講義を初めて二時間目に突入した。
「織斑教官、さっそく質問をよろしいでしょうか」
「どうぞ」
俺に質問してきたのは、一時間目の最初に質問をした真面目な人だった。彼は手を上げると、少し冷や汗を掻きながら俺に質問する。
「何故・・・・・・真田教官と伊達教官があそこで倒れられているのでしょうか・・・・・・」
彼が目を向けると、そこにはぐったりとしながら倒れ、唸っている二人が転がっていた。
「あの二人はプライバシーに干渉してきたので、その処置です」
そう淡々と答えるが、俺の言葉の端々から怒りがにじみ出ていた。
そのことに他の隊員たちは苦笑を浮かべる事しか出来ない。
一時間目の最後辺りでからかわれ思いっきり笑われた俺は、二人に手加減無しの鉄床と逆髪をお見舞いしてやった。まさか本気でやられるとは二人とも思っていなかったらしく、直撃。今のように倒れながら唸ることに。いつもなら大人げないと思うが、さすがにおちょくり過ぎ故に後悔は無い。
しかし、いつまでも怒っていては講義が出来ないので、飲み込むことにした。
「では二時間目の講義を始めます」
ここで一旦切り、
真面目に、もとい…殺気を放つ。
「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」
俺の放った殺気に隊員の皆が息を呑む。
その殺気を目覚まし替わりに二人が起き出した。
「今度は此方から皆さんに質問をしたりします。さっきと違い・・・真面目に応えるように」
殺気に当てられて皆真面目に頷く。
後ろで「中々良い殺気だな~」と伊達さんが言っていたが、そこは無視しとこう。
周りの気持ちが静まるのを待ってから俺は口を開く。
「では最初に・・・・・・皆さんは武者とは何か分かっていますか」
「はい」
俺の最初の質問にさっそく手を上げたのは、さっきも質問した彼だった。
「武者とは劔冑を使うもの、または刀を使う武士のことかと」
彼の答えは模範的だ、概ね合っている。しかし、今俺が聞きたいことはそう言うことでは無い。
「半分正解と言ったところですね。概ね合ってます。しかし今聞きたいのはそこから先のものです。武者とはすなわち、信念を成す者のことだと、私は思っています。劔冑を使おうが、刀を使おうが、そこに信念が無ければただの無頼漢。信念を持ってこそ、武者は武者足り得ます。だからこそ、皆さんには己の信念を持って頂きたい」
これが俺が考えて思っている武者像だ。
劔冑や刀を持って使っているのが武者なのでは無い、信念を持って力を振るうものが武者なのだ。
「では次に・・・皆さんは今の・・・女尊男卑の世をどう思いますか?」
その質問に周りから少し動揺が走る。
俺はそれを気にせず更に言う。
「素直に言って下さい。誤魔化さずにお願いします。別にこの場の発言が何かの問題になったりはしませんから、安心していいですよ」
すると一人手が上がった。
この中では若い隊員さんだ。
「その・・・本当に良いのでしょうか?」
「ええ、お願いします」
彼は俺にそう言われ、意思を固めて話し始めた。
「あまり良く・・・・・・いや、かなり良くないです。ちょっとした事でも威張られて、こっちは毎日ビクビクしなきゃならないし、仕事でも手柄はあっちに取られてこっちは裏仕事や汚れ仕事ばかり。それを当たり前って面で感謝の一つもしない。はっきり言って最悪です。あ、でも佐藤二尉や織田三尉、鹿目一尉は別ですよ」
はっきりと彼は言いつつも、この部隊にいる女性隊員のフォローも忘れずに言う。
そのフォローに言われた三人はありがとう、という意思を込めて彼に笑う。
彼の気持ちも分からなくはない。しかし、これから言うことは、そんな彼には酷かもしれない。
「ありがとうございます。では引き続いて劔冑が出てこの部隊に配備されたときはどう思いましたか?」
俺がそう聞くと、彼は今度は少し興奮気味に答え始めた。
「はい、凄く嬉しかったです。織斑教官がテレビで劔冑と出て以来、劔冑の話題は凄まじかったですから。ISに勝てる兵器・・・これでつけ上がった女にゴミ虫みたいに見られずに済むって・・・男の威信が回復するってそう思いました。それでこの部隊に配備されて、これで勝てるって思いました」
彼は子供のように楽しそうに言う。
周りも同じようで、うんうん、と無言で頷いていた。
「では・・・・・・そうですね。さっき話に上がった佐藤二尉。あなたは何故この部隊にいるのですか? 女性ならISの方が良いと思うのですが」
そう聞くと、一人の女性隊員が立ち上がった。
その人は一時間目に、俺に恋人が居るかを聞いた人だった。
「私はISがあまり好きじゃないんですよ」
「と言うと?」
「確かに凄い兵器ですけど・・・何て言うか、選民思想のような物を感じてしまって。私達は皆支えられて生きています。その感謝を忘れ驕るのは、人としてどうかと。だからISの部隊には行きたくなくて・・・そう考えていたときに劔冑が出てきたんです。織斑教官が何だか格好良く映って、それで劔冑のことが気になってこの部隊に志願しました。後でサイン頂いてもよろしいでしょうか」
佐藤二尉は俺に笑顔でそう言う。
サイン云々は後回しにして、彼女の考え方は今の女性ではなかなか無い高潔な考え方だ。寧ろ俺はこういう精神を見習いたい。
そして俺はこれから言うことに決意を固める。
これから言うことは聞き取り方次第では、正気を疑われるかもしれない。しかし・・・言わなければならない。これを言わなければ、彼等は武者には成れないからだ。
「質問に答えて下さってありがとうございます。皆さんのお考えが良くわかりました。しかしながら、これから言うことは皆さんの気に障るかもしれません。しかし、これは重要なことですのでちゃんと聞いて下さい」
そして一回深呼吸。
殺気を乗せた言葉を吐き出す。
「まず・・・・・・劔冑があるからと言って舞い上がらないで下さい」
俺の声に周りがビクつく。
死合い並の殺気を浴びせられ、周りの空気が凍り付くように感じられる。
「そもそもの話・・・・・・女尊男卑をひっくり返せるとか、女性より上に立てるとか、そんな考えは捨てて下さい。総理と天皇陛下のお考えはあくまでも男女平等だということを忘れないで下さい。さっきも言いましたが、武者とは信念を成す者だと。正しき信念を持つ者はそのようなものは些事と捉えます。だからまず、皆さんにはそう言った考えを捨てて貰いたいのです。そのための力です」
俺の殺気を乗せた言葉に、皆は真剣に聞いていた。
この力、武者たる力とは、他者を貶めたり、虐げたりするものではない。そのことをまず理解してもらいたかった。
「また、劔冑を使えるからと言って調子に乗らないで下さい。使うこと自体は誰にだって出来ることです。使いこなせなければ、それはただの力の持ち腐れだということを忘れないで下さい。武者とは武の探求者。常々精進を忘れないようお願いします。そうすれば、そんなことを考えて居る余裕などなくなりますから」
そうニヤリと笑って言うと、皆さん冷や汗を掻いていた。
そこまで怖いことは言っていないと思うが・・・・・・
「そして最後に・・・・・・これが一番重要です。しかし、これは今の皆さんの存在そのものを否定する言葉です。だからこそ、良く聞いて下さい」
俺はそう言った後に一回切り、精神を落ち着かせてその話を始めた。
「劔冑を使う以上、皆さんには武者になってもらいます。だからこそ・・・・・・自衛隊を、軍人をやめて下さい。その思考を捨てて下さい。その代わりに武者としての考えを骨身に染みこませて下さい」
俺の発言に皆がざわつく。
当然のことだろう。今までの自分達を全否定されては誰だってそうなる。
しかし、これは必要なことだ。だからこそ、俺は心を鬼にして言う。
「まず、隠れて何かを成そうとしないで下さい。武者とは、逃げず、怯えず、怯まず、正面からすべての障害に立ち向かう者です。後ろから討とうなどと考える者は不要です。そう考える者は武者の恥として、生涯を後ろ指を指され罵られます。今までの軍事行動のような、狙撃や隠れ撃ちなどと言った考えは捨てて下さい。武者に許されるのは迎え撃つか襲撃をかけることだけです。それも正面からだけ、後ろから斬りかかるなど言語道断です。だからこそ、軍人としての考え方を忘れて下さい。もしこの中で今でもそのような恥ずかしいことを考えている者がまだいるようなら、その者を今すぐ『討ち』ます。わかったのなら頷いて下さい」
俺の言葉に皆が無言で頷く。
その顔には恐怖など無く、真剣に真面目は顔になっていた。
「結構です。では、皆さんには恥ずかしくないよう立派な武者になってもらうために、より深く武者の理について講釈しようと思います」
真面目な雰囲気だが、張り詰めすぎただろうか。
おれは緊張をほぐすために、軽いことを言うことにする。
「と、偉そうに講釈を垂れている自分ですが、自分が立派な武者だと思ったことは一回もありません。生涯精進の身の上で何が立派なのか、未だに理解仕切れていないのですから。だから、もうちょっと気は抜いて聞くように」
その諧謔に少しは空気が和らいだ。
後ろの方で真田さんはうんうんと頷いていたが、伊達さんは『何真面目ぶってんだよぉ~』とちゃかしていたが・・・・・・
それから俺は皆さんに劔冑についての理や礼節について講義を話し始めた。