今、俺の目の前で真耶さんに跪き、手を取ってその甲にキスをしている男がいる。
『俺の恋人』に、手の甲とは言えキスをしている男がいるのだ。それを許せるほど、俺はまだ人間として未熟者だ。故に。
『……正宗……小太刀を出せ……』
金打声で正宗にそう言う。
『御堂、一体何を言ってっ』
『急いで出せ!!』
『りょ、諒解!』
俺の気迫に押されてか、正宗は慌てて俺に小太刀を飛ばす。
俺はそのまま小太刀を腰様に構える。
「兄さん、どうしたんだ?」
マドカがただならない俺の様子に少し怯えながら話しかけるが、答えている余裕はない。
俺の目は既に真耶さんに跪いている男だけを見ていた。
そのまま狙いを付けて、小太刀を抜き放った。
『吉野御流合戦礼法、飛蝙!!』
放たれた小太刀はは神速の速度を持って男の方へと飛んで行き、男の眼前まで迫る。
「ふっ」
男は咄嗟に頭を後ろに反らすことでそれを回避。
避けた小太刀はそのままゲートに突き刺さり、ゲートを破壊した。
「おやおや、危ないな~。東洋の騎士は女性との楽しき一時を邪魔するのかい。とても野蛮で無粋この上ない」
男は俺の方を向きながらそう言ってきた。
俺はそれを気にせず、静かに…しかし、最大の殺気を込めた視線で睨み付けながら答える。
「ほう、校門の前で困惑している女性の手を勝手に取り手の甲に無断で口付けをする。その自分本位な振る舞い、日本ではセクハラと呼ばれていることを知っておいでか?」
向こうの皮肉に此方も皮肉で答える。
そして俺と男はお互いに睨み合っていた。
「え? え? って、旦なっ、一夏君、どうして!?」
真耶さんは破壊されたゲートの破砕音で俺に気付き、凄く慌てて混乱していた。
そしてキスされていた手を急いで引っ込める。
「真耶義姉さんに何をしている! 近づくな!」
マドカが現状を理解し、急いで真耶さんと男の間に入ると、う~~! と唸りながら男を睨み付ける。
「おやおや、これまた可愛いお嬢さんだ。そんな怖い顔は君には似合わないよ」
男はさわやかな笑顔でマドカに笑いかけるが、マドカは唸ったままだ。
俺はそれが更に癪に障り、もう自然に話す声にも充分な殺気が籠もっていた。
「人の目の前で妹にまで手を出そうとするか。随分と腰の軽い西洋人だな」
「ふん、美しく可愛い女性がいれば声をかける。それは世界共通だと思うけど……極東の田舎騎士には分からなかったかな」
向こうの皮肉にキレそうになるのを必死に堪える。
(何なんだ、この男は!? 今まで色々な人と出会ってきたが……ここまで肌に合わない人間とは会ったことがない! 正直、今すぐにでも斬り伏せたい)
再びお互いに睨み合い、視線が火花を散らす。
そんな中を、ある人物が間を割って入ってきた。
「お互い、その辺にしときやしょう。こんな所で睨み合ったって、なんの得にもなりやせんよ」
その人物は姿勢がかなり悪く、スーツを着崩していて杖を突いた白髪の男性だった。
とても年寄りに見えそうだが、実際はまだ二十代後半の男性だ。
俺はその人に止められ、少しだけだが頭が冷えた。
「雪車町さん、貴方がいうのなら」
「へい。織斑の坊ちゃんは理解が早くて助かりやす」
そう、このべらんめぇ口調の白髪の男性……雪車町 一蔵さんは俺の知り合いだ。
結構親切な人で、良くも悪くも真面目な人が好きという変わり者。職業は不明だが、色々やっているらしい。俺には親切で良い人なのだが、師匠とは犬猿の仲だ。あの感情をあまり表さない師匠が、凄く嫌そうな顔を浮かべるのだから、相当なものだろう。何故そんなに仲が悪いのかと聞くと、『半端者だから』だそうだ。俺には良く分からないが、この人からすれば師匠はそうらしい。
雪車町さんに言われ、戦闘態勢を解く俺。向こうの男も俺を睨み付けるのを止めて立ち上がった。
俺より高い身長に輝くような金髪。眼鏡をかけているが、そのレンズの奥にある翡翠色の瞳には『命を賭けて戦った者』特有の感じを受ける。
先程の物言いといい、俺の技を避けた動きといい……この男…『騎士』だな。
実は劔冑は日本にしか無いわけではない。
海外……とりわけ西洋、それもイギリスには古来から劔冑があった。
これに関して、俺は詳しい情報はしらない。知っていることは、海外の劔冑を駆る者のことを『騎士(クルセイダー)』と呼び、劔冑のことを『クルス』と呼ぶと言うこと。数打劔冑を新式劔冑(レッドクルス)と言い、真打劔冑を旧式劔冑(ブラットクルス)と呼ぶことくらいだ。無論、この旧式劔冑の中には、陰義を持ったものもある。ちなみに、海外では陰義のことを(アウトロウ)と呼ぶ。
一体騎士がこのIS学園に何の用だろうか?
そう思いながら聞こうとしたところで、真耶さんが俺に近づいてきた。どうやら中断したところを見計らって離れたらしい。マドカは一緒に来たが、未だに男の方を見て唸っていた。
頭が冷えてから少し思ったが、マドカ……可愛いが、少し幼くなりすぎなのではないだろうか?
「だん…一夏君、あの人達は?」
「はい、あのいけ好かない男はともかく、止めに入って下さった方は知ってますよ。あの人は雪車町 一蔵さん。俺は何度かお世話になったことがある人です」
俺はまだ混乱している真耶さんを落ち着けようと、優しく手を握りながら雪車町さんのことを説明する。するとそれに気付いてか、雪車町さんが俺達の方を向いて軽く挨拶する。
「どうも、あっしは雪車町 一蔵って単なるチンピラですよ。織斑の坊ちゃんには昔から度々助けて貰っておりましてね……ひひ……」
軽く会釈をして挨拶するが、その不気味さに真耶さんが息を呑み、マドカが警戒を深める。
それを仕方ないなぁと思いながら二人に話しかける。
「二人とも、そこまで警戒しては失礼だよ。こんな感じですけど、根は良い『真面目』な人なんですから」
「おやおや、こんな感じとは、織斑の坊ちゃんも中々なことを言いますねぇ」
「あはははは」
雪車町さんは俺の言ったことを聞いてニヤニヤと笑いながら答え、俺はそれに苦笑を浮かべる。それがいつものやり取りである。
「いやはや、久々に話しましたが、織斑の坊ちゃんは相も変わらず全力のようで安心しやした。あの『半端者』の影響が出ないかとヒヤヒヤしてましたもんでね」
「前から言ってますけど、『坊ちゃん』は止めて下さいよ。もうそんな歳ではないのですから」
「そう言われましても、まだまだ若いんですから、坊ちゃんでいいでしょう」
そんな風に久しぶりにあった知り合いと話していると……
「パーーーーーーーーーーーーーンツっっっっっっっ!! 君は一体いつまで私を無視しているのかね!」
そう叫びながら俺達の前に飛び出したスーツの老人。
いきなり現れたことに真耶さんがびっくりして悲鳴を上げそうになっている。
技と意識して忘れていたというのに、この人は……
「旦那様ぁ……」
真耶さんが怯えて俺の後ろに隠れる。
流石にマドカも怖かったのか、俺の後ろへと少し下がった。
俺はこめかみを怒りでひくつかせながら話しかけた。
「何故……あなたがここにいるのでしょうか……ウォルフ教授?」
「ふん、決まっている! 少女のパンツを脱がせるためだ!!」
咄嗟に右手で拳を作り殴ろうとするが、何故か読まれてしまい避けられる。
「何をするんだ、いきなり!」
「うるさい! あなたのような変質者をこの学園に入れるわけにはいかん! この場で叩き出してやる!」
「まぁまぁ、お二人とも、そこまでにしときましょう」
そのまま更に拳を振るおうとした所で雪車町さんに止められた。
少しばかり悔しい。雪車町さんがいなければ、今頃刀の錆にできたものを。
未だに怯える二人の為に、仕方なく俺はウォルフ教授を紹介した。
「此方、ウォルフラム・フォン・ジーバス教授。ドイツにある凄い有名な大学の教授です。凄く高名らしいですが、変態なんで二人は絶対に近づかないで下さい」
「これはまた随分と個性的な紹介をしてくれるな、君は。どうも、ウォルフラム・フォン・ジーバスと言う者だ。気軽にウォルフ教授と呼んでくれたまえ。あ、そうそう、そこの黒髪の君」
そう指され、マドカが教授の方に顔を向けた。
すると……
「そうそう、君だ。ところで……パンツを脱いでくれないか」
「ひっ!?」
教授の言葉に恐怖し、マドカは急いで俺の後ろへと隠れた。
「兄さん、あいつ怖い!」
それを見かねてか、真耶さんがマドカを優しく抱きしめ、よしよしと頭を撫でてあやしていた。
とても微笑ましい光景だが、見ているわけにもいかない。
「何やってるんですか、教授。人の妹になんて事聞くんだ、この変態!!」
「変態の何が悪い!」
思いっきり罵倒したら、胸を張って返された。
もう駄目な大人だと改めて感心させられる。
「お二人とも、そうお二人が漫才しておりやしたら、あの人が話せないでしょうよ」
雪車町さんそう言って目を向けると、あの金髪の男が恰好をつけて立っていた。
「やっと僕の出番か。まったくこれだから極東のイモ騎士は……まぁいい。自己紹介をさせてもらおうか。僕の名前はセシル・オーウェル。イギリスの騎士だ!」
そう胸を張って俺達の所へ歩いてきた男…セシル。
歩く姿に高貴な雰囲気を感じる辺り、セシリアと同じ貴族なんだろう。後で聞いてみようと思った。
セシルはそのまま俺の所まで来ると、何故か俺ではなく真耶さんの方を見る。
「その幼子をあやす慈愛に満ちた表情もまた美しい……決めた」
そう何かを決め、俺に指を指して高らかに宣言した。
「今日、この日、この場所に来たのは、あの女性と出会うための必然だろう。だからこそ、宣言させてもらおう! 織斑 一夏、あの女性を賭けて、私と決闘しろ!」
それを聞いて俺は……
「はぁ!?」
多分、ここ最近で一番間抜けな声を上げてしまった。
そして、勝手に賭けられた真耶さんは……
「え?……えぇ~~~~~~~~~~~~~~~!?」
凄く混乱していた。
流石にマドカも、この事態にはどうして良いのか分からなく、オロオロとし始める。
「何を言っているんだ、あなたは!」
俺は気を取り直してセシルに問い詰めると、セシルはふふんと鼻で笑った。
「さっき言った通りだ。この女性は君には心を許しているようだからな。だからこそ、君を倒し、彼女をもらう! もともと君と決闘しに来たが、まさかここまで見目麗しい女性に出会えるとは思わなかった。これは最早天啓だ。故に、この決闘を挑んだのだ!」
それを聞いて、この男のあまりの身勝手さに今まで耐えていた琴線が切れた。
「このっ、何と身勝手なことか! その決闘、良いだろう。受けて立つ。そしてあなたを完膚なきまでに叩き斬り伏せてくれようぞ!」
こうしてこの男、セシル・オーウェルと真耶さんを賭けて決闘することになった。
(この決闘、絶対に負けられない! 真耶さん、あなたの為……絶対に勝ちます!!)