それは突然起こった。
臨海学校の際にかなり壊れたパッケージ『ブラックサレナ』。
そのパッケージの修復を終えたと一夏に連絡が入った。
一夏はその報を聞き次第、研究所にボゾンジャンプで飛びさっそく治ったパッケージを受け取った。
そして試運転のために研究所の敷地内を飛行していたところ、突如目の前に黒い何かが現れた。
センサーにも察知しなかったそれを一夏は避けることが出来ず、そのまま飲み込まれてしまった。
そして暗い中を突き進んで行き、光を見つけそこを目指してひたすら飛んだ。
光の中に入った瞬間、目の前に広がったのは青空。
そして見知っているIS学園の校舎が目に入った。
だが、一夏はそこが自分の知っているIS学園ではないとすぐに気付いた。理由は単純で、センサーが辺りの気温を表示していたが、その気温が明らかに低すぎるのだ。一夏がさっきまで感じていた(実際に気温は感じないので時期をしっているだけ)季節は夏であり、かなり暑い気温のはずである。それが急に下がるとは考えられない。それに周りに生えている植物が枯れている。
以上のことから考えて、現在の季節は冬だと判断する。
だが、それだけでははっきりとした時間が分からない。故に一夏は校舎に向かって飛行した。
校舎では何やら催しを行っているらしく、生徒が虎柄の水着に角のような物を付けて何かをぶつけ合っていた。別に一夏がそのことを意識することはない。
そして自分が通っている教室付近に近づいたところで、突如センサーが何かに反応した。
反応を辿ると、そこには……
自分と瓜二つの人物が木の上にいた。
姿形から何まで全部同じ。違いがあるとすれば、バイザーをかけていないくらいだろう。
誰かの変装かとも疑ったが、ブラックサレナのセンサーは変装如きでは誤魔化せない。センサーはその木の上にいる人物が100パーセント織斑 一夏であることを示していた。
それらの結果から予想される答えはあまりにも滑稽だった。
だが、それ以外に説明が付かない。
『ここは違う世界で、自分とは違う織斑 一夏がいる世界だ』
それが一夏の中で出た結果であった。
それが分かったところで何かあるわけでなく、一夏としてはすぐにでも元の世界に帰りたい。
だからこそ、そのまま素通りしようとした。
だが……出来なかった。
目の前に映るこの世界の一夏は何やら忙しそうだが、どこか幸せそうな気配を感じさせた。
自分と違い、復讐者特有の感じがないところから拉致されなかったのだろう。
だが、それにしては只いるだけでも威圧感を感じさせる。ただ平凡に過ごした人間には絶対に出せない物である。それを発している以上、ただ過ごしていただけではないだろう。
一夏が復讐に邁進しているとは言え、それでもまだ15歳。まだその精神は成熟していない。
故に……許せないと心のどこかで思った。
自分はこんなにも酷い目に遭っているというのに、同じ織斑 一夏なのにこうまで違うのか。
そのどうしようもない怒りがこみ上げてくるのだ。
しかし、それと同時にこうも思った。
先程の威圧感から、只者ではない。ならば、仕掛けてみようか。
その二つの思いが頭を過ぎり、一夏は口元をニヤリと笑う。
では、試してやろう。
そう思いながら、木の上にいるもう一人の自分に向かってハンドカノンを撃った。
その場で俺は向こうの世界の一夏(悪鬼)に向かって合当理を噴かせ突撃を仕掛けた。
斬馬刀を上段で構え、上から渾身の力で振るう。
向こうは自らのことを『ブラックサレナ』と言っていたような気がする。これが名なのか何なのかは分からないが、取りあえず敵機を『ブラックサレナ』呼ぶことにしよう。
ブラックサレナは此方に向かって迎え撃つように突進してきた。
頭を前にして凄い速さで突進してくるそれは、まるで砲弾のように見える。
それはぶつかるもの全てを破壊しようとする殺意に満ちた攻撃。
この攻撃に打ち負けまいと、俺はさらに合当理を噴かしてブラックサレナに迫った。
そして激突する斬馬刀とブラックサレナの装甲。
爆発するかのような激突音が轟き、近くにいた生徒は何事かと目を見開いていた。
「ぐぅう…重い! 凄い突進力だ。だが、負けん! おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「………………………」
どちらも引かずに鍔迫り合いのような状態になり、俺は突き放そうと気迫を込めて叫ぶ。
ブラックサレナからは何も聞こえないが、更に出力を上げて押し返してきた。
そして少し拮抗した後にお互い後ろへと弾けるように吹っ飛んだ。
「くっ、この攻撃にこの重さ……尋常ではない! 何よりもこの殺気。まさに悪鬼そのものだ。しかし、打ち合って少し分かったが、これは……妬み?」
そう、少し打ち合っただけでも相手の感情が伝わってくるのだ。
それぐらい相手の情念が激しく深い。
そこから分かる深淵のように深く暗い怨念。それが向こうから凄く伝わってきた。
そしてそこからさらに染み入る復讐の念。
目の前にいる異世界の自分は復讐者だと、刀越しに理解した。
「正宗、目の前にいる者は復讐者だ。確かにに同情の余地もあるやもしれん。だが、いずれは必ず人に害を成す。ここで止めるぞ!」
『諒解! ふん、復讐などと悪事に手を染めし者に、正義を成す我等が負ける道理はない!!』
正宗にそう言い、自身に喝を入れ直すと俺は構え直した。
向こうも体勢を整えると同時に手に持っていた砲を此方に向かって発砲する。
その速さはまさに神業であり、俺は避けることが出来ずに砲弾を受けてしまう。
体に走る衝撃に歯を食いしばって耐えながらブラックサレナを睨み付ける。
『御堂、左上腕部、腹部甲鉄に被弾。損傷は無し』
正宗からの報告を受けながらも。俺は再度突撃を仕掛ける。
「しゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
俺が咆吼を上げながら斬りかかると、ブラックサレナは俺に向かって砲撃を続けていく。
甲鉄に当たっていく砲弾。だが、俺は気にせずに突進を敢行する。
「その程度で止まるものかぁあああああああああああああああああああ!! はぁあああああああ!」
「っ!」
肩掛けからの袈裟斬りがブラックサレナの体を捉え装甲に亀裂が入る。
その威力を逃がそうと、ブラックサレナはその場で体を横回転させた。
「ぐぅぅぅ! 何だ!」
その途端に、何かに思いっきり横から殴られた。そのせいで体勢が崩れてしまう。
自分を襲った物が何かと見ると、それは悪魔の尾のような物だった。
(あの尾はこういう風に使うのか。死角からの攻撃に注意せねばな)
ブラックサレナはというと、急遽俺から距離を取った。
(ISではないようだが……強いな。北辰達とは違う、一対一での強さを感じる。接近戦では不利だ。遠距離戦に移行する)
するとブラックサレナは手に持っていた砲を収納し、大きなライフルのような物を展開してきた。
それを見た途端に直感が告げる。あの砲撃は甲鉄では防げないと。
ブッラクサレナは展開し終えると同時に俺に向かってそれを向け、即座に撃った。
俺はその軌道を読み、矢払いの術で砲弾を斬り払う。
あちらはその事に何の驚きも見せずに、更にこちらの急所を狙って撃ってくる。
そのことから実戦、つまり殺し合いを慣れていることが良く分かる。
同じ織斑 一夏として複雑な感じがした。
俺は向かってきた砲弾を全て斬り払うと、さらにブラックサレナに向かって仕掛ける。
それが何回も続いていき、辺りの木々はへし折れ、地面にはクレーターが何個も出来上がっていく。
膠着状態がしばらく続いていき、お互いに攻めあぐねていた。
最初の頃は接近戦だったが、今ではブラックサレナが遠距離射撃戦へと移っていたために、決定打にかけるのだ。
なのでお互い、少しずつ損傷していく。
『現在、損傷中破。戦闘続行は可能、問題なし』
正宗からの報告に耳を傾けながらも目の前で浮かぶブラックサレナを睨む。
(戦った感じからISだとは思うが、まさかここまでやるとは。IS相手に中破まで持って行かれたのは初めてだ)
内心でかなり驚いた。
今までISと戦ってきたが、中破までやられたのは今回が初めてである。
まさかそこまでやられたのが異世界の自分とは、何とも言えない気分になる。
だが……こちらとて負ける気はない!
「まだまだぁ! ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は再度咆吼を上げながら斬りかかり、ブラックサレナはこれを持っている大型ライフルで迎え撃ちながら回避行動を取ろうとする。
「させんっ! 正宗、行かせるな!『無弦・十征矢っ!!』」
俺は回避先を読んで左手をブラックサレナの向かう先に向ける。
途端に左手に走る激痛に歯を食いしばりながら無弦・十征矢を発射する。
ブラックサレナは咄嗟にそれを避けようとするが、避けきれずに当たってしまい、十征矢が体に突き刺さった。此方も砲弾を受けてしまい、腹部の甲鉄に罅が入る。
「がっ!」
「っ!」
お互いにダメージを受け、その場で少し体勢を崩す。
それを好機と見て、俺は斬場刀を鞘に戻し合当理を最大に噴かして接近する。
そして間合いに入り次第、鞘から必殺の居合いを抜き放つ。
「うおぉおおおおおおおおおお!『吉野御流合戦礼法、迅雷ッ!!』」
神速の居合いにブラックサレナは何とか反応し槍のような物を展開し俺の居合いを防ぐが、そんなもので防げるほどこの技は軽くはない。
「ちっ!?」
展開した槍ごとブラックサレナの体を斬りこんだ。
槍は綺麗に断ち斬れ、刃が入った体からは、何やら弾かれる抵抗を感じた。
きっと絶対防御が働いたのかもしれない。
だが、向こうも負けずに至近距離で大型のライフルを俺に撃ち込んできた。
途端に腹が弾けたような感触と激痛が俺を襲った。
『腹部に被弾、装甲貫通! 内臓の一部が破裂したようだ』
正宗の報告を聞きながら撃たれた所を見ると。そこは付き先程撃たれひび割れたところだった。
まさか同じ所を狙うとは。
俺は腹部を押さえながらブラックサレナから離れると、口から血が溢れてくるのを感じた。
向こうもかなりダメージを受けたのか、その場で佇んでいた。
次がお互いに決め手になるだろう。
そう思いながら、喉元にこみ上げる血を嚥下する。
「これで終わりだ。悪鬼、去るべし!」
「…………」
俺は斬場刀を上段に構え、一刀の元に斬り伏せようとする。
向こうも俺を倒そうと体中のスラスターを展開し始めた。きっとこの一撃で向こうも此方を沈める気だ。
お互いに対峙し、ジリジリと空間が焦れる。
此方の殺気と向こうの禍々しい殺気がぶつかり合い、空間が歪んだように感じていく。
そしてどちらも同時に飛び出そうとし……
「そこまでだ、お前等! この勝負、ここまで!!」
咄嗟に大きな声をかけられ、前につんのめりそうになる俺。
それが誰なのか、言わなくても俺には分かる。
俺は声のした方を向くと、そこには白銀の武者が浮いていた。
「し、師範代」
「すまんな、一夏! 中々良い死合いだったので、ついつい見入ってしまった」
師範代は悪びれなくそう言う。
その声に反省や悪いと思う気は全く感じられない。
ブラックサレナはいきなり現れた師範代に向かって大型のライフルを発砲するが……
「今話し中だ、この阿呆が!」
師範代は飛んで来た砲弾を無手で打ち返し、ブラックサレナに直撃させてしまった。
まさか打ち返されるとは思わなかったのだろう。ブラックサレナは打ち返された砲弾が当たり、後ろへと吹っ飛ばされてしまった。
その理不尽差に俺は何も言えない。
だが、突っ込みを入れずにはいられないのが自分というものか。
「師範代……見ていたんなら助けて下さいよ」
「まぁそう言うな。何、後はオレが何とかしてやろう」
師範代はそう言うと、ブラックサレナの方にゆっくりと近づいていく。
ブラックサレナは、近づく師範代から距離を取ろうとするが、師範代がそれを許さない。
「逃げるでない!『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ』!!」
そう師範代が叫ぶと、突如空間が歪み黒い渦が出来始めた。
その渦は辺りにある物を全て吸い込んでいく。
それは……ブラックホールである。
師範代の大技であり、これから逃げられた人を俺は今まで見たことがない。
ブラックサレナはそれから逃れようとする。すると、その動きが止まってしまう。
「止まったな。ならばとっとと自分の所へ帰れ!」
すると師範代は技を解除。
即座に異世界へと空間を繋ぐと、ブラックサレナをその空間へと蹴り飛ばした。
この際、殆ど神速で俺は見ることしか出来なかった。きっとやられた側は何が起こったのかわからないだろう。
ブラックサレナは虚空へと消えていった。
こうして、異世界の悪鬼はあっけなく元の世界へと戻されてしまった。
ちなみに……
「そうそう、本来の目的を忘れていた。鬼は外!」
師範代が俺に向かってそう言うと、持ってきた豆を投げつけるのだが…
「ぎゃぁ!?」
豆は俺も含めて周りの物も蜂の巣へと変えていった。
その後、師範代は思いっきり俺に豆をぶつけ、すっきりとした顔で帰って行った。