さて、織斑 千冬だ。
今私の目の前に起こったことを説明しよう。
教員は夏休みでも忙しいが、少しの休みくらいはもらえる。なので久々に我が家に帰ることにした。
今年は一夏もいるし、実にゆっくり休めそうだと思っていた。今のあいつは料理も家事も一級だし、まさに家のことは任せっきりでも問題が無い。(昔っから任せっきりだったが、本人にあまりその自覚はない)
学園での激務もあってぐうたらとだらけようと思っていたのだ。
家で冷たいビールでも呷ろうと内心意気揚々に家のドアを開けリビングに行くと・・・・・・
一夏と真耶がいた。
いや、別にあの二人は恋人同士だし、真耶は何度かこの家に来たことがあるのだから問題はない。
何故私がここまで驚いているかといえば・・・・・・
一夏の指を真耶が口に入れて吸っているからだ。
調理の途中に一夏が指を切ったとかそんなところなのだろう。それは台所の様子を見ればわかる。
しかし一夏は真打劔冑の仕手であり、傷の再生力が異常に高いのだからそんなことをする必要があまりない。しかしそれ以上に衝撃を受けたのは、真耶の表情だ。
真っ赤になりながらも懸命に一夏の指を舐めていて、濡れた音が部屋に妙に響く。
私が初めてみる表情だった。
何というか・・・・・・艶っぽい顔だった。女を感じさせる顔だ。
はっきり言ってエロい。
私はその光景に衝撃を受けて固まってしまったわけだ。
一夏も私に気付いたらしく、私と同じように固まってしまっていた。
実に・・・・・・実に気まずい。
なんと言うことだ。
俺は千冬姉にこの状態を見られて硬直してしまっていた。
気まずさに何とも言えなくなってくる。しかしいつまでも固まっている訳にもいかず、俺は視線を千冬姉から真耶さんに移すと、真耶さんはまだ真剣に舐めていた。
というか夢中になってないだろうか。このままでは指がふやけそうだ。
「あ、あの~、真耶さん? も、もう大丈夫ですから、その~、離して頂けないでしょうか~」
「ふえ、そ、そうですか」
真耶さんは顔を真っ赤にしたまま指を口から離す。
何とも色っぽい顔をしていた。離した指が外気に触れて冷たく感じ、真耶さんの口と俺の指の間につぅー、と糸の橋が通る。
あまりの光景に自分の中の男を刺激させられる。さっき自分で言ったことを破りそうになっていたかもしれない・・・・・・千冬姉が見ていなければ。
「そ、その~、千冬姉が帰ってきたこと、気付いてます?」
「え・・・・・・・・・」
そして真耶さんもリビングの扉、つまり固まっている千冬姉の方に顔を向ける。
瞬間・・・・・・
真耶さんは爆発した。
「ほ、ほびゃぁああああああああああああああああっ!? 千冬さん、帰ってきたんですかぁあああああ!! え・・・もしかしてさっきの見られてたり・・・・・・きゃぁああああああああああああ!!」
顔が灼熱化したみたいに真っ赤になって暴走した機械みたいな感じになってしまった。
恥ずかしさが臨界突破したのは見て分かる通りだろう。
あまりの混乱っぷりに俺と千冬姉はどうすればいいのか困ってしまった。
「あぁ~、その、何だ? 仲が良いのもほどほどに・・・・・・と言うべきなんだろうが・・・」
真耶さんが落ち着くのを待って俺達はリビングのテーブルについた。
実に気まずい光景である。
真耶さんはというと恥ずかしさのあまりに泣きそうな顔で真っ赤になり下を向いてしまっていた。
俺は気まずさから千冬姉と顔を会わせずらい。
千冬姉も気まずいらしく、俺達に顔があまり向いていない。しかも少しだけ頬が赤くなっていた。
「いや、その、これは、怪我をしてしまった俺のせいで・・・」
「いや、それは台所を見て分かってる。だからといってアレはどうなのかと思うんだが・・・・・・」
「す、すみません、お義姉さん!」
「いきなり話が飛躍しすぎだろ!!」
何を慌てたのか真耶さんはいきなり千冬姉を義理の姉と呼んでしまい、千冬姉はあまりの突拍子の無さから柄に無く突っ込みをいれてしまう。
俺は真耶さんが言ったことに余計に新婚生活の様子を思い浮かべてしまい赤面する。
「そのだな、俺を慮っての行動だったんだ。責めないでくれ」
「い、いや、私が心配だったから一夏君に無理矢理・・・」
俺と真耶さんは千冬姉に何とか許してもらおうと必死に説得を試みる。
千冬姉はというと、俺と真耶さんの必死な様子を見てはぁ、とため息をついた。
「別に怒っているわけではない。ただ少し衝撃的だったので固まってしまっただけだ。二人とも、イチャつくのは結構だが、もう少し時と場所を考えてからにしろ」
千冬姉はそう言うと肩から力を抜いた。
どうやら許してもらったようだ。俺と真耶さんはホッ、と胸をなで下ろす。
「ただし・・・・・・まだ真耶にお義理姉さん呼ばわりされるまでは許していない。そういうことはもうちょっと経ってからにしろ、真耶。その件については学校でじっくり聞いてやるからな」
「は、はい・・・・・・・・・」
そう釘を刺されたかのように千冬姉に言われ、真耶さんは子犬みたいに怯えていた。
その後は千冬姉にコーヒーを出して俺と真耶さんは夕食作りに戻ることにした。
「あれ、そう言えば千冬姉、コーヒーに砂糖は入れないのか?」
いつもならコーヒーに砂糖をスプーン2杯は入れている千冬姉だが、何故か今出したコーヒーは何も入れずにブラックで飲んでいた。
「いや、今日はブラックが飲みたくてな(お前等二人を見ているだけで胸焼けしそうになるんだ。砂糖が必要なくなるくらいにな)」
珍しいと思いつつも俺は台所に戻り真耶さんと夕食作りを再開した。
真耶さんの手際は慣れていて、将来良いお嫁さんになるなぁ、なんて思ってしまったりと色々赤面してしまったり、口元がにやけそうになりそうになるのを堪えたりするのに大変だった。
真耶さんのほうも心なしか頬が赤くなっていた。
そして夕飯になる。
テーブルの上には白米、わかめと豆腐の味噌汁、回鍋肉にだし巻き玉子、それと冬瓜の煮物が出ていた。
俺は回鍋肉と冬瓜の煮物、真耶さんが味噌汁とだし巻き玉子を作った。
「「「いただきます」」」
手を合わせて言うとさっそく食事を食べ始める。
俺はというと、だし巻き玉子と味噌汁、どっちから手を付けようかと悩んでいた。
自分の料理は大体分かっているので後回しでいいだろう。しかしこの二つは真耶さんが作ってくれたものなのだ。どちらも実に美味しそうで悩む。
「い、一夏君、だし巻き玉子のほうから食べてみて下さい。そっちのほうが自信ありますし・・・でも一夏君の口に合うかどうか・・・」
真耶さんが恥ずかしそうにだし巻き玉子を勧めてきたので俺はそちらを選ぶ。
「それじゃあ、いただきます」
だし巻き玉子をさっそく口に運ぶ。
じゅわっと染みていたダシが口の中に広がる。少し甘めの味付けだが、嫌いじゃない。何というか、優しい真耶さんらしい味付けで美味しい。
「ど、どうですか」
「美味しいです、とっても」
「そ、そうですか! よかったぁ~」
真耶さんは心配していたらしく、美味しいと伝えるととても喜んだ。
その様子も可愛くて俺の頬が緩む。
「ごほんごほん! あぁ、美味いなこれも」
千冬姉は軽く咳払いすると俺の料理や真耶さんの料理も褒めた。
その後少し食べると出かけてくると言い出した。
「少し出かけてくるから夕飯はもういい。それと真耶、泊まりは駄目だからな」
「は、はい!」
そう真耶さんに釘を刺して(俺だって同じように言っただろう。でないと精神がもたない)千冬姉は出かけてしまった。
俺と真耶さんは食後のお茶を飲んだのちに、駅まで真耶さんを送っていく。
「それじゃあ、一夏君、またね」
「はい、また」
そう言って別れるのかとおもったら、真耶さんは目をつむりその場を動かない。
俺はそれが何なのかすぐに分かり、俺は真耶さんを抱き寄せる。
そして顔を近づけて唇にキスをする。
「んぅ・・・・・・」
真耶さんの口からそんな吐息がこぼれる。
そんなことですら愛おしい。
唇を離すと真耶さんはえへへ、と照れながらも笑い、俺も一緒に笑い合う。
そして俺は真耶さんが駅に入るまで見送った。
その日千冬は行きつけのバーでこう愚痴を漏らしたとか。
『身内の新婚夫婦がいるみたいで気まずくてしかたなかった」
と言っていたそうだ。
次回は甘くない話ですよ