まさか男性に連れてこられたところに真耶さんがいるなんて・・・・・・
つまり・・・ここは・・・・・・真耶さんの家!?
「ここって・・・真耶さんの家・・・なんですか・・・・・・」
「はい、そうですよ・・・・・・」
ショックを受けて固まっている俺を見て、真耶さんも驚いていた。
「どうかしましたか?」
男性が不思議そうに聞いてきたが、俺は何とか答えることしか出来なかった。
そのまま為すがままに風呂場に案内され、シャワーを浴びることに。
服は男性・・・つまりはこの家の主の服を借りることになった。
この家、つまり真耶さんの家に住んでいる主ということは・・・・・・真耶さんの父親!?
まさか家に着く前に遭遇してしまうとは・・・・・・・・・
事実は小説よりも奇なり、とは良く言ったものである。
そして現在、体を洗い終えて居間に通されお茶を出されていた。
「すみませんねぇ~、急に主人が」
「いえ、お構いなく」
俺に笑いかけながらのんびりとした口調でそう言うのは、この男性の妻である。つまりは真耶さんの母親ということだ。やはり親子だからなのか、真耶さんと姿が似ている。髪は真耶さんと同じ色をしていて腰までかかるほどの長髪。身長も同じくらいで、やはり眼鏡をかけている。ただ真耶さん以上にのんびりとしているようだ。口調もまんまに間延びしている。
俺は緊張で萎縮しそうになるのを気力でねじ伏せながら答える。
「それにしても~、どこかで見たことあるような~」
真耶さんの母親は俺の顔を見て、そう頭を傾げていた。
その視線に顔が強ばりそうになる。
「どこにでもあるような顔ですから」
「あまり人の顔をジロジロと見るんじゃない。失礼だろうが」
そう答えるのでも必死になった。真耶さんの父親は俺の顔を興味深げに見る自分の妻を窘めていた。まだ紹介していないとはいえ、実に気まずいものだ。
「それにしても、まだ来ないのか・・・・・・」
少し不満げにそうこぼす真耶さんの父親。
その言葉に俺は更に緊張が走る。そんな俺を見かねてか、俺に笑顔で事情を話し始めた。
「いや~、すみません。今日は家の娘が恋人を紹介すると言ってきまして。それでその恋人とやらが今家に向かっているようなんですが・・・・・・まったく・・・・・・どんな虫がついたのやら」
やけにさわやかな笑顔でそう言うが、その目はまったく笑っていない。
その殺気に近く、それでいてまったく違う何かに俺は恐怖を隠せそうに無かった。
まさか今まで生きていて、こんな殺気とも付かない何かに恐怖する日が来ようとは思わなかった。
俺が目線だけを真耶さんに向けると、真耶さんは恥ずかしそうな感じで目を伏せた。
そんな姿もまた可愛らしいが、今はそれを楽しんでいる場合ではない。
俺は意を決して真耶さんに視線を送り、俺を紹介してくれるよう頼む。そうしなくては話が始まらないからだ。真耶さんも俺の決意を理解してくれて、頷いてくれた。
「あのね、お父さん」
「どうしたんだい、真耶」
真耶さんが話しかけると、父親は笑顔で反応した。
きっと子煩悩なのだろう。それがわかり、さらに緊張する。
「じ、実はね・・・・・・もう来てるの・・・恋人・・・」
「何!?」
たどたどしい感じに真耶さんは言うと、父親の顔が少し歪んだ。
その顔からは得体のしれない恐怖を感じるが、それでも俺はしなくてはならない。俺と真耶さんのためにも!
真耶さんが言い切ったところを狙い、父親の前に俺は出た。
そのまま床に正座をし、真耶さんの恋人であることに恥じないよう、堂々と挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります。自分は、織斑 一夏と申します。このたびはこのような機会を頂き、感謝の念が絶えません。自分が、真耶さんと交際をさせて頂いている者です。どうぞ、よろしくお願いします」
そして一礼。誠心誠意を持って自己紹介をした。
何だか武者同士の自己紹介の時に似た感じになってしまったが、あれも立派な礼節故に間違ってはいない。
俺の自己紹介を捕捉する形で真耶さんも俺のことを話す。
「この人が、私の恋人です・・・・・・」
真っ赤になりながらそう話す真耶さんがまた可愛い。
人前でなければ抱きしめてしまいたいくらいだ。
俺達の話を受けて、驚くご両親。まぁ、いきなり連れてきた人が娘の恋人と言われたら誰だって驚くだろう、普通は。
「あらあら、この人が真耶ちゃんの恋人なのね~」
母親が間延びした声でそうのんびりと言う。その声には驚きこそあれ、否定的な感じはしない。
そのことにほんの少しだけほっとした。しかし、問題は父親の方である。
俺は恐る恐る父親の反応を窺う。はっきり言って怖い。具体的に言うのなら何が飛び出すのかがまったく分からないから怖い。罵詈雑言を吐かれるくらいは覚悟しているが、それ以上いったらどうなるかまったくわからない。故に内心は恐怖で震えかけていた。
「そうか・・・・・・君が真耶の恋人か・・・・・・・・・」
そうゆっくりと、しかしどっしりと重さを感じさせる言葉に、俺は固唾を呑み込む。覚悟を決めても緊張は高まる一方だ。
「・・・・・・よかった、安心したよ」
そう話す父親の顔はほっとした笑顔を浮かべていた。
「「え?」」
俺と真耶さんは肩すかしを喰らったかのような気分になった。さっきまで何を言われるのか分からなかっただけに、ガクガクとしていたのでこれは想定外だ。
「いやぁ~、まさか君が真耶の恋人とは・・・・・・そうかそうか」
その笑顔はさっきの目が笑っていないものと違い、本心から笑っている笑顔のようだ。
「そ、その~・・・・・・」
「お、怒らないの?」
この反応にこう聞き返してしまうのは仕方ない事ではないだろうか。
俺達がそう聞くと、父親は安心したように話し始めた。
「いやね、真耶が連れてくる恋人はどんな人なのかと思っていたんですよ。見ての通り、真耶はこうのんびりした子でね、人に騙されないかとヒヤヒヤしていたんですよ。そんな真耶が連れてくる恋人がどんな人なのか、もしかしたら真耶のことを騙している酷い奴なのではないか、と疑ってしまってね」
「そ、そんなことないよ、一夏君はそんな酷い人じゃないもん」
「はははははは・・・・・・」
そう笑顔で言う父親に真耶さんは顔を真っ赤にしながら否定し、俺は乾いた笑いを浮かべるしかできなかった。
「本当は来たら怒鳴るつもりだったんですよ。真耶は貴様なんかには渡さぁ~ん! と言おうと思っていたのですが・・・・・・君にそんなことは出来ませんよ。私が指輪を落としてしまい困っていたところを助けてくれた君にそんなことできるわけがない。周りを通る人は厄介事に巻き込まれたくないと私のことを無視していく中、君は私に声をかけ、自分が汚れることも厭わずに助けてくれた。そんなことが出来る若者がいるなんて思わなかった。そんな立派なことを出来る人が真耶の恋人だと聞いて、私は安心しましたよ」
そう笑顔で言う父親の顔には曇り一つなかった。
真耶さんも父親の話を聞いて、胸を撫で降ろしたようだ。一番胸を撫で降ろしているのは自分だが。
父親はそう話すとその場でしゃがみ正座をすると、俺に頭を下げてきた。
「どうか、娘のことをよろしくお願いします」
「お、お父さん!?」
「あらあら」
父親の行動に驚く真耶さん。母親は笑顔のままであった。
そう行動を取った父親に俺は頭を下げた。
「頭をお上げ下さい、それは寧ろ此方がすることです。娘さんとの交際を認めていただき、ありがとうございます」
「い、一夏君・・・・・・・」
「あらあら」
俺の行動に真耶さんは感極まったようで涙声になっていた。母親は意味ありげにふふふ、と笑っていた。何だか少し恥ずかしい。
その後はお互いに頭を上げて笑い合う。これで少しは緊張が解れた。認めてもらえて本当に嬉しかった。
挨拶を終えた俺はなんとか少しだが、ご両親と打ち解けることが出来た。
「それでは改めまして。私は真耶の父の山田 耶彦と言います」
「私が真耶ちゃんのお母さんの真奈で~す」
「お母さん、ちょっと恥ずかしいからちゃんと挨拶して」
そう紹介を受けて、俺は名前でご両親を呼ぶことにした。
流石にいつまでも真耶さんの親、と言うわけにもいかないからだ。
俺は渡すつもりだった菓子折を渡すと、二人とも驚いていた。
「まさか挨拶に窺うのに菓子折を持ってくるとは・・・・・・」
「これ、確か凄い名店の所のだよ~」
そこまで驚くことでもないと思うのだが・・・・・・
「最近の若者とは思えないほど礼儀正しいですね、織斑君は」
「いえ、そのようなことは。当たり前の礼節ですよ」
そう答えたら更に驚かれた。そう驚く二人に聞かれないよう真耶さんが小声で俺に伝わるように耳元で言って来た。息が耳にかかってこそばゆい。
「一夏君が最近の若い子とは比べものにならないくらい礼儀正しいからですよ。寧ろ一夏君が異常なだけで、二人の反応の方が普通なんですからね・・・・・・でも、そうだから一夏君は格好いいんですけどね」
そう笑顔で言われると、恋人としては嬉しい。だが俺はそこまで変なのだろうか?
「あぁ~! 思い出した!!」
いきなり真奈さんが手を叩いて大声を上げた。
その反応に、俺と真耶さん、耶彦さんがビクっとした。
「そういえば織斑君、テレビに出てたよね~。確か・・・えっと~、そうそう、今の世を変える若武者さんだぁ~」
そう言い俺を指す真奈さん。
「お母さん、失礼だから止めてよ~。ごめんね、一夏君。こんな親で」
そう言いながら真奈さんに指を下げさせる真耶さん。別に気にしてはいないので問題はない。
すると耶彦さんも興味深く聞いてきた。
「織斑君はテレビに出ていたのかな?」
「いえ、そういうわけではないのですが・・・」
そして俺は武者と劔胄の話を話し始めた。
その話を聞いて、二人は妙に納得していた。
「だからこんなに礼儀正しいのか」
「とても今時の子供には見えないね~」
どうやら俺の知名度、ひいては武者の知名度も高まりこうして世間には伝わっているらしい。
世間では武者と言えば俺のことを指し、正義の味方みたいな扱いなのだとか。
まったくもって恥ずかしい限りである。俺はそんな高尚な人間ではないというのに。
世間の武者のイメージは己に厳しく、礼儀を尊び、己の信念をかけて悪と戦う。そんなイメージらしく、二人は俺を見てそのイメージ通りだと思ったらしい。
「しかし、織斑君も大変だね。政府の命で武者としてIS学園に通っているんだろう」
「ええ、まぁ。ですが、こうして今も何とかおつとめを果たせていますから。それに・・・
真耶さんとも出会えましたし・・・・・・あ・・・」
つい気が緩んでしまいそんなことを洩らしてしまった。
いくら交際を認めて貰ったからっと言ってそんなことを言って良いわけではない。
真耶さんは俺の言葉を聞いて真っ赤になっていた。
「おやおや、ごちそうさま。随分と娘に惚れ込んでいるようだね」
「いや、その・・・・・・はい」
そうニコニコと笑顔で返されてしまった。
恥ずかしい気持ちで一杯になってしまう。まだまだ俺は未熟だ。
そこでふと思ったのだが、二人は俺が『織斑 一夏』だとわかったら俺の今の立場などを知っていた。つまりは俺が十六歳だということも知っているはずだ。俺と真耶さんは教師と生徒の関係。それが恋愛関係になっていることをどう思っているのだろうか?
「その、娘さんとの関係を認めて下さったのは嬉しいのですが、年の差や立場の違いにについてはどうお考えなのでしょうか?」
普通なら何かしら出てくるはずなのだが、そう聞くと耶彦さんは気まずい顔をし、真奈さんがニコニコ笑いながら答えてくれた。
「織斑君が聞きたいことはわかってるよ~。でもね~、私達も似たような感じだから、この人は何も言えないのよ~。やっぱり親子って似るのね~、真耶ちゃん」
そう真奈さんが言うと、真耶さんは恥ずかしそうに真っ赤になった。
「私も~織斑君と一緒であの人とは教師と生徒の関係だったんだ~。私が生徒であの人が先生。卒業したら結婚したんだけど、その前から付き合ってたから、今のあなたたちとまったく一緒なの。だから、私達は別に何とも思ってないよ~。あの人はただ言い辛いってだけでね~」
まさか真耶さんのご両親も同じような恋愛をしていたとは・・・・・・
先達として尊敬してしまう。
それが分かり、内心ほっとした。
こうして、俺は恋人のご両親へと挨拶でき、認めてもらえることが出来た。