これで少しは胸が張れればいいんですけどね~。
俺に思うさま豆をぶつけ、師範代はとてもすっきりした顔で帰って行った。
豆をぶつけられた俺はというと、その場で倒れ込みながら休んでいる。
先程の戦いでの負傷が深いので、その修復のために休まざる得ないのだ。
「げほっ……」
口に中に残った血をその場で吐き捨て、俺は校舎の壁に体を預ける。
ズシャッと濡れた布が壁に叩き付けられる音を聞きながらしゃがみ込むと、そこでやっと一息ついた。
「はぁ……せっかくの制服がまたボロボロに。まぁ、これもいつものことか。しかし……世界が変わるとここまで違うとは思わなかった」
腹に空いた穴を手で塞ぎながらそう零す。
異世界から呼ばれた悪鬼。少しでも何かが変われば、俺もああなっていたのかも知れない。
あんな、この世の全てを呪うような、禍々しい存在に。
あれはある意味人が行き着く境地の一つかもしれない。だが、あれはあまりにも悲しい存在だ。
呪うという行為は際限がない。ずっと、延々と続くのだ。
それはある種の地獄にしかならない。そんな苦しくて仕方ない生き方は人が出来る物ではない。
あの姿は、あったかも知れない俺の可能性の一つの姿。
あの姿を見て、改めて思った。
あぁ、真耶さんがいてくれてよかった。
そう思う。一つでも間違えればああなっていたかも知れない俺は、あの人がいれば絶対にならないとそう確信出来る。
だからこそ、余計愛おしくなってしまうのだった。
傷口が塞がるまで待った俺は会長に連絡を取り、新しい風船を用意してもらっていた。
校舎の外であんな戦闘があったというのに、皆全然気付いていない。どうやら豆まきに熱中していたので、其方の方に意識が向かなかったようだ。
校舎から離れていたこともあって、大きな音が鳴っても他のクラスが何かしたんだろうと思われたらしい。
この学園も随分と荒事に慣れた物だ。今なら襲撃があっても皆平然と対応しそうだ。
先程の戦闘で師範代に投げつけられた豆で俺が着けていた風船は見事に全部割れてしまった。
流石にゲームの目玉の一つである自分が部外者に風船を割られては、賞品にならない。なので特別措置だ。
「お疲れ様、織斑君」
「大丈夫ですか!? お腹とか真っ赤ですけど……」
周りで豆を撒いている生徒にばれないよう窓から生徒会室に入ると、会長は笑顔で俺を迎え入れ、布仏先輩が俺の姿を見て顔を青くしていた。
どうやら二人とも校舎の様子を監視しているらしい。生徒会は今回参加はしないのだ。
だが、二人とも恰好は虎柄のビキニ姿であった。会長のスタイルが良いことは知っていたが、布仏先輩のスタイルもかなり良い。きっと着やせするタイプなのだろう。
会長と布仏先輩の様子から、俺がさっきまでどうなっていたかは知っているのだろう。
まぁ、あの戦いに下手に介入されては危なかったことを考えれば、会長が何もせずに監視していたのは良い判断だ。
「結構派手にやられたわね。体、大丈夫なの?」
「もう大体塞ぎましたから。流石に腹に開けられた穴はまだ痛みますが」
「それでもかなりのお怪我ですよ! もう少し休んでいって下さい」
俺を心配して声をかけてくれる二人。
それは嬉しいのだが、恰好が恰好なだけに真面目に聞こえない。
俺はその厚意に甘えることにして、いつも座っている席に腰掛ける。
「会長、豆まきの進行は?」
「大体順調よ。織斑君の戦いも殆ど気付かなかったみたいだし。みんな熱中していてそれどころじゃないって感じ」
「そうですね。クラスによっては籠城戦や奇襲をしたり、他のクラスと同盟を結んだりと、のびのび自由にやってますからね」
それを聞いて少しホッとする。
せっかくの豆まきに水を差すような真似はしたくなかったので、気にせずに熱中してくれると主催側としては嬉しい。
「でも織斑君……君の師範代さん、どうにかならないの?」
俺がホッとして胸を撫で降ろしていると、会長に不満そうにそう言われた。
「一応ここは国が経営してるかなりセキュリティの高い所なんだけど。それがこうも易々と侵入されちゃうと、ここの治安を守る身としては流石にどうかと思うのだけど」
会長が言いたいことは充分に分かるが、でも師範代に関してはもう何も言えない。
「う~ん……師範代に関してはもう気にするだけ無駄だと思いますよ。仮にこの場所をとある大国の最重要施設並に凄いセキュリティにしたとしても、あの人は笑って全部吹っ飛ばして入って来そうですから。師範代に関してはもう気にしないで下さい。無駄に疲れるだけです」
「そ、そう…」
自分で滑稽なことを言っているとは思うが、実際に師範代なら笑って余裕で実行するだろう。
師範代がこれまでIS学園に来てやったことを考えれば、それが冗談ではないことが分かるだろう。
会長はそれを理解し、何とも言えない顔をしていた。
俺は時計を見て、そろそろ行かないと不味いと判断する。
「それじゃぁそろそろ行きます。風船、貰いますね」
「あ、はい」
俺の声を聞いて布仏先輩が風船を持ってきてくれた。
それを受け取ると、俺は早速風船を体の三カ所に着ける。制服は上だけ脱いで、ワイシャツの上からジャージを着込むことにした。
これで血は目立たないだろう。
そして恰好を整えた俺は生徒会室から出ようとするのだが、会長に呼び止められてしまう。
「ちょっと待って、織斑君。部屋を出る前に私と虚ちゃんに何か言う言葉があるんじゃない?」
会長は俺を呼び止めると、布仏先輩を引きずって俺の前に来る。そして布仏先輩の耳元で何かをこそこそと話すと、布仏先輩の顔が一気に真っ赤になった。
「なっ、え…お嬢様!?」
「いいからいいから」
相談を終えると、俺の前で二人とも前屈み気味になり、胸を強調するポーズを取った。
ぷるんっ、と大きな4つの膨らみが目の前で揺れる。
「この恰好、似合ってる?」
「に、似合ってますか?」
会長は自信満々に体を見せつけ、布仏先輩は凄く恥ずかしそうにしながら聞いてきた。
それは普通の男性なら鼻血を噴き出してもおかしくないくらいの光景であった。
俺はそれを見て………
「はい、お二人とも似合ってますよ」
と平然に答えた。
それを見て会長が悔しそうな顔をする。
「それだけ~。もっと顔を真っ赤にして、『そ、その…とても似合ってますけど…あまりそういったポーズは取らない方が……刺激が強すぎて……』とか言う場面じゃないの」
その反応に呆れながら俺は答えた。
「そんな場面でも何でもないですよ。何布仏先輩まで巻き込んでるんですか。そんなことで慌てる程初心でもありませんし。そんなくだらないことをしているのなら、もっと仕事して下さい。では」
そう答えながら生徒会室を出ると、部屋の奥から『悔しい~~~~~!』という声が聞こえてきた。
それを無視しながら俺はまた豆まきに参加しに向かった。
生徒会で新しい風船を着けた後に、俺は校舎内や校庭などを逃げ回っていた。
最初に比べれば人数は減ったが、その分残った人達は猛者ばかりであり、逃げるのにも一苦労だ。
しかも此方は未だに負傷中。万全でないだけに動きが鈍い。
そのため……
「みんな~! 織斑君がそっちに行ったよ~!!」
「者共~出会え、出会え~~~~~~~~!!」
余裕が出来たクラスやら、必死な者達に追っかけ回されていた。
皆俺の風船を割ろうと、四方八方から豆を俺に投げつける。
それを何とか躱していくが、腹部の鈍痛に足が止まってしまった。
「今よ! みんな、ぅてぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「「「「「「ヤァーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」」」
止まった所に全方位から豆が飛ばされた。
これを躱すのは今の俺には不可能である。
皆この攻撃が当たると思い、笑顔を浮かべ始める。
だが、それを喰らうわけにはいかない。
「甘い! つぁあっ!!」
俺は拳を握り、渾身の力で地面を殴りつけた。
地面に拳が触れた瞬間、まるで爆発したかのような音が辺りに轟いた。
抉れ爆ぜる足下の地面。そして、その攻撃によって発生した衝撃波。これによって、俺に向かって飛んで来た豆は全て吹き飛ばされた。
「「「「「えぇ~~~~~~~~~~~~!」」」」」
皆その光景に驚愕の声を上げる。
まさかこんな方法で防がれるとは思いもしなかったのだろう。
俺は皆が驚愕に固まっている間の隙を突いて、颯爽とその場から逃亡した。
そして時間が過ぎ、後五分で豆まきも終わりという時間になった。
俺はその間、先程のように衝撃で豆を弾いたりしてやり過ごし、何とか逃げ遂せていた。
そして校舎の廊下を警戒しながら歩いていたところで、目の前から急に何かが飛び出してきた。
それに警戒して構えを取ろうとしたが、誰かを認識した瞬間にやめた。
「え? 真耶さん?」
「よ、よかった~。一夏君がまだ無事で」
俺の目の前に来たのは真耶さんだった。
さっきまで走っていたのだろう。その顔は真っ赤になり息を切らせていた。大きく息を吸う度に大きな胸が上下に動き、目のやり場に困ってしまう。
「だ、大丈夫ですか。かなり急いで来たみたいですけど」
「は、はい! 結構みんな凄くて。ここまで来るのに苦労しました」
真耶さんは何とか呼吸を整えると、俺に向かい合う。
上気した顔が何だか艶っぽくて、恰好も合わせて見ていてドキドキしてしまう。
「ふぅ……やっとこの豆まきも終わりますね」
「そうですね。どうですか? 楽しかったですか」
俺がそう聞くと、真耶さんは無邪気な笑顔で答える。
「はい! 久しぶりにこんなにみんなで動けて楽しかったです」
その笑顔が可愛らしくて、俺はときめいてしまう。
周りを見ると誰もいない。そのことを確認した俺は、そっと真耶さんの体に手を回し抱きしめた。
「きゃっ!? 一夏く…」
真耶さんが俺の取った行動に驚いているが、それを気にせずに顔を近づける。
そして瑞々しく美味しそうな唇にキスをした。
「ちゅっ」
そして唇を離すと、真耶さんはとろけるような顔になっていた。
「い、いきなりなんて……ずるいです、旦那様……」
顔を真っ赤にしてとろけさせながら、嬉しそうにそう答える真耶さん。嫌だとは一言も言わない。
そして今度は真耶さんが俺の体を抱きしめる。
虎柄のビキニ越しに密着する体。大きな胸が俺の胸に押しつけられ、むにゅりと形を変える。
その感触を気持ち良いと感じ、さらにドキドキしながらも俺も応じて抱いた手に力を入れる。
そして真耶さんは目を瞑り、俺の唇に唇を合わせた。
「「んぅ」」
少しの間唇を合わせてから離すと、真耶さんは幸せそうな笑顔で俺を見つめる。
「こ、こんな恰好でキスするなんて……何かいつもよりドキドキします……」
自分の恰好を改めて見て、恥ずかしさから顔を真っ赤にしてしまう真耶さん。そんな真耶さんも可愛くて……大好きで仕方ない。
だからこそ、俺も笑顔で真耶さんを見つめる。
すると……いきなり真耶さんの顔が変わった。
それは申し訳ないような、そんな顔であった。
「ごめんなさい、旦那様!」
「え?」
俺が不思議そうに声を上げた瞬間。
パンッ、と何かが弾ける音がして急に体が濡れ始めた。
それが何なのか、理解するのに少しだけ時間が掛かった。
「あっ!?」
「ご、ごめんなさい、旦那様」
真耶さんが俺の前で急に謝り始める。
つまり……俺の風船が割られてしまったのだ。
それと同時に鳴る、豆まき終了の合図。
「な、何で……」
そう声を出すしか出来なかった。
そんな俺に真耶さんは、申し訳無いような、でもどこかイタズラっ子のような、そんな笑顔を向けてきた。
「だって……嫌だったんですよ。旦那様は私だけの旦那様なんですから。いくらイベントの賞品だからって、旦那様が他の人のお願いを聞いてる姿なんて見たくなかったんです。だから……私が旦那様を討ち取らせてもらったんです。だから旦那様……」
そう言って一端切ると、とても幸せそうでとろけそうな笑顔で俺に言った。
「私がしてもらいたお願い、どんな物でも聞いて貰いますからね。だから……楽しみにしていて下さいね……私だけの旦那様」
その笑顔に、俺は更に真耶さんにときめいてしまった。
あぁ、俺の恋人はこんなに可愛いなんて……俺は幸せで仕方ない。
そしてやはり思う。
こんなに一緒にいて幸せになれる人がいれば、俺は絶対に異世界の悪鬼のようにはならないと。