「というわけだから、部屋替わって」
「「はぁ?」」
自室でくつろいでいたところに突然の鈴の訪問。
そしてこの宣言。まったくもって理解できない。
「~という訳で今日からあたしがここで暮らすから、部屋替わって」
大まかに部屋を替えたい理由を話す鈴。
一方的なところもあったが、大体は分かった。
「鈴、お前の言いたいことは筋が通らないわけじゃないが、それを言うにはまず寮長でもある千冬姉に聞くべきじゃないのか?」
「一応聞いてきたわよ。そしたら別にいいって。正し『出来たら』だって。何でだろう?」
鈴はそう言いながら首を傾げる。
俺に首を傾げられてもなぁ。この部屋に何の問題もあるまいに。
しかし箒がそれを聞いて何か分かったらしい。
少し悪い笑みを浮かべ始めた。
「凰、今日だけ取りあえず替わってやる。そして何で千冬さんが『出来たら』なんて言ったかを知るといいぞ。嫌でも分かるからな」
そういって箒は軽く自分に必要な荷物をまとめて、鈴と部屋の鍵を交換して出て行った。
最後に浮かべていた意味深な顔が何故か忘れられない。
「い~ちか!やっとゆっくり出来るわね」
さっそく荷物を投げ出し、ベットに横になる鈴。下着があらわになってはしたないぞ。
俺は取りあえずお茶を入れ始めた。
知り合いとは言え、お客はお客であり、もてなすこと当然のことである。
さっそく玉露の茶葉を用意、お湯を沸かして湯飲みなどの器具を暖める。
暖め次第に捨て、またお湯を沸かす。ただし今度は温度に気をつける。予定の温度になり次第火を止め、そのお湯で玉露を抽出する。無論時間も気にして。
自身が持つ技術の粋を使って一番と思えるお茶を作ったつもりだ。さっそく鈴にお茶を出した。
「うわぁ、何これ!? めちゃくちゃ美味しい!?」
どうやらお気に召したようだ。俺も飲んでみよう・・・・・・うん、まぁまぁだな。
それから鈴と他愛ない話をした。
よくあるような話ばかりだ。この学園に来たときの話が殆どだったが。
しかし鈴の機嫌が心なしか悪いような気がするのは何でなんだろうな。
「何か機嫌悪くないか、鈴。俺何かしたか、正宗」
『御堂、何も問題ない』
「そうか」
俺は隣にいる正宗に心配になって聞いたが、問題は無いらしい。真打の劔冑は基本、合理性が強いので、正宗が言うならそうらしい。
一夏が脳天気に正宗と会話してる中、鈴はイラだっていた。
せっかく同室の人間を追い出して一夏と二人っきりだと思ったのに・・・・・・
何故こんなものがいるんだろう。
私は恨めしそうな目で一夏の隣にいる天牛虫を睨む。
これが一夏の劔冑らしい。
劔冑のことはテレビで知っていたけれど、まさか自意識をもって喋るとは思わなかった!
どういうわけか一夏にべったりで全然離れない。しかもさっきから私と一夏の会話に何の遠慮もなく入ってくるし。一夏は一夏でそれが当たり前のように反応するし。
もうちょっと空気を読んでもらいたい!
私はさっきの篠ノ之 箒の顔を思い出した。
こういうことなのか。そして千冬さんが言っていたことも理解できた。
これと一緒に住めなくては一夏と一緒には住めない。住めたところで、二人っきりになることなんてまず有り得ないと・・・・・・
私は少しだけ絶望しつつも、これだけは聞かなきゃならないことを聞いた。
「ねぇ、一夏。前にした約束、覚えてる?」
「約束? いろいろあったからな~、どの約束だ?」
一夏は頭に?を浮かべながら首を傾げていた。
「え、え~と、その、酢豚の話なんだけど・・・・・・」
酢豚の約束・・・・・・それは私が小学校のときに一夏とした約束。
私が料理が出来るようになったら毎日私の酢豚を食べてくれるか、という毎日味噌汁を、というネタを私なりに改良したものだ。私にとっては一世一代の、まさにプロポーズといっても過言でない約束だ。一夏が覚えててくれればいいんだけど・・・・・・
「酢豚? 酢豚酢豚・・・・・・ああ、あのことか!」
「覚えててくれたの!?」
「ああ、覚えてたよ。何せ『料理』のことだからな」
あれ? 何か変な空気が・・・・・・ここはもっとピンクな雰囲気になるはずなのに・・・・・・
「たしか・・・料理の腕が上達したら、私が作った酢豚を食べてくれる、だったよな。どれくらい腕を上げたか・・・じっくりと見てやるぞ・・・」
一夏から殺気のような雰囲気と刀のように鋭い眼光がこちらを貫いてきた。
何でこうなるの!? もっと良い雰囲気になるはずが、一夏が妙に迫力があって怖いことに!
何か・・・お父さんも以前こんな目をしていたときがあったような・・・・・・
私はとてもこの雰囲気に耐えられなくなり、話を切ることにした。
「み、見といてよね! 驚かせてあげるんだから」
「ああ、楽しみにまってるよ」
そうして切ったらすぐにこの『虫』が、
『御堂、もう遅くなる。早く床についたほうが良いぞ』
と言ってきて、一夏は自分のベットについて横になってしまい声をかけられなくなってしまった。
私は一夏が約束を覚えていたのは嬉しかったが、どうも純粋に字面どおりに覚えていたことに何とも言えない気持ちになってしまう。昔からそうだったが、今はさらに鈍さに拍車がかかったようだ。
私は仕方なく、泣く泣くベットについて、ドキドキなどすることなく、その日を眠った。