気が付けば俺は保健室へと運び込まれていた。
決闘で最後に一太刀浴びせた後の記憶が無い。そのことから気絶したんだろうと推測する。
体を見れば全身包帯まみれになっていた。あちこちから赤い染みが見えている。
そして俺のすぐ隣では、真耶さんが俺の手を握って座っていた。その顔は今にも泣き出しそうだった。
「………真耶さん?」
少ししゃがれた声で真耶さんを呼ぶと、真耶さんははっと俺の顔の方を向いた。
「旦那様っ!!」
そのまま俺の胸元に抱きついてくる真耶さん。俺はそれを受け止めると、胸元辺りがじわりと濡れていくのを感じた。
「旦那様……旦那様ぁっ……無事で良かったです! 起きないんじゃ無いかって心配したんですから!」
俺を心配してか、大泣きする真耶さん。凄く不謹慎なことに、俺はそんな真耶さんも可愛いと思ってしまう。
「……心配かけてすみません」
「いいんです。こうして旦那様が無事でいてくれるなら……」
未だに涙が流れるのが止まらない瞳で、俺を見つめ抱きしめる真耶さん。
俺は心配させたお詫びと言わんばかりに抱きしめ返すと、真耶さんの顔が目の前にきた。
「こういうのも何ですけど……ただいま」
「はい、お帰りなさい」
俺がそう言うと、真耶さんは泣きながらも笑顔でそう返してくれた。
それが嬉しくて、そのまま真耶さんの唇にキスをする。
「「んぅ…」」
真耶さんは俺の行動に何も驚かず、それに目を閉じて応じてくれた。
唇から少しだけしょっぱい味がした。
そして唇を離すと、真耶さんは顔を赤くして嬉しそうな顔になり泣き止む。
「何だかこうしてキスしてると、夫婦みたいですね」
えへへ、と恥ずかしそうに笑う真耶さんが可愛すぎて胸が高鳴るが、同時にズキリと痛んだ。
「っ!?」
「大丈夫ですか!?」
咄嗟に胸を押さえると、真耶さんが心配して体を支えてくれた。
その心遣いに胸が温かくなる。
「大丈夫ですよ。少し胸が痛んだだけですから」
心配させないように笑顔でそう答えると、真耶さんは優しい笑顔を浮かべて俺をベットに寝かせる。
そして俺の隣に一緒に寝っ転がった。
「まだ体が癒えてないんですね。だからもうちょっと横になって楽にして下さい。わ、私がずっと側にいますから」
顔を赤らめながら俺の手をぎゅっと握る真耶さん。そんないじらしい姿も可愛くて、俺は痛みも忘れて笑顔になってしまう。
この人が側でこうして笑ってくれる……それがとても幸せで安心する。
そのまま安らかな眠気に誘われ、また眠くなってくる。
「ゆっくり眠って下さいね……私だけの旦那様。もう決闘は終わったんですから、ゆっくり休んで下さい」
真耶さんの優しく耳に心地よい声が静かに、それでいて柔らかく耳に染み入る。そして優しく俺の頭を撫でる手の感触を感じ、次第に意識が暗闇に入る。
「あ~…こほん……そろそろいいかな、お二人さん?」
「「!?」」
心地よい眠りに入りかけていた所で、急に声をかけられ驚く俺と真耶さん。
そのせいで、先程まで感じていた眠気が一気に吹っ飛んだ。
急いで声のした方を向くと、そこにはセシル・オーウェルが壁に体を預けて立っていた。
「僕も隣の部屋に寝かされていたのでね、多分君が隣にいると思ってきたのだが……お邪魔をしたようだ」
セシルはそう言うと、部屋を出て行こうとする。
俺は今までのやり取りを見られた気恥ずかしさから呼び止めてしまう。真耶さんは恥ずかしがって真っ赤になり、顔を布団で隠していた。
「いや、大丈夫だ。問題ない」
「そうかい? 彼女はそうでもないようだけどね」
「ぁぅ…」
そうセシルが笑うと、真耶さんは恥ずかしさのあまりに布団に潜り込んでしまった。
素直に可愛くて、セシルがいなかったら抱きしめていた。
俺はセシルの方を向くと、早速用件を聞く。
「それで? 一体何のようだ?」
「ああ、まず……すまなかった」
セシルはいきなり俺に頭を下げた。
その事に驚いてしまい、戸惑ってしまう。
しかし、セシルはそんな俺を気にせずに謝り始めた。
「君と決闘する前、正直君のことを見下していた。極東でいい気になっている猿だと。だが、実際に戦ってみてよく分かった。君は……正真正銘の武人だ。同じ武を嗜む者として素直に尊敬する」
正直にそう告げるセシルは、その前まであった皮肉がまったく感じられない。
どうやら認めた相手には、素直に対応する人物のようだ。
「そこの美しい彼女にも失礼をした。勝手に決闘の賭物にして申し訳無かった」
「い、いえ……」
セシルの謝罪に真耶さんも恥ずかしがりつつも応じた。
「僕は美しい女性を見るとつい…ね。しかし、どうやら僕が入り込む隙間はまったくなさそうだね、二人の間には」
「ぁ、ぁぅ、そんなぁ……」
そうセシルに言われ、真耶さんは顔を真っ赤に染めて恥ずかしがる。
俺も気恥ずかしさから赤面してしまった。
「君達が恋人同士だったとは……本当に悪い事をした。いくら僕でも、好き合っている恋人同士の仲を裂くことはしない。それはとても醜いことだからね」
そう語るセシルの顔は、何やら分かっている顔だった。
この男の恋愛観はよく分からないが、俺よりも色々知っているみたいだ。
そう言う点や、己の非を素直に認められるその精神は尊敬に値する。
「ならそういうことをしなければいいと思うのだが」
俺はそう思い聞いてみると、セシルは苦笑しながら答えてくれた。
「そう言わないでくれ。美しい人を見かけたら声をかけるのは英国紳士として当たり前のことなんだ。日本人はそういうところが硬くていけないと僕は思うよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんだ」
セシルはそう力説すると、俺に笑いかけた。
うん、始めは凄く嫌な奴だと思ったが、戦いお互いに認め合えば良い男ではないか。
それを戦う前から見抜けない時点でまだまだ未熟だと実感する。
その後、俺と真耶さんはセシルとそれなりに楽しく会話をした。
英国の劔冑事情や、海外の武術について。此方も日本のことを色々と答えたりし、お互いに色々と聞いては学んでいく。セシルが教えてくれることは、今まで聞いたことのないことばかりのため、新鮮に聞こえた。
そうして話していると、保健室の扉が突然ノックされる。
それに反応し、さっそく入って貰うよう声をかけた。
そして扉が開くと、そこには意外な人物が立っていた。
「あれ? セシリア?」
そう、立っていたのはセシリアだった。
セシリアは少し苦い顔をしつつ、セシルの方を向いて答える。
「すみません、一夏さん。イギリスが飛んだご迷惑を」
そう言って謝罪するセシリア。いきなりのことに驚くと、セシルが明るい声でセシリアに話しかけた。
「おやおや、これはオルコット家御当主のセシリア様。いつ見てもお美しい。一体どうしてこの部屋に?」
つい少し前に恋人を取り合った身としては少し複雑だが、それを無視して二人の話に耳を傾ける。真耶さんは興味深そうにしていた。
話しかけられたセシリアはというと、何やら呆れた様子でセシルに話しかける。
「ついさっき、本国からあなたの様子を見てくるよう政府に言われましたの。その様子ですと、一夏さんに負けたようですわね。何で私があなたの為にこうして出なければならないのか……」
「そうつれないことを言わないでください。社交界でよく一緒に踊った仲ではないですか」
「そのせいでこうして呼ばれたんです! はぁ~…日本では確かこういうのを『腐れ縁』というのでしたっけ」
「美しい貴方との縁ならば、きっと美しいものですよ。決して腐ってなどおりません」
そう言いながらセシルがセシリアの手を取り、手の甲にキスをしようとする。
そうされそうになったセシリアは急いで取られた手を引いた。
「ともかく! 動けるようなら急いでこの学園から出てって下さい! あなたがここにいると、イギリスが尻軽な国に見られてしまいますから!」
そう言うと、まるで追い出すようにセシルの背中を押してこの部屋から追いだそうとする。
「これはこれは情熱的なお誘いだ」
セシルは笑いながらそう言うが、セシリアは無視してそのままセシルを出口にまで持っていく。
そして外に追い出し、自分も出ようというところで俺達の方を振り返った。
「では、一夏さん、山田先生。ご迷惑をおかけしました。失礼します」
そう言い部屋の扉を閉めようとすると、
「じゃあさらばだ、我が親友、織斑 一夏よ」
「お馬鹿なこと言わずにささっと出て行って下さい!」
とセシルの声が廊下から聞こえた。
それに対して返事を返そうとしたが、慌ただしく扉を締まってしまった。
そのままドスドスと去って行く足音が聞こえる。
「何だか慌ただしいかったですね」
「そうですね」
俺と真耶さんはそう言うと、お互いに笑い合った。
するとポケットに入っている携帯が振動し、慌てて取り出す。
すると画面にはメールのお知らせが入っており、送り主は雪車町さんからだった。
『俺は仕事を終わらせたので帰らさせていただきやす。織斑の坊ちゃん、あの恋人のことは大事にして下せえ。あんな良い女、そうそういないんですからね…ひひ……』
そう書いてあった。
まさか挨拶もしないで帰るとは……出来ればちゃんと見送りたかったのだがな。
メールに書いてあることは、言われなくても分かっていることだ。
こんな凄い女性、俺には勿体ないのだから。
そう思いながらメールの返事を送信すると、あることを思い出した。
「あ、そうだ。真耶さん、ちょっといいですか?」
「はい、大丈夫ですけど」
俺がいきなり動き始めたことに不思議そうにする真耶さん。
俺はこれからすることに苦笑しつつ、真耶さんにその場で立ってもらう。
そしてその場で俺は跪き、真耶さんの手を取る。
「俺は真耶さんの事、絶対に離しません。そう、今ここで改めて誓います。どんなことがあっても、絶対にあなたを全ての厄災から守り抜き、あなたを愛し続けることを誓います」
そう誓いを立て、取った手にキスをする。
唇にすべすべとした手の感触が伝わってくる。
俺にそうキスをされた途端に、真耶さんは顔を真っ赤にした。
そして凄く恥ずかしそうしながらも、この誓いに応えてくれた。
「はい、その誓いを受け入れます。だから旦那様……絶対に離さないで下さいね」
そう言う真耶さんの顔はどこか幸せそうで、夕日と混じって俺には美しく見えた。
誓いも終わり、真耶さんは動こうとするが、俺が動かないことに少し不思議に聞いてきた。
「どうしたんですか、旦那様?」
「いや、そう言えばこの手にセシルがキスしたんですよね」
「そ、そうですね」
思う出してか、顔を赤らめる真耶さん。
それが少し面白くなく、俺はイジワルそうな感じでいう。
「どうも真耶さんはセシルにされたキスが忘れられてないようで」
「そ、そんなこと!」
俺にそう言われ、慌てる真耶さん。
その様子も可愛いから見ていたいが、今回は別の目的があるのでそっちが優先である。
「だから……俺がそれを上書きさせて貰います」
「え?」
そう答えると、真耶さんがそんな声を上げた。
俺はそのまま取った手にキスをする。それも少し強めに押しつけ、何回も啄むように。
「っ~~~~~~~~~~~~~!? あ、あぅあぅ~」
手から伝わる感触と共に、真耶さんの顔は夕日に負けないくらい真っ赤になった。
何というか、悔しいではないか。恋人に他の男の跡があるというのは。故に上書きする。
「どうですか」
そう聞くと真耶さんは赤信号よりも真っ赤に顔をしながら、恥ずかしそうに答えた。
「も、もう旦那様のキスしか分からないです……はぅ~」
「そうですか。それはよかった」
上書きが上手くいったようで、これで安心する。
俺はそのまま真耶さんを抱きしめようとしたが、突如外から悲鳴が上がった。
「「「「「キャーーーーーーーーーーーーー、変態よーーーーーーーーーー! パンツパンツって言ってる変態が出たわーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」」」
それを聞いて思い出した。
そう言えば、あと一人いたんだった。
「どうやらまだゆっくり出来そうにないですね」
「そうですね。行きましょうか、旦那様」
俺は真耶さんと笑い合う。
まったく……これから真耶さんにもっと一杯キスしようと思っていたのに……
雪車町さん、あの変態も連れ帰って下さいよ……
そう思わずにはいられなかった。
まぁ、手にキスした時の恥ずかしそうな真耶さんが見られただけで良しとしよう。
そう思いながら、二人で保健室を出て行った。