師匠に報告をした後、また師匠の周りが騒がしくなっていた。
それを見て苦笑する真耶さん。
「何だか少し前の旦那様と私みたいです」
「? どういうことですか」
俺は不思議そうに首を傾げながら真耶さんにそう聞くと、真耶さんは少し懐かしそうに思い出しながら微笑みかける。
「少し前の旦那様は今の湊斗さんと一緒だったんですよ。篠ノ之さん達に言い寄られて、そのたびに旦那様はまったく気付いてなくて。そのたびに私はハラハラして大変だったんですよ」
「え!?」
「あっ、その様子だと気付いてなかったんですね。駄目ですよ、旦那様。ちゃんと女の子の気持ちを理解しないと」
そう言われてやっと気づき……少し自己嫌悪する。
まさか箒達が…その…俺に好意を抱いていたなんて……申し訳無い気持ちで一杯になる。
だが……それでも……やはりその好意は受け取れない。俺は真耶さんのことが大好きで愛しているのだから。これは絶対に譲れない。
そんな俺の顔を見て、真耶さんは俺の手を優しく包む。
「旦那様が考えていることは分かりますよ。旦那様は真面目ですから、皆の気持ちが分かって申し訳無く思ってるんですよね。でもそれは……仕方ないことですから。こればかりはどうしようも無いです」
真面目に、それでも優しく真耶さんがそう言う。
それが何だか心に染みた。そう…いくら好意を向けられても、それにすべて応えることが出来ない。
世の中にはすべて応えられる人もいるそうだが、俺にはそれが不誠実に思えるのだ。
「そ、それに……私としては、私だけ見てもらいたいですから……」
顔を真っ赤にしながらも、上目使いに俺を覗き込みながらそう言う真耶さん。
それがまた可愛くて、俺は見つめてしまう。
「真耶さん……」
「旦那様ぁ……」
流石にキスが出来ないことをもどかしく感じたが、その分見つめ合うのも悪い感じではない。
真耶さんの視線を独り占めしているような気がして、少しだけ優越感を感じる。それが何だか嬉しい。
そのまま師匠達が騒いでいるのも気にせず、真耶さんと見つめ合っていると……
「えぇ~~~~~い、騒がしいわぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」
そんな大きな声と共に壁が吹っ飛ばされ瓦礫が飛んできた。
「キャッ!?」
真耶さんが驚き小さく悲鳴を上げてしまう。
無論当たらないようすべて打ち落とした。
吹き飛ばされた壁の後には、師範代が仁王立ちしていた。
「貴様等がうるさいせいで正月の特別放送アニメの『メ〇ャー』が見辛いではないか! それと景明はオレのだ。そこのところは喩え神であろうと変えることは絶対に出来ない確実な事実だ。故に貴様等はくだらない無駄な騒動はやめろ!」
堂々としながらそう言う師範代。
そのいつもと変わらない様子に俺は呆れ返る。
「師範代……いつも言っておりますが、壁を破壊しながら来るのは止めて下さい」
「む、一夏ではないか! あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます、師範代。まったく反省の色は無いですね」
「うむ、過ぎたことは気にしない性質だ」
反省しない師範代に呆れ返りつつ、俺は真耶さんの方を向く。
「怪我はありませんか」
「は、はい。これって大丈夫なんですか?」
真耶さんは壊された壁を見ながら聞いてきた。
誰だってそう言うだろう、普通なら。
「ええ、大丈夫ですよ。いつものことですから」
俺は笑いながらそう答えると、真耶さんは少しだけ頬を引きつけていた。
俺もここに来たときはあんな感じなのを思い出した。そう、これが普通の反応だ。今では平然としていられるということは、俺も毒されているのだろうなぁ~、などと思った。
「あ、あけましておめでとうございます!」
真耶さんは勇気を出して師範代の挨拶をする。まぁ、いきなり壁を破壊して入って来た人物が怖くないわけないか。
「む、貴様は……確かIS学園にいた教師だったな。うむ、あけましておめでとう」
年上だと知っているのにまったく敬語を使わない師範代。これもいつも通りなので気にならない。
真耶さんは挨拶を返してもらえたことにほっとしたようだ。
俺は二人を見つつ、壊された壁の方に目を向ける。
「師範代がこういう風になるのは目に見えているのですから、どうにか止められなかったのですか……御母堂」
「冑にあの御堂が止められると思うているのか?」
「まぁ…聞くだけ無駄ですよね」
そこに後から入って来た御母堂にそう聞くが、言うだけ無駄だと返されてしまう。
それだけ今まで同じ事を言い続けていたのだから……
「まぁ、師範代はいつも通りですから気にしても仕方ないですね。あけましておめでとうございます」
「そうだな、あけましておめでとう。それと婚約の件もめでたいことだ。冑は祝福するぞ」
「聞いておられたのですか」
「うむ。あの程度、劔冑ならば当然聞こえることよ。婿殿も早く籍を入れれば良いものを」
そんな感じに御母堂と話し、溜息を吐く。
この湊斗家において、マシな人物? と言えばこの人しかいないだろう。
その後はまた俺が一喝し、皆を静かにさせるとお昼として持ってきたおせちを出した。
その際、綾弥さんが味比べと言って自分が持ってきたおせちを俺に渡してきた。
俺のおせちを食べた綾弥さんは……へこんでいた。
それを見て苦笑する真耶さん。師匠や師範代は美味いと言って喜んでいた。
大鳥さんはおせちを美味しいと言っていたら、永倉さんにまた弄られていた。
そして村正さんも含め、また師匠にはい、あーんをしようと騒ぎ始めていた。もう何も言いたくなくなったのは言うまでもない。
そして夜になり、湊斗家に泊まることに。
何故かは知らないが、綾弥さんと大鳥さん、それに永倉さんも泊まることになった。
真耶さんも一緒の部屋に泊まることになり、女子特有の騒がしい空間となっていた。
俺はと言うと、師匠と一緒の部屋で泊まることに。
別にこの屋敷には俺にあてがわれた部屋もあるのだが、こんな日に師匠一人にすると周りの女性が放っておかず、騒がしくなるのが目に見えているためだ。
「それで……話があるのだろう」
師匠は俺を見て、そう聞いてきた。
俺の顔を見てそう判断したらしい。やはり師匠にはお見通しだったようだ。我ながら未熟を恥じる。
「はい」
俺は真面目にそう答える。
昼間の騒々しくも楽しい雰囲気は無い。そこにあるのは真剣な雰囲気だけである。
「師匠はこの前の政府の作戦を御存知ですか」
「ああ、知っている。学生のお前に行かせるべきではないと分かっていたが……すまない」
「いえ、師匠が謝るようなことでは。それに師匠には絶対にさせられませんから」
師匠の使う村正さんの呪いである『善悪相殺』。
悪しき者を一人斬れば、善なる者も一人斬らなければならない。
そのため、師匠は人を斬れないのだ。
「四人……斬りました」
「そうか……」
俺はぽつりと呟くようにそう言う。
師匠はそれを黙々と聞いてくれた。
「初めて人を斬った時に比べて……こんなにも動揺しないものなんですね。自分もすっかり武者になったということですか」
俺は苦笑しながらそう言うと、師匠は静かに聞いてきた。
「後悔しているのか」
「……いいえ。後悔はしておりません。確かに人斬りは良くないことですが……それも覚悟の上です。ただ……少し虚しく感じてしまって」
「虚しい?」
「はい。『人を殺したのに動揺もしない俺は人としてどうなのだろうか』と思ってしまって」
あの作戦から今まで、ずっと考えていた。
任務で、悪人だからといって、それを殺したのに何の感傷も感じない俺は人として壊れているのではないのだろうか。それはつまり、人として異常な者が人を幸せにできるのかと不安を感じる。それは時間が経つ程に、より色濃く思わされる。
故にずっと考えていた。
こんな俺が真耶さんを幸せに出来るのかと。
師匠はそんな俺を見て静かに、しかし確実に聞こえるように確かな声で答えた。
「……お前の気持ちは良く分かる。だが、そこまで思い詰めるな。お前は……『それが善ではない』ということを理解した上で行い、その後もずっと考え続けている。それは人として正常だ。故にお前はあの人を幸せに出来る……俺はそう思う」
その言葉が胸に染み渡り、片目から一滴だけ涙が流れた。
「………ありがとうございます……」
俺は師匠にそうお礼を言う以外、何も答えられなかった。
こうして、俺は湊斗家で夜を明かした。
次回は山田先生の視点での話にします。