美〇しんぼみたいになってますね~。
俺に勝負をしかけてきたこの人は、芹澤 鴨助さんと言って、武者であると同時に料理人らしい。
話を聞くと、実家は武術の道場をやっているらしいのだが、世の中それでは生活していけない。そのため、彼は武者の修行をしながらも大好きな料理をするために料理人となったらしい。
今現在も双方修行中の身らしく、頑張っているようだ。
「しかし、何故それが俺との料理勝負に?」
俺は疑問に思いながら芹澤さんに聞く。
もう戦闘態勢を解き、通常の状態になっている。芹澤さんは何というか・・・・・・武者っぽくないのも原因の一つだ。今はもう同じ料理人として話している。
「そ、それがですね・・・・・・実は店の板長が・・・・・・」
言いづらそうにする芹澤さん。何か込み入った事情がありそうだと思い聞いてみると、何でも働いている店の親方にそう言われたらしい。何で俺がこっちに来ていることを知っているのかと思ったが、これも次に芹澤さんが話してくれたことで納得した。
どうやら福寿荘の板長がこっちに来ているらしい。
何でも、芹澤さんのところの板長と福寿荘の板長は昔、同じ店で修行していた兄弟弟子だったらしい。それで今も親交は続き、度々双方とも店に遊びに行っているらしい。
それで芹澤さんの所の板長と一緒に店で飲んでいた時に、よく俺の話が上がっていたらしい。また、芹澤さんの話も良く出ていたらしく、ではどちらの腕が上か競わせるのも面白そうだ、と言う話になったらしく、それで芹澤さんは俺に勝負を挑んできたということらしい。
そう言えば、福寿荘の皆には京都に行くことを連絡しておいたのを思い出した。
皆、ためになるから楽しんできなさいと言ってくれたのを良く覚えている。
「一夏君・・・・・・・・・」
真耶さんが不安そうに俺を見つめてくる。
「大丈夫ですよ、真耶さん。ただの料理の腕比べですから。怪我とかはしませんよ」
安心させるように優しい笑顔でそう言うと、真耶さんは安心したらしく、ほ、と胸を撫で降ろした。
「話は大体わかりました。ではその勝負、謹んでお受けさせていただきます」
「ありがとうございます! これで怒られずにすみそうです」
本当に安心したらしく、大仰な感じに芹澤さんが言う。
どうやら板長に怒られるのが怖かったようだ。その気持ち、俺もよく分かるだけに、同感だ。
俺は話を決めると、真耶さんの方に申し訳なさそうに言う。
「すみません、真耶さん。千冬姉に連絡してもらえないでしょうか。このままだと帰りが遅くなってしまいそうですので。先に戻っていてもらえませんか」
「それは分かりましたけど・・・・・・私も一夏君と一緒に行きます!」
そう俺の手をぎゅっと握りしめて真耶さんが強く言う。
「いや、それは、ちょっと・・・・・・」
まさかこうなるとは思っていなかったため、タジタジになってしまう。
「それとも・・・・・・一夏君は私と一緒じゃ嫌ですか・・・」
そう泣きそうな顔をされてはNOと言えるはずもない。俺は仕方なく折れた。
「はぁ・・・わかりました。それじゃ一緒に行きましょうか、真耶さん。連絡はお願いしますね」
「はい!」
花が咲いたかのような笑顔で嬉しそうに笑う真耶さんがまた可愛い。しかし、少しそのことを気まずく感じてしまい、芹澤さんの方を見ると、
「別に恋人さんも大丈夫ですよ。良かったらどうぞ」
俺に気を遣ってか、そう言ってくれた。
そのことに感謝の念が絶えない。
「すみません、芹澤さん」
「いいんですよ、此方の事情に巻き込んでしまったようなものですし。寧ろ此方がお二人の邪魔をしてしまって申し訳無いです」
そうしてお互い頭をぺこぺこと下げ合ってしまう。
本当に武者なのか不思議になってしまう人だった。
真耶さんが千冬姉に連絡を入れると、千冬姉は「今度は一体何なんだ? お前は行く先々で問題に巻き込まれるな」と呆れ返っていたそうだ。一応は許可してくれたらしい。
そのまま芹澤さんに案内されて着いたのは、なんとも威風漂う老舗だった。
名を『瑞閣』と言う。京都に古くから続く懐石料理の店らしい。
「これはまた、実に凄い・・・・・・」
店を見て、そう感想を洩らす。
福寿荘も負けず劣らずだが、さらに此方は周りの雰囲気もあってか凄みを感じる。
「凄いお店ですね~。一夏君の働いていたお店も凄かったですが、こっちも凄いです」
真耶さんは建物を見ながら感嘆の声をあげていた。
こんなお店で修行しているということは、芹澤さんの腕はかなり凄いのだろう。
緊張で手に汗を掻いてきた。
「では、どうぞ」
そう言われ真耶さんと二人で店に入ると、やはり中も見事なものだった。
そのまま奥座敷まで案内された。
襖の前で緊張する芹澤さんを見て、この先に誰がいるのかが分かり、俺も緊張する。
「板長、失礼します。織斑 一夏様をお連れしました」
「入りなさい」
「失礼します」
そう礼を返し芹澤さんが襖をゆっくりと開けると、福寿荘の板長と、白髪頭で短めの短髪をしたお爺さんが酒を飲み交わしていた。
きっとこの人がこの『瑞閣』の板長なのだろう。
俺はさっそく板長達に挨拶をする。
「板長、夏休みぶりです。お元気そうで何よりです。そして・・・・・・お初にお目にかかります、福寿荘で修行をさせていただいております、織斑 一夏と申します。以後お見知りおきを」
すると瑞閣の板長は愉快そうに笑い始めた。
「へぇ~、これが兄さん(あにさん)のご自慢の弟子ですか。こりゃまた若いのに随分としっかりしてますね。とても学生とは思えませんな」
「そこまで自慢した覚えもないけどね。まだまだ甘い未熟者だよ。まぁ、才能は確かにあるし、努力も怠らない。だからってあまり褒めると増長・・・はしないか、一夏は。寧ろお前さんのところの芹澤君もたいしたものじゃないか。もう板場に出しているのだろう」
「家のはまだまだですよ。そういうことなら、兄さんのところの織斑君も出てるじゃないですか」
板長達はお互いの弟子を評価していく。板長は俺のことをそう評価していたのかと、ついつい嬉しくなってしまう。
「おや、後ろの方は?」
「はい、織斑さんの恋人さんだそうです」
「は、初めまして! 山田 真耶と申します!!」
瑞閣の板長に少し緊張気味に自己紹介をする真耶さん。声が少しうわずってしまっていた。
「あぁ、あのときのお客様でしたか。いつも家の一夏が世話になっております」
板長が真耶さんを見て、まるで父親のようにそう挨拶をしていた。何だか気恥ずかしい。
「いえいえ、こちらこそ、一夏君にはいっつもお世話になってばかりで・・・・・・」
真耶さんもそう返していたが、何だか父親に恋人を紹介している気分に襲われているのは俺だけなんだろうか?
そのまま話は続いていき、やっと勝負の話になった。
「勝負のお題は玉子料理。勝敗はどちらが美味いかで決める。審査方法は絵皿で分け、どちらが作ったのかは分からないようにし、美味い方の皿に表を入れる。審査員は兄さんと儂、それと織斑君の恋人さんにしてもらおうかねぇ」
「わ、私がですか!?」
「せっかくですからねぇ。その方が織斑君のやる気も上がると思いましてね」
「そ、そんな・・・あぅ・・・」
そう言われ真耶さんが真っ赤になっていた。
その恥じらった顔も可愛いが、板長の前で腑抜けた顔は出来ない。
俺は芹澤さんに道具と割烹着を借り、さっそく板場へと向かった。
「では・・・悔いの残らないよう全力でいかせてもらいます」
さっきまでのオドオドした様子からは考え付かない雰囲気を纏って芹澤さんが俺に微笑み、手を差し出す。
「はい、俺も胸を借りるつもりで頑張ります。では、よろしくお願いします」
その握手に俺も応じ、しっかりときつく握った。
そして握手を終えると同時に、二人して板場で料理を作るべく、冷蔵庫へと向かった。