一人のお客さんが俺に気付き大声を上げたせいで周りにいた人達が騒ぎ始める。
それはまるで伝染していくかのようにさらに辺りへと広まっていき、あっという間に俺達の周りには人だかりが出来てしまった。
「あ、何で織斑 一夏がこんなところにいるんだよ!!」
「キャーーーーーーーーーーッ、生一夏始めて見たわーーーーーーーーーー!!」
「うそ、何で!」
周りから驚きと感激の声が上がっていき、俺の周りにいた人達はその光景に萎縮してしまっていた。
「なっ、KAORUKOちゃん!? これってどういうこと!!」
「あ~、やっぱりばれちゃったか~。まぁ、あれだけテレビに映れば当然か~」
困惑する柊さんに黛先輩は仕方ないか~といった様子で頬を掻きながら説明をする。
「AKENOさん、織斑君の名前を聞いて何か思い出しませんか?」
「全然? 何、彼は有名人か何かなの? 私、アニメしか見ないからそういうの良く分からなくて」
そう答える柊さんに内心突っ込みを入れたい。
アニメ以外に見ましょうよ、大学二年生。俺も大概だが、それでも世情くらい気にかけますよ。
「さすがは真のオタク! アニメ以外に興味がない。そこに痺れる憧れる~! じゃなかった。AKENOさん、あのね~、織斑君は凄い有名人よ。何せ世界のあり方と変えた人物だもの」
「何、その世界を革命するナニカ!?」
「いやいや、ネタじゃなくて大マジで。最近、女尊男卑の風潮が薄れていっていることは知ってる?」
「そう言えば、最近はぺこぺこ謝ったりする男の人とかをあまり見なくなったような気がするけど」
「それは織斑君が頑張って世界を変えたからなんですよ」
そう言われ柊さんは凄く驚き、もっと詳しく黛先輩にその話を聞き始めた。
二人がそう話している間に俺はというと……
質問攻めに遭っていた。
「何で織斑 一夏がこんなところにいるんですか!」
「正宗はいないんですか?」
「織斑さんもこういうのに興味あるんですか」
等々、様々な質問が俺に向かって飛び交う。
俺はそれを何とか答えていくのだが、それ以上によくあるのは、
「すみません、握手して下さい!」
とか、
「サイン下さい!」
というものである。
別にすることに問題はないのだが、流石にこんなに騒ぎになって慌ただしいのでやり辛い。
それに俺の事が騒がれるということは……
「オイッ、あれって今年の映画の特別女優賞を取った山田 真耶じゃないのか」
「うわっ! 滅茶苦茶可愛い! しかも何だ、あの胸!! 馬鹿でけぇ!!」
「羨ましい~!」
真耶さんのことも当然ばれてしまうわけだ。
俺と同様真耶さんの質問攻めに遭ってしまい、更識さんはどうすれば良いのか分からずにオロオロしていた。真耶さんも凄く困惑しており、向けられた質問にわたわたしながら答えていた。
「何でこのイベントに? あなたもアニメとかに興味があるんですか」
「い、いえ、私は今回は生と…友人に誘われて…」
「あの映画ってノンフィクションだって聞いたんですけど本当なんですか~」
「そ、その……本当です……」
急なことに困惑しつつも顔を赤くしながら答える真耶さんもまた可愛いなぁ。
そんなことを考えつつも俺もされた質問に答えていく。
気がつけばコスプレ撮影からアイドルの握手会やら何やらといった様相になってしまっていた。
その中で意外に思った事は、俺に握手を求めてくる人は女性の方が多いということだった。
「もうこの手は一生洗わないわ」
「キャーーーーーーーーーーー! キャーーーーーーーーーーー!」
握手した女性は興奮しながら叫んだり涙を流したりしていた。
そこまで感動することでもないと思うが、この様子を見る限り今の世の中は昔と比べて穏やかになってきているのかもしれない。
まぁ、こんなことでも喜んでくれるのなら嬉しいのだが……
「(ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーー)」
真耶さんが質問に答えながらもジト目で俺のことを睨んでいた。
いや、笑顔なのだけれど、恋人だから分かると言うべきか。多分俺が女性と握手してることに焼き餅を焼いている。
大好きな恋人が焼き餅を焼いてくれるのは嬉しいが、流石にこの視線はきつい。
俺はその痛い視線を苦笑しながら受け止めるしかなかった。
そのまま少しすると、スタッフの方が何事かと来て周りの人達に注意をして整頓し始めた。
まさかコスプレスペースでこんな騒ぎになるとは思っていなかったらしく、想定外だったために急遽大人数で列を整理していく。しかし、やはりスタッフと言うべきか。皆慣れた感じに人の列を整頓していた。その手腕には感心するしかない。
スタッフの方の大体が列を整理している間に俺達はスタッフから軽く注意を受けてしまった。
有名人がいきなり来ると大騒ぎになる云々……
そう説明しつつもスタッフの人は苦笑を浮かべていた。俺にそれを言っても仕方ないということが分かっているからだ。
その後、そのスタッフの方は俺と真耶さんに握手を求め、何故かサインも渡すことになった。
握手をしてサインをもらったスタッフの方は実に嬉しそうに笑いながら他のスタッフと合流して整頓に加わり、少しして列もすんなりと整頓されたのだった。
これでやっち一息付けると思ったのだが……
「旦那様は女性の方と握手出来て良かったですか?」
目が笑ってない笑顔で真耶さんが俺に聞いてきた。
その笑顔は戦慄を感じさせるほどに凄まじい。俺はそれに内心で焦りつつも答える。
「そんなことないですよ。誰と握手しても俺にとっては一緒です。それに……」
そう言葉を切り、真耶さんの目を見つめながら柔らかい手を優しく握る。
「あっ……」
「俺は真耶さんが男の人と握手してるの……正直嫌だったんですよ。俺の大切な人が俺以外の男の手を握っているは。内心、正気ではいられなかったですよ」
「旦那様……ごめんなさい…私、旦那様の気持ちも考えずに……」
真耶さんは俺に見つめながらそう言われ、しゅんとして申し訳なさそうにしてしまう。
俺はそんな真耶さんを慈しむように笑いかけながら優しく言う。
「いいんですよ。真耶さんが焼き餅を焼くように、俺だって焼き餅を焼くんですよ。だからおあいこです。それに……この繋ぎ方は俺じゃないと出来ないでしょう」
そう言いながら繋いでいた真耶さんの手を一端離し、今度は絡みつかせるように腕を組みながら繋いであげる。よく言う恋人繋ぎである。
手を繋がれて真耶さんは凄く嬉しそうに笑い、繋いだ手に力を込めてぎゅっと握り返してくれた。
「はい、そうですね。この繋ぎ方は旦那様以外とは絶対にしたくないです」
幸せそうに俺に笑いかける真耶さん。
その顔はとても可憐で可愛らしく、俺は笑顔になる。しかし、ここで別の意味で失敗した。
真耶さんの今の恰好はかなり露出の多い恰好である。そんな恰好で恋人繋ぎで体を密着させれば……
大きな胸が俺の腕に当たっていた。
ビキニしかつけていないため、腕に当たるのは素肌の部分。なので胸の柔らかさと暖かさが腕にダイレクトで伝わってくる。
それを意識してしまい、俺は顔ば熱くなって仕方なかった。
「どうしたんですか、旦那様? 顔が真っ赤ですよ?」
真耶さんは心配そうに俺を覗き込むが、そのせいでさらに俺の手に胸が押しつけられる。
「な、なんでもないです」
「? そうですか」
俺は鼻の中が切れる感触を感じつつもそう答えると、真耶さんは不思議そうに首を傾げた。その可愛らしい仕草にドキドキしてしまう。
そしてそろそろ手を離そうと考えていたら、真耶さんは何かを決めたらしく、俺の体に身を乗り出した。そしてそのまま俺の頬に、ちゅ、と軽くキスをした。
「そ、その…さっきはごめんなさい。でも、旦那様は私を許してくれて、こうして手を繋いでくれて…だからそのお礼です……本当は私がキスしたかっただけなんですけどね……だって旦那様、格好良かったから…」
恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、幸せそうに笑う真耶さん。
その可愛らしさに俺は更にドキドキしてしまうのであった。
そして再開されるコスプレなのだが……
「何でまた俺は和服なんだ……」
俺が今度来た衣装は真っ黒な和装であった。
上の羽織も下の袴も真っ黒で、背中に包丁のようなでかい刀が下げられていた。
何でも今週刊誌で有名な漫画の主人公の服装らしい。
周りの人に言われてでかい刀を前に出して『卍解ッ!!』と叫ぶよう言われた。
これは何かの技名なのだろうか?
「やっぱり旦那様には和装が似合ってますね」
真耶さんは頬をピンク色に染めながら俺を見てポーとしていた。
そう言うが、俺は真耶さんの恰好の方が似合っていると思う。
「そう言う真耶さんだって似合ってますよ。何だか先生って感じがして」
「私は先生ですよ、旦那様!」
真耶さんの恰好は真っ赤で膝上より上くらいの丈のサマーセーターに上に真っ白いマントのついた長袖を着ていて、足には白い革製のニーソックスを穿いていた。頭にはこれまた真っ白な帽子を被っている。そして腰には何やら細身の綺麗な剣がかけられていた。
「う~ん、やっぱり巨乳にはこのキャラも合うわね。サ〇ン〇イト3のア〇ィ先生」
柊さんはそう言いながらうんうんと頷いていた。
ちなみに恰好は先程と変わっていない。
「旦那様はこういう服とか好きですか?」
真耶さんは笑顔で俺の顔を見上げながら聞くが、正直これもまたきつい。
幼さの残る顔立ちに、全体からでる大人の魅力が合わさってさらに綺麗に見える。
しかもサマーセーターのせいか、先程とはまた違った胸の盛り上がりを見せ、それが俺の心臓にドキドキと拍車をかける。
「可愛くて、それでいて年上っぽい感じがして俺は好きですよ」
「そうですか! 良かったです。今度からこういう服も買っておいたほうがいいですね」
そう聞いて嬉しそうに笑う真耶さんは本当に可憐で綺麗に見えて、俺はまた違った真耶さんの魅力に触れられて嬉しかった。
その後もコスプレは続いていき、俺達はまた別の衣装に着替えた。
「やっと和装じゃない服にあたった」
俺はやっと回ってきた和服以外の服に内心少し感動していた
今度は黒い学ランに真っ赤なTシャツである。
学ランと言えば中学で一年着たくらいだろうか。他に何か付属品は無く、シンプルに纏められていた。
「何だか学ランを着た旦那様も新鮮ですね~」
「そうですね。俺も何だか久しぶりに着ましたよ」
俺の学ラン姿を見て真耶さんは目を輝かせていた。
別にそこまで輝かせる程の物でもないと思うが、確かに学ランを着た姿を見せるのは始めてだからだろうか。何やらワクワクした様子であった。
そういう真耶さんも学生服であり、白と水色のセーラー服姿だ。黄色いスカーフが首に提げられていて、無邪気そうな印象を与える。
「真耶さんもその服、似合ってて可愛いですよ。今すぐに学校に一緒に登校したいくらいです」
「うふふ、そうですね。私も旦那様と学校に登校したくなりました」
お互いにそう言って笑い合う。
何だかこういうのも幸せだなぁ。
すると黛先輩がカンペを持って近づいてきた。
つまり書いてあることを読めということなのだろう。
「え~何々…真耶さんに向かって、『小〇寺 大好きだ、付き合ってくれ!!』と叫べ?」
多分このアニメのキャラの台詞なんだろう。
随分とストレートな言い方だ。だが、そこがどこか良い気がする。
俺はそのまま真耶さんの方を向き叫ぶ。
この時は気付かなかったが、俺の後ろには柊さんがカンペを持って真耶さんに見せていたらしい。
「小〇寺 大好きだ、付き合ってくれ!!」
俺にそう言われた真耶さんは顔を真っ赤にして瞳を潤ませつつも俺を見つめて返事を返してきた。
「……はい、私も大好きです、楽君!!(旦那様)」
そのまま俺の胸に飛び込み、唇にキスをしてきた。
少しだけ長いキスをしてから唇を離すと、真耶さんは俺にだけ見えるように顔を離して顔を赤くしつつ、とろけるような笑顔で言った。
「このキャラクターよりも、もっと大好きです、旦那様」
その顔があまりにも可愛くて甘いものだから、俺はその後もしばらく魅入ってしまっていた。
これを見た周りの人はさらに盛り上がり、またスタッフの方に怒られたのは言うまでもない。
こうして午前中のコスプレは終わりお昼休憩に入るのだった。