何時の間にか無限航路   作:QOL

22 / 44
なんかすごく投稿文字数ギリでした。
分けた方が良かったかしら?
こちらは同時投稿の後半です。


~何時の間にか無限航路・第20話、カルバライヤ編~

■カルバライヤ編・第二十章■

 

 

―――空間通商管理局・軌道ステーション内・大型船係留用ドック―――

 

 

「教授、これが我が白鯨艦隊旗艦、ユピテルッス」

「こ、このフネがかネ?なんと―――」

 

 

 壊れたヘルプGを運びがてら、旗艦のところまで戻ってきた。乗り込むエアロックに続く通路の一部に窓があり、重力アンカーで係留されている旗艦ユピテルの全貌が見える。小マゼランで名立たるジェロウ教授もこれには驚いていたが、すぐに気を取り直すとブツブツと何かを呟き始めたのは、流石研究者といったところ。

 

「ふーむ、小マゼランで手に入るどのフネとも異なるカ。かといってノーマルの大マゼラン製には見えん。表立った兵装も見えないから収納型ようだネ。それにしてもデフレクターブレードユニットが大型化している所を見るとかなりの防御力を持つフネにも見える……」

「流石は教授、するどい観察眼を持ってるッスね」

「いやいや、わしは戦艦に関しては素人だヨ。それでもあのフネの凄さは解るがネ」

「一応ネタバレしますと、元は大マゼランの海賊が所有している戦闘空母と設計は同型艦ッス。もっともそれに大規模な改修を加えたのが、あのユピテルというフネッスね。詳しくは比較図を見た方が良いかも――」

 

 俺がそう言いかけた時、言葉を遮るようにして懐の携帯端末がピピっと鳴る。うん?なんだろう? 携帯端末の画面を覗いてみると、添付メールが来ておりファイルの中には前の設計図との比較図が挿入されていた。

 これは……ユピの仕業だな。話をひそかに聞いていたのか、いやぁグッジョブだ。ちょうどよく比較図が来たのでユピテルに向かって歩きながら、俺は端末のホロスクリーンを拡大投影にして教授に比較図を見せた。

 

「えと、これが比較図ッス。もう殆ど原型ないッスけど」

「これはマタ随分と思いきった改造、いやさ改修だネ。下手したらフネのバランスが崩れたと言うのに、そこをうまくカバーしてある。わしはそれ以上は解らんがネ」

「あっとついでに我が艦隊のマスコットとも言うべき存在を紹介しておくッス。おーい、ユピ~。ご挨拶して」

【ハイ、艦長。お呼びですか】

 

 俺が呼ぶと、携帯端末のホログラム投影機能を用いてユピの良く使うサウンドオンリー表示のウィンドウが浮かんだ。教授だが、すぐそれが何なのかにいき付いた様だ。

 

「ほう、ユピテルはAI搭載型だったのか。いやはや懐かしいネ」

【初めまして、総合統括AIユピと申します。歓迎いたしますジェロウ・ガン教授】

「おお、抑揚もきっちりして随分と思考成長が進んでるネ。ココまできっちりと感情を表せる個体は久しぶりに見たヨ」

「どうやら褒められたみたいッスよユピ。よかったッスね」

【えへへ】

 

 この後、旗艦ユピテルに対してのある程度質問された。俺は応えられる範疇で応えていったが、その最中にヘルプGを再生する準備が出来たと通信が入った為、とりあえず切り上げてフネへと戻ったのであった。

 しかし、まさかそれがああなるとは…。はは。

 

 

***

 

 

――――第一研究室――――

 

「人造蛋白ニューロン回路の保全急げ! これ以上崩壊するとデータが消える!」

「モーションのバージョンは――え!? 第2世代なの? てっきり第6世代だと思ってたのに……、う~、これだったら違う物入れた方が早いわ」

「おいおい、今時集積回路なんて随分とレトロだな。せめて結晶回路の一つくらい使えよ」

「ボディフレームも金属疲労でボロボロだァ。これをまんま使うの無理だなァ」

 

 旗艦ユピテルにある研究室。そこでは何人もの人間がたった一体のドロイドの為に作業を進めていた。彼らは命令された訳では無く、作業台に向かったジェロウが工作機械を借りて作業を開始したところ、その場に居た者たちが次々に手伝いを申し出。今では研究室の中は研究員でイモ洗いとなっていた。

 彼らはメカに関しては誰もが一定水準以上の知識と技術を持つ者たちであり、そんな彼らの元に運び込まれたヘルプGは普段のマンネリ化していた艦の強化研究を行っていた科学班や整備班の研究員達にとって、ちょうどいい息抜きに見えたのである。故に飴玉にアリが集るようにして彼らはこの場にて思い思いに能力を発揮していた。

 

「教授~、そのままの修復は無理ですよこれ。耐用年数オーバーとかの前に劣化が酷くて」

「おかれていた環境が劣悪だったからネ」

「不味いですね。記録回路の移植で済むと思っていたんですが」

「ふむぅ、思っていたよりも深刻だったみたいだヨ。人造蛋白のニューロチップが劣化して一部カビが生えているなんて見たことが無いヨ」

「どうします教授。一応、ドロイド用のフレームとかありますよ?」

「いや、根幹部分も汚染されちょる。今これを交換しても、またカビが生えるだけだネ」

「それじゃどうします?」

「仕方ないネ。ちょっと古いが複合構造の結晶回路のチップを使おう。調整が大変だが、あれなら衝撃や汚れにも強いじゃろう」

 

 しかし、優秀な彼らであっても経年劣化や埃カビなどに汚染されていたAIドロイド・ヘルプGを修理するのは容易ではなかった。

 人造蛋白ニューロチップで形成された人工頭脳の方は一応機能していたものの、付着したゴミやカビやらが、脳を模して形成されたニューロマップの一部を浸食していたのである。

 むしろよくもこの状態でこれ迄重大な問題を起こさずに機能していたのが疑問になるほど、ヘルプGの中は汚れていた。

 

 とりあえずジェロウを含む研究班はヘルプGの人格データを記憶ごと抽出し、傷にも汚れにも強い結晶回路に封じようとした。古いタイプのドロイドに使われていた人造蛋白を使った回路基盤は同じような環境下では再び汚染される可能性があったからである。

 その点、結晶回路はニューロ・ナノマシンの結合体である。見た目は簡単に言えば透過性がある宝石のようなもので、結合具合によっては石英並みの硬度となる。若干、衝撃には弱かったが、それでも旧式の回路と比べれば環境変化に対して丈夫であった。

 

 この結晶回路に中枢基盤に記憶された人格と記憶を書き写すため、結晶回路と基盤を繋げようとした。だがその時、ヘルプGの思考パターンを表す計器のグラフが急激にブレ始める。

 

「なんだ……っ! 定期アポトーシスだ教授!」

「これはいかんネ。結晶回路のニューロンネットワークに人格データを保存中だから記憶防護機構が外れちょる。仮想ニューロンの定期アポトーシスがプログラム基幹部まで到達したら、このドロイドは消えるヨ」

 

 空間ウィンドウを忙しなく操作しながら、ジェロウはまるで世間話をするように軽くそう言った。言っている内容は、実際はかなり重大だ。

 定期アポトーシス。それは高度なAIがストレスや記憶保全の為に行う意図的なニューロンネットワークの破棄機構である。人間で言うところの夢や忘却に相当するそれはより人間に近いニューロンネットワークを与えられたドロイドにはほぼ必ず付属している機能なのである。

 おそらく偶然であるが、この定期アポトーシスの時間が修理の時と重なったのだ。こればかりは完全にドロイドごと個別に行われる機構なので、外部の者には予想できない。

 

「短期記憶野、消去(デリート)されました。防護機構作動しません。アポトーシス更に進行。長期記憶野到達まで130セコンドです」

「おうおう、結晶回路のインポートは後200セコンドは掛かるんだがな。記憶が人格データごと吹っ飛ぶぞ」

「ドロイドのAI脳波がフラットになっていきます」

「人格データの保全を最優先にするヨ。記憶については、まぁ前みたいに先生並みの知識は発揮できなくなるだろうネ」

「では記憶ログについては一部破棄ってことで。保全ナノマシンを人格データに並列インポート。記憶野を切り離し定期アポトーシスの遅延を図ります」

 

 ヘルプGの根幹を成すシステムが自壊していくなか、研究者たちは冷静に最善の処置を実行していく。ヘルプGは人工知性体である。データさえ無事ならハードは選ばなくても良いが、そのデータが入っている筐体自体が破壊されてしまえば、さすがのヘルプGと呼ばれたドロイドもなすすべなく消えてしまうだろう。

 教授や手伝いの研究員達は記憶はほどほどに、一番重要な人格の保全を優先していった。記憶に関しては基本的にこの哀れなドロイドの場合、新米0Gドッグを教える知識しかないが、人格は別だ。この人格データが吹き飛べば、ヘルプGの残骸で新規作成した別のドロイドが誕生するだけである。

 

 だからジェロウたちは人格データ保全を先に行ったのだが、その作業のさなか、新たなトラブルが発生した。

 

「教授、新品の結晶回路と旧世代の人造タンパクニューロチップは相性が悪かったみたいです。データが上手くインポートされません」

「エラー吐いてるネ。いったん作業中止だヨ。結晶内ネットワーク構築が合わないと人格データが消えるだけじゃ」

 

 やれやれとジェロウは手を振りながら、インポートを一時中断させた。ヘルプGがあまりにも旧式な構造をしている所為で、現行の結晶回路などとの接続に不具合が生じてしまうようである。

 例えるなら、スーファミからPSにデータを移すような……。とにかく面倒くさいものであることに変わりはない。

 

「定期アポトーシスは止められないけど、一部結晶回路とつなげ続ければ遅延は出来るっぽいですね」

「根本的な解決にはなってはいないヨ。結局、最後は消えてしまうんじゃ」

 

 ジェロウの言葉にこの場にいた者たちの幾人かが頭を抱えた。このままではヘルプGの人格が消滅することになる。それはこの場にいた彼ら研究班のプライドをいたく刺激した。

 

 俺達が直せない? たかだか旧式なAIドロイド一体を? このマッド集団がナットリペアリング!?

 

 日ごろから好き勝手やらせてもらっている彼らだが、それだけに自分等の専門分野でもある機械関係に関しては非常にプライドが高かったのである。

 どうすればいい? 何か良い手はないのか! 折角、ある意味で憧れの高位研究者であるジェロウ・ガン教授が要らしたのに、何も出来ぬまま指をくわえているなどマッドの名折れ!

 

 だが現実は非常である。

 

 優秀な知識を搾り出した案のどれもが、現状の白鯨艦隊の設備では実現不可能、もしくは材料自体が稀少すぎて入手困難であったりと、すぐに実行できる案が出なかったのだ。

 

 これが俺達の限界なのか?――誰もがそう諦めかけたその時!

 

 

「ふわ~はっはっはっ!!お困りの様だな諸君!!」

 

 

 バーンと音を立てて作業室の扉が開かれた。腕を組み仁王立ちをしたケセイヤがシーツで隠された何か大きな物が乗っている自走ストレッチャーの上に跨り、堂々と作業室へと入ってくる。

 まるで出てくる機会を見計らっていたかのようなタイミングの良さに、彼を知る者たちは皆、実は隠れて見ていたのでは?と疑念を抱いた。

 

「何だか知らねぇが、こちとら発明中で部屋に篭ってたとはいえ、俺抜きでこんな面白そうな事をやりやがってズリィぞ!」

 

 静まり返る作業室の中、人差し指をズビシッと向けてくるケセイヤに、周囲は困惑の色を隠せない。

 

「いやケセイヤ整備班長。今はそれどころじゃ……第一いつも発明中に声掛けると怒鳴るじゃないですか」

「しゃらっぷ!」

 

 ケセイヤが相変らず我が道を突き進む男であることに、ある種の諦めが混じった溜息をこぼす者たち。だがしかし、この中でただ一人、溜息を吐いていない人物がいた。この色々とぶっ飛んでいる男と面識を持たないジェロウ教授その人である。

 

「君、そのストレッチャーに乗せられているのは何かネ?」

 

 いきなりの乱入者にも関わらず、ジェロウは顔色一つ変えずケセイヤに問うた。彼の興味は眼の前で死に掛けているドロイドから、何故かケセイヤが仁王立ちしているストレッチャーへと向けられている。

 態々自分がいると猛アピールして作業室へと入ってきた程の男だ。現状を打破できる何かしらを準備してきたのだろうし、ジェロウはその何かしらが何なのかに興味がわいたのである。

 

 ケセイヤは教授の方へと向き直ると、へへっと笑みを浮かべながらストレッチャーから飛び降り、ジェロウのすぐ元へと降り立った。彼が浮かべた笑みは、例えるなら悪戯を思いついた悪ガキの笑みそのものだ。

 だが不思議と海千山千の人間を見てきたであろうジェロウは、ケセイヤが浮かべたそれに対して好感を覚えていた。それはいうなれば―――同類を見つけたような。

 

「あんたがジェロウ・ガン教授だな?お互いの自己紹介は後でするとして、話しは聞いたぜ!コイツを使えばそのロボは助けられるぜ!」

 

 さて、一方のケセイヤは今度は漢くさく二ッとした笑みを浮かべると、ストレッチャーに置かれた物を覆い隠したいたシーツを引っぺがした。シーツが取り払われて中身が顕になると、周りで見たいたジェロウを除く者たちが硬直する。

 

「こ、これは!!」

「は、班長!? まさかアンタ!」

「おーっと勘違いすんなよ? これは上から下まで人工物だぜ? こんな事もあろうかと! 以前からこつこつと造っていたんだぜ!」

 

 その物体を見て、すわ犯罪か! と各々が叫びそうになるのをケセイヤは手をかざして遮った。同時に携帯端末で空間ウィンドウを表示し、この場にいる各員にウィンドウを飛ばしてデータを共有させた。ジェロウはまだ携帯端末の使い方がわからないのでケセイヤの出したウィンドウを覗き見る。

 

 そこにはケセイヤが持ち込んだ物の詳細がつらつらと書かれていた。それも開発に至った経緯まで書かれており、オリジナル機構の解説まで載っているという、変なところで細かい諸元であった。

 時間が無いので研究者達は数秒で流し読みするが、彼らは膨大なデータの中から必要な情報を瞬時に断片的だが理解する能力に長けていた。そうでなければ貴重な研究時間が減るので研究員はほぼ全員そういうことができたのだ。

 そして一応にケセイヤの持ち込んだコレを見て、スゲェと笑みを浮かべている。

 

 勿論それはジェロウ教授も例外ではなく――

 

「これなら無理なくて人間らしく、しかもコンピュータの機能が維持されるんだぜ」

「素晴らしいネ。ならこれにこう言う機能を付けるのは?」

「おおう!?―――流石は教授、俺よりも深い所に逝きやがる!」

「長い間この世界に浸かっていたわけじゃないからネ」

 

 ドゥフフと黒くなり、狂喜が伴う笑みを浮かべ嗤い始める二人。それを見ている作業員や研究者達もまた、理解が進むにつれて同じような貌をしていたのは言うまでもない。

 そう、いうなれば彼らは運命共同体、いうなれば家族、いやさ、それをも超えたマッドサイエンティストの集団であった。面白そうなことが出来そうなのだ。それを見て今更やめるヤツはここにはいない。大なり小なりマッドの素質をこの場の誰もが持っていた。

 

 彼らはお互い頷き合い、ピシガシグッグと熱い握手を交わしたかと思うと、ストレッチャーに群がって作業を再開した。それを持ち込んだケセイヤは勿論、一応は外様である筈のジェロウまでその輪に加わり、先ほどまでの諦めとは違う生き生きとした顔で作業しはじめた。 

 特にジェロウとケセイヤのマッド達が手を組み、下す各作業への指示は的確で、お互いが何をすべきか解っているかの様であった。ジェロウにいたっては、まるで古巣に戻ってきたかの様にハキハキと指示を飛ばし、その歴史を刻んできた皺が見せる老いを感じさせない。

 あまりに的確なそれは嬉嬉として行われ、それこそ若返ったかのように矢継ぎ早に作業を行うので、今まで作業していた者たちも、ケセイヤ&ジェロウのタッグが次々と出す指示に追い付くので精一杯になる程だった。

 

 そして、誰もが実に楽しそうに、一体の死に掛けたドロイドに対して行うには過剰な…いや魔改造とも呼べるようなエゲツナイ行為を平然を行い、見る見る内にヘルプGは元の面影を無くしていく。

 勿論、ヘルプGの記憶データはケセイヤが持ち込んだそれにより、キチンと保全されているが、ここにユーリがいれば頬を引き攣らせながらこう呟いた事だろう。『オマイら、自嘲しろ』と。そしてこうも言っただろう『混ぜすぎるな、キケン』。

 

【ケセイヤさん】

「ん? どうしたユピ?」

 

 ジェロウが空間タッチパネルを恐ろしい速度でスクロールして各部の調整を行う作業をしている時、その作業と同時進行で基幹システムを構築していたケセイヤに旗艦ユピテルのAIであるユピが話しかけた。

 珍しい事もあったモノだ。

 何時もなら、ケセイヤが作業中は話しかけたりしないコなのだが、この時だけは不思議と自らの意思で話しかけたらしい。心なしか合成音声にも力が篭っている感じがした。元々機械をライクする心に溢れるケセイヤはそんなユピの声掛けに答えた。

 話しかけたはいいが、すこし戸惑っているかのように沈黙するユピ。そんなAIに対しケセイヤは特に何も言わず基幹システムの構築を行いながら続きを待つ。何となくだが下手に話しかけるよりもこうしたほうが言いやすいだろうと彼は感じたからだ。

 そして、その考えはあたり、数分後に意を決したようにユピは言葉を連ねたのだ。

 

【それは、私でも使えますか?】

 

 それはケセイヤが考えもしなかった言葉の羅列。思わず空間タチッパネルを叩いていた指が止まった程に彼は驚いた。

 

「一応システム的にはこいつはナノバイオティクスの集合体……言っちまえばこれ丸々で一つのコンピュータみたいなもんだから問題無いぜ。序にいうとスペア用の予備もあるんだ……、でもマジなのか?」

【私もその、もっと艦長のお役に立ちたいのです】

「それは、また、なんていうか……あんの野郎」

【……やっぱり、変ですよね。忘れてください。私もこの思考パターンログを後で消去しておくことにします】

「いやいやいや!おちついてお馬さん。まずは落ち着こうぜ。……別に変だとか何だとかなんて俺は全ッぜん思ってねぇよ。むしろな、そこまで感情が育ったことに驚いてんだ」

【そう、ですか? 変じゃない、ですか?】

「俺は他にもやることが多くてお前さんとはあんまり関わってなかったからな。で、そこまで考えるようになるってこたぁ、御多分に漏れずあのバカ……いや艦長の所為か」

 

 ユピは元々、フネを統合制御し、必要人員を減らすことを目的としたコントロール・ユニットのモジュールに付属していた統合統括AIである。高度な学習機能を持つインターフェイスを持ち、艦機能を制御するその特性から、フネそのものであると言える存在である。 

 高度ではあるが起動したてのころは人間でいうところの赤ん坊であり、人格マトリクスを形成するのはその後の船員たちとの関わりという環境によるところが大きい。その為、高度すぎるゆえに扱いづらいという烙印を押され、いまでは人格AIをONにしたコントロール・ユニットを使っているフネは数える程しかない。

 

 実のところ、ケセイヤはこのユピというこの高い知性を持つAIとはあまり関わってこなかった。彼は自分で創りだす物には高い興味を持つが、珍しいとはいえ既存品でもあるユピにはそこまで関心が無かったのだ。

 その為、この優秀なインターフェイスを持つ統合統括AIが、ここまでの人格マトリクスを得るに至ったのは、彼女が主に艦長であるユーリの秘書官のような役割を与えられていたことが大きかった。 

 ユーリは中身が日本人だったからか、それともゲーム好きの男だったからか、無機物に対して忌避感が全くなく。ユピに対しても普通に接していた。彼の中ではユピは『凄い未来の技術で出来たハンパネェ人工生命みたいなもん』であるので、SFロマンを擽るユピをむしろ可愛がっていたのである。

 

 幸か不幸か、人とほぼ変わらない人格マトリクスを形成できるニューロンネットワークを構築できる統合統括AIは、そういう人間の心すらも感じることが出来た。可愛がって様々なことを教えてくれて己を必要としてくれるユーリに対し、彼女は友愛や親愛、それかそれ以上の感情を持つように至っていたのである。

 彼女はもっとユーリの役に立ちたい。もっと細やかに彼の役に立ちたいのだ。しかし彼女の身体は些か大きすぎた。軽く1km近くあるこの身体ではあまり細やかな手伝いは出来ないのである。

 

 だから、ケセイヤに声をかけたのだ。彼の持ち込んだソレを見て、もっと皆の役にたてるのではないかと、人工知能である彼女が考えた故の行動だった。  

 ケセイヤはそのことに非常に興味を覚えたのは言うまでもない。同時にこんな健気な娘?に慕われるユーリに爆発しろと呪詛を吐いたのも、まぁ言葉はいらない。

 

 兎に角、この素晴らしきAIが自らの意思で決めた思いを聞き、あまりの面白さと可笑しさに自然と口が大きくつり上がり、彼は大声で笑い始めた。

 

「くぁはははっ! 実におもしれぇ! 解った! この後で用意してやるよっ!“本物”と遜色ないようにしてやるから楽しみにまってろ!」

【感謝します!】

 

 ケセイヤの言葉を聞き、合成音声ながら喜色が混じった声色で感謝の意を述べるユピ。それを聞いたケセイヤは満足そうに頷きながら、これも浪漫だと呟き、それ以降は作業に集中したのか口を完全に閉ざした。 

 そんなフネと一整備班長とのやり取りを聞いていたジェロウ・ガンは、各部調整作業を休む事なく続けながらも笑みを浮かべ。

 

「―――本当によぉく成長したAIだネ。でも面白いヨ。これなら退屈はしないじゃろう」

 

 そう一人ごちた。

 

 こうして、マッドの巣にて化学反応を起した二人のマッド達。彼らにより、ヘルプG修復は飛躍的なスピードで進められるのであった。ユピは一体何をしようと言うのだろうか?ソレはまだこの時は、ケセイヤとそばで聞いていたジェロウ以外は解らなかった。

 

 

***

 

 

 ヘルプGを教授と研究班たちに任せた俺は、とりあえず教授の言っていた惑星ムーレアに向かう準備を進めていた。補給と各所点検を済ませ、あとは号令を出せば出港できるというところまで準備が終わったとき、俺のところにマッドの巣から連絡がきた。

 そういえば作業室ってマッドの巣にあったと思い出しつつ、連絡ではヘルプGの修復が完了したというではないか。相変わらず仕事が速いな。一つのことに集中できる連中は仕事が速いぜ。

 

 そんな訳で、俺はマッドの巣へとやってきたのだ。

 

「おお来た来た。艦長こっちだヨ」

「ありゃジェロウ教授じゃないッスか。何ですか教授」

「うん、こっちじゃよ、こっち」

 

 そんな俺を通路の角から顔だけを覗かせた教授がおいでおいでと手招き中。良く分からないけど何かあると感じた俺は、ほいほいと教授の後を付いてっちまった。そんな俺を一瞥した後、教授は淀むことなくマッドの巣の中にある作業室の一室へと入って行く。

 

 作業室の中は雑多な物で埋め尽くされていた。恐らくは工具や修理用の材料だろう物体があちらこちらに散乱している。それらに関して、俺はある程度の知識があるのでどういった物なのかは理解できる。

 しかし解せんのはそれらの間にぶっ倒れている連中。科学班や、何故か整備班の人間も混ざっているな。おいおい、プラズマカッターの作業台に寝転んでる奴。上半身と下半身が泣き別れになっちまうぞ?

 

 そんなカオスな場所であるが、それはまだいい。ここはマッドの巣なのだからして、おかしな物や状態であることが普通なのだから……だが。

 

「うーむ、ウメコブティーとはこういうものなのか、じゃよー」

「……どなたですか?」

 

 全く見覚えの無い美女が1人、作業室で茶を飲んでいる姿というのは予想外である。様々な物が散乱し、人間と機械が混ざり合って積まれているようなこの混沌の中で、淡い桜色をしたノースリーブでミニスカニーソな腹だし空間服を着ている美女が茶を飲む姿は、ミスマッチを通り越して不気味と言わざるを得ない。

 

 とはいえ、目の前にいる女性はかなりの美女であり、その扇情的なナイスなオヘソに眼が逝きそうになるのであるが、俺は紳士なので自重する。この人は一体だれなのと疑問が浮かび上がる中、眼の前の美女は俺がいることに気がつくと、おもむろに湯のみを作業台へと降ろし、こちらに顔を向けてきた。

 

 端整な顔立ち、何処か作り物めいた美しさを持つこの美女に視線を向けられると、それだけで所在なさげになってしまう。そんな俺の所業に、目の前の美女はクスクス笑いながら、なんと俺の頭を撫で始めたのだ!

 

「ヤァこんにちは。通信教育で120975639番目に卒業した卒業生のユーリくん。ヘルプG改めヘルプG(ガール)じゃよー。あと愛称はヘルガじゃよー、よろしく」

「へぇあ? えあ、コンゴトモ、よろしく?」

 

 メガテン、もとい目が点になった。一瞬この女性が何を言っているのか理解できなかったので、まるで仲魔を迎え入れるような言葉を返すしかできない。そんな俺を何故か未だに撫でてくる彼女……自称ヘルガさんだったか。

 だが、撫でる彼女の顔をしっかりを見た時に気が付いた。顔も何もかも人間のそれであったが、目の中の瞳孔の奥に見えた虹彩に普通の人間にはない機械的な文様が浮かんでいるのが見えた。そこで俺はピンときた。彼女は、人間じゃねぇ!

 

「君はロボットッスね!」

「正確にはちょっと違うんじゃよー。だけど、さっきヘルガがヘルプガール改めヘルガって自己紹介したんだけど聞いてなかったのか、じゃよー」

「……随分と性転換、いや様変わりしたもんッスね」

「あの壊れたヘルプGをケセイヤと言う男と一緒に直していたらこうなってしまったヨ」

「あの男の仕業か!? というか全くの別モンじゃないッスか!?」

「なかなかに面白かったネ」

 

 うんうんと首を縦に振っている教授。楽しくてようござんしたね。……って、思い出したぞ! ヘルプGが壊れる一連のこれって確かへルプガールが仲間に加わる製作者のお遊びで作られたサブイベントじゃないか! 今の今まで忘却の彼方だった。

 

 ヘルプガールとは原作において、文字通りヘルプGがクルーとして加入した時の姿だ。本来は老人のような姿のヘルプGなのだが、ある程度チャプターが進んだ状態で、プレイヤーが30回以上ヘルプG対して質問を行い、その項目に関する説明をキチンと聞いている場合のみ発生するサブイベントを経て加入するのである。

 製作スタッフがなんとなく悪乗りで目からビームが出てズゴックみたいな手をしているキャラを発注したところ誕生したという、いわゆる隠しキャラという存在。それがヘルプガールであった。

 

 このサブイベントでも、主人公組がヘルプGを利用後に爆発四散して壊れたヘルプGを回収し、ジェロウ教授が改修して作り上げた結果、どういう訳か知らないが女性型コンバットロイドとして復活するのである。

 むろんメンタリティというか人格プログラムに手を付けくわえないのはお約束で、爺言葉の女性ロボという狙ったとしか思えない性格となるのだ。隠しキャラなので性能もかなり穿ったものだが、適切な部署に配置すれば心強い人材(ロボ)であった。

 

 ところで、彼女が原作で登場したヘルプガールであることを知った訳であるが、それによって沸々と思い出してきた記憶から見ると、彼女は若干というかかなり原作との差異があるように感じられた。

 原作におけるヘルガは、頭部はともかく身体は人形みたいな球体関節だった。胸から下の部分にかけては完全にロボットのそれであったし、両腕は三本のクローがあるジオン水泳部の腕であり、そんでもって頭部と大きなヘッドセットが融合していた。

 

 それに対し、いま目の前にいるヘルガはどうだろう。淡い紫髪や顔つきはそのままだが、頭と身体を繋げる首には繋ぎ目というものは見受けられなかった。ノースリーブの空間服から覗くまぶしい脇……もとい肩には繋ぎ目などはなく、普通の人間と変わらないように見受けられる。

 すくなくとも原作のような人形然とした球体間接ではない。未だ俺の頭を撫で続ける彼女の腕は、まるで白魚の様に白くて細い人の手であり暖かくて柔らかい。興味を覚えた俺は彼女に許可をもらい、俺を撫でていない方の腕を触らせてもらったが、その、すごく柔らかな女性の腕でした。

 

 思えば女性の腕を撫でながらフニフニ突いたりするなど、はた目から見れば変態そのものだ。だがヘルガを見れば見る程、ただのドロイドには見えず一目見ただけじゃ完全に人間と変わらない姿だった。

 唯一、彼女の頭部には記憶どおりのヘッドセットが付いていたが、よく見れば普通のヘッドセットのように着脱可能なようである。ここまで人間に近いドロイドは見たことがない。あるとすれば通商管理局のローカルエージェントくらいだ。

 しかしローカルエージェントも人の姿をしているが、明らかにシリコン製の人工物と解る容姿をしている。いうならばローカルエージェントのそれってオリ○ント工業の豪華版のような感じ――ゲフンゲフン。

 

 ともかく、ヘルガはパッと見すると人間に見える程、精巧なロボットであった。

 

「この場合ヘルガはアンドロイド? いやセクサロイドになるんスか?」

「ウン、ケセイヤが独自に開発していた人間に近い機能を持つ“電子知性妖精”なるモノの素体を利用したヨ。機能分類的にはセクサロイドに分類出来るネ」

「アヤツの趣味で女性体だったらしいんじゃよー。だからヘルガもこうなったんじゃよー。AIのメンタリティは一切手を加えなかったからヘルガはヘルガのままなのじゃ」

「あー、うん。そうなんスか」

 

 ナンデだろう? 凄い美女なのに老人口調だから少し残念な印象になる。いや、老人口調の女性って嫌いじゃないっスよ!? でも、その、なんていうかなぁ。第一印象がショック過ぎて残念美女にしか見えなくなったぜ。むろん嫌いでは無い。

 

「ちなみにヘルガの中枢に用いたのは、結晶回路のナノマシン結晶化現象を元にした集合体とも言うべきものらしく、つまり――――」

「あ!あー、つまりはナノマシンの集合体ッスか?」

「各部パーツが取り外せるから厳密に言えば違うネ。だけどおおむねその認識でも通用するヨ。それと見た目が人間そのものナノは、ナノクラスの極小スキンで覆われているからだヨ」

「へぇ、ナノスキンっスか。古代のSFっぽいッス」

「実際、思いついた元ネタはそれらしいヨ?」

「何してんスか。ケセイヤは……」

「ヘルガのメンタリティの一部の調整を微妙に忘れていた所為で、お爺言葉になったヘルガにショック受けて医務室で寝てるヨ。だから説明はワシにまかされちょる」

「おいぃ!? ケセイヤのメンタリティ弱っ!?」

 

 道理でこの場に一番騒ぎそうなあの変態がいない筈だよ!

 

「ところでヘルガさん。なんでまだ撫でてくるッスか?」

「いやぁ、そういえばユーリくんはかなり熱心で真面目な生徒だったことを、ログから思い出してのー。なんだか勝手に腕が動いてしまったのじゃよー。でもなんだか止められないのじゃー。クセになりそうじゃよー」

「ふむ。人格データに変更は加えていないが、筐体の性能か、ナノマシンのニューロンネットワークにある拡張機能で、身体の変化が嗜好に影響を与えているのかもしれないネ。興味深い反応だヨ」

「俺もナデナデされるのは気持ちいいんスけど、すこし恥ずかしいッス」

「ヨイデハナイカー、ヨイデハナイカー」

 

 おいまて、それは悪代官がいう台詞だ。

 

「ところでヘルガはナノスキンのお陰で触ると暖かいんじゃよー」

「そうなんスか」

「証拠にハグをしてみるのじゃよー」

「おお! メッチャふにょんってしてる!――って頭締め付けてるッスー!! ギブギブ!!」

「おっと。すまんのじゃー。ヘルガ、この身体になってから驚きの連続でのー?もう楽しくて溜まらんのだ。許してほしいのじゃよー」

 

 唐突に、ヘルガは何を考えたか俺に抱きついてきた。人間の美女の姿なので、当然男の子にとっての桃源郷が顔にあたるのだが、同時にこの世のものとは思えない程の恐ろしいパワーが襲いかかる。背骨がメキメキと鳴る。二つの山の柔らかさと、恐ろしいくらいの締め付け。天国と地獄を同時に味わうとはこのことか!

 

「うひぃ、全く驚いたッス。力強いんすね?」

「そりゃ見た目はこれでも中身は純粋なる機体だからネ。人間よりも力は上だヨ」

「見た目は華奢な女性なんスがねェ。これはケセイヤの趣味かしらん?」

「ヘルガはいざという時、手のひらからプラズマエネルギーを放出できて、眼球のナノ水晶体からはレーザービームが撃てるぞい?」

 

 え? なにそれ凄い。

 

「装備はすべて内蔵式だから、一見しただけじゃアンドロイドと解らないだろうネ」

「やろうと思えばデータ化した各種格闘技のプログラムで達人に次ぐ大立ち回りもできるのじゃー。つまり、ヘルガはセクサロイドでもあるんじゃが、その中身は完全なるコンバットロイドでもあるんじゃよー、と」

「何、そのコンパチ? というか“ぼくがかんがえたさいきょーのロボ”みたいな装備とかヤベェッスね」

「しかも、表面のナノスキンにはレアメタルコーティングがされているから、メーザーブラスターでは致命傷を与えるのは難しいネ。ナノスキンによる自己修復機能があるお蔭で、数百年単位で整備不要だヨ」

「もうどこから突っ込めばいいか解んないッス」

 

 ナノスキン装甲とか、何処のムー○レィスだよ、と心の中で突っ込んだのはさて置き。ヘルガさんは白兵戦も強いそうだ。内蔵された武装を使わなくても、機械だからこそ出せる純粋なパワーだけで相手を圧倒できるらしい。

 

 武装面でもタイマンで勝てそうな人間は居ないと思える程の過剰装備である。多分戦闘モードのヘルガを相手にするには何かしらのパワードスーツみたいなのを着ないと太刀打ちすら出来まい。最も戦闘関連のアプリがインストールされてないので、現在のところただの飾りでしかないらしいが……。

 

 たしかに下手なクルー雇うよりも遥かに役に立ちそうだ。

 

「どうだネ? 白兵戦にも役立つし、このボディ自体が一つのコンピューターみたいなものだから、その演算速度は人間の比じゃないネ。オペレーターや精密機器関連においても役に立つし、インストールしたデータ次第ではどこででも働ける。ある意味でとても都合が良いクルーになると思うヨ」

「ふーむ。ちなみに、もしもヘルガが何らかの理由で壊れた場合は?」

「だいじょうぶ。ヘルガが死んでもかわりはいるんじゃよー」

 

 随分と新世紀な青髪少女みたいなこと言ってくれるじゃない? 

 

「まぁ確かに中枢さえ破壊されなければ素体を交換すれば済むからネ」

「壊れても平気って考えるところは、ヘルガのメンタリティはヘルプGのまま何スねー。でもヘルガさんや? クルーになるってなら命は大事にがモットーッスよ?」

「不思議なことをいうのじゃよー。機械は機械なのじゃよ?」

 

 いや、ただでさえコスト高いのに、壊れてもいいなんて考えでいられたら、ウチの懐具合的にはヘルガ廃棄案件まっしぐらなんですけど?

 とりあえず、そこらへんは上手くぼかして、機械は機械だけどクルーになったからには故障などで皆に心配や迷惑を掛けないことが一番なのだと建前を並べたてて説明した。

実際、見た目が人間に近すぎるから、人によっては変にヒューマニズムが働くだろうしな。俺もそこまでAIドロイドを酷使したくねぇよ。

 

「ムム……。そこまで言われると何ともはや。なるべく壊れないように心掛けるんじゃよー」

「うむ、それがいいだろうネ。生み出した側からしても、そう願うヨ」

「わかった、のじゃよー……。なるほど、これは生産されて間もないころ、生徒と上手くコミュニケーションが取れず、生徒が途中で来なくなった時に感じた感覚に近いヤツじゃのう。複雑じゃー」

 

 ヘルガは少し声のトーンを下げて反省の色を見せた。どうじにその感情の色を感じ取ってウンウン頷いている。

 

「ちなみに傷を負えばある程度は自己修復可能だが、大穴があいたりした場合は流石に自力では無理じゃヨ。素体ごと変えるか専用のクレイドルでメンテナンスを行うことになるじゃろうネ」

「専用って幾ら掛かるんスか」

「ケセイヤ整備班長曰く、通常のドロイド百体分らしいんじゃよー。お買い得でしょう? じゃよー」

「ワァ~オ、お安い。まぁここまで来て出てけなんて言わないッスよ。問題はどの部署に入れるかってことッス」

 

 正直、どこに配置するか悩む。それは彼女が旧式ドロイドではなく、あまりにも高性能にカスタマイズされてしまったからだ。普通に悩むだろうコレ?

 

 え? なに教授? 彼女はナノスキンを通じてコネクタがあるすべての機械から情報を得たり操作可能なの? なんとも便利な機能をお持ちなことで。じゃあ初めから悩む必要ないじゃないか。

 

「ヘルプGあらためヘルガ」

「ハイ、なんじゃよー」

「貴女のこの艦隊に置ける所属はフリーヘルパーにするッス」

「フリーヘルパーとな? ヘルガの中の0Gドックに関するデータには該当する項目が見当たらないんじゃよー?」

「そらそうッスよ。だって俺が今作ったんスもん。要するにヘルガは艦内を常に動き回って人手が足りないところが発生したらすぐに向かう遊撃手みたいな役割をしてもらうッス。その為に必要な情報は艦内の端末から得れば良いんスからね」

「なるほど、ヘルガは自由なヘルパーとなるわけじゃ。これまで色んな0Gドックを助けてきたヘルガにはお似合いのお仕事じゃー。おもしろそうじゃなー。ありがとうー」

 

 ぐわっ! 再びハグしてきた! イタイイタイッ!!

 

 あ、与えた役職を気に入ってくれたみたいだな。ヘルガは俺の頭を掻き抱きながら小躍りしている。天国と地獄再び……。

 

 まー、喜んでくれたならいいか。彼女が何でもできるなら、何でも助けられる仕事につかせりゃいんだよ。後からデータ入れられるなら何処に配置しても一緒だしね。白兵戦が出来るからって保安部預かりにするのは味気ない。ココはぜひ彼女は某理想郷号のミーメさん的な位置づけでやって貰おう。

 無論、お酒を飲んで頑張ってもらうのだ。主食はアルコールってな。

 

「それじゃあ早速登録するッス。だから離して?」

「むー、しかたないんじゃよー」

 

 ちょっと名残惜しそうに俺を開放するヘルガ。うん、色んな意味で俺も名残惜しいぜ。それはともかくとして、船員登録をおこなおうジャマイカ。

 

「ユピ、ヘルガの船員登録を頼むッス」

【…………】

「……ユピ? おーい、ユピさーん?」

 

 あれー? 携帯端末でユピを呼んだのだが音沙汰がありませぬぞー。何時もなら声を掛ければ返事してくれるのに、どうしたんだろう? 

 

「あれれー? おっかしいな? 端末が壊れたんスかね?」

「見た所、その端末は壊れてはいないみたいだヨ。それよりも艦長、もう一人紹介したいクルーがいるヨ」

「え? ここにきてもう一人ッスか? それって教授の助手さんですか?」

「助手じゃないヨ。だけど有能なのは確かだネ」

 

 ユピの唐突なボイコットに俺ユピに何かしたかなー?と頭を捻っていたところ、教授が今度は別の誰かを紹介したいと言ってきた。しかし俺は首をさらに捻る。はて? こんなイベント原作にあったかな?

 

 確かヘルプガールが加わるイベントでは彼女しか加わらない筈だ。だけど仮にも小マゼランで名高きジェロウ教授がすぐばれるような嘘をつくとは思えない。だとすれば言っていることは本当か……原作にないことに、オラわくわくしてきたぞ!

 

「いい加減隠れてないで出てきなさい」

 

 教授はそういうと機材が詰まれた山のほうに手招きをした。ヘルガの改修作業に参加した連中が死屍累々積み重なっているカオスと化したこの部屋には、どうやらもう一人いたらしい。 

 教授の視線を追ってみると、どうも俺が立っている位置からは影となる、キャスターが付いた大型の道具箱の裏に誰かが潜んでいた。なんで紹介されたい人が隠れてるんじゃろうか? 顔見知りとか? まっさかー。

 

「まったく、自分から頼んでおいてその姿になったのに、いざとなると恥ずかしいとはネ」

「だって、だって……まだ動作データが……その」

「動作データはヘルガのを渡したんだから普通に動ける筈、なんじゃよー?」

「あうぅ……」

「とりあえず、戸棚の影から出て来なさい。そうじゃないと話しが進まないヨ」

「でも、でも」

 

 何やら教授とヘルガがキャスターの裏っかわに回って、隠れている人物とコソコソ話している。漏れて聞こえる声からして多分女性だとは思うんだが、声が小さくて会話の内容が聞こえんな。

 それに幾ら恥ずかしいとはいえ、顔くらい拝ませて貰わないと、俺としてもクルーとして雇うべきなのか判断が付かないんだよな。いくら教授の肝いりとはいえ、紹介された以上はどういう人物なのか把握したいし――それに待つのは飽きた。

 

「うむ。自分から出てこられない恥ずかしがり屋さんはドンドンしまっちゃおうねー」

「キャッ! 私しまわれちゃう!?」

 

 ちょっとした軽いジョークを呟くと物陰に隠れていた人物は何故か過敏に反応してキャスターの影から飛び出してきた。思った通り出てきた人物は女性だった。

 見た目は茶色の瞳で茶髪をポニーテイルにしており、紺色の開襟背広型の礼服によく似たネクタイ付きの空間服を着ていた。空間服なので体躯にピッタリであり、タイトスカートから延びるタイツに覆われた脚はスラリと長い。

 首元のシャツから覗く喉や顔は決め細やかな白い肌をしていて、全体的に細めだがスーツを見る限り出るところは出ているという、ある意味男性から見れば理想的な黄金比。ふむ、エロい。そこはかとなくエロい。特に脚が良い仕事している。ぐへへ。

 

 見た感じ、年齢は17才くらいだろうか。いやいやまてよ、この世界ではアンチエイジングが結構すごいレベルに達しているから、見た目イコール年齢にはならない。よく見れば理知的な感じも受ける。

 うーむ、こいつは随分な美女か美少女だ。整備班とか科学班の連中がぶっ倒れていてよかったな。起きていたら確実に俺達の部署に入れろとデモが発生するレベルだぜ。

 

「ふむん(じー<●><●>)」

「え、えっと……そんなに見られると、はずかしいよぉ」

 

 だから思わず視姦しちゃったんだ☆ 俺は悪くねェ! 綺麗すぎる彼女が悪いのだ。

 

「んふふ。ゴメンッス。かなり美人さんだったからついね? 」

「き、綺麗ですか? 私が?! 艦長!」

「はい私が噂の艦長です。それで、アンタどなたッスか?」

「むむ、解りませんか?」

 

 目の前の誰かさんはそういうと口を少しとんがらせた。おやまぁ、理知的な印象があったから、もう少しクールな子だと思ってたんだけど、結構可愛いところあるじゃない。

 

「でも、ちょっと存じ上げないッスねぇ」

「そ、そうですよね。私はユピといいます」

「へェ~ユピっていう名前なんスか?そりゃいい。ウチのフネの統括AIと同じ名前だ。今日は虫の居心地が悪いのか、返事返してくれないけど、基本的にとっても良い子で可愛いヤツだから仲良くすると良いッス」

 

 おお、ウチのAIと名前が同じなんか、それはそれでちょうどいい話の取っ掛かりが出来た。これ幸いに眼の前の女の子にそう伝えたのだが……。

 

「とっても良い子で、可愛い?――えへへ」

 

 なんか可愛いと口にした途端、身を捩っていらっしゃるんですが。もしかして可愛いのは自分のことだと勘違いしてるのかね? うわっ、ついに天然系の痛い子キャラが万を辞して登場ってか?

 

 そう思い思わず薄いジト目に成りかけたその時。さっきから黙っていたジェロウ教授が何故か口元に手をやり、笑いを抑えながら俺に話しかけてきた。

 

「くくく。艦長、ネタ晴らしをすると、その子はネ。ユピなんだヨ。ケセイヤが持っていた電子知性妖精用の素体の予備パーツで作られたユピの稼働擬体だネ」

「へ?」

「ちなみにヘルガより後にできたからー、ある意味ヘルガの妹なんじゃよー」

「うぇぇぇ!?」

 

 ザ・ワールド! 時が止まる! ……いや、驚きのあまり思わず時間が止まった気がしただけなんだが、それよりも教授あんた今なんつったとですか? 説明の中に俄かには信じられない様な言語が聞えたんですけど! あとヘルガ自重!

 

「ちょっ、君はマジでこのフネのグレートで純粋でとってもいい子な統合統括超級AI搭載型コントロールユニットのユピなのか?」

「はい、正確には本艦に搭載されたコントロールユニットの独立型移動端末の擬体ですけど」

「な、なしてそんなお姿に?」

「艦長の……。いえ、クルーの人達のお役にもっと立ちたかったので、ケセイヤさんにお願いしました」

「今は無理だけどネ。後でもう少し調整すれば、このフネに積んである恒星間通信用のIP通信技術を利用して恒星間クラス程度の距離ならラグ無しで動き回れるヨ」

「かがくのちからって すっげー!」

 

 流石はマッドだ。 連中、自重という文字が辞書から落丁していたらしい。そりゃまぁ、ヘルプGを助けてやれっていいましたけどね。何をどうすれば完全に人間のセクサロイド化して、おまけにフネのAIまで身体を得られるんだよ。一番納得できないのは、そんな楽しそうなことを俺抜きでやりやがったってことだ!ちくしょーめ!

 

 思わず色んな思いが溜息となって零れでた。まったく、度し難い連中だこの変態どもめ。しっかし見れば見る程人間っぽいねぇー。おまけに可愛いし綺麗ときたもんだ。ある意味で俺の好みだし、眼福だからケセイヤグッジョブなんだけど、俺も制作に意見言いたかったなァ。ハァ。

 

 あれ? 何故か彼女悲しそうな表情を浮かべているではないか。あ、確かに見つめながら溜息を吐いたら、まるで電子知性妖精の身体をユピが得たことを俺が喜んでいないと勘違いしてしまうじゃないか。

 

 なお、言っておくがそんなことは断じてない。逆にロマンあふれるので万々歳なのだ。溜息を吐いたのはユピが身体を持ったことが気に食わなかったんじゃないんだ。せっかくの面白そうなところを見逃してしまったことを残念に思っただけなんだ。

 だから心配すんなという意味を込めて、俺はとりあえず彼女の頭をポンポンと撫でてやった。するとユピの耳が真っ赤になってしまった。なんだこの可愛い生き物? こりゃあ感情コントロールのプログラムも相当グレードアップされてるな。

 それはともかくとして、ユピが自由に動ける端末を得たというのは、ロマンがあっていいじゃないかと改めて納得する。ぜひアナライザー張りの活躍をしてもらおう。

 

「でも心底おどろいたッスね。それにしてもやわらかい髪ッスねぇ。ナノマシンって凄いッス。これじゃあ二人とも言われなきゃ、いや言われても人間とかと見分けつかないんじゃないッスかこれ?」

「そりゃそうじゃヨ。ケセイヤによればヘルガくんはプロトタイプ、ケセイヤの趣味と欲望の産物で生まれたアーキタイプ。色んな機能が盛りだくさんなんじゃ。

それと違いユピくんはプロトタイプを設計して落ち着いたアヤツが量産向けに再設計した二号機で、戦闘機能を持たせなかった代わりに、肌の質感やその他をほぼ人間と同じに設定してあるらしいヨ」

「ありゃ? ユピには戦闘機能はついてないんスか」

「なんでも“プロトタイプの方が強いのはじょーしき”らしいヨ」

「まぁ、その点については概ね同意ッス」

 

 でもまぁ、きっとそれでも唯の人間よりも遥かに丈夫でスペック高いんだろう。ケセイヤならきっとそうしている。俺は確信しているよ。

 

「彼女たちに使われているナノマシンも、元はリジェネレーション医療用の代行細胞に使われているのを流用したらしいヨ。当然代行細胞の機能が残っているから代謝もするし、その機能もほぼ人間と同じだヨ。これと人間とを分ける唯一の違いは、その身体を構成している物質だけだネ」

「へぇー、成程」

「か、かんちょ~」

「あん?なんスか?」

「さっきから……ンッ……その、髪を……」

 

 ふと目をユピにやると、更に顔を赤くしているユピが上目遣いをして俺を見ていた。どうも自覚がなかったが、教授の話を聞いている間も彼女の髪をべたべたと無遠慮に掬い続けていたようだ。

 ナノマシンの集合体であるはずなのだが、その質感は本当の人間の髪と全然大差ないくらいで、むしろこっちの方がやわらかい為、思わず撫で続けたくなる髪だったのだ。

 

「あ、一応言っておくが、その身体が感じた感覚は人間が感じる感覚とほぼ同じなんじゃが、その感覚はAIであっても感じることが出来るらしいヨ。ソフト面でデータをインポートしたようだからネ」

「ちょっ! そう言う事は速く言ってくださいッス! ごめんユピ! ベタベタ触られるなんてイヤだったっスよね!?」

「……あっ……」

 

 教授に言われてハッとなり、慌てて髪の毛から手を放した。そうだよ何してんのん俺。ユピは女の子になったんだから、失礼なことしたらアカンやん。

 ココは紳士モード発動だ。俺はフェミニスト。女性には優しくがモットーだ!

 

「もうしない、約束する」

「ふぇ?艦長?」

「ゴメンな? ついつい珍しかったから触ってたッスけど、ユピは完全に女の子になってしまったッス。男にべたべた髪の毛を弄られるのは嫌ッスよね? ホントにデリカシーの欠片もなくてゴメンなさいッス」

「え!? 嫌、全然いやじゃなくて!? 始めての感覚に戸惑っだけといいましょうか!?」

「もうこうなれば首を括って腹を切るしか」

「幻の古代謝罪法のHARAKIRI!?だ、だめー!」

 

 土下座でもしようかと思っていると、何故か突然取り乱した様に、両手をふって慌て初めるユピ。ん?なんでそんな反応なんだ?相変わらず女の子の事は良く解らん。

 それにしても最初は女性人格じゃなかったような気がするが、これも女性オペレーターのミドリさんに任せたからかな? 親を見て子は育つって言うし……。

 

「ちょっ!もちつけ、もとい落ちつけッス」

 

 とりあえず眼の前で絶賛混乱中の娘さんを宥めないといけないな。

 むすめさまよ~、しずまりたまえ~。そう願いを込めて彼女を見やったその時。

 

「ユピはええ~っと!? ふ、ふえ~ん」

「あ、泣いたッス」

「艦長、泣かせたネ」

「ユーリェ…じゃよー」

「俺が悪いってことッスか? 実際そうですね!」

 

 突如として泣き出してしまった。女の涙、こればっかりは俺も弱い。慌ててハンカチを取り出して慰めてみた。すると何故か彼女は動揺する。動揺しては慰め、慰めたら動揺しというサイクルが止まることなく繰り返された。以下、無限ループである。無限ループって怖い……。

 なんというか流石はケセイヤさんが作った筐体だといえよう。そこいらで見かける人型アンドロイドやセクサロイドなんかが玩具に見えるぞ。それくらい表情が豊かだった。お陰でこっちは、ユピの泣き顔を見てテンヤワンヤしてるんだけどさ!!

 

「なんというか、哀れじゃなー」

「ククク、艦長はかなりの鈍感なようだネ。見ている分にはとても面白いヨ」

「同感じゃよー。ユピも初々しいから見ていて飽きないんじゃよー」

「しばらくは止まりそうもないし、すわってみようかネ。なにか呑むかネ?」

「ヘルガはウメコブティーのおかわりを所望するんじゃよー、と」

 

 ちょっ!老人ズ!見てねぇで助けろよっ!ちくしょー。

 

 

***

 

 

 またもや仲間が増えた。人手は足りなかったからある意味ちょうどいいが、加入した理由がちょっと特殊過ぎやしやせんかねェと思う今日この頃。今日も白鯨艦隊は通常運行で目的地である惑星ムーレアへの航路を進んでいます。

 

 俺はあの後、二人を白鯨艦隊に所属す全クルー達に紹介した。普通人間じゃないとなると侮ったり戸惑いが現れる筈なのだが、どういう訳かウチのクルーの大半は平常運転だった。一番戸惑いを見せたのがイネス程度だったのだ。

 なんでだろうなと首をかしげたが、考えてみればウチの連中のほとんどが色んな意味で頭のねじがぶっ飛んでいるのだ。そうでなければ0Gドッグなる酔狂な仕事に参加するわけがないのよねー。

 

 そんな訳で、携帯端末の内線機能まで使って新メンバーの紹介を行い、特に混乱も起らず、かなりすんなりと非常に好意的に受け入れられた。

 方や元ヘルプGだが、今ではスタイル抜群で爺言葉を巧みに扱うスーパーな美女。方やスタイルは劣るがそれでも美しい我らがフネの良心のようなAIちゃん。どちらも俺達にはなじみのある存在であったことも受け入れる垣根を引き下げてくれていたと言えよう。

 

 ちなみに主に男性を中心にしたクルー達(一部女性も含む)は、ヘルガの放つ不思議な喋り方にハートをズッキュン撃ち抜かれていた。爺言葉なのも萌えポイント高いらしい。この変態どもめ。

 

 一方でユピの方が女性には受けが良かった。何でも見た目は理知的で綺麗だが、その性格は純粋そのもの。おまけに健気なので妹のように思えて可愛らしいそうだ。

 

 まぁ、そんな風に比較的好意的に受け入れられた二人は、僅か数日でこの艦隊に馴染んでいった。

フリーヘルパーとして働くヘルガは、元々がど素人救済の為に作られた対話型インターフェイスが充実しているドロイドである。その知識は下手な0Gドッグのはるか上であった。

 彼女は艦内を放浪し、色んな部署に顔を出しては仕事を手伝っている訳だが、行く先行く先で、かつて授業をしていた時に生徒が飽きないようにする巧みな話術スキルを遺憾なく発揮し、行き先の人々を楽しませながらも正確かつ丁寧な仕事を行っていた。

 

 更には元々が先生ロボだったので、時たま人間がやるド忘れや些細なミスを、それとなく指摘してくれたり、解らない事柄はそれこそ素人も理解できる程に解りやすく噛み砕いた解釈をしてくれる。

 女性型のセクサロイドとなった事で得た美女の風格と、長年若き者たちの先達として老成された細やかな配慮、それが合わさり最強となったのが今のヘルガだった。

 それ故、彼女は行く先行く先で大人気であり歓迎されるようになった。フリーヘルパーという、どの部署でも一定以上の結果を出す遊撃要因にして正解であったといえる。

 

 対するユピの方はヘルガ程の活躍はしなかった。

 これはAIの経験値の差であるといえた。いかに超高性能なAIであるユピであっても、人材不足を補う為のコントロールユニットに付属して誕生した彼女は、生まれてからまだ一年も経過していない。人間で言えばやっとこさ小学生レベルといった感じであろうか? 

 

 それでいて普段は殆ど俺の後をひよこみたいにくっ付いてくるのだから、活躍するのも難しいだろう。まぁ彼女の人気がヘルガよりも下というわけではない。彼女は生まれたてという事もあり、非常に無垢で純真であった。簡単にいうと、喜ぶときは喜び、泣くときは泣き、怒るときは怒る…非常に喜怒哀楽がはっきりとしていた。

 

 また人型を得る前から我が艦のオペレーター長であるミドリさんにより、かなり躾けられていた彼女は何事に対しても素直に礼を述べる事が出来た。何よりも生まれたてである彼女は何故だか常に一生懸命に物事のアレコレを覚えようと一生懸命であった。

 

 その姿は頑張って飛び方を覚えようとする雛鳥を彷彿とさせ、ソレでいて素直な感謝を忘れない心を持つ、これは比率的に野郎所帯である白鯨でウケが良かったのである。

 見ていると、なんだかこう応援してあげたくなる。そんな微笑ましさを彼女は持っていた。男性クルーのみならず少なからず乗っている女性クルー達も母性本能がくすぐられたのか、ユピは男女ともに非常に好意的に接して貰っていた。

 ある意味、素直で一生懸命で優しい皆の妹という感じ。チェルシーが自立してきたので開いていた妹枠の立ち位置を獲得していた。ユピ、侮れない娘……。 

 

 

 ちなみにユピもヘルガと同じく、便宜上はフリーヘルパーという立場となっていたりする。本来コントロールユニットの管制AIである為、本体というべきものはコントロールユニット・モジュールそのものと言ってもいい。

 だが、電子知性妖精なる稼働端末を得た彼女の場合、その電子知性妖精の擬体もまた本体である。ようはどちらも彼女なのだ。俺に次ぐ中央コンピューターへの第三位アクセス権限を持つのは伊達ではない。なお第二位は副長役であるトスカ姐さんなのはいうまでもない。

 

 今も普通にコントロールユニットを動かしているので、所属というと艦全域に及ぶのだから、必然的に彼女の役割もそうなったといえた。というかココだけの話…、サナダさんやケセイヤから聞いたんだが、ユピが身体を得て更に経験値を貯めて成長した結果、コントロールユニットの処理能力が目覚しく向上したらしい。

 理由は不明。サナダさんは科学的には論理的ではないからありえんと首を捻っていたし、ケセイヤは身体を得たAIが劇的な成長を遂げるなんて浪漫だぜい!と無駄にテンションが高かった。

 

 ちなみにユピたちの素体となった、ケセイヤが自分の給料までつぎ込んで秘密裏に造った電子知性妖精。その性能からクルー不足解消の一助になるのではと期待したのだが、ケセイヤが趣味に走って造った為、高性能なのはいいが生産性度外視で設計されていたらしい。

 

 その為、当艦隊の懐具合ではあと1~2体しか作れないことが発覚したことで、ユピやヘルガのファンからは大量のブーイングを頂いたが、当艦隊の予算の都合上、あれらの増産は見送られることになった。

 

 つーかね、設計案を見るとほぼケセイヤのハンドメイドでしか作れない上、それプラス貴重な物質を多数使用しているので、ユピとヘルガの擬体だけで合計9000Gかかるのだ。これは我が艦隊所属のオル・ドーネKS級巡洋艦の設計図の元となったサウザーン級巡洋艦の正規での製造値段とほぼ同額だ。

 

 これって明らかにケセイヤに渡されている給料よりも多い金額じゃねぇか。気になったので、足りない分どうしたのかを問い詰めたら、やはり撃沈したフネからジャンクパーツのいくつかを失敬していたようだ。まぁこの男の場合はこういうので色々と役に立つモノを開発してるから黙認されている部分もあったが、なんともはや。

 

 まぁ、その所為で擬体一つ作るのに数か月以上かかったらしい。擬体の値段もあくまでも使われたジャンクパーツが正規品の場合で計上しているらしいので、ライン組んで増産すればコストは抑えられると豪語していらっしゃる。

 しかし、どちらにしろ電子知性妖精には専用のクレイドルもいるので、それらを会わせた金額は、完全に下手な巡洋艦以上の額となっているのだから、彼女等の量産はほぼ不可能であろう。やったら最後財政破綻するよマジで……。

 

 無論、このまま廃案にするにはあまりにも惜しまれたので、何時か金持ちになったら造るか、もしくはこれまでの様にこつこつと金を貯めるか、宇宙資源を採掘してそれらを流用して造るかすると通達しておいた。そう言っておかないと暴動が起きかねなかったのも理由なのは余談だ。

 

 

 まぁ浪漫に金を掛けるのは俺のやり方だが、無い袖は振れませぬ。とりあえず彼女等の近況話はここら辺にしておこう。他にもヘルガのまったりお茶会やら、ユピちゃん初めての浴場とかあるけど、前者は兎も角後者については俺は詳しく知らんので割愛する。

 

 

 さて、新たな仲間を得た俺達は現在、宙域保安局がある惑星ブラッサムへと進路を向けていた。教授の頼みもあり、ムーレアへの航路を封鎖中の宙域保安局にムーレアへの渡航許可を卸して貰えないか聞きに行く運びとなったからである。

 ブラッサムまでの道中は、ステルスモードとECMといった電子妨害の力で旅はまさしく順風満帆であった。稀に妙に勘のいい海賊に見つかることもあったが、大体は返り討ちの上に身ぐるみを剥いで美味しくいただいたのはいうまでもない。お蔭で懐が少し暖かくなる。貯蓄は幾らあっても困るものではないのだ。

 そんな訳で今回の航海はホントに何も起きなかった。遭遇するたびに戦闘していたロウズなどの序盤と比べればなんとも平和な航海だ。おかげで戦闘指揮をしない分、だんだんと空気がダレてくるが、のんびりもいいかァと思ってしまうあたり、もうだめかもわからんね。

 

「ふぁ~あ……」

「おや? 寝不足かい?」

「うんにゃトスカさん。なんつーかのんびりっていいなァって」

「ま、確かに暇っちゃ暇だね。ココは一つ適当に海賊の身ぐるみを引っぺがすかい?」

「どこの強盗っスか。つーか毎回そればっかりだとねェ」

「それもそうか。ま、旅が平和なのは悪い事じゃないさ」

「そッスね――ん? そろそろ昼時ッスね」

 

そろそろ昼飯かァ……とか考えていた時だった。

 

「艦長~、高エネルギー反応を前方の宙域で検知~。なんか戦闘中みたいよ~」

 

 はて? こんな宙域で戦闘しているのか? コンソールを操作して映像を見ると、黒い世界に延びる複数の光芒。確かに海賊の艦隊とどこぞの艦隊が交戦しているな。

 どこの艦隊だろうと映像を見ていると、俺のとなりにいたトスカ姐さんが身を乗り出して映像を覗きこんだ。彼女が近づいたからか、ちょっと良い匂いがするので俺としてはドキドキだ。顔には出さないのが俺クオリティ。

 

「艦種から見るに、ありゃカルバライヤの宙域保安局のフネだ。対する相手は……ここら辺を根城にしてるグアッシュ海賊団だね」

「でもありゃ多勢に無勢ッスね。海賊の方が数が多い」

「まぁここいらでは大海賊のサマラと数の多さだけで並ぶ海賊団だしねぇ」

 

 0Gドッグ御用達の酒場のマスター曰く、質のサマラ対、数のグアッシュとは有名な言葉であるそうな。むろんその方向性は彼らの精神性にも如実に表れている。サマラは誇り高く、グアッシュは雲蚊の如く大群かつ節操なしといった具合だ。強者と弱者の格差はこんなところまで現れているのかと思うと、少し眼が熱くなるな。

 

 それはさておき、グアッシュの海賊艦隊は全部で12隻。3~4隻規模の小艦隊が複数協力しているようだ。対する宙域保安局の巡回艦隊は3隻、一艦隊だけっぽい。多勢に無勢、数が違い過ぎる。これじゃあ、あと僅かな時間で保安局側は壊滅するぞ。

 

「艦長、海賊と保安局のフネ以外の反応があります」

 

 最近、俺が起きている間は背後に控えるようになったユピが、俺の近くにホロスクリーンを投影する。外の映像と思わしき画像が映っていた。こういうのはオペレーターのミドリさんの役目なんだが、まぁミドリさんが何も言ってこないから別にいいのかな。

 

 映像に眼を向ける。そこには保安局からみて海賊艦隊を挟んだところに、一隻の民間船が煙を推進部から吐き出し停止していた。どうやら海賊は民間船に強制接舷しようとしているらしく、ゆっくりと接近している。

 一方の民間船は海賊に乗り込まれたらどうなるかわかっているのか、デブリ破砕用と思われる大砲を撃って牽制している。だが海賊船は腐っても戦闘艦、デブリ用の大砲では精度も威力もまるで足りない。牽制にはなるが追い払うことは出来ず、じわりじわりと海賊に追い詰められている。

 

 ああ、成程。なんで保安局が無理してるのか理解できたわ。

 

「お仕事中だったところに遭遇、保安局の手前放置は出来なかったってワケッスね」

「どうするユーリ? いまから軌道を変えちまえば、かちあわずにスルー出来るけど?」

「うーん、見捨てるのはちょっと……助けてやろうとは思うッス」

 

 見捨てるのも夢見が悪くなるのが理由の一つ。あとは打算で保安局と仲よくしておけば、この先色々と楽かもという考えが浮かんだ。とりあえず海賊の主力艦隊を奇襲し、陣形が乱れたところで民間船を宙域保安局に救出しに行ってもらいましょうかね。そういう仕事は宙域保安局の方が得意だろうしな。

 

「じゃ、敵の主力と接舷しようとしてるやつ、どっちを攻撃するんだい?」

「主力を攻撃しましょう。民間船は宙域保安局に任せればおkッス」

「了解だ。それじゃあ総員戦闘配備だッ! 敵をタンホイザーに叩き込んでやれ!」

「「「アイアイ、サー!」」」

 

 トスカ姐さんからの復唱が飛び、あわただしくなるブリッジ内。艦内には戦闘を知らせるサイレンが鳴り、各戦闘部署に人員が配置され、眠っていた艤装に灯が入る。俺もそれを見ているだけではなく、さらに指示を下すためにユピを近くに招きよせた。

 

「ユピ。K級とS級を先行させて保安局の援護に回すッス。本艦はステルスのままKS級と共に前進。駆逐艦が保安局の援護を開始次第、敵艦隊へ奇襲攻撃を行うッス」

「はい艦長。そのように艦を動かします」

 

 先ずは挙動が速い駆逐艦たちを先行させるように指示を出した。ユピは指示を受けるとすぐさま眼を閉じて集中を開始する。すると、すぐに彼女の顔の表面に活性化したナノマシンの流れが筋のようになって光の隈取となって現れた。

 それに呼応するかのようにして、周囲に展開していた護衛艦隊たちの中の20隻が全速で加速を始めた。20隻も居る駆逐艦が一斉に加速したというのに、足並みに一切の乱れがなく、全艦が一定距離を保ったままで複縦陣を敷き、駆逐艦隊は渦中の中へと進んでいった。

 見事な艦隊運用、それは超級AIお得意の正確な演算能力が可能にした業だ。 

 

「K級およびS級、加速開始。援護可能宙域到達まで30秒。トランプ隊と本艦の直掩機、発進準備完了です」

「さぁて、柄にも無いセイギノミカタを一丁やってみるッスか。ではまず――深く静かに潜航せよ」

「アイアイサー、微速前進ヨーソロ」

「騎兵隊の到着にしては地味だねぇ」

「ド派手に大乱戦ってのも魅力的なんスけど、民間船が近すぎるんスよねぇ。だから今は埋伏の時、ぶくぶくぶく……」

 

 スニークアタックの方が敵さん驚くからな。プレゼントってのはサプライズするもんである。こうしてこちらもまたK級たちに遅れて痕跡を見せないようにゆっくりと静かに加速していく。保安局の艦隊を通り抜けて、いまだ気づかない海賊の艦隊の横へと展開する為に、俺たちは深く静かに動き始めた。

 こちらがゆっくりと所定の位置に向かっている間にも、先行した快速の駆逐艦たちが保安局の艦隊へ接触した。少々遅かったらしく、すでに巡回艦隊所属の一隻は大破し戦闘不能となっていた。すぐさま“我らは白鯨。援護する”という電文を送りつつ巡回艦隊の援護を開始する。

 駆逐艦隊はまずは僅か3隻しかいない巡回艦隊と海賊艦隊の間に割り込みを掛ける。下手をすれば攻撃中だった保安局の巡回艦隊の砲撃も当たってしまうが、すでに多勢に無勢で損傷が目立つ巡回艦隊のフネを前に出すのは危ない。

 

 幸い保安局側の指揮官はいったん砲撃を止めて柔軟に対応してくれた。その隙に駆逐艦隊は複縦陣を保ったままで展開。一先ずは巡回艦隊の盾となった。

 一糸乱れぬ動きで展開を完了した彼女たちは、そのまま見事な乱数のTACマニューバを織り込みつつ、適度に海賊艦隊へと牽制攻撃を開始する。牽制攻撃によりこれまで優勢であった海賊艦隊の攻撃が弱まり、その隙に保安局は大破した艦を敵の射程外へと下げることに成功した。

 

 K級とS級は無人艦であるがゆえに、人員を乗せる船員室のモジュールが必要ない。そのスペースに小型低出力であるがデフレクターを搭載することに成功していた。その為に見た目よりも遥かに硬い。おまけに学習するAIであるユピの構造を模倣したためか、艦隊運動、TACマニューバも軽やかなのだ。

 

 駆逐艦隊の救援により、保安局はとりあえず危機を脱した。海賊達からしてみれば青天の霹靂、これは何の冗談だと思ったことだろう。謎の艦隊がいきなり現れた途端に戦局が変わったのだ。絶対に勝てると思い込んでいたから、それが覆された時の慌て振りは相当なものだろう。

 

 だが諸君、待ってくれたまえ。いつから援護が駆逐艦艦隊だけだと錯覚していた? 俺のバトルフェーズはまだ終了していないぜ!

 

「所定の座標到達まで、あと24秒。減速を開始、各艦は当艦の行動にオートリアクションに設定します」

「ふふふ、海賊共め、フネの性能を生かせぬまま藻屑となるがいいッス。ステルスを解除ッス!」

「ステルスを解除しな!」

「はい! ステルスを解除します!」

 

 トスカ姐さんの復唱が響くのと同時に、ユピがオル・ドーネKS級汎用巡洋艦とバゼルナイツ級改工廠戦艦アバリス、旗艦であるズィガーゴ級改戦闘空母ユピテルのステルスモードを解いた。

 突如として艦隊側面に現れた――様に見える超弩級クラスの戦艦2隻と巡洋艦4隻の艦隊に驚く海賊と宙域保安局の艦隊。白鯨艦隊、ユーリ。これより戦闘に介入する!なノリである。

 

「各艦―――攻撃開始ッ!」

 

 俺が手を振り下ろすのと同時に、各艦から一斉に砲撃が開始された。そして、ここからはもはや一方的な展開だった。浮足立ち動きを止めた敵艦なんぞ唯の的。吸い込まれるという言葉をこれほど体現した物はないんじゃないかってくらいに攻撃が当たる。

 あまりにも攻撃が次々ヒットするものだから、ターキーシュートだー!とストールが雄叫びを上げ、近くにいたリーフにうるせえと頭を蹴られてショボンとしていたのは余談である。

 

 この奇襲の成功により保安局の巡回艦隊は俺達の登場により足並みが崩れていたが、狙う標的が海賊艦隊であると解った途端に態勢を立て直し、こちらが艦載機を発進させて海賊艦隊の足を完全に止めるの見るや否や民間船救出に飛び出していった。

 こうして数も質も上であり、おまけに奇襲をかけて敵に混乱を与えたおかげもあり、俺たちは損害をほぼ受けることなく、海賊艦隊を殲滅することに成功したのだった。

 

「うし、敵の主力艦はあれで最後ッスね。でも、警戒続行ッス」

「レーダー最大レンジ内には~、敵影見受けられず~」

 

 敵対していた海賊船の内、味方を盾に目敏く逃げだしたフネを除く最後の一隻が、青いインフラトン粒子を伴う火球となるのを見届けた。

 だが気を抜かず付近の索敵を続行させる。こういうのでセオリー的に怖いのは、実は別働隊が近くにいて今度はこちらが比較的死角になりやすい艦橋直上や艦底直下から奇襲を受ける事、まだ気を抜けないのである。

 

 エコーさんがコンソールを弄りながら、敵反応がない事を告げたのを聞いてから、俺は少し肩の力を抜いた。以前はアラが目立ったがキチンと勉強したのか立派なレーダー主となったエコーさんを信頼しているからだった。

 

「センサーにも危険物は見受けられません。ついでに利用できそうなジャンクも無さそうです。艦長」

「まぁ粉みじんッスからねぇ~」

 

 ふと外部モニターに映る残骸が視界に入る。映像に映るデブリの殆どが原型を留めておらず、インフラトン機関の爆発により船体が半ば千切れたフネが大半を占めていた。

海賊船は基本的に快速と回避力に力を置く編成を組む事が多いので、今回の艦隊も鈍重な戦艦は一隻もおらず、大半はバクゥ級巡洋艦とタタワ級駆逐艦で構成された快速の巡洋艦隊であったようだ。

 当然、これまでこの宙域でおまんま食ってきた訳だし、仕事柄攻撃を受けた際の回避力は高いだろう。数も多かったし、あのままなら保安局側の巡回艦隊規模なら撃破できる力は持っていた。

 

 だが今回は俺達が保安局側に回った事が彼らにとって不幸だった。なにせ唐突に20隻の駆逐艦、4隻の巡洋艦、2隻の旗艦クラスの戦艦から援護が入ったのだ。計26隻に及ぶ艦隊に加えて艦載機の襲来である。冗談だろうと叫びたくもなっただろう。

 

 特にユピテルのホーミングレーザー砲のシェキナやアバリスのガトリングレーザーキャノンとリフレクションレーザーキャノンの威力が凄まじい。雨霰のような弾雨によりTACマニューバの限界に挑戦させられたあげく、動きが鈍ったヤツから白鯨艦隊の通常砲撃を受けたのだ。

如何に回避力に重点を置く海賊船であろうが、よけきれない弾幕を前に、おまけに紙装甲で防御力なんぞ低すぎるのも災いして、ひとたまりも無かったことだろう。

 ちーとばっかしやりすぎかなァとも思ったが、民間人にやらかして来たであろう海賊の悪行を考えると、先のやり過ぎという考えはポロッと忘れ、俺は再びコンソールに向き直った。

直後、コンソール上に内線の通話ウィンドウが開き、オペレーターのミドリさんの姿が映りこんだ。

 

「艦長、宙域保安局のフネより、通信が入っています。どうします?」

「そうっスね―――ん、スクリーンに投影してくれッス。彼らにも一応挨拶しとかねぇとね」」

「了解、通信つなぎます」

 

 一応こちらが助けた形になる訳だが、ちゃんと正体を明かしておかないといらぬ警戒をされてしまうだろう。カルバライヤ宙域を護っているのが保安局なのだし、関係が拗れたら色々と面倒くさい。不審な集団だと誤認されたら眼も当てられないぜ。

 

 そんな訳でIP通信のコールに応答し、保安局のフネにつなげた。ブリッジのメインホロモニターにIP通信を投影する。モニターに浮かんだのは、20代後半くらいの若い男性士官である。

おや? この人は――

 

『こちらカルバライヤ宙域保安局員、ウィンネル・デア・ディン三等宙尉だ。貴艦の協力に感謝する』

「ありゃりゃ!? アンタは、いや貴方はウィンネルさんッスか!?」

『君たちは、もしかしてドゥボルグの酒場で出会った……ユーリ君かい?』

 

 俺はホログラムに写りこんだウィンネルさんの姿を見て思わず声を上げていた。向こうも驚いている。それもそうだ。こっちだってまさかこんなところで会うとか思わなかった。

 保安局の青年士官である彼と、一介の0Gドッグである俺達に何故面識があるのか? それはこのカルバライヤ宙域に来た最初の頃、惑星シドゥを過ぎたあたり(カルバライヤ編18章中頃参照)で、少し他の惑星をぶらぶらうろついた時まで遡る。

 

 その時に立ち寄った惑星の一つ、ドゥボルグには宇宙船の重要部品の材料となるジゼルマイト鉱石の採掘場があり、その特殊性から大型機械が使えず、なんと手掘りする高山で臨時募集がされていたのである。

 手掘りな上に航路が開かれて常に宇宙船が飛び回っている現代。宇宙船の部品材料は常に消費されていると言っても良く、兎に角臨時アルバイトを雇ってまで鉱石を掘り出して欲しい鉱山側は中々良いバイト料を約束してくれていた。

 

 その為、金に目敏い俺達白鯨艦隊はクルー総出でアルバイトに参加したのである。惑星一つが鉱山みたいなドゥボルグには雇用してくれる鉱山は有り余る程あり、その殆どが高収入を約束していたので、俺達はツルハシやスコップやネコ車を手に額に汗して稼いだのだ。

 報酬合計は大体5000G、クルー総出プラス高重力で鍛えられた保安員達が無駄に採掘してくれたお陰で通常の十倍稼げたのである。

 

 件のウィンネルさんとの邂逅は、そんなジゼルマイト鉱山近くの酒場であった。鉱山でいい汗を掻いた後、咽を潤す為に俺達は酒場へと繰り出した訳だが、偶然入った酒場で偶々乱闘騒ぎが勃発。良く分からんが一人の行商人対カルバライヤ人という布陣であり、あまりに多勢に無勢だったので、その行商人に加勢したのだ。

 そのときは面白かった。なんせ喧嘩祭りみたいになったので酒瓶は飛ぶわ椅子は飛ぶわ机は飛ぶわ、だれも武器を抜かなかったのは唯の喧嘩であったし、何よりも男は拳で語れという肉体言語が得意な人々が多く集う酒場であったので、みんなで気持ちよく殴りあいの喧嘩と相成ったわけである。まさしく喧嘩祭りというものだった。

 

 とはいえ、店側としては営業妨害も甚だしい訳で、当然治安を受け持つところへと連絡を入れていた。その時に喧嘩仲裁の為にやって来た連中の一人が、ウィンネルさんだったと言う訳である。

 彼は簡単に言えば優等生キャラと言うべきか……、兎に角すぐさまテキパキとその場の乱闘を治め、俺達を含め店側に迷惑をかけた連中を謝罪するように仕向けた手際は、一言に言って凄いと言う外ない。

 

 そんで俺達の場合、乱闘の発端の説明の際、行商人が多勢に無勢でリンチに近かったので加勢した心意気が、彼と彼の友人にウケたのである。厳重注意は受けたが特に犯罪とかそういった事にはされず、とりあえず店側への謝罪と少しの賠償をする程度で済まされた。なので俺達は彼らを知っているのである。

 

『おう?アン時の血の気の多い少年たちじゃないか。奇妙な所であうよな』

 

 さて、まさかの邂逅に驚いていたウィンネルさんのすぐ後ろから声が上がった。見れば橙に近い色合いの赤毛をした中肉中背の男性士官が立っている。まぁウィンネルさんがいたなら居ると思っていた。赤毛の彼もまた、ドゥボルグで知り合った青年士官の一人。ウィンネルさんの同僚で友人であるバリオ・ジル・バリオ三等宙尉である。

 彼は保安局員という割には砕けた性格であり取っ付きやすい人であった。何せ俺達の事情を聞いて真っ先に気に入ったと宣言をかまし、厳重注意の後で飲み直しに誘ってくれるような人だ。知的な感じのするウィンネルさんと、ちょっと野性味感じるイイ男のバリオさん、丁度良い感じにデコボココンビである。

 この二人が合コンにいったらさぞかしモテルんだろうなぁ。おのれ…。

 

「バリオさんまで乗ってたんスか?」

『こいつとは腐れ縁だからな。何故か毎回配属先が同じなのは、もはや呆れを通り越して感動すら覚えるんだぜ?』

「運命の赤い糸か何か付いてんじゃないッスか?」

『おえ~、オレはフェミニストだからそういうのは女相手が良い。そんな訳でユーリ少年の後ろに佇む麗しいお嬢さん、何時かどうだい? 良い店を知ってんだ』

「アタシは高いよ?」

「それ以上にバリオさん。トスカさんは凄く良い女なのは同意なんスけど、下手な料理評論家以上に舌肥えてるから下手な店だと扱き下ろされるし、ザルを超えた酒豪だから、彼女を誘ったら給料の半分が酒代として一晩で消える覚悟がいるっスよ?」

『そりゃしがない公務員風情には、ちーとキツイぜ……トホホ』

 

 うんうん、0Gドッグと違って収入安定してるけど、その分取り分は少なめなのねー。

0Gはそういった意味じゃスゲェ博打な商売だしな。がっぽりとそうでない時の差が凄いもの。そんな事を考えていると、背後にゴゴゴって感じの気配を感じた!むっ!何ヤツ!?

 

「ちょいとユーリ?それはどういうことだい?」

「ああ!?ほっぺたひっぱっちゃダメッス~!!」

 

 振り返れば、そこにはお怒りのトスカ姐さん。伸びる手は確実に俺の頬をロックオンし、クローク力の限界に挑戦するかの如くにほっぺたを捻り上げる!

 い、いたいー!? マジで抓っちゃ――ら、らめぇぇぇぇええ!!

 

『ヒュー、仲良いなオイ。オアツイねぇ』

『なぁバリオ。これだと話が進まないから、ちょっと引っ込んでてくれないか?』

『へいへ~い。お仕事頑張ってねぇ~ウィンちゃ~ん』

『…………おい』

『あ、いや…調子こきました。すまねェ。オレこっちで真面目になるわ』

『そうしてくれ、頼むから……こほん、ええと失礼した。さて話の続きをしようか?』

 

 通信越しに空気が変わったので、俺もまた真面目な顔に戻す。ほっぺたは抓られたままなのが締まらないが気にしたら負けである。

 

『それで話なんだが、一応もう一度艦隊名を教えてくれないかな。もう一度確認の為に。助けてもらっておいて申し訳ないんだが、これも一応規則なんでね』

「はいはい。こちら白鯨艦隊ッス。んで一番でっかいのが旗艦ユピテルっス」

『……冗談だと思いたいが、これを見れば納得するしかないか。まさかユーリくんがあの白鯨艦隊のトップだったとは』

『へぇ、お前ら白鯨艦隊だったんか。まァあの戦力みたら信じるしかねぇかな?』

 

 艦隊名を告げたところ、ウィンネルさんは驚き、後ろに佇んでいたバリオさんは感心したように声を漏らしていた。

 

「あの……。俺らって有名なんスか?」

『そりゃ海賊食いの白鯨ったら一部じゃ有名な話だよ』

『海賊船を拿捕しまくって売るもんだから、中古宇宙船市場を暴落させつつあるって聞いたぞ? 一部じゃ中古キラーなんて二つ名も聞こえてくるしな』

「なんか響きが非常に嫌な感じなんスけど……?」

『『それだけ名声と悪名が響き渡ってるって事だよ』だな』

 

 異口同音で頷いてみせる宙域保安局の士官二人。

 それにしても新たな二つ名は中古キラーだって? しらないヤツが聞いたら、なんともインモラルな響きに捉われてしまいそうじゃねぇか。なんともはや。あまり欲しくはない称号を貰ってしまった時みたいな残念な気分である。

 

「ところで俺達はもう行ってもいいッスか? 旅してる最中なんスよ」

『うん、引き留めて悪かったね』

『ウチの艦隊が窮地に陥っていたところを救援してくれたのは確かだからな。エルメッツァの方でも白鯨艦隊は法に違反するような事はしてないし、むしろ航路の安全を脅かす海賊討伐とかで活躍してるって話じゃないか。むしろ規則とは言え引き止めて悪かったぜ』

「あ、いや。別に勝手にこっちが動いただけなんで」

 

 正直夢見が悪くなりそうだったからという非常に個人的かつ気まぐれな理由で助けたなんて言えない。ま、まぁこの宙域を管理している保安局にいい顔しておけば、いろいろスムーズに動けるって打算もあるしー。それでも引き止めて悪かったと謝罪を貰ったので思わず謙遜してしまうのがユーリ。中身日本人がなせる業である。

 

『まぁそういわないでくれ。こちらとしては救援に関して改めて君達にお礼がしたい。君達が“善意で行動してくれた事にしてくれようとしている”のに水を差すようで悪いが、此方としても助けてもらってそのままサヨナラというのは情が無い』

『カルバライヤ人は恩には恩で返すのが流儀なんだぜ?』

『バリオ。――とにかく、今でなくていいから、いつかブラッサムの宙域保安局を訪ねてくれないか? その時にでも礼をしたい』

『何か欲しいモノとかあったら考えておいてくれてもいいぞ? ある程度のレベルならお礼として考えてやれるからな。じゃあ良き再会を願ってるぜい』

 

 そう彼らは告げて通信を切った。あーらら、ウィンネルさんには打算でも動いていたのは御見通しみたいだったのね。一方でお礼がしたいとか……うむ、鉱山労働者が作り上げた国、ある意味チャールズ・ブロンソンだらけの国家、情実で動く彼らカルバライヤ星系人らしい物言いである。

 これが組織が硬直化しているエルメッツァ星間国家連合とか、合理性を重視するネージリンス星系共和国の連中だったら、ありがとうさようなら、そんなお役所仕事で終っていただろう。

 また行き先を考えてみれば、彼らからの申し出はある意味で丁度良い。いま乗っている航路を進めば、丁度彼ら宙域保安局がある星、惑星ブラッサムに到達する。元々保安局には惑星ムーレアに向かうため宙域封鎖を通してもらう交渉の為に寄るつもりではあったので一石二鳥である。

 

 ま、貰えるモノは貰いに行きましょうか。そう考えて俺は艦隊を再び航路に戻したのだった。

 

 




ああー、精神と○の部屋か、スペアポケット欲しい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。