バレンタインで何とか真耶さんからチョコを貰い、胸が幸せで一杯になり幸福な気分のままにしばらく過ごした。そして数日が経ったある日、その電話はいきなりかかってきた。
それは真耶さんと部屋で一緒に居たときの話。
その日はいつも通りに生徒会の仕事を終え、真耶さんと一緒に部屋で話していた。
最近はさらに積極的になっていく真耶さんは、部屋で一緒に居るときは殆ど俺にくっついている。
いや、それが嫌なわけではないのだが、寧ろ嬉しいのだけど、何と言うか……困るというか……たじたじというか…どう表現すれば良いのか分からない。
幸せであることは確実なのだが。
今日も真耶さんはベットで俺の隣に座ると、俺の肩に顔を乗せて体を預けていた。
「旦那様ぁ…」
そう甘い声で囁きながら体をすり寄せて甘えてくる様は本当に可愛くて、俺は甘えられる度にドキドキして仕方ない。
「どうしたんですか、真耶さん」
そう聞くと、真耶さんはとろけるような笑顔で答えた。
「うふふふ…呼んでみただけです」
舌を軽く出してイタズラが成功したような時の子供のような無邪気な笑顔で答える真耶さん。
そんな姿も可愛くて、俺はどうしようもなく胸をときめかせてしまう。
「もう、真耶さんは! 本当に可愛いんですから」
俺はそう答えると、素早く真耶さんの頬にキスをした。
「え? ……っ~~~~~!?」
俺にキスされた事に少ししてから気付き、途端に顔を真っ赤にする真耶さん。
「あ、あぅ~~~~……」
「最近結構大胆になってきましたけど、でもやっぱり恥ずかしいみたいですね」
そう言った途端に真耶さんに潤んだ瞳で軽く睨まれてしまった。
「ぅ~~~、旦那様の意地悪」
そんな姿も可愛くて、俺は口元で笑みを浮かべながらも謝る。
「すみませんでした。最近は何だか押されがちだったので、つい悪戯心が芽生えてしまって」
「そ、そんなことないですよ。……本当は毎回凄く恥ずかしいんですからね…でも、旦那様にもっともっと見て貰って、大好きって言って貰いたいから頑張ってるんです……」
顔を真っ赤にしてもじもじと小声で聞こえないように真耶さんは後半を呟くが、武者の耳には全部聞こえてしまう。
(あぁ~、本当にもうっ……可愛い過ぎる!! こんな可愛い人がお嫁さんなんて……毎回思うが幸せ過ぎてどうにかなってしまいそうだ)
幸せを凄く感じて仕方ない。
心が死合いとは又違った充実感で満たされていく。
それが気持ちよくて、嬉しい。
俺はそのまま真耶さんを抱き締め、耳元で囁くように聞く。
「……もっとキス……してもいいですか?」
「……はい!」
そう聞くと、真耶さんは実に嬉しそうに返事を返し、目をつぶって顔を俺に向ける。
それが嬉しくて、俺は真耶さんの唇に唇を合わせる。
「「ちゅ」」
軽い唇を合わせるだけのキス。
しかし、これだけでも俺の心は満たされる。
甘い感覚が胸一杯に広がり、心が溶けていくような感じがする。
それが気持ちよくて、さらについばむようにキスをし続ける。
そして唇を離すと、真耶さんは顔を紅く染め潤んだ瞳で見つめてきた。
とても艶っぽい表情に、引き寄せられそうになる。
「旦那様……もっと…もっとキス…して下さい」
甘くとろけきった顔でそう甘えられて、俺の理性はぐらぐらと揺さぶられてしまう。
それを何とか堪えつつ、内心で必死になりながらもそれに答える。
「はい。じゃぁ、もっと一杯キスしましょうか」
そう答えて、更にキス使用と顔を真耶さんに近づける。
真耶さんも俺に顔を近づけていき、後1センチで唇が合わさろうと言う距離になった瞬間……
携帯が鳴り出した!!
「「っ!?」」
途端にびっくりしてしまい、俺達は弾かれるように離れてしまう。
こういうときの携帯の着信音とかは、凄く気まずい。
真耶さんはびっくりしたあまりに顔が心配になるくらい真っ赤になっていた。
せっかくいいところを邪魔されたことに苛つきを覚えつつ、誰がかけてきたのかを見る。場合によっては文句を言おうと思っていた。
そして画面に出ていた名は『足利 茶々丸』であった。
それを見た瞬間、俺は額に青筋が浮かび上がるのを感じた。
寄りにも拠ってこの人に邪魔されるとは……文句の一つや二つじゃ済まさないと心に決め、強気の態度で出ることにした。
「もしもし、茶々丸さん! 一体この時間に何用ですか。 今取り込んでいるので、後にしてもらえませんか! イタズラとかだったら怒りますからね!」
我ながら随分と強気だと思いながらも、言いたいことを言い切ったのですっきりとした。
これで少しは茶々丸さんも引くだろう。
そう思っていたのだが……
受話器から聞こえてきた声は、予想外の声だった。
『む、そうなのか。それはすまないことをした。また後でかけ直そう』
低く鋭利な刃を連想させる声。
冷徹さを感じさせるその声を出す人を、俺は一人しか知らない。
そして、その声の持ち主はかけてきた人物ではない。
「なっ!? え…獅子吼様?」
そう、俺に電話をかけてきたのは獅子吼様だった。
しかし、何故茶々丸さんの携帯からかけてきたんだ?
「あ、あの…何故茶々丸さんの携帯から?」
『うむ。今丁度充電を切らせてしまってな。お前の連絡先を知っているのがこの馬鹿しかいなかったというわけだ』
成程。
六波羅で俺の連絡先を知っているのはそこまで多くない。
獅子吼様の近くにいる人でなら茶々丸さんくらいしかいないだろう。
「あの…それでどういったご用件で」
『取り込んでいるのではなかったのか?』
「いえ、単に茶々丸さんだとややこしく面倒臭そうなことに巻き込まれそうだと思ったので…」
『まぁ、気持ちは分からんでもない』
頬を掻きながら気まずそうにそう答えると、何やら同情されてしまった。
携帯越しに向こうから『ひでぇ!』と声が聞こえたが、聞かなかったことにする。
「すみません…。まぁ、そういうことで今は大丈夫です。ご用件を窺っても?」
『うむ。実はな……雷蝶が貴様に仕事を頼みたいと言ってきてな」
「はぁ…」
まさか雷蝶様から呼ばれるとは思わなかった。
あまり話したことはないが、個性的過ぎるから印象に強く残っている。
『正確に言えば貴様と貴様の嫁に、と言うべきだろう』
「え……!? 真耶さんもですか?」
俺が驚きそう声を上げると、真耶さんが近づいてきた。
「何かあったんですか、旦那様?」
「いえ、何だか雷蝶様が俺と真耶さんに用があるみたいで」
そう答えると、真耶さんは何だろう、と首を傾げ指を唇に当てていた。
そんな真耶さんも可愛い。
俺はそう思いながら真耶さんの手を掴み優しく握ると、真耶さんもぎゅっと握り替えしてくれた。
そのまま俺に体を預け、一緒に電話を聞くことにする。
その柔らかい体の感触に頬を緩ませつつ、俺は話を聞く。
「はい。それで…雷蝶様が自分と真耶さんに何用でしょうか?」
『ああ。頼みたい仕事というのはな……服のモデルだ』
「「モデル?」」
真耶さんと一緒に声を上げてしまった。
そのことに真耶さんは恥ずかしさから顔を真っ赤にしてしまったが、これがまた可愛い。
電話中でなかったらキスしたいくらいだ。
『うむ。何でも、彼奴が経営している服屋(ファッションショップ)が十周年記念だそうでな。雑誌も出しているらしく、その特集で服を紹介するのに使うモデルに貴様達を使いたいということだ。貴様の連絡先は四公方の中で知っているのは俺と馬鹿のみ。あの馬鹿に任せるとろくな事にならぬので俺が連絡したというわけだ』
だからか。
通りで獅子吼様が連絡をかけてきたわけだ。
俺は一端携帯を少し離すと、肩に頭を載せている真耶さんに囁くように聞く。
「真耶さん……服のモデルをやらないかって雷蝶様からお話が」
「そうなんですか!?」
まさか自分にモデルなんて仕事が来るとは思っていなかったのだろう。
真耶さんはかなり驚いていた。
「どうします? 無理なら断りますけど……」
元々真耶さんが人前に出るのが得意でないことを知っている。
だからこそ、心配してそう聞いた。無理そうなら断ろうと思う。
すると…真耶さんは潤んだ瞳で顔を真っ赤にしながら俺に耳元で聞いてきた。
「……そ、その…旦那様はどう思いますか?」
「俺ですか? 俺は問題ないですが……」
「じゃ、じゃあ…旦那様は、もっと色々な服装をした私を見たいですか?」
上目使いに熱い視線で見つめてくる真耶さん。
こんな近くでそんな風に見つめられたら、ドキドキしてしかたないじゃないですか。
俺は胸のドキドキを悟られないように心がけながら素直に答えた。
「は、はい。もっと色々な真耶さんを見てみたいです。それで…」
「それで?」
「もっともっと真耶さんを大好きになりたいです」
「っ!? は、はぅ~~~~~~……」
そう言われた瞬間、まるでヤカンが沸騰するように顔を真っ赤にする真耶さん。
そのあまりの可愛らしさに微笑みつつ、俺は優しく真耶さんの頭を撫でる。
「ぅ~~~~。旦那様は卑怯です……でも、そんな所も…大好き……」
真耶さんは可愛らしく唸りながら俺の胸に顔を埋める。
それがあまりにも可愛くて、内心で悶絶する俺。
そして真耶さんは恥ずかしそうにしながら答えた。
「そ、そのモデルのお仕事……お受けしてもいいですか」
「ええ。分かりました」
俺は携帯に耳を添え、返事を返した。
「獅子吼様、お待たせしました」
『そうか。してどうする』
「雷蝶様にお伝え下さい。お受けします、と」
『ああ、わかった。そう伝えておこう。それと織斑』
「はっ」
『先までの会話、既に筒抜けている。あの馬鹿が悶絶して床を転げ回り、童心様がニヤニヤと笑っている。仕事の時に覚悟して置いた方が良いぞ』
「なっ!?」
『まぁ、そういうことだ。ではな』
獅子吼様がそう言い電話を切った。
俺は聞かれていたことに恥ずかしくて仕方なくなった。だが……
「旦那様、見てて下さいね。私、頑張りますから」
実に嬉しそうにそう言う真耶さんが見られたのだから、それでいいかと思い直した。
こうして、俺達は雷蝶様の依頼で服のモデルをすることになった。