伊達さんからロールケーキの作り方を教えて貰い、前日に四苦八苦しながら作り上げてやっと迎えた本番当日、三月一四日のホワイトデー。
昔からこの日も人に日頃の感謝を込めてお菓子を贈ってきたが、今回に限ってはいつもと全く違う。
一番愛する人に手作りのお菓子を贈るのだ。
今まで幾度となく料理を作っては一緒に食べてきた。
だが、お菓子を作って贈るのはこれが初めてだ。
いつもと違い、美味しく出来てるのか、このお菓子で良かったのかと不安になってしまう。
そんな不安を抱えながら俺は朝から緊張で固まりつつも登校するのだった。
その日は朝からバレンタイン同様、教室中がそわそわしていた。
やはりバレンタインのお返しを期待している人が多くいて、廊下や教室のあちこちでお菓子を渡し合っている生徒が見られた。
俺はそんな中を自分の教室へと向かうが、皆から突き刺さる視線に若干戦いていた。
そして教室に入ると、予め買って用意していた色とりどりのマシュマロを以前チョコをいただいた人にお返しで渡していく。
「ありがとう、織斑君!」
「キャ~~~! 有名人からのプレゼント! 一生大切にするわ!」
「これはもう家宝よ!!」
渡したら凄い喜んでくれたので嬉しいが、流石に食べ物なのでちゃんと食べてもらいたい。
その後に、俺の方に飛び込んでくるかのようにマドカが来た。
「兄さん、おはよう! 今日も良い天気だな。最近は温かくなってきたから過ごしやすい。日本の冬は底冷えするから結構大変だった」
「ああ、おはようマドカ。そうだ、ほら、これを」
そうマドカに言って俺はマシュマロをマドカに渡すと、マドカは花が咲いたかのようにぱぁっと笑顔になった。
「いいのか!」
「ああ、バレンタインのお返しだ。手作りじゃなくて申し訳無い」
「兄さんがくれる物だったら何だって嬉しい!」
マドカは心底嬉しそうに笑う。
年不相応の幼い可愛らしい笑顔に周りにいた生徒達が見惚れてしまっていた。
「食べていいのか!」
マドカは早速食べたそうにして上目使いで俺に聞いてくる。
その光景を見た何人かが鼻血を出して倒れたようだが、マドカが来てからは頻繁にあることなので気にならない。
「流石に今は駄目だ、授業前だからな。休み時間になったら食べていいよ」
「うん、わかった! 休み時間に食べるぞ」
マドカは心底喜びながら自分の席に戻っていった。
他にもお返しを返す人がいるので返そう思った所でチャイムが鳴り、千冬姉と真耶さんが教室に入って来た。
そして始まるSHR。
その際、真耶さんが俺のことをちらちらと見ていた。
それが分かり苦笑してしまう。
本当にわかりやすく可愛い人だ。
そこがまた好きなのだけど……
そして二人が教室を出ていき、一時間目の授業が始まっていく。
その後も休み時間になり次第、チョコをいただいた人にお返しを返していく。
箒やシャル、セシリアやラウラ、それと遊びに来た鈴にも返した。
皆喜んでくれたが、何故か箒に渡したときに皆箒のことをジト目でで見ていた。本当に何があったんだろうか?
そんな光景を真耶さんが後ろからこっそりと見ていることに俺は気付いていた。
皆にばれないよう物陰からこっそりと俺のことを見て、む~~~~~、と膨れて唸っているようだ。
その様子は微笑ましいものだが、流石にこのままご機嫌斜めだとまずい。
なので昼休みになり、一緒に昼御飯を食べるときに打ち明けることにした。
「そう膨れないで下さいよ、真耶さん」
「べ、別に膨れてなんてないですよ~」
そう答えるが、真耶さんは機嫌がちょっと悪そうだ。
悪い理由が分かるだけに、俺は少しからかいたくなってしまう。
「そんなに膨れてたら可愛い顔が台無しですよ。俺は膨れた真耶さんも好きですけど、やっぱり笑ってる真耶さんの方がもっと大好きですよ」
「はぅ!? もう、旦那様ったら~~~~~」
可愛いと言われて顔を真っ赤にして恥じらう真耶さん。
あぁ、もう抱きしめたくなるのを我慢するのが大変だ。
俺はその後、人目を気にしながら真耶さんの肩を優しく抱き寄せる。
「え、あの、旦那様!?」
驚く真耶さんに微笑みながら耳元で囁く。
「今日、学校が終わったら部屋に来てくれませんか。そこでお渡ししたい物がありますので」
「ひゃ、ひゃい」
真耶さんは顔を真っ赤にして、少し嚙みつつもそう答える。
その顔がまた可愛らしくて、少し我慢できずに頬に軽くキスをしてしまう。
「これは前約束みたいなものですよ」
「は、はぃ……」
真耶さんは真っ赤にした顔をふやけさせながら俺にそう返事を返すのだった。
これで何とか不機嫌になることはないと思う。
そしてそのまま放課後になり、生徒会で業務をしつつ皆にお返しを返す。
「ありがとう、織斑君」
「おりむ~、ありがと~」
更識さんと布仏さんが喜びながらお返しを受け取る。
この二人……特に更識さんにはとても世話になっていつので、そう喜んでもらえると嬉しい。
「あれ、私には無いの!? 私、ちゃんと上げたよね?」
会長は喜ぶ二人を見てから俺に詰め寄る。
何故なら俺が二人に渡した後、そのまま仕事に移ろうとしたからだ。
勿論、ちゃんと会長の分も用意してはある。
「そんな慌てなくても大丈夫ですよ。ちゃんと会長の分も用意してありますから」
「そ、そう。よかった~」
安心する会長に俺は持ってきたお返しを渡すと、最初は喜んだ会長も中を見た瞬間に顔が固まる。
「ね、ねぇ~、何で私のマシュマロはこんなに真っ黒いの?」
「会長がより働けるよう、ブルーベリーやらまむしの粉末やら色々入ってるらしいですよ。布仏先輩から預かりましたので」
「虚ちゃん何してくれてるの!?」
「会長の身を思っての事ですよ。よかったじゃないですか」
「その心使いがちょっと辛いよ!」
会長はそう叫びながら一つ摘まんで食べる。
その瞬間に会長の顔が青やら緑やらと色々と顔色が変わっていくが、もうお返しも返したので気にしないことにした。(布仏先輩には少し前にお返しを返しており、その際に受け取った)
そのまま仕事をこなし、今日の生徒会業務を速く終わらせて俺は寮へと帰った。
寮の自室に帰ってから、俺は机の上に置いた箱を気にしてドキドキと胸を高鳴らせながら待つこと約15分弱、部屋の扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
「お邪魔します」
声をかけると、静かに扉が開き真耶さんが入って来た。
可愛らしく、少し胸元の露出がした私服にドキドキしてしまう。
「そ、その服…可愛くて似合ってますよ」
「は、はい……ありがとうございます。この間新しく買ったんで旦那様に一早く見せたくて」
顔を赤くしながら嬉しそうに喜ぶ真耶さん。
一番最初にその姿を見れたことが嬉しくて、可愛らしさにクラクラした。
本当に可愛い人だ。最近ではさらにその魅力が高まっていて、俺は自分を律するのが大変である。
でも、ここは自室なだけに少しは緩めても問題ない。
俺はそのまま真耶さんを抱きしめる。
「きゃ!? 旦那様?」
「すみません、余りにも可愛かったものですから、つい…」
そう答えると真耶さんは優しく笑いながら俺を抱きしめ返してくれた。
「いいんですよ。寧ろ旦那様がこうして抱きしめてくれて嬉しいです」
「真耶さん……」
そう言ってもらえることが嬉しくて堪らず、それを少しでも伝えたくてもっと抱きしめると真耶さんは幸せそうに笑っていた。
しばらく二人でくっつき合って笑った後、机の方に真耶さんを案内して椅子に座ってもらう。
真耶さんは椅子に座ると、目の前に置かれている箱を興味深そうに見ていた。
それを見て早く俺は渡したいと思い、俺は更に笑顔になる。
「お待たせしました、やっと渡すことが出来ます。これが俺のホワイトデーのお返しです」
そして真耶さんの前で箱を開ける。
その瞬間、ケーキ独特の甘い香りが鼻をくすぐった。
「わぁ、美味しそう……」
真耶さんは俺のロールケーキを見て感動していた。
その顔が余りにも無邪気で可愛らしく、俺の鼓動を更に早める。
苦しくなく、むしろ気持ち良いこの感覚が心地よい。
真耶さんはまるで宝物を見るかのようにロールケーキを見て、興奮した様子で俺に聞いてきた。
「これ…もしかして手作りですか!」
「はい。バレンタインでは手作りのチョコを贈ってくれましたから、俺も手作りのお菓子を贈りたくて。伊達さんにお願いして作り方を教わったんです。あまり上手には出来ていませんが…」
苦笑しながら真耶さんにそう答えると、真耶さんはそんな事無いです! と一生懸命に俺に言う。
「私のために手作りで作ってくれたなんて……嬉しくて嬉しくて…」
そして泣き出してしまう真耶さん。
そこまで感動するとは思わなかったから、少し戸惑ってしまう。
それでも、そんなに喜んでくれることが嬉しかった。
「あ、あの、食べてもいいですか」
「勿論です。だってこれは真耶さんのために作ったんですから」
「は、はい!」
さっそく切り分け、真耶さんに一切れ皿に装ってフォークと一緒に渡す。
真耶さんはそれを大切な宝物のように受け取り、フォークで切るのを躊躇いつつも一口食べた。
「うわぁ、甘くて美味しい! 旦那様、美味しいですよ、とっても」
一口食べた真耶さんは顔を幸せでとろけさせていた。
そんな顔を見れれば、作った甲斐がある。
「喜んでくれてよかったです。よかった~、口に合って」
「そんな心配する必要なんて無いくらい美味しいですよ!」
そう喜ぶ真耶さんを見れて本当に良かった。
一番大好きな人に喜んでもらえて俺は嬉しい。
そんなふうに幸せそうな真耶さんを見ていたら、真耶さんは俺を見つめてきた。
その瞳に吸い込まれてしまいそうになる。
「旦那様、ちょっとお願い…いいですか?」
「お願いですか? いいですよ」
そう答えると、真耶さんは顔を赤くして恥じらいつつも上目使いで見つめながらお願いを言う。
「旦那様と一緒にケーキを食べたいんです。いいですか」
「ええ、いいですよ。と言うか、真耶さんのお願いだったら俺が断ることなんて無いですよ。一緒に食べましょうか」
そして……
「うふふふ、旦那様は暖かいですね~。はい、あ~ん」
「あ、あ~ん」
真耶さんのお願い。
それは俺が椅子に座り、その上に真耶さんが座って俺に体を預けながら一緒にケーキを食べるというものだった。
柔らかくボリュームのある真耶さんのお尻が俺の足の上に乗っかり、その柔らかさで俺はドキドキして気が気じゃない。それに真耶さんが俺に体を預けて座るから、真耶さんの体の柔らかい感触と甘い香りに酔いそうになってしまう。
俺の腕の中で真耶さんはとろけるような笑顔でケーキを食べ、そして俺にはい、あーんをして食べさせる。
何だかいつもより甘くて……幸せな味がした。
「旦那様の腕の中で抱きしめられながら旦那様が私のために作ってくれたケーキを食べる……ふふふ、こんなに幸せな味がするんですね~。旦那様はどうですか?」
「俺も一緒です。真耶さんと一緒なら、幸せで一杯ですよ」
そう笑い合いながらお互いにケーキを食べさせ合う。
真耶さんはまるで何かに酔ったかのようにケーキを食べ、その顔はとても可愛かった。
そして夢中で食べてると、真耶さんの口の端にクリームがついてしまっていた。
真耶さんは気付いていないようだ。
「あ、クリームはついてますよ、真耶さん」
「え、どこですか?」
そう言って真耶さんは口元に付いたクリームを探すが、見つけられずに見当違いの場所に手をやっていた。
そんなふうに探す真耶さんが無邪気で可愛い。
「ここですよ、ここ」
そう言って付いたところを示してあげるが、それでも真耶さんは見つけられない。
だから……
「ここですよ……ちゅ…」
「ひゃっ!?」
俺はクリームが付いている所にキスをしてクリームを取ってあげた。
キスされたのを知って真耶さんが顔を真っ赤にしてしまう。
「だ、旦那様ぁ…」
その後甘い声で俺を呼び見つめるので、俺も吸い寄せられるように顔を近づけ、互いに何も言わずに唇を合わせた。
「「ちゅ……ちゅぷ…れろ……ふぅ…」」
そして互いの口の中に舌を入れ、深いキスをする。
息が苦しくなるまで互いにキスし合い、そして唇を離した。
「うふふ……旦那様の口の中、このケーキと同じで甘いですよ」
「真耶さんの唇も甘いですよ。もっとしたいくらいです。だから真耶さん……もっとしていいですか」
「…はい。私も……もっと旦那様を感じたいです」
そしてまた、お互いに唇を合わせた。
こうして、ホワイトデーはお互いに甘く幸せで一杯になりながら過ごした。