日向の拳   作:フカヒレ

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どんどん変態キャラになっていく。




第二話

 

 目が覚めた。今度の部屋は線香臭くないし、病室よろしくちゃんと水差しも置いてあった。これだよこれ、病室はこうでなくちゃ。

 水をコップに移して一気飲み。温い水が全身に広がるような心地がする。胃の中に何も入っていない証拠だ。一段落ついたら飯を食おう。

 あれほど酷かった頭の違和感はなくなっていた。絶好調と言って良いだろう。勢い良く布団を蹴飛ばすと、情報収集のために屋敷を歩き回る。

 

「おい、あいつネジだろ? 確か死んだはずじゃ」

「何かの間違いだったんじゃないのか?」

「そんな馬鹿な、心臓は止まってたし、脳は完全に破壊されてたんだぞ!」

 

 道すがら屋敷に居た連中が恐ろしいものを見るかのように一歩引いていたが、一体どういうことなのだろうか。まるでゾンビのような扱いだ。

 目的の部屋の前に到着すると、一度だけ深呼吸。そして襖を一息に開け放つ。

 

「よう、父よ」

「……ネジか」

 

 部屋の中には死装束に身を包んだ父、ヒザシが一人静かに佇んでいた。

 

「よく来たな」

「おう」

「さて、何を話そうか」

「なんでもいい。アンタが好きなように話せればそれでいい」

 

 父の姿から、ネジは全てを察していた。

 日向ヒザシは、日向ヒアシの身代わりになって死ぬ。

 どうやら未来は変えられなかったらしい。思い出すのが遅すぎた。後は水が流れるが如く結末へと向かっていくだけだ。それを止めることは、きっとネジには出来ない。

 沈黙の中、ヒザシがポツリと語り出す。

 

「お前の呪印のことなのだがな」

「呪印……あのくそダッセー刺青のことか?」

「……そうだ、そのダッセー刺青だ」

 

 もはや取り繕うまいとばかりに、ヒザシが苦笑した。なんだやっぱり父もダサいと思っていたのか。同レベルのセンスだ。いえーい、お揃いだよ。やったね。

 

「お前には刻まないことになったそうだ。正確には刻めない、ということらしいが」

「刻めない?」

「弾かれるんだそうだ、原因不明のナニカにな」

「よくわかんねぇけど……つまり俺のおでこは守られたってこと?」

「そういうことだ、よかったな」

 

 やったぜ、これで天使に会うたび額を見られていないか気にしなくても済む。

 ガッツポーズをしていると、父が盛大に溜息を吐いた。

 

「一体、誰に似たのやら」

「なにが?」

「そうやってはぐらかす癖だよ。本当は核心に辿り着いているのだろうに」

「……」

 

 うるせぇやい。ちょっとシリアスに耐えられないだけだ。シリアスな空気を感じると鳥肌が立つ。茶化さずにはいられない。

 ヒザシがジッとネジを見つめる。その瞳を正面から見つめ返す。

 

「私は最後の最期で籠の鳥をやめることができた」

「うん」

「お前は鷹だ、大空を翔る鷹だ。籠で飼われているような器ではない」

「うん」

「お前は良く出来た息子だった。それに比べて私は宗家への恨み言を並べるばかりで、親らしいことは何もしてやれなかった」

「……うん」

「お前は生きろ、生きて好きに飛べ」

 

 そうは言うが、現状のまま歴史が進むと第四次忍界大戦が勃発して、七代目火影を庇って死ぬことになるんだけど大丈夫なのだろうか。大丈夫じゃないんだろうな。

 このタイミングで十年ちょっとしたら俺もそっち行くから安心しろ、とか言ったらどうなるんだろう。試してみたいけど試したら色々とぶち壊しになる気がする。やめよう。

 

「今更だがネジ、私がしてやれることはあるか?」

「そうだな、今回の賠償金と遺族年金は?」

「……それなりの額が出るはずだ」

「ならいい」

「お前らしいな」

 

 ヒザシが苦笑する。

 しょーがねぇなー、コイツめ、みたいな生温かい視線だ。居心地が悪い。

 

「逆に聞くけど父よ、心残りは?」

「お前のことが少し心残りだったが、今のやり取りで吹っ切れたよ。どこまでいってもお前はお前だ」

「どういう意味だオイ」

 

 憑き物が落ちたかのような表情で、父がくつくつと喉を鳴らして笑った。

 

「好きに生きろネジ、お前を縛るモノは何もない」

 

 これが父との最後の会話だった。親子だというのに呆気ないものだ。

 この世界、死者と語らう方法なんてそれこそ無数にある。

 どうしても父が必要になったら大丈夫だ、穢土転生がある。何も心配することはない。だから頬を伝う水はきっと、悲しみとは別の感情を持った何かなのだろう。

 ネジは亡骸すら存在しない父の墓の前で一人、何をするでもなく立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 日向ネジは天才だった。武の神に愛されているのだと誰もが確信するほどに。

 一を聞けば十を知るどころか発展形まで持ってくる。こと武術において、そういうことが息をするようにできる人間だった。

 

「イヤー!」

「そいっ」

「グワー!」

 

 ネジの気の抜けた掛け声と共に、大の男が宙を舞い道場の床に叩きつけられる。きちんと受け身は取れるように投げたから、痛みはないはずだ。

 ありがとうございました、と一礼して道場の端まで下がる。これで何人転がしただろうか。そろそろ数えるのも億劫になってきた。

 日向一族の人間が弱いわけではない。ただ単にネジが強すぎるのだ。

 

「おかしい」

 

 片膝をつき、その上に顎を乗せながらネジは思考にふける。異常なのはネジも自覚していた。

 あの一件以来、どうにも体の調子がおかしい。悪いわけじゃない、その逆だ。調子が良すぎる。思考は剃刀の如く冴えわたり、体は羽のように軽い。

 世界が止まって視える。そして自分はその世界の中を自在に動き回れる。生物としての“速さ”が一段階違う、そうとしか言いようがない。

 ジッと分家連中が組手をする様を眺める。使っているのは老若男女問わずに日向流だった。もう見慣れた。見飽きたと言っても良い。

 

「これじゃ駄目なんだよな」

 

 日向一族が扱う秘伝である、日向流柔拳法。本格的に習いだしたのはほんの数か月前だが、ネジは既にその流派自体の限界を感じ始めていた。

 どの辺が限界なのか、と問われるとその攻撃の規模だ。

 日向流柔拳法はどう考えても対人における戦闘を前提に作られたものだ。しかしこれから先、この世界で対人の技術が役に立つとは思えなかった。

 具体的には九尾とか、須佐能乎とか。最悪な所だと十尾とか。そんなバケモノを相手にするのに“対人”なんてチマチマとしたことはしていられない。

 

「最低でもなぁ……月くらいは両断できないと」

 

 隣に座っていた壮年の男性がギョッと目を剥いた。お前ならその内できそうだけど、絶対に試してはくれるなという懇願のオマケ付きだ。

 おうなんだよ、テメェら俺のことを何だと思ってんだよ。喧嘩売ってんのか。売ってるなら組手で相手になるぞ、やんのかやんのかとネジが辺りに殺気を撒き散らし始める。

 周囲に座していた者達がそっと畳一枚分くらい距離を開けた。日向一族内で、ネジは完全に腫れもの扱いであった。単純にやり過ぎた。出る杭は打たれるが、成層圏まで飛んで行ってはどうしようもない。

 当主はそんなネジの微妙な立ち位置に気付いているようだったが、またアイツかとそっと目を逸らすばかりで助けてはくれない。役に立たない御方である。

 世の中こんなんばっかりだなと心が荒んでいくが、それを癒してくれる存在だって居る。日向家に舞い降りた天使ことヒナタ様である。

 今日も素晴らしく天使だ。そんなことを考えていると、当主であるヒアシが大天使ヒナタ様を指名した。

 

「次、ヒナタ!」

「はい!」

「ネジ、お前が相手をしろ」

「はい」

 

 努めて冷静に返事をした。内心では小躍りしながら三回転半を決めている。

 ヒナタ様と合法的に、しかも親の公認で触れあえるなんてウキウキのハピハピである。今やネジはこの瞬間のために生きていると言っても過言ではない。

 むしろヒナタ様が居なかったら日向家などに出入りはせず、今頃は賠償金と年金で自堕落に過ごしていたはずである。正直言って宗家とはあまり関わりたくない。

 

「お、お願いします」

 

 ヒナタ様が一礼をした。空気が変わる。世界がネジとヒナタ様だけになる。

 年恰好が近いおかげか、ネジはヒナタ様の練習相手へと頻繁に選ばれた。そしてネジはこの時間が堪らなく好きだった。ヒナタ様を合法的に独占できるからだ。

 当主であるヒアシは不愛想で冗談が通じない類の堅物人間でネジの苦手なタイプだったが、この場を設けてくれることに関してだけ言えば感謝している。

 

「やぁっ!」

「甘いですよ、ヒナタ様」

 

 繊細に、己が持てる能力の全てを使ってヒナタ様を床の上へと優しく転がす。転がす相手が豆腐で出来た人形であっても全く型崩れしないだろう。

 日向流は対人戦に特化したその性質上、乱取りをすることが多い。そのため幼く体格の小さいヒナタ様には生傷が絶えなかった。非常に痛ましいことである。

 そこでネジが開発したのが、このふんわり仕上げのソフト投げであった。これであれば下が固い床でも怪我をすることはない。

 ちなみに他の連中は普通に転がす。情け容赦もなく床に叩きつける。この技はヒナタ様専用だ。そしてネジの優しさもヒナタ様専用だ。

 

「続けますかヒナタ様?」

「はい、お願いします!」

 

 お手本とばかりに、あえてゆっくりと掌底を繰り出した。白眼を使えば充分に見切れるが、ヒナタ様の反応速度ではギリギリ避けられないだろう。

 掌には弾力を持たせたチャクラを集めて、クッション状態にしておく。この技を喰らったものは、まるでマシュマロが押し付けられたかのような錯覚を味わうことになるだろう。

 

「んみゅっ!」

 

 顔に押し当てると非常に可愛らしい声で鳴いてくれた。素晴らしい、これだけでこの技を開発した意義があるというもの。自然と緩みそうになる頬を内側から噛みしめて抑え込む。

 

「ほら、足が止まっていますよヒナタ様」

「い、いきます!」

 

 再び向かってきたヒナタ様の技を、今度はあえて受ける。その技が正しい構えから繰り出されたものだからだ。

 正しい理によって放たれた技は受け、間違った理によって放たれる技は正す。乱取りの中でネジは相手に気付かせることなくそれを繰り返していく。自然とヒナタ様の技は洗練されていった。

 ヒナタ様は天才ではないが、決して凡愚というわけではない。ただ日向の苛烈なやり口が合わないというだけだ。切り口を変えれば秀才の部類に入るだろう。

 成果はキチンと出している。だから誰にも文句は言わせない。これはネジの、ネジによる、ネジのための美少女(ヒナタ)育成ゲームなのだ。至福の時間を邪魔などさせてなるものか。

 

「そこまで」

 

 そんなことを暫く続け、ヒナタ様の息が上がり動きが精彩を欠いてきた辺りで義父上(ヒアシ)からのストップが入った。

 頬を赤らめ息を切らせるヒナタ様を至近距離から見つめながら、その青い果実の如き汗の香りを楽しむのが乙だというのに。余計なことをしやがって。

 とはいえヒナタ様にご無理をさせてはならない。なに、こうして日向を続けていれば、こういう機会はいくらでもあるさ。そうだチャンスはまだある。

 ヒナタ様がはにかみながら礼を。そして顔を上げると同時に必殺の呪文を放った。

 

「あ、ありがとうございました……ネジ兄さん」

「んんッ!」

 

 熱い情熱が鼻の奥から溢れ出そうになるのを、チャクラ鼻栓で強引に押しとどめる。いかん、いかんぞ。ヒナタ様に“兄さん”なんて呼ばれた日には、これはいかんことになるぞ。

 鼻をせき止められたせいで逆流してきた大量の“愛”が喉の奥から口へと昇ってくる。こふっ、と小さな呼気と共にネジの口からその赤い液体が少しだけ漏れた。

 

「ね、ネジ兄さん!?」

「だ、大丈夫ですヒナタ様。持病のようなものですから」

 

 だからそれ以上、至近距離で兄さん連呼するのやめろください。凄く幸せで脳内麻薬がドバドバしているけど、出血多量で死んでしまいます。いけません、これ以上はいけません。

 ヒナタ様は青ざめながら目線だけで助けを請うが、当主は黙って首を横に振った。コイツにつける医者も薬もない。流石に当主はよくわかっていらっしゃる。

 ちなみに稽古に参加していた日向分家一同は、またかよアイツ、とばかりに生温い視線をネジに向けていたとか、いなかったとか。

 

 

 

 

 

 

「ただいまっと」

 

 稽古から帰ったネジは、誰も居ない家に向かってそう呟いた。以前ならば父がぶっきらぼうに“おかえり”と返してくれたものだが、彼はもう居ない。

 一人になったんだな、と寂寥感が押し寄せた。この家に帰ってくるといつもこんな気分になる。いっそ新居に移るべきだろうか。気持ちも新たになるかもしれない。

 両親の写真が飾ってある棚から、そっと一冊のアルバムを取り出した。

 それは勿論、ヒナタ様コンプリートアルバムである。両親との写真? そんなものは知らんな。あるのは100%ヒナタ様で構成された写真集のみだ。

 当時の使用人を買収して赤ん坊時代の写真までキッチリ取り揃えてある。それに今日焼き上がったばかりの新しいヒナタ様の写真を挟む。

 白眼の網膜にチャクラで画像を保管し、それを紙媒体に転写する技術をネジは確立していた。実に才能の無駄遣いである。

 

「うーん……頑張って汗を流しているヒナタ様もグッドだな」

 

 これは歴史だ。天使が今日まで現世を歩んでこられた、その記録なのである。

 両親の写真を押しのけてアルバムを立てかけると、無言で手を合わせた。ヒナタ様の歴史ということは、すなわち聖典ということに他ならないからだ。

 

「天使と同じ空気を吸うだけでなく触れ合えるなんて……今日も素晴らしい一日だった」

 

 草隠れの里辺りで流行しているらしいジャシン教とかいう宗教より悪質なことになっている気がするが、それはさておき。

 ネジは聖典を前に静かに祈りを捧げる。外面だけ見れば神聖さを感じる姿だった。外面だけを見るならば。中身は目も当てられないアレだ。

 

「さて、生きる気力が湧いてきたぞ」

 

 それでいいのか、と思うだろうが、いいのだ。少し間違った感情なのだとしても、それで寂しさを消せるのなら、今はそれでいいじゃないか。

 少しだけ明るさを取り戻したネジは、一日の汗を流すべく風呂場へと弾んだ足取りで向かって行った。

 

 

 

 

 





寂しさを埋めるために狂信の道へ。

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