合当理を全開で噴かし、鈴川の実家である神社に向かっている最中、俺は気が気では無かった。
これが単なる犯人の捕縛だと言うのなら、そこまで気にはならなかっただろう。
だが、よりによって真耶さんが標的にされているとあっては、落ち着けるはずもない。
「織斑君、落ち着いて……とは言えんな」
「んな声かけるくらいなら、その喋る分の熱量も合当理にまわせ! 急ぐぞ、こらぁ!」
真田さんと伊達さんから、俺を気遣ってそんな声をかけられる。それが余計に申し訳なく感じ、俺は無言で応えようと合当理に意識を集中させ、更に噴かす。
俺の意思に応えるように、騎行する速度が更に上がっていった。
そしてやっと神社の上空付近にま近づいた所で、俺が目にしたのは……
必死に逃げようと駈ける真耶さんと、それを追いかけようとする黄土色の武者だった。
武者は刀を振りかぶり、明らかに真耶さんを殺す気でいる。
それを見た瞬間、俺は自分の中で何か弾けるのを感じた。
伊達さんと真田さんが真耶さんを見て俺に何かを言おうとしたが、既に俺は動いていた。
「助けて! 旦那様ぁあああああああああああああああああああ!!」
「おぉおおおおおおおおおお! 『吉野御流合戦礼法、飛蝙!!』」
即座に小太刀に手をかけ、神速の居合いを抜きは放った。
放った小太刀は一瞬にして真耶さんの所まで飛んで行き、そのまますぐ隣を通過。真耶さんを後ろから襲おうとしていた黄土色の武者の腹に突き刺さった。
「前よりも技の制度が上がっているな。射程距離も威力も上がっていたぞ」
「おいおい、この距離で当てんのかよ! たまらねぇなぁ」
真田さんと伊達さんからそんな感想が漏れるが気にしない。
技の威力によって黄土色の武者はかなり後ろまで吹っ飛び、激痛から叫びを上げていた。
俺はそれを気にせずそのまま急いで真耶さんの所に行くと、装甲を解除して力の限り抱きしめる。
柔らかい感触と暖かな体温に無事であることが分かる。それが分かっても、俺は優しくぎゅっと抱きしめるのであった。
「よかった……本当に無事で……よかった」
正直安心のあまりに泣きそうになる。
俺の腕の中で真耶さんは安心したのか、泣き出してしまった。
「だ、旦那様ぁ……怖かった……怖かったですよ……」
「もう大丈夫ですからね」
まるで子供のように泣きじゃくる真耶さんを、俺は優しくあやす。
落ち着けるように、安心出来るように優しく頭を撫でていく。
俺自身も、これで心が少し落ち着いた。
心が落ち着き始めれば、今度はその元凶となった者への怒りが噴き出してくる。
俺の恋人を殺そうと襲い掛かったのだ! 絶対………許せるわけがない。
未だに腹に小太刀を突き刺したまま、痛みに叫び転がり廻っている黄土色の武者に向かって俺は叫ぶ。現場を押さえた以上、既にこの武者が犯人であることは決定である。言い逃れなど出来ない。
どちらにしろ、真耶さんに手をかけようとしたのだ。それだけで断罪するには充分だ。
「この外道! 人の恋人を襲っておいて痛いと喚くか。貴様が手がけた他の者はそれ以上に痛みを感じ死んでいったのだぞ。その程度で済むと思うなっ!!」
既に沸点を突破した怒りによって、俺は犯人……鈴川 令法を殺すつもりで睨み付ける。
鈴川は何とか起き上がり、腹に刺さった小太刀をくぐもった声を上げながら引き抜き、その場で適当に投げ捨てる。
「きっさまぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
まるで手負いの獅子の如く、血走った目で殺気を全開に出し俺を睨み咆吼を上げる。
その叫びに腕の中の真耶さんが身を竦ませる。
怖がらせないように優しく抱きしめ返すと、後ろに行くように言う。
「後ろに下がって下さい。後は……俺が何とかしますから」
「は、はい!」
真耶さんに笑顔でそう言うと、真耶さんはすぐに頷いき俺の後ろへと移動した。その瞳には信頼が込められている。
信頼してもらっていることに心の底から喜びつつ、俺は鈴川と相対する。
真耶さんは無事、真田さん達の所についた。
「あ~あ、こりゃ犯人が可哀想だぜ」
「まったくだ」
二人がそう言うと、真耶さんは首を傾げていた。
それを見て、苦笑を浮かべる二人。劒冑越しなので表情は見えないが、苦笑していることが分かった。
「奴さん、お前さんに手ぇだそうとしただろ? その現場を見ちまったんだ。織斑の野郎、激怒じゃすまねぇくらいキレちまってる」
「今回の任務、犯人の捕縛なのだが……寧ろ織斑君が犯人を斬り殺さないよう押さえる方が苦労しそうだ」
何だか二人が真耶さんに言っているようだが、此方はそれを気にしている余裕はない。
俺は二人のやり取りに少しだけ心を落ち着けて、鈴川に告げる。もし二人のやり取りを聞いてなかったら、即座に切り捨てていたかもしれない。
「貴様には誘拐……いや、」
そう言いながら神社の奥にある水槽に目が行った。そこにある四つの『人型』。
それを見て言い直す。
「四件の殺人容疑がかけられている。大人しく装甲を解除して縛につけ」
そう告げるが、鈴川はまったく聞く耳を持たず逆上して俺に叫ぶ。
「何故邪魔をする! 彼女はとても美しい。容姿も、その精神も! ならば保存しなくてはならない! それは俺の責務だ! 美しい物を守ろうとすることの何が悪い」
そう答えられて、俺は沸き上がる怒りを叩き付けるように叫び返す。
「個人の自由は結構だが、人の命に手をかけておいて何が『守る』だ! そのような言い訳に綺麗な言葉を使うな、痴れ者め! 貴様がどのような世迷い言を垂れ流そうと、どれだけ正論ぶろうとしようとも、命に手をかけた罪が消えることは絶対に無い!」
「喩えそう罵られようとも、俺は美しい物を守らなければならないんだぁあああああああああああああああああああああ!!」
鈴川はそう叫ぶと同時に、俺に向かって合当理を噴かし突進しようとしていた。
「喩え知られた所で、殺してしまえば問題はない! 俺には劒冑があるんだからなぁああああああああああ!!」
先程自分の腹に何が刺さったのか、錯乱しているのか忘れているようだ。
俺は内心で呆れながら鈴川に言った。
「この愚か者が! 先程自分の腹に何が刺さっていたのか……それすら忘れたか? ならば思い出させてやろう! 正宗、装甲する!」
『諒解ッ!!』
俺の呼びかけに応じて正宗が俺の前に飛び出し、俺は装甲する。
一瞬にして藍色の武者となった俺を見て、鈴川の声音が変わり明らかに恐怖した声となった。
「なっ!? 何で劒冑がここに!?」
「貴様は今の世に明らかな害にしかならない。それを国が判断したからこそ、こうして俺はここに来た。大人しく観念せよ!」
俺の言葉を聞いて動揺する鈴川。
しかし、もう後には引けないと判断したのか、更に加速して突っ込んで来る。
「それでも俺はぁああああああああああああああああああ!」
その往生際の悪さに辟易しつつ、俺は正宗に問う。
「正宗、あの劒冑は?」
『うむ! アレなるは井上和泉守国貞。和泉守国貞の名でも通じ、この正宗の名を名乗ることも出来る名甲で、大坂正宗とも称される。まったくもって残念なことよ。せっかくの名甲同士の戦いに、仕手があれではな』
正宗から聞いたとおり、劒冑は凄く良い名甲だ。それは人目見ただけで俺でも分かる。
だが、正宗が残念がっているように、その仕手があまりにもお粗末だ。
この場で見ていても分かるくらい安定していない姿勢。重心のバランスの悪さ。
明らかに剣術の修練を積んでいないものである。
それが……俺としても酷く残念で……同時に凄く悲しく……苛立たしい。
そんな名甲を纏った武者と死合いがしたかった。だが、目の前にいる者は武者ですらない愚か者。
そんな素晴らしい名甲を纏っているのが、そんな男だということが苛立たしい。
そんな男に使われてしまっている名甲が可哀想に感じる。
だからこそ、すぐに終わらせよう。
こんなものは、見ていて見苦しいから。
「ああぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」
鈴川が片手上段から左下にかけて強引に袈裟斬りを放つ。
「ふんっ!」
俺は斬馬刀を抜き、それを受け止めるのだが……
(なんて……なんて力の無い太刀だ……)
そう感じた。一般人からすれば強すぎるであろう力は、劒冑を纏った武者にとっては非力にしか感じられない。
クリスマスの時に戦った武者でない者達でも、彼等は元から戦闘員だ。戦うこと自体に問題はなかった。だが、この男はそれすら違う。戦いとは縁の全くない非力さ。それが全面に出ていた。
故に、甘すぎる。
「この程度で劒冑を駆るというか! この愚か者がぁっ!!」
そのまま叫びながら横一閃に斬馬刀を振るう。
力の差に鈴川の体が横に吹っ飛んだ。
「貴様のような異常者が本物の武者にかなうわけがなかろう! 大方劒冑さえあればISでも叶わないと高を括っていたのだろう。このたわけめ! 自らを鍛えぬ力なぞ、所詮はその程度! これ以上は無駄だ! 抵抗を止め、大人しく捕まれ!! 出なければ……今度は本気で貴様を斬る!!!!」
殺気を全開に込め、威圧するかのように鈴川に叫ぶと、鈴川から怯えた気配を感じた。
「ち、力が全然違う!? これが本物……ひぃ、ひぃいいいいいいいいいいいい!」
恐怖のあまり錯乱したのか、鈴川は俺に襲い掛かってきた。
構えも型も何も無い。ただがむしゃらに刀を振るう。
だが、そんなものが武者に通用する訳が無い。
「そのような太刀が通るか! 『吉野御流合戦礼法、逆髪っ!』」
俺はその汚い斬線を描く太刀を全て弾き、そのまま体を捻って後ろ回し蹴りを放ち、鈴川を神社の社務所の方まで蹴り飛ばした。
「げはっ! げほっ、げほっ…」
蹴られた鈴川は倒れながら盛大に咳き込む。
蹴られた部分の装甲はひび割れていた。
「存外に硬いな。蹴り砕こうと思っていたのだが……仕手は残念だが、流石は名甲と言うべきか」
素直に感心しつつ、俺は鈴川の方に歩いて行く。
咳きが収まりつつあった鈴川は、俺の姿を確認して恐怖から上擦った声を上げながら後ろに引いていた。
「ひぃ、ひぃいいいいいいい! こ、この化け物が!」
「貴様のような、己の欲に溺れ人の命に手をかける者の方が余程醜いわ!」
俺の一喝にさらに恐怖で震え上がる鈴川。
それが劒冑からでも分かり、その震え上がる姿に苛立ちを隠し得ない。
劒冑を纏った者が、恐怖で震えながら後ろに後ずさる。
それは……あまりにも醜い。武者に絶対にあってはならない姿だ。
「だ、だけどこっちには陰義だってあるんだ! いけぇえええええええええええ!」
恐怖に戦きつつも己の陰義を作動させる鈴川。
呪句を言い終えると、神社の清めの水場の水が渦巻いて此方に襲いかかって来た。
真改の陰義は液体操作らしい。
だが……信念も何もない者の技など、怖くない。
「この程度で勝てると思ったのか、この痴れ者がぁああああああああああああああああ! 正宗、『朧・焦屍剣』!!」
『応!』
そう叫ぶと同時に、両手から焼け付く激痛が襲い掛かる。
それを堪え、俺は刃が灼熱に赤くなるのを感じた。
そしてなったところで襲い掛かる水を全て斬り伏せた。
「なっ!?」
その光景に鈴川の顔が凍り付く。
振った刀の威力、それと発する高温によって襲い掛かってきた水は蒸発四散した。
この程度で……こんな腕で殺された人達があまりにも可哀想だ。
だからこそ……もう終わらせよう。
俺は斬馬刀を構え、鈴川に向かって突進する。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その裂帛の咆吼に、鈴川の体が硬直する。
「あ、山田さん、こっから先はあまり見て良い物じゃ無いよ。後ろを向いたほうがいいよ。伊達、それとすぐに織斑君を止めてこい。このままじゃあ流石に不味いからな」
「あいよ!」
後ろでそんな会話が聞こえた。まったくもって、その心遣いが有り難い。
「これで終わりだ! 斬られた分だけ、貴様の罪を感じろ!」
そのまま逃げようとする鈴川の前に立ちはだかり、斬馬刀を振るい続ける。
「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
合計振った回数は四回。
一太刀目で右腕を肩まで一気に切り捨て、返す刀で左足を根元ごと切断。その後の三撃目で左腕を右腕同様に切り落とし、四撃目で右足も根元まで切り捨てる。
『朧・焦屍剣』により、甲鉄は見事に焼き斬られ、中の肉体は焼かれる。
その激痛に鈴川は絶叫を上げ、気絶した。
そして装甲が解除される。
「貴殿とは、もっとちゃんとした場で戦いたかった。ちゃんとした仕手と一緒で。それが残念で仕方ない」
『そう言ってもらえることが有り難い……介錯を頼み申す』
真改にそう伝えると、真改は丁寧にそう返した。
やはり仕手がアレだが名甲だ。この劒冑の最後の願いを聞き届けようと思う。
「正宗……飛蛾鉄砲を使う。準備しろ」
『諒解』
そして左手に走る激痛。俺はそれを無言で堪え、腕を真改に向ける。
せり出した砲身から、少し遅い速度の砲弾が発射され真改へと向かう。
そして大爆発が起き、真改は跡形もなく消し飛んだ。
「織斑、これで終わりだ」
そう伊達さんに声をかけられ、俺は戦闘態勢を解除した。
こうして、この事件の犯人である鈴川 令法は逮捕された。