でも……後悔はしてません!!
床を鼻血で汚してしまい、俺はいそいそとそれを処理していた。
流石にこれに関しては本当に見逃して欲しい。恋人のあんな艶姿や声を見て、聞いてしまったのだ。
十六の人間には刺激が強すぎる。
俺は何とか自力で鼻血を止めると、心配になって真耶さんの方を向いた。
真耶さんはと言うと、ワイシャツを急いで羽織り、顔を凄く真っ赤にして此方を向いていた。
「す、すみません、旦那様。へ、変な声を出してしまって……」
「い、いえ…」
声が途切れ途切れであり、どれくらい恥ずかしがっているのかが窺える。
目は潤んでおり、先程見た顔を思い出しそうになってしまい俺は急いで視線を逸らす。
それを見た真耶さんがさらに恥ずかしがり、顔を紅葉以上に真っ赤にさせていた。
お互い気まずくなりかける。
だが、それは真耶さんの一言で霧散した。
「その…旦那様。着替えたいんで、少し部屋を出て貰ってもいいですか? 終わったら呼びますので」
「は、はい!」
そう言われ、俺は脱兎の如く凄い速さで部屋から出た。
と言っても玄関の前で立っているだけで、扉を閉めただけなのだが。
そこでじっとしていると、何やら衣擦れの音が聞こえてきた。
それが余計にあれを意識させてしまい、俺は顔は熱くなっていくのを自覚し、思いっきり恥じた。
(病人の前で何を考えているんだ、俺は! 反省しろ、織斑 一夏!! 精神が弛んでいるぞ!)
そう精神に檄を飛ばし、衣擦れを意識の外に追い出す。
そして待つこと五分。
「もう良いですよ」
そう声をかけられ、部屋に戻った。
真耶さんは寝間着を着替え、ピンク色のパジャマを着ていた。
無地ながらとても可愛らしく、よく似合っていた。上のサイズが少し合ってないのか、袖が少しぶかぶかでそれがより可愛らしさを主張している。胸元はそれでも苦しいのか、ボタンが外され胸の谷間がよく見える。そこに視線が行きそうになるのを、堪えながら俺は真耶さんの元へと向かう。
「そのパジャマ、とても似合ってますよ」
「ありがとうございます。これ、最近は来てなかったから着れるか分からなかったんですよ。何とか着れるみたいで良かったです。でも、もう胸が苦しくなってきちゃって」
褒められたことが嬉しいらしく、真耶さんは笑顔でそう語ってくれた。
無邪気な感じにそう話す真耶さんも可愛くて、俺は笑顔でその話を聞いていた。
そして話終えた真耶さんをベットに改めて寝かしつけ、気を取り直して言う。
「では改めて。今日はずっと一緒ですから、遠慮無く言って下さい。日頃からお世話になってますから、今日は存分に甘えて下さいね」
そう言うと、真耶さんは凄く嬉しそうに笑った。
そしてあることに今更気付き、聞いてくる。
「あ、旦那様。今日学校は……?」
「今日は休むことにしました。真耶さんの看病をしなくてはいけませんから」
そう答えると、シュンと気落ちしてしまう真耶さん。
「ごめんなさい、私のせいで……」
俺はそれを見て、内心でかなり苦笑してしまう。
「そんなことないですよ。いつも俺に付き合わせてしまっているんですから、此方こそ真耶さんに風邪を引かせてしまって申し訳無いですよ。それに……今日学校を休むよう千冬姉に言われてしまって。そうじゃなくても、真耶さんの為ならいくらだって授業を休みます。授業よりも真耶さんの方が絶対に大切ですから」
笑顔でそう言うと、真耶さんは嬉しいが複雑そうな顔をする。
「そう言ってくれるのは凄く嬉しいんですけど、流石に生徒さんに授業をサボって良いとは言えませんね。でも、旦那様がそう言ってくれて喜んでしまう私は教師としてどうなんでしょうか? 少し難しいです」
「病気の時は精神が参り易いですから、あまり深く考えずに気楽に考えましょう。それに……日頃は俺が甘えてばかりなんですから、今日はめい一杯甘えて下さい。その方が、体にも良いですよ」
俺は真耶さんの手を握りながらそう言うと、真耶さんは少し考えた後に笑顔で答えた。
「はい、そうですね。それじゃあそうさせて貰います。(そんなことないのに。私の方がいつも甘えてばかりなのに……でも、旦那様の好意には絶対に答えたい。だから、思いっきりいつも以上に甘えてもいいですよね? 風邪なんですし)」
そんなことを考えているとは知らず、俺は甘えて貰えることが素直に嬉しく思った。
そしてさっそく看病を開始する。
と言っても、基本風邪の看病することが特にない。せいぜい寝ている横で控えて、何かあったりしてもらいたいことがあった時に応じるのみである。
のだが……
「あの~…真耶さん? 何で俺は一緒のベットで寝てるんでしょうか?」
「だって旦那様…甘えて良いって言ったじゃないですか。私、今日はいつもよりわがままなんです。旦那様と一緒にいたいんです」
顔を赤くしつつ、そう答える真耶さん。
少し子供っぽくそう言うと、俺の体に抱きついてきた。
柔らかく、いつもより少し熱い体にドキドキしてしまう。
そんな姿も見せてくれることが嬉しいが、これでは看病にならない。
俺は少し離して貰おうと、真耶さんに言う。
「こう言っては失礼ですけど、あまり近くにいると風邪が移ってしまうのでは……」
それを聞いて真耶さんは俺を逃がさすまいと更に抱きしめる腕に力を込めてきた。
左腕が胸の谷間に埋まってくるのを感じ、心臓がさらに高鳴る。
「さっき正宗さんから聞きましたよ。武者は風邪とかの病気にはかからないって。だから、旦那様と一杯くっついても問題ないって言ってました」
俺を覗き込む様にして見上げる真耶さんは、イタズラが成功したかのような笑顔を浮かべていた。
そんな姿も可愛くて、俺は内心で嬉しく思うが、反面、正宗に突っ込みたくなった。
(彼奴は何を教えているんだ! 日頃はくっつきすぎとか怒るというのに、何故こういうときに限ってそういうことばかり言うかな。最近、自分の劒冑がよくわからない……)
そんな事を考えていると、真耶さんが俺にお願いしてきた。
「だから、旦那様も私ともっとくっついて下さい。実は少し寒気がするんで……その、暖めて下さい……」
甘えると言ってもやはり真耶さんは恥ずかしがり屋だ。
そう言いながらも、やはり恥ずかしいので顔を真っ赤にしている。
ただ、それがあまりにも可愛すぎて、俺は素直に応じる。正直……別の意味で堪らない。
そのまま体を包み込むように抱きしめ返すと、真耶さんは幸せそうに目を細めた。
「温かいです………」
そしてしばらくお互いに笑い合いながら抱きしめ合っていると、真耶さんは喉が渇いてきたようだ。
それを聞いて、俺はベットから出て荷物を漁る。
俺は千冬姉に言われた後、看病の為に色々と持ってきている。その中で水分補給用に買ったスポーツドリンクを出し、コップに注いで真耶さんの方に持って行き渡す。
「どうぞ、スポーツドリンクですよ。これなら体への吸収も早いですから」
そう言って差し出すが、真耶さんは何故か受け取らない。
「真耶さん?」
何故受け取らないのか気になり、話しかた途端、真耶さんの顔がボンッと言うかの如く真っ赤になった。そして……
「そ、その……こういうことを言ってはしたないなんて思わないで下さいね」
「?」
何だか泣きそうなくらい真っ赤になりながら真耶さんは俺を見つめる。
その瞳は濡れており、見つめられて凄くドキドキとしてしまう。
「あの…その……飲ませてもらえませんか……口移しで……」
「え……ええぇええええええええ!?」
言った途端に泣き出しそうな程恥ずかしがる真耶さん。
そう言われ俺は驚く。まさか口移しを要求されるとは、誰が思っていようか。
驚きのあまり口をパクパクさせている俺に、真耶さんは潤んだ瞳で上目使いにお願いする。
「駄目…ですか? 甘えて良いっていってくれたから、一杯甘えたいんですけど……」
うん、絶対に断れない。
これを見た瞬間、俺は確信した。
俺は無言でスポーツドリンクを口ぬ含む。
その様子を見て、真耶さんは花が咲いたかのような笑顔になり、幸せそうに目を瞑り顔を俺に向ける。
「旦那様……ん……」
熱のせいか、余計に艶やかな唇に唇を合わせキスをする。
そして少し舌を使って真耶さんの唇を開けると、口の中のスポーツドリンクを送り込んだ。
それをコクコクとゆっくり飲む真耶さん。
そしてゆっくり唇を離す。
「ぷはぁ……うふふ、旦那様の味がします……」
夢見心地にそう言ってきた。
とても幸せそうで、俺はあまりにも艶っぽく可愛い真耶さんを見つめることしか出来なかった。
幸せでしかたない。
そのまま少し見つめてから、どうしてこんなことをしたのかを聞くと……
「臨海学校の時、私が旦那様にしたから。今度は旦那様にして貰いたくて……憧れてたんです、こういうの……きゃ」
とのこと。
あまりの可愛さにこの後更に口移しでスポーツドリンクを飲ませ合ったことは言うまでも無い。
何というか……
風邪の時の真耶さんは、普段以上に甘えん坊で可愛すぎて仕方ない。
そう思った。