何かの機材で埋もれるような薄暗い部屋の中、何かを組み立てる音が響いていく。
「よし、これでか~んせ~い」
この部屋には似つかわしくない明るい声でそう言ったのは、二十代前半と思われる女だ。
しかし成人を過ぎた女性にしては格好が少しばかりおかしい。ウサギの耳のような機械を頭に載せ、エプロンを付けた西洋の給仕服、いわゆるメイド服に似た服を着込んでいる。
この女性の名は、『篠ノ之 束』
この世界をいまのような形にした張本人である。
「せっかくいっくんのために専用のISを用意したのに、いっくんは劔冑なんて言う訳が分からないものを使うなんて、この束さんはゆるしませんよ」
そう言ってPCのキーを一つ、軽く押す。
するとさっきまで組み立てていたモノが起動音を発しながら立ち上がっていく。
「この束さんは劔冑なんてわけわかんないものなんて認めません! いっくんには『白式』がふさわしいんだから。そのわけのわからないものなんて、とっとと壊して、ISの凄さを改めて実感させてあげるよ、いっくん。そうすればいっくんだってISを受け取ってくれるよね」
部屋のハッチから起動したものが飛び出していく。
「さぁ、いっくんを魔の手から救いにいこう!」
この薄暗い部屋に似つかわしくない、明るい声が響いていった。
今日はクラス代表戦の一回戦。
俺の相手は隣のクラスの代表である鈴だ。
俺はピットで会場の様子を見ていた。
満員御礼である。
「すごい人数だな」
「それだけ注目されてるのですわ。まぁ一夏さんが出るのなら尚更ですわね」
「まさかこれほどとは・・・・・・」
注目の的になるのは仕方ないとは言え、俺は生来人に見られるのは苦手なんだけどな。
「どうした? 怖じ気づいたのか」
「まさか・・・こんな大勢に見られてたら怖じ気づく暇も無い。恥ずかしい戦いは見せられないと思えば、気合いだって十分湧いてくるものだ」
俺はそう言って正宗を装甲する。
『世に鬼あれば鬼を断つ 世に悪あれば悪を断つ ツルギの理ここに在り』
そして俺はまた『歩いて』アリーナに向かった。
本当は合当理を全開に噴かして飛びたいんだけどな・・・・・・
「一夏、やっときたわね。遅いわよ」
「すまん」
俺はアリーナの真ん中で鈴と対峙する。
といってもやはり鈴は上空にいるわけで・・・俺が見下されることも変わらないし、俺が上を見上げてるのも変わらない。
この構図は劔冑を使う以上、変わらないのだろうな。
「一夏、あんたが使う正宗がどれだけ強いのか、試してあげる」
「鈴、こっちだってお前がどれくらい強いのか、見せてもらうぞ」
お互いに戦意を高め合う。やはり試合と言うのはこう出なくては。
「一夏、賭しない。勝ったら負けた相手に一つだけ言うことをきかせられるってのはどう」
「鈴、それはどうかと思うが。神聖な試合に賭け事はどうかと・・・」
「いいじゃない、それくらい。あんた昔より固いわよ」
そう言って勝手に賭を取り付けられてしまった。
しかしそれで鈴の士気はさらに上がったようだ。今更駄目だと水を差す気にはなれない。
俺は仕方なく了承し、斬馬刀を引き抜いた。
「一夏、この勝負勝たせてもらうわよ! あんたに恨みは無いけれど、そっちの正宗にはいらつかされっぱなしだったんだから。この怒り、晴させてもらうわ」
鈴がそう言って青竜刀を召喚した。IS用のモノで、刃が異様にでかい代物だ。
俺はそれを聞いて首を傾げる。
「正宗、お前何か鈴に失礼でもしたか?」
『我は何もしておらん。むしろあの娘とはそこまでの回数会っておらんのだ。それでどう失礼を働けと?』
「それもそうだな。じゃあ何で鈴はお前にこんな怒ってるんだ?」
『知らん』
そんなことを話しているうちに試合開始のアナウンスが流れ始める。
『それでは両者・・・試合、開始!』
宣言と同時に俺は鈴と激突した。
アリーナの真ん中で鍔迫り合いが起こる。
「っく、この甲龍と張り合えるなんて、たいしたパワーじゃない」
「そっちこそ、正宗の力と拮抗するなんて、たいした力だ」
ギリギリと金属がこすれ合う音が響く。
このままではらちが空かないので、身体強化のほうにより多くの熱量を注ぎ、鈴を突き放す。
「ふん!」
「何て力よ、この馬鹿力!」
鈴が何か言っているが試合中であり気にするようなことはない。
そのあとも鈴と何合も打ち合いが続く。
鈴のIS、甲龍はさすがパワータイプと言ったところか。正宗の力に付いてきている。
しかし鈴は押されていた。
理由は単純であり、接近戦の技量の問題だ。
鈴はISの武装を振っているだけであり、技と呼べる技術が無い。
ISの操縦はISの稼働時間と比例しており、IS無しにはうまくならない。
その点こちらは武術であり、ISと違って生身でも修練しているのだ。練度が全くもって違う。
「鈴、手元が甘い!」
「きゃぁ!?」
鈴に出来た隙を突いて胴を打ち込む。
鈴は数メートル吹き飛ばされたあとに蹈鞴を踏むようにPICでバランスを取った。
(近接戦じゃあっちの方が強い。離れて戦わないと・・・)
鈴は接近戦では分が悪いと思ったのか俺から距離を取る。
「これでもくらいなさい!」
そしていきなり俺は吹っ飛ばされた。
「ぐぁ・・・一体何が起きたんだ。正宗、報告を」
『左腹部に被弾、損傷あり。まるで見えない砲弾に撃たれたかのようだ』
それは俺も思った。たぶん射撃兵器なんだろうが、何も見えなかった。普通なら弾の軌跡くらい見えたりするものなのだが・・・
俺は体勢を立て直しながら構える。
「へぇ、この『龍砲』を耐えるなんてやるじゃない。この『龍砲』は衝撃砲って言って衝撃を弾にして飛ばす兵器なの。だから砲身も砲弾も見えないってわけ。凄いでしょ」
鈴が自慢げにそう言ってきた。
なるほど、不可視の砲撃か・・・これはやっかいだな。
俺はしばらくこの『龍砲』攻略のために時間をかけることにした。
既に何発か食らってしまい装甲が削られる。しかしこの兵器、劔冑よりも仕手にダメージを与えている。衝撃が俺に襲いかかり、体のあっちこっちがガタガタする気がしてくる。
しかし何発もくらった御蔭で、何とか攻略法を見つけた。
「これで終わりよ!」
「甘い、見切った!」
鈴がとどめをさそうと撃ってきたが、俺はある攻略に基づいて避けて見せた。
「な、なんで!?」
驚きに固まる鈴。
「お前の武器、『龍砲』は確かに凄い。未だに俺には何も見えないからな。だが、やはりお前は未熟だ! お前が『龍砲』を撃とうしたとき、お前の目線は撃つ方向を見つめてるし、撃つときは歯を食いしばっているだろ。それが分かれば避けられない何てことは無い!」
「そ、そんな・・・なんでそんなことが分かるのよ」
「お前の顔を見続けていれば大体分かる」
「なぁっ!?」
武術において相手の視線や呼吸は重要になる。そのために相手の挙動や顔を観察することは当然のことだ。
何故か鈴はそれを聞いて顔を真っ赤にしていたが・・・・・・
「これでお前の『龍砲』は俺には効かない。ここからはこちらの番だ!」
「や、やってみなさいよ。返り討ちにしてあげるわ!」
そして鈴に特攻しようとしたところで、二人の間を割るように光が轟音とともに降ってきた。
「何だ、コレは!?」
光が収まると・・・そこには漆黒の人型が立っていた。