HOTD ガンサバイバー   作:ゼミル

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案の定、というべきだろう。

 

俺達が向かった橋―――御別橋は警察車両とどっかの工事現場から持ってきたっぽいブルドーザーによって封鎖されていた。

 

お陰で橋の上は行き場を無くした車と人、そして橋の上の騒動に引き寄せられた<奴ら>で埋め尽くされている。中には無理やり通り抜けようと試みてる人間もいるけど―――

 

時折銃声も響く。警官が向けて撃っているのは橋にまで到達してきた<奴ら>か、それとも暴徒と化した避難民か、どっちだろう?多分両方か。

 

 

 

 

川沿いの道路に車を止めてその光景を遠目から眺めていた俺と平野は、双眼鏡や狙撃用スコープから目を離して顔を見合わせる。

 

 

「どうする?」

 

「どうしたもんだろうね」

 

 

ありゃダメだ。今の状態じゃ確実に車での突破は無理だ。人も車も多過ぎる。反対車線も警察の輸送車が完全に塞いでる。

 

徒歩ならまだ可能性はあるけど、それじゃあ持てるだけ持ってきた銃の意味が無くなるし、怪我人だって運べない。

 

 

「もし小室達の乗ったバスが最短ルートを通るとしたら、この御別橋に続く道路を使ってる可能性は高いよ。だったらこの分だと確実に渋滞に掴まってまだ橋を通行出来てない筈だし、橋を渡る前に合流するんなら歩きで道路を遡れば小室達の乗ったバスが見つかるかも」

 

 

と平野の意見。筋は通っている。通ってるんだけど、行動に移したいかと聞かれたら困る。

 

だって、あの人の波を逆走するのは並大抵の事じゃない。歩道だろうが道路だろうがお構い無しに、隙間と言う隙間に人が入り込んで御別橋に向けて流れてる。

 

中には止まってるも同然の車の上を歩いて逃げてる様なのも少なくないし。

 

 

「携帯で今どこら辺に居るか聞いてみるか?」

 

「・・・あ。僕、携帯持ってないや。寮の部屋に置きっぱなしだ。真田は携帯持ってる」

 

「一応持ってきた――――けど、小室の携帯の番号知ってるのか」

 

「「・・・・・・・・・・」」

 

 

沈黙。乾いた風がおもむろに吹き流れていく

 

うん、この案は却下な。

 

そんな感じで反応に困る空間が俺達の間に広がった時―――――聞き覚えのある声が。

 

 

「――――こっちも同じね。どうする?無理に渡ろうとしたらさっきの連中みたいになるし、他の橋を試してみる?」

 

「多分駄目だろう、渡れないようにされてるよ。そうでなければ規制されてる意味が無い」

 

 

あれ?と俺らが振り向いてみれば。

 

ちょっと離れた位置に停車したオフロードバイクに跨る探し人の姿が。

 

いやいや何でこんな所に2人だけなのさ?他の皆と一緒にバスに乗ったんじゃなかったんかい。

 

 

「「「「あ」」」」

 

 

ま、一応ある程度の手間は省けたからどうでもいいんだけど。

 

 

「平野!真田!良かった、橋を渡る前にまた無事に会えて」

 

「こっちだってそうさ。だけど、何で小室と宮本だけなんだ?他の皆はどうした?バスに乗ってたんじゃなかったのか?」

 

 

気になった事を聞いてみると小室も宮本も揃って苦虫を100匹ぐらい纏めて噛み潰したみたいな顰めっ顔をした。もしかして、地雷だったか?

 

 

「・・・紫藤だよ。学校を脱出する時、他に生き残ってた生徒と一緒に乗ってきたんだけど」

 

 

―――――――――・・・・・・・・・・っ

 

 

「出てすぐにリーダーが必要だのどうのこうのって言いだして・・・そしたら麗がバスから飛び出したのを追いかけたら事故が起きて、道路が封鎖されて戻れなくなったからまた別のルートで橋を渡る事にしたんだ」

 

「・・・・・・それで、バスはどっち方面に向かったんだ?」

 

「え?それはあそこの御別橋に通じる道路だけどって、どこ行くんだよ真田?」

 

 

俺は御別橋の方へ向けて歩き始める。

 

 

「車に怪我人が居るんだよ。なるべく早く医者に見せなきゃいけないんだ。鞠川先生を探して連れてくるついでに『用事』を済ませてくる」

 

 

半分本当で半分嘘。『用事』こそが本当の目的。

 

そもそも俺はその為に、銃を持って学校を訪れたんだから。

 

離れようとする俺の背中に小室や里香が声をかけてくるけど、どうでもいい。そう思った矢先に。

 

 

「あ」

 

「む?」

 

「ねえ、あれ、あそこ!」

 

 

前方にまたも残りの探し人の姿があった。鞠川先生が道の先で手を振っている。つられて子供の頭よりも大きそうな膨らみも一緒に揺れている。

 

アレだけ揺れてて本当にブラとか着けてるんだろうか。あのサイズだともしかして特注だったりするんだろうか、と考えちゃった辺り俺も男だ。その点の疑問に関しては里香にも当て嵌まったり。

 

 

「先生!」

 

「あらあら宮本さん!小室君も!」

 

「無事なようでなによりだ小室君、真田君」

 

「毒島先輩も・・・」

 

 

俺を追い抜いた宮本が鞠川先生に飛びついていた。

 

同じく後からやってきた小室は毒島先輩と再会を喜んでいたけれど、袖を引いて睨んできている高城に思わずたじろいでいる。こういうのを修羅場っていうんだろうか。

 

 

「鞠川先生、丁度良かった!怪我人が車に居るんです。頭を強く打ってて気絶してるみたいなんですけど、僕達じゃこれ以上どんな風に処置を行えばいいのか分からなくて」

 

「ええ~、それは大変ね~。患者は何処に居るのかしら?」

 

「こっちです!」

 

 

駆け付けた平野が鞠川先生にまだ意識が戻らないありすちゃんのお父さんの事を伝えると、2つの巨大物体を擬音が聞こえそうな位揺らしながら走っていく。本当、何でそこまで揺れるんだろう。ついでに言わせてもらうと破けたのか破いたのかお尻が見えそうな位深くスリットが加えられたスカートから覗く白い肌が眩しくて仕方ない。

 

何となく、俺も先生達の後を追いかける。俺もありすちゃんの父親の容体が気になっているのは嘘じゃない。

 

 

「お姉ちゃん、誰?」

 

「あらあら可愛い子ね。あなたのお名前は?」

 

「・・・ありす。希里ありす」

 

「ありすちゃん。この女の人はね、ありすちゃんのお父さんを治してくれるお医者さんなんだよ。今からありすちゃんのお父さんをこの先生に診てもらうから、静かにしておいてね」

 

「うん、分かった。ありす、静かにしとくね」

 

 

素直で、良い子だ。平野の言葉にあっさり頷き、心配そうに父親に寄り添いながらじっと口を閉じている。

 

この子だって怖くて、不安で、仕方が無い筈なのに。

 

父子家庭でもない限り母親も居るに違いないけど、彼女のお母さんはどうしたんだろう。

 

この状況では、最悪の可能性の方を念頭に置いて考慮した方が良い。

 

 

「頭皮に若干の創傷を負ってるけど、頭部の骨に異常は無いみたい。耳や鼻からの出血や髄液の漏れも無いし、瞳孔反応は――――」

 

 

腐っても医者、って表現はおかしい気がするけど、おっとりした見た目や子供っぽい性格からは信じられない程手際よく素早くありすちゃんの父親を調べていく先生。

 

どっからともなく取り出したペンライトでありすちゃんの父親の瞼を片方の指で持ち上げながら光を当てて覗きこむと、小さく呻き声を漏らしながらありすちゃんの父親が身じろぎをした。

 

やがて両方の瞼が己の意思で持ち上がり、焦点の合ってない瞳が俺達に向けられる。

 

 

「・・・・・・・・・・娘は、ありすは?」

 

「パパ!パパぁっ!!」

 

 

この人は父親の鏡だと、嘘偽り無く本心から俺は思った。

 

自分よりも子供の安全を心配している。意識を取り戻して真っ先にそんな事を出来る親がどれだけ居るのか。

 

 

 

 

・・・俺の両親だったらどうだったんだろう。そんな考えが過ぎり、胸の痛みと共に即座に振り払う。

 

俺に家族はもう居ない。それが変えようのない現実。

 

 

 

 

座席に座ったままありすちゃんと父親は抱きしめ合っている。平野や里香はホッとした様に笑い、細かい事情を知らない残りの面子もとりあえず良かった良かったといった風情。

 

そんな皆を余所に、俺は再度その場から離れようと試みて失敗した。目ざとく毒島先輩に気付かれた為だ。

 

 

「どこへ行こうというのかな真田くん」

 

「ちょっくら、この際だから元々の目的を果たしに行こうかと」

 

「―――それは君が学校に居た時からそのような代物を持っていたのにも繋がるのかな?」

 

 

ちっ、と堪らず舌打ちを漏らしてしまう。他の面々まで俺に注目しちまったじゃないか。

 

 

「な、なあ真田、1一体1人で何処に行こうとしてるんだ」

 

「この分だと御別橋の手前で乗ってきたバスは渋滞に捉まったままなんだろ?でもって、紫藤もそのバスにまだ乗ってると考えて良いんだよな?」

 

「ええその通りよ。他の生徒達相手に洗脳の真似事をしてたわよ。だからなんだっていうの!」

 

「だから、その紫藤を殺してこようかと」

 

 

紫藤浩一。

 

かつての俺の担任で、親が藤美学園の理事も務めてる地元の名士の跡取り。そしてこっちの言い分を全く聞かないまま退学処分の知らせを直々叩きつけてくれやがったクソ野郎。

 

その時の侮蔑も隠さず見下してきやがったアイツの面を忘れる事なんて出来やしない。俺がこの手で殺してやろうと固く誓った相手の1人。

 

ソイツが、すぐ近くに居る。

 

 

「ちょっと待ちなさい、何いきなり勝手な事言いだしてるワケ?あんな奴今更どうでもいいじゃない!今私達が優先すべき事は――――」

 

「お前の言ってる事こそどうでもいい」

 

 

高木のキンキン声を断固とした口調でぶった切ってやる。眦を上げて「んですってぇ・・?!」と詰め寄ろうとしてくる高城。慌てて平野が彼女を抑える。

 

 

「せっかく殺してやろうと考えてた連中が山ほどいたのに<奴ら>のせいでお預けだ。あの野郎ぐらいこの手で直接殺してやらない時が済まない」

 

「そんな、殺すなんて・・・ダメだ!そんなの許される訳!」

 

「それにさ。俺はここに来るまでの間に10人ぐらい生きた人間殺したんだ。今更1人殺そうが人殺しには変わりないさ。だろ?」

 

「え・・・・・・・?」

 

「嘘でしょ・・・」

 

 

信じられないといった様子で目を見開く小室や宮本が、俺と一緒だった平野や里香を見た。

 

視線で、嘘だよな、冗談だよな?と問いかけている――――――平野は首を横に振った。そもそも平野も俺と一緒に人間に対し銃口を向け人を殺した、つまり俺と同類である。

 

いや、違う。俺達が殺したのはただの人間じゃない。<奴ら>と同類の、こちらに対し自らの意思で危害を加えようと襲いかかってきた『敵』だ。

 

1歩2歩、小室も宮本も俺から距離を取ろうと後ろに下がる。高城は俺を睨みつけ、毒島先輩に至っては血塗られた木刀の柄に手をかけて臨戦態勢を取ってまでいた。

 

唯一鞠川先生は訳が分からない風にオロオロしていて、ありすちゃんと父親、更に平野も黙ってこちらの推移を見極めている。

 

里香は・・・・・・小柄過ぎて皆の陰に隠れてよく見えない。どうでもいい。

 

 

「どうした、人殺しと知った途端俺が怖くなったか?」

 

「それは・・・」

 

「ま、だろうな。誰が好き好んで人殺しと関わり合いになりたがるかっての」

 

「違う!俺は、そんなつもりじゃ!」

 

「けどな、どうでもいいんだよ、そっちの気持ちなんて。そっちが俺をどう思おうがどう思われようが、それこそ『どうでもいい事』なんだからさ」

 

 

一々体面を気にする気なんてない。元より気にする体面なんて無い。

 

もう、俺には残る物も遺すべき存在も、何も無いんだから。

 

どう思われようが、狂人にはお構い無しって事。

 

 

「話はここまでだ。俺は行かせてもらうよ」

 

 

バスを見つけて紫藤を殺して、その後どうするかなんて先の事、俺はまったく考えちゃいない。

 

この後小室達はありすちゃん達をどうするのか、このまま橋を渡っていくのか、それともまた別の手段を取るのか。

 

どうでもいい。今俺が何よりも優先したいの紫藤を殺す事。他の事は全て後回しだ。でなきゃここまで来た意味が無い。

 

・・・・・・少なくとも、もう平野達とは一緒に居られないだろうけど、あの憎くて憎くて仕方ないクソ野郎を殺す代償と考えれば―――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――――だ、ダメェ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

そんな考えを巡らしながら、皆の前から立ち去ろうとした俺の背中に、何かが腰にぶつかったと理解した途端

 

次の瞬間には、ものっ凄い勢いのまま前のめりに押し倒された。

 

普通に、顔面とか腹とかを打って痛い。地味にかなり痛い。

 

誰だ、これ以上俺を引き留めようってつもりか。誰だそんな奇特な奴。それとも地面に頭強打させて殺す気だったのか。むしろそっちの可能性の方が高い気がしなくもない。

 

・・・ってお前か。

 

 

「何するんだよ里香」

 

「やだ、やだ、行っちゃダメ、行っちゃヤダよぉ!!」

 

 

里香が、顔を押さえながらうつ伏せから反転した俺の腰の上に跨って、襟元をがっしり掴んでいる。微妙に喉元が締まっていて苦しい

 

里香は泣いていた。俺の胸元にボロボロと涙が零れ落ちて当たっている。

 

何で里香が泣いているのかが分からない。

 

 

「殺さなくていいよ!殺そうとしなくていいんだよ!マーくんがこれ以上誰かを殺す必要なんてないんだよ!だから行かないで、行っちゃヤダなのぉ!」

 

 

そう泣き叫んで俺の胸に顔を埋める。むしろ、里香の腕力が凄いせいで無理矢理俺の上半身を引っ張り起こされたと言った方が正しい気がする。尚更締まって更に苦しい。無意識っぽいから性質が悪い。

 

里香の泣き顔を最後に見たのは何時だろう?両親の葬式の時か?実はあの時の事はよく覚えていない。里香が柔道の全国大会で優勝した時か?それとももっと昔?

 

どうしよう、思い出せない。そもそも何で俺はそんなどうでもいい事を思い出そうとしてるんだ。

 

 

「・・・里香、お前、何か勘違いしてないか?」

 

「ぅえっ・・・?」

 

 

額がぶつかるぐらい近く、唇が触れる5cm手前ぐらいの距離で、濡れた里香の瞳を覗き込みながら喉から空気を絞り出して、俺は告げる。

 

笑って、告げてやる。

 

 

 

 

 

 

 

「必要だから、仕方ないから殺すんじゃない―――――殺してやりたいから、殺しに行くんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

喉元を締め付けていた圧迫感がようやく緩んだ。ゆっくりと深く息を吸って足りなかった酸素を補給する。

 

これが俺の本心。里香にはきっと出来まい。ガックリと脱力してるのがその証明だ。

 

まさか幼馴染が血に飢えた人殺しに変貌してるとは思ってもみなかったか?悪いがこれが、今の俺なんだ。

 

これで里香も、俺から離れようとする筈――――――

 

 

「・・・・・・やだ」

 

 

襟元から払い除けようとした手に、また力が入る。

 

 

「何だって?」

 

「やだ、やだ、やだ、やだよ、行っちゃヤダ、やなのぅ」

 

 

また泣き出しながら、もはや駄々をこねる5歳児みたいに首を横に振ってまた俺にしがみつく里香。ポニーテールも釣られて揺れる。

 

今度こそ俺から離れてくれる気配は無い。振りほどこうにもさっき以上の勢いで抱きしめてくるもんだから、もう俺1人の力だけじゃ排除するのはきっと無理だと思う。

 

参った。幼児退行までして俺から離れようとしないとは夢にも思わなかった。でも小さい頃はいっつも俺にべったりくっついてたっけなぁその頃はこう押しつけられる度ぐにょんぐにょん動いてプルプルしてる立派な胸部装甲なんて無かったけど。

 

正直、半分現実逃避してる。どうしてこうなった。どうして里香の一部はこうも極端に成長した。いや違うそうじゃなくて。

 

 

「僕も、紫藤の事は全然気に入らないけど、わざわざ君が殺しに行くほどの価値は無いと思うよ。それに背中を任せれて、尚且つ僕並みに銃の扱いが上手い仲間が居なくなるのも凄く惜しいし。何より僕も同類みたいなもんだけど」

 

 

いつの間にか傍に来ていた平野が、困った様に笑いながら手を差し出していた。

 

俺はその手を握り、もう片方の腕で離れる気配の無い里香の身体を抱き支えながら平野の助けを借りて立ち上がる。

 

平野の向こうでは、小室達も微妙に悩んでる様子で並んでいた。やがて小室が俺らの元へ近づいてくる。

 

 

「・・・・・・僕も、ある意味人殺しさ。ガソリンスタンドで麗を人質にしてきた男を銃で撃って、そのまま放置して<奴ら>に食い殺させたんだから」

 

「孝!?違うわ、あの時孝は私を助ける為に・・・!!」

 

「それでも<奴ら>が集まってくるのを理解した上でソイツを見捨てたんだ。直接殺したんじゃなくても、人を死なせたのは事実だよ。大体、学校でだって他に生き残ってる連中を見捨てて僕らは脱出して来たんだ」

 

 

小室の言う通り、直接的だろうが間接的だろうがどんな形であれ、俺達は人の生死に深く関わってきたと言っても過言じゃない。

 

俺と平野が、ありすちゃん親子を助けると同時に車と女を奪おうとしてきたろくでなし共を皆殺しにしたのがまさしくその例。

 

 

「これからもそういう事はきっと続く。それでも僕達は、誰よりも自分達の為に生き延びたい。生き延びなきゃいけない」

 

 

だから頼む、と小室は頼んできた。

 

 

「学校でも真田の助けが無かったらもっと大変な事になってたかもしれない。だからお願いだ、これからも僕らと一緒に行動してくれ。真田の助けが僕らには今、必要なんだ」

 

 

『今』という部分を小室は事更に強調した。つまり、紫藤を殺しに行くのはお願いだから勘弁してくれって言いたいんだろう。

 

まさか真っ正直に誰の為でも無い、自分達の為に助けになってくれと言葉も取り繕わずに頼み込んでくるとは思いもよらなかった。こんな状況だから尚の事。

 

だから今の俺はきっとポカンと呆気に取られた間抜けな顔を浮かべてるに違いない。

 

こんな誰も彼もが狂い、他人を見捨て切り捨て生贄にするのが普通になってしまったこの世界の中で、小室は―――――・・・・・・

 

 

 

 

チクショウ、この正直者め。紫藤やクラスの連中とは大違いだ。

 

余りにも素直すぎて、ほっとけなくて、どうでもいいなんて言える筈無いじゃないか。

 

 

 

 

誤魔化すように頭を掻き毟って、あーうーと意味も無く唸り声を上げて、最終的に手ごろな物が無かったので思いっきり地面を蹴り上げてから、結局俺は。

 

 

「――――後悔しても知らないからな」

 

「実を言うと、今月に入ってから後悔ばっかりしてるよ。だからそうなっても今更って感じかな」

 

 

お互い、苦笑を浮かべる。小室の皮肉は悪意よりもむしろ自嘲が混じってたけど特に陰鬱さは感じさせないし、殆ど冗談でしかないのだろう。

 

見てみれば、毒島先輩はともかく宮本は高城といった面々はあからさまな様子で胸を撫で下ろしていた。

 

「つか、よくよく考えてみると小室にも銃渡してたんだからそれ使ってそっちが紫藤追い出せばよかった気がするんだけど」

 

「使い方分かんなかったんだよ!テレビとかで見た事無いタイプだったし。あ、そういえば他にも銃を手に入れたんだけど。警官の持ってた銃なんだけど―――」

 

 

小室にこっちも不良共から頂いたのと同じM37を見せられたり俺の方は銃は足りてるから残りの弾だけ抜いて小室に渡したり、まだ離れようとしてくれない里香を慰めたり宥めすかしたりして自由になろうにも結局断念して鳩尾近くに感じる物体の存在感に耐え続ける事にしたりなんやりかんやりとやり取りを交わした後。

 

 

「で、どうするよこれから」

 

「渡河しようとは思ってるけど、橋はどこも封鎖されてるし・・・」

 

「上流は?この辺りは護岸工事とかしちゃったから渡れないけど、上流ならいけるかも」

 

「僕らが乗ってきたあの車なら一応渡河能力はありますけど、人数が・・・」

 

 

そんな感じで今後の方針を話し合ってると、鞠川先生が挙手してこんな発言を。

 

 

「あのー、今日はもうお休みにした方がいいと思うの怪我人も居る事だし、大丈夫だとは思うけど無理はさせたくないし」

 

 

先生の言う事は一理ある。一理あるけど、それが可能な場所を俺達は知らな―――

 

 

「あ、あのね、使えるお部屋があるんだけど。歩いてすぐの所」

 

 

あるんかい。お隣さんちの銃といい都合いいなぁオイ。後で何か落とし穴あったりしないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という事で、俺達は小室と鞠川先生が身軽なバイクに跨って一足先に目的地の安全を確認後、今夜は川を超えずに一泊する方針に決定した俺達であった。

 

 

夜が、闇と死者を引き連れてやってくる。

 

 

 

 

 


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