あまりの衝撃の事態に固まってしまう俺。
真耶さんは慌てふためいていた。そんな様子も可愛いが、今はそれどころではない。
大広間では賞金の多さと、真耶さんから贈られるキスに皆興奮して盛り上がっていた。
そのまま茶々丸さんは部下に命令して大量の羽子板と羽根を持ってこさせていた。どうやら初めからはねつき大会はする気だったようだ。
俺は茶々丸さんの所へと歩いて行く。きっとその形相は阿修羅すら凌駕しているだろう。
「茶々丸さん……これはどういうことですか……」
「まぁまぁイッチー、落ち着き…」
明るい感じにそう言う茶々丸さんの顔を無言で掴み、全力で力を込める。
油断も容赦も躊躇も一切無し。渾身の力でもって顔を掴む。きっと今なら劔冑の甲鉄だって握り潰せるだろう。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!? ちょっ、ちょぉおおおお!! イッチー、マジ痛いっ!! 顔が割れちゃう、あての顔が割れちゃううううううううううううううう」
大広間に響き渡る茶々丸さんの悲鳴。
だが、広間はこれから始まるはねつき大会の熱気によって、それは皆の耳には入らない。
俺は気にせず、淡々とした声で茶々丸さんにもう一回聞く。勿論顔を掴んだまま。
「これは…どういうことですか?」
怒りが飽和して何の感情も感じられない声でそう聞くと、茶々丸さんの顔が青くなってきた気がする。勿論力は緩めない。溢れ出した殺気は死合いと変わらない密度になっていた。
「いやいや、まずは顔から手を放してくんなっ…すみません、調子こきました! だってあての前でイチャつくんだもん、お前等。羨ましいんだよ、うわぁああああああああああああああん!」
白状する茶々丸さんから手を放す俺。
その様子を見て呆れ返る村正さんと獅子吼様。
「何大人げないことをやってるのよ、あなた。子共じゃないんだから」
「下らぬ事をしおって。そんな下らぬことに金をかけるのならちゃんと仕事をしろ、馬鹿者め」
白い目を向けられ、涙目になる茶々丸さん。今回は擁護する気の欠片も起きない。
「あ~ん、みんながあてをいじめるよ~、お兄さ~ん」
そのまま師匠に抱きつく茶々丸さん。師匠はどうしたらよいのかと困っているようだ。
「あっ!? 何御堂に抱きついてるのよ、離れなさい!」
「うっせえ!! 傷心したあての心を癒やせるのはお兄さんだけだ! 邪魔すんな、クソ蜘蛛」
「何ですって~~~!!」
そして始まる師匠争奪戦。だが、今回は止める気も起きない。
今の俺にはそんな余裕は無かった。
真耶さんの唇が……俺の恋人の! 俺のお嫁さんの唇が賭かっているのだ!!
平常でいられるわけが無い。すぐにでも賞品を変えたいところだが、皆その場にいる人達はやる気満々であり今更賞品を変更出来ない。
最早これを阻む方法は一つしかないのだ。
俺はこの大会に参加することにした。
俺も羽子板を受け取り、外に出てさっそく相手と戦うことになった。
対戦相手は六波羅の会社員である。二十代後半でやる気に満ちており、真耶さんを見つめる視線が少しイヤらしかった。
「だ、旦那様………」
真耶さんが不安そうに此方を見つめる。
俺は安心させるために笑顔を向けて真耶さんに答えた。
「大丈夫ですよ、真耶さん。『絶対』勝ちますから。真耶さんの唇は俺だけのものなんですから…ね」
「だ、旦那様ぁ」
頬を赤く染め、恥じらう真耶さん。
どうやら不安はぬぐえたようで安心した。その可愛い姿を見て、もっと決意を固める。
絶対に負けない!!
その雰囲気が対戦相手に伝わったのか、相手の顔が青くなっていた。
そのまま羽子板を相手に突き付けて言う。
「貴殿に恨みはないが、この『死合い』、絶対に負けられぬ。故に……お覚悟を」
はねつき大会であるはずなのに、その身に纏う雰囲気は武者のもの。
口調もすっかり変わり、戦闘態勢へと移行する。体から溢れ出るは濃厚な殺気。
ここにいる俺は、さっきまでの『織斑 一夏』ではない。『正宗を使う武者、織斑 一夏』だ。
はねつき如きに大人げないだと? 冗談ではない! これでも足りないくらいだ。
俺はもう、死合いする気で立っていた。
「ほぉ、良い殺気だ。前よりさらに腕を上げたようだ」
「あらあら、中々じゃない」
獅子吼様と雷蝶様が俺の殺気を感じて感心した声を上げる。
それが耳に入るが気にはならない。俺はひたすらに目の前にいる敵(対戦相手)を見据える。
「ひ、ひぃっ」
相手は恐怖から腰が引けていた。
そのように腰が引けていては、勝てるわけもない。俺は即座に終わらせることにした。
この大会の勝敗決定は羽根を落とした方の負けである。一球勝負であり、後は無い。
故に真剣勝負。
俺の殺気は一気に膨れ上がった。
そして鳴り響く試合開始のホイッスル。
「い、いくぞおおおおおおおお!!」
相手が俺に向かって羽根を打ち込む。
羽根は山なりに軌跡を描き此方に飛んでくる。
俺は羽子板を腰だめに構え……居合いの要領で抜き放った。
「しゃあああああああああああああああああああああああああ!!」
カァッン……
そんな木が堅い何かにぶつかる音が響いた。
しかし、羽根は何処にも見えない。
確かに打った音はした。なのに羽根が無い。落としたのかと審判が俺の足下辺りを目で探してみるが見つからない。
俺はそれを見ながらニヤリと笑う。
すると………対戦相手の後ろにあった石で出来た灯籠が、
派手な音を立てて砕け散った!?
がらがらと崩れ落ちる灯籠。
その音を聞いて周りの選手達は何事かと注目する。
対戦相手は後ろを振り向いて絶句した。
何故なら……その崩れた灯籠の後ろにある壁に……羽根がめり込んでいたからだ。
皆それを理解し、あまりの速度と破壊力に絶句する。
「審判……判定は」
俺が静かに審判にそう聞くと、審判は壁にめり込んだ羽根から視線を剥がし慌てて結果を告げた。
「勝者、織斑 一夏!!」
俺はその声を聞くと同時に、相手に背を向け歩き出した。
これでまず一歩。
真耶さんの貞操(クチビル)は俺が守る。