その始まりは、朝の鍛錬を見に来た時にあった。
「くしゅん!」
俺の毎朝の鍛錬を見に来た真耶さんが、少し寒そうにしてくしゃみをした。
あまりの可愛らしいくしゃみに微笑みを浮かべてしまう。
「大丈夫ですか、真耶さん」
「は、はい、大丈夫ですよ。すみません、せっかくトレーニングに集中してるのに邪魔しちゃって」
「そんなことないですよ。それよりも申し訳無いです。毎朝付き合わせてしまって」
そう俺が申し訳なさそうに言うと、真耶さんは顔を真っ赤にして一生懸命に否定した。
「そんなことないです! わ、私は毎日、旦那様と一緒にいたいんですから……ポ」
言ってから思いっきり照れる様子がまた可愛くて、俺は嬉しくなってしまう。
そのまま抱きしめたかったが、流石に汗まみれの体で抱きつく訳にもいかないと思い留まる。
その変わり……
「真耶さん………」
「んぅ」
その可愛らしい顔を見つめながら、唇にキスをした。
少し驚きつつも、どこか嬉しそうに微笑む真耶さん。
唇を離すと、少し勿体なさそうな顔をする。
「旦那様……抱きしめてはくれないんですか?」
そう言って期待を込めた目で俺を上目使いに見つめてきた。
その恥ずかしいけど、して欲しいというおねだりにクラっとくる。
(ぅ~~~~~~~~、可愛すぎる! だ、だが、流石に……)
「流石に汗まみれの体で抱きしめるわけには……」
「わ、私は…寧ろ抱きしめられたいです……そ、その、旦那様の匂いも感じたいですし………てっ何言ってるんでしょうね、私! あ、あはははは」
「っ~~~~~~~~!? もう、真耶さんは!」
「きゃっ!?」
あまりの可愛さにクラクラしてしまい、一気に抱きしめる。
少し驚いていたが、すぐ幸せそうに顔を緩める。
「うふふふふ……温かぁい……男の人の匂いがします。旦那様の匂いが……」
顔を凄く真っ赤しながらそう呟く真耶さん。
気のせいか、くんくんと匂いを嗅がれているような気がする。
でも不快じゃない。それが何だか嬉しくて恥ずかしくて、俺はもっと抱きしめる。
すると真耶さんも俺に応じて、もっと抱きしめて返してくれた。
体から流れ出る汗が、真耶さんの柔肌に吸い込まれるようにくっついていく。
それを肌が感じて、何やら卑猥な感じに感じてしまい心臓がドキドキとして顔が火照ってしまう。
どうやらお互い同じことを考えていたのか、真耶さんも俺の顔を熱の籠もった目で見つめてきた。
その顔が凄く色っぽく見えて、それが余計に心臓の鼓動を加速させる。
「旦那様……もっと一杯キス……して下さい」
「はい……」
胸のドキドキに従うように、俺は真耶さんとキスをする。
最初は唇を合わせるように。次第に啄むように一杯キスの雨を降らせ、そして真耶さんが舌を入れようとしたところで………
『いい加減にせぬか、御堂!! 今は鍛錬の時間ぞ! えぇい、その不抜けた気根を叩き直してくれる! 鍛錬を今から五倍だ!!』
正宗に思いっきり怒られてしまい、俺達は弾かれるように離れた。
「す、すまん……」
「すみません……」
俺は気まずさから、真耶さんは恥ずかしさから真っ赤になっていた。
こうして、朝は何も気付かずに俺は鍛錬をした……正宗に檄を入れられ、いつもの五倍に増えた筋トレをこなしながら。
そして翌日。
俺は朝の鍛錬をこなしていたのだが、真耶さんがいつも来る時間になってもこない。
それが気になり、正宗に聞く。
「正宗、真耶さんはまだ来ないのか?」
『この辺一帯に奥方の反応は無し。確かにいつもならばとっくに来ている時間だ』
そう正宗は淡々と答えた。
それが何だか心配になり、正宗に提案を出す。
「正宗、少し真耶さんの様子を見てきて良いか?」
『別に良い。それに奥方が見えないと、御堂はそれが気になって鍛錬に力が入らぬだろう。少し見てきた方が良い』
「ああ、ありがとう。すまんが行ってくる。鍛錬は放課後にもっとやることで遅れを取り戻そう」
『諒解』
正宗にそう断りを入れ、俺はタオルで汗を拭き取ると真耶さんの部屋に行くことにした。
そしてさっそく寮の真耶さんの部屋に来た。
「真耶さん、起きてますか?」
軽くノックをしながら声をかけるが、反応がない。
そのことに何故か嫌な予感を感じ、試しにドアノブを回してみると……
「開いてる?」
鍵が開いていた。
それが不吉な感じに感じ、急いで扉を開ける。
すると……
「ま、真耶さん!?」
「はぁ…はぁ…」
扉を開けた先では、真耶さんがうつぶせに倒れていた。
それを見た瞬間、背筋が凍り付くかと思った。
すぐ真耶さんの元まで駆けつけ、声をかける。
「大丈夫ですか、真耶さん!!」
「はぁ、はぁ…旦那様? すみません……」
真耶さんは俺の姿を見て、苦しそうにそう答えた。
急いで体を持ち上げると、思いの他熱かった。
明らかに普通より高い体温に驚いてしまう。
(熱を出してる!? もしかして何かの病気か!? 急いで救急車を呼ばないと!!)
まさかの自体に混乱してしまう俺。
取りあえず救急車を呼ぼうと携帯を手に取ったところで……
「朝っぱらからやかましいぞ! 一体何事だ!」
いつの間に来たのか、千冬姉が俺の背後に立っていた。
こうして、朝に一悶着があった。
「37度7分だ。軽い風邪だな」
「すみません……けほけほ…」
あの後、慌てる俺を一喝して落ち着けた千冬姉は真耶さんをベットに運ぶよう俺に指示を出した。
それを聞いて、すぐに俺は真耶さんを持ち上げる。
その軽さに凄く驚きながらも何とかベットに寝かしつける。
そして千冬姉が真耶さんのことを調べ診断する。
その間、俺は気が気では無かった。
結果……ただの風邪。
それなのに慌てる俺は、千冬姉に叱られてしまった。
「どうしてたかが風邪でそこまで慌てているんだ、一夏。お前らしくもない」
「いや、その…すまん。ここ最近はそんな病にかかったことがなかったのでな」
武者になってから病とは無縁な生活を送っていたため、まったく気が回らなかったのだ。
まぁ、恋人がいきなり倒れていたら誰だって動転するだろう。
しかし、そのことで冷静に判断出来なくなってしまっていたのは、真剣に反省せねばならない。
まったくもって情けない。
そのことを反省し己に刻み込んだ後、千冬姉は俺を連れて部屋を出る。
「今日、お前は学園を休め」
出て早々そう言われた。
「何で!?」
「その様子じゃろくに授業に身が入らないだろ」
「ぐはっ!?」
「それにな……確かにさっき軽い風邪とは言ったが、看病する人間がいた方がいいだろう」
千冬姉が言うことももっともだが、それを教師が言うのはどうなのだろうか?
「確かにそうだが……流石に休んでは駄目なのでは?」
「普通ならそうだが、今日の授業は実技が大体だ。こう言ってはなんだが、ISの実技にお前が参加する理由があるか?」
「それはそうだが、言ってはいけない気がする」
そう言いながらも、千冬姉はニヤニヤしていた。
何やら恥ずかしいことを言われそうな気がする。
「つべこべ言わず、真耶の部屋に戻れ。嫁の看病をするのも夫の勤めだぞ。学園からは私から休むと伝えておいてやる。様子を見にマドカを向かわせるから安心しろ……何、その間この寮内で殆ど二人っきりだ。負担が掛からないなら好きなようにしていいぞ」
「な、な、な、何言ってるんだ、千冬姉!!」
『そういうこと』を想像してしまい、顔が真っ赤に火照る。
それを見透かしてか、千冬姉は「あっはっはぁ」と笑っていた。
「そうして見れば普通の子供なんだがな。武者として振る舞うのも結構だが、たまには年相応の反応も見せろよ。その方が真耶も喜ぶぞ」
そう俺に告げながら愉快そうにこの場を去って行った。
きっと日頃構ってなかったからからかわれたのだと思う。
俺はそれを恥ずかしがりながら、真耶さんの部屋へと戻った。