午後の鍛錬での一悶着を何とか乗り越え、俺は残りの鍛錬をその場でこなすことにした。
せっかく格技場を使えるのだから、いつもよりも鍛錬に熱が入る。ただでさえ、朝から正宗に突っ込まれているのだから、ここで今日の遅れを取り戻さなくては。
先程の真耶さんの組み手から変わって一人での鍛錬。筋トレの回数をかなり増やし、木刀を借りての構えの鍛錬。そこからの素振りに、せっかくなので居合いの鍛錬も追加した。
その場で筋トレを開始し始めると、真耶さんが光景を凄いと感心しながら夢中で見ていた。
別にたいしたことでは無いので、結構気恥ずかしい。
ちなみに真耶さんはというと、床に座り込んで休んでいる。
先程のアクシデントの後も組み手は続いたが、真耶さんの体力切れで終了となった。
いつも一生懸命なだけに、組み手でも手を抜かずに全力でやっていたため疲れてしまったのだ。
とても頑張っていたため顔は真っ赤に上気し、はだけた胴着から見える肌が桜色をしている。口元から疲労したために漏れる吐息が艶めかしく、潤んだ瞳が俺を見て離さない。
汗に濡れた肌が何やら艶っぽく、正直見ていて胸の動悸がまったく収まらない。
(うっ……何で鍛錬を少ししただけなのに、こんなにも艶っぽいんだ!! ドキドキして見てられない)
御蔭で集中力が途切れそうになる。それらを振り切ろうと、いつも以上に集中して鍛錬するのだった。
筋トレをこなし、構えを素早く何度も往復しながら構え鍛錬をこなしていく。
そして巻き簀を用意し、それを設置して木刀を構える。
巻き簀と相対し、精神を集中。そして極限まで集中を高めたのちに、裂帛の気合いを込めた咆吼を上げながら巻き簀に斬りかかった。
そしてすれ違う俺と巻き簀。
一拍の間を開けたのちに、斬られた巻き簀が宙を飛ぶ。
前よりも良い感じがして、それなりの手応えを感じた。何だか真耶さんと一緒だと、ドキドキするのに集中出来る。
俺はそう思いながら真耶さんの方を見ると、真耶さんは顔を赤らめポォーとしていた。
「旦那様……凄く格好いいです」
どうやら巻き簀を斬る俺の姿に見惚れていたらしい。
凄く恥ずかしいが、どこか嬉しい。
その後も鍛錬をこなし、終えた頃には辺りは暗くなっていた。
そろそろ夕飯の時間になり、俺達は夕飯を食べに一度寮で着替え直しに向かうのだが……
「す、すみません、旦那様……運んでもらえませんか……」
真耶さんはいつも以上に頑張りすぎた為に、動けなくなっていた。
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら俺にお願いしてくる真耶さんは当たり前ながらに可愛い。
「はい、喜んで」
俺が笑顔でそう頷くと、更に恥ずかしがって顔を真っ赤にした。やはり可愛い。
そして真耶さんを背負うことになった。
個人的にはお姫様だっこの方が運びやすいのだが、
「だって……恥ずかしがってる顔を見られたくないんですよ」
と言われたからだ。ただ、その際に恥ずかしがっている以上に嬉しそうで、頬がニヤつきそうなのを押さえている表情をしていた。
それが分かり、俺は苦笑しながら頷くしかなかった。本当に嘘がつけない人だなぁと改めて思い、改めてその可愛らしい部分が愛おしく感じた。
そして背負い寮まで歩いて行くのだが……
「だ、旦那様……そ、その、重いですか……」
恥ずかしいが真剣そうな声で真耶さんが聞いてきた。
背負っているため顔は見えないが、きっと真っ赤なんだろう。
女性がそういうことを気にすることは知っているので、まぁ聞かれるとは思っていた。
当然、俺は素直に答える。
「全然重くないですよ。羽毛のように軽くて、寧ろ心配になっちゃうくらいです」
「そ、そうですか! (で、でも太っちゃったんですよ~!)」
俺の答えに反応する真耶さん。
普通ならそれで終わりなのだが……
背中越しに伝わる心臓の鼓動が大きくなった。
それは精神が動揺している人間にあるものであり、つまりさっきの質疑応答に真耶さんが動揺したということになる。
それが何を意味するのか?
朝からのいきなりの行動に食べる量の減った食事。そしてさっきの動揺。
それらが導き出す答えは、何となくだが分かってきた。だが確証が無いので聞けない。
そして……それ以上に俺は考えを巡らせることが出来なかった。
何故なら! ……背中越しに当たるとても大きく柔らかな膨らみに意識が向いてしまっているからだ。
背中に押し潰されむにゅりと形を変える大きな胸。しかも汗を吸った服越し故に、体に吸い付くように密着するのだ。
(うぅ~、む、胸が背中に密着して真耶さんの心臓の鼓動が伝わってくる……柔らかすぎて意識が……)
これで気が散らない男はいないだろう。
それでも、それを知られるのは恥ずかしかったので動揺を表に出さないようにしながら何とか答えた。
そのため、俺は感づき始めていることを聞けずに、寮まで真耶さんを背負っていった。
そして夕飯を一緒に食べるのだが……
「それぐらいしか食べないんですか?」
「はい、結構運動したんでバテバテなんですよ。だからあまり食欲が湧かなくて」
食べる量が昼と変わらずに減っているためそう聞くと、真耶さんはあはは、と誤魔化すように笑ってそう答えた。
それを見て、先程まで考えていたことがはっきりと確信出来た。
背中に押し当てられていた誘惑も無い以上、頭ははっきりと物事を考えられるからだ。
詰まるところ……
真耶さんはダイエットをしている。
そう確信出来た。
女性は体重を気にするのが良くあることなのは知っている。
だが、真耶さんは軽すぎるくらいなので寧ろ全く必要ないと思う。それなのにダイエットするするというのは……正直心配になる。
なので、何でダイエットをしたのかを聞かなければならない。場合によっては辞めさせなければ真耶さんの体に悪い。真耶さんには健康でいてもらいたいと思うのは、恋人として当たり前のことである。
俺は食事を食べ終わると、真耶さんにの方に笑いかけながら言う。
「真耶さん、この後、真耶さんのお部屋に行ってもいいですか?」
「え? そ、それはいいですけど……」
真耶さんは恥ずかしそうに了承してくれた。
それを見て、俺は少しホッとしつつ真耶さんと一緒に真耶さんの部屋に移動することにした。
そして部屋に入ると、真耶さんは俺にクッションを持ってきたくれた。ペンギンがらの可愛らしいクッションであり、それを持っている真耶さんが可愛くて笑ってしまう。
「少しまっていて下さいね。すぐにお茶をお出ししますから」
そのクッションを下にしてその場で座ると、真耶さんは慣れた手つきでお茶を淹れてきてくれた。
それが新婚生活を妄想させてしまい、何やら恥ずかしいやら嬉しいやら……幸せを感じてしまう。
真耶さんも同じ想いらしく、何やら恥ずかしそうだが幸せそうに笑顔を浮かべていた。
そして貰ったお茶を飲んで一息入れた後に本題に入る。
「それでどうしたんですか、旦那様。いつもは旦那様のお部屋なのに?」
「実は確かめたいことがありまして」
和やかな雰囲気で不思議そうに、でもどこか嬉しそうに聞いてきた。
そのまま和やかに過ごしたいが、そういうわけのもいかない。
俺は真面目は声音で聞く。
「真耶さん……ダイエット、してませんか?」
「!? な、何で!!」
俺に言われたことに明らかに動揺する真耶さん。
これで完璧に確定した。
「正直に話して下さい。別に怒ったりはしませんから。ただ、何で急にそんなことを始めたのかなって思いまして」
優しくそう言うと真耶さんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にし、少し涙目になりながら答えてくれた。
「その…昨日体重を量ったら…その…増えちゃってて。それで旦那様に嫌われたくないからダイエットしようって思って…」
「別に少し太ったくらいで嫌いに何てなりませんよ。俺は真耶さんがどんなに太ったって大好きです。寧ろ、持ち上げた時に軽すぎて心配になるくらいなんですから」
そう素直に言うと、途端に真耶さんの瞳から涙が零れた。
「旦那様なら絶対にそう言ってくれますけど、それでも女の子としては太るのは嫌なんですよ。旦那様にふさわしいお嫁さんとしてありたいんです」
泣きながらそう答える真耶さんを、俺は咄嗟に抱きしめた。
まさか俺の為にそう考えていてくれたなんて感激だ。恋人が俺の為にそう考えてくれる。それはまさに恋人冥利に尽きると言えよう。でも、それで体調を崩したりしてしまっては、俺は悲しい。
俺は抱きしめながら優しく真耶さんの耳元で囁く。
「そのお考えはとても嬉しいです。俺を思ってのことなんですから、それはとても。でも、そのせいで体調を崩してしまったら、俺は悲しくなってしまいますよ。真耶さんには、いつでも元気でいて欲しいですから」
「旦那様……」
真耶さんは俺の言葉を静かに聞いていた。
どうやら俺が言いたいこと聞き入れてくれたようだ。
こうして、このダイエット騒動は一応の終わりを見せた。
ちなみ……
この後、真耶さんの体重などを調べ、その場でスリーサイズも調べることになった。
下着姿は刺激が強すぎるのでビキニの水着に着替えもらい、測ることに。
お互い顔を真っ赤にしながら測った結果……
バストが前よりかなり大きくなっていたようだ。
ちなみに……三桁に突入していた。
ウエストは前より減り、ヒップは変わらないという結果に。
太ったのでは無く、胸がかなり大きくなっただけであり、それが分かった真耶さんは熱した鉄以上に顔を真っ赤にしていた。
そんな姿も可愛くて、俺はこの後思いっきり真耶さんにキスをしたのだった。