何時の間にか無限航路   作:QOL

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前の投稿からほぼ3か月が経ちました。
今の今までモチベーションが上がらなかったのですが、三日前に急に書く力が湧きました。
そんなわけで一気に書き上げたので投稿いたします。
一応推敲はしておりますが、誤字脱字がありましたら是非ご連絡ください。

それでは、どうぞ。


~何時の間にか無限航路・第38話 ネージリンスinゼーペンスト編~

■ネージリンス編・第38章■

 

―――旗艦ユピテル、ブリッジ―――

 

 フネの命令系統の中枢に位置する艦橋。強固な装甲板と重厚なブラストドアに守られたこの場所に、白鯨艦隊の幹部とも呼べる各部署のリーダーたちが会議を行う為に一同に会していた。

 ここは本来会議を行う場所ではないのだが、一応艦橋はあらゆる部署やセクションからの情報が集約される場所であり、またホログラム・モニターを投影できる設備が整っている場所でもあるため、会議を行うにはある意味うってつけである。

 それもこれもユーリが会議室モジュールを入れ忘れていた所為で、他に会議するにふさわしい場所がなかったからなのだが、さもあらん。

 

「んじゃ、会議すっべ」

 

 そんなユーリの気の抜けた声と共に会議は始まった。同時にそばに控えるユピがフネのメインフレームに直接アクセスし、会議に必要であろう情報を各員の眼の前に投影した。

 電子知性妖精である彼女はコンソールを使って操作しなくとも、意思一つでメインフレームと接続し、フネの全てをコントロールできるので、こういう会議の時は地味に便利であった。

 

「さて、あの時は出来なかった小細工の説明……。

 まぁぶっちゃけた話、これからの行動方針を話そうと思うッス。

 まず第一に追跡してくる敵の撃退、および逃走が主目的となるッス。

 そんでとりあえずコイツを見てほしいッス。これは今向かっている座標にあるものッス」

 

 ユピがユーリに指定された順番通りに資料を展開する。

 ホロモニターに投影されたのは、姿はとても普段よく見るボイドゲートとよく似ているが、ボイドゲートとは違うもう一つのゲート。機能を停止して“死んだとされる門”通称デッドゲートの姿がホログラムとして投影されていた。

 

 デッドゲート。これは何等かの理由でゲートとゲートを繋ぐゲートジャンプの機能が失われたボイドゲートである。

 本来なら四つの独立した三角錐に近い形状のユニットがグラビティアンカーのラインにより固定され、ユニットに囲まれた中央に青く輝くジャンプフィールド幕が展開されているのだが、機能停止したデッドゲートにそれらは存在しない。

 あるのは黒く変色し、経年劣化か小惑星の衝突で傷ついた巨大な構造物が、まるで躯を晒すかのように宇宙に横たわっている姿だけである。

 もっとも例え機能停止していても非常に頑丈であり、一般的なフネの攻撃手段では傷一つ付けられない。

 

「ここに向かって何をするかは……、お手元の資料をご参照くださいッス。

 フォルダはG-8492番にあるッスから各員開いてくれ」

 

 そういわれて、ユーリ以外のメンバーは自分たちの前に浮かんだホロモニターをタッチして、指定されたフォルダを開き中身を確認した。

 情報量としてはそれほど大きくはないので、全員が読み終わるのに時間はあまりかからなかった。一応全員が読み終わるのを待って、ユーリは口を開く。

 

「見終わったッスかね? 短い内容のとおり白鯨艦隊はデッドゲートに向かって、そこでグランへイムを撃退するって感じのプランッス」

「つまりはデッドゲートを盾に利用しようってわけだね。まぁ他の宇宙島までは逃げ切れそうもないみたいだから仕方ないのか……」

 

 ユーリのとなりで会議の成り行きを見ていた美女、トスカがユーリが考えたプランを簡潔に纏めて述べた。彼女が後半に述べた言葉で空気が重くなったが事実であった。

 艦隊は逃亡する時の初期加速で航続距離をかなり稼ぎ、グランへイムの恐るべき三連装レーザー主砲から逃れることが出来たが、最後の長距離観測によればグランへイムは追撃する構えを見せていたらしく、十中八九追いかけられていると想定された。

 敵が普通の敵だったなら、逃走に成功したと判断で来たのだが、相手はあのグランへイムであり、それを駆るヴァランタインである。伝説の海賊が率いる恐るべき海賊団と超性能のグランへイムが合わされば、まさに鬼に金棒ならぬ鬼に核ミサイル。うかつに逃げ延びたなどとは誰も言えなかった。

 

「うっス。艦隊は一路デッドゲートに赴き、ゲートを構成する四つの巨大ユニットの一つを盾にして迎撃。この場にグランへイムを縫い付けてから離脱するッス」

「まってくれ。縫い付けるとはいうがすでに艦隊の戦力は半減、いやさっきの戦闘の消耗を考えるとそれ以下だ。成功する確率は高くないんじゃないか?」

 

 これまで冷静に聞いていたイネスが手を上げてから発言した。

 彼のいうことも一理あり、現在の白鯨艦隊は全部で12隻しか残っていない上、要の火力もいくつかの艦では主砲塔が損傷し、ミサイルなども先の戦いでほとんどを消耗してしまった。

 工廠戦艦アバリスの艦内工廠がフル稼働してはいるが、修理部品精製の為にミサイルに回すだけの余力がなく補充すら儘ならない状況である。特にミサイルは先の戦いで煙幕を投射する際に役立っただけに、それがほぼ使えないとなれば戦力は半減という話ではなかった。

 

「それについては考えてあるッス。相手は大海賊、同じ手が何度も通じるとは考え辛い」

「それじゃあ煙幕以外の方法が?」

「ある!……グランへイムに対抗できる手段、それは―――」

「それは?」

「―――力を、合わせるんだ。全てのな」 

 

―――――― はぁ?

 

 この場の全員が浮かべた表情を要約するならこうなるだろう。ユーリはそんな仲間たちを見て悪戯が成功した子供のように笑みを深くし、それにイラついたトスカに殴られていた。ここまでお約束である。さすがに真面目にならんとダメだと思ったのか、ユーリは表情をキリリと切り替えた。

 しかし殴られないと切り替えないとは一昔前のTVかなにかだろうか。

 ポンコツとはいうが人間もそれにあてはまるのだろうか。

 

「まぁ口で説明するとダル……長いから、さっき開いたフォルダのもう一つしたのフォルダを見てほしいッス。そこに書いておいたんで」

 

 なにやら不真面目な一言が漏れ聞こえた気がしたが全員スルーした。ユーリがこうなのは出会ってからずっとなので気にしてもしょうがないのである。彼らはユーリから指定されたとおり、先ほど開いたフォルダの下にある別のフォルダを開いて中身を参照した。 

 

「これは……」

「うっそだろおい」

「ありえない! なんて設計なんだ! 設計したヤツは阿呆だろ!」

「そういえばこういう設計だった。すっかり忘れていた。しかしイネス、俺は科学者としては関心こそすれなにもおかしなところはないと思うぞ」

「サナダ、これは常軌を逸しています……、ですがこれなら意表を突けると思います」

「ミドリの……いうとおり……。でもなんて……びっくりどっきりメカ?」

「そういえば本体ってソコだったね」

「し、しりませんでした」

 

 石破天驚とはこのことか。この場にいるほぼすべてのクルーたちの感想である。

 とはいえ反対という意思はクルーたちの間に見れない。どちらかといえば開いた口がふさがらないというか茫然自失というか。まぁこんなのをよく使おうと思ったユーリにあきれたというべきだろう。

 

「ふむ。艦長、これはきちんと作動するんでしょうな?」

 

 皆が口々に驚いているなか、トクガワが一人ユーリに尋ねた。ユーリは勿論さ☆彡とウザい笑みを浮かべて頷いた。

 

「イグザクトリー。ちなみにケセイヤにも確認済みッス。な?」

「クククッ、こんなこともあろうかと! 改装する時も気を付けていたからな!……まぁぶっちゃけた話。こんな風に使うことになるとは想像の範囲外だったが……」

 

 整備と魔改造を一任しているケセイヤの言葉に、これがユーリの虚言などではなく、実際に行えるものだと全員が理解した。ケセイヤはマッド共の筆頭だ。ヤツができるというのなら、そういう風な改造となっているのだと色んな意味でみんな諦めていた。

 

「何はともあれ。ユーリがイッちゃってるのは解ったよ」

「えーと。褒めてるんスかそれ?」

「「「「いや全然」」」」

「ですよねー」

 

 トスカの呟きに反応したユーリに、この場のほとんどがそう答えた。普段の行いとは大事である。あまりのいわれように傷ついたと言わんばかりに嘆くユーリ。流石の能天気男であっても少しは懲りたらしい。

 とはいえ解っていても変えられないことはある。ユーリの常人とは違う考え方はもう彼のアイデンティティだ。これを変えるなど難しいだろう。彼の仲間たちは、どうせまた懲りずに同じようなことをしでかすんだろうなぁ、という生暖かい視線を向けているが、向けられた本人は全く気が付いていない。

 

「それで? これらを踏まえて作戦名とかはあるのかい?」

 

 ユーリをこき下ろしたことで、そろそろ終わろうかという空気が漂い始めた時、ふとイネスがそう呟いた。orzと膝をついて落ち込んでいたユーリは顔を上げるとその問に答えた。

 

「あー、実はまだ決めてないんスよイネス。短い時間だったから概要を考えるだけで精一杯」

「それじゃあ今決めたらどうだい? こういう時は何かしら呼び名があった方がいいからね」

「お、イネ坊はいいこというね。他に何か意見あるやつはいるかい?」

「「「「特にないでーす」」」」

 

 なるほど作戦名か。確かに今から行うことは一大作戦である。これが成功したなら、グランへイムを退けることもできるかもしれないのだ。なにかこう良い作戦名はないものか。そう考えたユーリはフッと閃いた言葉を口にした。

 

「じゃあ、作戦名はインフィニット・スペース。こんな状況乗り越えて無限の航路に行こうって意味を込めてみたッス。どうどう?」

「いいんじゃないかい。アンタのドヤ顔さえなければもっとよかったよ。あとちょっと格好付け過ぎだね」

「「「副長に賛成」」」

「あと、えと。元気出してくださいね」

 

 どうやら全面的な味方はユピしかないらしい。ちょっと格好付け過ぎたことに反省しつつも、結局作戦名は変わることなく言い出しっぺのままに決まった。

 

「さぁて、終わったら大宴会しないといけないッスね」

 

 皆が作業に入る中、そう呟いたユーリ。呟いてからコレ死亡フラグかもヤベーと思ったのは彼だけの秘密であった。

 

 

 

***

 

 

 

―――同時刻、旗艦ユピテル艦内、倉庫内―――

 

 

「……う、うーん」

 

 さて、慌ただしい船内の一角。備品倉庫に使われている部屋において、これまで忘れられていた人物が目を覚ましていた。

 蜂蜜色の髪が零れるようにして彼女の肩から解けて落ちていく。今の今まで気絶していたからか節々に感じる痛みに眉根を寄せて、不快感を隠そうともしていない。普通よりも遥かにゆっくりと姿勢を起こした彼女こそ、従者から捜索依頼が出ているキャロ・ランバースであった。

 

 なぜ気絶していたのか? 簡単にいうと迷子になった結果である。

 

 彼女は艦内見学の時、少し悪戯心が働いたのか、従者であるファルネリから少しだけ離れて別の道に入ったのだ。そしてそれが運の尽きだった。モジュールを組み込むフネの構造上、外見は同じでも内装が同じフネはほとんど存在しない。熟練の0Gドッグでも内装入れ替え後は慣れていない間、携帯端末のナビ機能を使うことすらある。

 当然、キャロはユピテル艦内など初めて見る上、彼女は0Gドッグではない。0Gドッグなら持っていて当然の最低限の知識すら持ち合わせていない。そんな彼女がガイドするファルネリから離れればどうなるかは一目瞭然だろう。

 

 むろんその時の彼女は自分が迷子になったなどと一切思っていない。ただ仲のいい従者との隠れ鬼ごっこを楽しもうと愉快な気分であったそうだ。そうやって彷徨っていたら、普通なら保安部に保護されるか、あるいは統合統括AIのユピに見つかって連れ戻されていたはずである。

 運が悪いことに、ちょうどこの時にヴァランタインの襲撃が発生した。鳴り響くサイレンに驚き、ゆっくりとであるが降りてくる隔壁に恐怖したキャロは、とりま手近な部屋へと勝手に飛び込み、その後続いた戦闘の衝撃で気絶してしまったのだ。

 戦闘中は座席に座るか、何かに身体を固定しておかないと危ないという常識も知らない。だから致し方ないとは口が裂けても言えないが情状酌量の余地はあろう。無知は罪だが、だからと言って誰しも最初は賢者ではないのだから。

 

「あー?……あー」

 

 一応目が覚めたキャロであるが、まだ少しぼんやりとしていた。とりあえずあたりを見渡して状況を整理していたキャロの脳裏にまず浮かんだのは、“あ、やばい。これファルネリにマジで叱られるヤツだ”という、なんとも残念なものだった。

 なんせネージリンスに連れて帰るはずの帰還船をわがままでドタキャンするわ、つかの間の自由に酔って調子に乗り、ガイドを無視して意図せずとはいえ密航するわ。彼女が各部署に与えたであろう被害を数えだしたらキリがない。

 

「ま、まぁそれよりも……、いまは外に出ましょう」

 

 しかし、そこはさすがにお嬢様。少し悩んだところですぐに気持ちを切り替えて普段のキャロに戻っていた。やってしまったものは仕方がないと考えることにしたようだ。お嬢様はへこたれないのである。

 開き直ったキャロは、とりあえずファルネリと合流しなければならないと思い立ち、今いる場所をよく観察した。入ってすぐに気絶したので気が付かなかったが、なにやら倉庫のようで棚に雑多な小型コンテナが固定されているようだ。

 揺れは感じないが戦闘中らしく照明がいまだに暗い。薄暗く誰も居ないコンテナだらけの部屋というのは無機質な不気味さがある。こんな陰気な場所にいると気が滅入るってものではない。

 

「………あら~? 開かないんだけど?」

 

 なので部屋のドアに手をかけたのだが、なんということでしょう。ドアにロックが掛かっていて開かないではありませんか。

 

 まぁ当然である。現在グランへイムから逃れはしたが、戦闘態勢は解かれていないのだし、移動に必要のない隔壁は空気漏れ対策で全て閉鎖されている。大半の部屋もドアがロックされていた。これは万が一被弾した際に何でもかんでも吸い出されないための処置なのだが、おかげでキャロは完全に閉じ込められてしまった。

 

「にゃー! ファルネリー! ユーリー! ナンでもいいから助けてー!」

 

 おもわず叫んでしまうキャロ。だが誰も助けてはくれない。今ここにいる薄幸の美少女(自称)を助けてくれるヒーローはいないのだ。ああ、このまま私はだれにも発見されずミイラになってしまうのねん。そして子供が5人生まれて、おばあちゃんになるのよ……。

 ヨヨヨと己の境遇に泣きはらすようなポーズをとるキャロ。呟いた内容も滅茶苦茶だ。なんでミイラになるのにおばあちゃんになれるのか。それは彼女にしかわからないであろう。しばらくそうやって一人嘆いていたが、少しして心に寒風が吹いたのか溜息を吐くと立ち上がった。

 

「もぅ…何してるのよ私。それにしても、やっぱり誰かいないとつまんないわ」

 

 混乱していたとはいえ、莫迦をしたものだと赤面する。それにこういう時だれもいないとただむなしいだけである。思うのは妙に波長の合ったあの少年。出会って数時間も経っていないのに、旧知の仲のように思えた存在。というか私の相方。

 

 どうせならこういう時にでも颯爽と登場すればいいのに……。

 そんなことを考えていると―――

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! お呼びですかじゃよー、と」

「ぎゃぁぁぁぁッ?! えうっ?! 誰あなた!?」

 

―――唐突に後ろから掛けられた声にキャロは心臓が飛び出る思いをした。

 

 およそ少女が出していい声じゃない金切り声を上げて振り向けば、そこに紫のショートヘアに大きなヘッドセットを被り、ノースリーブでお腹がむき出しの空間服を着ている女性が立っているではないか。

 今の今まで自分以外誰も居なかったというのに……、自然と緊張して身構えた。彼女の勘が告げているのだ。ヘルガと名乗る彼女をパッと見た瞬間、些細ながらも違和感を感じとったのだ。

 ヘルガの見た眼はとても綺麗な女性である。出るところは出て引っ込むところは引っ込む、女性から見てもうらやましい黄金比。顔立ちもよく十人が十人美女だと断言するであろう容姿……。

 

 しかし何かがキャロの中で引っかかった。いきなり現れた美女、その美しさにある、何かこう無機質な部分を彼女の鋭い感性が感じ取ったのである。そしてそれを隠そうとしていないところを彼女は怖さを感じた。

 人間であるなら感情は隠そうとするのが普通である。だれしも他人には仮面を被るものだし、素の自分を自分以外に曝け出す人間は存在しないのだ。曝け出していると自称する人間も、曝け出している仮面を被っているのである。

 故に、人間味を感じないヘルガをキャロは警戒し、距離を取ろうとした。0Gドッグの心得もしらず、身を守る方法を知らない彼女にできる唯一の抵抗であった。

 

 一方のヘルガは自然体のままだった。キャロが睨むかのように警戒している姿を見ても、別に何の感情も抱きはしなかった。精々が少女の動作パターンを別の記録と照合して、おびえていると判断したり、少女のバイタルが妙に変動しているので、病気でもあるのかと考えたくらいである。

 キャロが感じた違和感の正体。人間味が少ないという感覚はある意味で間違ってはいなかった。ヘルガは人間ではなく電子知性妖精という名のドロイドであったからである。肉体を形成している物質も、思考を形作るニューロンマトリクスも、そのすべてが人間の模倣であり人間と同じところはないのだ。

 キャロがヘルガに感じた違和感はまさにそれだった。非常に高度な対人インターフェイスを備えていてほぼ人間と変わらない表情をとれるヘルガだが、そんなヘルガの擬態をキャロは社交界で鍛えた観察眼でもって只の人じゃないと無意識に見破っていたのである。なかなかに鋭いお嬢さんである。

 

「ヘルガはドロイドなんじゃよー、と」

「人間じゃないの? うそでしょ……」

「ちなみに一度キャロ君とは出会ってるんじゃよー、と」

「え? ……ああ、あの時の」

 

 そして自分からバラしていくスタイルである。ヘルガはやはり只モノではなかった。

 

 さて身構えていたキャロだが、ヘルガの言葉にそういえばと思い出した。どこか不思議な感じの喋り方をするヘルガだが、確かユーリと初めて会ったときに、彼女がユーリに付き従っていたのを覚えていた。

 その後のユーリのインパクトが強すぎて忘れていたが、お爺さん臭い特徴ある喋り方で思い出したのだ。ああユーリの関係者なら、少しおかしな人だとしても頷ける。そう自己完結したキャロは肩の力を抜いた。

 

「あの、ところでどうして貴女はここに?」

「たまたま近くの配線の点検中じゃったんじゃよー、と」

 

 とりあえず何故ここにと尋ねた答えを聞き、なるほど道理で…と納得しかけたが、ちょっと待ってと待ったをかけた。目の前に現れたヘルガは初めて会った時の様子からみてユーリと親しそうであった。それなのに整備の下っ端がやるようなことをしているのかが、生まれきってのお嬢様であるキャロには理解できなかった。

 

 財界に首元までドップリ使っていた彼女が、このフネ独自の形態を理解できないのも致し方ないことで、まずユーリの艦隊において役職や身分は、あくまで本人がどういう種類の仕事ができるかという指標でしかない。

 彼の艦隊では役職が偉いのではなく、その役職ができる能力があるから偉いのであり、どの役職にあるかは別に問題視されないのだ。なので例え誰もしないような雑用ばかりしているクルーであっても普通にユーリと腹割って話すこともできるし、お望みならヌーディストスタイルで会食すらできる。

 

 もっとも全裸な奴と飯を食うかどうかはユーリ次第である。美女なら大歓迎らしいが……。

 

 そういった白鯨独自の事情があり、またヘルガに至っては存在自体が普通のフネには存在しないありとあらゆることを円滑にサポートするヘルパードロイドなのだ。キャロの常識が通用しないのもしょうがない。しょうがないったらしょうがないのである。

 ともかく、色々と気になるところもあったが、それは一度置いておくことにした。それよりも目の前に佇む女性の存在は、今の自分から見ればかなり得がある存在であるといえる。なにしろユーリに近しいと思われるのだ。彼女が持つ割と賢しい脳回路が高速で思考する。

 

 今の自分の立場。

 このままだとどうなるか。

 それを回避する方法。

 

 お嬢様として培ったポーカーフェイスの下で目まぐるしく回転した思考は、瞬時に答えを見出した。この間、わずか2秒である。さすがお嬢様は頭がいい。

 

「おねがいヘルガさん。私迷子になっちゃって……できればユーリのところに行きたいのだけれど……」

 

 キャロはこの時、無意識に奥ゆかしく可愛らしい少女のような顔を作っていた。これはお嬢様として培った対人スキルであろう。だれだって人間ならば可愛らしい少女を無碍にはできないであろうとキャロは何となく知っていた。天然の腹黒さである。ユーリがここにいれば、よっ、この小悪魔とからかっていたであろう。

 

「かまわんよー」

「お礼は後でなんでも……え?いいの?」

「ん? いまなんでもって聞こえたんじゃよー、と?」

「うんん、なんでもないわ。それよりも本当にいいの?」

「フフ、ヘルガは助けを求める誰かを助けるのが艦長殿に与えられた使命なんじゃよー、と。願うならばできるだけ叶えるんじゃー」

 

「まるで正義の味方みたいねー」

「そんな有象無象に自己を殺して奉仕する奴とは違うけどなー。ヘルガはお助けするのが大好きな自分の意思に従っているに過ぎない、ただのエゴなんじゃよー、と」

 

 意外なことにヘルガはあっさりとOKを出した。さすがにこんなすんなりとお願いを聞いてくれるとは思っておらず、キャロは交渉する気満々だったので、少し拍子抜けたのはいうまでもない。

 

「なにが違うのかわからないけど私が助かることに変わりないか……、お願いしますねっ」

「まーかせんしゃーい」

 

 そう胸を張る(大きいわね……)ヘルガにキャロは内心ガッツポーズをした。どうもこの不思議な女性はかなり素直で天然らしい。実に素晴らしい女性である。

 お嬢様的な賢しさで今の自分の立場を理解していたキャロは、筋肉ムキムキのマッチョマンな保安部員に両腕つかまれて連行されるよりか、彼女に案内されてユーリの元にたどり着き、直談判で客員扱いにしてもらった方がいいように思えた。

 

 ちなみにヘルガを通じてブリッジに連絡すれば、わざわざ自分でユーリに会いに行く必要など無いのだが、そこはすっかり頭からすっぽ抜けていた。このお嬢さん、うっかりである。

 

 まぁそんなわけで―――

 

「おし! じゃあヘルガに着いてくるんじゃよー、と!」

「え? なんで壁に……ってよじ登った?! ダクトからいくの!?」

「この区画の隔壁は全部閉鎖されてるんじゃよー、と。メインの区画に抜けるならこっちの方が早いんじゃよー。ヘルガにおまかせじゃよー」

「うぅ……大丈夫かしら? というか埃まみれはいやなんだけど」

「宇宙船のダクトで埃が出ることはないから安心じゃよー、と」

 

 キャロはヘルガについていくことにしたのであった。入り組んだダクトの所為でかなりの時間惑うことになるとは、自信満々のヘルガの後ろをいくキャロにわかるはずもない。こうして、キャロのドキドキ!ユピテルの裏側探検!が始まったのだった。

 

―――ところで何故ヘルガは彼女を保安部に突き出さなかったのか?

 

 それはキャロが船内のデータ上ではすでに客員扱いになっていたからである。ファルネリがユーリに頼み込みキャロの捜索依頼を出したのだが、この時にキャロは一応VIPなので保安部が乱暴に扱わないように取り計らったのだ。

 そして艦内リンクでデータベースに普通にアクセスできるヘルガは、一応不審人物であるキャロを乗員名簿と照らし合わせたとき、彼女が客員として取り扱われているのを知る。

 

 客員=扱いはほぼ乗組員と変わらない → 乗組員を助けるのが仕事

 

 といった方程式が浮かんだのかは知らないが、まぁ似たような考えに至ったのであろう。なおヘルガが参照したデータは乗員名簿のみであり、キャロの捜索願が保安部に上がっていたのは知らなかった。

 ちょっとしたミスとエラーとが重なった偶然であったが、これでキャロはユーリの下へ直接いけるのでキャロとしては結果オーライであった。彼女の従者のファルネリが精神をすり減らしていたことを忘れていなければもっとよかったのであるが……。

 

 後にキャロはすねるファルネリをなだめるのに四苦八苦したとかなんとか。うっかりおぜうさま爆誕であった。

 

 

 

***

 

 

 

 さて、白鯨が待ち構えていた一方で―――

 

 

「追いつけましたがな。キャプテン」 

「おう。こっちにも見えている」

 

 

―――追跡者たちも白鯨のすぐそばまで迫っていた。

 

 

 グランへイムの艦橋、その中央に位置する高台の上で腕を組む男が立っていた。

 彼はグランへイムを駆る者。海賊を超えた怪物。ヴァランタインその人である。

 

「連中、ゲートを盾にする気みたいやがな」

「この船の主砲でもゲートの壁は壊せないからな。例えそれが死んだゲートでも頑丈さだけは折り紙付きってなもんだ。厄介なことこの上ないぜ。中々に小賢しいやつらだ。」

「ほんまに壊せへんのか? わいにはどうにもボロボロの穴あきチーズにしかみえへんのやけど?」

「んなら撃ってみろ。一発だけ許可してやる」

「やった! それなら一発――発射っ!」

 

 グランへイムから火線が伸びた。上甲板にあるグランへイムの第一主砲塔から放たれた三連装レーザーは、デッドゲート構造体の影に隠れる白鯨艦隊へとまっすぐに伸びてゆく。狙いは正確。光の槍はデッドゲートの巨大ユニットを貫通し白鯨に損害を与えるかに思えた。

 しかし、外壁に命中した瞬間、まばゆい輝きがあたりを埋め尽くす。まるで傘が開くかのように、ゲート外壁に沿ってレーザーが拡散、そのまま消えてしまったのだ。拡散した光子が漂う中、直撃を受けたはずのデッドゲートの外壁には、一応穴は開いていたものの、周囲のクレーターに比べれば針の孔程度である。

 

「あーらら。キャプテンのいうとおり。こりゃ撃っても無駄やで」

「だろう? あのクレーターだって長い年月をかけてデブリやら隕石やらが命中してようやく開いた穴だろう。ウチの武器が強力だっつっても威力不足だな」

「せやったらアレ使わんか!? そうならワイがヤリたい!」

 

 勢いよく名乗りを上げた子分が使いたがるアレ。それはグランへイムの艦首に搭載された軸線反重力砲(ハイストリームブラスター)のことである。メインエンジンと直結した巨砲が放つ攻撃は強力無比であり、過去に戦いで巨砲の砲門が開かれた際、敵対していた大国が繰り出した艦隊の中心に大穴を開けたこともある。

 

 それだけの威力ならば……、しかしヴァランタインは首を横に振った。

 

「使わねぇよ(万が一直撃して消滅されたりしたら追ってきた意味がな)」

「なんやつまらん。久しぶりにぶっ放せると思うとったんに……。出番があるまでワイは寝とるわ。ほな、ぐぅー」

「寝るって……、仕方ないやつだな」

 

 マジで寝た子分にヴァランタインは苦笑した。堅苦しいよりかは奔放を好むヴァランタインであるが、時折あまりにもフリーダム過ぎて子分の取捨選択を間違えたかもという気分に陥るのはなんともはや。 

 とはいえ、今寝てしまった子分も大事な時にはきちんと目を覚ます。そういった点では信頼しているので特に怒ることもない。眠った子分から視線を外したヴァランタインは別の子分に目をやった。

 

「おい、こいつ寝ちまったから一時的に船のコントロール任せるぞ」

「へいキャプテン」

「それにしても、どうしてくれようか。獲物が巣穴に飛び込んじまったから簡単に手出しできんぞ」

「常套手段は巣穴から燻り出すところなんですがねぇ。近づくしかないのでは?」

「生半可な攻撃はアレを壊せんからな。うーむ面倒だ」

「でもこのまま放置ってのは俺らの沽券にかかわりますぜ?」

「んなもんはどうでもいい。他人の評価など所詮は意味をなさないからな。ただまぁ、天下の大海賊が小物相手に諦めて引き上げるってのも、たしかに面白くはない。だーかーら、全艦両舷全速だ」

「アイアイサー」

 

 グランへイムはどんどんデッドゲートに近づいて行った。すでに主砲の射程にデッドゲートごと獲物共を捉えているにも拘わらず、ヴァランタインは攻撃指示を出さなかった。

 それは現在の距離から遠距離砲撃を行っても、精度からいってゲート構造体の影に隠れているフネを狙い撃つことは困難だったからである。残る手段は諦めるかより近寄るかだが、どちらにしても敵の術数のうちな気がして癪に障る。

 

「たまには根競べってのもオツかもしれんが」

「反対~!」「反対だー!」「止めろー俺は飽きただけで死ぬぞー」「ぐぅー」

 

 偶々思い付き呟いた手段も、子分の成大な反対運動にあった。彼の子分たちは基本的に我慢しない連中であるので根競べは没のようだ。ここはやはり海賊らしく、強襲しての白兵戦で抑えるのがいいのかもしれない。そう考えたその時。

 

「獲物が撃ってきた。一部は直上だ!」

「直上からだぁ~? おおホントだ」

 

 容赦ないレーザーのシャワーがグランへイムに殺到した。ゲート構造体に隠れながらも相手は巧みに射線だけグランへイムに向けてレーザーを放射してきた。前の時と同じく大小様々なレーザーを多量に放射する大型砲があるらしく、出力はともかく厚い弾幕がグランへイムを出迎えた。

 それらはほぼ全てが強烈なA.P.F.シールドに阻まれて、軽い衝撃と紫電を放つに終わるが、その中に奇妙な攻撃が紛れ込んでいた。

 

「おい、今のは間違いなくレーザーか?」

「シールドで弾いたんで間違いねぇですぜ」

「曲射……、いや追尾レーザーだと? こいつァ驚きだ」

 

 直上から飛来したレーザー。一瞬直上に伏兵でも潜ませていたのかとヴァランタインは思ったが、観測データによれば発射点はゲート構造体の裏側、つまり隠れている相手から撃たれたレーザーだった。

 

「こんなん見たこともない」

「たまげたなぁ」

「馬鹿だ。馬鹿がおる」 

「そういってやるなお前ら。奴らなりに頑張ってるんだぞ」

「でもキャプテン。あんなん普通使わねぇですぜ」

 

 曲射し追尾するレーザーを使う白鯨艦隊を見て、効率悪いだろうと彼らは飽きれた。単純に威力を上げるだけなら砲塔の大型化や出力調整で済むのでコンパクトかつ高威力を出せる。

 だがこのような複雑な攻撃システムの場合、歪曲用重力レンズや特殊な火器管制システムと、それらを制御できる大型電算機が必要不可欠で、ただ威力を上げるよりも遥かに場所を喰うし、整備にも金がかかる浪漫武器と呼べる代物だ。

 ちなみにヴァランタイン達が受けた曲射レーザーはホーミングレーザー砲シェキナのモノであり、ユーリが浪漫あふれるその仕様と元ズィガーゴ級のユピテルが持つ豊富なペイロードにモノを言わせて装着させた艤装なのだ。

 まさか効率よりも浪漫を重視するヤツ(阿呆)が、本気で歯向かってくるなど誰が思い付こうものか。これだから宇宙は広いのである。

 

「まぁ結局は普通の砲撃と大差ない。シールド圧力上げろ! このまま突入するっ! 隠れて撃つような臆病者から全てを奪い去れッ!!!」

「「「うおおおーっ!!」」」

 

 グランへイムは加速する。敵の策だとか罠であろうが関係ない。幾多数多の修羅場を潜り抜けてきた彼らは精強である。対峙する相手の実力を見誤ることなど決してない。

 

 故に彼らはとどまらない。

 

 それが例え敵の思惑であっても突き進み、そして食い破る。

 

 それが彼らヴァランタイン率いる海賊団の誇り! 

 

 さぁ海賊旗を掲げよ、愚か者は食い殺せ―――!!

 

 

***

 

 

 デッドゲートにおいて対グランへイムの布陣……、というよりかはデッドゲートを盾にした待ちの戦法を展開していた白鯨艦隊。最大射程からの命中をあまり考慮しない遠距離攻撃を加え続けた(その割にはストールの腕で命中率高かったが)痺れを切らしたグランへイムが増速したのをユーリはブリッジで見つめていた。

 

「くるぞぉ。グランへイムとの予想接触時間は?」

「敵艦、増速しました。再計算――接触までおよそ10分です」

「よぉし! 全艦―――後退戦ッス! とにかく敵を引き込むぞ! 残存する艦載機は全艦反転後に全機発進! トランプ隊も出せ! 敵を翻弄してやるんだ!!」

「「「アイアイ、サー!」」」

 

 転進用アポジモーターの全力噴射による心地よい振動を感じながら、艦橋を見まわしたユーリは艦内放送の回線を開いた。そして努めて明るい声を張り上げる。

 

「俺たちの力があればヴァランタインに負けはしない! 敵に目にモノを見せて驚かしてやろう! そのあとは大宴会ッスよー! 全員気張ってくれ!!」

「艦長! その費用はどれくらいになりますか!」

「いい質問だリーフ! もちろん制限なしッス! 全財産オール放出! 胃腸薬握って待ってろよ!!」

 

 そういってユーリは仲間たちと自分を鼓舞した。無理やりにでも奮い立たせないと腰が抜けそうだったからである。兎に角モニターから目を離す訳にはいかないと、彼は次の遮蔽に隠れつつある艦隊を眺めながら戦いに意識集中させていく。

 

 現在の白鯨艦隊の戦力は―――

 

 白鯨艦隊:戦闘空母:ユピテル(旗艦)

   ─工廠戦艦:アバリス(ユピ及びAI自律操作・無人艦) 1

   ─オル・ドーネKS級汎用巡洋艦(ユピ及びAI自律操作・無人艦) 3

   ─ガラーナK級突撃駆逐艦(ユピ及びAI自律操作・無人艦) 2 

   ―ゼラーナS級航空駆逐艦(ユピ及びAI自立操作・無人艦) 5

 

―――以上の12隻となる。一時期26隻いた時からすれば本当に寒いものである。

 

 陣形はシンプルに旗艦を中心に、巡洋艦・駆逐艦と続く単横陣である。ただし反転して後退している最中なので、後方に射界を持つのはシェキナや旋回主砲塔を持つユピテルだけとなっている。

 反転が終了し、事前に出ていた発艦命令により、残存する5隻のゼラーナS級航空駆逐艦から艦載機が発進する。S級は基本的にエステバリスを搭載し、エステバリスは小型なので一隻当たり16機乗せられるので、全部で80機である。

 また旗艦ユピテルからも延べ100機のVF-0とVB-0が出撃した。内訳としては無人戦闘機機型のVFが70機、同じく無人制御のVBが10機となり、残りは傭兵部隊のトランプ隊が駆るVF-0GB(ゴーストブースター搭載型)15機とVB-0改(火力向上型)5機となっている。

 

「各機、敵艦に接近。交戦に入ります」

 

 その報告があがるやいなや、グランへイムを飲み込む大きな火球が生まれた。それは長い射程を持つVBが放った4連装レールキャノンのものである。電気伝導体で造られた重水素融合弾が局所的な太陽を瞬間的に形作ったのだ。

 しかしグランへイムはその火球を物ともせず突き進む。周囲では無人機、トランプ隊の有人機が入り乱れて攻撃するが、その多くがグランへイムが展開するデフレクターに阻まれ本体には届かない。質量物に干渉する重力壁を展開するシステムゆえ、実弾投射兵器のほぼすべてが明後日の方向へ逸らされるか、阻まれた瞬間に崩壊してしまっていた。

 こういったシールド系の防御システムを持つフネに対し、出力の関係上、艦載機の放つ攻撃は効きが悪い。巨大なフネには強力な主機が積まれ、そこからもたらされる膨大なエネルギーの一部がデフレクターなどに回されているからである。実弾は特に重力歪曲の影響を受けるので、かなり不利な状況であるといえよう。

 

 だがそこは歴戦の勇士トランプ隊。無人機たちの画一的な挙動を逆手に取り、それらに紛れながらも見事な動きでトリッキーな機動を描き、グランへイムをおちょくっていた。 

 さすがにイラっと来たのか、すぐに対空砲火が始まる。グランへイム上甲板よりの両舷に装備された防衛ビームシャワークラスターの放射だ。それは文字通りシャワーの如くビームを放出するもので、見た目は装甲板が蓮コラしたように見える。ちなみにユーリは直視したくないそうだ。

 

 しかもこれは各国で使われているレーザーCIWSと違い、近距離を空間ごと攻撃するので、この攻撃にかなりの無人機が晒されることとなる。意外なことに撃墜された機体は少なかった。

 ビームシャワーが撃たれる直前、危険を察したAIが無人エステバリスを前に出していたのだ。この小柄な人型兵器には低出力ではあるがデフレクターが搭載されている。これらが他の無人機の盾となり放出されたビームを減衰したのだ。近接防御用なのでそれほど威力がなかったのも味方した。

 

「残存する無人機の戦力、約78%。トランプ隊は健在です」

 

 もっとも低出力なデフレクターではビームを完全に逸らせずに貫通され、殆どの機体が大破していた。

 またエステを盾にした他の無人機も無傷というわけではない。エステを盾にできなかったり運悪く前にいた機体は、容赦ないビームシャワーで溶かされてしまっていた。

 この報告を聞いたユーリはうげぇという顔になった。

 それはそれは凄まじい額の金が、今の一瞬で全て吹き飛んだからである。VFやVBは世間一般で売られている艦載機とはわけが違う。白鯨艦隊オリジナル(元ネタはあり)の機体であり、可変機という特異な構造ゆえ、製造費と維持費には莫大な額がいる浪漫兵器なのだ。

 これまで海賊を拿捕して売るという、テメェらの血は何色だぁ!と言われてしまう形で容赦なくむしり取ってきた資材や金。それらを惜しみなく投入してきた浪漫兵器が半数近く吹き飛んだ。さすがのユーリの心臓も、これには仔馬の如く跳ねたのである。

 

 火球が点いたり消えたりしている宙域を見ながら、ユーリは『しばらくはあんなコスト高い浪漫兵器は使えないだろうな』と思い、顔には出さなかったが心の中で溜息を溢したのだった。

 

「まぁいい頃合いッス。作戦インフィニットスペースの第三段階だ!」

 

 一瞬気は沈んだがすぐに持ち直すと、艦載機たちの奮闘で少しだけグランへイムの速度が落ちたのを見て、少し涙目な目元を拭いつつもユーリはそう号令を下した。

 これまで単横陣で動いていた艦隊に変化が生じ、立体的な輪形陣にシフトしていく。アバリスを先頭に巡洋艦駆逐艦と続き、それらの中心にユピテルがいる陣形となった。

 無人艦を操作するユピが素晴らしいのか、陣形の変換は数分と掛からずに終わる。全ての艦が配置についたころを見計らい、ユーリは左腕を大きく振り上げて叫んだ。

 

「全艦、目の前のグランへイムへ向けて……、突撃ッ!」

 

 気分は某総統閣下。白鯨艦隊に所属する全ての艦に青い火が点る。一斉に推進器に点火したのだ。インフラトン粒子の青い炎が瞬き、密集した状態で白鯨艦隊は艦隊もろともグランへイムへと飛び込んでいく。

 一見すれば、それは高機動戦術の一つに見えたことだろう。艦載機による攻撃で混沌としているところへ優速を保ったまま反航戦に突入。すれ違いながら砲撃を叩きこんで速やかに離脱する。速度を鈍らせたり軌道を変更した方が負ける究極のチキンレースであった。

 当然、そう考えたヴァランタイン側も臆することなく真っすぐに白鯨艦隊へ艦首を向けた。両者相対速度を上げつつも接近。何もしなければ激突するコースを保ったまま頑として退かない構えを両者共に見せる。

 

―――しかしユーリはかなり接近しても砲撃指示を出さなかった。

 

「敵艦主砲に発射兆候あり」

「総員、対ショック! 攻撃に備えろッス! ミューズさん、サナダさん、準備は?」 

「システム異常なし……、いつでもいいわ……」

「こちらもOKだ! いつでも行けるぞ!」

「よぉし! デフレクター最大出力で起動しろッス!!」

 

 了解っ、とサナダとミューズの言葉が重なった。艦隊各艦の機関出力が増大し青白く輝く楕円の形をした光の球に包まれていった。それは高出力展開したことで余剰エネルギーが視覚化したデフレクターであった。

 展開された高出力の重力子防御帯は、重力井戸(グラビティウェル)を操る女性ミューズの手に寄り範囲が拡大されていく。普段からホーミングレーザー砲の重力レンズを操る彼女の腕からすれば、それほど繊細な操作がいらない重力子防御帯を広げることなど朝飯前だ。

 艦隊が密集している為、広がる壁はやがて互いにぶつかりあう。高密度の重力の壁、あらゆる物体を弾く重力場の壁はハウリング現象を起こし空間ごと微細に振動する。

 しかし互いに弾かれたりはしなかった。科学班のサナダが各艦のデフレクター出力を調整し、互いに干渉する力を反発しあわないように制御していたからである。

 この光る壁同士が反発せずにくっつくていく様は、大きな泡がつながりあう様子によく似ていた。 あと少しで全ての光がつながると思われた瞬間。主砲発射兆候を見せていたグランへイムがついに咆哮を上げた。凄まじい光量のエネルギーがグランへイムが誇る三連装レーザー主砲から解き放たれたのである。

 

 三条の青い光線。あらゆる国の軍隊を瓦解させたとされ、このゼーペンスト自治領においても噂にたがわぬ力で防衛艦隊を壊滅に追い込んだであろう破壊の光は展開された青白いデフレクターの輝きに接触して紫電を瞬かせる。

 

 第三者がいれば、間違いなくそれは白鯨艦隊に突き刺さり被害を及ぼすと考えただろう。

 

 だが―――

 

「デフレクター同調率。80%を推移しています」

 

―――何事にも例外はあった。

 

 グランへイムの放った主砲は確かにデフレクターに接触した。通常ならば、そこからデフレクターを突き破って壊滅的な損害を与えるのがセオリーである。

 だが接触した超縮レーザーは、青白い光の球のようなデフレクターと一瞬拮抗するが、その直後あっけなく四散してしまったのである。

 それはまるでホースの水を壁に向けたような光景であり、ありえないという空気が敵味方双方に流れた。

 

 いったい何が起こったのか? 端的に言えば白鯨艦隊の各艦に実装されていた独自の防御システム。これまで使う場面がなく、忘れ去られ封じられていた機能。デフレクター同調展開が行われたのである。

 

 本来デフレクターの重力子防御帯は互いに反発しあうものである。近づけば近づくほど干渉しあう力が働き、物体を外側へ逸らす斥力としての重力がハウリングする。

 だが、その現象をあえて利用し、調整して励起させることで、艦隊を包み込めるサイズの大きさと、あらゆる物体を寄せ付けない分厚さと、あらゆるエネルギーを一定以上は逸らす出力を持つ重力子防御フィールドを形成させる。

 これこそが白鯨艦隊のマッド共が力を合わせて造り上げたデフレクター同調展開というシステムの正体だった。ユーリがすべての力を合わせると言った意味はこれだったのである。

 

「デフレクター励起中……同調展開完了だ!」

「いよっしッ! 第三部完!」

 

 そして、この瞬間をユーリは待っていた。正直なところ、デフレクターの同調展開でグランへイムの攻撃が防げるかは賭けであった。原作と違い攻撃力やダメージが数値化されない為、グランへイムの攻撃が凄まじいということは解っても具体的にどれほどで、どれだけの防御力で防げるかわからなかったのである。

 だが、ユーリは賭けに勝った。励起し凄まじい出力を出したデフレクターで光の球と化した艦隊。それに敵が驚愕した隙を逃す訳にはいかない。ユーリは何とか繋いだ希望の光を絶やさんと、意味不明な言葉をいいながら次の指示を出した。

 

「本艦を前に出せ。デフレクター圧力最大、艦首側に集中」

「艦長、敵艦のデフレクター出力増大していきます」

「かまわん! デフレクターに勝てるのはデフレクターだけだッ! オーバーブースト全開で全速で突っ込めッス!」

「合点だ! オーバーブーストを使う! 全員シートベルト閉めろよ!!」

 

 操舵を担当するリーフは大きく頷き、機関出力をオーバーロードさせ一気にユピテルを加速させた。ユピがそれに合わせて艦隊を増速させる。先頭になったユピテルに続いて、一糸乱れぬ動きで青白い光球となった白鯨艦隊は、そのまま真っすぐグランへイムに突き進んだ!

 

「グランへイムまであと10秒」

「トスカさん、タイミングは任せたッスよ!!」

「あいよぉ! 見てな大海賊! 自棄になった人間が何をするかってねェ!!!」

 

 グランへイムが砲撃を行うがもう遅い。白鯨艦隊は軸線に乗った。

 

 グランへイムへの、衝突コースに。

 

 

 

***

 

「うわああ。なんやなんや!?」

「敵艦、くるぞー!」「何なんだアイツらはっ!?」

「狼狽えてんじゃねぇぞテメェら!」

 

 グランへイム艦橋に怒号が響き、居眠りから覚めた子分の一人が騒ぎ出す。真っすぐ突撃してくる白鯨にヴァランタインの子分たちが驚愕しているのだ。まさか、弱小勢力しかいない小マゼランで、このような驚きを受けるとは思わなかったのである。

 

「………くくく」

 

 一方、ヴァランタインは驚きはしたが騒がずに壮絶な笑みを浮かべていた。あまりに壮絶すぎて、もはや凶相の位置に到達しそうである。噴き出す覇気は、まさに生の感情が剥き出しで、覚悟もなしに近づけば、その者を気絶させるほどに強い。

 

 そう、ヴァランタインは喜んでいた。

 

 逃げ回るばかりで落胆させてくれる相手だと思っていたが、ふたを開けてみればどうだ? 獲物は……、敵は! あの敵は! まるでおもちゃ箱のように此方を楽しませてくれるではないか! 次はどんな手を使うのだ! どうやって窮地を切り抜けるというのか!

 

 ここにきてヴァランタインは白鯨艦隊との戦いが楽しくなっていた。目的の為とはいえ弱小過ぎるこの銀河に飽き飽きしていたところで、奇想天外な白鯨艦隊との戦い、彼らの全力の突撃を見た彼の闘争心は、今まさに久しぶりに火が点りつつあった。

 

 

―――認めよう。奴らは獲物ではない。立ちふさがる敵だ!

 

 

「真っすぐ来るっていうなら受け止めてやるのが大人ってもんだ! さぁ野郎ども艦首を敵に向けろ! 海賊の伝統! 昔ながらの衝角戦(ラム・バトル)だ!」

「「「りょ、了解キャプテンッ!!」」」

「デフレクター出力最大! ―――さぁ来いっ愚かで巨大なる者よっ! どっちが先に根を上げるか勝負してやるぞッ! このヴァランタインがなッ!!!」

 

 呵々大笑するヴァランタインの雄叫びに呼応するかの如く、グランへイムの中心軸に位置する恒星間航行用推力偏向板付きメインスラスターが大きくインフラトンの青き火を吐き出した。彼は白鯨に売られた喧嘩を買ったのだ。

 白鯨とグランへイムの相対距離が一気に近づいていく。

 どちらも全く軌道に変化なし。正真正銘ぶつかり合うつもりである。鋼と鋼が強打しあう、まさに近接戦闘というべき戦いを宇宙戦艦同士で行うなど、宇宙航海時代に入ってからは前代未聞であった。

 そして、加速したグランへイムは、今まさにモビーディックを屠る為の銛となった。

 両者のデフレクターがぶつかりあって、プラズマ化した素粒子により接触面が一瞬にして数十万度を超える。凄まじい衝撃が両者を駆け巡り、両者共に異常を知らせる警報が艦内に鳴り響いた。

 

 その時である。

 

「なっ!? 馬鹿なこの光は!?」

 

 白鯨艦隊の、旗艦と思わしき巨艦からとてつもない大きさの光が膨らみ、グランへイムはおろかデッドゲートまでをも飲み込んだ。

 

 それは、再誕の光。

 

 それは、すべての死にゆく者たちへ捧げる墓碑銘。

 

「エピタフの、輝きだとぉっ」

 

 その光は、罅割れて黒ずんだゲートを、死んでいる筈のゲートを、呼び覚ます。

 

「キャプテン! 門が! 門が開かれる!」

「総員対ショック! 何かに摑まれいッ!!」

 

 ゲート構造体が、光に飲み込まれた部分が、0Gドッグであるなら見慣れている輝きを取り戻していく姿は、もはや再生という言葉で収まらない。

 

 それは、再誕、復活、人知を超えた現象であり、まさしく神の所業ともいうべき現象。

 

 

 白き光は消えることなくグランへイムと白鯨艦隊を飲み込み―――

 

 

 ―――この宙域から、消しさった。

 

 




ユーリ達は何をしたのか。それはまた次回に。

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