蘭と会った後、俺達は社務所の方にある売店へと向かった。
周りにいる人達は皆、新年を祝い賑やかに騒いでいた。やはり新しい年というのはめでたいものである。
さっそく売店に行き、おみくじを二人で引いた。
開けてみると……
『大凶』
と出ていた。
それを見て内心でショックに固まってしまう俺。
真耶さんの方を見ると、凄く弾んだ笑顔になっていた。
「す、凄く嬉しそうですね。どうでしたか?」
「はい! 見て下さい」
嬉しそうに笑いながらおみくじを俺に見せる真耶さん。
そこには、
『大吉』
の文字がデカデカと書かれている。
「今年一年、恋人とずっといられるって書いてあります。新年早々幸先が良いですよ」
そう言いながら俺の腕を抱きしめながら喜ぶ真耶さんはとても幸せそうで、そんな和やかな笑顔を見ると、俺の心も癒された。
「旦那様はどうだったんですか?」
幸せ一杯に笑う真耶さんに、俺は渋々おみくじを見せた。
そのおみくじを見た瞬間、真耶さんの顔が凍り付いた。
「あ、あはははは……大丈夫ですよ。こういうのは当たるも八卦、当たらぬも八卦ですから」
俺を励ますように笑いかける真耶さん。
それが唯一の救いのような気がした。
ちなみにおみくじの内容だが……
『恋愛運は最高潮。うなぎ登りであり上限がない。ただし……その一年災厄が何度も降りかかってくるであろう。気を付けねば命に関わることにも』
という物だった。
恋愛運が一年でこれなら嬉しいものだが、それではこのおみくじが『大凶』なわけがない。つまり、この災厄がとてつもないことなのだろう。去年でさえ何度も死合いをして死にかけたというのに、今年も似たようなことになると暗示させられている気がした。
そのためか少し気分が暗くなる。
それを察してか、真耶さんが俺の体を優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫ですよ、旦那様。どんなことがあっても、旦那様ならどんなことも絶対に打ち勝てますから」
その優しい温もりが嬉しくて、俺も抱きしめ返した。
「すみません、心配させてしまって……不安にさせちゃいましたよね」
「いいんですよ、寧ろもっと私に甘えて下さい。旦那様は一人で抱え込みがちなんですから」
その気遣いに心底救われる。
俺はその感謝の気持ちを少しでも伝えたくて、抱きしめる腕に力を込めると、真耶さんも応じてよりぴっとりとくっついてくれた。
そのまましばらく抱き合っていると、心も落ち着いてきた。
「それじゃあ、このおみくじを木に結びに行きましょうか」
「はい」
そう答える真耶さんの顔は、いつもと同じ幸せそうな笑顔だった。
それを見て思う。
(この人が俺のことを好きになってくれて……本当に良かった……)
そう心で感謝しながら、俺は真耶さんと一緒に歩き出した。
そして木の前に行くと、たくさんの人がおみくじを枝に結んでいた。
それに少し驚きつつも、俺達は木に近づいていく。
そして結べそうな枝の前まで行くと、俺はさっそく自分のおみくじを結んだ。
正直、あまり不吉を臭わせるような物を持っていたくはなかったのだ。
そして真耶さんの方を見ると、上目使いで此方を見つめてきた。
「旦那様……お願いしていいですか?」
「何をですか?」
そう聞くと、真耶さんは手にしたおみくじを俺の方に差し出すと、少し恥じらいながらお願いをしてきた。
「このおみくじを……一緒に結んでもらえませんか」
その可愛らしいお願いに、俺の頬は緩む。
無論断るわけがない。
「ええ、喜んで」
真耶さんにそう答えると、俺は真耶さんを後ろから抱きしめるように背中に周り、真耶さんの手を重ねるようにして手を伸ばし、一緒におみくじを結んだ。
「ありがとうございます、旦那様」
「いいんですよ。真耶さんが俺にお願いする事なんて、滅多にないですから。大好きな人の願いですから、絶対に聞き入れたいんですよ……俺の奥さんの願いなら、尚更……」
耳元で囁くようにそう言うと、真耶さんは顔が一気に真っ赤になる。
「はぅ~~、旦那様ったら……でも、嬉しい……」
そう言ってうっとりとした顔を真耶さんは向けてくる。
それが嬉しくて、俺も笑顔になった。
その後少し歩いていると、真耶さんが少し寒そうにし始めた。
「寒いですか?」
「はい、ちょっと……」
そう苦笑する真耶さんの体を温めるように抱きしめると、真耶さんは少しだけ驚いたが、すぐに気持ちよさそうに顔に綻ばせた。
「どうですか? まだ寒いですか」
「……いいえ、もう温かいですよ。体も…心も…」
そう幸せそうに微笑む真耶さんを見ていると、俺の心も温かくなっていった。
そのまま真耶さんをしばらく抱きしめて、暖まるのを見計らって俺達はまた歩き始めた。
まだ少し寒いと思い温かい飲み物でも買おうかと思っていたところ、丁度社務所の前で甘酒を振る舞っていた。
実に温かく甘そうな匂いに、頬が緩む。
「せっかくですから、飲んで行きましょうか」
「はい、そうですね」
甘酒を配っている所に目を向け聞くと、真耶さんは嬉しそうに返事を返してくれた。
そして配っている所に行くと……何やら知っている人物達がそこにはいた。
「あれ? もしかして箒か? それにシャル!? それに何で束さんがここに!?」
そう、そこで甘酒を配っているのは箒にシャル、それと何故か束さんだった。
皆巫女服を着ており、周りはその清楚な美貌から男性客がかなり集まっていた。
俺は真耶さんと一緒にそこへと向かった。
「では次の人…て一夏!?」
「え、一夏なの!? 何で!」
「やっほー、いっくん。おっひさ~」
忙しさからめまぐるしいため、箒とシャルは俺が来たことに気付くのが遅れたようだ。束さんは俺を二人より先に見つけ、挨拶してきた。
「三人とも、まずはあけましておめでとうございます」
「篠ノ之さん、デュノアさん、篠ノ之博士、あけましておめでとうございます」
俺と真耶さんは三人に新年の挨拶をすると、箒とシャルの二人が慌てて挨拶を返す。
「「あ、あけましておめでとうございます」」
「あけおめ、ことよろ~」
束さんだけ適当に略式だが、この人ならこんなものなのかもしれない。
「箒はいるかもしれないと思っていたが、まさかシャルと束さんもいるとは思わなかった」
俺が少し驚きながらそう言うと、シャルが苦笑しながら説明し始めた。
「僕はもう行くところがないからね。今更フランスに戻っても仕方ないし……それで悩んでいたら箒がこの仕事に誘ってくれて。だから手伝おうと思って……」
それに乗じてか、今度は束さんが話し始めた。
「私はね~、いっくんに言われてから色々と頑張っているんだよ。だから今回のこれも勉強だと思って手伝ってるんだ。今まで親孝行とかもしてこなかったしね~」
それらを聞いて成る程と納得する。
「いっくん、どうどう? この巫女服似合ってる」
そう言いながら束さんが抱きつこうと此方に近づいていた。
それを察してか、真耶さんが俺の前に出る。
「駄目ですよ、篠ノ之博士! 一夏君に抱きつこうとしないで下さい」
「えぇ~、いいじゃん別に~。お前こそ、いっくんの何なんだよ~」
そう束さんは言うと、真耶さんを少し睨み付ける。
真耶さんはその視線を受けて、負けないように前に出た。
「私は一夏君の恋人です。だから、一夏君にちょっかいを出さないで下さい!」
「えぇ~! いっくんはいつの間に恋人なんて作ったの!? ん? もしかしてこの胸か! この胸でいっくんをたぶらかしたのか、このおっぱいお化け~」
「え? て…キャアーーーーーーーーーーーーーーー!!」
束さんはそう言うと、真耶さんの胸を急に揉みしだき始めた。
それに驚く周り。特に箒は姉がこんなことをすると思っていなかったらしく、驚愕していた。
「いや、そんな…んふ、あっ……あん……」
真耶さんは最初こそ驚いていたが、次第に顔を真っ赤にしながら甘い声を出し始めた。
それを聞いて前屈みになる周りの男性客。
流石にこれは不味いと判断して束さんを止めに入った。
「流石にやり過ぎです、束さん」
「ぎゃんっ!?」
悪ふざけに遊んでいる束さんの額に手刀を打ち込むと、束さんは思いっきり地面にしゃがみ込んだ。
「いっくん、本当に痛いよ~。束さんのスペックを遙かに超えすぎだよ、このチョップ~」
「あまり周りを困らせるようなことをしないで下さい」
俺は束さんにそう言うと、真耶さんの方を急いで見る。
真耶さんは顔を真っ赤にして、息が途切れ途切れになっていた。振り袖が崩れかけ、口から艶めかしい吐息が漏れていて、何とも艶っぽい。直視したらやられそうな気がする。
その真耶さんを未だにチラ見する男性客。
それに怒りを覚え、俺は周りに静かに言う。
「皆……見るな…」
その瞬間に無意識に発せられた殺気を男性客達は浴びせられ、皆顔を真っ青にし始めその場から逃げるように去って行った。中には気絶した者もいた。
「大丈夫ですか、真耶さん」
「は、はい…何とか」
真耶さんはそう答えると、急いで振り袖を整え始めた。
その顔は羞恥によって真っ赤になっている。
「す、すみません、山田先生。姉がとんだご迷惑を」
「べ、別に大丈夫ですよ」
箒がそう言って真耶さんに謝罪すると、真耶さんは大丈夫だと言って笑顔で答えていた。
「うぅ~、まさかいっくんがとっくに取られているなんて思わなかったよ~。えぇ~ん、箒ちゃん、お姉ちゃんを慰めて~」
「えぇ~い、鬱陶しい!」
「まぁまぁ箒」
へばり付く束さんを無理矢理引き剥がそうとする箒、それをなだめるシャルという光景は何だか新鮮な感じがした。
その後は甘酒を受け取り一口飲むと、その温かく甘い味にホッとした。
その隣で真耶さんもコクコクと美味しそうに甘酒を飲んでいた。
そして飲み終わると、ゴミをゴミ袋に入れ真耶さんの方を向くと……
何やら様子がおかしくなっていた。
顔が明らかに赤くなっており、目がとろけていた。とても可愛いのだが、今はそういうことを考えている場合ではない。
「どうしたんですか、真耶さん。顔が赤いですけど?」
「んぅ~、そんなことないですよ~…えへへへへ…」
真耶さんは甘い声でそう言って来た。その声は明らかにとろけている。
「大丈夫ですか、山田先生?」
「どうしたんですか、先生?」
箒とシャルが心配そうに話しかけてくると、真耶さんは「大丈夫、大丈夫ですよ~」と箒達に返す。とても大丈夫な感じがしない。
「んぅ~~~……うふふふふ……ひっく……」
ひっく?
もしかして真耶さんは……酔っている!?
まさか……甘酒で酔っ払った!? でも真耶さんはお酒を飲めたはず!?
「もしかして真耶さん……酔ってますか?」
「そんなことないですよ~。ただ、ここ数ヶ月お酒を飲んでないだけですよ~」
陽気そうにそう言う真耶さん。確実に酔っているな、これは。
そう思っていたら、真耶さんは更にとんでもないことをし始めた。
「前から~思っていたんですが~、『旦那様』の耳って美味しそうですよね~……いただきま~す、はむはむ」
「っ!?」
何と真耶さんは俺の顔に顔を近づけると、甘い声でそう言いながら耳を甘噛みし始めた。
耳に痛いようなくすぐったいような、そんな感触が走り、変な声が出そうになるのを堪える。
「「ああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」」
それを見て叫び……
「「げふっ……きゅう……」」
何かを吐いて気絶する箒とシャル。
「うわ~~、これは凄い威力だね~~」
束さんが顔を引きつかせてこちらを見ていた。
その後、真耶さんが落ち着くまでこれは続き、箒とシャルは意識を取り戻してはこれを見てまた何か吐き気絶するを繰り返す始末。束さんは二人の介抱に忙しくしていた。
そのまま寝てしまった真耶さんを背負って俺は自宅へと帰っていった。
「これからもずっと一緒にいましょうね……俺だけのお嫁さん……」
そう呟いて真耶さんの頬にキスをすると、真耶さんは実に幸せそうに笑っていた。