何故バレンタインに死合わなければならないのだろうか。
いや、武者たる者は常に戦えるよう心構えを持っているから、死合うことに問題はない。
しかし……死合い動機が『イケメンが許せない』などという理由というのは如何な物だろうか?
はっきり言って一方的な言いがかりにしか聞こえない。それに少なくても、俺はそこまで世間におけるイケメンという部類には入っていないと思う。
容姿は普通だと思うし、性格に至っては頑固な所があると思っている。そこまで眉目秀麗ではないのだから、その分類には属さない。
そして俺個人の考えとしては、男の魅力は容姿よりも中身にあると考えている。
中身のない男は人間としても魅力がない。故に、容姿よりも中身がしっかりとしている男ならば、きっと女性にも慕われる。
だから井上さんの言い分を聞き入れるのはどうかと思う。
何より……そんな八つ当たりで大切なことを言おうとした所で中断されたのだ。
それこそ、俺は怒りたい。
井上さんを仕方なくアリーナまで連れて行き、携帯で千冬姉に連絡を入れてアリーナを借りる許可を貰う。千冬姉は連絡を受けたとき、凄い溜息を吐いて呆れていた。
曰く、
『お前は何かにつけて厄介事に見舞われるな』
とのこと。
それは此方とて嫌という程に実感させられているので言わないで欲しい。
もう学園側も慣れてきたのか、その対応はスムーズに行われあっという間にアリーナで戦えるようになった。
しかも皆何かのイベントかと思っているのか、観客席は満杯になっている。
その光景を見て、井上さんは更に機嫌を悪そうにする。
何故なら……
「キャーーー! 織斑くーーーーーーーーーーーん!!」
「頑張って~~~~~~~~~~~~!」
「やっぱり何度見ても格好いい! 山ちゃんが羨ましい~~~~~~~~~!」
と観客席から声援を送られるからだ。
俺への声援、それ自体はいつもと変わらないと思う。だが、これを聞いた井上さんは……
「がぁあああああああああああ! うるせぇぞ、小娘共が! これがイケメンとモテねぇ男の差って奴かよ! ますます持ってむかつくぜ!」
と悪態をついていた。
別に皆知っている人間を応援しているだけであって、そこまで怒るようなことではないと思うのだが?
「それに手前も手前だ! 何だその面! 俺はイケメンだからこの声援は当たり前だってか! くぅ~~、うぜぇ! 手振ったりしないのは余裕の現れってか」
井上さんは烈火の如く怒りながら俺を睨み付ける。
今まで見てきた武者とはまた違ったタイプの人間なだけに、応対に困る。
そう言えば、少し前の弾も似たような感じがする気がする。
しかし、弾よりも激情しているので手に負えそうにない。
それに何よりも、こんな言いがかりを聞くためにこの場に連れてきた訳ではない。
俺が全開で殺気を放つと、井上さんの表情が変わった。
「この場に来たのは言いがかりを付けるためではないでしょう。死合うならば……後は刀で語るのみかと」
俺の雰囲気を察してか、井上さんもニヤリと獰猛に笑った。
「……どうやら只の優男ってわけでもねぇみたいだな」
さっきまで賑わっていた観客席はいつの間にか静かになっていた。
皆、これから始まる武者同士の死合いの雰囲気を察したらしい。有り難いことである。
そして俺は改めて正宗を呼び出す。
「来い、正宗!」
『応!』
俺の背後から前へと正宗が飛び出し、土煙を上げる。
「では改めて。自分の名は織斑 一夏! そしてこちらは天下一名物の相州五郎入道正宗。以後よろしくお願いします」
改めて挨拶すると、井上さんは鼻をふん、とならしながらも挨拶を返す。
「んじゃ此方も改めて名乗るぜ。俺は井上 外記。んで俺の劔冑は初代江州国友藤兵衛能富。ちゃんと挨拶できることは認めてやるよ。だが、それでもやっぱりむかつくぜ! たかが挨拶でも様になってるからよぉ! これだからイケメンは……」
この反応を見る限り、ぶっきらぼうだが悪い人ではないようだ。
まぁ、私情がかなり入っているが。
井上さんはぶつぶつと文句を言った後、俺の方に顔を向けた。
「んじゃ、挨拶も終わったことだし………ぶっ潰されろ!」
そう言うと自分の劔冑を装甲し始めた。
俺は何も言わずに装甲の構えを取り、誓約の口上を述べる。
『世に鬼あれば鬼を断つ 世に悪あれば悪を断つ ツルギの理ここに在り』
そして正宗を装甲し、俺は目の前に武者を睨み付けた。
目の前の武者は、これまた見たことのない姿をしていた。
でっぷりと言った感じに出た腹部の甲鉄。そして両肩に黒光りする……砲塔。
腰に太刀を下げていることから剣術も使うと思われるが、それ以上に両肩の砲が目立つ。
あまりに特異な姿に、念の為に正宗から情報を聞く。
「正宗、敵騎の情報はあるか?」
『うむ。あれは初代江州国友藤兵衛能富。通称『国友』。鉄砲鍛冶で名を馳せた国友藤兵衛家一門の劔冑だ。劔冑鍛冶師以外が打った希少な劔冑で、珍しく接近戦よりも砲撃戦を主体にした劔冑である。その火力は凄まじいと聞く』
それを聞いて納得する。
確かに目の前の劔冑は如何にも砲戦が得意そうだ。
そして俺は斬馬刀の鞘に手をかけいつでも抜刀出来る様に構え、国友は腰をどっしりと落ち着けていた。
どちらも動く気配がなく、お互いの間の空間の濃度が濃くなっていく気がする。
そして、どちらも同時に動いた。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺は気迫を込めた咆吼を上げながら斬馬刀を抜刀し、冗談に構え斬りかかる。
「しゃらくせぇ! 吹っ飛べ、轟天落砲台!!」
国友は向かってくる俺に向かってそう叫ぶと、両肩の砲門が火を噴いた。
ISの持つ火器よりも大きな砲弾が速度を持って此方に襲い掛かる。
「思ったよりも速い! ちぃっ!」
俺は予想していた以上に速い砲弾に舌を巻きながらも、何とか身を捻り砲弾を躱す。
砲弾はそのままアリーナの壁に激突し、凄い爆発を引き起こした。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
そのあまりの爆発の衝撃に観客席から悲鳴が上がる。
一応はシールドで守れているようだが、それでもやはり凄まじいものである。
「これは……下手に避けては不味いな」
『むぅ、これはやり辛い』
正宗もまったく同じ意見である。
先程の威力を見る限り、アリーナのシールドで防げないわけではない。
だが、避け続けていてはいつシールドが破れるか分かった物ではないのだ。
つまり、此方は防戦に回されそうになっているのだ。
「どうしたどうした! その程度か、イケメン!! その程度なら、早く潰されちまえ!」
国友は此方に向かってさらに砲弾を撃ってくる。
それをまた躱すと、躱した先から爆発の轟音とまた悲鳴が上がった。
さすがにこれ以上躱すのは不味い。
そう判断したのなら、此方がやることは一つのみ。
「正宗! これ以上被害を出すわけにはいかない! 此方で打ち落とすぞ!」
『諒解っ!!』
俺はそう決め込むと、更に此方に向かってきた砲弾を矢払いの術を持ってして斬り落とした。
斬り落とされた砲弾はその場で爆発を起こし、俺はその爆発に少し巻き込まれつつも離脱する。
「ほぉ、そう来たか! イケメンの割には泥臭ぇことしやがる!」
そう言いながらも、国友はは此方への砲撃の手を緩めない。
「なら、こいつはどうだ!」
そう国友は吠えると、さらに砲弾を此方に撃ってきた。
それはまさに崖から落下してくる岩石の如く、此方に襲い掛かる。
俺はそれらをまた斬り捨てていくのであった。
それらをまた切り落とし爆発させることが何回も続いていく。
「はぁ、はぁ……正宗……損傷は」
『現在、本騎の損傷は中破。いくら斬り落としているとはいえ、流石に爆発は完璧に避け切れん。故に余波に巻き込まれてしまい、損傷を受けてしまう。但し、表面的な損傷が殆どであり、戦闘の続行は可能』
俺は息を少し切らせながらもその報告を聞いて斬馬刀を構え直す。
死合いは殆ど膠着状態であった。
国友は砲弾を雨のように撃ち、それを全部斬り捨てるために攻めあぐねているのが現状である。
と言っても、向こうも只では済んでいないようだ。
「はぁ、はぁ、ドンだけ打ち落とすんだよ。イケメンのくせに粘るじゃねぇか」
どうやらこの砲撃もかなりの熱量を消耗するらしい。
これまでの戦い方から見て、確実に接近戦は弱いと判断できる。
故に接近出来れば此方が優位である。根拠は武者というのは武を重んじるが、井上さんは武者というより砲撃士と言った感じを受けるからだ。接近戦が得意なら、こんなふうに相手を近づけさせないような砲撃は行わない。だから接近戦には自信がないと思われる。
「いい加減に潰されろやぁあああああああああああああああああああ!」
国友はそう吠えると、更に砲弾の雨を俺に降らせる。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺はその雨を全て斬り落とし、辺り一面が大爆発を起こした。
「はぁ、はぁ……流石にそろそろきついな」
俺は息を整えながら国友を睨み付ける。
国友からもかなり疲労した感じが見受けられた。
しかし、此方の不利は変わらない。向こうは熱量を消費していても無傷。対して此方は損傷中破な上に熱量も消費している。
この状況をひっくり返すためには、無茶をするしかない。
「随分と粘るじゃねぇか! 流石に女の前じゃ恰好悪い姿は見せられねぇってか!」
そう此方を馬鹿にするように言う井上さん。だが、その声には自虐的な感じが感じられる気がする。
正直、このやり取りが死合い以上にややこしく面倒だ。何より、いい加減飽きた。
「いい加減にして下さい!」
「あぁ?」
俺の怒りの言葉に、井上さんが怪訝な声を上げる。
「今、自分は武者としてこの死合いに望んでいます。死合いに私情を挟むなとは言いませんが、言いがかりや誹謗中傷を吐くのは武者として失格と言っても良い。恥ずかしくはないのですか、武者として!」
「ぐぅ!」
流石に自覚があるのか、強く言われて井上さんは口を紡ぐ。
俺は更に怒りながら叫ぶ。もう逆ギレに近いのかもしれない。
「そもそも、武者として死合う動機が不純過ぎです! モテないから八つ当たり? 世の中のイケメンを潰す? そんなのは貴方の性根が曲がっているが故の言い訳です。自分はイケメンだとは思っていませんし、世の中のそう言った人はそういった努力をしたからこそ、そう呼ばれるのでしょう。確かに容姿は産まれながら持った優れた物なのかもしれません。しかし、それだけでは人は引き拠らない。人を引き拠せるのは、その人の人柄があってこそ。人は見た目よりも中身が大切なんです! それを忘れ、容姿が優れてないから自分は女性に慕われないとひがむ。恥を知れ!!」
「ぐはっ!」
俺に更にそう言われ、後ろに仰け反る井上さん。
「だ、だが、手前だって男だ。女にキャーキャー言われれば嬉しいだろ! イケメンはそれを無条件で受けられる。俺達モテない醜男は批難こそされど、そんな声を受けることはねぇ」
「そんな物はいりません!」
「なっ!?」
そう答えた井上さんを否定するように、大きな声ではっきりと言う。
「俺には一番愛している女性がいます。その人から褒めてもらえたりすれば、それ以外は必要だとは思いません。今日、確かに俺は色々な人からチョコをもらいました。その点で言えば、確かに井上さんの言うイケメンなのかもしれない。だが、自分は欲しいのはただ一つ! 愛している人からのチョコだけです! たしかに人付き合いの結果、チョコをいくつも受け取りました。しかし、それでも、俺が欲しいのは真耶さんのチョコだけです! イケメンだのなんだのと言ってきますが、俺が愛している女性は一人のみ! それ以外の人からの好意を受け取るつもりなどない!!」
「な……なんて奴だ……」
言いたいことを思いっきり言えたのですっきりとした。
だが……まさかアリーナのマイクが入っているとは、思わなかった。
俺が気付かなかっただけで、このほぼ告白の言葉は観客席全部へと流された。
結果……俺達の死合いを見ていた真耶さんに注目が集まり、真耶さんは泣きそうな顔で真っ赤になっていた。皆、興奮した様子で顔を赤くしながら騒ぐ。
「だ、旦那様………嬉しいです……」
その場でポロポロと泣き出してしまった真耶さんのことを、この時の俺は知ることは出来なかった。
井上さんは俺の言葉を聞いてしばらく静かに何かを考えると、俺に話しかけてきた。
「どうやら思い違いをしていたみてぇだな。てっきりテレビで取り上げられて女にキャーキャー言われて調子扱いてると思ってきたが……手前はイケメンじゃねぇ。イケメンにしちゃ芯が強すぎらぁ。手前は益荒男だ」
そう言うと頭を下げた。
「今までの非礼を詫びさせて貰う。すまねぇな」
「いえ。そこまでお気になさらずに。人間誰しも暗い感情は持ち合わせていますから」
「そう言ってもらえると助かる」
そして頭を上げると、井上さんから発せられる殺気が変わった。
「んじゃ、ここからは純粋に武者として戦わせてもらおうか」
その殺気に笑みを持って答える。
「望むところです!」
そして同時にまた動き出した。
国友はまた砲撃を乱射し始めるが、先程よりもより精度が高い。
「オラオラオラ!!」
そう声を上げながら砲撃し続ける井上さん。
「正宗、このまま突っ込む!」
『応』
俺はそんな国友に向かって、合当理を噴かせ突進する。
そのまま迫り来る砲弾を斬り捨て、爆発に体を煽られながらも進むのを辞めない。
そしてついに、国友の前まで接近した。
「しゃぁあああああああああああああああ!!」
「ちぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
そして右上から左下にかけて一閃。
国友は防ごうと太刀に手をかけようとしたが遅い。
見事に甲鉄を断ち斬った。
「ぐぅうううううううううううううう!!」
痛みを堪える為にくぐもった声を上げる井上さん。
俺は更に追撃をかけようとするが、
「舐めんな! おらぁああああああああああ!!」
そう声が上がると同時に、目の前が真っ赤に光った。
そして吹っ飛ばされる体。激痛が体中に走り目がチカチカとする。
「ぐぁああああああああああああ! 正宗、さっきのは」
『ぐぅう! どうやら至近距離であの砲を撃ったようだ。此方の損傷は拡大。大破一歩手前だ。しかし、そんなことをすれば向こうも只では済まないはず』
俺は痛みにふらつきながらも起き上がると、俺がさっきまでいた所には、もくもくと煙が立っていた。
そして煙が晴れると、そこにはあっちこっちが焼けボロボロになった国友が立ち上がろうとしていた。
「……この至近距離で撃ったのは初めてだが、こりゃきついな」
井上産はそう言いながら立ち上がるが、既に満身創痍であった。
どうやら熱量が限界に近いらしい。
「次で決めてやるぜ!」
そう吠えると、構え直した。
「国友、秘伝の用心を解け!」
『無双内連城機巧起之(むそうれんじょうからくりおこす)』
すると腹のでっぷりとした甲鉄が開き、中から巨大な砲口が出てきた。
どうやらあれが奥の手のようだ。
ならば、此方もこれで決める。
俺は斬馬刀を鞘に収め、小太刀に手をかけて構える。
そして国友は吠えた。
「気砲千連城!!」
その瞬間、まるで大気で出来た巨大な隕石が此方へと向かってくるかのように感じた。
きっと空気で出来た砲弾なのだろう。本来なら無色で見えない。しかし、あまりの密度に空間を歪め見えるようになっていた。直撃すれば絶対に耐えられない。避ければ絶対にアリーナが壊滅するだろう。
ならば、俺が取れる行動は一つのみ。
もとより、それ以外に行う気はない。
小太刀から神速の居合いを抜き放ち、その巨星へと撃ち込む。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおお! 『吉野御流合戦礼法、飛蝙!!』」
全力を持って放った小太刀が飛んで行き、そして………
アリーナを大気の爆発が襲った。
あまりの爆発に皆目を瞑る。別に炎が出たわけではない。
只の空気の激流が起こっただけである。しかし、それがあまりにも凄まじ過ぎて、それだけでアリーナのシールドを破りかけていた。
そして俺が小太刀を飛ばした先には………
「……見事だ……ぐふっ…」
国友が立っていた。
その巨大な砲塔には、俺の小太刀が深々と突き刺さっている。
そして国友は倒れ、装甲を解除した。
俺はふらつきながらも井上さんの方へと歩いて行く。
「織斑……手前の勝ちだ……」
「そうみたいですね」
そう言う井上さんの顔はどこかすっきりとした顔をしていた。
「あぁ、負けちまった……まぁ、益荒男に負けるなら別にいいか……イケメンじゃねぇしな」
そう言いながら井上さんは腹に刺さった小太刀を引っこ抜く。
抜いた先から血が流れていたが、武者ならばすぐに塞がるだろう。
「しかし、一つだけ聞きてぇことがある」
「何ですか?」
「手前が強ぇのはわかったが……どうしてそんなに強いんだ?」
そう聞かれたら、何故か俺は笑顔で答えていた。
「俺は正義を成す者ですから。それに、大切な人を守るなら、俺はいくらだって強くなりますよ。何よりも……」
そこで一拍おいてから言った。
「まだその人からチョコを貰ってませんから。負けたら心配して貰えませんよ」
それを聞きいた井上さんは口から血を出しつつも笑い出した。
「そいつはすげぇな! 手前は一途過ぎんだ。何だ、こんな奴に俺は戦いを挑んだのか……勝てるわけがねぇな、こりゃ」
そう笑いながら井上さんは気絶した。
こうして、バレンタインにあった死合いは終わった。
井上さんはこのまま病院へと搬送され、それを俺は見送ることにした。
そして見送ったあとに振り返ると……
「旦那様……」
今にも泣きそうなくらい顔を真っ赤にした真耶さんが立っていた。