きっとあまりイチャつけないですね~(笑)
真耶さんのご実家に挨拶に行ってから二日が経ち、俺は真耶さんと一緒にある家に電車で向かっていた。
「旦那様、どこに向かってるんですか?」
真耶さんは俺に体を預けながら座り、そう聞いてきた。
その上目使いが可愛くて俺も笑顔になる。少し勿体ぶって行き先についてはまだ教えていないのだ。だが、もうそろそろ良いだろうと判断し俺は笑いながら答える。
「そろそろ教えますね。実は……湊斗家に向かっているんです」
「あれ? 湊斗って…確か旦那様のお師匠様の名字ですよね」
「ええ、そうです。今日は師匠の所に挨拶に行くんですよ」
そう、これから向かう先は師匠がいる湊斗家である。
弟子が師匠に挨拶をしに行かないなんて有り得ない。新年の挨拶をしに行くのは当たり前のことである。今年は色々とあっただけに、報告することも多くあるのだ。
去年までは湊斗家に居候していたため大掃除におせちと忙しかったが、今年は離れていたので挨拶に向かうことにした。
真耶さんが一緒なのは……婚約の件の報告をするためだ。真耶さん自身、俺と一緒なのはもう当たり前だと言って付き添ってくれた。それが嬉しい。
「でも、本当にこれでよかったのですか?」
不思議そうに自分の服を見て真耶さんは俺にそう聞く。
真耶さんの服装は動きやすい物を着てきている。分厚目の生地で出来た短めのプリーツスカートに温かそうなセーターを着ていて、コートを着込んでいる。スカートからシュッと出ている足にはハイニーソックスが穿かれていて、それが健康的な色気を放っている。ついつい目が行きそうになり恥ずかしい。
とてもよく似合っていて、それを褒めると真耶さんは真っ赤になりながらも喜んでいた。
しかし、何故そう聞いてきたのか? それはこれから新年の挨拶に行くのに、振り袖とかのちゃんとした衣装じゃなくていいのか、ということであった。
服装に関しては俺がそう言ったのだ。理由は……行けば分かるだろう。
「ええ、大丈夫ですよ。でも……本当に似合ってますね。可愛いですよ」
「はぅ!? もう~…旦那様ったら……嬉しいです」
顔を赤くして驚きながらも、真耶さんは喜んで俺にさらに体を預ける。その柔らかさと重みに幸せを感じて頬が緩む。
真耶さんはそんな俺の顔を見て、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
そんな感じで俺と真耶さんは一緒に師匠がいる湊斗家へと向かって行った。
そして電車で揺られ、歩くこと約二時間。
俺と真耶さんの前にはそれなりに大きな屋敷が建っていた。
とても古い作りの屋敷で相応の威厳が感じられるが、言い替えるととてもボロボロとも言えた。
しかも破壊され修復された箇所は、ここ最近破壊されたばかりだと思われる物ばかりであった。
表札には『湊斗』の字が書かれている。
俺は夏に来て以来であり、さらに壊された痕のある屋敷を見て苦笑してしまう。
「ここが旦那様のお師匠様のお屋敷なんですね~。何か凄みを感じます」
真耶さんはこの屋敷を見て驚いていた。
俺も昔は同じように驚いていたことを思い出し、思い出し笑いをしてしまう。
いつまでも門の前にいるわけにいかないので、俺は真耶さんの手を引きながら門をくぐり、屋敷へと入っていった。
入り口の前で呼び鈴を鳴らしてみるが、誰も出ない。
「あれ? もしかしてお留守ですか?」
真耶さんはそう言いながらもう一回呼び鈴を押してみるが、まったく反応がない。
普通ならそう判断出来るが、俺は違うと確信していた。
武者として鍛えられた聴覚が屋敷の奥で暴れ回る音を捉らえていた。次第に音が近づいてくる。
俺はその音を聞いて呆れ返りながら勝手にドアを開ける。鍵は掛かっていなかった。
「え!? 勝手に入っちゃっていいんですか!!」
真耶さんが俺の行動に驚く。俺はそれを苦笑しながら答える。
「ええ、たぶん大丈夫ですよ。予想が当たればいますから。危ないですから、俺の後ろに隠れて下さい」
「危ないんですか?」
「ええ、たぶん」
そう答えると、真耶さんが俺の後ろへと回った。
少し不安なのか。俺のコートの裾を摘まんでいた。
それが可愛くて、俺は左手でその手を包み込む。
「あ……」
「大丈夫ですよ。俺が絶対に真耶さんを守りますから」
安心させるように笑顔でそう言うと、真耶さんは安心して微笑む。
「はい、旦那様」
それがまた可愛くて抱きしめたくなるが、それでは事態が進まない。俺は真耶さんの左手を掴んだまま屋敷の扉を開けた。
瞬間に目の前に飛んでくる食器や置物、その他多数。
まるで散弾のように飛んでくるそれらを真耶さんに当たらないよう、打ち落とす。食器が割れ、置物やその他が砕かれる。
「キャッ!?」
真耶さんはその音に驚きの声を上げる。
飛んできたものが真耶さんに当たらないよう打ち落としているため、真耶さんには前で起こっている光景が見えない。俺の目の前では食器の破片やらが砕かれ散乱していた。
(まったく……後で片付ける身になって貰いたいものだ)
俺は散らかっている破片を見ては呆れ返っていた。
何故こんなものが飛んでくるのかを俺は知っている。何せこの屋敷では日常茶飯事の事だからだ。
「行きますよ、真耶さん」
「は、はい」
真耶さんにそう促しながら俺達は入って行く。
すると聞こえてくる騒がしい声。
「御堂には私が食べさせてあげるの! だから貴方達はさっさとここから出て行きなさい!」
「何言ってるんだ、お前は! そもそもこのおせちは私が湊斗さんの為に作ってきた物だ!私にこそ湊斗さんに食べさせてあげる権利がある。お前こそ引っ込んでろ。ね、湊斗さん」
「景明様、こちら外国から取り寄せた最高級のキャビアですのよ。あんなみみっちいおせちなんかより断然美味しいですわよ。はい、あーん」
「周りが食べさせてあげる権利を争い合っている中、一人でちゃっかり抜け駆けしているお嬢様、流石でございます。実にあざとくてせこいでございます」
「ばぁや、それは褒めているのかしら? それとも貶しているのかしら?」
「両方でございます!」
「コンチクショーーーーーーーーーーーー!!」
「一体俺にどうしろというのだ………」
明らかに混沌とした空気を感じる。出来れば近づきたくはないが、そう言うわけにも行かない。
真耶さんはその声を聞いて不安になり、俺の左手をギュッと握ってきた。
「大丈夫ですよ、真耶さん。…………いつも通りみたいですから」
きっと言っている俺の目は死んだ魚みたいな目になっているだろう。
「これが……いつもなんですか?」
「ええ、まぁ」
そう答えることしかできない。
さらに騒ぎは大きくなっていた。
「ああ、てめぇ、何抜け駆けしてるんだ!」
「ちょっと、何訳の分からない物を御堂に食べさせようとしてるの! 何か変な物とか入ってるんじゃないでしょうね」
「まぁ、何て失礼なことを言うのかしら。景明様、こんな失礼なことを言う人なんかより聡明な私の方が良いですわよね」
「そう言われても自分は困ります。それと村正、それはキャビアと言う海外にいる魚の卵だ。世界三大珍味と言われている高級品だ。決して訳の分からぬ物ではない」
更に言い争う声と共にまた何かしらが飛んでくる。それを避け、当たりそうな物は弾き打ち落とす。
壁や障子が破壊されて行く中、俺は真耶さんを守りながら奥へと進んでいく。
そしてついに騒ぎの大本である部屋の前についた。
そのまま穴だらけの障子を一気に開けると………
「かぁああああああああああああああああああああああああああああああああああつつつつっ!!!!」
気合いを込めた一喝を室内に轟かせた。
俺の一喝でそれまで暴れていた人達が一斉に止まった。
そして注目される俺達。
俺は呆れ返りながら部屋にいた人達に言う。
「新年早々に何をしているんですか、あなたたちは。まったく……お屋敷をこんなにボロボロにして……」
暴れていた人達にそう白い目を向けながらも、師匠の方に振り向く。
「師匠、勝手ながらにお邪魔させていただきました。織斑 一夏、この度新年の挨拶に伺わせていただきました。新年、あけましておめでとうございます」
俺は師匠に頭を下げながらそう言う。
すると師匠はいつもと変わらずに木訥と返事を返す。
「うむ。新年、あけましておめでとう」
師匠は俺にそう言うと、少しだけ安心したのか顔を緩めていた。
こうして湊斗家に挨拶に行った俺達を迎えたのは、呆れ返るような騒動であった。