鈴との試合の最中、いきなりそいつは現れた。
「誰だ、貴様!」
問いかけるが全く反応がない。
真っ黒な全身装甲の人型で、たぶん・・・ISだ。
劔冑ならよくある全身装甲だが、こいつには合当理が見当たらない。それに劔冑の作りにもいくつかの種類があるが、細身のモノでもここまで体のバランスが悪いモノは無い。
人の胴以上の太さの両腕は、どのような劔冑でもないものだ。
「一夏、試合は中止よ! 今すぐピットに戻って!!」
鈴がいきなり俺に脱出するように言ってきた。
「あいつ、アリーナの遮断シールドを破壊してきたのよ。とんでもない火力を持ってる・・・そんな火力で撃たれたらタダじゃすまないわ。あたしが時間を稼ぐから一夏は早く逃げ「断る!!」っなぁ!?」
「鈴、俺は逃げない。何でか分かるか?」
「何でよ、危ないっていってるじゃない!」
鈴が必死に俺を説得してくる。それだけ心配してもらえるのは有り難い・・・・・・だけど!
「それはな・・・俺が武者であり、正宗の仕手だからだ! 戦いから逃げ出すような、武者にあるまじき恥ずかしい行いなど、許されるはずが無い、俺がまず許さない。そして正宗を・・・正義を成すものである以上、敵から逃げる何てことは、断じて有り得ない!!」
「な、何恥ずかしいこと言ってんのよ、こんな時に!」
恥ずかしいことか? 武者として、人として当たり前のことを言ったまでなのだが・・・
「別に倒そうなんて思ってないわよ。こんな異常事態、学園側がすぐ収拾に来るはずよ。それまでに誰かが時間を稼がないと・・・だからあ「危ない!」」
いきなり黒い奴が動き始め、その巨大な腕を鈴に向けると腕が光り始めた。
射撃兵器だと推測して俺は鈴をかばうように抱きつき、射線から外れる。
間髪入れずに鈴がいたところに閃光が走った。
避けきれずに俺の左手はそれに飲み込まれてしまった。
「っっっっっっがぁっっっっっっっっ!?」
激痛なんて生やさしいくらいの痛みと、溶岩に手を突っこんだかのような熱に襲われる。
「い、一夏ぁ!?いやぁああああああああああああああああ!!」
鈴が俺の手を見て悲鳴を上げる。
そんなに酷いのか?痛みと衝撃で目の前が真っ赤に染まり、見えない。手首から先の感覚がまるで無い。
「ま、正宗・・・俺の手は今どうなってるんだ!手の感覚がっ」
『御堂、落ち着けい!! なぁに、手首から先の鋼鉄が溶融して、肉が炭化してるだけだ。戦うのに支障など無い。手など無くとも正義は成せる、粗相するでないわ!!』
「っ!?」
正宗の一喝で俺は正気に戻る。
普通の人なら発狂ものだが、劔冑を使う武者、特に真打を使うものは大抵手を切り落とされただの、足を切り落とされただの、酷いと上と下が分かれてしまっただのと言ったことがよくあるのでこういうことには嫌でも慣れてくる。無論俺も師匠との訓練を通して大体経験済みだ。
「わかった・・・ああ、問題ない! 俺はまだ戦える!!」
『応』
いくら慣れているからって普通ならそれでもきつい。切られたりちぎられたりした部分は早く手術で付けないとくっつかない、元に戻ることもないのだから。
しかし此方にはそんなことは無い、余裕がある。
なぜなら真打には個体差があれど、再生能力があるからだ。
極端な話・・・・・・真打を使う武者を殺すのには首を撥ねるか、それこそ再生不可能なほど破壊するかしか方法は無いと言われている。
それ以外の損傷なら時間をかければ元に戻るのだ。
「鈴、怪我はないか」
「一夏、私は無事だけど、一夏の左手がっ!?」
「大丈夫だ。表面だけで中は無事だから」
鈴を落ち着かせるためにも嘘をついた。
まさか左手がきれいに骨まで炭化しましたとは、口が裂けても言えない。
まだ困惑する鈴をなだめようとしていると、黒い奴はさらに此方に閃光を撃ってくる。
俺は鈴を右手で抱え、急いで距離を取って躱していく。熱量を合当理の全力で注ぎ、最大戦速でアリーナの端に飛ぶ。
すると鈴のISから声が聞こえ始めた。
どうやら鈴のISに向かって通常回線での通信がきたらしい。声の主は山田先生だった。
『鳳さん、一夏君、聞こえてますか! 今すぐアリーナを脱出して下さい! すぐに先生達が制圧に行きます!!』
「すみません、それはできません。相手はこちらを逃がす気が無いようですし、何より・・・こちらも逃げる気は毛頭ありませんから」
『何言ってるんですか!? 早く脱出してっ」
黒い奴がさらに此方に追撃をかけてきた。
そのため通信の受け答えをすることが出来なくなった。
と言っても俺は何を言われようとも逃げる気など無いのだがな。
先ほどから観察していて分かったが、黒い奴の閃光の正体は光学兵器、ビームだ。
セシリアの使ってるレーザーとは出力が比べものにならない代物だ。IS相手でもこんなものを撃たれたら、無事にはすまない。
俺はこれに明らかな害意を感じる。
「どのような理由があろうとも、人が死んでもおかしくないほどの武器をいきなり振り回すとは何事か! それは明らかな害意・・・すなわち悪だ! 悪である以上、容赦はしない!!」
俺はそう吠えて斬馬刀を右手に構え直す。
「鈴、悪いが手伝ってくれ。あいつは早く倒さなきゃならない。それには少しでも人手があったほうがいい」
「し、仕方ないわね、手伝ってやるわよ! どうせあいつを倒さないとこっちが危ないんだし・・・何より一夏を傷つけたやつなんて、許せるはずないじゃないの・・・・・・」
「?何か言ったか、鈴」
「何でもないわよ! さっさとあれ、倒すわよ」
「ああ、じゃあ行くか」
そして俺は鈴と二人で黒い奴に立ち向かって行った。
「もう! 何で倒れないのよ、あれ!!」
鈴がそう文句を言いながら龍砲を撃っていく。
立ち向かってから約十分ほど・・・未だに倒せていない。
俺が斬り付けに行くと、全身のスラスターを使って見た目からは想像もつかないような機動性で避け、鈴が龍砲を撃つと避けたりはじいたり、たまたま当たってもそこまでのダメージを与えられてないようだ。
向かってあちらはこちらの攻撃を回避したのちにビームを撃ってくる。
こちらもそれが分かってからは被害を受けていない。それまでは紙一重で避ける羽目にあったりしていた。
「何なの、あいつ! さっきから同じことばっかして」
鈴がなにげに呟いたことに俺がそれまで考えていたことが重なる。
この黒い奴はさっきから同じ行動しかしていない。攻撃を避けたら砲撃するだけだ。
しかもコイツにはおかしな点がある。俺はそれが引っかかって仕方ない。
「鈴、コイツはおかしくないか?」
「何言ってるの、おかしいのは当たり前じゃない! いきなりこっちに仕掛けてきてんのよ」
「いや、そういうことじゃなくて」
「んじゃ、何よ」
「あれってもしかして・・・無人じゃないのか?」
「はぁ?何言ってんのよ。ISは人が乗らないと動かな「ちゃんと理由もある」」
俺が感じてた違和感・・・・・・それはコイツから人が乗ってる感じが全くしないことだ。
「ISだろうと劔冑だろうと、人が乗っている以上、人の稼働限界やら何やらは当然ある。でもコイツは人では出来ないような動きを何度もやってのけた。ISの絶対防御があっても間接へのダメージは防げないだろ。コイツの動きは人がそのままやれば腰がちぎれたり腕が変な方向に曲がったりするようなものばかりだ。そんな動きをして損傷が無いってのは、人が乗ってる以上ありえないんだ。つまり人は乗ってない」
「それじゃあれ、無人機ってことなの?」
「たぶんな」
「でも無人機だからってどうするのよ。それがわかったって今の状況は変わらないわよ」
「いや、変わった。無人機なら何の気兼ねもなく正宗の力を振るえるからな。だから鈴、あいつの足止めを頼む。一瞬でも止められればあいつはもう終わりだ」
「言い切ったわね。乗ってやろうじゃない」
鈴は早速足止めに向かった。
「正宗、聞いてたか」
『応』
「あいつが動きを止め次第、『握り潰すぞ』」
『相分かった』
そして俺も黒い奴に向かう。
鈴は龍砲で何度も砲撃するが、敵の足はなかなか止まらない。
俺も援護で斬り付けにいくが、相変わらず避けられてばかりだ。
「いい加減止まんなさいよ!」
鈴が叫んで砲撃してる最中、いきなりアリーナの放送室から放送音がした。
「一夏、無事か!?」
「今すぐ助けに向かいますわ!」
放送室にはISを装備したセシリアと、生身の箒がいた。
「な、なにしてんのよ、あんた達! 危ないわよ、すぐにどきなさい!!」
「嫌だ、一夏を助けるんだ!」
「今すぐそちらに向かいます!」
いきなり箒達は口論を始めてしまった。
こんな時になにしてるんだ、あいつらは!?
黒い奴は箒達に反応してそちらに巨腕の砲口を向ける。
箒達はそれに気づき固まってしまう。
仲間の窮地!?
しかしそれは
俺にとっての
最高のチャンスでもある
「人との戦いの最中よそ見とは随分な余裕だな! ならばその余裕、打ち砕いてくれるわぁ!! 正宗ぇえええええええええええええええええええええ!!」
『承知!!』
命じると俺の体、とくにあばらあたりから何かが飛び出していくような激痛に襲われる。
『正宗七機巧の一つ』
「ぐがぁああああああああああああああああああああああ」
俺の体を突き破って飛び出した鋼鉄の牙が敵に襲いかかる。
『隠剣・六本骨爪!!』
箒達は俺の攻撃に目を丸くしていた。
いきなり体から刃が飛び出してくるとは誰も予想出来ない。
敵も咄嗟のことに反応が遅れたようだ。いくら機械だからと言ってもすでに砲撃体勢に入っていた状態からの回避は難しい。一瞬の硬直が致命的となり、俺の骨爪が敵を捕らえ締め上げていく。
敵は当然抵抗しようとして骨爪から逃げだそうとするが・・・
『無駄じゃ、無駄じゃ無駄じゃ! この六本骨爪の握力は北曾の羆をも凌ぐ! 外すことなど不可能だ!』
あがけばあがくほどに締まり、絶対防御が発動して火花を散らす。
しかし此方は一向に力を緩めることは無い。
俺は吐血しながら痛みに耐え、最後のとどめを刺すために吠えた。
「これで終わりだぁあああああああああああああああああ、くたばれぇえええええええええええええええ!!」
俺の咆吼によりさらに骨爪に力が込められる。
敵はついにエネルギー切れを起こし、そして・・・・・・
骨爪によって串刺しにされた。
敵の体に六本の骨爪が全て貫通している。人が乗っていたのなら、確実に殺していただろう。
敵は生命を絶たれたかのように停止し、それと同時に骨爪によって粉砕された。
もはや修復不可能だろう。
そこにあったのは、もうただの残骸だった。
敵を破壊したことによって遮断シールドのロックが解除されて教師陣がアリーナに入ってきた。
箒とセシリアは指示に従わず勝手に行動したことを咎められ、千冬姉に捕まりどこかに連れて行かれた。
鈴は大事を取って山田先生付き添いのもと、保健室に行っている。
俺は左手を隠すためにその場から逃げるように出て行った。
くそ、左手とあばらが痛くて仕方ない。早く帰って眠りたい・・・・・・
そう思いながら俺は壁に寄りかかりつつ自室を目指して体を引きずっていった。