何時の間にか無限航路   作:QOL

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~何時の間にか無限航路・第23話、カルバライヤ編~

■カルバライヤ編・第二十三章■

 

 

――監獄惑星ザクロウ――

 

 半永久稼働する惑星防衛システム『オールト・インターセプト・システム』に守られた。犯罪者を収監するだけの惑星である。許可なく近づいた場合は勿論、惑星からも許可なく発進したフネに対し、自動迎撃衛星が容赦のない攻撃を仕掛け沈めてしまう為、一般の航路からは外れている。

 

 そんな場所へ宙域保安局のバリオ・ジル・バリオ三等宙尉はトスカとサマラを連れてやって来ていた。表向きの理由は凶悪な海賊の護送、裏向きの理由はサマラとの密約によるものである。

 

 サマラは保安局と協力するにあたり、監獄惑星ザクロウに赴くことを条件にいれていた。シーバット宙佐以下、保安局側は彼女の奇妙な申し出に困惑し、何か企んでいるのではと警戒の色を深めたが、この時バリオ三等宙尉が一年ほど前にグアッシュが収監されていたことを思いだした。

 

 サマラとグアッシュの対立はこの宙域ではよく知られている。サマラ本人は理由を述べないがグアッシュが居るということに焦点があるのは確実だと理解した保安局側の態度は軟化した。

 

 さらにはサマラを連れてきた白鯨所属のトスカが責任をもって同伴すると言い出した。それもサマラの手下という扱いで……むろん彼女は手下扱いというのはちょいとムカついていたようだが違和感なくザクロウに潜り込むにはある意味妙手である。

 

 ただまたしても保安局側は難色を示す。協力者である白鯨の副長を犯罪者として潜り込ませるという行為に義憤が刺激されたのだろう。

 

 彼らはトスカがそう申し出た後、いっせいに一人の少年に眼を向けた。この中で一番背が低い銀髪の少年、それでいて白鯨艦隊を率いているという人は見かけによらないの典型、そしてトスカの上司にあたるユーリを見たのである。

 

 保安局側に見られていることに気が付いたユーリは特に口を挟むことなく頷くだけで返した。なぜなら彼は事前にトスカからサマラの監視の為について行くことを聞かされていたからである。約束はきっちり果たさせると、すでに行くと決めている眼で見据えられれば彼に断る道理などない。

 

 無論、ただ賛成したのではなく、この時にちゃんとトスカにも訪ねている。『本当に行くのか?』と。それに対するトスカの答えは『そうさ』の一言であった。

 

 ザクロウは通常の監獄と異なりカルバライヤ司法府の管理下にあるが、内外ともにほぼ行き来がないので実質的には治外法権。情報のやり取りが少なすぎて何があるかわからないのだ。

 

 それでも彼女は向かうという。それは万が一サマラが協力を蹴った場合、グアッシュ海賊団との戦いが厳しくなり、ムーレアでのエピタフ探索が難しくなるのが予見できたからだ。

 

 以前、辺境自治領ロウズ宙域にて、ユーリが最初から持っていた高価なアーティファクトであるエピタフをどう説明するか悩んだ際、原作のまま自分の父親の形見と設定上の理由を述べてしまい、それ以降トスカはエピタフを調べるのがユーリの夢だと自己完結に近い形で信じてしまったのである。

 

 本当はエピタフを質に入れて、その金で戦闘艦を買いたいですと説明する筈が、当時はまだ仲間で無かったトーロが目敏くエピタフをよこせと恐喝してきたことで、話が有耶無耶になり、結局修正されることもなくそのままになってしまった。

 

 一人の少年が、父親が追えなかった古代宇宙の謎の一つに挑戦する。

 

 実にありふれた話であるが、意外と面倒見がよく姉御肌なトスカはこういうのに弱いらしく、またその後の付き合いで共にいるのが当たり前となったユーリの夢の為に、一肌脱ぐのも吝かではないと思うようになったこともあり、それがこのような事態に発展してしまったのである。

 

 正直、壮大な勘違いも甚だしく、ユーリ個人としては、エピタフ関連は鬼門となりうるイベント盛りだくさんなので、あまり近寄りたくないのが本音だったが、ここまで真摯に受け止めて応援してくれているとなると、その真っ直ぐな眼を前にしていまさら訂正も変更も出来やしない。

 任せておきなと胸を張るトスカの豊満な揺れ動くバストに釘づけになりながら、内心どうしようと呟いたとか。

 

 

 閑話休題。

 

 

 ともあれ、トスカはサマラの旧知でもある。渡りに船とはこのことで、細かい打ち合わせの後、バリオが囚人の監視役として、女囚の二人を移送することに決定された。バリオは何等かの問題が起きた時に備え、そのままザクロウに留まり24時間ごとの定時連絡を入れる予定にもなった。

 

 こうして、なんやかんやあってサマラとトスカの二人はザクロウに降り立ったのだ。紫の大気に灰色の大地に監獄にやってきた彼女たちとバリオは必要な手続きを踏んだあと、何故かやってきたこの星の実質的なトップである所長と対談していた。

 

 ドスドスと三ブロック先からでも聞こえそうな足音を立てて、収監室件引き渡し部屋に現れた一人の男。ザクロウの所長ドエスバンである。肥え太った体格の小男。それが、この所長を見たトスカの感想であった。

 

「やぁやぁようこそ惑星ザクロウへ、この私が所長のドエスバン・ゲスです」

「保安局海賊対策部所属、バリオ・ジル・バリオ三等宙尉、囚人2名の護送に参りました」

「ほっほ、歓迎いたしますぞ。モチロン、そちらの2人のお嬢さんもね」

「(ジロジロ見んな。デブ)」「(何故だ? あの男からは不本意だが同類の気が)」

 

 拘束具をつけられ、バリオの後ろにいたサマラとトスカを、舐めまわすかのように一通り見たドエスバンは、ソレを咎めるかの様に咳をしたバリオを恨めしそうに見ながら視線を戻す。

 

「ん~、ん~、ん~。いやいやこれ程の女囚が2人も女囚……ジョシュウ、ん~」

「あの所長?」

「女囚という言葉はお好きですかな?」

「―――は?」

 

 唐突によくわからないことを問われ困惑するバリオ。おまえはいったい何をいっているんだとバリオは思ったが、彼の階級的にはこの目の前の喜色が悪い所長の方が上な為、思わず言ってしまわないように我慢する。

 

 一方のドエスバン所長も自身が口にした言葉の意味にハッとなり、まるで誤魔化すかのようにその太った腕を振りまわした。女囚が好きかなど、まるで女囚に“なにか”するのが当たり前のようではないか。カルバライヤでは囚人に対する虐待は基本的に禁止事項である。

 

「あ、ああ。いやいや、何でもありませんぞ」

「(今更誤魔化しても遅いんだよ。この○○○○(ピー)野郎)」

 

 トスカが心の中で、放送が禁止されそうなスラングで毒づく中、ドエスバンは話を続けた。

 

「―――で、貴方も7日程駐留されるとか」

「ええ、これ程の大海賊ですからね。念には念を入れて経過を見ろと上からの命令でしてね」

「成程成程、いやいやごもっとも。では貴方の部屋もご用意しましょう。すぐにね」

 

 

 こうしてサマラ&トスカwithバリオは監獄惑星ザクロウに入った。

 

 

***

 

 

~一週間後・白鯨艦隊旗艦ユピテル艦長室~

 

 自分の砦たる自室において、ユーリは相変わらず艦長職に精を出していた。何せ無人艦が多いとはいえ艦隊を引き連れているので、運用している人間の総数は既に数千にまで膨れ上がりつつある。事務的な処理は天文学的に増えていくのだ。

 

 特に福祉厚生やその他の配備の書類は、ほぼ毎日彼の元に送られてきていた。それらに目を通し、決算し、変な書類が無いかをチェックするのが、最近の日課となりつつある。

 ソフトウェアの発達のお陰で、ズブの素人でも決算が出来るのがありがたい。もしも、この世界における事務系のフリーソフトウェアが前世と変わらなかったら今頃自分がこの福祉厚生のお世話になっていたことだろう。

 

 そんなユーリの隣には、今日も秘書のように事務作業を甲斐甲斐しく手伝っているユピがいた。ユピはフネのコントロールユニットに付属していた統括AIであったが、いまではナノマシンで出来た人間を超える身体を持つ電子知性妖精である。彼女はその電算能力を使い、副長不在のユーリを秘書のようにサポートしていた。

 

 彼女が居るお蔭でユーリは怠けたりサボることができないが、彼女の存在は燃え上がる小宇宙(コスモ)を内包するユーリにしてみれば、寧ろ大好物だ(ロマンを満たす的な意味で)。

 

 見た目も美少女である彼女と一緒に仕事をするのは苦痛どころかある意味ご褒美だ。お蔭で男所帯の部門から嫉妬のまなざしをうけることがたびたびあるが、そのたびにヘルガが介入してくれるので大事には至ってはいない。

 

 そんなこんなで綺麗な秘書と共に、積み上がる書類を攻略する為、頬をパシンと叩き“よしゃっ!一丁やったるか!”と気合を入れる。入れ過ぎで若干痛みがあるが眠気覚ましと考えつつ今日のノルマ分を崩しにかかった。

 

 だがその時、作業をしていたユピがピクンと背筋を伸ばすとユーリの方を向いた。彼女はフネと直結したAIであり、艦内で行われていることをプライベートな場所以外は大体把握している。つまり彼女が反応を示すときは何かが起きたか、それとも起きるかのどちらかであった。

 

「艦長、ケセイヤさんが参られています」

「ケセイヤがッスか? なんだろう」

 

 どうやら艦長室前のドアにケセイヤがやって来ているらしい。ユピが廊下の監視カメラから中継した映像がユーリの机に浮かぶホロモニターに投影されている。

 

「お通ししますか?」

「良いッスよー」

「ではドアロック解除します」

 

 パシューというドアのエアロックが外れる音が響き艦長室の扉が開かれる。そこを訪れた客であるケセイヤは、ノックをしようとした体制のまま立ち尽くしていた。ノックする前に扉が開かれて一瞬呆けたのだろう。

 

 彼はすぐに我に返り、ユーリの隣に立つユピに視線を向けて納得したような顔をする。まぁこんなことをするのはユピくらいのものだと理解して、そのまま中に入ろうとした。

 

 だが、一歩部屋へと踏み入れた瞬間、突然つんのめるかのようによろけ転んでしまった。しばらくしても起き上がる気配がないのでユーリは首をかしげそれをみていた。

 

「重力制御をノーマルにしちくんねぇかな? 艦長」

「あ、忘れてたッス。すまんすまん。ユピ」

「はい、艦長室の重力設定を自室訓練モードから通常モードにするようにミューズさんにお願いしますハイ」

 

 ポリポリと後頭部を掻きながら済まなさそうに言うユーリ。自分もその昔体験したことがあるのでバツが悪そうだ。部屋の重力が通常に戻り、ちょっとフラフラしつつも立ちあがることが出来る様になったケセイヤは、服をはたきながら起き上った。

 

 ところで何故ケセイヤが動けなくなったのか?

 それは艦長室の重力が異常だったからだ。最近てんで修練に行けないユーリが、せめて身体能力を落さない為に考え付いたのが、自室だけ重力制御を施し、日がな一日筋肉に負荷を掛け続けると行ったモノだった。

 

 当初は対G訓練室を作ってもらおうとしたが、モジュール設置スペースを圧迫する上、ある程度の重力調整ならグラビティ・ウェルから直接行えると聞いて、いまでは自室や訓練室などで過重力を使うといったことをおこなっていた。

 

 この方法は何気にトーロや保安部も愛用している方法であり、現にこれを行っている連中は精錬された細きマッチョへと変身を遂げつつある。これで上がるのはあくまで身体能力だけなので戦闘術としての格闘術はたまに練習しないと身につかないが、基礎体力は何にしても大事らしい。

 

 ちなみにユーリの身体能力は流石に普段から白兵戦の訓練を積んでいるトーロには劣るが、慣性重力制御を振り切るゴーストパックをつけた特攻仕様のVFである程度全力で動けるくらいはある。

もっとも歴戦の傭兵部隊であるトランプ隊は、ユーリがある程度動かせるそれらを完全に操るので、自分の本職は艦長だからいいんだもんと拗ねたのは余談である。

 

 閑話休題。

 

「まったくヒデェ目にあったぜ」

「今日は何か用ッスか? 出来れば仕事を早く終わらせたいんで、早めに簡潔に述べてくれッス」

「スルーかよ。まぁ良いか、今回来たのは浪漫あるコイツを作りたいから予算についての交渉だ」

「とりあえず見ようか?」

 

 普通なら経理を通してくれと投げやりにスルーするようなことだが、目の前の男が直接持ち込んできた企みがただの企みでは無いことくらいユーリにも解る。

 

 データチップをユピに渡すケセイヤを見ながら、まるで某決戦用人造人間を製造したところの髭司令のように、口元を隠すようなポーズを取るユーリ。所謂ゲ○ドウポーズである。

 

 事務作業用に気分高揚の為に付けていた伊達眼鏡が逆光で反射しているので、妙に様になっている。なんだかんだでノリが良い艦長に内心感謝しながら、ケセイヤはデータチップの中身のプレゼンを開始するのであった。

 

 

―――30分後。

 

 

「むぅ、これらを作るには財政的に難しいッスね。フネ売らんとならん」

「そうか、戦力の低下は避けられネェか」

 

 上司の結論にケセイヤはがっくりと肩を落とす。今の白鯨艦隊は一応黒字運用だが、基本的にカツカツであり、また戦力が必要な時にフネを売却するのは大幅な戦力の低下を招いてしまう。それは門外漢のこの男でも理解できたからである。

 

 ユーリはそんな珍しいケセイヤの落ち込み具合を見て苦笑し首を振った。

 

「うんにゃ、フネを売った分の穴を埋める形になるから実際の艦隊数は変わらんス。売った金+研究費って形ッスね。スペックがカタログデータ通りなら戦力的にも問題なしみたいッス」

「あたりまえだ。俺が作るもんはカタログなんかじゃ計れねぇゼ」

「その勢いはよろし。だけどまだまだ草案ッスから、まだ煮詰められると俺は踏んだッス。可能ならフネを売らなくても出来るようにするのが良いと思う」

「それじゃあ」

「さらに煮詰めて改定案を提出。そのうえでかかる予算を算出してくれッス。予算はなんとか(海賊を丸裸に)する。存分にやりたまえ」

 

 まるで悪の親玉のようにユーリは告げる。それを見てケセイヤは肩が震えた。

 

 これだ。これだから目の前の少年についていくのはやめられない。自分の中にいる開発の悪魔を押さえつけるどころか、それ以上を求めてくるのだ。これ以上に理想的な場所はそうそうないだろう。

 

 ケセイヤはユーリの言葉に、ニヤリと男臭く笑うと踵を返して艦長室を後にした。

 

「……………書類、増えるなぁー」

「あ、あはは。(これでまた艦長と一緒、ケセイヤさん、ぐっじょぶです)」

 

 ケセイヤが去った後にボヤいてみせるユーリを見て、身体を得たことでだんだんと経験値を貯めて成長している電子知性妖精は苦笑しつつも、内心ユーリと二人っきりでいられる時間が増えると喜んでいたのは、もはや何も言うまい。

 

 そんなこんなでユーリは自分がするべき仕事を続けた。計算が速いユピに手伝ってもらったり、チェルシーが運んでくる食事に舌鼓を打ち、その時にチェルシーとユピとの間に飛ぶライバル意識みたいなのを見て仲がいいなぁと思ったりして、割と悠々自適に過ごしていた。

 

 とはいえ、人間であるユーリは無限に働けるほど体力も集中力もない。肉で出来た身体ってのはこれだから面倒くさいと思いつつも、時折休憩しては凝り固まった身体をほぐして背筋を伸ばしたりしている。

 そんなユーリを見ているユピは、やっぱり幸せそうである。なぜなら二人っきりだから。別にいちゃつくとかそういう下心がある訳ではない。只いっしょにユーリの傍にいられるのが、今のユピにはとても楽しいことだった。

 

「お疲れみたいですね艦長?」

「そりゃあ、トスカ姐さんがしていてくれていた分もこっちに回って来てるッスからねぇー。そろそろ経理専門の部署を立ち上げた方が良いと思うんスけど、どう思うッス?」

「んー、まだ時期早々かと(そんな部署が出来たら、私との時間が減るじゃないですか)」

「そうかなー?」

 

 ぐてーっとデスクの上でダレながら話す二人。ユピとしては暫くはこの二人っきりという状況が続いてほしいと打算的に思っているが、ユーリはすでにかなりこういった仕事に疲れてきているので、いい加減経理部門の立ち上げを真剣に検討すべきだろjkと考えていたりする。

 

 さて、ユーリが黙ると部屋の中は沈黙に包まれた。疲れていると口数が減るのでそれはしょうがないのだがユピは少し居心地が悪いと感じる。優秀なインターフェースを持つが故に、その場の空気というものまで感じるようになっていたのだ。

 

 その為、この空気を如何すべきかと中央電算室の余剰出力で計算してみたが、上手く答えがでてこない。非常に優秀なAIである彼女だが、生まれて間もないため経験が少ないので自分から話題を振るのがまだ苦手なのである。

 

 それでも何とか話題を振ろうと、あーでもないこーでもないと脳内で逡巡すること僅か0,1秒。無駄に高性能な演算で導き出した答えを元に、彼女は話題を振ってみることにした。

 

「そう言えば、艦長はトスカさんの事、あまり気にしてないんですか?」

「何がッスか?」

「心配じゃないんです? 監獄惑星ザクロウにトスカさん行っちゃったんです。女っ気が無い星に綺麗な女性が2人も行ってるんですよ? 男性囚人達のよくぼーのはけ口にされてやしないかと心配です」

「うん? んー」

 

 またどこでそんな知識を仕入れたのやらと思いつつも、ユーリは考える仕草をしながらユピの問いに答える。

 

「ま、心配はしてるけど信頼もしているからね」

「信頼ですか?」

「そそ。想像してご覧。あの人の相手をたかだか囚人が出来ると思うッス?」

「………89%の確率でムリですね」

 

 トスカの普段の行動を鑑みるに、そこいらの男は歯牙にもかけない事は確実なのが容易に思い浮かぶ。そう考えると心配するだけ杞憂な気がしてくるのだから不思議である。不測の事態は何事にも起こりえるが、それでもユーリはトスカを信頼していた。

 

 トスカはあの辺境の地のロウズでユーリと出会い、なし崩し的に支え続けることになる前から0Gドッグとして活動していた。ユーリ達を見ているとあまり感じられないが、0Gドッグの世界とはかなりアウトローな部分があり、女性が個人で0Gドッグとして活動するのは中々に危険がともなう。

 

 それでもトスカはソロで0Gドッグとして、打ち上げ屋という地上人を宇宙に連れ出す博打のような仕事をよくしていた。彼女には度胸も腕っぷしも経験もあるのだ。ぶっちゃけた話、仮にトスカに欲情した囚人がいたとしても、ナニを潰されて終わりである。

 

 さらにはトスカと共に大海賊として名高いサマラ・ク・スィーがいるのだ。無慈悲な女王サマと普通に駄弁る女性を見て、果たして襲いかかれる度胸がある海賊や悪党なんぞいるのであろうかとユーリは思う。少なくとも自分が囚人なら見ないフリをするであろう。

 

 しかし、もし万が一ってことになったら………。

 

「あれ? 艦長。手が震えてますよ?」

「ん~、信頼はしてるけど心配なんスよねぇ」

「さっきと逆のこと言ってません?!」

「ユピ、物事に絶対はないんだぜ?」

 

 だんだん冷や汗に近いモノが流れ始めるユーリ。一度心配してしまうと後は階段を転げ落ちるように不安がドシドシのしかかってくる。動揺のあまり彼の手はバイブレーションの如く震え始めた。

 

 もしも、もしも万が一の確率で、それこそ奇跡的な確率で、トスカが傷つけられた場合、下手すると海賊は全て冥府に追いやるかもしれない。そうなったとき自身を押える自信がユーリにはなかった。なんだかんだでトスカはユーリにとっては……。

 

「―――長、艦長!」

「はっ!はいはい艦長です」

「ああ、よかった。呼んでも返事してくれませんから医療班を呼ぶべきかと……、でも大丈夫そうですね。そうそう、ミドリさんから連絡です。保安局から通信が来ました」

「そうすか……。思ってたよりも早かったッスね。ブリッジに行くッスよ」

「はい艦長」

 

 

***

 

 

 さて、ブリッジに付くと既に回線がつながっており、艦長席の右側に浮かぶホロモニターにシーバット宙佐の姿が投影されていた。モニターに映る宙佐の表情からして吉報ではなさそうであるが……何かあったのだろうか。

 

「お疲れ様です宙佐殿。どうされましたか?」

『いきなりすまないユーリ君。問題が発生した』

「問題ですか? まさか行き成り国防軍が重い腰を上げて俺達の役割は終わったとか?」

『それならば民間人の君らを解放出来てよかったのだがね。じつはザクロウに向かったバリオ達からの連絡が一度も無いのだ。通信自体はザクロウに繋がるというのにバリオはいないの一点張り。コレは幾らなんでも異常な事態だ。一応こちらでも独自に法務局に働きかけてザクロウへの調査許可を出しているところだ』

 

 ザクロウへ向かったバリオさんと連絡が取れない? 寄り道して酒でも飲んでいるとか? そんな訳ないか。彼の人なりは軽そうだが意外と職務は真面目な男だと思うし……となると、やはり問題発生の可能性が高いか。

 

「許可が降りるのには、どれくらいの時間がかかりますか?」

『解らんが、急がせてはいる。とりあえず君の方に現状を知らせておこうと思ったのだ。もうしばらく待っていてくれたまえ』

「了解、出来れば早く許可が降りる事を願ってますよ。ソレでは」

『うむ、それでは』

 

 通信が切れると同時に、俺は自然と強張っていた肩の力を抜いて背筋を伸ばし、普段の能天気な艦長モードへと移行した。あう~、くそったれ。面倒臭い状態だぜ。全く持って厄いなオイと呟いてみる。

 

 もっともザクロウに乗り込むには司法局の許可が必要になる。慌てても事態が良くなる訳でもなし。仕方が無いので適当に飲み物をユピに頼むと艦長席で胡坐を掻き、外部映像をホロモニターに流していると、イネスが艦長席の近くに寄って来た。

 

「どうやら大変なことになってるみたいだね」

「そうみたいッスね。ところでなんか用? イネス」

「艦長。ザクロウは何かがおかしいと思わないか? グアッシュと言うリーダーが不在なのに連中の活動が衰えていない、それがそもそもおかしいんだ」

「まぁー確かに幹部連中が動かしているっつーのにしては精強過ぎるッスね」

「そして大海賊サマラが自らザクロウへ行きたいと言い出した。つまり――」

 

 イネスは眼鏡をキランと光らせ、手を振り上げながら言葉を放った。

 

「―――つまり、あそこには何か秘密があるんだよ!」

「な、なんだってー!!」

「……艦長、真面目な話なんだが?」

「すまん。なんかノリでこうしないといけないと電波を受信して」

「そんな頭アルミホイルでも巻いてしまえ」

 

 あまりにも状況が俺にふざけろとささやいたんだ。ふひひ。

 ところでイネスよ、申し訳ないがザクロウに何かあるってのは前々から思っていたから、別にリアクションほど驚いてないんだぜ。可愛そうだから言わないけどな。

 

「まぁふざけるのはここまでにしておくとして。話の続きッスけど、そこら辺はさすがに宙域保安局も把握済みなんじゃないッスか?」

「解ってる。これくらいの想像はきっと保安局もしているさ」

「だから、サマラさんの申し出にあっさりと乗ったんですね」

「おろ? ユピ居たの?」

「お話の途中に来ちゃってすみません。あ、コレ飲み物です。イネスさんもどうぞ」

「「あ、どうも」ッス」

 

 いつの間にか傍にいたユピが差し出してくれた飲みもんを受け取る。ご丁寧に全員分あるということは艦内のカメラか何かでイネスが俺の傍に来たことを知ったんだろうな。

 

 俺は貰った飲み物を啜りつつ、話を続けるようにイネスに視線で促した。イネスの話を聞くくらいの時間的猶予はあるし、第三者の考えを聞いてから、どうするか考えるとかしないとな。これも艦長の仕事なのだ。

 

「まぁ問題は確証を掴むかって事だけだろう?」

「その分じゃ、何か策でもあるんスか?」

「至極簡単な話さ。情報が無いなら、ある所から聞けばいい」

「その心は?」

「グアッシュの連中に聞く。どうせそこら辺をうろうろしてるんだ。白兵戦をすれば拿捕出来るだろう?」

「成程、いやさその眼鏡は伊達じゃないってとこッスね。つーかイネス、何かトスカさん居ないと、随分と生きいきしてるッス」

「はっは、女性陣が静かになるからね。お陰で脅威とストレスが減って頭の回転が良くなったよ」

「………あ、お姉さま方」

「ひぃぃぃぃいやあああ!!―――って、誰もいないじゃないか!」

「重症ッスねぇ。ご愁傷様」

 

 まぁソレは良いがイネスよ。そんな風に安心して油断するとすぐに足元をすくわれるぜ? この間マッドの巣を通りかかった時、ミユさんが、お前さんを追いかけまわす淑女の一人に怪しい薬を渡してるところをバッチリ見たしな。ユーリ見ちゃいました。

 

 ちなみに何の薬なのかはしらねぇ。蛍光色のピンク色で若干光っていたけど、どんな作用があるかどうかなんぞ知りたくもねぇ。どうせ男にとっては碌な効果が無いに決まってるからな。うんうん。

 

「あれ? でもお外にいる海賊さんって基本的にヒエラルキー最下位の人々なんですよね? 情報なんて持ってるんでしょうか?」

「ユピの懸念ももっともだ。でも海賊の幹部クラスならあるいは何か持っている」

「幹部クラス、ねぇ?」

 

 イネスはそういうものの、ぶっちゃけグアッシュ海賊団の幹部がうろついていそうな場所なんてわからんがな。縄張りは沢山あるが、あれほどの勢力となると雲霞の如き大群であり、正直そこらじゅうにグアッシュ所属の海賊がいる。その中のどれかが幹部の乗るフネなのだろう。

 

 しかし、I³エクシード航法で多少は狭くなったとはいえ、それでもなお広大な宇宙で幹部の乗るフネを探して回る。それは砂漠に落ちたコンタクトレンズを探すとまではいかなくとも難しい話だ。砂糖の瓶に落ちた塩を探すくらいだろうか?

 

「うーむ、エリエロンドが近くにいれば、幹部の情報を融通してもらえたかもしれないッスけどねぇ」

「ああ、確かに彼らならグアッシュと対立した期間はボクらよりも長いから何か知っているか」

 

 サマラ様率いる海賊団は、俺達が来る前からグアッシュの連中とやりあっている。一応、現在協力関係にあるエリエロンドと連絡が取れれば、海賊幹部が出没しそうな座標情報を教えてもらえるかもしれない。

 

「でも多分、ことが起こるまで肝心のエリエロンドは雲隠れッス」

「ケセイヤさん製の宇宙センサーでも追いきれませんでしたしね」

 

 問題はそれだ。エリエロンドはブラックラピュラスなる特殊な鉱石でできた装甲板のお蔭で、ウチの光学迷彩ステルスほどじゃないが、かなりステルス性が高い。すでに狩場としていた宙域から離脱しているだろうから潜伏されると発見するのは困難なのだ。

 

 恒星間用のIP通信で呼び出すにしても、万が一海賊に傍受される可能性がある以上は使えない。海賊だって馬鹿ばかりじゃない。連中は長距離通信を盗聴して輸送船団の航路を割出して待ち伏せしたりする小賢しさもあるのだ。

 

 だが、そうなるとホントどうしようか。

 そう皆で悩んでいるとユピが何か思いついたらしく顔を上げた。

 

「そうだ! 艦長提案があります。サマラさんを追いかけたザザン宙域に向かうというのはどうですか?」

「いやユピ。あそこにエリエロンドはいないッス」

「はい、でもエリエロンドを狙った海賊さんは沢山来ていたと思います」

「ああ、そっか。あそこはサマラ海賊団のテリトリーでグアッシュも良くちょっかいを掛けに行っているから海賊率いる幹部もいる可能性が高い」

「成程。いい案ッスよユピ。ナデナデしちゃるう」

「えへへ、褒められた」

 

 よしよしと頭を撫ぜてやると、なんかテレテレしているユピ。仕草が最近ドンドン人間っぽくなってきたな。これもクルー達とのふれあいのお陰かなァ。ウチのチェルシーも影響受けてたし……お陰でガンコレクターになってたのは誤算だったがな。

 

「リーフさ~ん、航路変更、ザザンの方に向けといてくれッス~」

「あいよー」

 

 とりあえず、ザザンの方に行ってみよう。話しはそれからだべさ。

 

 

…………………………

 

 

……………………

 

 

………………

 

 

 さて、再び時間をかけてザザン宙域にやってきました。

 移動中も何か連絡があるかもと宙域保安局との通信ラインは切らないでおいたが、未だ反応が無いところを見るに許可を得るのに難儀しているらしい。流石に少し焦るがトスカ姐さんの安全は彼女の腕っぷしを信じるしかないな。

 

 焦ってもしょうがないと言い聞かせながら、俺はまず艦隊をザザン宙域に展開。いつもながら本隊である旗艦ユピテルとアバリス以下KS級巡洋艦は全艦ステルスモードで潜宙。他の駆逐艦たちには5隻ずつで4個艦隊に分けて広範囲に展開し、海賊相手の撒き餌として獲物が掛かるのを待った。

 

 艦隊を分けるのは戦力低下につながると思ったが、K級突撃駆逐艦とS級航宙駆逐艦は元々海賊仕様の設計により足回りが良いように設計されている。当然ながら再設計の際、マッド共により改造を受けているので巡航速度も元の設計を少し上回っている。

 

 この快速の駆逐艦隊ならば、敵に捕捉されても回避しつつ撤退できる。上手く調整してやれば敵をこちらまで誘引することもできるだろう。そんな訳で敵が捕まるまでしばし待機していた。

 

「艦長、先行した駆逐艦隊が進路上にインフラトン反応を多数検知しました。海賊のモノと思われます」

 

 潜伏すること6時間、オペレーターのミドリさんが標的の発見を告げる。いがいに早く捕捉に成功したのは喜ばしい。さて引っ掛かった敵に幹部は乗っているだろうか?

 

「標的艦隊は高速で接近中、数は6、センサーによると中心に一際大きなインフラトン反応を確認。巡洋艦クラスが3、内一隻はバゥズ級です。標的艦隊のエネルギー量増大、駆逐艦隊を狙っています」

「ユピ、攻撃を受けたら駆逐艦隊は全力で回避させるッス。ただし後退する速度はあっちが追い付ける程度に抑えてくれ」

「はい艦長。TACマニューバパターンを1に設定します」

「なるべく美味しそうに見えるようにこちらに引っ込ませるッス。その間に周囲にいる艦を回り込ませてくれッス」

「標的艦隊、攻撃を開始しました」

 

 状況が目まぐるしく変わる。標的の海賊艦隊と接敵した駆逐艦隊から映像が中継されてきた。ブリッジ中央のメインホロモニターに投影して様子をみることにする。

 

 現在攻撃をしてくるのは巡洋艦3隻だ。これは射程によるものでまだ駆逐艦の兵装では届かない距離からのアウトレンジ攻撃を狙ったものだろう。攻撃の仕方からして結構慎重なヤツが指揮官であると俺は考えることにした。

 

 海賊の中には艦の特性を考えず兎に角撃ちまくって突撃をかますヤツが多い。その点、いま攻撃してきているのは兵装の射程を考えての攻撃だ。未だ随伴する敵駆逐艦は沈黙を保っている。突撃かます猪なら今頃駆逐艦も無意味にヒャッハーと砲撃している筈だからな。

 

 攻撃を受けた駆逐艦たちは、身軽な船体をキック力がある小型核パルスモーターを用いて機敏な動きでタクティカル・アドバンスト・コンバット・マニューバスラスト、すなわちTACマニューバで初弾を回避する。

 

 距離的にはあまり動かなくても当たらない距離だったが、偶然か狙ったのか回避した駆逐艦の一隻の居た座標とあちらさんがしてきた砲撃の軌跡が一致したので、動かなければ直撃していただろう。

 

 まぁ直撃一発だけならAPFシールドがかなり削られる程度で済むので、再度レイヤー展開するまで回避させれば一応問題はない。元々駆逐艦はよけてナンボのフネなのだ。

 

 それはさて置き、駆逐艦を後退させると案の定のってきた。慎重かと思ったがやはり海賊は海賊なのか、だんだんと砲撃が数撃ちゃ当たる方式になりつつある。攻撃が当たらないから焦っているのかもしれないな。フム。

 

「ユピ、次あちらさんの攻撃が来たらシールドに掠らせてやってくれッス」

「はぁ、なぜです?」

「あんまり華麗に回避させ続けちゃうと、手練れの乗るフネと考えて向こうが逃げちゃうから」

 

 そう、ユピが操る無人の駆逐艦の動きはかなりいい動きをする。だんだんと距離を詰めているのに掠らせもしないのも彼女の持つ電算能力の賜物だ。

 

 だがあまりにも華麗に回避しすぎている。作戦的にはこのままではいけない。駆逐艦の目的は標的を誘引するところにある。距離が近づいても当たらねェと気づかれたら標的艦隊は追跡を停止するかもしれない。それは困るのだ。

 

「はい、艦長の言う通りにします」

 

 そういうが早いか、敵の何度目かの攻撃が駆逐艦隊に襲いかかる。すると駆逐艦隊から青いレーザーが拡散する時に見える紫電が見えるようになる。文字通りシールドを掠める動きをさせているようだ。

 

「標的、速度を上げました。目標地点に到達するまであと160秒」

「当たり始めたから俄然やる気になったんスねぇ。もう網の中なのに気が付かないのは哀れではあるな」

 

 ミドリさんの報告にそう呟く俺。すでにこちらは手薬煉引いて待ち構えている。戦況をグリッド状に表示するモニターには、標的を示す紅い光点を取り囲もうと動く小さな白い光点が表示されている。

 

 標的の後方の航路を白い光点が塞いだのを見て俺は全艦に号令を発した。

 

「ステルスモード解除!“錨を上げろ!”ッス」

「アイアイサー!全艦ステルスモード解除」

「本艦出力、ステルスから戦闘状態へ移行、臨界まで3秒じゃ」

 

 白鯨艦隊は敵艦隊のすぐ目の前に姿を現した。光学的にもレーダー的にも見えづらいステルスモードは、まさに宇宙における潜宙を可能としてくれる。敵さんは突然現れた周囲の敵反応に驚いて、急激に艦隊挙動が乱れていった。

 

 うむ、かく乱は戦闘の基本じゃわい。

 

「全艦全兵装自由(オールウェポンズフリー)!幹部のフネと思わしきヤツ以外は叩き落せ! 艦載機も全機出撃! 敵艦をかく乱させい!」

「「「「了解!」」」」

 

 ユピテルはホーミングレーザー(HL)砲シェキナを使用、アバリスは固定兵装のリフレクションレーザーキャノンを使用し、標的艦隊の旗艦以外の僚艦を撃沈した。旗艦であろうバゥズ級のまわりをトランプ隊を含むVFの編隊が取り付いてまわり、バゥズ級の動きをけん制している。

 

「キーファー発進! 敵艦を拿捕させる!」

 

 そこへ、兵員輸送仕様のVB-0ASキーファーが、トーロ以下白兵戦技能を収める保安部員たちをその腹の中に満載して旗艦へと突っ込んでゆく。すでにトランプ隊の活躍で兵装のほとんどを潰されただるま状態の旗艦に取り付くのは居眠りしてても出来るくらいに簡単だった。

 

 トーロと愉快な保安部員が乗り込み、白兵戦闘を開始してから十分も経たない内に、敵の幹部を捕えることに成功したのだった。恐らくあまりの電撃戦に何が起きたのか解んなかったんじゃねぇか?

 

「ユピ、海賊の幹部は?」

「現在装甲尋問室に移送しました。現在保安部により尋問準備中です」

「丁度良い、ソコと内線をつなぐッス。俺が直接尋問するッス」

「了解しました」

 

 

 とりあえず捕まえた海賊幹部とOHANASHIもといお話してみることにした。つながった内線が艦長席のコンソール上、ホロモニターにより俺の目の前に投影される。モニターに映った人物は、えんじ色の襟付きマントを着け、スカーフを付けた何処か打たれ弱そうなおっさんだった。

 

 でも、捕まっても暴れ出さない程度の肝っ玉は有るらしい。

 

『何だ貴様は?』

「俺はこのフネの艦長ッスよ。実質的な艦隊の頂点でもあるんスがね」

『フンッ、噂の白鯨艦隊の頂点が、年端もいかぬ小僧だとはな。まさかその小僧に捕らわれるとは、このダタラッチも焼きが回ったものだ。言っておくがワガハイはな~んにも話さんぞ!』

「ほう、ダタラッチというんスか。ちなみに俺はユーリというッス」

『フンっ!』

 

 アイサツは大事。

 

「ところでダタラッチ殿。足、震えてるッスよ?」

『こ、これは武者震いというのだ!』

 

 まぁ、怖いもんは怖いわなぁ。なんせ海賊と見るや否や身ぐるみ剥いでいく海賊キラーの中に捕らわれた訳だ。俺が海賊ならとっととゲロッて近くの星に降ろしてもらうだろう。

 

「成程、貴方の決意は固いようだ」

『む? なんだ小僧? 急に雰囲気が恐ろしく?』

「仕方有るまい。貴方はグアッシュ海賊団の幹部。そして俺は敵だ。故に口は割らない。しかしそうなると貴方の価値は無いに等しいのだよ」

 

 ニヤリと笑いながらダタラッチを見るが、まだ俺が述べたことがどういう意味なのか解っていない様だ。それならそれでも問題ないがね。

 

「価値が無いなら、このフネにおく必要も無い。このまま放りだしましょう。着の身着のままでね」

『フ、フン! 冗談を言うな。小僧の脅しに屈する程おちぶれてはいない!』

「エアロックちょっとだけ解放」

「エアロックちょっとだけ解放します」

『……へ?』

 

 途端装甲尋問室の隔壁が開く、装甲尋問室は爆発物を持っていたりした時用に、すぐ外に放り出せるよう隔壁は宇宙へ直結なのである。画面の向うでは急激に気圧がさがり吹き荒れる突風の様な空気漏れに苦しむダタラッチの姿があった。

 

 ダタラッチは今だ拘束されている為、そのまま宇宙に放りだされる事は無いのだが、それが逆におっさんを苦しめる結果となっている。想像してほしい、大型台風の暴風の中で座っていなければならない状況を……かなり苦しいであろう。

 

 俺が控えているユピに合図を送ると阿吽の呼吸でエアロックが閉まる。補給される気圧と酸素に、ダタラッチは喘ぐように酸素を脳へ送る為に、口をパクパクさせながら思いっきり息を吸い続けていた。

 

 御他聞に漏れず、やはりこの急速な減圧は応えた様だった。荒い息を吐いているあたり減圧症にかかったかもしれないが、まぁ医療関連は死んでなければ直せるレベルになっているので大丈夫だ。ウチには酒大好きな名医もいるしな。

 

 宇宙で生活する者にとって酸素は必要不可欠のモノ。急激な減圧は例え一瞬だけでも、めまいや吐き気、頭痛を引き起こすのだ。それを平然と行う俺にダタラッチは恐怖を感じているだろう。

 

『はっはっ、あひっあひー! き、貴様正気!?』

「今のは警告だ。俺は手段を選ぶ必要は無い。あんたに価値が無いなら別の幹部を探す。もっと“モノ解りのいいヤツ”をな? さぁ今度はじっくり行くかな? さっきのは急激な減圧だったから、それ程でもないだろうが、真綿で首を絞められる様にじっくりと」

『い、イカレテルー! 貴様はいかれてるぞーー!!』

「出来れば、死ぬ前に全部話して欲しいかな?」

 

 俺は二コリと笑いながらダタラッチを見た。画面の向うではガタガタと震えが止まらないダタラッチが完全に恐怖の目でこちらを見ている姿が映っている。恐らく今の俺はヤツの目にニコニコと常識はずれのことを行う狂人に映っている。

 

 そう、それでいい。

 

 時には冷酷かつ無慈悲で狂った人間を装い脅すことも重要だ。実際この人物が何も知らなければ放り出すのは決まっている。流石に真空の宇宙ではなく、近くの惑星に降ろすだけだけどな。

まぁそれは置いておいて。

 

『ま、待て待て待てぇぇぇぇぇ!! いう! なんでも言うーーーーー!!!!』

「そう、それでいい。貴方も“モノ解りの言い人間”だったみたいだ。情報を全て言うなら、キチンと食事を与え、それなりの待遇を約束しよう」

『あ、ありがとうございぃぃぃぃ!! ウっ―――』

「ありゃ?」

「バイタル安定。気絶しました」

 

 どうも脅し過ぎたようだ。ちょっと強引で冷酷で俺っぽくは無いやり方だったが、相手は敵なのだ。無用の情けをかけられるほど俺は強く無い。0Gである以上、こう言った事をヤル、ヤラレルは常識。その事を知っているので、ブリッジの面々も何も言わなかった。

 

「あの男を拘束したままサド先生に見せてやってくれッス。丁重にな?」

「はい、艦長」

 

 やれやれ、俺もこの世界に染まって入るが、いまだ少しばかり甘さもあるようだ。すこし焦ってるようだ。トスカ姐さんが隣にいないって事に。

 

 この後すぐにダタラッチの意識が回復したので医務室で尋問を再開させた。さすがにすこし錯乱していたモノの、先ほどと違い紳士的に優しく対応したところ、ほぼすべてを話してくれた。

 

「ザクロウから全部指示が出ている。ウソ偽りは無いッスね?」

「そうだ。グアッシュ様にかかればザクロウも安全な別荘と言う訳だ。わははは」

 

 ダタラッチは先の減圧により上手いこと体も動かせない上、拘束も着いたままなので、ダタラッチは大人しく話しに応じている。

 

 案外丹力あるなぁ、目の前の俺が減圧の張本人なのに、普通に話をしているよこの人。あそこまでされたら取り乱すよな普通。この世界の人間は精神の根っこの方もかなり強いのかもしれない。それか優しく対応したから調子に乗っただけかも……。

 

 別に優しくしたからつけ上がりやがってとか言わないけど、図太いなぁ。

 

「おまけにさらった人間をあそこに送りこめば報酬もたんまり貰える。であるからして、ワガハイたちは資金には困っておらんのだ」

「成程、今日び珍しくも無い人身売買ッスか――送られた人間は?」

「詳しくは知らぬ。ワガハイの管轄ではないゆえな。ただ、ある程度数がそろったところで、どこぞの自治領に売られるそうだ。世知辛いとはおもうぞ」

 

 ダタラッチが語るところによれば、惑星間どころか宇宙島を股に掛けた人身売買が行われていることが発覚。当然これも発言を録画しているので後で宙域保安局に渡す予定だ。しかし不味いなトスカ姐さんたち売られてないだろうな? 

 

「ま、情報ありがとさんッス。適当に休んてくれてても良いッスよー」

「ふむ、美味い飯に期待させてもらおうではないか」

 

 

 ダタラッチが保安部に連れられていくのを見送りながらも俺は考える。奴さんの情報は有益なもんだった、あとはこれをどう生かすかだが……さて―――

 

「全員聞いてたッスか?」

『『『『アイサー』』』』

 

 俺の周囲にホロモニターが複数投影される。モニターにはブリッジクルーを含む主要メンバーの殆どが映っていた。実は先程のダタラッチとの会話を全員で聞いていたのである。

 

「どう思うッス?俺はウソついているようには見えなかったッスけど」

『そりゃあんだけ脅されれば、なぁ?』

『『『うんうん』』』

『艦長を敵に回したくないと思った瞬間でしたね。もっともゾクゾクって来てましたけど』

『あう~、艦長は~ドS?……ぶー!』

『ああ、またこの子ったら鼻血ですか』

『最近ブリッジのティッシュの減りが早いのはそれか』

『若いのう』

 

 どうにもマイペースだな。ウチのブリッジクルーは。エコーさんは妄想で鼻血吹いてるし、ソレをみてトクガワさんはホッホと笑ってるし。

 

「トーロはどう思うッス?」

『他の連中と同意見だ。ありゃウソはついてねぇぜ?』

 

 一応尋問系の知識を学習している保安部部長が言うなら信憑性はあるか。

 

『艦長、アイツを保安局に連れて行こう。証人にしてしまうんだ』

「どういう事ッスか?イネス」

『証人さえいれば、法務局も保安局も重い腰を動かせるって事だ』

『『『『『イネス頭良い(~)(な)(のう)』』』』』

 

 ブリッジ。何んで全員で共鳴してんのさ。俺も混ぜんかい。

 ともかくやることは決まったな。

 

「よし、リーフ」

『ブラッサムへ――だろ?アイサー艦長』

 

 俺達はすぐさまとんぼ返りし、保安局がある惑星ブラッサムへと向かったのだった。

 


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