HOTD ガンサバイバー   作:ゼミル

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――――――病院包囲網から屋根伝いに脱出してからの話。

 

 

 

 

「おおっ、あったあった。サイズも丁度ピッタリだし運が良いぜ」

 

 

田丸さんは嬉々とした様子で戦利品のスニーカーを履き始めた。

 

安全圏への離脱に成功しショッピングモールへの帰路を辿っていた最中、何故か俺達は正面玄関が開いたまま放置された住宅に不法侵入する事になった。片方のスニーカーを失って歩きにくそうな田丸さんの頼みで彼のサイズに合う靴を探す為である。

 

結果は1件目の住宅で早くも大当たり。周囲一帯の<奴ら>が病院に押しかけているからか住宅は無人だった。俺達は警戒を払いつつ田丸さんがさっさと履き終えるのを待っている。

 

 

「あ、あれっ。おかしいな?」

 

 

だけど中々捗らない。何でかと言えば、靴紐を結ぼうとする田丸さんだったが、アル中か薬中の禁断症状みたく手元が震えているせいでまともに靴紐を保持する事すら出来ずにいるから。

 

脱出前後はショットガンを乱射した事以外パニックを起こさなかった田丸さんだけど、<奴ら>に囲まれていない一時の安全圏に辿り着いた事で今頃反動が襲ってきたのだろう。

 

正直どうでもいい。さっさと先に進みたいので、どんどん戦慄(わなな)きが酷くなっている彼の代わりに俺が靴紐を結んであげた。

 

 

「わ、悪いな。手間かけさせちゃって」

 

「別に構いません」

 

 

ハッとした様子で俺の顔を見つめてからバツが悪そうに視線を逸らす田丸さん。

 

 

「正直舐めてたってばよ俺……人助けの為に身を危険に晒して俺カッコいーなんて考えちゃってたけど、現実はやっぱそう甘くねーよな」

 

「そ、そうでもありませんよ!あさっ、本官も田丸さんの勇気には敬意を表しますっ!もちろんコータさんや小室さんと真田さんにも!」

 

「いやぁそれほどでもありませんよ」

 

「そうですって。僕らもただ助けられる範囲で助けようと思って動いただけで」

 

 

そんな田丸さんを励ますように言葉をかけるあさみさんだが、平野や小室と違って俺はスリルを求めて加わっただけ。だから彼女の言葉は俺の心中には響かない。

 

俺ほどスレても頭のネジが外れてもいない2人の方は、照れた様に手を頭の後ろに回して顔を赤らめていた。しかしあさみさんが平野に向ける視線はえらく熱っぽいのは何でだろう。

 

あんな目を何処かで見た事あるような、ないような。まあどうでも良い事だが。

 

 

「いやいやでもオタクらホントスゲーわ。ハンヴィーに乗って完全武装で<奴ら>の大群突破してやってきた時から思ってた事だけど、学生なのに強いわ頭切れるわ冷静だわでタダモンじゃないよなーって評価せざるを得ないわけよ」

 

 

苦笑半分羨み半分、といった塩梅の顔色と口調で田丸さんがそんな事を云った。ぶっちゃけ過剰評価――――とは思わない。

 

剣術と槍術で全国クラスの腕前を持つ毒島先輩と宮本、ゴリラクラスの馬鹿力と体力に加え柔道が得意な里香、博識で頭の回転も速い高城、とろいけど貴重な医者である鞠川先生、PMCでの訓練経験があり銃器が扱える俺と平野、そしてそんな個性的なメンバーをきっちり纏めるリーダー役の小室……

 

よくもまあ巡り巡ってこんな面子ばかり集まったものだとちょっと呆れてしまった俺だったが誰も責められまい。むしろ俺に同意する筈だ。

 

しかも俺の隣人は武器商人だったときている。これも何かの巡り会わせだろうか。

 

そうなると唯一の一般人枠はありすちゃんぐらいかな?小学生低学年の子供に生きた死体が支配するようになった世界で役立ちそうな取り柄があるのかと望む方が可笑しいけども。

 

 

 

 

 

 

おもむろに乾いた破裂音――――否、銃声が耳朶を打った。結構近い。

 

 

「何ですか今の!?」

 

「銃声ですよ。かなり近くですね、そう離れていない。しかも今の銃声は恐らくM37エアウェイトによるものですよ」

 

 

俺も平野の分析に同意。この数日で何度も聞いてきた、聞き覚えのある銃声だ。持ち主は警官か、それとも警官から(もしくはその死体から)奪った人間か。

 

どちらにしろ面倒の臭いがする。それが銃絡みとなれば荒事に発展する可能性は高い――――望むところだ。

 

スリルを与えてくれるなら<奴ら>だろうが武装した人間だろうが、どっちでも構わない。

 

 

「一体どうするよ。血漿とかあの巨乳先生の所に早く持ってかなきゃならないんだろ」

 

「一応見に行きましょう。そんな離れてないですし遠目に様子を見に行くだけなら時間をかけずに済むでしょうし、他の生存者がいるかもしれないのにほっとく訳にも……」

 

「その生存者がまともじゃなかった場合は?」

 

 

俺の質問に口を紡ぐ小室。

 

 

「撃っていいのは自分達のみに危害が及びそうな時だけだからな」

 

「OK」

 

 

それじゃあ見に行くとしよう。

 

やや歪な一列縦隊になって互いの視覚をカバーし合いながら銃声のした方へ向かう。住宅地という場所を踏まえて銃声の響き具合を考えると直線距離で100mあるかないか。間違いなく屋外での発砲だ。

 

時に<奴ら>をやり過ごし、時に音を響かせないようピッケルや銃剣で<奴ら>に2度目の死を与えつつ着実に距離を詰めていった俺達はやがて現場に辿り着く。

 

そこはブロック塀に囲まれた住宅と住宅の間の細い路地だった。路地の入口に<奴ら>の死体が1つ。後頭部にスーパーボール大の射出口が刻まれていた。そしてそれを為した相手は、

 

 

「――――もしかして……松島先輩!?松島先輩ですかぁ!!」

 

 

あさみさんの知り合いで、既に死にかけだった。中年の婦警が力無くブロック塀を背にぐったりを身を投げ出していた。右肩と左の首筋の肉が深い傷跡によって削られている。左手には銃声の発生源らしき力無く握られたM37エアウェイト。

 

明らかに致命傷だ。甲高い悲鳴も同然の声をかけられても全く反応を見せようとしない。

 

 

「松島先輩、しっかりしてくださっ」

 

「ダメですあさみさん、近付いちゃいけない!」

 

 

駆け寄ろうとしたあさみさんの肩を平野が掴んで引き留めた。涙目になって平野を見上げるあさみさん。

 

そのすぐ隣でサイレンサー付ルガーMk2の照準を婦警の頭部に合わせる。小室と田丸さんは<奴ら>が集まってこないか警戒に当たりながら沈んだ表情を浮かべていた。

 

そこで死にかけの婦警が反応を見せた。すわ<奴ら>に変身か、と思って引き金にかけた指が反射的に震えたけれど、「なかおか、さん?」と人名を口にした点から一応まだ生きてる事が分かった。死にかけのままだけど。

 

死にかけの婦警はようやく俺達の存在に気付いた素振りで顔を向けようとしたらしいが、僅かに首をかしげるだけでもう限界の様子だ。

 

遂に平野の静止を振り切ってあさみさんは死にかけの婦警に縋り付く。全く合っていなかった彼女の焦点がゆっくりとあさみさんに合わせられた。

 

 

「中岡さん…みんな……伝えなきゃ……」

 

「先輩、しっかり、しっかりして下さい!コータさん、早く松島先輩をあのお医者さんの先生に見せないと!」

 

 

平野の返答は――――無言で首を横に振る。涙を溢れさせて捨てられた子犬のような目を小室と田丸さんに向けるが、2人も口を引き締めて顔を逸らしてしまう。

 

俺の答え?もちろん平野と同意見だ――――けども、1つ気づいた事がある。

 

 

「ひなん……あさって…きゅうしゅつが………」

 

「ちょっと待って下さい、今まさか『救出』って言いましたよね!?助けが来るんですか!」

 

 

おお、聞き逃せない単語が出てきたお陰で小室も食いついた。一様に身を乗り出す俺を除く一同だったけど、そこまでをか細く途切れ途切れに告げるのが限界だったのか、ガックリと頭が落ちる。

 

 

「あとは……おねが、い…………」

 

 

それを遺言に訪れる永久の沈黙。

 

死にかけの婦警が婦警の死体に早変わり。すぐに<奴ら>の仲間に変貌するに違いない。

 

平野が手首の脈を取ってから慰めるようにあさみさんの肩を優しく叩いた。

 

 

「いやぁ…うそ、うそ、やだ、なんで、いやっ、いやぁああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 

慟哭の絶叫。皆は止めようとしない。だけどこの悲鳴を聞いて周囲の<奴ら>が集まってくるのはコーラを飲んだがゲップが出るのと同じぐらいの可能性だから、早急に場所を移すなり黙ってもらうなりする必要があった。

 

あさみさんの事情なんて俺にはどうでも良い事なのだから。むしろ遺言の内容の方が周囲同様、俺も気になる所だがそれについても今は後回し。

 

それ以上に気になる事もあるし。

 

 

「平野、ちょっと来てくれ」

 

「う、うん……真田、さっきの婦警さんの言ってた事って」

 

「それについては後回しにしよう。それよりもあの傷に気づいたか?」

 

「傷ってどの………っ!そうか、そういえばそうだ、何ですぐに気づかなかったんだ!」

 

「そうだ。肩の傷、あれは<奴ら>にやられた怪我でも何かの事故で負った怪我でもなかった」

 

 

婦警の右肩を酷く損傷させていたあの傷。出血で制服が赤黒く染まっていたせいで一見分かりにくかったけれど、同じぐらいの大きさの穴が複数先輩婦警の右肩に刻まれていた。

 

断じて単に転んだとか事故に遭った等による怪我ではないと確信出来る。

 

 

 

 

あれは間違いなく――――銃創だった。

 

つまり、この婦警は何者かによって銃で撃たれたのだ。

 

 

 

 

「傷のパターンからして散弾銃かな。傷と出血の様子からすると1日2日経った傷じゃない。ついさっき負った怪我に違いないよ」

 

 

辺りを見回してみると地面に点々と、ヘンゼルとグレーテルが道しるべに残したパン宜しく未だ乾き切っていない真新しい血痕がショッピングモールとは反対方面から続いていた。

 

つまりあさみさんの上司である松島という名の先輩婦警は恐らくは警察署からの帰り道に散弾銃で武装した何者かに撃たれ、負傷したせいで最終的に<奴ら>から逃れられずこうしてやられてしまたのだろう。俺達が聞いた銃声はそこに転がっている<奴ら>を倒した時のもの……そんな推理が容易に推測できた。

 

 

「真田はどっちだと思う?向こうはあさみさんの先輩を<奴ら>と勘違いして撃ったのか、それとも――――」

 

 

――――それとも『人間』で尚且つ『警察官』だと分かってて撃ったのか。

 

平野が言いたいのはそういう事。

 

 

「どっちでも良いさ。相手が銃口をこちらに向けて来るようだったら撃たれる前にこっちが撃ち殺す、それだけの話だろ」

 

「それは、まぁ、間違っちゃいないけどね……」

 

 

銃口を向けてくる方が悪いのさ。アメリカじゃ脅威だと判断すれば例え相手が素手だろうと躊躇いなく撃つのが正しいと認められているぐらいなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「松島、せんぱい?」

 

「…っ!あさみさん離れて!」

 

 

飛びつくようにしてあさみさんを先輩婦警の死体から引き剥がす平野。彼の行動の意味を即座に悟った小室と田丸さんもすぐさま死体の元から後ずさって距離を取った。

 

先輩婦警の死体が<奴ら>の仲間入りを果たして再び動き出していた。のっそりと極めて緩慢な動作で起き上がり、初めての獲物を求めて彷徨い出すべく路地の出口へ向かいだす。そう、丁度俺達の方へと。

 

一斉に俺と平野、遅れて小室と田丸さんが銃を持ち上げた。

 

 

「――――撃たないで下さい!」

 

 

何故止める。あと声が大きい。ほら声に釣られて心なしか<奴ら>と化した先輩婦警の足取りが早くなってるし。

 

俺達が注目する中、あさみさんは両手をまっすぐと伸ばして拳銃を構えた。先輩婦警が握っていたM37だ。元の持ち主にとってもう無用の長物になったそれを何時の間に拾っていたのやら。

 

 

「あさみが、あさみが撃ちます!これだけはあさみが撃たなきゃダメなんです!」

 

 

それならそれで早く撃って欲しい。口ではカッコいい事を言いつつも銃を握るあさみさんの手はガタガタと震えっぱなしで、それに合わせて銃口も揺れているもんだからもしかしてこの近さで外したりしないだろうな、とちょっと心配になるぐらいだ。

 

さっさと撃て。でなきゃ俺が撃つぞ。

 

中々撃たない彼女を見かねて平野も声をかける。

 

その声に押されたのかはともかく、ようやく彼女の踏ん切りがついた。

 

 

「あさみさん……」

 

「う、う、うっ……うわあああああああああああっ!!」

 

 

引き金のゆとりが完全に失われ、リボルバーの最大の特徴であるレンコン型弾倉が回転し、開放されたハンマーが雷管を叩き、38口径弾が銃口から飛び出す。

 

放たれた銃弾はもはや手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいていた先輩婦警の額にポツンと小さな穴をえぐり、後頭部から脳ミソの欠片諸共貫通していった。衝撃でやや仰け反り、やがて脱力して真下に崩れ落ちる。

 

僅かにタイミングをずらしてあさみさんも銃を握り締めたまま腰から座り込もうとした所、背中がすぐ真後ろに立っていた平野にぶつかり咄嗟に銃を離した彼の両手に支えられた。

 

そこまでがあさみさんの限界だったらしい。平野の方を向くと、恥も臆面もなく俺達の前でどうすればいいのか分からず腕を振り回している平野の胸元に顔を埋めて泣き叫ぶ。

 

銃声も含め、その場から離れられるようになるまで<奴ら>の大群に襲われなかったのが不思議なぐらいの大音量だった。

 

 

 

 

……流石に空気を呼んで何も言わずにおいといたけど、正直泣かれるだけ鬱陶しいというのが俺の本音でだった。

 

 

 

 

 

ようやく泣き叫ぶのを止めて移動を再開してからも、道中ずっとあさみさんはグスグス鼻を鳴らして平野からまったく離れようとしなかった。それはショッピングモールの姿が見えてからも続いた程だ。

 

「やっと帰ってきたぜ…」と万感の思いを込めて田丸さんが呟く。まるで長年我が家を離れていた単身赴任のサラリーマンみたいな様子だ。

 

ここまで辿り着いてようやくあさみさんも啜り泣きを止めて平野から離れる。

 

 

「これでようやくお婆さんの治療ができますね!早く持って行ってあげましょう!」

 

 

ごしごしと目元を擦って涙を拭ったけれど赤く腫れた目元はどうにも誤魔化せていない。完全に強がりだ。

 

それでも一応、頼りにしていた先輩警官の死を乗り越えて引導を渡してみせた点については評価すべきだ。

 

 

「そうですね、助けが来る事も早く皆に教えてあげないと――――」

 

 

聞き間違えのない、この数日間で聞き慣れてしまった連続した破裂音が小室の声に被さった。

 

続けざまに複数の銃声が重なって響きあう。視界の端の俺達に気づいていない様子の<奴ら>が銃声に反応して同じ方向に向かいだす。

 

銃声が聞こえてくるのはショッピングモールの方からだった。

 

銃声の種類は重なり合って判別しづらいが9mmに5.56mm、時々12ゲージの散弾銃であろう砲声。9mmは拳銃とフルオートが混在していて5.56mmはフルオートの連射音だ。

 

 

「オイオイオイ、一体全体どうしたって言うんだよ!?」

 

「まさか<奴ら>が中に忍び込んだんじゃ…!」

 

 

ショッピングモールを取り囲む駐車場部分まで辿り着いた時、新たに7.62mmだろう銃声が加わった。

 

5.56mmと12ゲージの中間のボディブローみたいな発砲音が轟くと、それに呼応して一際連射音が激しさを増した。

 

――――まさか、とは思うが。

 

俺と同じ結論に至ったであろう平野の緊張感溢れる言葉。

 

 

「いいえ違います、これは多分…!」

 

 

 

 

 

 

――――銃で武装した何者かの襲撃を受けている。

 

平野がそう結論を告げるのと、モール側から飛来した銃撃が俺達に襲い掛かったのは同時だった。

 

 

 

 

 


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