出発から早速問題が起こりもしたが、何とか無事に国際展示場に着いた。
駅を出て最初に目に入ったのは巨大なジャイアントサイトであった。
一応は知ってはいたが、こうして間近で見るとやはり聞いていた以上に凄く見える。
そしてジャイアントサイトの下に目を向けると、そこには……
「うわぁっ、凄い人数!?」
そう、まるで人が川のように凄く詰まって並んでいた。
ここからジャイアントサイトまで人で出来た川で繋がっていて、その人数の多さに俺と真耶さんは息を呑んでいた。
そんな俺達を見て黛先輩がクスリッと笑う。
「これで驚いてたらもっと大変ですよ。これでもまだ並び始めた感じなんですから。それにアレは一般参加者なんで、私達はこっちですよ」
「え!? あれで一般参加者だけなんですか!!」
「あの人数でも全体の一部とは……」
俺と真耶さんの反応が面白いのか、黛先輩はさらに笑っていた。
更識さんはこの列を見て俺達と一緒で緊張しているようだ。彼女も人見知りが激しいほうだから、この大人数には緊張してしまうのだろう。
そんなふうに列を感慨深く見た後、俺達は黛先輩の案内の元にスタッフの出入り口から中に入って行った。
そして歩くこと十分弱、大きなホールに着いた。
広さはIS学園のアリーナの半分より上くらいだが、それでも高さがある分大きく見える。
「ここが私達がコスプレをする会場です。同人誌や企業のブースは向こうのホールですね」
黛先輩の説明を受けて感嘆の声を上げてしまう。
真耶さんは興味深そうに辺りを見渡しており、更識さんは更識さんで更に緊張し始めたのか、人という字を掌に書いて飲み込み始めていた。
黛先輩はそんな俺達を見て満足そうに頷き、荷物を受け取るために俺達を率いて歩き始める。
歩いている最中、ふと真耶さんは何か思ったらしく黛先輩に質問する。
「そういえば……具体的に何をするんですか、私達? 衣装に着替えるのはわかるのですが?」
そう言えば具体的なことは聞いていない。
前に学園祭でコスプレ喫茶をしたから、コスプレがどんなものかは知っている。だが、アレはあくまでも喫茶店の衣装として着替えていたのであり、ちゃんとしたコスプレとは言えないだろう。では、ちゃんとしたコスプレとは、どんな物なのだろうか?
「えっとですね。ここでコスプレするのは、すること事態が目的です! アニメのキャラになりきってポーズを取って台詞を叫んだりします。それでカメコに写真を撮って貰ったり、自分達で撮影したりするんですよ」
黛先輩は胸を張って自信満々に説明してくれた。
「つまりはアニメの衣装を着た撮影会ですか?」
「はい、まぁそういうことです」
真耶さんがそう聞くと先輩はその通りだと頷く。
成程、それがここでのコスプレと言うことなのか。真耶さんはそれを聞いて何やら意気込んでいた。きっと前回の雷蝶様のところの仕事である程度慣れてきたのだろう。あの時は緊張していて大変だったようだし。
俺はそう考えながら納得していると、何やら珍妙な恰好をしている女性が此方に近づいてきた。
「おっはよ~、KAORUKOちゃん」
「あ、AKENOさん、おはようございます」
その女性は黛先輩に親しそうに挨拶すると、先輩も親しそうに挨拶を返していた。
見た感じ二十歳そこそこと言った年齢だろうか。すらりとしていて結構な美人である。
二人はそこそこに挨拶をすると、女性は今度は此方に顔を向けた。
「あ、久しぶりね~、二人とも」
「「え?」」
いきなり話しかけられたが、俺と真耶さんはこの人とあった事が無いはずだ。
そのことに戸惑っている俺達を見てか、女性は苦笑しながら俺に顔を近づける。
「あ、ひどいな~。忘れているわね。私よ私…学園祭の時にウチのお店に衣装を買いに来たでしょ」
いきなり近づけられた顔にドギマギしつつそう言われ、俺は記憶の中で学園祭での記憶を掘り起こす。
そして思い出した。
「「ああ、あの時のお店の店員さん」」
真耶さんも同時に思い出したらしく、ハモってしまう。
それにお互い気付き、恥ずかしさから赤面してしまった。
「あら、さっそく仲が良いわね」
店員さんはそんな俺達を見てほがらかに笑う。
少し気まずく感じつつ、俺は咳払いを一回して仕切り直した。
「その節ではお世話になりました。御蔭で学園祭では無事に出し物を成功させる事が出来ました。誠に感謝しております」
「そんな堅苦しくしなくてもいいわよ。私はただ売っただけだしね」
そう店員さんは笑いながら自己紹介を始めた。
「じゃあ改めまして。私は柊 朱乃(ひいらぎ あけの)、大学二年生でコスプレショップ『ファフニール』の店員さんです。みんな、よろしく! ちなみにコスプレイヤー名はAKENOよ」
店員さん、もとい柊さんは何かのポーズを取りながら俺達にそう言った。
黛先輩とはコスプレ繋がりで知り合ったらしく、お互いにコスプレイヤーとしてよく一緒にこういうイベントに参加しているらしい。
改めて俺達も自己紹介しようと思ったのだが……
何故か真耶さんが膨れていた。
「ど、どうしたんですか…」
気になって話しかけると、真耶さんは膨れたまま答える。
「さっき旦那様、柊さんに顔を近づけられてドキってしてましたよね」
「いや、それはびっくりしたということであって……」
俺は素直に答えるが、それでも真耶さんは膨れたままだった。
「む~~~~~、それでもです! 柊さん、綺麗ですものね」
こうなって焼き餅を焼いて膨れてしまった真耶さんは中々機嫌が直らない……わけではないのだが、大変である。
何故か? 膨れた真耶さんもまた可愛いものだから、ついつい見ていたくなってしまうからだ。しかし、それで仲が悪くなってしまっては不味い。なので俺は真耶さんに許して貰おうと行動する。
膨れている真耶さんの肩を優しく包むように掴み、目を見つめながら優しく囁く。
「さっき言ったことは本当の事ですけど、俺がそう言う意味でドキドキするのは真耶さんだけですよ」
そう伝えると、まだ膨れつつも可愛らしく見つめてきた。
「本当ですか?」
「本当ですよ」
俺は笑いかけながらそう言うが、まだ少しだけ疑っている感じがする。
だからこそ、もっと信じてもらえるように証明をする。
「本当ですよ。俺がドキドキするのは真耶さんだけです。それに……」
そう言いながら顔を近づけ、マシュマロのように柔らかそうな頬に軽くキスをする。
そして唇を頬から離した後に微笑む。
「こうしてキスしたくなるのも真耶さんだけです」
笑顔でそう伝えた瞬間、真耶さんの顔が一気に真っ赤になった。
「は、はぅ~~~~~~……そ、その…嬉しいです」
そのまま恥ずかしがりながらも嬉しそうに笑顔を俺に向けてくれた。
それがまた可愛いものだから、俺はさらにキスしたくなってしまう。だが、ここは人前である。我慢するしかない。
「お、織斑君……大胆…」
更識さんはそんな俺達を見て両手で目を覆いながら真っ赤になっていた。しかし、ちゃっかり目の部分には隙間が空いていた。
「あ~、また山ちゃん達がイチャついてる~」
「前も思ったけど熱々ね、お二人さん」
そうしている内に黛先輩と柊さんに冷やかされてしまった。
そのせいで少し赤面してしまう。真耶さんを見ると真っ赤になっていた。可愛い。
その後、改めて俺達は自己紹介をした。
と言っても名前だけである。
「いや~、後輩同士のカップルがいてKAORUKOちゃんは大変ね。やっぱり羨ましいでしょ」
「それはまぁ……でも今は忙しいからいいかなって……後輩同士?」
柊さんが黛先輩に楽しそうにそう言うと、黛先輩はどうかな~とイマイチはっきりしないふうに答えたが、後半部分の言葉に引っかかった。
それを補足するように柊さんは更に俺と真耶さんを指差しながら話す。
「だってこの子達後輩でしょ。さっきから織斑君が先輩って読んでたし。それに身長とか見ても低いからこの娘も織斑君と一緒くらいでしょ」
それを聞いた途端に苦笑し始める黛先輩。
そして真耶さんは若干涙目になりつつも大きな声で柊さんに言った。
「わ、私は子供じゃないです。先生なんですよ~~!」
「え?」
そう言われ柊さんの顔が固まる。
さらに真耶さんはたたみかけるように言った。
「た、確かに身長は低いし、童顔で幼く見られますけど、こう見えても23歳なんですから。柊さんよりも大人なんですからね! お酒だって飲めるんですから…その、最近は旦那様と一緒だから飲みませんけど……未だに高校生か中学生に間違えられるときもありますけど……と、ともかく私は大人です!!」
そう言った後、少し俺に泣きながら抱きついてきた。
俺はよしよしと頭を優しく撫でてあげると落ち着いてきたが、そんな幼い部分も可愛くて俺には堪らないのであった。
そして……
「えぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!」
このホールで一番轟くくらいに、柊さんの声が響いたのだった。
昔に比べると文字数がかなり増えてきました。
当初は2000字くらいで済ますはずだったのですが……時間の流れって凄いです。