いきなり始まったはねつき大会。
その賞品に……よりにもよって、俺の一番大切な真耶さんのキスが賭けられるとは……
俺は誰にもそれを渡す訳にはいかない! 真耶さんは俺の恋人なのだから。
独占欲が強いって? そう言われても構わない。真耶さんは俺の大切な人なのだから!
絶対に渡さん!!
故にこのはねつき大会、絶対に優勝する!
俺はさっそく一回戦目を瞬殺し、二回、三回と戦っていく。
「ひぃっ!?」
「ぎゃぁっ!?」
「ば、化け物ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
戦った相手は皆口々にそう叫ぶ。
皆その顔には怯えが貼り着いていた。まったく……化け物呼ばわりとは失礼ではないだろうか。
俺はただ、自分の恋人を守ろうとしているだけだ。
「がぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
俺の気迫の籠もった咆吼が庭園に響き渡り、相手選手の悲鳴が木霊する。
相手は俺の打った羽根を打てないと判断したのかしゃがみ込んでしまい、羽は選手の近くにあった池へとたたき込まれた。
瞬間、盛大な水柱が起った。
そして庭園には池の水が雨のように降ってきた。
「茶々丸、あなた後で酷い目に遭うんじゃないの? あそこまで怒った一夏は初めて見るわよ」
「あてもこれはヤバイかな~って思い始めてる。イッチー、前よりかなり腕上げてない? あての屋敷の庭園、もうボロボロなんだけど」
何だか村正さんと茶々丸さんの会話が聞こえたが、気にしている場合ではない。
目指すは優勝のみ。それ以外に今は考えない。
そのまま勝ち進んでいき、準決勝になった。
あれだけ多くいた選手達もあと四人。
まぁ、大半は俺との死合いを怖がって棄権したのだが………
あと戦うのは二回。俺の殺気は全開になっていた。
「織斑、随分と張り切っているな」
「ええ、獅子吼様。この戦い、負ける訳にはいかないですから」
俺の様子を見て、獅子吼様が話しかけてきた。
その顔は武者の死合いをする顔になっていた。どうやら雰囲気に当てられたらしい。
とても……凄い顔をしていた。
「此度の茶番、呆れ返っていたのだが……貴様の殺る気が見れたので、そこまで悪くは無い」
「褒めているのか貶しておられるのか」
「これでも褒めているつもりだ。どうだ、この茶番が終わったら……死合わないか?」
「すみません。以前行った任務の負傷が癒えていないので、死合いまでは出来そうないです」
「そうか。残念だが致し方あるまい」
そう言って獅子吼様は離れていった。
俺への声援のような感じがして嬉しく思う。
今度何かお礼を言わなければ。
俺はその声援を受けて、次の死合いに望むことにした。
実は……少しめまいがする。まだ毒が残っているので、下手に激しい運動が出来ないのだ。
そのための短期決戦。あまり時間はかけられない。時間がかかれば、それだけ此方の不利になる。
故に更に気を引き締め、次の対戦をすべく前に出ると……
「おやおや、これは織斑殿と当たるとは……ついているのやらいないのやら」
愉快そうに笑いながら俺と相対したのは童心様だった。
極度の戦闘状態のため、全く動揺はしない。だが、聞かずにはいられなかった。
「何故……童心様が出ているのですか。この催しに参加するようなことはないと思うのですが」
「何、面白そうと思ったからよ」
「面白い?」
「うむ、別に賞金には興味が無いのだが、賞品に釣れられた者共をただ思慕の念一つで倒していく御主を間近で見るのは面白そうと思ったのでな」
そう言い笑う童心様は、実にさわやかな笑顔をしていた。
だが、その笑顔の裏には明らかなまでにこの状況を楽しんでいる悪趣味が見て取れた。
「そうですか。ですが……こちらは童心様が相手でも容赦はしませんよ」
「それで良い! そうでなければならない、今の御主はのう」
会話をそれで打ち切り、お互い少し離れる、
そして試合開始のホイッスルが鳴る。
「では行きます! しゃぁあああああああああああああああああああああああ!!」
気合いを入れて思いっきり羽子板で羽根を叩き飛ばす。
それはとてつもない速度で童心様の方へと飛んで行った。
「やはり速いのう……とりゃ!」
カァッッッッッッッン!!
童心様は俺が打った羽根に反応して打ち返してきた。
まさか打ち返してくるとは……と思い咄嗟に打ち返す。
「ぐぅっっ!?」
羽子板が羽根を捉えた瞬間、とてつもない重さが手に襲い掛かる。
(何だ、この重さは!? とても羽根の重さとは思えん! まるで鉄球を打ち返したみたいな感触だ)
その威力に驚きつつも、俺は打ち返す。
「せいっ!」
「せりゃ!」
「かぁっ!」
「とうりゃ!」
その後もこのラリーは続いていく。
羽子板から鳴る音と、俺達の気迫の籠もった声だけが庭園になり響いていた。
観客は俺と童心様の試合をただ、見つめているだけであった。
俺はそんな中、内心で焦っていた。先程から体の姿勢が安定しない。
めまいが段々と酷くなっていき、視界が歪んでいく。毒がまた回り始めてきているのだ。
「どうしたどうした、織斑殿! その程度ではそれがしには勝てぬぞ。それでは御主の恋人の貞操は守れぬのう」
童心様がニヤニヤと笑いながら打ち返してきた。
何だか苛立ってくる。
「あの娘、まだ乙女であろう。あの乙女の柔らかい唇は大層柔らかいのだろうよ。それを思うさま貪るのは何とまぁ、快感なことか」
そう言いながら……凄い悪どい笑顔を浮かべてきた。
イヤらしく、それでいてふてぶてしい。そういう笑顔だ。
「せっかくだから、大人の手管を見せて魅了させるのも面白そうだのう」
その言葉を聞いた瞬間……キレた。
「童心様ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「おおぉ、何という怒りよ! 御主、まさかこの程度のことで激怒するとはのう。御主は六波羅古河公方、遊佐童心をこの程度のことで怒ると……そう申すのか」
その挑発に答えられないくらい、頭に血が昇る。
「あぁ~、入道様ったら、また悪い癖を出して~。ついつい気に入ってる人を茶化すのが好きなんだから。確かこの間机の上に『寝取りについて』なんて本が置いてあったから、そのせいかも~」
「ああ、だからあんな挑発の仕方なのか」
「あまり美しくないわね~」
外野が何かを言ってるが、それも気にならない。
今まさに考えてることは一つのみ。
『この男は絶対に倒さなければならない』
自分達がやっているのがはねつきだということも、今は忘れかけている。
俺は童心様を殺す気で、羽子板を腰に構えた。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そのまま咆吼を上げ、鞘から放つ居合いの刀の如く、羽子板を振り抜いた。
『吉野御流合戦礼法、迅雷ッ!!』
神速の居合いによって打たれた羽根は、視認不可能な速度まで達する。
そして羽根は……
「ごはぁっっっっっ!!」
童心様の体を庭園の壁にまで叩き付けた。
崩れ落ちる壁。それに背中からめり込む童心様。
その光景を見た観客は皆目を剝いていた。
「あらあら、やられてやんの。まぁ、あまりイッチーをいじくるからそうなるんだよ」
「ほぉ、まさかはねつきで童心様をあそこまで吹っ飛ばすとはな」
茶々丸さんと獅子吼様がそんな風に話していた。
それが耳に入ってやっと正気を取り戻す。
「て……あっ、しまった!? 大丈夫ですか、童心様」
慌てて童心様の所に向かうと、童心様は崩れた壁に横たわりながら笑っていた。
「いやはや、本気の御主を見てみたいと思ってのう。怒らせてみたが、まさかここまでとは……行く末が楽しみだのう」
「……悪趣味ですよ、わざと怒らせるとは」
「何、何事もすべからく楽しむのが婆娑羅者よ」
童心様は笑顔でそう言うと、担架に運ばれていった。
「どうせ彼奴も武者なんだから、ほっときゃ治んだろ」
「まぁ、そう言うな。あれでもお歳なのだからな」
「中々喰えないお人だからねぇ」
他の公方の方々が呆れ返りながら童心様を見送っていた。
俺は平常心を取り戻すと同時に体がふらつくのを思い出した。
(不味いな………あと一試合できるかどうか……)
そう思いながら俺は壁にもたれ掛かる。
「だ、大丈夫ですか、旦那様!?」
真耶さんが俺を心配して駆け寄ってくる。
その顔はかなり深刻な顔をしていた。
「大丈夫ですよ、真耶さん」
「だって、顔が真っ青ですよ! まだ体が治ってないんですから」
少し怒った様子で真耶さんはそう言うと、俺の体を無理矢理屋敷内へと引っ張った。
「すみません、少し一夏君の体調が悪いので休ませます! いいですよね!!」
審判や茶々丸さん達に聞こえるよう、いつもはまず出さないような程の大きな声でそう言うと、了承も聞かずに屋敷の一室へと入っていった。
その場にいた人達は、その雰囲気に飲まれて何も言えなくなっていた。
そして俺は一室に連れ込まれると……
「これで少しでも休めればいいんですけど……じっとして下さいね。旦那様」
俺を動かさないように強い語気でそう言い、真耶さんは自分の膝に俺の頭を載せた。
所謂膝枕である。
その柔らかくすべすべとした感触に顔が熱くなってきた。
「ま、真耶さん?」
「ほら、じっとして下さい。顔色、旦那様が思っている以上に悪いんですから。少しでもいいから休んで下さい」
そう優しい笑みで覗き込まれながら言われ、俺は休む以外の選択肢が無いことを悟った。
「それでは…お言葉に甘えさせてもらいますね」
「はい!」
そのまま俺は真耶さんの膝で休むことにした。
温かくて気持ち良い。
少し寝てしまいそうになったが、それは我慢。眠気を堪えつつ真耶さんを見上げると、真耶さんは穏やかな慈愛に満ちた笑顔をしていた。
その笑顔に心を癒されながら、俺は十分ほど休んだ。