最初の一撃目。
その激突の衝撃だけで辺りにあった物が吹き飛んでいく。
激突する刃と刃。
火花を散らしながら、此方を斬ろうと押し出してくる。
俺は敵の斬撃を受け止めながら、そのあまりの威力に驚く。
(なっ!? 片手でこの力だと!)
此方が長大な斬馬刀を両手で持っての一撃に対し、相手は大刀よりも短い脇差しを使い、片手での一撃で持って此方の攻撃を凌駕する程の力が感じられるのだ。
刀を振るうにあたって、やはり物理法則からは逃れられない。
刃が長ければ長い程に遠心力が発生し、斬撃に重さが乗る。故に刃の長い斬馬刀は一撃の威力は大きくなる。しかし、その分小回りは利かないが。対して脇差しは大刀に比べれば短いので軽く、より早く細やかに振るうことが出来る。その分遠心力も強くは発生しないので、その攻撃は軽い。
だが、目の前にいる男の斬撃はそれの比較対象にならない。
脇差しを使って斬馬刀を凌駕する威力を出しているのだ!
その威力を埋めているのは、偏に金剛力……つまり筋力である。
敵は劔冑の力もあるのだろうが、それ以上に鍛え抜かれた筋力を持ってしてこの威力を出しているのだ。
そんな真似は師匠でも出来るか分からない。
それ故に相手の力量が計れない。上限がまったく見えない。
故に恐怖が体を駆け巡る。
それをさらに掻き立てるかのように、
「HETAIッ!!!」
「ぬぅううううううううう!!」
空いているもう片方の脇差しによる一撃。
それを察し、一瞬だけ熱量を筋力強化に振り敵の脇差しを逸らしもう一撃目を防ぐ。
その一撃の重さに体は後ろへと少し下がった。
「脇差しでここまで重い攻撃を放てるとは……さすがは『宮本 武蔵』を名乗ることはあるか」
『うむ! 天下に名高い剣豪の名を冠するだけのことはある』
その強さに正直感心する。
これがあの『武蔵』を名乗る者か……。
そのことを感じている俺に敵が話しかける。
「どうした? この程度で驚いていては持たんぞ」
そう俺に言うと、脇差しを更に振るってきた。
「ZOoooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!」
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
それを迎え撃とうと、此方も斬馬刀を上段に構え渾身の一撃を敵に向かって放った。
再びぶつかり合う刃と刃。
その激突の轟音は大気と空間を振るわせ、衝撃は一帯の物を吹き飛ばしていく。
先程とは違い、力が拮抗して刀が動かなくなり互いの足が地面のアスファルトを砕く。
「ふむ……先程よりかはマシになったか」
此方の攻撃を受け止めながら敵は軽くそう言う。
「舐めるなっ!!」
その余裕に若干の苛立ちを感じつつ、此方はさらに力を込めて強引に弾き飛ばした。
そのまま追撃に移る。
「しゃぁあっ!!」
「ふんっ」
真横に構えてからの横に一閃。返す刀で右斜め上からの袈裟斬りを敵に放つ。
それを敵は二刀を持って受け止め、流し弾き、防ぐ。
そのまま何合も剣戟を繰り返すが、敵に一撃も攻撃を当てることが出来ずにいた。
流石と言うべきか、厄介と言うべきか……
宮本 武蔵と言えば二刀。
これまで色々な相手と死合ってきたが、二刀流とは初めてである。
一撃を受け止めても、もう片方が来る。細かく速く、そして重い。
その嵐の様な連撃には肝を何度も冷やし、此方と同じかそれ以上の斬撃には恐怖しか感じない。
そのため、俺は攻めきれずにいた。
一撃を受け止める度に轟音が鳴り響き、衝撃が辺りを破壊し尽くし足場のアスファルトは砕け散って地面を抉る。
学園入り口前のゲートはもはや見る影もない荒れ地へと変貌していた。
「らぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「HETAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
俺は咆吼を上げながら斬りかかり、敵も応じ迎え撃つ。
敵が反撃に移れば、此方は全力を持ってこれを迎撃する。
そのままさらに剣戟は続いていき、辺りは何も無くなっていった。
「ふむ……成程。剣術は中々やるな」
「『宮本 武蔵』にお褒めいただけるとは光栄の極み」
そう答えはするが、実際の胸中は凄く乱れていた。
あれだけ攻撃したというのに、かすりもしなかった。
全て二刀で防がれてしまったのだ。
それでこの評価というのは……正直馬鹿にされているようにしか思えない。
だからこそ、その評価を覆したい。
「正宗! 先に飛んで高度優勢を取るぞ!」
『応!』
正宗にそう叫ぶと共に合当理を噴かせ空へと飛び上がる。
劔冑の本領は空戦に有り。
ならば……ここからが本番となる。
俺は上空に舞うと早速双輪懸を仕掛けようと動く。
向こうもすぐに飛び立つと思ったのだが、未だに飛び上がる気配がない。
(何だ……何故飛ばない?)
嫌な予感と疑問を持ちながら上空を旋回すると、敵はやっと動き出した。
だが、それは俺の予想から大きく外れた行動だった。
敵は両手に持った脇差しを上に掲げると、そのまま二本とも同時に地面へと叩き付けたのだ!
その瞬間、叩き上げられた大量の土砂が此方に向かって凄い速さで飛んで来る。
敵は何と、その土砂の中へと飛び込んで行ってしまったのだ。
土砂の規模があまりにも大きい物だから、敵の姿を見失ってしまった。しかも規模が大きすぎて避けることも出来ない。
騒音のあまり信号探査が効かなくなったので熱源探査に切り替えるが、余り役に立たない。
俺は感だけを頼りに咄嗟に斬馬刀振るう。
その瞬間、土砂から刃が生えて俺の攻撃を弾いた。
「何っ!?」
そしてその刃から起点に、まるで海を泳ぐ鯱が陸の獲物に襲い掛かるかのように敵が土砂から姿を現した。
「TAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「ぐぅ!」
そのままそこから放たれる一撃を受け止めるが、腕の骨が軋んだ。
その痛みを堪えつつ反撃に移ろうとするが、すでに敵は此方の攻撃範囲から逃れていた。
(まさかあんな方法で仕掛けてくるとは!? どこから攻撃が来るか分からない恐怖……これはきつい)
そう考えつつも此方も敵の後を追う。
だが、先程の先方はもうないだろう。あれは地面に立っていて始めて出来る戦法だ。
故に飛び立った以上、もう出すことは出来ない。
しかし……敵は此方の予想を遙かに上回った。
何と敵はその場で刀を振るい、衝撃を地面に飛ばして土砂を上空に上げてまた中に入ってきたのだ。
その予想を遙かに上回る行動に思考が僅かだが遅れてしまった。
それが命取りとなる。
土砂からまた生えてきた刃を少し遅れて弾こうとするが、逆に弾かれてしまった。
そしてがら空きに開いてしまった腹部に敵の脇差しが吸い込まれるように入る。
「ぐぅううううううううううううううううううううううううう!!」
途端に腹部に激痛が走る。
熱した鉄を押しつけられたような痛みに、出血した感触が肌に伝わる。
『腹部に損傷! 関節の隙間を狙われた!!』
それを聞いてぞっとする。
あの剛剣でしかもそんな細かい技術も持ち合わせているとは……。
これが『宮本 武蔵』というものなのか!!
何という剣技! 何と大胆で有りながら繊細!
もはや恐怖を通り越して憧れを抱いてしまう。
だからこそ……それに少しでも近づき、勝つ!!
敵は更に旋回して先程と同じように土砂を纏って此方に迫ってきた。
以前、敵の姿は見えない。
ならば……土砂ごと引き飛ばすまでだ!
「正宗! 機巧を使う。左腕全部持って行け!」
『諒解!!』
正宗に指示を出すと共に左腕に食いつぶされる激痛が発生し、それを血が出るくらい歯を食いしばって耐える。
それら全てを意思で押さえつけながら左腕を敵に向かって突き出し、そして放つ。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 正宗七機巧、『飛蛾鉄砲・弧炎錫ッ!!』」
雄叫びと共に発射された砲弾はゆっくりと、しかし確実に敵の潜む土砂の固まりへと飛んで行く。
そして……土砂ぬ触れた瞬間、それを真っ赤に染め上げるほどの大爆発を引き起こした。
爆発に巻き込まれた土砂は爆風で吹き飛ばされ、敵も一緒に飲み込まれる。
「はぁ、はぁ…どうだ……」
痛みで息を切らせながら爆煙を見つめる。
これで倒せたとは思っていない。
だが、少なからず損傷は与えたはずだ。
俺は構えを解かずにそのまま少し爆煙を見つめ晴れるまで待つと、そこには敵が飛行していた。
炎に煽られて所々の甲鉄は焼け、鉄片が体の至る所に刺さっていた。
「ふむ……中々に驚かされたぞ、小僧。成程成程、これは中々に面白い」
しかし、敵からはまったくダメージを受けた感じが感じられない。
その証拠がこの声である。
まるで興味深い何かを見つけた子供のような印象を受ける声で敵は面白がっていた。
そして敵は此方を振り向くなり、愉快そうな声で俺に話しかけてきた。
「中々に面白かったぞ、小僧。これはもう少し吟味すれば使えるやもしれんな。しかし、即座に会得出来ぬのが残念也。これは面白い物を見せて貰った褒美だ、聞くといい」
その声はまるで子供が良いことをして褒める親のような、そんな声をしていた。
「俺の劔冑の陰義は術理吸収だ」
『何!?』
そう聞かされ正宗が驚愕の声を上げる。
「どうした、正宗!?」
『御堂、彼奴の言っている意味が分からぬか? 術理吸収と言ったのだぞ。それはつまり、ものの仕組みを理解すれば、それが再現できるということよ!』
「ってことは真逆!!」
『気付いたようだな。つまりそれは仕組みを理解すれば、どのような物でも使えるということ。無論……陰義のだ。それはつまり…』
「理論と原理を理解していれば、複数の陰義も使えるということだ!』
通常、真打でも稀に持つ陰義。
それは一騎につき一つだ。
だが、その半場常識となりつつあることを覆すというのだ。
それはまさに異常。それは言い替えるなら、あの劔冑を使えれば誰だって複数の陰義が使えるということである。
『武州五輪……成程。さすが、最強の兵法書と呼ばれることはある』
「待て、正宗。ということは、あの劔冑が『五輪書』なのか」
『そうだ!』
宮本 武蔵と言えば五輪書と良く言われているが、まさかそれが劔冑だとは思わなかった。
だが、確かに最強の兵法書と言われても納得する。
複数の陰義を使えるなどと、最早反則に近い。
それを全て使いこなせるからこそ、『宮本 武蔵』なのか。
俺はその事に恐怖し……
口元が笑ってしまった。
基本、陰義は明かさないものだ。それをこうも簡単に明かすということは、それに絶対の自信があるということ。
ならばその自信………正面から撃ち砕いてくれる!
此方も普通の劔冑に比べれば毛色の変わった劔冑。
だからこそ、こちらも見せつけてやる!
そして敵は此方を見ながら愉快そうに話しかける。
「教えたのだから、ここからは存分に見せてやろう。俺の陰義を」
男はそう言うと、身に纏う殺気をさらに濃くしていく。
俺はその姿に死を連想しつつも、負けぬと斬りかかりにいった。
そんな俺達の姿を、真耶さん達がモニターで見ていることも知らずに……
ぎ、ギブミー、シュガー………