上がる刀身を持って敵騎へと斬りかかる。
「がぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「TAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
咆吼を上げながら互いに斬り合い、刃が甲鉄を割り肉を切り裂く。
此方の斬られた箇所からは血があふれ出るがすぐに止まり、敵騎の斬られた所は一滴も血が流れずに甲鉄が溶けていた。
「そんな機巧もあるのか? これはこれで面白そうだ。仕組みも単純に見える故にどれ、やってみるか」
武蔵は初めて何かを試すときの子供のように声を弾ませながら脇差しを握り直す。
すると、脇差しの刃が真っ赤に燃え上がり高熱を発し始めた。
「成程、こういうものか。だが、これでは少し打ち合っただけで手が炭化するだろうよ。肉を切らせて骨を断つ戦法か」
敵騎は両手に持った脇差しを目の前に持ってきて解析する。
別に驚きはしない。敵騎の兵法と陰義はそういうものだ。故に驚きは無い。
「では、試すか。HITAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
真っ赤に燃える二本の脇差しを持って、敵騎は此方に仕掛ける。
左右挟み込むように反対からの斬撃に対し此方は片方の手を狙い、もう片方の攻撃は受ける。
結果、此方の左腕が深く切り裂かれ、血が噴き出す。
対して敵騎は左腕を完璧に斬り飛ばされ、血が噴き出し止まらない。
斬られた左手を見て、武蔵は笑う。
「左手を斬るために左手を捨てたか。いや、今の貴様にとっては捨てるという考えもないか」
武蔵が言う通り、此方の左手はもう血が止まり治り終わっている。
今の俺(我)にとって、損傷など無い。すぐに治ってしまうのだから。
「先程貴様は人のことを化け物呼ばわりした、貴様も人のこともいえない化け物ではないか」
「まったくもって反論できません」
互いにそう笑い合うが、正直それ余裕は少なくなっていく。
再生する度に意識を持って行かれそうになる。気を付けなければすぐにでも暴走しそうだ。
それを悟られないよう、笑いながら答える。
「そろそろ此方も熱量の限界だ。故に、これで決着を付けよう」
「……はい」
敵騎は此方にそう伝えると、力の限り此方を斬り飛ばして距離を取った。
此方は再生しながらも体勢を整える。
敵騎は手を打ち合わせ、巨大な竜巻を作り出した。
「これで終わりだ! 『天魔返っ!!!!』」
叫ぶと共に敵騎は此方に向かって最大の竜巻を投げつける。
今までで一番巨大な竜巻。あまりの巨大さに避けることも防ぐことも出来ないだろう。
当たれば一発で関東が沈むかもしれない。これを受けて生存できる者がいるわけがない。
そんな竜巻を前にして、俺(我)は静かに陰義を発動させる。
口元の甲鉄が展開し、呪句を述べる。
『善因には善果あるべし! 悪因には悪果あるべし! 害なす者は害されるべし! 災いなす者は呪われるべし! 因果応報!! 天罰覿面!!』
言い終えると共に、竜巻に俺(我)は飲み込まれた。
豪風という豪風が刃と化し、甲鉄を切り裂き砕き、磨り潰していく。
まるでミキサーに放りこまれたかのように、錐揉み回転しながら劔冑ごと消滅させられていく。
いくら痛みが無いとは言え、恐怖が無いわけではない。
俺(我)は消えていく肉体を見て恐怖に襲われながらも、それを吠えることでねじ伏せる。
「絶対に負けん!! ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
消滅していく先から再生されていく肉体。
その光景を目に焼き付けつつ、只ひたすらに耐える。
再生する度に暴走しかける能力に精神が狂いそうになる。
それを押さえるのはただ一つ。
真耶さんの元に帰る。そのことだけを思って狂いかける精神を無理にでも正す。
俺(我)はそんな二重苦の地獄を竜巻が終わるまで、ひたすらに耐え続けた。
意識がかろうじで繋がり、俺は辺りを見回す。
自身の肉体は未だに再生を続けており、見ていて気持ち悪くなるような光景が広がっていた。
竜巻は此方に向かって真横に飛んだため、地上にそこまでの被害はない。かなり後方にあった山がくりぬかれたかのように抉られていたが。
急ぎ敵騎を探すと、此方に向かって突撃を仕掛けていた。
「HIIIIITAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
まさに乾坤一擲の一撃だろう。
その方向からはそのことが伝わってくる。
たいして此方は落下中であり、四肢の殆どが欠損。
右腕だけがかろうじで動く程度であり、とても迎え撃てるような状態では無い。
このまま行けば斬り捨てられて死ぬだろう。
そうでなくても地表に叩き付けられてどうなるか分かった物ではない。
ならば……今しか無い!
俺(我)は右腕を頭上へと動かし、口にする。
「………『天魔返』」
その途端、先程受けた竜巻と同じ大きさの巨大な竜巻が背後に発生した。
「何!?」
武蔵から驚愕の声が聞こえてきた。
それを聞いてクスッと笑いながら手を敵騎に向かって振るう。
それを受けて竜巻が敵騎へと襲い掛かっていく。
このまま行けば直撃し跡形も無く消滅するだろう。
それが分かっているから、俺(我)は手を少しだけずらし、竜巻の進行方向をずらした。
結果、敵騎は竜巻がかすり砂浜へと叩き付けられた。
此方も落下していき、そのまま砂浜に不時着する。
全身を砕かれそうな衝撃が走り、甲鉄や骨が砕け肉が潰れる。
それらは損傷した途端に再生していき、何とか生存している。
「うぅ………」
再生を終えた足で何とか立ち上がり引きずるように敵騎の方へと歩いて行くと、そこには大破すら超えていつ壊れるか分からないくらい損傷している敵騎が起き上がろうとしていた。
それを見て、俺(我)は何とか無事の斬馬刀を引き抜き片手上段で構える。
敵騎は此方の姿を右手に持った脇差しを前へと構えた。
互いにもう動けるような状態では無い。
だが、後一撃。後一撃でこの決着が付けることが出来る。
互いの顔は見えない。だが、何故か笑っていることが分かった。
そのまま構えたまま動かない。動けない。ボロボロの体で過去最高の集中力を見せる。
そして時が来た。
砕かれた正宗の破片が丁度此方と敵騎の間に落下した。
その瞬間、双方ともに動いた。
「ぜぇあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ZOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
壊れかけの合当理を限界まで噴かし、互いに突進する。
途中で合当理が爆発し背が炎に焼かれ肉が飛び散ったが、それすらも利用して敵騎へと飛び込む。
そのまま敵騎も同時に刀を振るい、此方も技を放った。
『吉野御流合戦礼法、雪崩ッ!!』
重なり合う二つの影。
それが離れると共に、双方血を吹き出して倒れた。
そのまま互いに動かない。
劔冑は解除されてしまい、互いの側に半壊しかけていた。
俺は強制的に『心鋼一致』と『神形正宗・最終正義顕現』を解除されてしまい、起き上がることも出来なくなっていた。再生は途中で止まり、いつ死んでもおかしくないくらいボロボロである。
未だに少しずつだが肉体が再生を続けている辺り、正宗は何とか無事のようだ。ただ、損傷が大きすぎて今は修復のみに専念しているので喋らない。
武蔵を見ると、仰向けになって血まみれで倒れていた。
体中が傷だらけで無事なところが無く、俺とそこまで変わらない状態だった。
武蔵は俺の方を見て、笑顔を浮かべる。
「うむ。楽しかったぞ、小僧」
「ええ……俺も楽しかったです……」
その笑顔があまりにも晴れ晴れとしたものだから、俺も笑顔になってしまう。
と言っても、今はぶり返した激痛で顔歪んでいるようにしかならないが。
「ふむ……この勝負……俺の負けだな」
武蔵は笑いながら俺にそう言うが、俺は絶対にそんなことないと思う。
「いいえ…自分の負けですよ。真耶さんが来てくれなかったら今頃斬られて死んでます」
「そうは言うが、貴様…先程俺の陰義をわざと逸らしただろう。そんな情けをかけられて納得が出来るか」
「では……引き分けということで…どうでしょう」
「ふんっ……好きにしろ」
仰向けになりながら話すが、この男は案外子供っぽい。
それがおかしくて笑う。
「しかし……結果はどうなのでしょうか? 俺はあなたに勝てなかった……なら、やっぱり……」
俺はある程度話してからその事を聞く。
今回、この死合いの発端になった理由。俺が担う者にふさわしいかどうかを……
それを聞いた武蔵は意外そうな顔をしていた。
「何を言っている。誰が勝つのが条件などと言った。俺は見極めると言ったまでだ。別に勝敗は関係ない。その者がふさわしいのかを見極めるために戦うのだからな」
俺はそれを聞いて心の中で力が抜けてしまった。
だったらここまで戦わなくてもよかったんじゃないかと。
それを見通してか、武蔵は笑顔で言う。
「貴様との死合いもまた魂震揺。貴様は面白い手ばかり使うからな。燃え上がってしかたないのだ」
「何だか損した気分です……で、結果は?」
若干ジト目になりつつ武蔵に聞くと、武蔵は笑いながら答えた。
「ここまでやられて不合格はないだろう。貴様は充分に合格だ」
それを聞いてやっと肩の荷が下りた。
これでなんとか今の世も続けられるというもの。正直俺には荷が重い。
そんな俺を見て、武蔵は愉快そうに言ってきた。
「しかし……引き分けではイマイチ締まらん。だから……体が治ったら、もう一回戦わんか。今度こそ、決着を付けたい」
少し離れた所から、最愛の人の声聞こえてくる。
それを聞いて心底嬉しくなりながら、俺は武蔵に答える。
「絶対に嫌です。あなたのような化け物の相手をするのはこりごりですよ」
そう言われた武蔵は笑いながら俺に言う。
「そうか、それは残念だ。だが、貴様のような化け物に化け物呼ばわりされるのは心外だ」
そう言うとお互い、残った力を使って笑い気を失った。
俺は全身に感じた優しく包む感触に幸せを感じながら意識を失った。