最近千冬が駄目な人になってきましたね。
お昼も過ぎて夕方となった。
その間も穏やかな時間が進んでいき、気がつけばもうこんな時間である。
「それじゃあ、私はそろそろ帰りますね」
真耶さんが名残惜しそうにそう言った。
「ええっ!? 真耶義姉さん、もう帰っちゃうのか!!」
マドカが不満そうにそう言うと、真耶さんの胴にしがみついた。
「今日も泊まっていけばいいじゃないか!」
「あははは…そう言ってくれるのは嬉しいですけど、そういうわけにもいきませんから」
駄々をこねるマドカを優しく諫める真耶さん。
その姿はまさに母親そのものにしか見えない。
「別にいいんだぞ、泊まっていっても。それこそ、何を今更、と言うやつだ」
千冬姉がそう言うと、真耶さんが申し訳なさそうな顔になる。
「それは嬉しいんですけど、私は服とか持ってきてませんしね。それに……たまには家族水入らずで過ごされるのもいいんじゃないですか」
「その心遣いは嬉しいが、語弊もあるな。『家族』にはもうお前も含まれているんだからな、真耶」
そう言われ、顔が真っ赤になる真耶さん。
少しだけ涙が瞳からこぼれたが、それが喜びからのものである事を俺は知っている。
「あ、ありがとうございます………お義姉さん……」
「……ま、まぁ……お前に義姉と呼ばれるのも、悪くはない」
千冬姉はそっぽを向きながらそう真耶さんに答えていたが、その顔は赤くなっていた。別に恥ずかしがることでもないだろうに。
「と、取りあえずは帰りますね。それで……一夏君」
真耶さんが千冬姉との会話を切り、今度は俺に話しかける。
「何を今更言っているんだ? もう私達の前でも『旦那様』でいいだろ。もう聞き飽きたくらい聞いてるんだからな」
「はぅ!?」
千冬姉がニタニタ笑いながらそう言うと、真耶さんの顔がボンッ、と火が出るかのように真っ赤になった。
こんな顔も可愛いなぁ~、と素直に思う。
恥ずかしさから真っ赤になった真耶さんは、少しすると気を取り直して俺に話しかける。
「す、すみません……旦那様」
その声はすでに二人でいるときの言い方と変わらず、とても甘く聞こえる。
「そ、その……明日なんですが、予定はありますか?」
顔を赤くして、上目使いにそう俺に聞いてくる真耶さん。
その可愛らしい姿に頬を緩めながら俺は答える。
「明日は特にありませんよ。仮にあったとしても、真耶さんのことが優先です。俺の用事なんて、後回しでもどうにでもなります」
笑顔で答えると、真耶さんは顔を更に真っ赤にして口元を押えていた。
声が出ないようにするかのような押え方と、思いっきり笑顔をしたいけど抑えている感じが分かり、真耶さんがどういう状態なのかが何となく分かる。
「っ~~~~~……もう、旦那様ったら。でも、ちゃんと用事は済ませないと駄目ですからね」
少し叱られてしまったが、こそばゆくて嬉しい。
「見ろ、マドカ。あれが夫婦のイチャつきっというものだ。後学の為に学んでおくといい」
「そうなのか? これが夫婦というやつなのか。何というか……凄いな」
お互い顔を赤くしながら話していると、横から千冬姉がマドカを連れて冷やかしてくる。
「千冬姉!!」
「お義姉さん!!」
その冷やかしに大きな声で返すと、千冬姉は素知らぬふりをしながらマドカの方を向く。
「ああ、そう言えば冷蔵庫にケーキがあった気がするな。マドカ、丁度二つしかなかったし食べるか。それにな……私達は邪魔者みたいだからな。邪魔者は去るに限る」
「ケーキがあるのか!? 食べるっ!!」
そうマドカに言うと、マドカを連れて台所の方へと向かって行った。
「こら! あまり夕飯前に甘い物を食べさせるな!」
「そっちなんですか、旦那様!?」
俺の突っ込みに真耶さんがそう反応を返す。
どこかおかしかっただろうか?
「それで……真耶さん、どんなお話でしたっけ」
「は、はい! 明日なんですけど…予定が無いんでしたら、私の実家に来てもらえませんか? 両親も旦那様に会いたがってましたし」
そう言う真耶さんは顔を赤らめながら胸の前で手をもじもじと動かしていた。
そんな姿も可愛くて仕方ない。
「耶彦さんと真奈さんが……そうですか。わかりました、明日は真耶さんのご実家に向かわせてもらいます」
「はい!!」
「それに………こ、婚約の件をご報告に行こうと思ってましたし」
「は、はい………」
俺の言葉を聞いて真耶さんが真っ赤になりながら恥じらう。
それを見て俺も赤面してしまう。
気まずいようでいて、どこか心地よい空間。それが何だか嬉しくて真耶さんに笑いかけると、真耶さんも嬉しそうに笑いかけてくれた。それが……幸せに感じる。
「真耶さん…」
「旦那様…」
「邪魔者は去ると言ったが、いつまでもそこで見つめ合られても困るぞ」
「「!?」」
見つめ合っていたところでいつの間にか部屋に戻ってきたのか、千冬姉がそう声をかけてきた。
それに気付いて驚く俺と真耶さん。
「まったく、このまま放っておいたらまたイチャつきまくっていたところだったな。言っただろ、マドカの前でイチャつくなって」
そう言う千冬姉の後ろでは、マドカが興味深そうに此方を覗き込んでいた。
「何ていうか、『ピンク色』って感じだった。ISのハイパーセンサーを使えば見えるかな?」
そんな事を顔を少し赤くしながらマドカが言っていた。
それを聞いて更に赤面してしまう俺達。
「変なことをマドカに教えるな。真耶さん、駅まで送りますよ」
「は、はい」
俺は恥ずかしさから真耶さんの手を取り、逃げるように家から外に出た。
「はぁ、千冬姉は…」
「まぁまぁ、旦那様。お義姉さんの言うことももっともですし」
真耶さんと手を絡ませるように繋ぎながら駅へと歩いて行く。
辺りは夕方から夜へと変わり始めていた。
「それはまぁ、分かるんですけど…」
俺は渋々といった感じにそう答えると、真耶さんは苦笑していた。
外は冬なだけに寒い。そのため、真耶さんとぴったりとくっついて歩いていく。真耶さんの柔らかな体が温かくて、心も温かくなる。
「寒くないですか、真耶さん」
そう聞くと、真耶さんは幸せそうに顔をとろかせながら上目使いに答える。
「はい……旦那様と一緒ですから……」
そう言いながらさらに体を密着させる真耶さん。
その幸せを噛み締める。
(あぁ……こうしてくっついていると……心が満たされる)
そう思いながら俺は歩いて行き、駅を目指した。
駅に着き、真耶さんを見送るために改札近くまでいく。
「それじゃあ真耶さん。また明日」
「はい、旦那様。また明日」
別れの挨拶をして手を振ろうと思ったが……止めた。
「旦那様?」
そんな俺を不思議そうに見つめる真耶さん。
そんな顔も可愛いと思いながら俺は真耶さんに近づき……
「んぅ…」
「!?」
唇にキスをした。
それに驚く真耶さん。だが、少しすると気持ちよさそうに目をとろけさせた。
そのまましばらくして唇を離すと、真耶さんはうっとりとした顔になっていた。
「旦那様ったら……」
「たまには自分からした方がいいと思いまして。別れのキスですよ」
そう言うと、真耶さんは顔を赤くして俺を見つめる。
少しキザだったかな?
「嬉しいです、旦那様!!」
感動のあまり俺に抱きつく真耶さん。俺もそれに応じるように抱きしめ返した。
そのまま二人でしばらくイチャつき………
気がつけば辺りは真っ暗になっていた。
真耶さんと別れた後……俺は明日、真耶さんのご実家に行くことに若干の緊張を感じながら帰路についた。