つい先日女性利権団体との揉め事も無事に終わり、またいつもの日常が戻ってきた。
といっても作戦前という逼迫した状況にも変わりはまったくない。
未だにあの四騎の居所は掴めていない。その状況に少し焦る。
正義を成す者である以上、無辜の民が傷付けられるのを黙っているわけにはいかない。
だが、焦ったところで事態が好転するわけもない以上、ひたすらに報を待つことしか出来ない。
もどかしいが、ただ待つことしか出来ないのだ。
そして現在、俺は真耶さんと一緒に放課後のお茶を楽しんでいた。
ここ最近は変に忙しかったので、こうしてのんびりするのも久しい。
「本日もお疲れ様です、一夏君」
「ありがとうございます、真耶さん」
真耶さんが俺に笑顔でそう言ってくれる。
それがまた嬉しくて、俺も笑顔でそれに応える。それだけでも幸せを感じる。作戦前だからなのか、いつも以上にそれを感じた。
そのままいつもと同じようにありふれた話をして、淹れてもらった珈琲を飲む。
ささやかだが、それでも満ち足りた。
「真耶さん、少しお願い、いいでしょうか?」
「どうしたんですか?」
お願いと言われて不思議そうな顔をする真耶さん。
よくよく考えて見れば、俺から真耶さんにお願いすることは滅多に無かった。
だからだろうか? 真耶さんの目が妙に期待していた。
その期待に添えるようなお願いではないため、少し申し訳無く感じてしまう。
「その・・・・・・手を繋いでもいいですか」
「え? そんなことでいいんですか?」
まさかそんな単純なお願いだと思わなかったためか、少し驚いてしまったようだ。
「そんなこと、いつもしてるじゃないですか。でも、一夏君が望むなら私はいつだっていいですよ」
そう優しく笑顔で真耶さんは答え、俺の手を握ってくれた。
すべすべと柔らかいこの手は、いつ繋いでも本当に気持ちよい。これもそうだが、好きな人と行うことはどんなことでも飽きが来ない。俺はそれをする度、毎回胸が高鳴る。
俺は握ってくれた真耶さんの手をしっかりと握る、
特に指に意識を向けながら・・・・・・
「ありがとうございます。それにしても、真耶さんの手は真っ白で柔らかくて、いつも綺麗ですよね」
「そ、そんな・・・・・・もう、一夏君ったら」
顔を赤くしながら喜ぶ真耶さん。照れる顔も本当に可愛い。
そのまま手を繋ぎながら話をしていく。その日あったことや、最近思っていることなど、他愛も無い話。それでも俺にとってその話は大切に感じた。
そんな俺を見かねてか、真耶さんは少し真面目な顔になって俺に聞いてきた。
「すみません、一夏君。何かあったんですか?」
「どうしたんですか、いきなり?」
「いえ、何か思い詰めてるみたいな気がして・・・」
心配そうな顔で見つめられてしまった。
確かに思い詰めていないと言えば嘘になる。しかし、この話を真耶さんに聞かせるわけにはいかない。絶対に凄く心配すると思うから。
「別に何でもないですよ。ただ、最近勉強が難しいなぁ、と思っただけですから」
そう笑顔で答えた。
内心は嘘を言ってしまったことで苦しかったが。
「そうですか~。それじゃあ今度、私が教えてあげますよ」
「ええ、ありがとうございます。助かります」
「私は一夏君の恋人なんですから、当たり前ですよ」
俺の心配事を聞いて安心する真耶さん。
俺は良心が痛むが、これで良いと心を納得させる。
そのまま話題はクリスマスへと移る。
「クリスマスはどうしましょうか」
恋愛している人にとって重要なイベント故に、真耶さんは張り切って俺に聞く。
もしかしたら・・・・・・死ぬかもしれない。だが、俺は真耶さんとこれからもずっと一緒にいたい。
だから、クリスマスの予定も普通に立てた。
「そうですね・・・・・・今回は寮で過ごそうと思います。だから・・・真耶さん、一緒にいてくれませんか」
「はい!!」
俺がそう答えると、真耶さんはとても嬉しそうに答えてくれた。
「私、腕をかけて頑張りますね! そ、その・・・・・・プレゼントも頑張りますから・・・・・・」
真耶さんは張り切ってそう言うが、最後の方は顔を恥じらいで真っ赤にしていた。声が少し小さかったため、後半は聞き取れなかった。
「はい、俺も真耶さんと一緒のクリスマス、楽しみにしてます」
「わ、私もです。頑張りますから」
そんな風に大切な人の笑顔を見ながら他愛もない話をするこの時間が、今の俺には幸せだった。
そして休みの日。
俺は一人でショッピングモール『レゾナンス』に来ていた。
クリスマスに真耶さんに送るプレゼントを買うために来たのだ。実は既に買う物は決めていた。
ただ・・・・・・これを送れるとき、俺が無事なのかどうか。それが少し心配だ。
だが、絶対に手渡したい。だからこそ、今度の作戦は絶対に成功させねば、と使命に燃える。
『レゾナンス』内にあるジュエリーショップに足を運び、さっそく俺は真耶さんに似合いそうな指輪を探していく。装飾が華美なものではない、シンプルなシルバーの指輪が探しているものだ。
つまりは・・・・・・結婚指輪。
結婚しなくては送ってはいけないということはないだろう。どちらかと言えば、『婚約指輪』と言った方が正しいか。
明らかに早いが、それでも俺は送りたかった。今回の作戦の成功で生還するための願掛けとしての願いも強い。前にお願いして手を握らせて貰ったのは、指のサイズを測るためだ。
流石に私服で行くわけにもいかなかったのでスーツで来た。こんな高級店に俺のような年齢の人間がいるのは違和感があるのではないかと心配したが、特にないのか店の人は何も言ってこない。それどころか、探している俺に話しかけてきた。
「お客様、何をお探しでしょうか」
話しかけてきたのはこの店のオーナーらしく、とても渋い感じの老紳士だった。
俺はその人を見た途端に悟る。この人の言うことは絶対に信用出来る。それほどの貫禄がこの人から感じられた。故に素直に相談することに。
「すみません・・・・・・その、大切な恋人に指輪を贈りたくて」
「おやおや、つまりクリスマスのプレゼントですかな。それも・・・・・・プロポーズの」
「っ!? な、何故!?」
「クリスマス前にエンゲージリングの前を探しておいでだったようなので、そうではないかと」
言い当てられて真っ赤になってしまった。
まさかそこまで露骨にばれてしまうとは・・・・・・恥ずかしい。やはり、まだまだ未熟だ。
俺は観念して答えると、オーナーは笑顔で快く応じてくれた。
「ではこれなど、どうですかな」
そう言って俺の前に出したのは、白銀の指輪だった。
特に目立った装飾は無いが、細かな作りをしていて真耶さんによく似合いそうだ。
「はい、これをお願いします」
見せられた瞬間には即決で決めた。これ以上の指輪は無いと、俺の勘が告げた。
「言葉は刻みますか」
そう聞かれ、何の言葉を刻もうか悩んだ。何を伝えようか、そこまでは考えていなかったから。
そして悩みに悩み、そして決めた。
「では・・・・・・『永遠にあなたの側に』とお願いします」
「はい、わかりました」
オーナーは俺がそう答えるのが分かっていたらしく、笑顔で指輪に言葉を刻みに奥へと入って行った。ついでに俺の分にも入っている・・・・・・エンゲージリングだから。
その後は会計をした。指輪は結構な金額だったのだが、オーナーからかなり安くすると言われた。
何でも、年若いカップルの成功を祈って、だそうだ。そう言われると恥ずかしいが、嬉しくもある。
だが、俺はそれに応じない。商売である以上、そこはきっちりとしなくてはならない。
そのことをオーナーに話すと、オーナーはしっかりしていますね、と俺に感心していた。
その場で現金払いするつもりで二百万持ってきたのだが、流石にこれには驚かれた。こんなものを買ったことが無いので取りあえず持って行けば足りるだろうと思い持ってきたのだが、これもまた恥ずかしかった。
そして包装して貰い、俺は店を出た。
IS学園の寮の自室に帰り、俺は指輪はデスクの奥にしまい床に就いた。
慣れないことをすると人間疲れる。そのため、すぐに眠れた。
そして日々は過ぎ・・・・・・
あの四騎の居所が判明したのは、丁度クリスマスの一週間前、作戦決行の日だった。
俺はその前に政府命令で公欠をもらい、学校を出た。
この作戦の件について、真耶さんに絶対知られないようお願いして。
そして俺は・・・・・・死地へと向かった。