コミカから帰ってきた次の日。
俺達は貰った高級レストランのディナー招待券を早速使うことにした。
俺も真耶さんも今後は忙しくなるので、そこまでゆっくり過ごす時間が互いに持てなくなる。
だからこそ、今のうちに行こうということになった。
と言ってもこの日は平日であり、授業や生徒会業務は当然のようにある。
なのでそれらをこなし、特別に夜の外出許可を千冬姉から貰うことに。
流石に学生に門限を無視しての外出許可を簡単に出すとは思えないので大変かと思われたが、意外にもあっさりと取れた。
千冬姉曰く、
「お前は出向扱いだから厳密には学生と言えんからな。それにせっかくのディナー招待だ。是非とも二人で行ってこい。寧ろそのまま良い雰囲気で朝帰りでもしてくれた方が私としては有り難いのだがな。お前等二人を見ているとやきもきするからな」
だそうだ。
一緒に許可を取りに行った真耶さんはそれを聞いてトマトのように顔を真っ赤にしていた。
何を言っているのやら!? 御蔭で俺も意識してその場で赤面してしまい、そんな俺と真耶さんを見て千冬姉はカラカラと笑っていた。
そして夜になり、俺と真耶さんは貰った招待券の店へと向かった。
着いた先にあったのはとても大きな高層ビルであった。ここの最上階がその店らしい
何でもドレス着用必須らしいのだが、店で貸し出してくれるらしい。少し前まで女性だけのサービスだったらしいが、最近は男性にも貸し出し始めているようだ。
これも世の中が男女平等になってきているということなのだろう。
「うわぁ…綺麗……」
ビルの前で真耶さんは感動に声を洩らした。
確かにビルはライトアップされていて綺麗に見えた。でも、俺はそれ以上にライトに照らされた真耶さんの方がもっと綺麗に見える。
「そうですね…綺麗ですね」
「はい」
真耶さんはライトアップされているビルを見ながら、俺はそんな真耶さんを見ながらそう答えた。
そして二人でビルの中に入り、エレベーターに乗って最上階へ向かう。
最上階に着き扉が開いた瞬間、そこには別世界が広がっていた。
「凄い…」
真耶さんが感動のあまりに言葉を失っていた。
扉が開いた先には如何にも雰囲気の良い店内が広がっていた。
外の夜景が見渡せる大きなガラス張りの窓に少し暗い感じの店内。静かだが心地よい演奏が流れ、全体的にしっかりとした落ち着きのあるお店であった。
「いらっしゃいませ」
店に入ってきた俺達を見て店員の人がさっそく話しかけてきた。
若いながらにしっかりとした印象を受ける。
俺は黛先輩から貰った招待券を渡すと、店員はそれを受け取って改めて畏まった様子で俺達に対応する。
「ようこそいらっしゃいました。是非とも楽しんで下さい」
「あ、ありがとうございます」
凄く丁寧な様子に真耶さんが慌ててしまう。
それを見て内心笑ってしまった。こういう店には全然縁がなかったから、慌ててしまうのも分かる。
そういう慌てるところも可愛らしい。
「お客様、ドレスは如何なさいますか」
「あ、あの、その」
「レンタルでお願いします」
「かしこまりました」
ドレスに関して聞かれてさらに慌てる真耶さん。
それを見ながら俺は店員に簡潔に伝えると、店員は笑顔で頷いた。
「では、お客様。どうぞ此方に」
その店員に案内され、俺と真耶さんはドレスルームへ向かった。
そして着替えるのを手伝うので真耶さんは女性の店員に、俺は男性の店員と一緒に部屋に入った。
ちなみにその際、俺が織斑 一夏かどうか聞かれサインを求められた。
何でもファンらしい。
それに応じると凄く喜ばれ、店を上げて精一杯おもてなしさせていただきますと感動しながら言われた。嬉しいが、出来ればこの店の静かな雰囲気で楽しみたいのでそこそこにしてもらいたい。
ドレスに着替えるまでにそこまでの時間は掛からない。
店員から『見事に着こなしてますね』と褒められたが、そんなことはないだろう。
俺はこういう服はそこまで似合っていないのだから。
そして着替え終わって待つこと数分。
「お、お待たせしました…旦那様……」
真耶さんの声が聞こえ、其方の方を振り向いた俺は言葉を失った。
此方に来た真耶さんはドレスを当然着ていた。
薄い水色を基調としたドレスで、華やかでありながら気品に溢れた一品であった。胸元の露出が大きいのもさることながら、それを覆うように白いメッシュが美しいながらに色香を感じさせた。そして白銀に輝くストールが幻想的な美しさを醸し出す。
そこに妖精がいるような、そんな幻想的な印象を真耶さんから感じた。
神々しく、儚いような美しさに俺は息を飲み込んだ。
「旦那様…ど、どうですか? 似合ってます?」
真耶さんが俺の反応を見て感想を言ってもらおうとそわそわし始める。
あまりの美しさに言葉を失っていた俺だが、真耶さんのその様子を見て現実に引き戻された。
「とても似合ってます。あまりの美しさに言葉を失ってしまいましたよ。綺麗です」
「そうですか! よかったぁ」
俺に褒めて貰えて真耶さんは花が咲いたかのような笑顔になった。
その笑顔があまりにも綺麗なものだから、俺の近くにいた男性の店員が見惚れてしまっていた。
その男性店員を肘で小突く女性店員を見て内心苦笑するが、俺は凄く誇らしく嬉しい。
やっぱり俺のお嫁さんは最高に綺麗なのだと。
「だ、旦那様もそのタキシード姿…素敵です」
顔を真っ赤にしながらそういう真耶さん。
俺はそう言ってもらえて嬉しく思ってしまう。やはり一番大切な人に褒めてもらえるのは嬉しいものだ。
「それでは行きましょうか。エスコートします、最愛の君」
「っ!? もう! ……いきましょうか」
少し洒落た感じにそう言って手を差し出すと、真耶さんは頬を赤らめつつも腕を絡めるように組んで俺の腕に体を預ける。
その柔らかさといつもと違った化粧の香りにドキドキしながら俺達は静かに席へと案内されていった。
そして席に着くとウェイターが来て料理の説明などをしていく。
「では、お連れのお客様にはミネラルウォーターを提供させていいただきます」
ウェイターから飲み物の説明を受けた際、真耶さんを見てそう言ってきた。
どうやら真耶さんを未成年だと思ったようだ。
そう言われ真耶さんは慌てて言おうとするが、俺は人差し指を真耶さんの唇に軽く当て、静かに、とジェスチャーする。
「すみません。彼女はこれでも二十歳を過ぎた成人女性です。ですから彼女にはワインをお願いします。寧ろ自分はまだ成人前ですので、自分に水をお願いします」
「これは失礼を。畏まりました」
ウェイターはそう畏まり一礼して軽く謝罪。
敢えて騒がさないように謝罪する姿にはプロとしての実力が窺える。
そんなふうにウェイターを見ていると、真耶さんは若干膨れた様子で俺に話しかける。
「旦那様は随分とこういうのに慣れてるんですね」
その姿も可愛らしく、俺は笑いながら答える。
「一応は政府の人間ですからね。結構こういった店に行く機会もあったりするんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、意外に思いますけど総理大臣や天皇陛下と稀に料亭で食事をすることもありましたしね。でもあの二人、以外と根は普通の人と変わらなくて、よく家での不満とか洩らしたりしてるんですよ」
「そうなんですか!? やっぱり旦那様って凄いです」
そんなふうに会話をして料理が来るまで待ち、少しして料理が来た。
ウェイターから料理の説明を受けるとドリンクを渡されたのだが……
「自分はミネラルウォーターを頼んだのですが……」
何故か俺に渡されたのは真耶さんと一緒の白ワインであった。
俺にワインを渡したウェイターは少しだけ含みを持たせた笑みを浮かべ説明した。
「せっかくの恋人の一時。殿方が水ではしらけてしまいますよ。ですのでこれを…少量ならそこまで酔いはしませんから」
そう説明され言いたいことが大体分かった。
これは店側からの善意だろう。有り難く受け取ることにした。
そのまま料理を挟んで二人で白ワインを注いだグラスを真ん中に持って行く。
「では……最愛の人とこうして出会えたことに」
「旦那様に好きになってもらえたことに……」
「「乾杯」」
そのかけ声と共にグラスを軽く打ち合わせる。
涼やかな音は静寂に響き、その余韻にしばらく浸った後に料理を食べ始めた。
真耶さんは一口食べる度に美味しい~と歓喜に打ち震えていた。
実に美味く、作り手の技量が窺える。俺では作れない、まさに一流の味であった。
「で、でも、やっぱり私は旦那様の料理の方が好きですけどね」
吟味しながら食べていると、真耶さんは頬を赤らめながら俺にそう言う。
酔いが回ってきたこともあってか、少しとろけてきた瞳が艶っぽい。
俺はそう言ってもらえたことが嬉しく、お礼を言いながら桃のようにピンク色になった頬に軽くキスをする。
すると真耶さんは凄く嬉しそうに顔をとろけさせていた。
いつもと違う恰好のせいでその破壊力も倍増しである。
そしてしばらく美味しい料理に舌鼓を打っていたところで、いきなり騒がしくなった。
「誰だ! この料理を作った者は!! シェフを呼んでこい!」
何事かと皆がその叫び声の方を向くと、そこにはこの場に似つかわしくない和装をした男性が憤慨していた。歳の頃は五十代後半くらいだろうか。まるで巌のような印象を受ける人だ。
その声に反応してウェイターが店のシェフを呼び、シェフは料理について説明すると男性はさらに怒りシェフを叱責し始めた。
周りのお客さんの反応と話し声から、あの男性が有名な美食家らしいことが分かった。
名前を聞いたら俺も知っている人物であり、料理業界で知らない人はいない大物だった。
「旦那様……」
その男性の怒る様子を見てか、真耶さんが怯える。
「大丈夫ですよ。少し……行ってきます」
俺は安心させるように笑いかけ、そしてその男性の元へと向かう。
せっかくの食事を邪魔されたのだ。文句も一つも言わねば気がすまない。
何よりも……許せないこともあった。
だからこそ、俺は男性の元へと歩いていく。
怒る男性に謝り続けるシェフ。その二人に近づいて行くと、冴えない感じの二十代後半くらいの男性が立ち上がろうとしていた。多分この人も俺と同じだと思う。
だが、俺は譲れない。その男性より先に行き、二人の前に立った。
「そこまでにしていただこうか」
「何だと? 貴様、何者だ!」
男性はいきなり現れた俺に怒りを顕わにしながら振り向いた。
「先程から貴方のお話は聞いておりました。確かに貴方の言うことも正しいのかもしれない。だが……」
ここで一端言葉を切り、武者としての殺気を全開で男性に向ける。
「場所は考えて騒げ、この痴れ者が!」
「何だと!?」
俺の殺気を受けて尚、此方に怒りを向けられるとは中々の御仁のようだ。
だが、俺はさらに言う。
「ここを何処だと思っている。ここは皆が料理を楽しむ店内だ。そこで騒ぎを起こし、人をその場で叱りつけるとは何事か! 貴様が美食家だということは知っているが、だからと言って客を不快にさせてどうする、この愚か者め」
「貴様!!」
「貴様は先程から料理についてあれこれと言っているな。確かに美食家なら、美味い物のためならその発言は分かるかもしれん。だが、料理とは味だけではない! 楽しみ、祝い食べるものだ。もし、この中で今日、必死にプロポーズを考えいるカップルがいて、貴様のせいで台無しになったらどうするつもりだ。店は貴様の私物ではないのだぞ。食べる人の心も考えられないものが美食などと……笑わせてくれるな!!」
「っ!?」
俺にそう言われ、男性は怒りで顔を真っ赤にするが何も反論出来なくなる。
更に殺気を向けると、急いで踵を返した。
「不愉快だ! 帰るぞ!!」
男性はそう吐き捨てて店から出て行った。
それを同時に店内中から拍手の雨が沸き上がった。
どうやら俺に向けられているらしく、恥ずかしい。
そのまま俺も自分の席へと戻った。
「旦那様、凄かったです。格好良かったですよ」
真耶さんは俺を興奮した様子で褒める。
そして何故俺にそうしたのか聞いてきた。
「だって…せっかく一番愛してる人との初めてのディナーなんですから。邪魔されるのが我慢ならなかったんですよ」
「まぁ! うふふ…私も大好きです、旦那様」
その後、店からお礼を言われるなり何なりして、とても楽しいディナーを過ごした。
真耶さんのドレス姿は写真を撮って網膜に焼き付けた。それぐらい綺麗だったから。
はぁ……本当に幸せな一時だった。