生徒会で急遽決まった豆まき。
この提案は先生側にもすんなりと受け入れられた。
元々、IS学園は外国からの生徒や教師も多くいるためそういった日本文化の行事に興味を持っている人が多くいる。そのため、こういう行事は喜んでくれるそうだ。
日本人として、日本文化を喜んでもらえることは嬉しく思う。
「へぇ~、豆まきですか~。懐かしいですね~」
報告に行った際、真耶さんが懐かしそうに笑っていた。
そんな笑顔も可愛くて、俺はついつい見入ってしまう。そして思うのだ。
この豆まきは絶対に成功させようと。
そう考えながら俺は報告を終え、職員室を後にするのだった。
その後も豆まきについては生徒会で話が進んでいくのだが……
「何故俺はこの話し合いから外されているのでしょうか? 提案したのは自分なのに?」
そう、何故か会長から豆まきの会議を外されたのだ。
言い出した自分が除外されるとは、どういうつもりなんだろうか?
すると会長は笑いながら扇子を広げる。
「あまり怒らないでよ。別に君には別にやって貰いたいことがあるのよ。だから豆まきに関しては私に任せて貰えないかしら」
そう答えた会長。開いた扇子には、『極秘任務』の文字が書かれていた。
どうやら俺には別の仕事を任せたいようだ。そういう理由ならば分からなくはないが……
何というか……嫌な予感がする。
人格的にはアレな人だが、会長は能力は充分にある。まぁ、まだ若いから粗は目立つが素養はあるだろう。故にその能力を疑う訳ではないのだが、会長にイベントを任せるのは心配になってしまう。俺が生徒会に入る前にあった学園祭の生徒会の出し物が原因なのだが。
何か厄介なことを起こさなければ良いが……。
会長は俺が納得したのを理解してか、俺に笑いかけながら話しかけた。
「君には『恵方巻き』を作ってもらいたいのよ。全校生徒と教員分全部」
「なっ!?」
いきなりそんなことを言われたら誰だって驚くだろう。
確かに節分と言えば恵方巻きである。しかし何故俺が……とは思わない。
会長は更に話を進める。
「別に君に全部やれとは言ってないわよ。学食の従業員の人達を使って人数分作って欲しいの。話はもう通してあるから、安心して作ってきてね。皆さん、やる気満々よ。頑張ってね、福寿荘の副板さん」
どうやらお膳立ては既に済んでいるらしい。
既に話を通してあるのなら、断ることもできないだろう。
しかも会長は俺が断れないよう、扇子を広げて俺に見せつける。
そこには……
『山田先生はとても楽しみにしているよ(真実)』
と書いてあった。
(この会長は……一体いつこんな情報を手に入れてきたのやら)
真耶さんがこの豆まきをとても楽しみにしていることは事実だ。
ついこの間、聞いたら嬉しそうに答えてくれた。理由を聞いたら、
「私は旦那様と一緒の思い出をもっと一杯欲しいんですよ。どんな行事だって、旦那様と一緒ならきっと楽しいですから」
と頬を赤らめながら可愛く言われた。
昔から思っていたが、潤んだ瞳で見つめられ甘い声で可愛らしくああ言われるのは反則ではないだろうか。可愛すぎて仕方ないのだ。
それに最近は更に甘えながらそう言ってくるので、威力が更に増している。とてもじゃないが耐えられそうにない。
俺も同じ思いであり、真耶さんと一緒なら平凡なことだって楽しくなる。
それが分かるからこそ、それに応えたいと思うのは当然のことである。
故に分かっているとは言え、そう言われては俺は断ることが出来なくなるのだ。
「はぁ…分かりましたよ。では、豆まきは会長にお任せします」
「うん、任されました。材料とかの話はもう注文してると思うから、君は二月二日の深夜からお願いね」
そう会長にお願いされ、この日は生徒会室を出た。
そして節分前日まで時が経ち、現在は深夜である。
「では皆さん、よろしくお願いします」
「「「「「は~~~~~~~い!!」」」」」
深夜の学食の厨房内では、昼間と変わらない人数の従業員の方々の活気に溢れていた。
皆明日の節分で振る舞う恵方巻きを巻くために集まってくれたのだ。
俺が福寿荘の副板だということは、何故か皆に知れ渡っていた。どうせ会長辺りがばらしたのだろう。そのせいか、皆からやけに尊敬した目で見られる。それがこそばゆかったり気まずかったりする。
しかし、いつまでもそれを感じているわけにはいかない。俺は人が集まったのを確認次第、さっそく調理に取りかかった。
あらかじめご飯は炊いておき、すぐに寿司酢を混ぜて酢飯に出来るようにしている。中身の具は昼間の内に仕込める物は仕込み、鮮度優先な物などは今から捌いていく。
材料こそ山のように多いが、逆にそれしか作らないと分かっていれば仕込みやすい。
故にその材料の山が恵方巻きの具になっていくのに、そう時間は掛からなかったのだが……
一つだけ、凄く突っ込みたいことがある。
何で真耶さんが一緒に作業しているのだろうか。
いや、一緒にいられるのは嬉しいし、急遽入ったために着た調理服姿も可愛いので眼福なのだが。
この厨房に来た時にはすでに来ていて、調理服姿だった。
それに驚き、俺は少し慌てながら何故いるのかきいたら、恥ずかしそうに顔を赤らめながら上目使い答えてくれた。
「だって……旦那様が忙しいって知ってましたから。お、夫が大変なら、それを助けるのが奥さんの勤めですし……その…旦那様のお役に立ちたくて」
とても可愛いらしい笑顔でそう言われては、俺は何も言えない。
正直、この厨房じゃなくて自室とかだったら間違いなく抱きしめてキスを一杯しただろう。それぐらい可愛かった。
最近、真耶さんがますます可愛く綺麗になっている。
恋人として嬉しい限りなのだが、その分一緒にいるとドキドキしっぱなしなのだ。
幸せで仕方ないが、その分色々と緩みそうになる。幸せ故の悩みというやつだ。
「どうしたんですか、旦那様?」
「い、いえ、何でもないですよ!」
俺の作業の手が止まっていた為か、俺を心配して顔を覗き込む真耶さん。
綺麗でつぶらな瞳が俺を見つめ、その瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚える。
その瑞々しい唇にキスしたい衝動に駆られるが、その誘惑を何とか断ち切り集中し直す。
そんな俺を見てか、従業員の人達は微笑ましい物を見るかのような顔をしていた。
そして恵方巻き作りは進み、最後の行程である巻きへと移行する。
海苔を巻き簀の上に乗せ、酢飯を薄くのばすように海苔の上に広げていく。
今回の恵方巻きの長さは20センチ。このIS学園の生徒や教員はほぼ女性。故に、そこまで多くは食べられないのでこのサイズとなった。
従業員の方々は皆料理のプロ故に、その手つきは実に見事なものだった。
あっという間に見事な恵方巻きが出来ていき上がっていく。
その手捌きに感心しつつ自分も負けないよう恵方巻きを巻く。
「へぇ~、とても上手ねぇ~」
「その若さでそこまで上手なんて。楯無ちゃんが自慢するだけはあるわ~」
「福寿荘の副板と言ったら、やはり一級の腕ね~」
皆俺の腕を見て感心した声を上げる。
そう褒められると気恥ずかしくて仕方ない。
ふと真耶さんのほうを見ると、これが私の旦那様なんですよ~、と自慢したそうだった。最近、さらに大胆になってきたような気がする。
まぁ、真耶さんに誇られるような男にはなりたいと常々思っているが。
そして巻き続けるのだが……
「す、すみません、旦那様」
真耶さんが俺に申し訳なさそうに謝ってきた。
「どうしたんですか?」
「その…上手に巻けなくて」
そう言われ真耶さんが巻いた恵方巻きを見ると、少し形が歪だった。
巻物を巻くのには、それなりに慣れが必要になってくる。真耶さんはあまりやったことがないので仕方ない。
「別にこれくらいなら大丈夫ですよ」
確かに少し歪ではあるが、そこまで酷いわけではない。
寧ろ、あまりやってなくてこれならば良い方だろう。俺が初めてやったときは悲惨の一言に尽きた。
「でも、ちゃんとした物を出したいんです」
真耶さんは少し涙目になりながら俺を見つめてそう言ってきた。
その可愛らしさに少しクラッとくる。
「だから……教えてくれませんか、旦那様。巻物の巻き方」
きっと無意識でやっているのだろう。
潤んだ瞳で上目使いに俺の目を見つめてのお願い。
俺が断る理由はどこにもない。
「はい、いいですよ」
「ありがとうございます!」
俺が応じると、真耶さんはとても喜び笑顔になった。
そんな所も可愛くて、この笑顔が見れるならいくらでも頷いてしまいそうだと思う。
そして真耶さんの巻き方を指導するのだが……
「あ、あの……後ろから一緒にやって教えてもらえませんか」
とお願いされてしまった。
俺はそれを聞いて、真耶さんを後ろから抱きしめるように手を回し、一緒に巻き簀に手をかけ恵方巻きを巻いていく。
だが、内心は正常ではいられなかった。
(うっ!? 真耶さんから甘い匂いがしてくる、頭がふやけそうだ……)
そして一本巻ききる。見事な形の恵方巻きが出来上がった。
「やった! 綺麗に出来ました」
真耶さんは俺の方を向きながら無邪気に喜ぶ。
俺はというと、そんな真耶さんにもドキドキしていた。
やり方も教えたので離れようと考えていたら、真耶さんにさらに呼び止められてしまった。
「そ、その……もうちょっと感覚が掴めるまで一緒にやってもらえませんか」
何度も言うが、真耶さんにお願いされて断るなんて選択肢は俺にはない。
なのでまたさっきと同じようにくっつく。
すると真耶さんは周りに聞かれないよう、俺の耳元で囁いた。
「それにですね…調理場が寒くて。暖めてくれませんか、旦那様」
あおの甘えた声に俺が反応しないわけがない。途端に顔が熱くなってくる。
俺はそのまま真耶さんに密着する。
「これで寒くないですか?」
「はい。はぁ……あったかいです」
心のそこから安らいでいる声が聞こえ、俺も心が安らぐのを感じた。
こうしていると、本当に新婚みたいだ。心の底から安らいでしまう。
それと同時に心が温かくなるが、また心臓がドキドキと高鳴ってしまう。
本当に幸せだなぁと実感する。
これでキスできたら最高なのだが、そんなことは人前では出来ない。
そう思っていたら……
「ちゅ」
頬に柔らかい感触がした。
目を向けると、真耶さんが赤く照れつつ笑っていた。
「大好きです、旦那様」
このせいで俺は更にドキドキしてしまったのはいうまでもない。
改めて、最近真耶さんが大胆でしかたないと思った……良い意味で。
この俺達のやり取りを周りの従業員の人達は微笑ましく見守っていたことを後から知り、お互い凄く恥ずかしかった。