「何だよ、これ」
現場を見るなり呆然と呟いたのは確か小室だったと思う。
一面に広がるのは血の海と死体の数々。2桁に達そうかという数の血まみれの死体が、血の海に沈んでいたり、家具に縋り付く様に倒れてたりしていた。
死体はどれも全く見覚えの無い、柄の悪そうな男ばかり――――つまりチンピラ連中の物。少なくとも生きている奴は残っていないらしい。
ふと気になったので死体に近づいてみる。小室が「お、おい」と声をかけてきたけど無視。足元に広がるヌルヌルした血で足を滑らせないよう、摺り足気味に足を動かす。
タンスに縋り付く様な体勢で死んでいるチンピラの服を掴み、タンスから引き剥がす。何が起きたのかさっぱり分からないまま死んだらしいチンピラの死に顔は、目も口もポッカリと大きく開いたマヌケな表情だった。口の中には大量の血が溜まっている
死因はすぐに分かった。喉仏のすぐ下辺りがパックリと切り裂かれていて、死んだチンピラの頭が後ろに倒れた拍子に綺麗に両断された気道の断面が覗く事が出来る。このチンピラは気道と頸動脈をまとめて斬られた結果、ゆっくりと自分の血に溺れて死んだのだろう。
他の死体に目を向ける内、ある共通点に気付いた。
此処に転がっている死体の傷は、どれも銃で撃たれた銃創ではなく刃物による切創ばかりという点だ。
心臓ごと胴体を袈裟懸けに切り裂かれた死体もあれば、さっき出くわした隻腕のチンピラみたく片腕が切り落とされてたり腕じゃなくて足首が無かったり(関節部分を狙えば綺麗に切り落としやすいと本かネットで見た覚えが)、中には頭そのものが無くなっている死体すら転がっている。
そのどれもが、肉体を破壊されたというよりも、すっぱりと断ち切られたと表現するのが正確な綺麗な傷口ばかり。
この場がスプラッター映画も真っ青なぐらい大量の血で汚れているのも納得だった。生きたまま的確に重要な血管や心臓を切断した為に、ポンプの要領でチンピラ達の血がドバドバと傷口から溢れだしていったからに違いない。
――――<奴ら>に噛まれた人間は<奴ら>の仲間になるのは実際に目撃してきたけど、もし人間に殺されたら場合殺された人間の死体も<奴ら>になるんだろうか?唐突にそんな疑問が生じる。
もしここに来るまでに俺が殺してきた人間も<奴ら>になっていたらと思うと……少なくとも俺が殺してきた連中はロクデナシばっかりだった筈だから、死んでからまた生き返るなんて上等な扱いは連中には相応しくない。
ともかくこんな芸当がやれそうな人物は、知っている中でただ1人――――
視界の端で、長髪が揺らめいた。
「ッ!!」
「真田後ろ!」
平野の警告よりも先に俺の身体は動いていた。
上半身だけ反射的に大きく捻じり、M4の銃口を長髪が見えた方向へ向ける。俺の反応と同時に、俺の横に並んでいた子供の背丈ぐらいある戸棚を人影が飛び越え、俺へと躍りかかってきた。
一瞬銀色の輝きが閃いたと思った直後、気が付くと俺の首筋に冷たく鋭い何かが押し当てられていた。遅れて鼻を擽ったのは殊更強い血の臭いに加え、酸っぱい汗と特徴的な甘い香りが入り混じった混沌とした体臭。
客観的に表現するならば、俺の首に突き付けられているのは日本刀で俺に刀を向けている張本人はよく知る人物だった。ついでに女で、学校の元先輩だ。
「む、真田君か。すまないな、刃を向けてしまって」
「撃ち殺されたくなかったらさっさとこの押し当ててる物どけてくれません?」
M4の銃口で毒島先輩の左胸を突(つつ)くと彼女はすぐさま日本刀を下ろし、1歩下がって俺と距離を取った。
離れた毒島先輩は学生服の汚れていない部分で日本刀の刀身に纏わりついている血脂を拭い取ってから俺達に向き直る。
「仕留め損ねた賊の残党かと思ってね。先程別の場所でも銃声や爆発音が聞こえていたから、外に出ていた君達が近くまで戻ってきているのには気づいていたが」
「毒島先輩!良かった、無事みたい、で……」
ようやく仲間の1人と再会できて小室ははしゃいだ声を上げたけれど、喜びと安堵の声はすぐさま尻すぼみになっていった。
そりゃそうだ。今の毒島先輩はキャ○ーばりに上から下まで血まみれなんだから。
勿論本人の血じゃなくて返り血だ。少なくとも学生服の前部分は白い布地の大半が血の色で塗り潰されてて、頬にも血痕が。照明が使えずフロア全体が暗いせいで余計に不気味で、そのままホラー映画かお化け屋敷に紛れ込んでも全く違和感がないと思う。
……の癖に、妙に色っぽい感じなのはどういう訳なんだか。こう、発情した里香を前にした時みたいな。
小室の視線を受けた毒島先輩は顔を背けてしまう。室内が暗いのと日本人形みたいに長い黒髪に隠れてしまって、顔を逸らした毒島先輩がどんな表情を浮かべているのか俺の位置からでは窺えない。
おもむろに小室が前に出てきた。血だまりに足元を取られないようにしつつ、俺の隣を通って毒島先輩の目前まで近づく小室。
――――そのまま躊躇い無く、毒島先輩を両手で掻き抱いた。
「こ、小室君?その、そんな事をしたら汚れてしまっ……」
「――――本当に、『冴子さん』が無事で良かった」
「っ……ああ。私も、『孝』が無事に戻って来てくれて、本当に嬉しいよ」
『冴子さん』に『孝』、――――ねぇ?
「どう思います奥さん?」
「あ、あはははは……の、ノーコメント」
少なくとも、顔を赤くして嬉しそうにはにかむ毒島先輩の姿を見るのはこれが初めてだろう。どうでもいいけど。
「とりあえずそこのお2人さん。仲が良い事はよーく分かったからそういうのはまた後でやれば?」
2人だけの世界を作り始めた小室と毒島先輩に声をかけると、途端に我に返って勢い良く離れた。主に小室だけが。
名残惜しそうにしている毒島先輩からは不満げな眼差しを送られた。アンタそんなキャラだったっけ?
「あの、ここの死体は皆毒島先輩が?」
「ああ、そんな所だよ。君や真田君と違ってまともな訓練を積んでいない上に、銃という強力な武器を手にしていたせいで逆に油断していたのもあるし、賊が自ら狭い場所に固まってくれたお蔭で不意を突くのは簡単だったよ。もちろん幸運も味方してくれたようだけどね。それでも2人ほど逃してしまったよ」
いや簡単とか幸運ってレベルの話じゃないと思うんですけど。そう言ってやりたかったけど、毒島先輩の口ぶりから本人はまったくの素で発言したのが理解出来たものだから、実際に口にする気力すら沸いてこなくなる。
平野に視線を向けてみれば、「ふふふ」と空虚な声を漏らしながら乾ききった笑みを天井に向けていた。なまじ『弾が無ければ役立たずに逆戻りになるんじゃないか』と高城邸で心情を吐露していた平野である。毒島先輩の刀無双っぷりは、銃信奉者のコイツには色々と衝撃が強過ぎたのだろう。
――――もしかすると、知らず知らずの内に俺も似たような表情を浮かべていたんじゃなかろうか?
とりあえず先程俺達が従業員用通路近くで出くわした隻腕のチンピラ+1は毒島先輩無双の生き残りでファイナルアンサーである。
「他の皆は無事なんですか?」
「それが……」
再び毒島先輩の表情が翳る。
やがて「……こちらだ、ついて来てくれ」と言って踵を返した。彼女の後を追う。
売り場を進む内、並んでいる商品の種類がタンスからベッドを主とした寝具類に移り変わっていく。やがて人影が2つ、ベッドに寄りかかるようにして屈み込んでいるのが見えてきた。
片方は鞠川先生で、もう片方は病院に向かう前に寝具コーナーですれ違ったガタイの良いニット帽を被った兄ちゃんだった。あの時はいきなり睨まれ、向こうから絡んでもきたから印象に残っている。
脇腹を負傷しているらしく、血が滲むそこを鞠川先生がテキパキとした手つきで治療を施していた。
「鞠川先生!」
「あ、お兄ちゃん達だ!」
「小室君!平野君と真田君も無事だったのね~!」
小室が声をかけると、最初に反応したのは鞠川先生ではなくその陰からひょっこり顔を覗かせたありすちゃんだった。
鞠川先生も治療の手を止めて喜色に満ちた声を上げ、負傷しているニット帽の兄ちゃんの視線もこちらに向けられる。
「なんでぇ、テメェらも戻ってきてたのかよガキ共……おい、婦警のねぇちゃんと坊主頭の野郎はどうした?」
「田丸さんが撃たれて怪我をしたので、あさみさんに付き添ってもらって安全な所に隠れてもらっています。そっちの怪我は大丈夫なんですか?」
「この人の怪我は大丈夫。銃創を見るのは先生も初めてだけど、弾丸はお腹の表面を掠めただけで大事な血管も内臓も傷つけてないから~」
確かに鞠川先生の言う通り、脇腹の傷の出血量は微々たるものだし傷の位置だって内臓がある位置から大きく外れているので心配はあるまい。
手当を続ける鞠川先生の横で、ありすちゃんは両手をぶんぶん振り回しぴょこぴょこ跳ねながら、早口気味に声を張り上げる。
「あのねあのね!おっきなおじさんが先生とありすを守ってくれたの!」
「大した事はしてねぇよ。たまたま近くに居たチンピラ野郎の頭をかち割っってやっただけだ。しかも1人だけ倒した後にすぐに腹に食らっちまって、ご覧の有様ときてる」
「だけど、鞠川先生とありすちゃんを守ってくれてありがとうございました」
頭を下げる小室。礼を言われたニット帽の兄ちゃんは「けっ」と吐き捨てはしたものの、微妙に照れてるように見える。
「それで鞠川先生、先生の言っていた輸血用の血漿や薬を病院から持ってきました。すぐにお婆さんの治療を!」
「それが………」
途端に言い淀んだ鞠川先生の顔色がさっきの毒島先輩以上に曇った。それだけじゃない、ありすちゃんも、ニット帽の兄ちゃんも、暗い空気を漂わせて意気揚々と報告した小室から顔を背ける。
まるで大急ぎで医者が駆け付けてくれたにもかかわらず、結局医者が辿り着く前に病人が死んでしまったかのような雰囲気。
「マーくん!」
聞き慣れた声と小走りの足音。そちらの方へ身体ごと向いてみるなり、それなりに重たい衝撃が俺の胸を貫いた。
視線を下に移せば、里香のサイドテール頭が俺の胸元に押し付けられていた。パッと見じゃ信じられない程の怪力を秘めた短い細腕で俺の胴体にしがみ付いてくる。
「マーぐんっ…!お爺さんとお婆さんが……!」
湿った鼻声を漏らしながらパッと勢い良く上を向いた里香の顔、その小動物を連想させる大きめの瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。
「…………」
『現場』を前に、小室と平野は無言でその場に立ち尽くしていた。
平野は非常に険しい表情で眉根を寄せながら眼鏡の位置を直し、小室は顔を下に向けていて表情が分かり辛いが、唯一見える口元の動きから歯が砕けてしまいそうなぐらい顎が食いしばられているのが理解できた。
俺?一応2人に倣って立ってはいるけれど、2人ほど激しい感情は湧いてきていない――――今はまだ。
毒島先輩は小室の背後に立ち、里香は俺に縋りついたまま離れようとしない。鬱陶しいが、何故か振り払う気になれなかった。
「……あっという間の出来事だった。他の避難民を刺激しないよう武器を隠していたのが災いして、非常口を破って侵入してきた賊に応戦できるようになるまでの貴重な時間を取られてしまった結果、犠牲が出てしまった」
2つの死体――――病気のお婆さんとその連れ合いのお爺さん。
ベッドの上で寄り添う2人の胸元は真っ赤に染まっている。胸元に生じた穴を見れば、2人の命を奪ったのが銃弾であるのは一目瞭然。
危険を冒して病院に向かった俺達の努力は、結果的には時間と弾薬を浪費しただけの徒労に終わってしまった訳だ。
「すまなかった――――留守を守れなかった私の責任だ」
心底悔いに満ちた声色で謝罪する毒島先輩。
対して小室の反応は、顔を上げて力無く首を振りつつ疲れの滲む笑みを彼女に向けるというものだった。
「いえ……僕達がもっと早く必要な物を手に入れてさっさと戻ってくるべきだったんです。毒島先輩が謝る必要はありませんよ。むしろ銃を持った相手が大勢いたのに、たった1人であれだけの数を倒しただけでも十分凄いと思います」
後半は同意だ。刀1本でゲームキャラみたいな真似をされちゃ俺と平野の立つ瀬が無くなってしまう。
ま、殺しの手段としての刀には俺も興味があるし頼もしいとも思うけれど、それでも銃愛好家で専門の訓練まで受けに海外に行った身としてはやっぱり複雑だ。
それにしても、殺されてしまった老夫婦。長年寄り添って生きてきたのであろう2人は、文字通りの意味で死ぬ時も一緒だった。多分、世界がこうなってしまう前までは幸せな人生を共に歩んできたんだと思う。
それでも結局は他人の人生だ、俺にはどうでも良い……そう思いたかった。実際には出来なかった。
何時の間にか見えない棘が胸の奥に突き刺さっていて、老夫婦の死体を見ていると見えない棘が疼いて疼いて仕方ない。
例えるならそう、高城邸でありすちゃんの父親が<奴ら>に噛まれてしまった時に近い感覚。
……ああ、そうだ。ようやく分かった。
理不尽に思えて仕方ないんだ。希里さんが幼いアリスちゃんを残して死んだ事も、仲の良かった老夫婦がチンピラに殺された事も。
せっかく助ける事が出来たのに、こっちの努力を無駄にしやがって。
「俺達が侵入した側の入り口に陣取ってた連中を尋問してきたんですけど、チンピラは全員で40名弱。俺達と毒島先輩が仕留めた分を合わせてもまだ足りません。残りのチンピラどもがどこに逃げたか分かりますか?」
「恐らくは君達が入って来た方とは反対側に逃げたのだろう。革ジャンに髪を逆立てた中年の男は見なかったか?その男が賊の首領格だ。他の者達と比べて知恵も回るように思えたな」
「麗と沙耶は何処に」
「あの2人ならば隠している武器を取りに向かった筈だが……」
また銃声。拳銃やサブマシンガン、そして5.56mmよりも重たく、しかしショットガンのそれよりも軽い残響が尾を引く単発の銃声が交錯している。多分7.62mmのセミオート。
こうなってくると、小室の次の行動を読むのは簡単だった。
「行くんだろ小室」
「……ああもちろんだ!毒島先輩と古馬はここに残って鞠川先生やありすちゃん達を!」
「里香、お前もここで大人しくしてろ」
「分かった、ここは私に任せたまえ。武運を祈っているよ」
「き、気を付けてマーくん」
また3人で移動開始。銃声の数が多いせいでどちらの勢力が優勢なのか音だけでは掴みづらいが、7.62mmの銃声は他の銃声達と比べて聞こえる回数が少なく、間隔もバラつきがある。さっさと駆けつけた方が良いかもしれない。
……だけど小室にはこれだけは問いかけておきたかった。
「小室」
「何だよ」
「今度はちゃんと狙って撃てよ?」
「――――っ………」
「まだ引き金が重いようだったら、その時はさっきの爺さんと婆さんを思い出せばいい。それだけで大分引き金も軽くなるだろうさ」
「……ああ。分かってるさ」
「小室……」
頼むぜ、リーダー。この期に及んで躊躇うようだったらそれこそ役立たずだ。
銃声を追っていく途中、また新しい死体を見つけた。俺以外の面子には残念な事に、その死体は避難民のものだった。
老夫婦とはまた別にもう1人いた年寄りの避難民。頑固そうだった禿頭の老人の死に顔は、信じられないと言いたげに目を見開いた凄まじい形相だった。
老夫婦の時と違って、頑固爺さんの死体を見た時は何の感情も湧いてこなかった。
クソッ、と小室が小さく吐き捨てた耳に届く。それでも一々足を止めないだけありがたい。
辿り着いた先はコーヒーショップだった。俺がガスボンベ爆弾の作成場所としても利用していた場所だ。ちろんそのままいきなり鉄火場に飛び込んでいくような真似はしない。物陰に隠れてコーヒーショップ周辺の状況をまずは窺う。
「麗、沙耶…!」
お目当ての人物×2はすぐさま見つかった。
2人してコーヒーショップのバーカウンター内で銃を手に隠れていた。実際にはカウンター内に居るのは宮本と高城だけでなく、眼鏡をかけたすだれ頭の中年オヤジとOL風の若い女が頭を抱え、ガタガタ震えている。
一方チンピラ達の陣容はてんでバラバラ、客用の丸テーブルをひっくり返して遮蔽物にしたり柱に隠れたりするぐらいの分別がついてる奴もいるけれど、半分以上は隠れようともしないでネジの外れた笑みを貼りつけて仁王立ちになってバカスカ撃ちまくっている。
まさにチンピラを絵に描いたような撃ち方だ。ああ、無駄弾が勿体無い。
「あーもう!何でわざわざこんな逃げ場のない場所に隠れたワケ!?大体、カウンターの中に逃げ込んだ時は大抵包囲されるのが御約束じゃないの!」
「し、仕方ないでしょ!ここが1番安全そうだったんだから!」
どうやら2人は口論している様で、激しい銃撃の合間からでも聞こえる位の金切り声を2人して上げている。それでも銃撃に怯えて震える事しか出来ていない大人連中と比べれば、戦意を保ち実際に反撃を行うだけの性根があるだけよっぽどマシだ。
時折、少しだけ腰を浮かせては手にした銃で反撃を行っている。宮本が銃剣付きスプリングフィールドM1、高城が母親から渡されていた例のスネイルマガジン装着のルガーP08。
……銃撃戦の真っ最中に口論とか、バディ物のアクション映画じゃあるまいし。
ともかくチンピラ共は宮本と高城達へ向けて撃ちまくるのに夢中で俺達の接近に気づいていない様子。遠慮なく横合いからぶん殴らせていただこう。
手榴弾を取り出し、2人に見せる。これまでに病院で1個、モール内に戻る為に駐車場でもう1個。俺の手持ちの手榴弾はこれが最後の1個だ。小室と平野は手榴弾をちらつかせただけで俺の意図を察したらしく、同時に頷きを返してきた。
ピンを抜き、安全レバーを押さえていた指の力を緩めると、バネの力で手の中から勝手に安全レバーが跳ね飛んだ。これでもう爆発は止められない。だからといってすぐに投げたりもしない。念には念を入れて、投げ返す暇を敵に与えないよう爆発のタイミングを調節しておく。
一瞬だけ身体を出して、手榴弾をチンピラどもの中心めがけ投げ込んで、でもってまたすぐに遮蔽物の陰に隠れ直す。
同時に、小室と平野が予め示し合わせたかのように同じタイミングで宮本と高城へ警告を放っていた。
「麗、沙耶、伏せてろ!」
「耳を塞いで!口は開けて!」
「た、孝!?」
「言われた通りに伏せなさい!」
甲高くも腹の奥まで伝わるぐらい重々しい爆発が轟き渡った。俺達が隠れていた遮蔽物も衝撃波でビリビリと震え、破壊された天井の照明や天板が落下して砕け散る音が続いた。
若干の間を置いて新たに加わるのは、苦痛の悲鳴。効果は十分だったようだ。混乱から立ち直る暇は与えてやらない。
「このまま殲滅させるぞ!」
「了解!」
まず俺が真っ先に飛び出し、次に平野、そして小室も続いた。3人揃ってサイレンサー装備の銃だったので、爆発による薄い煙が広がる中蠢く人影へ向けて引き金を絞る度に高圧のスプレーに似た独特の抑制された銃声が短く鳴る。
俺と平野の弾丸は主に頭部へ集中し、2種類の特徴的な破裂音が響く度に手榴弾の影響で死に掛けてたり、倒れたり、うずくまってたりしているチンピラの頭部の一部と生命が破壊されていく。
規則的に奏でられる俺と平野のリズミカルな銃声に、ややテンポの悪い間隔でシパパパッ!という3点バーストの射撃音も加わる。今度は小室も言われた事を守っているようで、精度そのものは悪いが3発の9mm弾はちゃんとチンピラの胴体へと吸い込まれていく。
「な、何なんだよ゛テメェらあ゛!?」
おっと、反撃に移れる奴も居たのか。そいつは手榴弾の破片を食らって上半身が血まみれだったが、にもかかわらず立ち上がりながら俺達に拳銃を向けようとすらしていた。こいつらはジャンキーの集まりの筈だから、もしかして薬物の影響で痛覚が鈍いのかもしれない。
もちろん、そいつも撃ってくる前に慌てず騒がず他のお仲間同様止めの銃弾を見舞っておいた。特にこいつは念入りに頭部だけでなく心臓もきっちり破壊しておく。今のでこの場に居たチンピラは全滅だ。
今殺した分を合わせれば侵入していたチンピラの数と大体の帳尻は合う。もちろん狩り残しが残っている可能性もあるので、建物内を捜索しておく必要があるだろう。
「オールエネミーダウン!クリアだよ!」
「麗、沙耶、こっちはもう大丈夫だ!出てきても良いぞ」
小室がカウンターへ声を上げると、隠れていた宮本達はすぐには立ち上がらずにゆっくりと頭だけ覗かせた。
俺達の姿とチンピラ達の死体を確認してからようやく、カウンターから出て俺達の傍へ寄ってきた。
宮本と高城の表情は、仲間の帰還を喜ぼうにも素直に喜べない、そんな複雑な感情の入り混じる微妙な表情だった。残りの避難民、すだれハゲとOL風も恐れを多く含んだ視線を俺達に送ってきている。
「……殺したの?」
宮本のそれは、質問というよりも確認に近かった。
「ああ、殺したよ。仕方なかった。殺さなきゃ麗か、沙耶か、平野か真田か、それとも他の誰かが死んでたかもしれなかった。そうしない為には殺すしかなかった……」
そこまで言った小室の顔色が急に青くなり、いきなり駆け出して……あ、吐いた。俺や平野と違い、殺人童貞を失った事は小室にとってはそれなりにショックだったみたいだ。
むしろ<奴ら>ではない、生きた人間に対しても平然と引き金を引ける俺や平野の方がおかしいんだろうが。俺だってそれぐらいの自覚ぐらいは持ってるさ。強制する気はさらさら無いけど。
「う、うわああああぁっ!!?」
「クソッ、このガキが!デカイ声出しやがって!」
小室のえづく水っぽい音が何時までも続くのかと思ったその時、新たな悲鳴と怒声が聞こえてきた。お次は何だ?
一斉にその場に居る全員が――ゲーゲーやってた小室も含め――武器を構えつつ振り向いてみれば、避難民の1人である根暗そうな学生が羽交い絞めにされ、拳銃を持ったやや小柄な中年親父に人質にされているのが見えた。
革ジャンに逆立てられた短めの黒髪――――毒島先輩が言っていた特徴とも一致する。このおっさんが、チンピラ連中を取り仕切っていたリーダー格、尋問したチンピラが言っていた鎧田という男か。
「何なんだ、何なんだテメーらは!たかが学生のガキがどうして銃持ってる上にこんなに強いんだよ!」
そんな事言われても、趣味と成り行きと運の賜物としか言いようが無い。
「大人しく武器を捨てて、彼を放してくれ……これ以上、無駄な犠牲は出したくないんだ」
「うるせぇ!テメェらこそ銃を捨てやがれ!でないとこのガキが死ぬぞ!」
「ひいぃ!?お願いしますどうか助けて助けて助けて助けてぇっ!」
小室の説得をオッサンは全く聞き入れず、人質の学生にゴリゴリと銃口を押し付ける。人質は壊れたレコードみたいに繰り返し命乞いをし始めた。うるさくて鬱陶しい。
「どうするリーダー。僕としては正直武装解除はお勧めできないよ」
「私も同感。ああいう手合いは1度要求が通れば調子に乗ってどんどん次の要求をエスカレートさせていくタイプよ」
「くっ……それでも、これ以上他の人を犠牲にはしたくない。皆、武器を捨ててくれ」
平野が進言し、高城も忠告したが、小室の選択はオッサンの要求に従う事だった。
真っ先に武器を下ろしたのはやはり小室で、それに宮本が続く。反対意見を出した2人も、結局小室同様に武器を床に置いた。
――――俺だけは武器を捨てなかった。
「そこのテメェもさっさと銃を捨てやがれ!」
「嫌だね」
「真田!」
短くしっかりとした口調を心掛けながら、ハッキリと『No!』を告げてやった。
小室が声を荒げるが知ったこっちゃない。改めて伸縮式ストックを右肩に押し当て、右手はピストルグリップを軽く押し出す感じで把持。フォアグリップを握る左手は逆に銃を手元へ引き寄せる風にして銃全体を安定させる。
人質諸共、真っ直ぐ射線上に鎧田を捉える。照準の中で鎧田も人質もギョッと目を剥いた。
「オイ、コイツが目に入らないのか!?」
「……3つ、アンタに言っときたい事がある。1つ、そいつはたまたまこの建物に先に居た避難民であって俺達の仲間じゃない。名前も知らない赤の他人さ。俺は関係ない奴が死んだってちっとも心が痛みはしない」
たまに例外もあるけど、と老夫婦を思い出して脳内で付け足しつつ。
「2つ。拳銃相手ならともかく、貫通力が高い軍用ライフルが相手なら人質は無意味だ。サイレンサーで威力は落ちるとはいえ、この距離なら楽に人質ごとアンタを撃ち抜く事が出来る」
人質が一際情けない悲鳴を上げた。あ、漏らしやがった。鎧田は失禁した人質の小便が足元に広がっていってる事すら気づいていない様子。
「そして3つ――――」
「ち、ちくしょおおおおおおおおおっ!!!」
鎧田の絶叫と共に、人質の側頭部に押し付けられていた銃口が俺の方へと向けられる。だけど遅い。
セミオートで1回だけ、俺は引き金を絞った。機関部が作動し、瞬間的に露出した薬室から空薬莢が弾き出され、ペットボトルサイズのサイレンサーから発射ガスが噴き出し、5.56mm弾が音速の3倍弱で飛翔した。
血煙が散った。着弾したのは人質の頭の陰から覗いていた鎧田の首筋、丁度頸動脈が通過している部分だ。肉の一部がごっそり抉られた傷口から、斜め上へと噴き出すぐらい派手に出血している。
本人は絶好の盾を手に入れて隠れていたつもりでも、実際にはあちこち丸見えで狙える場所は幾らでもあった。しきりに移動して的を絞らせない努力を行ったのも鎧田の敗因の1つ。
大量に血を失ったせいで全身に力が入らなくなった鎧田は、傷を押さえながらその場に膝から崩れ落ちた。慌てて人質が逃げ出していくが、もはや彼を捕まえておく力すら鎧田には残っていない。
「――――人質を取るならプロレスラーにするんだったな」
とどめの1発。額に命中し、後頭部の一部が消失する。
ラストの台詞、元ネタ分かる人居るかな?
次回更新は多分8月の予定。
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