先日の電脳ダイブの件も何とか終わり、重傷状態から復活するのに早三日。
肉を焼かれて炭化したり、磨り潰されて無くなったり、猛毒を流し込まれて体内から腐らせられなかったりしただけに回復も早く済んだ。
その後に控えている生徒会の仕事は俺が行動不能だったために溜まりに溜まり、復帰直後に大量の書類をするハメにあった。
それを皆で必死にこなすのには本当に苦労した。
その間に少し変わったことと言が二つある。
一つは皆の箒を見る目が妙にジト目になったこと。
詳しくは知らないが、束さんが来た日に何かあったらしい。
皆にそう見られ箒は何だか気まずそうだった。
そしてもう一つは、以前もそうだがもっと真耶さんが俺と一緒にいてくれることだ。
前と違い、書類の整理なんかも手伝ってもらっている。
真耶さんは俺の隣に座ると、てきぱきと書類の整理をして俺に微笑みかける。
そして隙あらばさりげなく俺にくっついてくる。
いや、俺だって凄く嬉しいのだが……何故?
そう疑問に思い聞いてみると、
「だって…旦那様には一番に想ってもらいたいですから」
と恥ずかしがりつつも甘えるように答えてきた。
どうやら先の電脳ダイブの件をまだ根に持っているようだ。
そんなことないと俺は真耶さんに言うが、真耶さんはそういうことは信じてくれない。
いや、信じてはいるがそれ以上に……
「だったら、私が旦那様の一番だって想ってもらえるようにもっと頑張ります!」
と張り切っていた。
そんな健気に想ってもらえて嬉しくない男などいない。
俺は真っ赤になりつつも頑張る真耶さんが好きでしかたない。
二人で休憩時間にクッキーを食べさせ合ったりしたり、その御蔭で体は疲れていても心は充実感で満たされる。マドカがねだってきた時も二人で笑いながらクッキーを食べさせてあげた。あの時の真耶さんは慈愛に満ちた笑顔を浮かべていて、いつもと違った感じでドキドキしたものだ。
それらを見た箒達や会長達はナニカを吐きながら気絶していたが。
そして日々は過ぎ……
三月七日。
この日だけはいつものIS学園とは全く違う。
この日はある行事が行われ、それ以外の授業は一切無い。
朝から生徒は講堂に集められ、皆置かれた椅子に着席している。
座っているのは一年生と二年生であり、皆静かに座っている。
箒達は勿論、黛先輩も座っていた。
生徒が座っている後ろでは、来賓者が用意されていた席に座っている。
そして少しすると厳かな音楽のもと、講堂の扉いて人が講堂の中に入ってくる。
入ってきた三年生だが、皆制服を着ていなかった。
振り袖を着た生徒やスーツを着た者、ドレスを着ている者もいた。
着飾った三年生が歩いて行くと共に、その場にいた全員からの拍手が鳴り響く。
喝采の拍手のもと、三年生は自分達のために用意された席に付く。
三年生が全員座るのを見計らって学園長が壇上に上がり、皆に聞こえるようにマイクに向かって話す。
『これより、卒業式を開始します』
そう、この日はIS学園の卒業式である。
IS学園はこれでもちゃんとした学校であり、卒業式もちゃんとある。
卒業した生徒はこの後、IS関連の企業に就職したり、国のIS代表になったり、または全く別の職業に就いたりと様々である。
俺達生徒会は壇の脇に着席しており、真耶さんや千冬姉は教員席に座っていた。
生徒会はこの卒業式の進行を行うために、壇の脇に控えている。
卒業式が始まり、学園長のお言葉やその他諸々の話がされていく。
そして在校生代表として会長が祝辞を述べる。
それを聞いた三年生は段々と泣き始めている生徒が増え始めていた。
布仏先輩を見ると、もう泣き咽せていた。意外と涙もろいのだろうか。
さらに式は続いていくのだが、何故かここで俺が三年生に向けてメッセージを送る事になっている。
今年は特別な年だから、卒業式も特別にしたいということで会長に頼まれたのだ。
『それでは、次は日本政府所属、特殊高官、織斑 一夏様から皆様へのメッセージです』
会長が皆に向かってそう言うと、俺は壇上に上がり三年生全員に聞こえるようマイクに向かって話す。
「この度、この場で話をさせていただきます織斑 一夏です。まずは三年生の皆様、ご卒業、おめでとうございます。誠にめでたいこの席でこうして話をさせていただき、感動が絶えません。皆様にメッセージを、ということですが…まだ皆様よりも短い一六年間しか生きていない身。たいしたことを言えるとは到底思えません。ですが、卒業する皆様に向かって贈れるような言葉があるのなら、それは一つだけです………『諦めない心』、これだけが私が皆様に伝えられる言葉です。ありふれていて申し訳無く思いますが、これからの人生は幾度となく壁にぶつかることでしょう。逆境に晒されることも一度や二度ではないはずです。そういった時、最後に勝負を決めるのは。先程言った通りの言葉です。皆様も知っていますが、私は武者としてこの学園に来て幾度となく戦いをしました。死にそうな目に遭うのも一度や二度ではありません。その度に追い詰められ、何度も心が折れそうになりましたが、諦めないで最後まで戦うことで今まで無事に生きて来れました。だからこそ、その言葉の大切さと重みを実感しています。だからこそ、皆様にこの言葉を贈りたいのです。故に皆様、この言葉を胸に卒業後も頑張って下さい。この言葉が皆の支えになれたのなら、幸いに思います。以上です。皆様、改めて……ご卒業、おめでとうございます。以上です」
俺の言葉がどれくらい三年生に伝わったかはわからない。
だが、少しでもためになったのなら良いと思う。
三年生に伝えたいことを言うと、俺は壇上から脇へと移動する。
「織斑君、格好良かったよ」
会長は俺を見て笑いながらそう言って来たが、それを受けて俺は苦笑するしかない。
「そんなことないですよ。せっかくの卒業式に先輩方に贈れる言葉がアレしかないというのは、寧ろ恥ずかしいです。師匠ならもっと良い言葉を言えたかもしれませんが、俺は師匠ほどまだ経験が無いのでそんな凝ったことは言えないですよ」
「謙遜ね~、まったく」
俺に呆れる会長だが、その顔は満足している表情をしていた。
その後も式は進んでいく。
IS学園は色々な国の人が集まるため、歌を唄ったりなどはしないのでそこまで時間は掛からない。
案の一つに、俺が一人で『君が代』を唄うというのもあったが、断固拒否した。
大勢の前で恥ずかしい上に、俺は唄うのが苦手なのだ。真耶さんは聞きたがっていたが…。
そして式は最後まで進んでいき、最後に締めの言葉を持って終了となった。
この日は卒業式を終えたらもう授業は無い。
だからそのまま教室へと戻りSHR。そして終わり次第、一・二年生はお世話になった三年生に別れの挨拶をしようと学園ゲート前に集まっている。
皆、先輩達との別れを惜しみ、辺りは泣く生徒でごった返していた。
「うわぁ~~~~~ん、おねぇちゃん、卒業おめでと~~~~~~!」
俺達は布仏先輩に挨拶をしに行ったのだが、既に布仏さんが号泣していた。
それをよしよしとあやしている先輩。
そんな二人に近づき、俺は挨拶をする。
「ご卒業、おめでとうございます、布仏先輩」
「はい、ありがとうございます織斑君」
俺の挨拶に布仏先輩は丁寧に答えるが、その目は少し泣きはらしていたのか赤くなっていた。
「卒業おめでとう、虚ちゃん」
「ありがとうございます、お嬢様。私……」
会長から祝われ、また泣きそうになる先輩。
その後も更識さんや黛先輩からも祝われ、布仏先輩は泣いてしまった。
これが卒業式なのか……とその光景を見ながら思う。
よく考えれば俺は卒業式を本格的に出た覚えがない。
小学校の卒業式はそこまでたいしたものではないし、中学の頃は修行に明け暮れていたので出ていない。一応政府の御蔭で卒業したことにはなっているが。
何というか……感慨深いものを感じる。
これが卒業式の別れの風景なのか、と。
何だか……高田のことを少し思い出してしまう。
そんなふうに思っていると、布仏先輩が泣きながら此方に来た。
「織斑くん……お嬢様のこと、よろしくお願いします! お嬢様は私が見てないと、とことんサボりますから」
「ええ、わかりました。先輩が安心出来る様、精一杯きつく絞らせてもらいます」
「なっ!? ちょっ」
先輩の泣きながらのお願いに俺は誠心誠意返事を返し、何か言いたそうにする会長。
それを見てクスクスと笑ってしまう更識さんと黛先輩。
こうして、先輩は泣きつつも笑いながらIS学園を卒業した。
と言っても、更識家と主従の関係にある家柄の人なので卒業後は更識家に仕えるらしい。
会長もことを見られないので、妹である布仏さんに頼もうとしたが、あの人はあんな感じなので俺が頼まれた。
先輩の期待に応えられるよう、これからも頑張っていこうと思う。
そして……
「みんな、卒業おめでとうございます! みんな立派になって、先生は嬉しいです。でも…やっぱり悲しいですよ~~~~~、うぇえええええん!!」
号泣する真耶さんを泣き止ますのに凄く苦労した。
ま、まぁ……そんな真耶さんも可愛かったが。
「こうしてみんな卒業していくんですね……旦那様もいずれは卒業かぁ……でも、そうなれば、旦那様と結婚……ポ…」
そんなふうに顔を赤らめ妄想に耽っていた真耶さんが可愛くて、俺は真耶さんを抱きしめながら三年生の皆様の今後にに幸あれ、と願ってやまなかった。