真耶さんが家に遊びに来てから早三日。
その間に俺は正宗の説教を毎日受け、いつもの三倍の鍛錬をさせられていた。
そして今日も説教を受けている。
『御堂は我の仕手として常日頃から研鑽を積んでいることは分かっておる。武者としての心構えも充分よ。人間としても良く出来ていると我は思っている。しかし・・・・・・何故、真耶嬢と一緒になるとこうも駄目になるのだ! いや、別に御堂の能力を疑っている訳ではない。しかし、気骨と言うか反骨精神とでも言うのか、そう言った威勢が無くなるのはどうにかならんのか』
「いや、そう言われてもなぁ・・・・・・」
いつもお説教はこの始まりから開始され、二時間ほど正座させられながら聞かされる。
最早耳にタコであり、いい加減疲れてきた。
しかしされているのは自分の不甲斐なさ故のことであり、聞き流せるほど自分は無神経ではない。
正宗も俺のことを思っての説教だと思うから、俺は毎度その説教を真面目に聞いていた。
『しかし・・・・・・だから・・・・・・故に・・・・・・』
そう真面目に説教を受けていたところでポケットに突っ込んでいた携帯が鳴り始める。
「待て、正宗。電話だ」
説教に夢中になっている正宗を止め、俺は携帯を開く。
画面に映っていたのは『湊斗 景明』の名前だった。
俺はすぐさま応対する。
「もしもし、師匠。いったいどうしたんですか?」
『うむ、朝早くにすまんな。実は頼みたいことがあって電話したのだ』
頼みたいこと? 一体何だろうか。
師匠が俺に頼み事をするときは結構重要なものや大変なものが多い。師範代や村正さんへの炊事家事修行もその一つだ。
『うむ。実はな、今日は篠川公方様のお仕事の手伝いを頼まれていたのだが、堀越公方様に捕まってしまい行けそうにないのだ。自分の不手際をお前に押しつけてるのは筋違いも甚だしいことだが、済まないが頼まれてはくれんだろうか』
師匠が本当に申し訳無さそうに言う。
成程・・・・・・つまり獅子吼様の仕事の手伝いをしてこいということか。
手伝いに行こうとした所で茶々丸さんに捕まり行けそうにないと。あの人は師匠の事になると夢中になるから逃げられそうにない。なので葛藤と苦心の末に俺に頼んできたらしい。
師匠に頼まれれて断れる弟子がいようか・・・・・・いるわけがない。
「分かりました。そのお話、謹んでお受けさせていただきます」
俺は快活に師匠に返事を返す。
『すまんな、このようなことになってしまい。不甲斐ない師を憎んでくれてもかまわん』
「いえ、そんなことはありませんよ・・・・・・・・・悪いのは師匠の予定も構わずに引っ張り回す茶々丸さんですしね」
『そう言ってもらえると有り難い』
まったく・・・・・・茶々丸さんには本当に困ったものだ。
そもそも、師匠がちゃんとお決めにならないのも原因な気がするが、何故だかそれは俺が言ってはいけない気がする。
その後、師匠はこの電話を切り次第に先方に連絡を入れるらしい。なので俺は家で待機を命ぜられた。向こうの方が迎えに来るらしい。
只の仕事の手伝いに出迎えがあるというのは、どういう待遇なのだろうか。
師匠の凄さというものを改めて実感させられる。
そして電話は切れ、俺が家で待機すること三十分、家の扉から来客のブザーが鳴る。
俺が外に出ると、そこには・・・・・・
黒い高そうな車と、いかにもな感じの黒づくめの二人組がいた。
さて、そんな感じに車に乗せられて移動すること三十分弱、車はとあるビルの前に止まった。
「で、・・・でかいな・・・・・・」
連れてこられたビルは五十階はありそうな高層ビルだった。
名前は『六波羅第6ビル』
今日はここで獅子吼様が仕事をしているらしい。
俺は黒づくめの二人に連れられてさっそく獅子吼様のいる最上階へと案内された。
移動中に聞いたのだが、この二人は六波羅の社員であり獅子吼様直属の部下らしく、二人とも武者らしい。
通りで雰囲気が一般人とは違うわけだ。
その二人に連れられて俺は最上階の部屋、社長室の前に来た。
そしてノックをしてから部屋に招かれた。
部屋に入るまで俺は社長室というのは豪華な装飾品だらけの部屋だと思っていた。
前にデュノア社に襲撃をかけた時に入った社長室もイメージそのものだったからそのようなものだとばかり思っていた。
しかし俺の目に入ったのはそんな豪華なものではなかった。
入ったものは只ひたすらにどこまでも続く書類の山、山、山であった。
床も書類がびっしりと散らばっていて足の踏み場も無い。
そして壁を見ても装飾の一つもない。
そして部屋の主である獅子吼様がいるであろうデスクには・・・・・・書類で出来た壁が出来上がっていた。その壁のせいで獅子吼様の姿が見えない。
まさに書類で出来た地獄がそこにはあった。
「来たようだな。すまんな、客が来たのに満足な対応も出来ず」
獅子吼様はそう言いながら書類をどかしつつ俺の方に来た。
ビシッ、とスーツを着こなし、相も変わらず神経質そうな顔をしていた。
「いえ、そのようなことは・・・それよりもこの書類の地獄は一体・・・・・・」
挨拶を本来ならしなければならないところだが、さすがにこの現状について聞かなくてはならない。
「まぁ、見ての通りだ。どれもこれも仕事のものだ。いつもはここまで溜まったりなどしないのだがな・・・・・・あの馬鹿(茶々丸)がしょっちゅう仕事をサボるので溜まってしまった。湊斗にはそれでいつも手伝ってもらっていたのだが、よりにもよってあの馬鹿が湊斗を持っていってしまったのでな。この通り溜まったわけだ」
「いえ、重ね重ね申し訳ありません」
「別に貴様が謝るようなことではない」
そう言って軽くため息をつく獅子吼様。
俺はその心情が分かって同情してしまう。
((本当に茶々丸さん(あの馬鹿)はろくなことをしないな))
そう思いながら俺もこの地獄に足を踏み入れた。
その後は簡易テーブルと椅子、それとノートパソコンやら筆記用具やら電卓やらを貸し出され、さっそくこの地獄を片すために簡易テーブルに向かい合った。
その五時間後・・・・・・
部屋を占拠していた書類の三分の二が何とか片づいた。
あと残っているのは獅子吼様のデスクの書類の壁だけだ。
「さすがに湊斗と同じようにはいかんか」
獅子吼様がそう言いながら少し休んでいた。
さすがに師匠と比較されてもどうしようもない。
聞いた話では師匠はこの量を半分の時間で大体終わらせるらしい。
さすがは師匠、俺とは物が違う。
「己が手際の悪さに申し訳無いです」
「いや、そうは言うがその若さでこの能力なら中々のものだ。もう少し精進すればモノになるだろう」
「ありがとうございます」
まさかお褒めの言葉を受けるとは思わなかった。
こんな凄い人に褒められたのだから、より精進しようと思う。
しかし本当に凄いと思ったのは獅子吼様の精神力だろうか。
あれだけの書類を片しているというのに、まったく疲れた感じを感じさせない。
対して俺はというと、顔は真っ青になっていて疲労が身体中から溢れてくるかのような為体だ。
人としての各の違いと言うモノを思い知らされた。
「さすがに疲れてきたな。少し息抜きをするか」
そう言って獅子吼様は席から立ち上がると部屋から出て行く。
俺にも一緒に付いてくるよう顎で示すと、俺も一緒に部屋を出て行きエレベーターに乗った。
そして降りること地下四階。
そこには会社には有り得ないモノが広がっていた。
そこには・・・・・・道場は広がっていた。
高層ビルの地下に道場、これほど可笑しな組み合わせは中々にないだろう。
「どうして地下にこのような場所が・・・」
「ここも一応は六波羅ということよ。ここの社員の上層部には武者が多い。だからこそ、鍛錬もかかさずに出来る場所が六波羅のビルにはある」
どうやら六波羅にの施設には秘密裏に武者を鍛えるための場が設けられているらしい。
獅子吼様は道場の真ん中へと足を勧めると此方に振り返る。
「息抜きがてらに少し試合でもするか」
そう言い始めた。
急な展開について行けなくなりそうになる。
「えっ!? それは一体」
「只試合をするだけだ。ずっと机仕事では肩がこってしかたないのでな。それに・・・・・・あの正宗の仕手にして湊斗の弟子、どれだけのものかやりあってみたいではないか」
そう言う獅子吼様の顔には少し狂気が浮かんでいた。
成程、やはりこの人も武者なのだろう。気になった相手と戦いたいと考えるのは自然な話だ。
そして自分の中で同時に獅子吼様の位が変動、やはり六波羅四公方に常人はいない。
既に獅子吼様は戦闘態勢に移行している、回避は不可能。
ならば此方も戦うしかない。
此方としても武者である六波羅四公方の方と戦えるのは有り難い。
この後も書類という地獄があるのだから死合いにはならないが、殺る気で行く。もちろん峰打ちでだが。
「わかりました、やりましょう」
そう答えると獅子吼様はニヤリと陰惨な笑みを浮かべる。
「それでこそ、湊斗の弟子だ。行くぞ、銘伏」
そう言うといきなり鋼鉄で出来た巨大な七節が現れた。
そしてあっという間に装甲していき黒い鎧武者がそこには立っていた。
見たことが無い劔冑だ。
正宗も情報が無いらしく何も言ってこない。
「行くぞ、正宗!!」
『諒解』
俺の呼びかけに応え、正宗が俺の前に飛び出す。
『世に鬼あれば鬼を断つ 世に悪あれば悪を断つ ツルギの理ここに在り』
そして俺も装甲する。
「では胸を借りるつもりで戦わせてもらいます。よろしいでしょうか」
「いいだろう、ではやろうか」
そう言ってお互い青眼の構えで構える。
そして相手の出方を伺うこと約三秒。
ほぼ同時に刀を振り下ろす。
「しゃぁああああぁああああああああああああああ!!」
「がぁあああああああああああああああ!!」
道場の真ん中でぶつかり合う藍と黒。
激突の轟音が道場内に響き渡る。
俺はさらに力を込めて敵の刀を弾き押し返す。
「力では此方の方が上だ。このまま行くぞ、正宗」
『応』
さらにそこから木霊打ちへと持って行こうとするが、動作に入った瞬間に敵からの横一文字の斬撃が飛んでくる。
「何、速い!?」
向こうは此方より運動性と俊敏性が上のようだ。
俺は移っていた動作を中止、敵の斬撃を防ぐ。
甲高い金属音が鳴り響き、何とか防ぐことができた。
「ほう、今のを防ぐとは中々やるな」
「かなりギリギリでしたけどね」
獅子吼様は褒めているのかもしれないが、皮肉にしか聞こえない。
俺は力で押し切る以外無いと判断し、さらに熱量を筋力強化に回す。
室内なので騎航する必要がないのだから存分にそちらに回すことが出来る。
「はぁっ!」
上段から力を込めての一撃。
敵は防ごうと刀を構えるが、想定した以上の力に少し後ろに踏鞴を踏みながら下がる。
「たいした膂力だ。押し負けてしまったぞ」
「いえ、それほどでも」
ちょっとだけさっきの意趣返しが出来ただろうか。
そう思いながらまた斬馬刀を青眼に構え敵と相対する。
その後もこの剣戟は数合のも渡って続いていく。
獅子吼様はまったく疲れる様子も無く先程と変わらずの速い太刀を繰り出してくる。
此方はそれらを剛力をもって強引に弾いていく。
そして次の一太刀でお互い決着が付くであろうことはわかっていた。
「これで終わりだな」
「そうですね」
そしてほぼ同時に斬りかかる。
「しゃぁああぁああああぁあああああぁああああああああああ!!」
「おおおぉおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
今までで一番大きな激突音が道場に木霊する。
俺は剛力を持ってそのまま相手の刀を弾き、二の太刀を追撃に放つ。
敵は持ち前の運動性と速さを持って弾かれた刀を素早く戻し、此方に迎撃をかける。
そして勝敗は決する。
敵の刀は俺の喉元の手前で寸止めされていた。
此方の刀は敵の頭の手前で寸止めされている。
つまりは・・・・・・引き分けである。
「ふむ、これぐらいにしておくか」
獅子吼様はそう言うと装甲を解除する。
その顔はどこか満足げだ。
俺も装甲を解除した。
さっきから心臓が別の意味でドキドキしっぱなしだ。
何度ヒヤヒヤさせられたことか。
打ち合って思ったが、この人の剣は普通の武者とは違う。どちらかと言えば暗殺者のような剣だ。
正面から打ち合うよりも、相手の虚をついたような攻撃が多くありそちらのほうの対処が大変だった。
今までに戦ったことのないタイプ故に苦戦を強いられた。
劔冑もたぶん無銘だが、見事な出来と強さから陰義ももっているだろう。
使われたらどうなっていたことやら。
御蔭で俺の顔はかなりの疲労が出ていた。
「さすがは湊斗の弟子だ。よく出来ているではないか」
「あ、ありがとうございます」
さすがに精神的な疲労が濃くて返事を返しづらい。
そして休むこと五分。
「ではまた仕事に取りかかるとするか」
「・・・・・・そうですね」
そして俺達はため息を付きながらまたエレベーターに乗って最上階へと戻っていった。
結局・・・・・・あの社長室にあった書類を片すのにあと四時間もかかってしまった。
合計で九時間、まさに地獄のような時間だった。
すべてが終わったとき、俺は簡易テーブルに倒れ込むように伏せ、獅子吼様はぱっと見表情に変化はないが、顔色がかなり悪くなっていた。
俺達の周りには栄養ドリンクの空き瓶が散乱していた。
何とか立ち上がると、獅子吼様も立ち上がった。
そして二人でエレベーターに乗ってビルの出口に向かう。
最早疲れで会話にならない。
しかし同じ地獄を共有したもの同士、何を言わなくても言いたいことは分かっていた。
出口で車を用意させると獅子吼様は此方の方を向く。
「今日は本当に助かった、礼を言う。今日の報酬は必ず払わせてもらおう」
「いえ、そんな。こちらこそ、貴重な・・・本当に貴重な経験をさせて頂き感謝の念が耐えません。こちらこそ、ありがとうございます」
そうしてお互いに礼を言い合う。
「湊斗は使える奴だが、茶々丸が何かにつけてうるさいからな。俺はお前につばをつけておくことにしよう」
そう言うと獅子吼様は俺に向かって名刺を差し出してきた。
俺は両腕でそれを受け取る。
名刺は茶々丸さんのものとあまり変わらないものだった。
「何かあったら連絡しろ。気が向いたらのってやる」
「あ、ありがとうございます!」
こんな偉い人に目をかけられるというのはそれはそれで凄いことだ。
俺は内心感動したりしていた。
そして車に乗り込む。
「そう言えば一つ言い忘れていたことがあった」
獅子吼様はドアを開けて俺に伝言を伝える。
「あの馬鹿(茶々丸)に伝えておけ。今度仕事をサボったら只ではすまさんとな」
そう陰惨極まる笑顔で言って来た。
「はい、わかりました。電話で伝えときます」
俺もたぶん、結構な凄みのある笑顔で応じた。
今回の件、全部悪いのは茶々丸さんだということは二人の中の共通認識である。
その気持ちも一緒だ。
俺は絶対に言おうと心に誓いながら、六波羅第六ビルを後にした。
すっかり暗くなっってしまい、家に帰ると、空腹のあまり機嫌が悪い千冬姉がいた。
そう言えば俺は昼ご飯を作っていないことに今気がついた。
その後、千冬姉の機嫌を直すのにかなりの労を要し、俺の精神力は力尽きた。
真耶がいるとダダ甘な一夏ですが、真面目なときは真面目になりますよ~