書いていると、お腹が減ってきちゃいますね。
板場についてさっそく材料を吟味していく。
やはり流石と言うべきか、食材も一級品が揃っている。特に野菜に関してはその鮮度の良さが窺える。京都という土地は、水が良くて、独特の作物が多くある。そのどれもが宝石のようにキラキラと光り輝いて見えた。料理人として、こういった食材を使い料理を作るというのは、ワクワクして仕方ない。
しかし、玉子料理か・・・・・・・・・
かなり悩んでしまう。一見簡単に見えて、ここまで難しいものもそうはない。
玉子という食材は、所謂万能食材だ。焼いてよし、茹でて良し、生でも美味しい。
また、メインにもサブにもなれるというその万能性は、豆腐の比ではない。
和食で言えば、やはり玉子焼きや茶碗蒸し、洋風ならスクランブルエッグにオムレツ、中華なら蟹玉に蝦仁炒蛋など。
サブに回せば、それこそ数え切れなくなるくらいあるだろう。
何を作ろうかと本気で悩んでいると、芹澤さんと目が合った。芹澤さんは目が合った瞬間に苦笑を浮かべ、俺もつられて笑ってしまう。やはり、この人は武者っぽくない。
緊張が少しほぐれたので、俺はまた真剣に考え始めた。
私こと、山田 真耶は現在、何とも言えない状況です。
一夏君に勝負を挑んできた人に連れられて来た懐石料理店。
そこで一夏君達の料理勝負の審査員を任されてしまい、料理を待っているわけですが・・・・・・初めて会う人と仲良く話せるほど、私は社交性が無いんですよ。
なのでどうすればいいのか分からなくて・・・助けて、一夏くん。
「まぁまぁ、そう硬くならずに」
「は、はぁ」
「こんな年寄りの相手をさせて申し訳無いです」
「いえ、そんな!」
と、こんな感じです。
何というか、お偉い人の前に立たされてる感じがして、気まずく萎縮してしまいます。
お酒も勧められたのですが、一夏君と一緒にいる時は飲む気が起きないので断りました。そのせいか、更に気まずいです。
それを見抜かれてしまったのでしょう。このお店の板長さんが私に気を遣って小皿を差し出してくれました。中には何かのお漬け物が入っています。
「まぁ、何か口に入れれば緊張も解れますよ」
何だろう、この白い野菜?
大根みたいだけど、もっときめ細かい。蕪菁だと思うけど、何か少し違う気がしますね。
一切れ取ってさっそく食べてみると、
「美味しい!!」
そう素直に驚いちゃいました。
とてもきめ細やかで柔らかく、そして凄く甘い。塩加減も程良くて、後を引く味です。
私の声を聞いて、二人とも笑顔で此方を見ていました。
声を大きく出してしまったことを思い出して、恥ずかしくなってしまいます。
「これは、聖護院かぶらと言う蕪菁ですよ。京料理には欠かせません」
福寿荘の板長さんが私にそう優しく説明してくれました。
それを機に少しは緊張が解れてきたみたいで、何とか板長さん達とお話が出来るようになりました。
話してみると、お二人とも思っていた以上に気軽な人達みたいです。あまり緊張せずにすみました。
「一夏は学校ではどういう感じですか? 私達古い世代は最近のことはからっきしで・・・」
「まだまだ、まだ私らは現役ですよ兄さん。でしょ、山田さん」
「あははは・・・」
そんな風に今は打ち解けています。
福寿荘の板長さんはかなり一夏君のことを気にしているみたいで父親みたいでした。私は学校での一夏君のことを伝えると、とても嬉しそうにしていました。本当にお父さんみたいです。
瑞閣の板長さんは、そんな福寿荘の板長さんをからかっては怒られてました。二人とも、とても仲が良いみたいです。
そのうち今回の料理勝負のお話になりました。
「そう言えば、何で『玉子料理』なんですか?」
そう聞くと、福寿荘の板長さんが説明してくれました。
「玉子料理は単純でいて実に奥深いのですよ。それ故に、料理人の技量が問われる。一夏は今まで自分より上か、自分より下の者しか知りません。だから、自分の技量と同等の技量を持つ者と競わせたかったのです。それには、より技量の差が出る物がお題の方が良い。そういうわけです」
「家の芹澤も腕はあるんですが、あの気弱なところがいけなくて。それで兄さん自慢の織斑君と競わせて、自信を付けて貰おうって魂胆なんですよ」
と瑞閣の板長さんも捕捉してくれました。
そういうことだったんですね。何かいつもの一夏君の勝負とは違って、穏やかな感じで心が落ち着きます。だから、私は一夏君の料理が出来るまで安心して待つことにしました。
俺と芹澤さんは同時に動き始めた。
お互いに材料を冷蔵庫から取っていき、調理台の上に広げていく。
芹澤さんの方を見ると、野菜の類は一切見当たらない。玉子単体での料理ということなのだろう。俺の調理台にも野菜類は一切置いていない。悩んだが、やはり玉子料理というのなら、玉子をメインに据えるべきだ。俺はそう思いながら、ある節を削っていた。これが、俺の秘策だ。
向こうも何か秘策があるらしく、笑顔になっていた。俺もついつい笑う。実に穏やかに、それでいて真剣な時間が経っていった。
「「では、お願いします」」
奥座敷に入って俺と芹澤さんは同時に頭を下げる。
そのまま従業員の方が料理を運んで来た。
「ほぉ、これはまた随分とはっきりしているな」
「どっちが作ったのかわからなくする必要はなかったのかもしれんな」
「わぁ~、綺麗」
目の前に置かれた料理を見て三人が感想を洩らしていた。
三人に出された二つの皿、そこには玉子焼きが乗っていた。
片方は俺が作っただし巻き玉子。関東圏の卵料理の王道。もう片方は、確か知識でなら知っている。関西圏でのだし巻き玉子で、こちらでは『だし巻き』と呼ばれている。関東とは違い、出汁に重きを置いているのが特徴だ。そのため、焼き色があまり付いておらず、鮮やかな黄色をしていた。
「それは関西のだし巻きですね」
「はい、そうですよ。此方の料理人にとって、だし巻きは基礎中の基礎。だから、織斑さんとの勝負は初心に戻って作ってみました」
俺が芹澤さんにそう聞くと、芹澤さんは笑顔で話してくれた。
「織斑さんは関東のだし巻き玉子ですね」
「ええ、玉子料理と聞いて悩んだのですが、やはりこれだって思いまして。玉子を主役に据える以上、やはり玉子を味わえる料理にしようと思って作りました」
俺も笑顔で応じる。
とても勝負とは思えない和やかな雰囲気だ。
「では、さっそく・・・・・・芹澤君のだし巻きから頂こうか」
板長がそう言うと、さっそく皆一口食べ始めた。
俺の隣で、芹澤さんがつばを飲み込む音が聞こえた。
「ほぉ、これはまた美味い。何とも優しい味付けだ」
「うん、そうだ。良く出来てるじゃないか、芹澤」
「ふわぁっ、お出汁がじゅわっ、てしみ出してきて美味しいです。それにこのお出汁もまた上品で・・・・・・」
三人がそう感想を述べると、芹澤さんの顔が晴れる。
そのまま料理の説明に入り、俺もその説明に聞き入った。
実にためになる説明に、とても勉強になった。
そして・・・・・・次は俺の番だ。
「じゃあ次は一夏君のだし巻き玉子ですね」
そう真耶さんが笑顔で言い一口食べ始めると、板長達も食べ始めた。
その途端に真耶さんと瑞閣の板長の表情が変わった。
「こらぁ美味い!! 関東のだし巻き玉子なのにこっち以上に出汁のふくよかな香りと風味が凄い」
「美味しいです!! やっぱり一夏君のお料理は美味しいですね~! 前に作った私のだし巻き玉子よりも余程美味しいです」
真耶さんがうっとりとした恍惚な表情を浮かべ、瑞閣の板長が驚いていた。
それを見て、内心かなり嬉しい。
板長はしばらく味わった後に、口を開いた。
「これはまた随分と手の込んだ物を作ったな。出汁材は『マグロ節』と『利尻昆布』を使ったな」
そう言われ、俺はやはりバレたか、と思い説明し始めた。
「はい、板長のおっしゃる通りです。このだし巻き玉子に使った出汁は二つ、利尻昆布とマグロ節です。マグロ節は鰹節ほど個性は強くありませんが、上品な味が出て関西の方では大切にされている物です。また、利尻昆布を使った理由はその清澄で香り高く、特有の風味があり、澄んだ香りの良い出汁が取れるからです。クセのない透明で上品な味わいが欲しかったので使いました」
俺がそう説明すると、二人はうんうんと頷き、真耶さんは、へぇ~、と感心していた。
「だが、それだけではないでしょう。玉子は名古屋コーチンの玉子を使いましたね。上品だが結構強烈な出汁に負けないよう、玉子も味の濃い物を使い見事に調和してお互いが引き立つようにした。ちがいますかな」
瑞閣の板長は俺のだし巻き玉子をさらに分析しているらしく、そう答えた。
俺も当てられて笑顔になる。
「まったくもってその通りです。自分はだし巻き玉子を作っていて思ったんですよ。関東と関西、両方の良いとこ取りした物を作れないかと。それで作りました」
「成程、そうきたかぁ、すぐに実行に移れるというのは凄い。こりゃまさに麒麟児ですなぁ、兄さん」
瑞閣の板長がそう言うと、板長はそんなことはないと頭を振っていた。
褒めて貰って何だが、俺もそう思った。何故なら、このだし巻き玉子はまだ完成とは言えないからだ。
そして、結果発表。
板長が三人を代表して結果を発表した。
「結果は・・・・・・一夏の勝ちだ」
そう発表した瞬間に真耶さんが抱きついてきた。
「おめでとうございます、一夏君!」
それが嬉しくて頬を緩めそうになるが、この場でそうなるわけにはいかない。
「ちなみに票数だが、織斑君が二、芹澤が一だよ。芹澤、もうちょっと精進せにゃあなぁ」
「はい、精進します」
芹澤さんは真面目な顔でそう返事を返した。その時の顔は、何だか何かを成した、誇らしい顔をしていた。
俺に入っていない一票は板長の物だった。
俺はそのまま板長から注意を受けることに。せっかく勝ったのに、あまり勝った感じがしない。
「一夏・・・なんで私がお前に入れなかったか。分かるか?」
「はい、大体は予想がつきます」
「よろしい。確かにお前のだし巻き玉子は美味かった。しかし、まだ出汁や玉子の配分、焼きの甘さなどが見られた。何より、芹澤君の物と比べてお前の卵焼きは完成度がまだ低い。いきなり思いついて作ったのだから無理は無いとは言え、それも未熟故だ。もっと精進しなさい」
「はい!」
そう真面目に返した。それは俺も思っていたことだったから。
こうして、俺の料理勝負は終わった。
この後、このお店で夕飯をごちそうになり、本場の京料理を堪能した。
その際の真耶さんの笑顔が可愛くて、内緒で写真を撮った。流石にこの場で抱きしめたりは出来ないので、これで我慢しよう。
その後夜遅くになり旅館に戻ったら、やはりと言うべきか、千冬姉に怒られた。