全壊したアリーナで膝を着いて呆然としている束さんに向かって俺達は装甲を解除して歩いて行く。
『久しぶりだったからちょっと物足りなかったわね。イマイチだったわね、御堂』
師匠の前で村正さんが蜘蛛の姿のままそう言う。
「そういう問題ではないと俺は思うのだが・・・」
言われた師匠は自分が吹っ飛ばしたアリーナの壁跡地を見て淡々と答えていた。しかし、俺にはわかる。きっと師匠の頭の中では修理費が計算されているのだろう。莫大過ぎて人一人に払いきれる金額ではないと推測する。俺も自分が爆破した跡を見てそう思ったのだから・・・・・・
真田さんは、まったく気に留めていない様子だ。
「やっちまったぜ」程度にしか思っていないのだろう。
修理費は三人で割り勘にしようと心に決めた。
「お二人はそこで待っていてもらえませんか。俺はあの人に話がありますから」
そう二人に伝えると、二人とも分かってくれているらしく何も言わずに頷いてその場で止まってくれた。こういうときの以心伝心にはかなり感謝している。普段もこうならもう少しは二人の性格もマシになるとも、思った。
俺は束さんの目の前に立つと、そのまま話しかける。
「束さん・・・何でこんなことをしたのか、という理由は聞きません。ですが、まず・・・・・・ありがとうございます」
「え・・・・・・・・・」
俺は束さんに礼を言い頭を下げる。
俺のいきなりの行動に束さんから声が漏れた。
「な、何で・・・お礼なんて言うの・・・・・・」
「やり方はどうあれ、束さんは俺のことを心配してくれたのですね。確かにあなたにとって、劔胄は科学的に解明出来ない不気味な物に写るのかもしれません。そんな訳の分からないものを親しい人間が使っていることに不安だったのでしょう。あなたにとって、わからないことは怖いことだと思うから。そして映像の俺を見て、劔胄の死合いが如何に危険なのかを理解した。だからこそ、俺が危ない目に遭わないように正宗を破壊しようとした。違いますか?」
「そ、それは・・・・・・」
俺は優しくそう言うと、束さんは叱られた子供のようにしゅん、としていた。
大体は正解だとは思う。この人は親しい人には昔から優しいから。
確かに劔胄が目障りに感じたのも事実だろうが、それはこの際本筋ではないので瞑ろう。
「だからこそ、まずお礼を言わせて貰います。心配して下さって、ありがとうございます」
できる限り笑顔で言うと、束さんからは嗚咽が聞こえてきた。地面に水滴が落ちてきていたが、それは見ないことにする。
できる限り笑顔と言った理由は単純で・・・・・・さっきから身体中が痛い。
最早当たり前となった正宗七機巧によって体がボロボロなのだ。
制服もズタズタな上に血まみれ。右腕なんて肩から下の袖が千切れ無くなっているし、腕自体も何とか再生させた程度で血まみれ。腹は塞いでこそいるが、激痛は走りっぱなし。手の平は火傷が凄まじい。その状態で顔に出さないようにしているのだから、多少表情がぎこちなくても大目に見て貰いたい。
俺は静かに泣いている束さんが少し泣き止むまで待ち、泣き止み始めたところでまた話しかける。
「ですが・・・・・・もう俺も自分で責任を取れる漢です。心配してくれたことは嬉しいですが、安心して下さい。俺は簡単には死にませんから。ですが・・・・・・」
そこで一端切ると、真面目な表情に変える。死合いの時とほぼ一緒の真剣な顔だ。
「あなたがしたことは許されるようなことではないと理解して下さい。あなたがしたことは、俺だけにすれば良いはずなのに、それ以外の人を巻き込みすぎた。それは、絶対に許されないことです。そして・・・・・・あなたはこの際、世界に対して責任を取るべきです」
「せ、責任・・・」
俺が真面目に話しかけたことにビクッ、と肩を振るわせる束さん。
その姿はまるで、叱られている幼子そのものだ。
「今の世界のようになってしまったのは束さん。あなたにその一端があります。全部が全部貴方が悪いとは思いません。ですが、それでも・・・あなたはISを作り出した責任を取るべきだった」
「そ、それは・・・ISよりも・・・凄いのを作ればいいってことなの・・・・・・」
束さんは縋るようにそう言う。
その姿は先までの自信に満ちあふれた姿からは想像も出来ないだろう。
あまりにも気の毒に見えてくる。そのまま許したくなってくるが・・・・・・
そう言うわけにはいかない。
「そういう意味ではありません。わかりませんか」
そう優しく問うと、束さんは分からないと頭を振る。
「わからないよ・・・・・・私はどうすればいいの」
そう必死に聞く束さんに、俺は優しく諭すように言う。
「ISは何のために作ったんですか?」
「え・・・・・・それは・・・」
「教本でしか知りませんが、ISは本来、宇宙で活動するために作られたパワードスーツですよね。白騎士事件で確かにISは有名になり広まりましたが、それは兵器としての強さのみが広まってしまった。そして女性しか動かせないことがさらに拍車をかけ、今の世が出来上がってしまった。でも・・・・・・それは本来の姿ではない。あなたがISを作ったのは宇宙での活動のためだ。だからこそ、あなたはISを『本来の姿』に還さなければならない。それがあなたの果たすべき責任の一つです。別に世界に協力しろとは言わない。今の世を改善するために男が乗れるISを作れとも言いません。ただ、本来のあるべき姿を思い出して下さい」
俺がそう諭すと束さんは、はっ、と顔を上げた。その顔には忘れていた何かを思い出した表情をしていた。
「作ったのなら何であれ、責任を持って下さい。それが、そのものを作った者の責務です」
そう笑顔で俺は言う。
ものを作るに限らず、何かを成すということはその責任を負うということにならない。
この人は体こそ立派な大人だろうが、中身は幼い子供そのものだ。無邪気に一生懸命に何かをするが、それを過ぎると飽きてしまう。小さい子供は責任の取り方を知らない。それは人と接して、年月をかけて学んでいくものだ。
この人は頭が良過ぎた。
なまじ知能が高過ぎるせいで周りから隔絶してしまった。周りは自分とは違うものだと。
幼い頃、人と人の繋がりが大切な時期にそれを行わずに成長してしまった。そのため人として大切なものを学び損ねてしまったのだ。
そのことは気の毒に思わなくも無いが、それは俺がどうこう出来る物では無い。本人が今からでも学ぶべきことである。
束さんは俺の言葉を噛み締めるように聞いていた。だからこそ、こういうことも言わなければいけない。俺は正宗に頼んで斬馬刀を渡して貰うと彼女の前で鞘から抜き、刃先を彼女の眼前に突き付ける。そのことにびっくりする束さん。
「もし、また道を踏み外して世界に害成そうとするならば・・・・・・その時こそ、あなたを討ちます。情けも容赦もかけず、徹底的に・・・ね。そのことを心に刻んで置いて下さい」
俺の顔を見た束さんの顔が固まる。
今の俺の顔は武者同士の死合いでの顔をしていた。真剣に必死に、そして圧倒的なまでの殺気に満ちた笑み。命を賭けて戦いを常にする者が常に浮かべる笑みは、一般人には毒にしかならない。心臓が弱い者ならば、即座に発作を起こしていただろ。自身の命を賭けたことのない束さんにはきついのか、歯がかみ合っていないようでガチガチと口元が震えていた。
俺はその笑みをぬぐうようにして、また優しい笑みに戻す。
「でも、もし道を踏み外しそうになったら、そのときは迷わずに助けを呼んで下さい。そのときは全力で助けますから」
そう言うと、束さんが緊張状態から解放されたことにより脱力し倒れかけた。
よっぽど怖かったのだろうか? そこまで怖くしたつもりはなかったのだがな。
「それに・・・・・・ISと劔胄では作られた理由が違いますから。戦いでは劔胄の方が本来の意味もあって上ですよ。それ以外は全部ISの方が上ですけどね」
そう緊張を和らげるように言うと、束さんは少し笑う。
「・・・・・・そうなの?」
「そうなんですよ。劔胄は元々、戦うために作られた物です。先人達が殺し合いに勝つために作った兵器ですよ。それが本来の用途から外れた物に負けるわけないじゃないですか。でもISの方が速く飛行出来るし、武器は量子変換で色々詰めるし、絶対防御とかで安全性が劔胄とは段違いなんですから。こっちは刀や槍しかないし、斬られれば死ぬほど痛いし、毎回毎回死にかけてばかりだし。束さんが思っているほど劔胄は優秀じゃないんですよ。ISの方が絶対に便利ですしね。だから・・・自信を持って責任を果たして下さい。こんな凄い物を作れる束さんなら、絶対に出来ますから」
そう言うと、束さんは笑顔に戻った。
うん、いつもと同じ笑顔だ。これならもう大丈夫かな。
「束さん。あなたはもっと、『人』を学んで下さい。『心』を学んで下さい。それがあなたに足りない物ですよ。それさえ学べば、きっとあなたは今よりもっと凄くなる。きっとあなたは今まで世界がつまらなかったのかもしれない。でも、それを学べばあなたの世界はきっと変わりますから」
そう言って束さんの前から去ろうとするが、後ろから呼び止められてしまった。
「いっくんはISを便利だって言ったよね。仮にだよ。私がいっくんが動かせるISを作ったら、いっくんは乗ってくれる?」
束さんのその声にはイタズラをするような含みがあった。きっと俺が言う答えを分かりきっていて聞くのだろう。
俺は笑顔で返答を返す。
「申し訳無いですが、お断りさせていただきます。何せ・・・・・・・・・俺は『武者』ですから」
そう答えながら俺はそのまま束さんの前から去った。
きっと顔は笑っているにちがいない。
後のことは千冬姉がきっと何とかしてくれるだろう。俺に出来ることはもうない。
そう思いながら、俺達は第三アリーナ跡地を後にした。
追伸。
その後はというと・・・・・・IS学園の皆様に三人で土下座して廻ることになった。
当然やってしまったことはどうにもならないが、謝罪は当たり前にすべきことである。
皆あまりの破壊の痕に何も言えなくなってしまっていたが・・・・・・
今回一つだけ朗報があった。
それは・・・・・・アリーナの修理費は日本政府の劔胄推進派が喜んで出してくれるということだ。
今回の件も当然映像が取られていたようで、世界に配信済みであった。
寧ろ、劔胄の性能をアピール出来たことに大喜びしていた。師匠は顔には出していなかったが、胸をなで下ろしていたようだ。これだけは本当に良かった。
しかし、当然世界から日本の武力を危惧する声も上がったそうだ。
なので、俺が世界に向けて直に言うよう言われてしまった。
そしてマイクの前に立ち、そして世界に向かって言う。
「確かに劔胄の性能は凄まじいです。ですが・・・・・・この力は私利私欲には使わない! 国の威信のために使わない! 誰かの思惑のためには使わない! この力は、人を、世界を、大切な人を助ける。すなわち『正義』のために使います! ですから、たとえ世界が相手だろうと自国が相手だろうと、それが悪だというなら、俺はこの力を迷わずに振るいます! ですから世界の皆様方・・・・・・そのこと、重々承知しておいて下さい。これは皆様に戦いを挑んでいるのではありません。ただ、一個人の人間が世界に向けるお願いです。正義とは助け守る心だということを。このことを忘れないで頂きたい」
この配信により、俺はろくでもない意味で世界中から注目されることに。
後でネットの動画サイトををみたら、『ブシドーーーーーーーーーーーーーーーーー』
と連呼されていた。