何時の間にか無限航路   作:QOL

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おまたせいたしました。続きです。
連投いたしますので、こちらが最初となります。


~何時の間にか無限航路・第34話 ネージリンスinゼーペンスト編~

■ネージリンス編・第34章■

 

 ユーリたちが宇宙基地を襲撃していた、ちょうどその頃―――

 

「司令、基地との通信が途絶えました」

 

「やはりな……親衛隊だけでもこちらに回しておいて正解であったか」

 

 本星である惑星ゼーペンストの一歩手前に位置する星である惑星アイナスの衛星軌道上に、総司令官であるヴルゴは隷下の親衛艦隊10隻を含む、延べ11隻の艦隊を展開していた。

 

 アイナスは、位置的には宇宙基地を真ん中におき、守備艦隊が向かった宙域のちょうど反対側に位置する星である。また航路的には首都惑星の手前に位置する星で、ここを超えれば本星まで一直線。何の妨害もなくたどり着ける位置でもあった。

 

 何故ここにいるのかといえば、ヴルゴが敵の動きを見て、もしや何かあるのではと嫌な予感を感じた為である。経験によりこういう時の己の勘は良く当る。無視するには聊かリスキーだと感じた彼は、己を信じて、あえてゼーペンスト守備隊戦力の中核である親衛艦隊の戦隊を本星手前に布陣させたのだ。

 

 

 無論、この事がバハシュールや対立している領主シンパに伝われば、へたすれば命令違反に処されそうである。だが、現領主バハシュールが下したのは全艦出撃だけであり、どこにどう布陣するかは命令されていない。その為ヴルゴはそこら辺を自分流に拡大解釈し、高度に柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応した。その結果が功を奏した形となった。

 

「守備艦隊の本隊はどうなっている?」

 

「現在、交戦中とのことです。ただ相手が……」

 

「ふむ……、やられたな。これでは合流など期待できまい」

 

 言いよどむ部下の報告に平然とそう述べるヴルゴ。一見すれば冷酷にも見える対応であるが、今から向かったところで戦闘は終了していると彼は踏んでいた。

 

 ましてや守備艦隊が相手にしているのは、悪名高き大海賊のヴァランタインである。艦隊との通信リンクに届いていた情報によれば、敵の策略により現れたグランへイムに対し、あろうことか守備艦隊から攻撃を仕掛けてしまっていた。恐らくは経験が足りない一部の将校たちが、グランへイム出現に驚き、混乱の最中で犯してしまった失態であろう。

 

 一応、現場の指揮官には、先代からの生え抜きの人物を据えていたのであるが、それでも兵達を抑え切れなかった。良くも悪くも自治領を手に入れる前の0Gドッグ時代を経験している先代組は、敵の力量を測ることが出来るが、それを新兵に求めるのは苦という物。長く続いた平和の弊害が出てしまったといえよう。

 

 今、ヴルゴ率いる親衛艦隊が全速力で向かったところで、どうあがいても半日は掛かる計算だ。守備艦隊の錬度は高いと理解しているが、相手は災厄と同義とされる存在。時間的に見ても持ちこたえていられるなら奇跡であろう。まず不可能であろうが……。

 

「よし、では親衛艦隊の全艦に告げよ! 艦隊はここを最終防衛ラインと定め、のこのこ現れるであろう基地を襲ったであろう下手人をこのまま叩く! 本国への最終防衛ラインをなんとしてでも死守するのだ!」

 

 ゆえにヴルゴは胸中に湧き上がる幾つもの感情を押し殺し、冷徹に守備艦隊を見捨てる命令を下した。ヴルゴの武人としての心はざわめいていたが、今の彼は守備隊全軍を預かる将軍である。彼等の背後には自治領の中核があり、ここを落とされれば自治領は消滅を余儀なくされてしまう。

 

 先代と自分達がようやく築き、ここまでようやく持ってきた自治領を、あの盆暗二世領主の下で屈辱に耐えながらも発展させてきた自分達の世界を壊されてなるモノか。ここにいる全員が、そう考えていたのであった。

 

 かくして、ヴルゴは迫り来る侵入者……、ヴルゴは知らぬが、ユーリ率いる白鯨艦隊を待ち構えるのであった。

 

 

***

 

 

 さて、スニークからの奇襲攻撃で宇宙基地を無力化した後、俺達はズンズンと奥へと進んだ。途中、俺達に追いついたギリアスと合流し、さらには何故かバリオ宙尉が艦隊に合流してしまった。

 

 原作の流れなら守備艦隊を絶対防衛圏の先にあるクェス宙域に誘引した後で現れる筈の人物だったので、何故ここにいたのかと驚いた。彼から話を聞けば、どうもSGホテルでの会話の後、彼は宙域保安局に辞表を出したらしい。なんでも自分で考えた結果、とにかくバハシュールに一泡吹かせないと気がすまなかったらしく、民間の武装輸送屋に偽装して、自治領に進入、潜んでいたそうだ。 

 

 さすがに本星の惑星ゼーペンストは封鎖されていて近寄れなかったらしいが、単独でここまで来れただけでも十分に凄い。単艦なので戦力的には頼りないが、それでも少しでも戦力があると嬉しいので、この合流は歓迎だった。

 

「さてさて、ココまで来ればもう首都惑星は一息ッスね」

 

「しっかしイネスの作戦は今思えばえげつないね。自分で戦わないでヴァランタインに相手をさせるとはねー」

 

「うーん、理にかなってはいると思うッスよ? 真正面がダメなら地の利を生かせって感じッスからね。まぁ偉そうなことはいえんのですが」

 

 そういいつつ頭を掻いた。その時、いきなり艦内に敵艦発見の警報が鳴ったのでビクッとなった。おいおい、まだ戦力があったのかよ……。

 

「惑星アイナスにインフラトンパターン解析―――敵です」

 

 オペレーターのミドリさんの報告に、ブリッジの空気が切り替わる。俺は俺で報告を聞きながら、そういや原作だとこの辺りで敵大将との戦闘があったっけな、とプレイした内容を思い出していた。

 

「敵艦……、いえ敵艦隊は惑星の影に展開、数は11、空母を中心とした機動艦隊と推測されます」

 

「随分と発見が遅れたね」

 

「惑星の影にいた為に探知が遅れました。申し訳ありません副長」

 

 よくある古典的な策敵防御法か……、巨大な質量物である惑星の影に重なって見えてなかったのだろう。技術革新が進んだ今でも通用する戦術だ。

 

「ユピ、映像は出せるッス?」

 

「お待ちください……、捉えた! メインパネルに出力」

 

 浮いているホロモニターの中でも一番大きい、普段は外の映像をダイレクトに写している外部モニターが切り替わり、惑星の影から現れる敵の艦隊の姿が映し出された。

 

 空母を中心にして、巡洋艦や駆逐艦が方陣を組んでいる。既に空母は艦載機の発艦シーケンスに入っており、映像からもガイドビーコンを出している姿が―――

 

「―――ガイドビーコンなんか出すな!」

 

「ど、どうしたんだユーリ?」

 

「艦長、まだ本艦は艦載機を出撃させてませんよ?」

 

「あ、いや。なんかなんとなくッス。気にしないで」

 

 いっけね。思わず宇宙の蜉蝣さんが脳裏に浮かんで、つい叫んじゃった。まぁネタに走るのも俺くおりてぃなので問題ない。回りが困惑して時々ドン引きするだけだ。

 

「こちらの誘導に引っかからずに待機していた連中だ。大方、親衛隊って所だろうさ。ユピはどう思う?」

 

「そうですね。これまで観測してきたこの自治領所属のフネと比較すると、操艦技術からしてかなりの技術を持っているのが解ります。出来るなら各個撃破が望ましいですが……」

 

 むずかしいだろうなぁ。空母を中心にして展開しているってことは、つまり空母の航宙機を戦略の中心に据えていると同義だ。つまりあの艦隊は空母を護る盾。動くなら艦隊ごとで動くだろうから、易々と分散してはくれまい。

 

 実際、光学映像から垣間見える艦隊の挙動は非常にスムーズだ。成程、確かに動きだけ見れば尖鋭。親衛隊なのかもしれないな。

 

「敵空母から艦載機が発進。周囲の護衛艦もインフラトン出力が上昇。戦闘出力に入ります」

 

「こっちも損害は出したくないけど仕方ない。各艦、対空対艦戦闘用意! トランプ隊に出撃を急がせるッス!」

 

 さて、こちらも艦載機迎撃の部隊を出そう。レーザーの雨を潜り抜けられるトランプ隊の技量なら問題ない。むしろ敵編隊を突破して敵艦隊まで叩きそうだ。

 

 ああっと、それから――――

 

「おーい、バリオ“元”宙尉とギリアス君ー、聞えてるッスか?」

 

『元って言うな!』

 

『おう、聞えてるぜ』

 

「とりあえず遊撃おねがい」

 

『『あいよ、まかされた』』

 

―――これでよしっと。とりあえず元宙尉とギリアスに協力要請だ。折角同盟組んでるんだから、使えるもんは何でも使うのじゃ。

 

 それにしても、こちらの方が数的に有利なんだけど敵さん怯まずに向かってくるな。数だけで言えばウチは、戦艦1、巡洋艦4、駆逐艦20、特殊工作艦が1、の26隻。それにバリオ元宙尉とギリアスの巡洋艦を併せて全28隻……、数だけみたら完全に多勢に無勢かな?

 

 とはいえ、敵の方が少ないからって油断したらいけないんだよな。この世界じゃ少数でも敵を打ち破れることを、俺達自身が証明している。何か秘策でもあるのかもしれないから油断は出来ない。目的が領主のいる本星なので、別に殲滅するまで相手する必要も無いのが救いか。

 

 本当なら戦闘を避けたいが、背後からヴァランタインが迫ってるんだよなぁ。大海賊のメンツ的に挑発したギリアスに鉄槌を下さんと追っかけてくると踏んでいる。だがギリアスが俺達と合流しているのを見たら、何をしたのか状況を簡単に理解しちゃっうだろう。

 

 つまるところ、あまり時間を掛けてたら確実にBADENDなんだ。ある意味前門の虎、後門の狼な状況。あれ? 前門の狼、後門の虎だっけ?………と、とにかく戻ったらヤバいって事なのだ!

 

「敵艦隊接近、数は11、本艦の射程まで残り120秒」

 

「ストール、対艦対空戦闘の準備をしておけッス」

 

「アイサー、FCS開きます。CICとリンク。―――ユピ、無人艦隊を調整して互いの射線を確保してくれ。挟唆攻撃が出来るようにな」

 

「了解です」

 

 ストールの要請を受けたユピは一旦眼を閉じた。彼女の顔に活性化したナノマシンの流れが、光の紋として浮かび上がる。彼女が意識を集中させ、艦隊運動に演算能力を割り振った証拠だ。

 

 すぐに護衛についている無人艦隊の陣形に変化が現れる。互いの火線が味方に被らない用に、そして十字砲火(クロスファイア)が可能になるように、艦隊の位置を調整しているのである。人間と違い互いにリンクしているからか、陣形の構築はすぐに完了した。

 

「敵艦がミサイルを発射。ミサイル郡、急速に近づく」

 

「ミサイルは電子欺瞞と直掩機の近接対空に任せろ。シェキナ発射用ー意!」

 

「了解。シェキナ、砲門を開口します。特殊FCS起動、ホーミングレーザーシステムアクティブ」

 

「グラビティウェル、正常に稼働中……空間重力レンズの形成、完了したわ……」

 

 戦術マップを見ていると、座席を通じて軽い振動を感じた。ユピテル両舷にはレーザー発振体の砲列が並んでいるが、それを格納していた装甲板が開いた振動だ。砲列自体は、ただのレーザー砲が並んでいるだけだが、これが重力レンズと合わさった時、その恐るべき力を発揮するだろう。

 

「全砲、発射準備完了!」

 

「撃ち方はじめ!」

 

 曲射可能なレーザー砲撃の恐ろしさをとくと味わうがよい。そう思いつつ、俺は攻撃開始の号令と共に手を振り下ろし、ここに会戦が始まった。

 

 ヴァランタインが迫ってきてるから、早く倒されてくれよ……。

 

 そう願ったが、物事は上手くいかないのが世の常なのよねぇ。

 

 

***

 

 

 さて、ユーリの願い空しく、戦闘が開始されてから既に1時間が経過しようとしていた。

 

 戦闘開始当初はユーリ達の方が優位であった。守備艦隊主力部隊をスルーし、護衛の居ない宇宙基地も武装を破壊する程度に留めてここに来た為に、ここまで戦力を磨耗する事無く来れたからである。戦力も敵艦隊の3倍、これまで集めていたこの宙域にいる敵のデータから予想するに、対して時間は掛からないだろう。そう思われていた。

 

 されど、予想は悪いほうに裏切られる。時間が経つにつれて、ユーリ側が優勢なのは変わらないが、ヴルゴ将軍隷下の親衛艦隊は異常な粘りをみせたからである。

 

 ユーリたちが相対したゼーペンスト親衛隊は、先代時代の生え抜きや守備艦隊の中でも突出した者たちを集めたエリートで構成された、確かに精強な艦隊であった。その実力たるや、先のゼーペンスト本国艦隊に所属する守備艦隊主力を上回る。

 

 そのエリートを確かな実績を持つ歴戦の戦士たるヴルゴが率いている。勇将の元に弱兵はなし。結束も統率も取れており、数的不利を物ともせず反撃してくる姿に、戦いの最中でありながらも、ユーリは内心感嘆の声を上げていた。

 

 無論、倒せなくはない。実際、トランプ隊や無人機、それに砲撃などの尽力により、相手の護衛の艦船を沈めている。だが、それは想定していたよりも多くの時間という名の血を、ユーリたちに払わせていた。後方から宇宙ナマハゲの脅威が迫るなか、このタイムロスはかなり痛いものであったという。

 

 敵は圧倒的に強いわけではないが、上手い。こと手強さに関しては、これまで戦ってきた海賊より遥かに手強かったと、後にユーリは語っていた。

 

 

 

 

 一方のユーリたちに手強いと言われ、奮戦していたと思われていたヴルゴだが、実際のところは既に戦線を維持できる限界を超え、破滅の足音が近付きつつあった。

 

 それは戦いが艦載機同士の戦闘から、艦船同士の撃ちあいになってから顕著になる。砲撃戦が始まると、彼らは次第にジリ貧に追い込まれていった。これは彼等の使用する艦船が隣国ネージリンスが他国に輸出販売したフネであり、航空戦力を中核とするネージリンスのドクトリンをそっくりそのまま踏襲していたことに起因している。

 

 つまりは空母を主力にすえた機動艦隊で構成された艦隊であり、この手の艦隊というのは、射程圏外からのアウトレンジ攻撃が行える利点があったが、互いが確認しあえるような戦艦同士の殴り合いでは滅法弱かった。砲雷撃戦に突入すると戦艦よりも装甲火力の低いピケット駆逐艦と巡洋艦で敵を相手にしなければならなかったからである。

 

 親衛艦隊にとっての不幸は、白鯨に尖鋭の航空傭兵部隊であるトランプ隊がいたことだろう。彼等の活躍により、直掩機を除くほぼ全ての戦闘機と対艦攻撃機を喪失してしまったのである。無論エリートが集まる親衛隊所属の艦載機隊だけあり、白鯨艦隊の無人機をかなり落としてはいたが、それに引き換えて多くの航空戦力を喪失したのは空母的には痛かったといえた。

 

 

 それでもヴルゴたちはかなり善戦したといえる。自軍の航空戦力が壊滅したのを受けて、ヴルゴはすぐさま残存する艦載機を全て艦の近接対空に回していた。対艦攻撃を行おうとしたトランプ隊を近寄らせず、さらには撃墜こそ出来なかったものの、彼等を撤退させることに成功している。

 

 この時ヴルゴは、自身が指揮する隷下の艦隊に対し、味方艦同士が互いの死角をカバーできる密集陣形を取らせたのである。その厚きレーザーと対空ミサイルの壁は、いかなトランプ隊であっても迂闊に懐へ飛び込めない程であった。

 

 しかしながら制宙圏を奪われ、からくも防空できている状況では、敵の足を止める事はできない。白鯨艦隊の艦載機を相手にしている間に、敵との相対速度は増し、気がつけば両者の射程圏内に互いの艦隊が収まるところまで到達を許してしまった。

 

 しかしここでもヴルゴは巧みな指揮能力を発揮した。親衛隊が持つ高いポテンシャルと血が滲む様な努力。この二つに加え、彼らの艦隊の特徴でもある駆逐艦や巡洋艦を中核とした機動艦隊の足の軽さを十二分に発揮させたのだ。

 

 特にユピテルのホーミングレーザー砲、シェキナの一撃を受けても尚、彼は善戦した。広範囲から迫る、よける事が難しい攻撃である事を開幕の一撃で見抜き、すぐに比較的装甲と耐久力があるフリエラ/ZNS級重巡洋艦を攻撃から外してシールドにエネルギーを集中させ、艦隊の防護に回したのである。

 

 具体的には生き残りの艦のエネルギーをシールドに割くだけでなく、開幕シェキナの一撃で轟沈した艦をトラクタービームで牽引、物理的な艦隊の盾にしてしまったのだ。一見すると死した仲間を盾にする行為であり、外道の所業に見えなくもない。だが、彼が苦渋の中でこれを決断しなければ、さらに被害は増していた事もまた事実であった。

 

 無論、巡洋艦の残骸程度でホーミングレーザーの全てが防げるわけではない。しかし光線が収束する空間に、傘としておくことで、被弾によるAPFシールドジェネレーターに掛かる負荷を軽減させ、バイタルパートへの致命的な被弾が起こるのを防ぐという意味では、艦隊が生き延びるのに貢献していたのは間違いなかった。

 

 こうして将としての手腕を発揮したヴルゴであるが、彼が勇将であると白鯨に示したのはこの後である。彼は守勢だけではなく、この極限の状態で反撃に打って出たのだ。シェキナのインターバル中、ヴルゴは指揮下の艦隊にミサイルによる対艦攻撃をすぐさま実施させた。旗艦アルマドリエルの通信機能を遺憾なく発揮し、すぐさま艦隊を構成するミサイル駆逐艦たちから、白鯨艦隊に向けて多量の対艦ミサイルが投射された。

 

 このミサイル駆逐艦はリーリス/ZNS級と呼ばれ、艦隊ではピケット艦としての役割を持っているが、それだけではなく艦首から艦橋までの前部甲板が全て16×2セルのVLSに占められた、半分アーセナルシップのような艦であった。

 

 レーザー砲を持たないが、その大量の中型対艦ミサイルにより、並の駆逐艦よりも遥かに火力は上であると期待されていた。ヴルゴはこの艦たちの火薬庫を空にせんとばかりに、投射できる限界の早さで大量のミサイルを断続的に投射、白鯨艦隊の尖鋭トランプ隊や無人機たちをミサイル迎撃に釘付けにしてしまった。

 

 駆逐艦程度の対艦ミサイルなど、大型艦であるアバリスやユピテルには毛ほど効果もない。だが、随伴の護衛艦たちにとっては、そうもいかなかった。マッドサイエンティストによって魔改造を受けたとはいえ、多くは海賊が使用していた低性能の駆逐艦であり、その性能は魔改造されてようやく並の艦より上程度。

 

 デフレクターによる質量兵器に対する防護力はあったものの、その出力はお世辞にも高いとはいえず、大量のミサイル郡を相手にするには性能が足りていなかった。

 

 そして、ヴルゴが行ったこの反撃の対艦ミサイル攻撃。これはある意味、ユーリが……いや白鯨艦隊が潜在的に持っていた慢心を突いた形となった。

 

 これまで白鯨艦隊はなまじフネが高性能ゆえ、一方的なワンサイドゲームが多かった。彼等が収集していた自治領守備艦隊のデータには、親衛隊の錬度や改修艦の情報がなかった事も味方し、巧みな艦隊機動と適切な指揮をするヴルゴが放った一撃が、これまで艦隊戦で被害を殆ど受けた事の無い白鯨艦隊に損害を与えたのであった。

 

 とはいえ、ヴルゴ率いる親衛艦隊はこうして白鯨艦隊に出血を強いたが、彼等の奮闘もそこまでであった。確かに攻撃は届いた。が、彼らは元々空母機動艦隊。艦隊戦においてもっとも重要な火力と装甲が欠如していた。つまり決定打となる攻撃が出来なかったのである。

 

 戦術により一時的に盛り返した戦局であったが、窮鼠猫をかむような事態を受けて、本能的にあった慢心も完全に捨てたユーリが全砲門による砲雷撃戦を開始。両者の激しい応酬は泥沼の様相を呈し、敵味方双方に疲労を蓄積させていった。

 

 特に有人艦が多いヴルゴ隷下の親衛艦隊は、徐々に艦隊運動が鈍り始めていくことになる。有人艦は錬度を上げる事が出来るが、マンパワーで動かす以上疲労を無視することは不可能だったのだ。

 

 一方の無人艦が多い白鯨艦隊は一部有人艦を除き疲労によって動きが鈍る事はほぼ無い。さらには長い事自分の国に籠り、激しいとはいえ定期訓練をしていただけの人間とは違い、白鯨艦隊の面々は厳しい宇宙を放浪し、様々な経験を積んできた0Gドックである。こと戦闘においてはかなりタフであった。時間が経過しても殆ど衰えない攻勢を受けたヴルゴ艦隊の損害は増してゆくことになる。

 

 破滅の足音が近付いてくるとは、そういう次第だった。

 

「―――護衛艦『ドンディエゴ・デルディア』に被弾! 我、操舵不能を発信し続けています! 我がほうの護衛艦は残り4隻です!」

 

「敵艦隊の総数は?」

 

「……駆逐艦クラスが10隻、巡洋艦クラスが6隻、弩級戦艦クラスが2隻の計18隻です」

 

「落とせたのは10隻。しかも駆逐艦のみか……」

 

 もはやジリ貧で打つ手なし。ここに来て、ヴルゴの心中はもはや傍観といった具合になりつつあった。確かに敵艦隊に出血を強いることは出来たが、味方艦隊の被害は甚大。沈めた敵は全て駆逐艦で、メインである戦艦や巡洋艦には殆ど被害が及んでいなかったことも、彼らの精神を揺さぶるのに一役買っていた。

 

 無論、いまだ戦闘が続いているので表立ってそれを見せる事はしない。それでも敗戦濃厚となった今、鬱々とした気分があたりに漂うのも仕方がない事だった。

 

「……フン、負けだな。他に戦闘中の友軍は?」

 

「クェス宙域方面に向かった艦隊は一応保っていますが……」

 

 部下の反応を見るに、どうやら友軍の戦局も芳しくはないらしい。それは初めからわかっていた事なので、ヴルゴは特に動揺もしなかった。ただ無駄に兵が失われた事、自分についてきた親衛隊将兵も多くが失われた事が残念ではあった。

 

 ともあれ、既に“詰んだ”状況らしいことを理解したヴルゴは、コレ以上何をしても、もはや戦況は覆らないと直感した。

 

「オペレーター。通信回線を開け」

 

「ハッ!………えーと、どこにで、ありますか?」

 

「いま眼の前に見えている連中だ。どんな奴等か興味があってな」

 

「了解。通信回線つなぎます」

 

 自分達をこれ程まで痛めつけてくれた相手にヴルゴは興味を抱いた。軍人であるが武人でもある彼は、勝敗の決した今、最後に敵の顔を見てやるのも一興と考えたのだ。

 不可解ではあったが、彼が下した命令を受けたオペレーターは何も言わずに白鯨艦隊へと通信の要請を送った。数瞬後、艦隊を襲っていた多大な砲撃が止んだ。レーザーやミサイルの応酬で騒がしかった宇宙が一転。不気味なほどの静けさに満たされる。

 

「―――っ! つながりましたっ! サイドスクリーンに転送します!」

 

 オペレーターがそういうが早いか、ヴルゴの左側にあったスクリーンが切り替わる。回線同調時に起こる一瞬のノイズを、コンピューターが補正する際に起こる映像の乱れが収まり、サイドスクリーンのホロモニターが相手のフネの中を映し出した。

 

 ヴルゴは戦術モニターに向けていた視界を外し、ゆっくりとサイドスクリーンに向き直った。その胸中では、敵を率いていたのは果たしてどのような人物なのかという思いが渦巻いていた。

 

 それは勇猛果敢な武人か、はたまた下劣な本性を隠さない蛮族か、それとも高度な知性と狂気を両立する知恵者か……、いずれにせよ、彼は自分を打ち負かした人物と言葉を交わしてみたかったのである。これはたとえ敵であっても、強者であるなら敬意を表すという彼の矜持がそうさせていた。

 

「……(なんだと?)」

 

 そして通信先の敵指揮官が画面に映った途端、それを見ていた者たちは一瞬固まってしまった。なぜなら通信回線に映った相手が、自分が予想だにしなかった相手だったからである。

 

 その人物はどっかりと椅子の上で胡坐をかき、ただ静かにヴルゴを見つめている。肩まで無造作に伸びる銀髪、するりと伸びた手足、背の高さは見た限り控えている女性と対比しても頭二つ分は低いだろう。その顔は中性的であるが、身体つきから見て辛うじて男であるとわかる。

 

 そう、筋骨隆々でもなく、知恵に富んでいるわけでもない。少し顔立ちのいい普通の少年がスクリーンに投影されていた。ヴルゴは小姓かなにかかとも思ったが、指揮官席にあえて尊大に座ってみせていること。控えている女性の立ち居地からしてそれはない。

 

 信じられなかったが、どうやら映像に映るその少年が自分を打ち負かした指揮官であるようだ。その少年、何故か寝ぼけたような顔であり、全体的に能天気そうな感じが漂い、その所為で微妙に残念な雰囲気を纏っている。少なくとも初見では強者とは思えなかった。

 

『………いかがした?』

 

「……失礼した。こちらはゼーペンスト自治領、本国守備艦隊総司令、ヴルゴ・べズンだ。自治領の守護を受け持つ我等を打ち負かした強者を一目みたいと思い通信を申し入れた」

 

『それはご丁寧に……。自分がこの白鯨艦隊を創設、指揮している0Gドッグのユーリです』

 

 まさかと思ったが、本人が指揮官である事を肯定した。アルマドリエルのブリッジがざわついた。噂の白鯨艦隊、宇宙のくじら、海賊専門の追いはぎ……、色んな悪名も篭った名声があるが、それを率いる人物が、こんな若者が敵であったのかと。

 

『それで? どうです? 敵の大将を見た感想は?』 

 

「失礼であるが、あまりにも若いので貫禄がない上に威厳が感じられない。緊張感無き覇気のなさに驚くばかりだ。負けた我等が言えることではないが……」

 

『はっは! 言いますね。全く持ってその通りで』

 

 ヴルゴの皮肉に、しかしユーリは笑ってかえしていた。それ以前に言われた内容を当人はまったく気にしていなかった。ヴルゴの言った事は、ほぼ全て当てはまるからだ。

 

 なので皮肉を前に快活に笑った。そんな若き艦長の顔を見ながら、若いが柔軟な器を持つ人物だと感じたヴルゴは、内心ユーリの評価を上げていた。

 

「されど、一糸乱れぬ艦隊の挙動。そして尖鋭たる我等の攻撃でも駆逐艦以上を落とさせなかった組織力は素晴らしいの一言であった」

 

『ふふふ。そちらも、数だけなら三倍の我々を前に一歩も引かず、そればかりか本来出すつもりのなかった出血を強いらせた。勇猛果敢なるお手前に感服しました』

 

「………こちらの半分以上を墜としておいてよく言う」

 

 こちらにも時間が無かったので、とユーリは返した。

 

『さて、もう少し喋りたいですが、怖い怖い大海賊が迫っているので単刀直入に聞きます。降る意思はおありか?』

 

「―――知ってのとおり、我々は自治領という国を護る軍人だ。そんな我等が簡単に降服などするものかよ。敵に対し膝を折ることはできない」

 

 そうヴルゴは吐き捨てるように喋る。自分で言ったとおり彼らは軍人であり、自治領の民が蹂躙される可能性が、万に一つでもあるならば、命果てるまで戦う誓いを立てている。

 

 されど……。

 

『正気で?』

 

「……だが、部下が退艦する時間はいただきたい」

 

 旗艦からの総員退艦。それは即ち、この場において事実上の降服であるといえた。ヴルゴは付き従ってくれた部下達の手前、自らが降服すると口には出来なかったが、それでもこれ以上、ボンクラの二世領主が下した阿呆な命令に付き従わせる気は毛頭なかったのである。

 

「司令官?! しかしそれは!」

 

「よいのだ、ゼファー。お前達はよくやったが、これ以上無駄に死なせるわけにはいかない。総司令より最終命令を下す。友軍艦船は救助者の救出後この宙域から後退。可能であるなら降服も許可する。そして、旗艦乗組員はすみやかに退艦せよ」

 

「しかし、司令はどうなさる御積りなのですか!」

 

「……総員退艦後、本艦は秘匿情報並び機密情報を物理的に消滅させるため、自沈処分する。私は私が犯した事の始末をつける。それだけだ」

 

 つまり、ヴルゴは責を負って自爆するつもりであった。彼を慕う部下達は一斉に反対するが、彼は自分の意見を曲げようとはしなかった。それだけ多くの将兵が失われたという責任が、彼にはあったのだ。

 

 そんなヴルゴと部下達のやり取りを『フム…』と呟きながらユーリは眺めていた。彼らのやり取りが平行線を辿りそうで、時間稼ぎじゃないかとも思い始めた彼は、彼らの言い合いにとりあえず口を挟んだ。勝者という特権で手っ取り早く済ませる為に。

 

『あー、退艦するのを見逃すのはいいが、条件がありますよ?』

 

「クッ、どんな条件だ?」

 

『なにたった一つの冴えたやり方ってヤツです。ヴルゴ将軍、貴方が我々のところに来る事ですよ。ちょうど内部事情ってヤツを知りたかったのでね』

 

 無論、内部事情など口実である。既に本拠地に近いのでそこまで重要な情報はいらない。ただ単にこの平行線を辿る言い合いを手早く済ませたかっただけだった。

 

「それは……、私に虜囚の辱めを受けろと? それに話すとでも?」

 

『それ程度で生き残った艦隊を逃がすと、申しています。飲まなければ我等の全火力を持って撃滅させてもらうだけです。既に艦載機の補給は終了していますから、迎撃機も殆ど残っていないそちらが耐えられるでしょうか?』

 

「むぅ……、それは……」

 

『こちらとて時間が惜しい。さぁどうなさる?』

 

 ユーリの提示した条件に、ヴルゴの中で武人と軍人の、両方の思考がぶつかり合った。武人の思考は降服を迫るユーリに対抗し、最後まで戦うべきだと叫び、ヴルゴの心拍を引き上げた。軍人の思考は、生き残った部下をこれ以上無駄に死なせず、彼等に生きる道を提示させるべきだと叫び、冷たくも熱く脳を揺らした。

 

 サイドスクリーンの向こう。白鯨艦隊のユーリが見つめる中、周りの部下達が不安そうに見やる中、ヴルゴが下した決断は―――

 

「……了解した。私はそちらに乗り込もう。本艦は機関を停止後放棄する」

 

『了解です。では後ほど』

 

 そういってユーリは一方的に通信を切断した。沈黙がアルマドリエルのブリッジを包み込む。ヴルゴは降服したのだ。白鯨という巨大なモンスターに、部下達を呑まれない為に、己の矜持と信念を犠牲にしたのだ……。

 

 一瞬だけ、眼を瞑って顔を上げた後、大きく息を吸ったヴルゴは鬱憤を吐き出すようにして思いっきりそれを吐く。これまで行ってきた事が崩れ落ちる感覚を覚えながらも、彼は敗軍の指揮官として責務を果たすために動き出した。先ずは高台となっている司令官席の淵に立ち、操作卓にある艦隊全てに繋がる放送スイッチをいれた。

 

「聞いていた通りだ。戦闘は終了。我々は降服する。私が白鯨艦隊に乗り込んだ後は、旗艦は総員退艦後に放棄。手順に従い重要データを廃棄しておけ。残存する親衛艦隊は、宙域に散らばった友軍の残骸から生存者の救助にあたれ――」

 

 ヴルゴはそこまで言い切ると、一度大きく息を吸い、吐いた。

 

「―――それと、勇敢で優秀なる親衛隊のフリートスタッフ諸君。私は諸君と共に戦えて光栄であった。以上だ。作業にかかれ」

 

 こうして、ヴルゴ隷下の親衛艦隊は白鯨に降された。この放送の後、船内各所では無念と悔しさからすすり泣く声が響いたという。しかし、流石は勇将なるヴルゴの配下たち、さしたる混乱も見せず、黙々と最後の命令を実行していった。

 

 脱出ポッドや宇宙服を着たクルーを船外にも乗せた作業用ランチがアルマドリエルから離れて、生き残った残存艦に向かっていく中。まだブリッジにいたヴルゴはそれらをモニターで眺めつつ、こう一人ゴチた。

 

「……ふん。先代の恩をボンクラに返す。果たせなかったが、思えば詰まらん人生よ」

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか。生きてれば再起可能ですよ」

 

「……まて、何故ここにいるゼファー? 総員退艦を命じただろう」

 

「今更他のところに行くのもなんか違うんです。そういうわけでブリッジクルーおよび旗艦乗組員の有志、以下13名は将軍と共に白鯨に参ります」

 

「……フンッ、勝手にしろ。向こうが追い返すだろう」

 

 何故か付き従う積もり満々の副官たちの行いに、半ば投げやりにそういったヴルゴ。だがヴルゴの考えとは裏腹に、ユーリはヴルゴについてきた部下達も全員捕虜として収容した。

 

 これはただでさえヴルゴたちの奮戦で時間が圧しているのに、これ以上のタイムロスはよろしくないと考えたユーリが、いざこざの原因になりそうなことを嫌ったからであった。

 

 ヴルゴたちはそのまま、白鯨艦隊の捕虜を収容する耐圧室に収容され、急ぐユーリの指示により、白鯨艦隊はそのままこの宙域を離脱。ゼーペンスト本星へといそぐのであった。

 

 

 


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