一夏は一体どうなることやら・・・・・・
修学旅行から帰ってきて六日。
俺は今までで一番の危機に瀕していた。
武者としてこの学園に来て半年以上が経った。この間命を賭けて戦った死合いは三回ほど。
死合いの回数は多いのか少ないのかまでは分からないが、その死合いの濃さならまさに濃厚と言えよう。死にかけたのも一度や二度ではない。
そんな気を抜けない戦いを繰り広げ、切磋琢磨してきた今日。自惚れと取りたくは無いが、それなりに武者として、人として出来てきたとは思っている。
怖いものなどない、などと言う気まではないが、大体は大丈夫だと思う。
そんな俺だが、まさか死合い以上に緊張することがあろうとは・・・・・・・・・
事の発端は旅行から帰ってきてから三日が経った放課後、生徒会の仕事を処理して真耶さんと一緒に学食でお茶をしていたときだった。
「い、一夏君」
食堂に来た俺を見て、真耶さんが何か言い辛そうにしていた。それが気になり、俺は優しく微笑みながら聞くことにした。少しでも話しやすいよう心がけて話しかける。
「どうしたんですか、真耶さん? 何か言いたそうな感じですけど」
「そ、それが、その・・・」
「落ち着いて下さい。ゆっくりでいいですから」
俺の笑顔を見て、真耶さんは少し緊張が解れたらしく、ポツリポツリと話し始めた。
「じ、実は・・・・・・昨日実家から電話がかかってきまして・・・・・・それで、お見合いを進められそうになってしまって」
「えっ!?」
「いや、ちゃんと断りましたよ! 私には一夏君がいるんですから、受けるわけありません!!」
危うく取り乱しかけてしまった。
まさかお見合い話が出てくるとは・・・・・・でも真耶さんが断ってくれてほっとした。
しかし、まだ話は終わっていないようだ。真耶さんの顔が強ばってきた。
「そのときに親に言っちゃったんですよ・・・『私は付き合ってる人がいるから、お見合いなんて受けない』って。そうしたら両親が興味津々になっちゃって、今度の日曜に実家に連れてきて紹介しろって・・・・・・」
恥ずかしそうに話す真耶さん。身内のはしゃぎっぷりに恥ずかしいのかも知れない。
俺はこの事態が如何にまずいのかを聞かされて実感する。
(まさか、もうご両親にご挨拶に窺うとは思いもしなかった!?)
俺個人としては、せめて交際一年が経った後にご挨拶に窺えれば良いと思っていたが、まさか半年でもう来るとは思わなかった。
「お母さんは興味津々に色々聞いてくるし、お父さんが、『家の大切な娘にくっついた虫はどんな虫だぁああああああああ!!』て怒っちゃてて」
それを聞いて、頭の中でイメージが湧いてくる。
真っ黒い影で人相は分からないが、たぶん真耶さんの父親であろう人物が憤怒の表情を浮かべ仁王立ちしており、俺はその父親の前で土下座をしている。そして・・・・・・
「娘は絶対に渡さぁあああああああああああああああああああああん!!」
と断固とした意思を持って俺を睨み付けてきそうだ。
そんなイメージに背筋が震える。今まで色々な武者と死合ってきたが、こんなことは初めてだ。
「それでね、一夏君。もの凄く申し訳ないんだけど、日曜日に私の両親に挨拶に来てくれませんか」
少し不安で泣きそうな顔でそう真耶さんが聞いてきた。
内心は凄く動揺しているが、ここで逃げ出すわけには行かない。武者が背を向けることなど有り得ない。何より、恋人のご両親への挨拶は絶対に通る関門だ。退くなどという選択は有り得ない。
俺は真耶さんを安心させるように笑顔で答える。
「はい、わかりました。では日曜日にご挨拶に窺わせてもらいますね」
そう言った瞬間、真耶さんの目から涙がぶわっと溢れ、俺に飛び込んできた。
「ありがとうございます、一夏君!! 私、断られたらどうしようってっ」
「ま、真耶さん! 人、人が見てますから!?」
俺にそのまま抱きつき、その大きな胸で俺の顔を埋め、力の限りぎゅうぎゅうと抱きしめる真耶さん。俺は人が見ていることもあって恥ずかしさからそう言うしかなかった。
まだ食堂には人がいるのだ。放課後なのだから当たり前なのだが・・・
食堂の従業員の方は此方を見て、あらあら、とにこやかに笑っているし、他の席に座っている生徒は真っ赤になりつつも興味津々に此方をちらちらと見ていた。
(は、恥ずかしすぎる・・・・・・・・・)
この後、我に返った真耶さんが真っ赤になりながら謝罪してきた。
まぁ、きっとその分不安だったのだろう。その後は真耶さんから家の住所を教えてもらい、日曜日に行く段取りを話し合った。
本当は真耶さんに連れて行ってもらいたいのだが、真耶さんは先に家に行って話をして俺を迎え入れる準備をしておくようだ。それでは仕方ない。
こうして、俺は日曜日に真耶さんのご両親と対面することになった。
そして日曜日。
俺は真耶さんの家の住所のメモを片手に歩いていた。
ご両親とのご挨拶に失礼があってはいけないと判断し、正装にしている。スーツは安物ではなく、ちゃんとしたメーカーの代物だ。獅子吼様の仕事や自衛隊への臨時講師など、こういうときはスーツの方が良いと思いいくつか用意しておいたのだ。と言っても、そこまで高級品でもないのだが・・・あまり高すぎると嫌みったらしく思われると、師匠に言われたからだ。今回の件、師匠に相談した結果、そうアドバイスを頂いた。
そして手には菓子折。
中身は季節を考えて紅葉饅頭となっている。
甘いものが苦手な人も食べられる甘さすっきりな代物だ。手ぶらなんて絶対に有り得ない、そんな失礼なことは絶対にしないのは当然のことだ。
しかし・・・・・・迷子になっていた。
住宅街というのは込み入っていて分かり辛い。そのため、真耶さんの家を俺はさっきから探していた。
そうして歩いている最中、道の端でうずくまっている人を見つけた。
「どうしたんですか! 何かありましたか!」
心配になり声をかけることに。
先程から人は通っているが、皆知らん顔をして素通りしていった。まったくもって嘆かわしい。
俺が声をかけると、うずくまっていた人が此方に顔を振り返る。
眼鏡をかけた五十代後半くらいの男性だった。
男性はとても困った顔をしていた。
「いや、すみません、大丈夫ですよ。ただ・・・」
そう男性は言うと、視線を下に向ける。その視線の先には排水路があった。
「少し物を落としてしまって・・・」
その顔は苦笑していたが、何だか悲しそうな顔をしていた。
きっと大切な物なのだろう。排水溝の穴に入ってしまったのかもしれない。
「探すのを手伝いますよ」
「いやいや、そんなっ」
「きっと大切な物なのでしょう。そんな悲しい顔をされるということは、特別な物じゃありませんか」
そう聞くと、男性は少し気まずそうに答えた。
「その・・・・・・妻との結婚指輪を落としてしまって・・・」
「それは大変です! そこの排水溝ですか」
「はい、指からするりと抜けてしまい、転がってそこの排水溝に・・・」
男性はそう言いながら視線を排水溝に向ける。
コンクリートで蓋をしてあるようで、持ち上げられはするが男性では持ち上がらないようだ。
「わかりました。では」
そう男性に答え、俺は地面に膝を突いて蓋の穴に指を引っかける。
「そんなっ!? 服が汚れてしまいますよ! 見たところかなり高そうなスーツなのに」
「これぐらい何ともありませんから」
そう答え、力を一気に込め持ち上げる。
蓋は少し重かったが、すぐに持ち上がった。武者の膂力を持ってすれば、この程度軽いものだ。
「凄いですね! 私ではびくともしなかったのに・・・」
「まぁ、鍛えてますから」
驚く男性にそう普通に答えた。
そして男性と一緒に下を覗き込むと、二人して顔が曇ってしまう。
排水溝の蓋を開けた先には・・・・・・ヘドロの山が待っていた。
どうやら指輪はこのヘドロに埋もれてしまったらしく、表からは見つからない。
唯一の救いは水が現在流れていないことだろう。流れていたら指輪が流されていたかもしれない。
「これは・・・・・・・・・」
男性の顔に少しだけ絶望に染まる。
きっと見つからないと思い始めているのかもしれない。
俺はそのまま手をヘドロの中に突っ込んだ。
「なっ!? 何してるんですか!?」
「何って・・・指輪を探しているんですよ」
俺が平然と答えると、男性は更に困惑した。
「何故!? こんな見ず知らずの私にそこまで、スーツまで汚して・・・・・・」
俺の着ているスーツは探しているうちにヘドロが飛び跳ね汚れていった。
あまり見れたものではない。
「別に服は他の物を着ればどうとでもなります、替えは効くのですから。だけど、あなたとその奥さんの結婚指輪は絶対に替えが効かない代物です。指輪は買い直せても、思い出はお金では買えないのですから。思い出の結婚指輪はこの世界にこの一つのみですよ。だからこそ、探すのです。自分の服など問題じゃありませんから」
そう男性に笑いかけながら言うと、男性は少し目頭を押さえ、そして俺と一緒に探し始めた。
そして約十分後、俺の指先に硬い何かの感触が当たった。
それを拾いあげると、汚れてはいたが銀色をした綺麗な指輪だった。
「ああ、これです!! よかった・・・・・・」
男性はそう心の底から喜び安堵したようだ。
見つかって俺もホッとしている。
「ありがとうございます! なんとお礼を言って良いのやら!」
感極まった様子で男性は俺にお礼を言ってくる。
「いえ、自分はたいしたことはしていませんから」
そう返し、この場を去ろうとしたのだが、男性に呼び止められてしまう。
「いえいえ、このままでは申し訳なさ過ぎます! せめて家でそのヘドロを落としていって下さい」
断ろうとしたが、あまりの熱心さに断れなかった。
あまり断るのも失礼に当たるときもあるのだ。そう言う場合は、受けるしかない。
クリーニング代もだそうとしていたので、流石にそれは断った。自分の善意でしたことにお金を受け取るわけにはいかない。
しかし、このままでは真耶さんの家に行くのが遅れてしまう。
あまり待たせて印象を悪くしてしまってはまずい。特に真耶さんのお父様には尚更だ。
俺は仕方なく男性の家でシャワーを浴びたらすぐに出ようと決意する。
そして男性に連れられて男性の家へと向かった。
連れてこられたのはよくある二階建ての家だった。
庭もあり、花が植えられている。住みやすそうな家だった。
「すまん、今帰ったぞ。悪いけど風呂を沸かしてくれないか。お客様がいるんでな」
男性が扉を開けながらそう家の中に向かって言う。きっと家族の方に言っているのだろう。
俺も続いて男性の後ろから家の入り口の前まで行く。
「もう~、お父さんたら、お客様が来る前に何やってるの~」
奥から少し怒っているような、困っているような、そんな女性の声が聞こえてきた。お父さんと言っていることから、この男性の娘さんなのだろう。
しかし・・・・・・はて? どこかで聞いたことがあるような・・・少し遠くだったため聞き取り辛かったが、聞き覚えのあるような声が聞こえた気がした。
そして出てきた女性は俺の姿を見て固まる。俺も出てきた女性を見て固まってしまった。
「一夏君!?」
「真耶さん!?」
そう、家の奥から出てきたのは・・・俺の最愛の恋人である真耶さんだった。
この時は気付かなかったが、この家の表札は『山田』だった。