何時の間にか無限航路   作:QOL

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大変長らくお待たせしました!書き上がったので投稿しますぜ!!

そしてあえて言おう。

帰って寝るだけの生活の隙間を縫って、私は帰ってきた!!

P,S,白鯨無双が、はっじっまるよ~!


~何時の間にか無限航路・第13 話、エルメッツァ中央編~

■エルメッツァ編・第十三章■

 

 

「影響圏離脱まであと5秒」

【―――3、2、1……離脱、完了しました】

「「「た、たすかったぁー」」」

「な、なんとかなったッスね」

「ああ、危なかったけどね」

 

 無人駆逐艦クルクスを損失してから1時間後、楽勝だと思っていたのに現実は甘くねぇよバーローと現実からヤクザキックかまされながら、なんとかメテオストームの影響圏から脱出することに成功した。

 突入してから半日経過していないあたり、ストームの規模は思ったより大きくはなかったようだ。実際はかなり急ぎ足であったのは否めないけどな。俺としては初代旗艦クルクスが沈んでしまったのでオロローンと泣きたい。もったいないの精神が囁くのだ。アーもったいないってな。

 

 それはさておき、なんとかストームを突破したはいいものの、ユピテルもアバリスも限界を超えて扱き使った影響でところどころ煙を吹いていた。耐久力がグラフやバーで示されるのなら、大体4割は減っているような状態であり大破に近い中破といったところだ。

 まったく、宇宙という壮大な世界で起こる自然現象って怖すぎるだろ。

 

「あ、あはは…、バラバラにならず五体満足で助かったッス」

 

 だから、ユーリは方から力を抜く意味も込めて、そう呟いちゃうだ。呟いたらなんか周りから微妙な眼で見られた。うう、なんかみじめ。

 

「艦長。この状態で海賊の元へ向かうのは流石に無謀だと思うぞ。科学班としてはお勧めできんな」

『こちらケセイヤ。一応はダメージコントロールで応急修理はしておいたが、損傷が大きすぎる。一度停泊して応急でもそれなりの修理が必要だ。装甲板もいくつか張り替えないと戦闘できないぞ?』

 

 おう、やっぱりダメージがきつかったか。普通ならここらで空間通商管理局の軌道ステーションとかに立ち寄って、無料メンテナンスと修理を受けさせてもらいたいところなんだが、あいにくここら辺は海賊の縄張りでそういった便利施設はない。

 しかたねぇ、自力で修理させるしかないか。幸い工廠艦と化しているアバリスは、外装はともかく中身は結構無事だ。修理を行えば応急修理ならすぐにできるだろう。

 

「エコーさん、周辺スキャン頼むッス」

「アイアイー」

 

 とりあえず一旦フネの修理の為に近場をスキャンするように指示を出した。少ししてスキャン結果が出る。運がいい事にこの近くに資源として使えるデブリが密集している空間があるようだ。勿怪の幸いとばかりに俺たちはその宙域に舵を向けた。

 

 ほどなくして件のデブリ帯が見えてくる。アバリスを伴ったユピテルは微速のままそのデブリ帯に入っていった。船体が多きい事に加え、シールドジェネレーターの負荷が基準値を超えていたのでデフレクターを切っていた事もあり、装甲板を細かなデブリが叩く音が響く。

 もっとも僚艦共々、ユピテルは戦闘用に開発されたフネであり、その装甲板の厚さには定評がある。この程度の相対速度では高速で飛来するミサイルの直撃にも耐えうるユピテルとアバリスの装甲を貫くほどではなかった。たとえ状態が大破だったとしてもユピテルとアバリスの装甲板は十分にその役目を果たしていた。

 

「艦長、本艦進路上より2時上方に強大な金属反応を検知しました」

「ん、ユピ」

【映像を拡大投影します。準備中――お待ちください】

 

 そんな時である。デブリの中を通過していると近くから大きな金属の反応が出たのだ。もしかしたら修理に使える鉱石を含んだ隕石でもあるのかも。そう思い、反応があった空間を望遠で拡大投影してみたのだが…。

 

「おうふ。輸送船ッスか?」

 

 映し出されたのはフネの墓場だった。大小さまざまな小惑星に混じり破壊されたフネが漂っていた。ほとんどは原型を留めていなかったが一部の艦は辛うじてフネと見分けられる形を残していた。

 その艦種は形状からして1㎞クラスの大型輸送船が3隻。壊れ方が酷くて艦種の識別できないが、おそらくは護衛だったであろう駆逐艦クラスが数隻。これが船団だったなら中規模船団といったところだ。

 浮かんでいる大型輸送船は見たところ鋭利なナイフみたいな形状で色はクリーム色に近く、その胴体には六角形のコンテナユニットが横を向いて六基並んでいる。

 俺たちが今いる小マゼラン銀河において、全長が1㎞を超える輸送船は知る限りではビヤット級しか存在しない。こことは別の星系にあるカルバライヤ星団連合において建造され官民問わず使用されている大型の輸送船だ。

 

 もっとも、船体がカルバライヤ製だからって、この漂流輸送船がカルバライヤ所属ってわけじゃないだろうけど…。さすがにセクターをいくつかまたぐとなると、この辺境宙域にくるのはおかしい。距離がありすぎる。

 だとすると、おそらくは他国に輸出したモデルなんだろう。実際ペイロードが素晴らしいくらい詰めるので、意外と見かける艦種だしな。

 

「ありゃー海賊の犠牲者かッスねぇ?」

「おそらくそうだろう。装甲板の引っ掻いた後のような抉れ方は複数の小型対艦レーザー砲によるものだ。連装小型レーザー砲で高速移動しながら命中させるとああなる」

「わかるんスか?ストール」

「俺の専門だからな」

 

 火器管制席からデブリを覗いていたストールはそうつぶやいていた。戦闘艦の砲撃戦において俺の艦隊の中で右に出る者がいない専門家の言葉だけに自ずと納得した。

 しっかし、なんでまたこんなところに民間船が沈められてるんだろうか? 

 

「トスカさん、ここいらって海賊の中庭みたいなもんスよね?なんで民間船がこんな宙域に来とるんスかね?」

「んー、たぶん。近隣の空間鉱物採掘会社のフネじゃないかな。あいつら資源があるところどこにでも向かうからねぇ」

「鉱物採掘……ああ、小惑星を破砕して、その破片から鉱物を回収する宇宙の鉱員スか」

「そうそう。アストロイドを鉱山にする連中さ」

 

 トスカ姐さんが望遠画像をさらにアップにする。すると三隻いる輸送船の内の一隻の胴体部、本来なら輸送コンテナユニットを接続する部分から巨大な爪の熊手みたいな構造物が接続されていた。

まるで生物の肋骨(ろっこつ)を無理やり開いたかのようで、撃沈されてボロボロの状態である事もあり、なんだかとっても不気味である…。

 

「あ、やっぱりだ。一隻だけ重力キャッチャーと鉱石融解回収ユニットの台座があるよ。採掘機は見当たらないみたいだけど、あれは採掘船で間違いないよ」

「マジで採掘屋のフネッスか…。海賊の庭のこんなところまでくるとは根性があるというかなんというか」

 

 どうやらあの肋骨は重力キャッチャーのための大型アームらしい。採掘装置がないのは、おそらく海賊が持って行ったからだろう。採掘装置は単体でもかなり値段が高い上、最悪フネを一つ潰す覚悟で装備すれば自分たちでも使えるのだ。売ってよし、掘ってよし、俺によしって感じか?

 

「空間鉱員もそのほとんどは0Gドッグだからね。行く先に危険があってもそこに利益があれば行くんだよ。あるいは…」

「あるいは?」

「……餌に引き寄せられたのかもね。鉱石が眠っているっていう噂にさ。それはさて置きユーリ、EVAだ。あの沈没船から使える物を回収しよう」

「ウイッス。あ、輸送船の犠牲者の方々。提案したのはこの人ですので恨むなら彼女を恨んでくれ」

「アンタが艦長なんだから全責任はアンタにくるよねー」

「「「ちげぇねぇ!わははは」」」

 

 責任者は全部の責任を負うってか?というか、ブリッジメンバー…てめェら笑ってんじゃねえよ。元日本人としては祟りとか洒落にならない程怖いだけなんだからな!だけどスカベジングはやめない!だって0Gドッグの醍醐味だしな!

 とりあえずナンマンダブナンマンダブと心の内で唱えておいて、この見つけた廃棄船を有難く使わせてもらう事にしよう。破壊されてはいるが部品単位で流用できる分、鉱石回収とか製錬とかしなくて済むから時間がかなり短縮できる。

 ミーヤ嬢をさらった奴らのフネが足の速い高速艦だとしても所詮は海賊の持つボロ船だ。長距離遠征航海も視野に入れた軍用艦として設計されているアバリスや、そんな連中から逃げ回れるように見た目よりも機動力運動性能が高い、とある大海賊が設計したユピテルの足の速さなら十分に間に合う………はず。

 

 ま、まぁ急ぐことに越した事はないな、うん。

 

「さぁー時間との勝負ッス。ルーイン」

『アイサー艦長』

「全部だ。全部とってこい」

『アイアイサー』

 

 さてさて、サルベージの時間だ。EVAを指揮する班長のルーインに連絡を取り、命令を下す。画面の向こうに立つ一見平凡層なおっさんである彼は俺の言葉にニヤリと笑みを浮かべ、すぐさま動き出した。

 わずか十数分後には何十人ものEVA班員を乗せたカッターと作業を手伝う作業用泥イド、さらには特殊工作装備…ようはただの作業用パックを装備したVE-0《ラバーキン》も発進し、EVA班の作業に加わった。

 ラバーキンはVF-0を元に作業用に改造された機体で本来ガンポッドを装備するマニピュレーターに作業用のレーザートーチやプラズマカッター、アーク溶接機などを装備している。バックパックにはサブアームも取り付けられ、色んな物も運搬可能となっていた。その所為で見てくれは不恰好だがブサカッコいいという言葉もあるので問題ない。

 むしろ問題なのは作業用の筈のプラズマカッターが射出できたりして、速度こそ遅いがもともとがフネの外板を溶断するものなので威力が高かったりとかする事で……下手な武器より強力な工具ってどうなんだろうな。

 

 まぁそんなこんなで漂流船から多量の部品や物資を補充しつつ、艦隊の修理を急ピッチで行った。メテオストームで穴ぼこをあけられた彼女も徐々に元通りになっていく。だが、いざ作業を始めると今度は見えないところで様々な問題が浮き上がってきたのだ。

 

『ダメだ艦長、シェキナで使われていたレーザー発振体の約70パーセントのエネルギー回路が逝っちまってる。かろうじて撃てるかどうかだ』

「マジっスか?」

『マジだマジ。それにシールドジェネレーターも負荷が蓄積していて危ないな。シールドジェネレーターはAPFシールドも連動してるから調子が悪い。一応は予備と取っ換えたから動かせるが、完全に直すにはドッグじゃないと無理だ。APFシールドはともかく、デフレクターはしばらく使えんぞ』

 

 デブリに突入する前に整備班の班長であるケセイヤは、ユピテルの中を飛び回って損傷度合を調べていた。彼は漂流していた採掘船を発見した後もEVE班長のルーインさんも協力し、船外の損傷度を調べたのだが、その結果がこれだった。

 特にユピテルの特徴ともいえるホーミングレーザー砲のシェキナの不具合が痛い。レーザー発振体自体はモジュール化された一つの大砲ユニットでしかないのだが、それらを連ねて砲列として機能させている。普通なら損傷部分を予備部品と交換するだけですぐに終わる筈だった。

 だが今回のメテオストーム越えの際、シェキナを想定していない運用の仕方をしたので、エネルギーバイパスと砲塔モジュールを連結している回路に問題が発生したらしい。要するにモジュールだけを一部取り替えたところでどうしようもなく、十中八九不具合が発生するらしい。

 

『ソレとデフレクターを潜り抜けちまったデブリの所為で左舷側の装甲板は総取っ換えだな。スラスター周りに食い込んだ破片も除去しなきゃ航行に差し障る。幸い採掘船のデブリから大量の資材が手に入ったから修理は可能だが……』

 

 言いよどんだケセイヤに俺は頷く事で続きを促した。

 

『装甲板の取り換えを計算したら、ザッと見積もって3日はかかる。俺たちが人権無視で無茶したら1日ってところか。それ以上早くはできねぇぞ』

 

 それ以上に無茶したら作業工程が3分の一になる事にあいた口が塞がらないんだが、まぁいい。それよりもあんまり時間を掛けると…いろいろとマズイんだが、どうにかならないか?

 

『だから無茶言うなって……って言ってもだめだよなぁお前さんの事だし』

「さーせん」

『……フネを動かしながら装甲板を交換するのは無理だが、穴を塞ぐだけなら硬化テクタイトのパテで埋めるだけで済むから動きながらでも出来るぜ?その代わり装甲が薄くなるから防御がグッと下がるけどな』

 

 そこら辺はAPFSがあるから大丈夫だろう…たぶん。幸いな事に宇宙船に効果がある対艦ミサイルとかは小マゼランでは数が少ない。ミサイルの性能自体お互い性能低いから、場所取るし速度的に当たり辛いミサイルは何かと敬遠されているからな。

 ……まさかこれフラグにならないよな?

 

『すぐに取りかかるぜ。他は終わってるから動かしてもOKだぜ』

「わかった。EVA班が戻り次第出航するッス」

 

 ケセイヤの報告が終わり、通信ウインドウが閉じられる。俺は艦長席の上で居住まいを正すと少し瞑目した。

 う~ん、まずい。このままだと純粋な火力プラットホームはアバリスだけになってしまう。ユピテルにも一応シェキナ以外の火砲はあるにはあるが、開発が主にホーミングレーザー砲に傾いていたからあまりいじくっていない。一応は総合的な火力は小マゼランの平均で考えれば高いがホーミングレーザー砲シェキナには及ばない。

 だって便利なんだもん。シェキナ…。便利すぎてそちらばかり使っていたのが仇になったか。これからも使うけどな!便利だから!

 

「さぁて、どうするッスか…」

 

 とりあえず、手持ちの手札はダメージが蓄積した戦艦二隻、そのうち一隻はメインとなる特殊兵装の機能を失っている。対して敵は人工惑星を拠点に持ち、水雷艇や駆逐艦クラスが多いとはいえ、巡洋艦を旗艦とした艦隊を組んでくる。

 普通に考えれば絶望的な戦力差だな。原作では駆逐艦二隻くらいで突撃かましてたが、さすがに無謀だろ現実的に考えて……このまま不用意に突っ込んだら、最初は良くても途中でこっちが息切れして押し切られるところしか想像できねぇよ。

 

 海賊の本拠地に乗り込むのは初めてではない。ついこの間、前のセクターであるエルメッツァ・ラッツィオ宙域にあったバルフォス・スカーバレル海賊団本拠地に乗り込んで、首領バルフォスをギッタンギッタンにして政府軍に手渡した。

 これは原作ではなかった事でもある。原作において首領バルフォスは主人公を加えたエルメッツァ正規軍の大規模侵攻軍との戦いに敗れ、そそくさとラッツィオ本拠地を見捨ててエルメッツァ中央宙域に逃亡しているからだ。

 

 

 まぁ、危惧すべき問題はそこではない。バタフライエフェクトも怖いが、それよりかはもっと現実的な問題に直面している。戦力数が圧倒的に不足しているのである。たった二隻の艦隊なんだから、いまさら何を言っているんだといわれそうだが、純然たる事実だ。

 ラッツィオ本拠地の時、俺たちは正規軍と一応連携して行動していた。正規軍の侵攻ルートとは別ルートから侵攻し、敵地に対して圧力を掛けさせるのが本来オムス中佐が考えた俺たちの仕事だった。多方面で敵をおびき出して海賊の戦力の分散を図るのが中佐の目的だったと俺はみている。

 つまり、あの段階では潜在的な大艦隊が控えていたと言っても過言ではなかった。あの敵の大戦力を相手にして、その防衛線を突破できたのも、ひとえに顔も知らないエルメッツァ正規軍艦隊の皆様のご協力があったからなのだ。おまけに俺は戦いに備えてため込んでいた私財を投げ払い新造艦まで投入したのだ。戦いは数と質だよ兄貴。

 

 対して今回、ある意味では偶発的に発生してしまった本拠地侵攻と言えなくもない。仲間と少女を誘拐され、おまけに仲間は乱暴される直前だった事で、頭どころかトサカにまで血が上った俺たちは、勢いでメテオストームすら突破してしまったのである。

 しかし宇宙航海者である俺たちはいわゆる武装市民という位置にカテゴライズされる存在であり、一個のマシーンとして全体を一とした獣となる訓練を積んだ軍人と違い、民間から集まった人々が組織している集団である。

 だから軍人のように感情を抑制する訓練は基本していない。冷静に考えれば、今回はそれが裏目に出てしまったのだと改めて思う。0Gドッグたちの人情あふれる……言い換えればその場の雰囲気に感化されやすいという部分がこの事態を引き起こしたのだ。

 

 実際、俺も結構その空気に流されていたしな。艦隊を指揮してから初めての沈没艦が出たおかげで少しばかり冷静になれたのはある意味で皮肉かもしれない。

 そんな訳で、今わかっているだけでも、正規軍の援助はなく、また事前に攻め込もうという意図もなかったので、ユピテル参戦の時と違い新造艦なども準備していないという。圧倒的準備不足が各所で露呈しているかのような惨状だ。もはや笑うしかない。

 

 むろんラッツィオの時と違い、俺たちの練度も順当に高まってはいるし、科学班や整備班の尽力で単艦の戦闘力はかなり向上しているといってもいい。

 

 だがそれでも埋めようがない程高い戦力の壁というものが俺たちの前に立ちふさがっていた。ラッツィオ宙域でスカーバレルを仕切っていたバルフォス。あれは実はエルメッツァ中央宙域に本部があるスカーバレル海賊団の幹部でしかない。

 さて、これから赴くのはそんなスカーバレル海賊団の本部がある本拠地です。戦力はどれほどになるでしょうか? 答えは、ラッツィオの時よりも多い可能性が高い。

 

「考えれば考える程……鬱になってきた」

 

 思わず嘆息する。下手すればラッツィオの時に正規軍が抑えてくれていた戦力まで加えたような大艦隊を相手に損傷艦で挑むとかどうなのよ?

 

 一応、対集団戦闘に効果ありそうなアバリスのガトリングレーザー砲がこちらにはある。しかしその性質上、散布界が広い分、遠距離だと拡散しすぎて威力がない上に消耗が激しい。

 海賊はショートレンジでの殴り合いが本文な水雷艇や駆逐艦を多用する。そういう奴らを相手にする以上、ある程度は距離を取って戦わねばならないから、離れると効果が激減するガトリングレーザー砲の効果的な運用は難しいだろう。駆逐艦までならガトリングレーザーで被害は出せても巡洋艦クラス以上には効果が薄いと思うしな。

 

 普通の指揮官なら、そういうクロスレンジ艤装は封印し、戦艦ならではの長射程を生かしてのアウトレンジからの砲撃戦を行い、まずは敵の数を減らす事を選択するだろう。ショートレンジは海賊連中のホームグラウンド、ダメージはさらに加速して、哀れ此方は爆発四散。

そういうのは御免だ。わざわざ敵の得意とする距離で戦う必要はないのだから…。

 

 ただ、それだと非常に長期戦になる上、下手をすると海賊に逃げられる。なにせ向こうには人工惑星の本拠地がある。おそらく攻め込まれた事も想定されていて、非常に強固な造りになっている筈だ。

 長距離からの砲撃戦で海賊の艦隊が全滅したとしても、その要塞でもある本拠地の防御はかなり厚いだろう。こっちには対地攻撃というか対惑星攻撃の装備はないのでジリ貧になる。そしてそれでも相手を倒せた場合……小賢しい海賊の事だ。お宝をもってスタコラサッサと逃げ出すに決まっている。

 

 なまじ距離があるから機動力がある海賊をもしもロストしてしまえば、もう一度見つけるのは容易い事ではない。第一それでは捕まっているミィヤちゃんの身が危ないだろう。ここでこうして修理している時間すら惜しい。海賊に逃げられないように彼女を救うには短期決戦を仕掛けるしか道はなかった。

 

「うーむ……」

 

 さりとて、いい知恵は浮かばず…か。

 

 俺は座りなれた自分の艦長席深く腰掛けるようにして座りなおす。その時、ふと外部の映像が視界の隅に映った。旗艦ユピテルの真横に浮かぶアバリスに作業用艀やドロイドや宇宙服に身を包んだEVAの人々のスラスターの光が見え、アバリスに取り付いて俺の下した指示のもとで修理作業を続けている姿はまるで蛍火のようだ。

 

 そして本艦の反対側には……何もない空間が広がっている。本来ならそこには初代旗艦である駆逐艦クルクスが浮かんでいる筈だった。だがそこにはもう彼女の姿はない。彼女は冷たい世界、コールドマターの海に戻ったのだから。

 

 だからだろうか? 何もない空間を見つめていると、どこか寂しさにも似た哀愁が心の内に沸々と湧き上がってくる。ふふ、どうも思っていたよりも俺にとって初代旗艦というのは思い入れが深かったようだ。そんなセンチメンタリズム……素敵やん。

 

 まぁ初代旗艦といっても最近はもっぱら鹵獲した海賊船の乗組員を輸送するための無人捕虜輸送船と化していたが……細けぇこたぁいんだよ! 大事なのは駆逐艦一隻とはいえ犠牲は出したのだから、このままオメオメ引き下がる訳にはいかないという事である。

 少々ヤク○さんなこの稼業、面子を潰されるのは周囲に舐められる要因にもなりえるのだ。幸い、あの宇宙の嵐の中で僚艦の一隻を失った事が、気炎を上げて興奮気味であったクルー達を少し冷静にした。

勢いは大事だが時と場合による。ある意味このままノリで突撃しなくてよかったのかもしれない。何も考えずにぶっこむのは男のロマン的にはありっちゃありだが…。

 

 

―――本艦に直撃コース、よけきれません―――

 

 

―――あのビームを見てくれ、あいつをどう思うッス?―――

 

 

―――すごく……大きいです……―――

 

 

≪ぼかーんっ!≫

 

 

 こんなラストになってしまうのが目に浮かぶぜ。さすがに勘弁願う。

 

「うーむ………考えが浮かばん」

「そういう時は少しリラックスして考えるといい。意外な考えが思い浮かぶもんだよ」

 

 頭を抱えたまま艦長席で唸る俺を見かねたのか、近くにいたトスカ姐さんがアドバイスをくれた。たしかに根を詰めすぎるのは体にも精神にもよくない。どうせしばらくは修理に時間がかかるし、これからの事を考えると少し気分転換も必要か…。

 

「そうッスね。んじゃちょっと気分転換してくるからトスカさん後任せたッスー」

「ってまだ仕事終わってない――もういない。たくしょうがないね」

 

 そしてスタコラサッサとブリッジを後にした。

 

 

***

 

 

「あー、うー、あー……あうあうあー」

 

 さて、俺は今ユピテルの大食堂に来ている。トスカ姐さんの助言どおり艦内を徘徊……もとい、リフレッシュの為に散歩に出たのだが、どこもかしこもメテオストームで受けた損害の修復を急いでいるので騒然としており……強いていうなれば、ちょっとした修羅場だったのだ。

 修理部品を運んだり、現場のリーダーが怒声に近い声で指示を放っているようなドタバタしたところに、よぉ元気ー? などと突撃できるほどの鉄のメンタルは持っていない。みんなが忙しくしているところを邪魔しちゃ悪いと遠慮と心配りが発動し、気が付けば流れに流れて食堂の一角に陣取っていた。

 

 細かい気配りが人気の秘訣……と言いたいところだが、つまるところ周囲が忙しすぎて俺の居場所がなかっただけである……笑えよベジータ。そんな訳で結局ブリッジにいたときと同じく、俺は食堂でうだうだしていた。

 

「おや、ユーリ艦長。休憩ですかな?」

「お、どうもルーさん」

 

 そろそろ諦めてブリッジに戻ろうかというときだった。たまたま食堂にやってきていたルーのじっさまが俺を見つけて話しかけてきた。

 

「どうやら何か悩みがあるようですな?」

「なんで解るンスか? まぁその通りなんすけど……」

「よろしければお聞かせ願えんでしょうかな。もしかしたらワシの持つ見識が少しは役に立つかもしれませんので」

「え?……いや、それは願ったり叶ったりなんスが……」

「はは、紛争を解決してからもご厚意でフネに居させてもらっておるので、ただ客分として居座っているのも些か居心地が……のう?」

 

 そういって汗を拭うじっさま……やべェ、ミィヤちゃん誘拐とかイネス奪還とかいろいろあってこの人たちの事を忘れていた。彼らは本来ならアルデスタ・ルッキオ星間紛争の解決をなす為に俺たちのフネに乗り込んでいたんだった。

 様子見を兼ねて惑星ゴッゾに行った筈が気が付いたら敵地に殴り込みを掛けていた。超スピードとかちゃちなもんじゃ断じてねェ…って具合に、いっしょに連れてきてしまったからな。

 たぶん爺さんの予定じゃゴッゾの後で適当な惑星に下りる予定だったんだろう。だけど俺たちが色んな意味で熱くなり飛び込んでしまったので、下りようと思ってもできなかったのだ。伝説の戦略家も予測できない行動をとった俺たちはすごいのか、はたまた唯の阿呆なのか―――後者だろうなぁ、常識的に考えて。

 

「実はどうやって攻め込もうか悩んでるんスよ」

「ほう?」

「……あれ? 反対とかはしないんスね。普通は遠距離からの砲雷撃戦とか、あるいは誘拐された人をあきらめて撤退とか言いそうなもんスが――」

「ふぉふぉふぉ、これがあるいはふつうの者たちであったなら、ワシは即時撤退を体当たりしてでも求めたでしょうな。だけど貴方は違う」

「ふぁ?」

「旗揚げからわずかな時間でこのような規模の戦闘艦を有する……そのような“特別(アドホック)”な存在なら、特別なりのやり方があるもんですじゃ」

 

 そういうものなのだろうか? そりゃたしかに俺たちの組織の成長速度は異常に早かったが、中身凡人の俺でもちょっと頑張ればできる程度の事だったぞ?

 高度に自動化されたフネのインターフェイスは猿でも使えるし、わからない事も空間通商管理局のステーションにいるヘルプGが、こちらが理解できるまで懇切丁寧に教えてくれたしな。

 そんな風に考えたからか顔に出ていたのだろう。不思議そうな顔をする俺を見たルーは苦笑するように笑うと話を続けた。

 

「まぁともかく、タダ飯喰らいはあまりよくないのでご協力をというだけの話なのですじゃ。いろいろと如何したいか、現在の状態などを教えてくだされば、ワシらの知識を生かせるでしょうな。それに最終的に決めるのは艦長の意思一つで、そこにワシらの意図は介在しえないでしょうよ」

「そこまで言ってくれるなら―――」

 

 まぁ、知恵を貸してくれるというのだ。有難くその胸を借りることにしよう。そんな訳で俺はカクカクシカジカと色々と情報をルーのじっさまに教えた。むろん撤退は許可できない事も含めてだ。

 ルーは少し考える仕草を取り、ふと視線を真横に向けた。俺もつられて視線を移動させると……居たよルーの弟子のウォル君。あまりにも自己主張が少なすぎて、すぐ近くに座っていたのに全然気にならなかった。そういえば近づいてきた時の足音は複数だった気がする。

 影が薄すぎるというのもある意味立派な技能だが、この場合はどうだろうなぁ。

 

「ウォルや。これらの前提を踏まえて、お前ならばどうする?」

「あ……うぅ……そうですね」

 

 さて、どうやらルーはこの俺の悩みを弟子にも噛ませるようだ。俺としてはいいアイディアがあるのならば誰の意見であろうと問題はない。要するに0Gドッグとして面白いかどうかが根底に据えられていればいいのだ。

 そしてウォル少年。俺の話を聞いて、戦術を熟考し始めた途端に纏う空気が変わった。なるほど、影が薄かろうが腐っても伝説の軍師の弟子。彼もまた戦場を意のままに操る者としてのオーラを持っていた。

 お、思わず俺が気圧されるくらいだといえば、この少年の秘める何かが伝わるだろう。

 

「えっと……そのう……」

「うん」

「ですから……そのう」

「うん」

「えっと……あうぅ……」

「………ちょいとちょいと、そこのお師匠さん。この子これで良いんスか?」

「いや、一通り教え込んだから出来る子なんじゃよ?」

 

 でもセンセー、引っ込み思案の軍師って色んな意味でヤバいと思います。主に意見具申が滞る的な意味で。

 その後、五分くらい経ってから、ようやくウォルくんが意見を述べた。それに至るまでに凄く頑張って自分の意見を発しようと努力する姿はなんか泣けた。この子素質はありそうだけど、この先大丈夫なのかしらん?

 

 それで肝心の戦術についてだが……。

 

「それってマジで上手くいくんスか?」

「今の、現状のこのフネの戦力から考えて、これが一番早いと思います」

「うーむ―――お師匠さん?」

「ゆったじゃろ? 最終判断はお主次第じゃよ」

「フムン、―――おk、使わせてもらうッス」

 

 未来の大軍師……今は卵であるが、若干コミュ症な彼が自信をもってお送りする策だ。聞けばなるほど、俺たち0Gドッグの流儀ともマッチする。すなわち、派手におっぱじめようぜって事だ。

 俺はすぐさま携帯端末で修理に忙しい整備班と科学班の二人に連絡を取る。ウォル少年が考えてくれた策には下準備がいるからだ。修理にてんてこ舞いの二人には悪いが、救出作戦に必要だと説明したら何とかしてくれるという。

 

賽は投げられたのだ。これで忙しくなるな。

 

 

***

 

 

Side三人称

 

 スカーバレル海賊団の本拠地、人工惑星ファズ・マティから、目視はおろか光学機器やセンサーを用いても確認するのは困難な程に離れた真空の空間。そこはファズ・マティの持つ長大な衛星監視網によって監視されていた。

 近場での情報収集を怠り、時たま現れる何も知らずにメテオストームの探索にくる迂闊な0Gドッグを見つけだし、それらに海賊行為を行う為に作られたものである。

 精度はお世辞にもいいとは言えず、基本的にはジャンク品や粗悪品を大量にばら撒いて、それらを破壊したり辛うじて生きている監視システムにとりあえず反応があれば獲物だ! という風にして見つけ出すシステムである。

 辺境も辺境であり、ほとんど訪れるものなどいない航路だというのにおかれたゴミのような、いやゴミの方がましな監視システムを置いた者たちがどれだけセコくていやしくて貧乏性で、強欲であるかを如実に表したものだった。

 

 もっとも、このシステムは別に海賊たちの強欲を満足させる為だけに使われているのではない。天然の要害である重力変調によりできたデブリの嵐、メテオストームを超えてやってくるかもしれない討伐者たちに対しての備えでもあった。

 スカーバレル海賊団の老首領、アラゴン・ナラバタスカはよく言えば慎重派、悪く言えば非常に憶病な性格であるといわれており、海賊行為は必ず“二隻一セット♡”を標語に掲げる程、自分の領分が侵される事を嫌っていた。そういった意味で、この監視網は海賊団のドンというにはあまりにも憶病で慎重な男の特徴が表れていた。

 

 

 さて、そんなこんなで本拠地であるファズ・マティでは海賊たちの海賊たちによる海賊たちのための平穏な時間が流れていた。

 さまざまなフネを襲い、惑星間を繋げる大切な物資を暴力をもって拝借し、お勤めが終われば海賊島ともいえる大本拠地ファズ・マティで疲れを癒す男たち。彼らの家とも呼べるこの人工惑星のどこかで、時折大きな炸裂音や喧嘩の喧騒が響くのは御愛嬌である。 

 

 そんな海賊たちにとっては実に平凡かつ、実に平穏な一日が始まろうとしていた時。彼らの監視網の中に突如として巨大なフネの反応が二隻現れた事で、彼らの平穏な一日は終わりを告げた。まるで鳥の巣をつついたように騒がしくなる人工惑星。それもそのはずで彼らは久しぶりの大きな獲物に活気だっていたのだ。

 通常、小マゼランにおける平均的なフネのサイズは大体300mから400mクラスだと言われている。小さい物で120m位だ。そんな大きさであっても大量にばらまかれたジャンク監視網は探知する事ができた。海賊老頭領アラゴンが結構ケチでガメつい男でもあったので、精度は兎も角として察知する能力だけは高かったのである。

 

 それに、この空域に突如として現れた反応は、実際巨大なものだった。ジャンク品ではあるが最低限獲物の大きさくらいは解るセンサーで調べたところ、出現した反応はデータ上においては少なくとも通常の船籍の倍、もしくは三倍以上の大きさがあった。

 いきなりの事態に酒瓶片手に半分船を漕いでいた周辺監視係の海賊が、コンソールから鳴り響いたビーブ音に驚いて椅子から転げ落ちたのは致し方ない事だった。

 詳しい解析は予算の都合上不可能であったが、彼らとしてはそれで十分だった。この様に大きな、1000mクラスのフネというものは、そのほとんどがビヤット級とよばれる大型輸送船である。

 ファズ・マティ周辺にこのような大きな輸送船が向かうような惑星はほとんどない。だが大方、あまり周辺の情報に詳しくない採掘屋が、新たな宇宙鉱山を探して重力変調の嵐を超えてきたのだろうと海賊たちは思った。年に数回、そういう事があるのだ。

 

 そういう採掘屋のフネは鉱石や交易品などの物品は積み込まれてはいない。だがそれらを合わせても御釣りがくる獲物である。何故ならそういうフネには得てして仮掘り用の高価な採掘設備や鉱物捕獲機材に解析機器が積まれている事が多いからだ。

 その為、なるべく無傷でとらえる為に、スカーバレル海賊団はこれまでと同じく、まずは小集団の先遣隊を発進させた。この小艦隊が獲物の進路を妨害し、その空域に釘づけにする。

 

 その間に大量の本隊を逐次投入し、集団で取り囲んで完全に逃げられなくしたうえで、駆逐艦数隻からなる突撃隊を突入させ、獲物に取り付き中で白兵戦を仕掛けてほぼ無傷で捕獲するのだ。数だけは多くいるからこそ出来る芸当であるともいえる。

 これでまた獲物から得た莫大な富のお零れで、賢いボスの下で享楽の時を過ごすことができる。酒に財宝に、女……もしくは男。欲望に染まった男たちを乗せた海賊船は心なしか足取りも軽く、反応があった宙域に急行したのだった。

 

 しかし、浮足立ちながらも発進した小艦隊であったが、少しして敵と接敵し交戦を開始した直後に通信が途絶し、さらには小艦隊自体の反応も消失してしまった。交戦するという通信が来た直後に反応が消えたので、本拠地の通信設備にいた海賊たちはまた設備の故障かと思ったほどだった。

 だがそれは違うとすぐに知る事になる。何故なら監視衛星網はしっかりとリンクを保っていたからだ。その証拠に比較的新しいジャンク監視衛星が持っていた光学観測装置が辛うじて起動し、それから送られてくる映像がきっちりと映し出されていたからだった。

 

 

―――監視衛星を次々と破壊しながら迫る1000m級の二隻のフネ。

 

 

 一隻はグレーに染まった装甲板に赤いラインが走った、長方形の葉巻型をした胴体にブリッジや後部ウイングブロックといった様々な設備を取り付けたような、先鋭的なデザインをしたフネであった。解像度が悪い映像データでも確認できる程に重武装が施されたそれはまごうことなき戦艦である。

 無駄を極力排除しつつも圧倒されるような重厚な雰囲気を放つその戦艦。海賊たちが知る由もないが、このフネは大マゼランの国家アイルラーゼンで長年運用されている主力戦艦のバゼルナイツ級であった。

 

 そして、そんな弩級戦艦の斜め後方をゆっくりと航行するもう一隻の艦があった。

 先の弩級戦艦バゼルナイツ級よりも遥かに大きく見える戦艦……、ブリッジと思わしき構造物が付いたリングボディの中に、白く輝く滑らかな曲線を持った美しい船体を持つ超弩級艦。

 先の戦艦よりもはるかに巨大に見えるのは、全長が長い事もあるが、その全長に全高が迫るくらいの大きさであったからである。その巨体を隠そうともせずに迫るそのフネは、先のバゼルナイツ級と同じく海賊のデータベースには無いフネであった。

 

 しかし、データベースにはなくとも、この二隻の事を海賊達はよく知っていた。今、長距離遠征組を中心にして海賊達にこんな噂が流れている。

 

 

『しらないのか? 白鯨に出会った海賊は絶対に逃れられない』

 

 

 白色に輝く船体を持ったフネに出会った者は、根こそぎどころか尻の毛まで引っこ抜かれて、近くの惑星に放置される。その白い巨体から付いた渾名は――“白鯨”――漆黒の宇宙空間を悠々と航行するその姿。何ものも恐れないそれは、伝説に聞く怪物、モビーディックである。

 

 そんな噂の白鯨が、自分たちの本拠地に現れた事で浮き足立つ者も少なくはない。ファズ・マティの周辺を監視していた海賊たちが、大慌てで自分たちの首領(ドン)であるアルゴンへと伝える為に走った。

 

 

 

 スカーバレル海賊団のトップに君臨する老首領。アルゴン・ナラバタスカは、その時自室にて献上品の上物の酒を開けようとしていた。コルクを捻りグラスに注ごうと傾けたところで、無粋にも首領室に飛び込んできた配下に若干顔を顰めるが、その様子を見て緊急の用だと察し、部下の報告を待った。

 

「首領! ファズ・マティに巨大な戦艦が! しかも白鯨が出たんでさぁ!」

 

 取り乱す部下の言葉にアルゴンはピクリと眉を動かした。部下が言う白鯨。その怪物めいた処々の噂についてはアルゴンの耳にも届いていた。用心深く謀略に長けたアルゴンはたとえ末端の連中の戯言であっても信憑性があれば耳を傾けていたので、嘘か真かはわからないが白鯨の酷さは知っていた。

 

 そして最近、その白鯨が幹部に預けた自分の本拠地の一つを軍と共に潰した事も潰された本拠地の生き残りから聞いていた。軍とは別のルートから単騎で挑んできたそれは、一度は追い詰めたものの、どこからともなく見た事がない……形状から後の白鯨の元になったであろう巨艦を持ち出して反撃に転じ、幹部の一人を拿捕したのだという。

 以降から、その時に現れた巨艦が改装を受けて旗艦となり、後の白鯨の噂に発展していく事になる。この頃から遠方に出ていたスカーバレルの分艦隊が急激に数を減らしていった。それは噂の白鯨が、まるで常に飢えているかの如く、見つけた小艦隊は悉く平らげていったからだ。

 

 されど、アルゴンはそれほど白鯨を恐れてはいなかった。

 

 理由としては、フネを奪われた海賊たちは末席の末席、遠征組の小艦隊に属する者たちであった事があげられる。実力的にも装備的にもあまり強くはない上、獲物となる交易船や輸送船を見つけたら一艦隊では挑まず、周辺の仲間を呼び集めて戦う、事実上の偵察隊に等しい者たちだ。

 そんな連中が入れ替わるのは決して珍しい事ではない。広い宇宙とはいえ、その宇宙に根差す大国の軍隊とも駆け引きしているのだ。末端の下っ端たちの顔ぶれが毎日変わる事もごく普通の事だった。海賊稼業もそうだが、この宇宙航海時代は弱肉強食。強い者が生き残り、敗者は辛酸を舐めるのみである。

 

 つまるところ、アルゴンは白鯨の事をちょっとカスタムした大型艦を駆る新参の0Gドッグであると考えていた。武士の情けも持たない海賊すら慄く外道かつ強欲な奴らであるが、それだけである。ここは海賊本拠地人工惑星ファズ・マティ。スカーバレル海賊団の庭だ。地の利はこちらにある。

 

「数はどうかの? 周囲に軍も展開しとるのか?」

「いや、反応があったのは二隻だけでさぁ」

「ふむ、これは生きのいい獲物が来たもんじゃ…」

「へい…? 首領、いまなんて?」

「ホーホーイ! 大物が来おった来おった! ―――何をしておる! 海賊島から全艦隊を出して数で踏みつぶしてしまえい! どんな強力なフネでも数には勝てん! 」

 

 小マゼランのエルメッツァ星間国家連合で策謀を巡らし、スカーバレルを一介の海賊とは一線を画す巨大な獣に育て上げた老練の男は、頬が引きつる程に口を釣り上げて笑うと、それを見て呆然と突っ立っている部下に大声で全艦隊を差し向けるように指示を下した。

 アルゴンは手を叩かんばかりに歓喜していた。策謀を巡らす事もなく、獲物が態々こちらの咢の中に飛び込んできてくれたのだ。いくら強力なフネでもたったの二隻では数を相手に潰されるのは戦術の基本中の基本である。それを利用しない手はない。

 ただ一瞬だけ、二隻の反応はおとりで近くに中央政府軍の艦隊が潜んでいるのではないのかという考えが浮かんだが即座にそれを否定した。政府軍の中には金で釣り上げたスパイが各所に紛れているし、星団連合という旗を背負って立つ軍には大国の面子というものがある。

 高々海賊相手に奇襲などといった高度な戦術など不要、正面から正々堂々と押しつぶす。そう叫ぶ軍上層部のお偉方も少なくはないのだ。もっともそうなるように各所に黄金色のお菓子をばら撒いているのだ。そうでなくては困る。

 

「おおっ。いい事を思いついてしまった。やはりワシは天才だ。―――だれか、だれかおるか?」

「へい、なんでしょうか?」

「おお、先ほどの命令に追加で、できるなら鹵獲するようにも伝えておくように」

「白兵戦ですかい。腕っこき共もよろこぶでしょうな」

 

 すでに自分の艦隊が愚か者を押しつぶす姿を幻視した男の小賢しい事を考え付くドドメ色の脳みそは白鯨に利用価値を見出していた。末端とはいえ小艦隊を何度も鹵獲していったカスタムシップ、それを鹵獲し運用できれば自分の海賊団はさらに高みに至れると考えたのだ。

 

「ほひぃ、なんだかテンションあがってきちゃったな」

「でしたら首領。勝利の宴とかやったらいいんじゃないですかね? ちょうどよく首領好みの可愛い子ちゃんが上納されたと報告が……」

「ほぃー! いいじゃないかのう! それじゃあその可愛い子ちゃんに酌でもしてもらおうかのう!」

「下界じゃ結構人気があって歌とかもうまいって話ですぜ。もちろん処女です」

「ほぃぃぃぃ!! 最っ高じゃな!! 歌でも歌わせて、堪能した後は……ふひィ」

「んじゃ、宴の準備もするように伝えときます」

「ほっほっほ、楽しみじゃ~」

 

 こうして自陣の勝利を疑わないアルゴンは早めの勝利の宴を画策して悦に浸っていた。

 

 そして首領(ドン)の号令に従いファズ・マティに係留中の海賊船艦隊が次々とファズ・マティを出航し、接近中の白鯨の艦隊へと進行していく。

 海賊たちが恐れる白鯨と対峙しなければならないが、自軍の前衛にはフランコ級水雷艇やそれのアッパーバージョンにあたるジャンゴ級水雷艇が26隻、それらに混じり艦載機が運用できる異色の駆逐艦であるゼラーナ級10隻と、その改装型で艦載機運用能力をオミットしたガラーナ級駆逐艦14隻の50隻もの艦隊が進んでいる。

 

 その混在した艦隊の背後には射程の長いレーザーを持つ15隻のオル・ドーネ級巡洋艦と、そのオル・ドーネ級の外装換装モデルで今回の戦いを指揮する幹部が乗り込んだ旗艦のゲル・ドーネ級を含む同型艦が5隻、悠々と宇宙を進んでいた。

 特に旗艦を含むこのゲル・ドーネ級は、船体各所にミサイル発射管を装備した実体弾特化型のフネであり、ビーム対策に重点を置いているこの世界の艦艇にとっては、逆に驚異的な存在であった。費用対策の問題から数が少ないこの艦を5隻も導入するあたり、今回の白鯨に対する本気度がうかがえるものである。

 

 70対2というある意味絶望的なまでの戦力差。幾ら巨大で強力なフネでもこの差は覆せまい。たとえ覆されたとしても、自分たちの後ろには更なる防衛線が引かれているのだ。それだけあれば倒せない道理はないだろう。それに相手は巨大だからこちらが撃てば攻撃は当たる。攻撃があたれば倒せると、海賊たちは自信をもっていた。

 

「まもなく敵艦と接敵! 交戦宙域に入りますぜ!」

「敵の動きを注視しろ!各艦APFシールドを戦闘レベルで展開! エネルギーの残量には注意しろよ!」

「交戦準備アイアイサー! 全員ベルトしめろぉー!」

 

 とはいえ、距離は離れているモノの。相手は幾たの同胞たちの海賊船を沈めたり奪いつくしてきた“白鯨”である。油断は出来ない。前衛艦隊を預かる幹部は、すぐさま交戦準備を行うよう各艦に通達した。艦隊の全てがAPFシールドを戦闘レベルで起動。船体を覆い隠すように膜状の薄いフォース・シールドが幾重にも展開する。

 攻撃命令が出ればすぐにでもぶっ放せる。そんな張りつめた弓の如き状態になった時であった。白鯨を注視していた海賊船オペレーターが敵の動きを察知して声を張り上げた。

 

「敵1番艦っ! エネルギー量が急激に増大ッ!」

「お頭!なんか変なのが敵の甲板に出てきましたぜ?」

 

 海賊達が見ている前で、白鯨艦隊の前衛を受け持つ異色の弩級戦艦バゼルナイツ級戦艦の上甲板にせり出してきたのは、大小様々な砲口を束ねた巨砲であった。ガトリングレーザー砲と呼ばれるその複合型口径連装砲の砲口から、エネルギーの活性化したのか光子が零れ落ち始めた。

 それと同時に砲塔が稼働し、その砲口の矛先を真っ直ぐと海賊艦隊の中心部に合わせて照準を固定した。その間にもバゼルナイツ級からのエネルギー供給が続き、ガトリングレーザー砲は、まるで脈動するかの様にエネルギーラインを鼓動させていた。

 

「なんか今にも発射できますって感じだぜ」

 

 一人の海賊がそう漏らした。それはこの場にいる全員が思っている事でもある。

 

「ふん。この距離で撃ったところで当たる訳があるかよ。ありゃこけおどし、ただのブラフだ」

「ブラフ……なんだぁブラフかぁ」

「ブラフだってよブラフ」

「そうかぁ、なら安心だ…………で、ブラフってなんだ?」

「「しらねえ」」

 

 白鯨が見せた攻撃の兆候に対し、海賊の幹部は部下たちの士気低下を軽減させようと、それを虚仮威しであると言って強がって見せた。だが対する部下たちの反応はあまりにも愚かしいものだった。

 幹部は自身の出来があまり良いとは思っていなかったが、それよりも遥かにひどい部下たちの脳みそには少しばかり頭を抱えてしまう。こんな程度でよく生き残れるものだと思うが基本的には自分より立場が偉い者に従うのが下っ端海賊だ。指揮さえ間違えなければそれほどひどい事にはならないのである。

 まぁ頭の出来がよろしいのなら海賊稼業なんてアコギな商売に足を突っ込む訳がない。今はそれよりも目の前の強敵に挑まなければならないので幹部は思考を切り替えることにした。

 

「……まぁいい。おいデータ解析しとけよ」

「へい。エネルギー量から発射までの予想時間をカウントしますぜ。敵艦砲撃開始まで、あと―――」

「カウントダウンに合わせて回避起動パターンを先行入力」

「へい、TACマニューバパターンを先行入力。艦隊機動と連動」

「それと、白兵戦するからな? 手空きの奴らは武器もってエアロックんとこ行ってろ。取り付いたら出番だ」

『へーい! 腕が鳴るぜー!』

 

 相手が攻撃の兆候を見せるのと同じく、海賊艦隊もまた攻撃準備を整えていく。艦内で警報が鳴り響き、戦闘直前の騒々しさが艦全体に響いていた。

 

「敵艦、射程まであと5000――っ! 敵二番艦の熱量が急速に増大してる! 発射時期、想定より早い!」

「攻撃が来るぞ! 各艦よけろ!」

 

 最初に戦いの火ぶたを切ったのは白鯨からだった。意外な事に最初の砲撃を行ったのは、前衛でこれ見よがしにガトリングレーザー砲をアイドリングさせていた敵の一番艦ではなく、その背後にいた白鯨であった。

 白鯨は砲にエネルギーチャージを行っていた一番艦の背後で、静かに成り行きを見守っているように見えていた。それを見て海賊たちは、先に攻撃を行うのは敵の一番艦で二番艦に位置する白鯨はまだ攻撃してこないと思っていた。

 しかし白鯨は、いきなり機関出力を最大に上げて電光石火でレーザーを一斉射した。

 

「うわぁ!」

「当たったぁ?! し、しずむぅぅ!」

「さわぐな! かすっただけだ! ダメージレポート!」

「て、敵の攻撃、艦隊左舷側を通過、前衛および本艦隊に損害なし」

「みろ! 距離があるから命中なんてしない! それよりもこっちも撃ちかえせ! 次の攻撃をさせないために、撃って撃って撃ちまくって距離をつめるんだよぉー! 」

「へい船長ーッ!」

 

 白鯨から放たれた最初の一斉射は海賊艦隊の至近距離を掠め、圧縮粒子の弾頭を拡散させながら虚空へと消えていった。非常に距離が開いているので、敵の初撃は掠めるだけに済んだものの海賊船の中は浮足立っていた。

 先の攻撃は艦隊に影響が出ない空間を通過したが、その位置は非常に海賊の艦隊に近い空間だった。言い換えれば圧縮粒子のレーザーはあと僅かで艦隊に対し、なんらかの影響を与えられる距離を通過したという事である。現にエネルギー衝撃波がレーザー通過時に艦隊を揺らしたので混乱に拍車をかけていた。

 

 艦隊を統括する海賊幹部は敵である白鯨の恐るべき超長距離攻撃能力を目の当たりにして内心では怯えつつも、怯んだ部下たちを鼓舞しつて海賊流の対艦戦術を展開する。とにかくレーザーを盛大にばら撒いての突撃だ。

 

 一見すると非常に愚かな戦術に思われるが、実はそうでもない。この時代ほぼすべての艦艇にはAPFS(アンチエナジー・プロアクティブ・フォース・シールド)、対エネルギー・プロアクティブ力場遮断と呼ばれるフォース・シールドが実装されている。

 このシールドは指向性の高エネルギービームに対して、その固有周波数に干渉して威力を減衰させる。このシステムにより、たとえ小さな水雷艇であっても一度のエネルギー兵器の照射で轟沈させるのは難しかった。もっともこのシールドが防げるのはエネルギーや熱だけなので、ミサイルや物理攻撃に対してはまた別の防御がいるが……。

 

 それはさて置き、幹部が艦隊を突っ込ませたのにはもう一つ理由があった。それは先ほどの攻撃がすべての砲門を向けた一斉射だったからである。広大な宇宙空間で加速している動的物を砲撃で撃ちぬくのは難しい。そのため通常は複数の砲塔を一つの艦艇に向けて照準し、時間差をつけて発射する事で弾幕を形成するのである。

 

 しかし先ほどのような一斉射撃のように一度にすべての砲門を開くと、瞬間的な火力は凄まじいモノがあるが、その分砲塔に集中するエネルギー量の増加などを事前にセンサーに捉えられてTACマニューバなどの艦隊回避機動によって回避されやすい。

 さらに言えば強力な砲撃ほど次の砲撃までに冷却やエネルギーチャージ、さらには射撃諸元の再設定によるインターバルを必要とする。先ほどの攻撃ならば、確かに直撃を食らえば水雷艇・駆逐艦とは次元が異なる防御力がある巡洋艦のAPFSですら減衰しきれず大破、あるいは轟沈させられるだろう。

 とはいえ、これは当然ながら当たればの話である。現実には先ほどの攻撃は外れ、各艦に被害は出ていない。好機であった。足の速い事には定評がある海賊船ならば、敵のインターバルの隙をついてショートレンジまで接近できる筈である。

海賊は数だけは多いのだから、一隻や二隻沈められても大した問題ではない。

 

「敵一番艦熱量増大! 来るッ!」

「なぁに!? 回避しろっ!」

「間に合わない! こいつ当たるッ!」

 

 だがその時、ガトリングレーザー砲をアイドリングさせていたバゼルナイツが動き出した海賊船目掛け砲撃を開始した。プールされていたエネルギーが大小様々な口径の砲門から一気に押し出され、パルス状のレーザーとなって空間にばら撒かれていく。

 

 最初に命中したのはガトリングレーザー砲の射線に乗っていた前衛艦隊に所属する駆逐艦であった。たまたまエンジンの調子でもよかったのか他よりも突出していた事で、真っ先に砲撃の雨に飛び込んでしまったのである。

 命中した瞬間、海賊船が展開していたAPFSはその役割を十全に果たした。幾重にも多重にレイヤー展開されているフォース・シールドが、命中弾の固有周波数と一致していた事もあり、最初の命中弾はシールドに減衰されて弾かれ、空間に粒子をまき散らしながら火花となって消滅した。

 

 しかし、すぐに次のレーザーが命中する。そう、このガトリングレーザー砲の恐ろしいところは単発ではなく次々とおかわりが届くところにあった。

 

 レーザー砲は口径や製造された工廠の違いで、それぞれレーザー弾頭の固有周波数が異なる。海賊達は知る由もないが、ガトリングレーザー砲はとある技術者が倒した敵から集めたジャンク品のパーツをニコイチ修理がてらキメラの如くつなぎ合わせたキメラレーザー砲である。

 いうなればガトリングレーザー砲のレーザー弾頭は、それぞれ固有周波数が違うのである。こうなると、いくらAPFSがレイヤー展開できるといっても限界があった。固有周波数に合わせられない領域の周波数のレーザー弾頭は防げないのだ。

 

 こうして海賊船は哀れ爆沈……とはならなかった。

 

「……あれ? 敵のレーザー命中してたよな?」

「へい、完全に直撃してた筈で……威力が低い?」

 

 散布界に侵入していた海賊艦隊であるが、被弾したフネのほとんどがそれほど被害を受けなかったのである。むろん小破やぎりぎり中破の艦もいるが、戦闘に参加するのに問題ない程度の損傷具合だった。何故か?

 原因はガトリングレーザー砲の構造にあった。砲塔一基につき砲門が複数あるガトリングレーザー砲はその構造上、あまり多くのエネルギーを砲門に回せなかった、つまり一発一発の威力はあまり高くなかったのである。

 また面の攻撃を主とした拡散率の高さの所為で、互いの有効射程より離れた距離からの攻撃は非常に密度を欠く攻撃となっていたのである。もともとが近距離で使用されるものであるので、ある意味で当然といえた。

 

 しかしながら、この攻撃は海賊達に動揺を与えるに相応しい効果はあった。レーザーのカーテンが迫ってくるような見た目が派手なものなので、ビシバシと船体を揺らす振動は否応なしに海賊達の神経を削っていた。

 だいたい正規の軍隊のように冷静さを保つ訓練をしているなら兎も角、普段から自分のしたい事だけをしたいように自由に、別の言い方をすれば怠惰にかまけていた彼らが浮足立たない筈がなかった。

 

「各艦分散しろ! やつらの尻を蹴飛ばしてやれ!」

「敵艦がこっちの有効射程に入りやしたっ!」

「全門開放! こちらも撃て! 反撃だ! 焼きつくまで撃ちまくれッ!」

「アイアイサー! 全砲門、発射ぁー!」

 

 白鯨艦隊からの攻撃に晒されながらも加速していた海賊艦隊は、ようやく白鯨艦隊をその射程に収める事に成功した。これまで牽制程度に散発的にとどめていた砲撃をやめ、とにかく撃ちまくる。少しでも敵の照準がずれたり、砲撃のインターバルが伸びればめっけもの。全力砲撃が海賊艦隊から放たれた。

 海賊の駆逐艦や巡洋艦が、各々一定の距離を保ちつつ、オーバーヒートを起こさないギリギリのラインでインターバルを挟みながら砲撃を開始する。互いのレーザーは空間に極少量漂っているガス雲によりエネルギー流が複雑に干渉しあい、あらぬ方向にレーザーが曲がるがそれでも撃ち続けた。

 

 海賊の砲撃術の練度は決して高くはない。空間に漂う物質の干渉で命中率が下がっている事を考慮しても精密砲撃はあまり当たらない。されど彼らには数があった。海賊艦隊70隻の内、前衛を預かる50隻の艦隊が放ったレーザーは宙に光芒の五線譜を入れて飛翔する。

 光弾の殆どは虚空に消えるが、それでもいくつかの凝集光弾頭は白鯨の前衛艦であるバゼルナイツ級戦艦に命中している。バゼルナイツの強力なシールドがレーザー弾頭を減衰させて空間にプラズマ光を撒き散らすが、命中の瞬間にシールドが揺らいだ時、いくつかの砲撃がバゼルナイツの装甲を焼いた。

 

 それは明確なダメージを与えたわけではなく、文字通り装甲の表面を熱しただけにとどまっていたが、それでも海賊達にしてみれば敵は鉄壁の防御ではなく、当たれば攻撃が通るという事実に海賊たちの士気は上がっていく。

 だんだんと彼らは、敵は化物でもなんでもない、こちらと同じ人間が乗ったフネなのだという風に感じ始めていた。このままさらに近づけば砲撃の精度も威力も上がっていく。数に勝る自分たちが白鯨にされてきた事を万倍にして返してやれるのだ。

 悪党にも悪党なりの矜持がある。彼らにも仲間意識は存在し、くしくも白鯨艦隊という脅威によってより結束力が高められた結果だった。

 

 こうして会戦当初から下り坂傾向であった士気が一時的であるが回復し、各艦の攻撃が熾烈さを増した。インターバルの限界に挑むかのようにして連続して発射されるレーザーが、白鯨艦隊前衛艦の分厚いシールドを撃ち抜き、センサーマストを圧し折り、装甲の一部を融解させたのを見て更に士気が上昇する。

 

 遂には装甲の一部からガスを吐き出し始めた前衛艦のバゼルナイツ級を目にし、この流れに海賊幹部は運が向いてきたと内心ほくそ笑む。図体ばかりデカけりゃいいもんじゃねーんだぞ!クソヤロウ!と、幹部がモニターに向かって中指をおっ立てていると、モニターに映る二隻の敵艦が急に後進を始め、海賊たちから距離を取り始めた。 

 

「あいつ等しっぽ巻いて後退していきますぜ!」

「へへ! 流石にこの数にはかなわねぇってかぁ?」

 

 おそらくはこれ以上接近されないように後退したのだろう。海賊と言えば敵船に乗り込んでの白兵戦と昔から決まっている。それを防ぐつもりなのだ。

 

「逃がさねぇぜ! 捕鯨だ捕鯨! おいしい腸(はらわた)にかぶりついてやる!」

「ひゃっはー! とにかく突撃だぁー!」

「よし! 追い詰めるぞお前ら! 全艦全速前進! ぶっころしてやれっ!」

「「「よっしゃぁぁぁ!」」」

 

 ここにきて、海賊たちは自分達の勝利を確信していた。圧倒的なこちらの攻勢に耐え切れず、白鯨艦隊は尻尾を巻いて後退しているように見えていたからだ。自分たちが圧倒的有利であり、あの恐怖の対象である白鯨を追い詰めているのだ。数々の同胞を暗い宇宙に沈めた敵がこの手で追い詰められている。士気が自然と上昇するのも頷ける。

 

「敵が逃げるのを止めました。チャンスですぜ!」

「この隙に乗り込んで中から占領してやりやしょう!そうすりゃあのフネも俺たちのモンだっ!」

「うるさいぞ。艦隊の動きは俺が決める。無駄口叩いてる暇あったら手を動かせ! ゲル・ドーネどもに連絡! 全艦ミサイル発射よぉいっ! 本艦も前に出るッ!」

「アイ、アイ、サー! 鉄の雨を降らせてやるぞ!」

 

 後退もやめて停止した白鯨に幹部はさらなる攻撃を指示した。幹部は内心うまく行過ぎているでは無いかと、すこし不審に感じていたモノの。今まさに目の前で恐怖の対象だったモビーディックを落とせるという事実が彼等の眼を曇らせていた。

 

 幹部は駆逐艦達を盾にして後続に控えさせて温存していた海賊艦隊側の切り札。ゲル・ドーネ級ミサイル巡洋艦を前に動かした。どんな小さな宇宙船でもAPFSが標準装備されているこの時代のフネはレーザーで落とすのは難しい。

 

 だがミサイルや高速砲弾のような質量を持った武器はAPFSでは防御できないので、強力なAPFSを持つ敵に対して、ミサイル攻撃は有効な攻撃手段だった。その有効なミサイル巡洋艦をこれまで幹部が使わなかったのは、ミサイルの宿命として弾速がレーザーに比べて遅い上に射程も短いというものがあった。

 照準すれば標的まで直進するレーザーと違い、ミサイルは空間に漂うデブリの影響も受ける。一応は相手を追尾するホーミング性能もあるが、空間を高速で移動するフネに追随する為に加速しているフネから放たれたミサイルも加速されているのでミサイルの機動変更は非常に難しい。

 またECMといった電子妨害もあるので追尾機能は実質保険程度の役割しかなかった。

 

 だがそれでも、接近して確実に命中するように放てば十分驚異的な攻撃となりえる。事実ゲル・ドーネ級には艦首を三方向から取り囲むようにして、多数のミサイル発射管が詰まったコンテナ・ユニットが設置されている。

 ゲル・ドーネ級すべてのミサイル発射管を合計すると、一度に発射できる数は驚異の184発。しかも五隻いるので五倍の920発……弾幕ってレベルじゃねーぞおい。

 

 たとえ通常弾頭だとしても、五隻のゲル・ドーネ級から放たれる対艦ミサイル一斉攻撃は正規軍の戦艦すら粉みじんにする威力を持っている。弾薬庫のサイズの都合上、一度発射するともう一回しか一斉射できない、撃ち尽くしたら終わりな、文字通り最後の切り札であった。

 

 相手が重力場を利用した質量兵器防御装置であるデフレクターを装備している可能性もあったが、一度に184発ものミサイルを発射する事が出来るゲル・ドーネ級が5隻もいる状況である。

 敵がいくら強力なデフレクターを装備しても、その装甲が分厚く堅牢であったとしても、総数920発もの対艦ミサイルを受けて無事でいられるとは到底思えなかった。

 

 ゲル・ドーネ級が艦首部分を白鯨に向ける。艦体を中心にして前方に伸びる三つのコンテナユニットに登載されたミサイル発射口が開き、あとは発射命令を待つばかりと言わんばかりに対艦ミサイルが顔を見せた。ミサイルが展開されたその光景はさながらハリネズミを思わせる。

 幹部は各ミサイル巡洋艦が発射準備完了と報を上げるまで待った。どうせやるなら一斉射を決めたほうが恰好がつく。唯一の不安点は開幕から活躍してきた敵のガトリングレーザーキャノンであったが、今はエネルギーが尽きたのか沈黙している。インターバル中なのだろう。今こそチャンスだった。

 

 今を置いて、全力攻撃のチャンスはない。成功すれば敵に大損害を与えられる上、そうでなくても反撃の手の無力化が期待できる。機関部損傷か推進器破損で航行不能に陥ればめっけものだ。

 中々に素早い白鯨に乗り込むのは先ほどまで難しかったが、これで損傷して鈍足になれば海賊十八番の敵艦に乗り込んでの白兵戦が行える。刃向う連中は皆殺しにし、投稿してきた奴らは男は売り飛ばし、女は……楽しみが増えるというものだ。略奪と暴力、これこそ海賊の醍醐味というものだ。

 

「たったの2隻で俺達を相手にしたことを後悔させてやる」

「ミサイル発射準備、完了しやした!」

「前衛艦、直掩艦、レーザー砲チャージ完了! 総攻撃、いつでも行けますぜ!」

「うむ……」

 

 海賊幹部は今まさに最高潮の中にいた。恐怖の対象だった化け物を下す、英雄的なキャプテンとして語り継がれるような伝説の男になりえる所業。振り上げた腕を振り下ろせば、自分は名だたる海賊達の間で名声と共に語り継がれる……!

 

 喜色を湛えて、幹部は今、その腕を振り下ろそうとした。

 

 その時であった―――

 

「……おうっ!? センサーに感ありっ! 艦隊8時下方!」

「なにっ!」

「インフラトン反応多数確認! ロックオンされた――!」

 

 警報と共にオペレーターの叫び声にも似た報告が上がった。その直後に爆音が上がり視界を揺らすほどの振動に襲われる。たまたま立ち上がって指揮を行っていた海賊幹部はその衝撃で椅子に叩きつけられるようにして倒れこんだ。

 

「クソッ! 後部甲板に被弾! 推進部、粒子安定制御板(パーティクルスタビライザー)が損傷! 推力25パーセント低下した!」

 

 オペレーターががなり立てるように損害報告を読み上げていくが、被害はそれだけにとどまらない。艦内各所からの内部通信ウインドウが開き、そこから悲鳴のようなダメージレポートが次々と上がってきた。

 

『インフラトン機関に損害が出た!! 機関ブロック、シアンガス発生!! 自動強制排気で減圧されてる! 助けてくれ―――ッ!!!』

『こちら火器管制室だ! 左舷ミサイルコンテナブロックが被弾した! システムが勝手にミサイルコンテナをオートパージした!』

『おい! 真っ暗だぞ! 前が見えない! 換気レバーを―――』

『バカッ! それはエアロックの非常弁―――《バシュゥゥーー……》』

 

 混乱はそこかしこで発生していた。艦内のいくつかの非常用エアロックが内部から勝手に開かれていた程である。当然エアロックが開いた区画は気圧ゼロになっており、中にあったもの全て吸い出されてしまっていた。

 

 先ほどまでは勝っていたのに……。

 

 海賊幹部が自失している間にもダメージレポートが更新され艦内ステータスが描き直されていく。攻撃を受けたであろう区画が異常なしのグレー表示から一気に異常を示すレッドに切り替わったのだ。それはまるでフネが血を流しているかのようだった。

 さらに追い打ちをかけるように、激震ともいえる振動が旗艦を再び揺らした。先ほどパージしたミサイルコンテナに積まれた対艦ミサイルが爆発し、彼らに衝撃波が襲いかかったのである。

 艦全体に及ぶ広範囲のダメージに、フィードバックを受けたコンソールがバチバチ火花を散らしていた。ショートした回路から煙が上がる中、叫び声と怒号が海賊船のブリッジにこだまする。自分達に何が起きたのかを幹部が理解する前に、新たな報告がオペレーターの悲痛な叫びとなってもたらされた事で、幹部の混乱は窮地に達していた。

 

「味方6番艦、沈没!――3、4、5番艦中破炎上中! 20番艦轟沈! 」 

「どこからだ! どこから攻撃された!?」

「背後からですぜ!」

「背後だと――馬鹿な……」

 

 この時、海賊艦隊のまわりに小さな影が飛び回っていた。海賊艦隊に所属するフランコ級水雷艇の全長が大体120m程であるが、飛び回る影たちはそのフランコ級よりも遥かに小さく、大体6分の1程度。おおよそ18m程度の大きさしかない。

 それは翼を広げた鳥のような形をした小型の航宙機、いわゆる航宙戦闘機であった。視認性を下げる為に黒く塗られた戦闘機達は、劣勢に見えた白鯨を前に舌なめずりをしていた海賊艦隊の背後から突如として現れ、搭載されたミサイルによって海賊達を攻撃したのである。

 

 ただ、そのミサイルは唯の対艦ミサイルではなかった。本来、18m級の航宙戦闘機に搭載できるミサイルは航宙機専用のT3-対艦ミサイルである。大きさは4m前後であり、主翼下もしくは上部のパイロンに担架され使用されるもので、通常の艦船に対して集中運用すれば、それなりの打撃を与えられる威力を持っていた。

 

 しかし、海賊達を襲った黒い戦闘機達は本来T3-対艦ミサイルが搭載されているべきパイロンに機体全長よりも大きな円筒をした物体を搭載していた。それは駆逐艦や巡洋艦が運用するべきサイズの艦対艦中型ミサイルであった。 

 大きさも、太さも、長さも、そしてもちろん威力もT3-対艦ミサイルをはるかに上回る中型ミサイルは一発当たるだけで水雷艇はもちろん、倍以上の大きさを持つ巡洋艦にまで大きなダメージを負わせるに十分な威力を持っていた。

 

 そして皮肉にも、そのミサイルは海賊達が運用しているミサイルと同型だった。

 

「クソッ! 戦闘機だと!」

「汚い! やっぱり白鯨汚い!」

「ええい! とにかく巡洋艦は対空戦闘だ! この艦を守れ! あとゼラーナ級から艦載機を出せ! 軍から頂いたビトンがあるだろ!」

 

 LF-F-033 ビトン エルメッツア中央政府軍が各国に輸出、配備させている航宙戦闘機である。軍の補給部隊を攻撃した際に頂戴したそれらビトンを、海賊はゼラーナ級駆逐艦に配備させていた。

 航空駆逐艦ともよべる一隻のゼラーナ級に搭載可能な艦載機は、およそ9機である。海賊艦隊に随伴しているゼラーナ級は全部で十隻、つまり修理とかを考えなければ、最大90機の戦闘機が運用可能であった。

 

 幹部は自分のコンソールから艦隊の情報を呼び出す。幸いな事にまだゼラーナ級は全艦健在。幹部はそれら艦から艦載機を出させ、敵のものと思われる戦闘機にぶつける算段だった。

 幹部の命令により、すぐさま艦載機隊がゼラーナ級から発艦し、編隊は組まずにそれぞれ間近の敵に襲いかかった。連携こそ取れてはいないが、一応は長年航宙機に乗ってきた海賊のパイロットたちは、艦隊を狙う対艦装備を付けたままの敵をまず狙った。

 これは味方の海賊たちの被害を抑えるという意味もあったが、実際は重そうな中型対艦ミサイルを持ったままの敵なら、運動性が極度に低下しているため倒しやすいという、戦術的判断というべきか下種な判断か迷う考えの元に行動していた。

 

 実際、その判断は間違いではなかった。黒い戦闘機達の内、対艦装備を持ったままの機体はかなり鈍重で、簡単に落とせそうに見えていた。むろん対艦装備を撃ち終わった黒い機体が援護に回っているが、それでも海賊艦載機たちにはカモに見えていた。

 海賊艦載機の誰かが近づけば、迎撃に黒い戦闘機も向かってくる。しかし半数がまだ対艦装備を付けたままの黒い戦闘機達は迎撃に回れる数が少ない。その隙間を縫って海賊戦闘機達は突撃していた。 

 本来艦載用の中型ミサイルだ。あれだけの大きさ、航宙機なら積載重量いっぱいであろう。敵は航宙機のドッグファイトで厄介な迎撃ミサイルを積んでいない事になる。海賊達はミサイルをバカスカ放って護衛に回っていた黒い戦闘機達を牽制しつつ、迫る中型ミサイル持ちにせまった。

 

『ここでお前ら落とさなきゃ! おまんまの食い上げなんだよぉー!』

『仕掛ける!』

 

 突出したビトンが二機、護衛からわずかに外れていた機体を狙う。黒い機体はバーニアを全開にして速度を上げようとするが、ミサイルが重すぎて加速が付かない。身が軽いビトンは追い込むようにして接近し、黒い機体をロックオンした。

 

『ひゃっはー! おちろー!』

『しずめー!』

 

 雄叫びと共に、二機のビトンは軍から略奪したSSL対宙ミサイルを発射する。鈍重な対艦装備を持つ黒い機体は、対航宙機用の俊敏な対宙ミサイルから逃れようとするが、鈍重すぎる機体はそれを許さない。

背後から迫る対宙ミサイルと動きの鈍い黒い機体。命中すると海賊パイロットたちは確信した。だがその時、宙を飛翔するミサイルの一つを青い光が撃ちぬいた。

 

『なんの光!?』

 

 驚愕する海賊パイロットたち。光の出所に眼を向ければ回避行動をとっている黒い機体のコックピットの後部が可変してせり上がり、単装の銃座から青いレーザーが照射されて迫るミサイルを次々と撃ち落としていた。

 

『レーザー機銃のターレットか! ちょこざいな!』

『へ! ミサイルが利かないってか? だったら』

 

 ミサイルを発射した海賊ビトンの内の一機が急加速し、狙ってくるレーザー機銃を躱しつつも黒い機体の背後についた。

 

『銃弾なら撃ち落とせねぇだろ! 喰らえッ!』

 

 肉薄した海賊パイロットは、そう言ってビトンに搭載されたK133-リニアガンを発射した。膨大な磁力に導かれた磁性体弾丸が、雨霰の如くビトンの銃身から吐き出されていく。艦船の持つ複合装甲板相手には威力不足だが、航宙機相手なら過剰な威力を発揮する弾丸である。さすがの黒い機体もバラバラになるかにみえた。

 

 だが、そうはならなかった。リニアガンが火を噴く直前、黒い機体は唐突に自身を揺らし、これまでの鈍重さからは信じられないくらいの急激な動きを見せたのだ。後ろから狙っていた海賊パイロットから見れば、文字通り目の前で消えてしまったと錯覚するようなマニューバ。

 それにより黒い機体と重なっていた火線は何もない虚空を通る羽目となり、放たれた弾丸は空間をただ真っ直ぐ飛翔しただけにとどまった。そのことに驚いた海賊パイロットは声も出せずに呆然としたが、自分を取り戻す前に視界を揺らす激震が襲いかかりパニックを起こした。

 立て直す事も出来ず、次々と機体を揺らす衝撃に狭いコックピットの中でシェイクされる海賊パイロット。つなげっぱなしの通信機から黒い機体が撃ったという仲間の声を聴いた直後、海賊ビトンは閃光の元に爆散したのだった。

 

 撃墜された海賊パイロットは何が何だかわからなかったが、他の海賊パイロットは何が起きたのかを見ていた。前を飛んでいた黒い機体、宇宙用迷彩を施された白鯨の艦載機であるVF-0フェニックスは、海賊がリニアガンを連射しようとした直前、この機体の真骨頂ともいえる機能を作動させたのだ。可変機能である。

 形式番号とおなじく、元ネタとほぼ同じ可変機構を持つこの機体は重量物をぶら下げたまま人と鳥の中間形態ガウォークに変形してリニアガンの火線から回避すると、両足を九十度まげて推力を垂直にシフトさせて急減速を掛けつつ上昇した。

 そのあまりの急制動に人間の理解が追い付かない。撃墜されたビトンが見失ったように感じたのはその為だった。さらにVF-0が急減速した事で加速していた海賊のビトンは敵をそのまま追い越したのだ。瞬く間に行われたハイマニューバのドッグファイトにより、攻守の位置を逆転されてしまったのである。

 

 こうして敵に背中を取られたビトンは、獲物を狙う獣から敵に腹を見せたような無防備な状態にシフト、そこを完全な人型であるバトロイドに切り変わったVF-0が胴体パイロンに下げていたレールバルカンポッドで背後から強襲したのだ。

 

『な、なんなんだありゃ!?』

『鳥が、人に――ッ!』

 

 これまで戦闘機は相手にしたものの、人型起動兵器などという存在に出会った事がない海賊パイロットたちはVF-0に度肝を抜かれていた。いつの時代も奇抜な存在に対し、人は一時的に意思を凍結させられるのは必然。

 しかし彼らが呆然としているその間も状況は動き続ける。海賊機の追撃を免れた対艦ミサイル持ちのVF-0は、とっとと重たい荷物を近くの海賊駆逐艦に投げ捨て身軽になっていった。これはつまり、獲物の数は減って代わりにヤバい敵が増えた事を意味していた。

 変形するというこの特異な機体に対応する前に次々と迎撃された海賊ビトンはどんどんと数を減らし、90機いた艦載機は8割近く撃墜、生き残った者はただ逃げ惑うだけで何の役にも立たない戦力になってしまった。いや時折混乱して味方艦に激突して半ばカミカゼをかますあたり、むしろ邪魔になっていた。

 この敵の罠にかかった事で海賊艦隊も大被害を被り、出撃時70はいた艦艇の半分は落とされ、残った艦も中破し無傷の艦は一隻もいない状況に追い込まれていった。なにせ中型対艦ミサイルを撃ち終わったVF-0は非常に素早く、容易くフネに取り付くと砲座やセンサー、艦橋を潰していったのだ。

 フネの目であり耳であるセンサー類や動物に例えるなら頭部にあたる艦橋を潰されてしまうと、そのフネは一時的に無防備となる。海賊達も必死に抵抗してなんとか十数機は落としたがそれでもまだ沢山飛び回っている光景に、海賊達は絶望した。

 

「あれは、あれは化けもんだっ!宇宙をおよぐ魔鯨なんだっ!悪魔のシャチまで連れてる!!」

「こっちくるな、こっちくるなぁ!」

「ひるむなぁ! ミサイルを発射し――――」

 

 海賊幹部は士気の低下した部下たちを鼓舞し、何とか攻撃命令を出そうとする。

 だがその命令は届く事は無かった。彼の目線の先では黒い戦闘機に群がられて、禄に反撃すら行えず轟沈する友軍艦の姿が映る。それは自分達のすぐ横にいた僚艦であった。砲座を潰され艦橋を潰されたフネは白鯨が留めを刺して轟沈した。

 自分たちは勝っていた筈……その筈だ。なのに目の前に現れたあいつ等はなんだ?どうして前衛の駆逐艦が火を上げているのだ?幹部は目の前の光景を信じたくなかったが、それを許さないかのように艦橋に警報が鳴り響いた。

 

「フネの直上から敵がくるぞい! 」

「げ、迎撃しろっ!」

「早すぎるっ! 間に合わねぇッぺ!」

「にげろ!」

「逃げろってどこに!?」

 

 すでに粗方邪魔になる海賊艦隊を屠っていたVF-0達は最後に残しておいた艦隊旗艦に対してその牙を向けた。他の海賊船と同じく、まずはセンサーや砲座が潰されていく。それだけでも旗艦内にいた海賊達の心を圧し折るのには十分すぎた。ダイレクトに伝わる着弾や装甲が裂けていく音に恐慌に陥る者も少なくはなかった。

 もっとも、その派手な音のおかげで艦橋にいた全員が恐怖のあまりとっととズラかったので、直後にVFに艦橋を潰されても誰も死ななかった。だが、その所為で余計に悪夢を見る羽目となった。

 

 この時、旗艦に迫る別の編隊の中に、一機だけ他の対艦装備をしていた機体とは異なる機体が混ざっていた。他の機体が二基の中型対艦ミサイルを装備していたのに対し、その一機が装備していたミサイルは背中部分に一基のみ。

 しかしその大きさは機体を遥かに超えた超大型といえるサイズである。機体がミサイルを搭載しているのではなく、ミサイルが機体を搭載しているように錯覚するくらいにアンバランスな姿をした異形のVF。

 その機体は旗艦を取り囲んでいた他の機体が全速力でその場から離脱したのを見届けると、その大型ミサイルを幹部のいる旗艦目掛けて発射した。パイロンから切り離された大型ミサイルは暫く慣性の力で飛翔していたが、やがて推進器が稼働したのかその尾から巨体にふさわしい炎を吐き出して加速を始めた。

 

 むろん、大型ゆえにその加速は非常に遅い。通常であれば対空兵器でなく手法ですら撃ち落とすことができる程に遅かった。だがすでに丸裸にされていた旗艦にミサイルを止める手段はない。というか艦橋という情報を統括し各部署に命令する指揮系が破壊されていたのだから、どちらにしろ対空迎撃は不可能だった。

 こうして無抵抗の旗艦に目掛けて飛び続けた大型ミサイルは、まるで吸い込まれるようにして旗艦の前に到達し、そこで強大な火球となった。膨大な光の膨張が周囲の空間をプラズマに染め上げていく。膨大なエネルギーは余波だけでプラズマを発し、周囲に浮かぶガスによりまるで雷が宇宙に落ちたかのように伝搬した。

 

 この無駄に威力がある最後の大型ミサイルは旧式の反陽子弾頭であった。核分裂を遥かに超える、物質と反物質の対消滅によって生じるエネルギーは、並みの合金なら瞬時に蒸発させる熱量とエネルギーを持っていた。

 ただ、エネルギーに対し滅法強いAPFSが装備されているおかげで瞬時に蒸発という事態は回避された。レイヤー展開していたAPFSのフォース・シールド周波数帯がうまく合致したからだろう。

 されど、対消滅は太陽の核融合よりも強力なエネルギー放射だ。いくらAPFSがエネルギーを減衰させる力を持っていても、対消滅の放つ力は削りきれなかった。対消滅火球に飲み込まれた旗艦は原型こそ保ったが装甲板はほぼ融解、ミサイルコンテナはすべて誘爆し、艦中心部の居住区があるバイタルエリア以外、完全に破壊された。

 旧式であったが為、安全マージンを幾重にもとっていたインフラトン機関が、粒子供給口の異常を察知した段階で勝手に緊急停止(スクラム)していなかったなら、旗艦は対消滅の光ではなく機関暴走で内側から爆散、轟沈していた事だろう。

 

 無論、対消滅の光が艦隊旗艦を飲み込んだだけで済むはずもなく、旗艦を飲み込んだ光の膨張は、その後周囲に展開していた……というか艦橋が破壊されたせいで動けない他の海賊船達も悉く飲み込んだ。

爆発が収まった時、ほとんどのフネはAPFSが機能していたので原型を留めていたが、シールドジェネレーターが焼き付いて船体各所から爆炎を吹き出していた。運悪くジェネレーターに損傷を負っていた艦は内部をプラズマのエネルギーが焼きつくし、ダークマターにならずに粒子に分解されてしまった。

 

 そして反陽子の火球が消えた時、宙域に浮かんでいたのは、APFSを稼動させていた旗艦を含むゲル・ドーネ級ミサイル巡洋艦が3隻、旗艦とミサイル巡洋艦の護衛についていたオル・ドーネ級巡洋艦4隻、ガラーナ級駆逐艦3隻。

 運よく艦隊外縁に配置され火球の影響圏から外れていたジャンゴ級とフランコ級水雷艇が合わせて6隻の16隻だけであった。艦隊の7割近くが沈んでしまった事で士気は軒並み急降下。こうなるともはや組織的な抵抗など出来る筈もない。生き残った海賊達はまるで蜂の子を散らすように、這う這うの体でこの宙域から離脱した。

 

 そして白鯨は何事も無かったのように、海賊たちの残骸を蹴散らして、真っ直ぐとファズ・マティの最終防衛ラインへと接近していったのであった。

 

Side out

 

 

***

 

 

Sideユーリ

 

「敵艦隊が撤退を開始、前衛艦隊突破しました。観測ではファズ・マティまで全速で50分です」

【VF-0ゴースト編隊、未帰還機20です。他は損傷した機体はいますが戦闘行動は可能、現在無傷の機体は補給の為に着艦作業中】

『こちら整備班、補給作業の為、飛行甲板にて待機するぜ』

 

 各部署の報告を聞きながらすこし肩の力を抜き、俺は艦長席に座り込んでいた。

 というか、何あれ? 反陽子弾頭ってあんなに威力あんのかよ。原作だとミサイル命中の爆発エフェクトがみんな同じだから、まさかあんな凄い規模のドデカい爆発が起きるなんて知らなかった。

敵を蹴散らすのは想定の範囲内です。俺がおどろいたのはあんなすごい爆発起こすものをよく今までフネの倉庫に死蔵してたって事なんだぜ。そのお蔭で簡単に前衛艦隊を撃破できたから、結果おーらい?

 

 いやはや、それにしてもウォルの策なれり、だな。さすがに敵の大艦隊を目にした時は大丈夫か不安に思ったけど、ウォル君が考えてくれた釣り野伏せチックな戦法が敵に通用するとはね。古の英雄、島津義久様万々歳だわ。

 敵にしてやった事は超簡単だ。俺達を囮にして艦隊を引きつけつつ後退、あるポイントにまで引き寄せた所で強襲したのである。

 この為にわざわざ宇宙ステルス塗装(といっても黒く塗っただけ)を施したVF達を事前に展開させた。その後、敵がトラップゾーンに侵入次第、探知を避ける為に機能停止させていたVF達に復活信号を送るだけ、あとはユピが無人機たちを操ってどっかーん。 ね? 簡単でしょう?

 

 戦法自体は俺のいた時代でもよく知られていた古典的な戦法だが、それを艦隊戦でマジで使っちゃうのがウォル君クオリティ。ウォル様はあたまのいいお方、なのだ。というかそのために実は損傷してないところをワザと煙幕あげたり、もともと壊れてたところを爆破したりと、餌にしてはやり過ぎな偽装も演じた。汚い、ウォル君マジ汚い。

 

 この作戦の成功のカギは凶悪な火力を持たせた一機を紛れ込ませたお陰だったりする。VF-0は人型に変形可能だから換装にはある程度の自由度がある。ちょーっと大き過ぎて翼のパイロンに取り付けられないような武装でも、そこは整備班とマッド共の腕の見せ所、その場の有り合わせ改造でどうにかしやがった。流石である。

 

 俺がウォル君の策の為に、整備の奴らにVFの改造ってできないか連絡したら、連中倉庫の奥からゾロゾロとVF用の追加装備を引っ張り出してきやがった。揃いも揃って、こんな事もあろうかと! と叫んでドヤ顔をしてきたので、イラッてきて殴ったけど後悔はしていない。

 それにしても既に手持ち式のミサイルランチャーを作ってあったとは、げに恐ろしきは技術者の血よのぉ。というか、すでに整備用のVFであるVE-0ラバーキンが就役しているからな。装備換装のノウハウは結構あったってわけだ。

 

 

「さて、最終防衛ラインも突破しまッスか。……ところでトスカさん、反陽子弾の残弾はあれで最後ッスか? なんか想定よりも破壊力がヤバいんで使用禁止にしたいんスが……」

「リストにあるのは、一応あれ一発だけだね。データ上だと」

「データ上、か。なんかワザと申告漏れにしたデッドコピー品くらい持ってそうだしなぁ。あの人達の事だし」

「もうあいつ等のアレは病気のレベルだから気にしたら負けさ」

「ですよねー」

「後、さっきの反陽子弾頭はデータによるとコピー品らしいよ? オリジナルはバラしちゃって今回使えなかったけど、ちゃんと保管してあるってさ」

「えー('A`)」

 

 

 そう言えば海賊船から奪った――ゲフンッ、拾ったオリジナルの反陽子弾頭は元々一発しか無かった筈だ。いつのまに複製までしてたんだろうか。俺が頼みに行った時も、突然『こんな事もあろうかとぉっ!』とか叫んでたのはその所為か?

 コピー品が造れるのは凄いけど……ちょっとなんか心配なので格納庫の様子見てみっか……コンソールをピポパ。空間モニターに格納庫の様子を投影っと。どれどれ?

 

 

『班長ー、次はどれにします?』

 

『おっし!多弾頭ポッドを試そうぜ!ギリギリ積めるだろう?あと両手持ちの大型バルカンポッド登載とかどうだ?』

 

『おお!そんなものまで!さっすが班長!そこにしびれるあこがれるぅー!』

 

『ははは!楽しくなってキタァァァ! インスピレーションがうなぎ昇りぃ! さぁ対艦ミサイルをありったけ積み込んでやろう! レーザー砲も……カプラが合わない?乗せられない?ノンノン!間になにか噛ませて無理やり載せちまえ!』

 

『次もでっけぇ花火を上げてやりますよ!』

 

『ソレと艦長のゆってた“トイボックス”の準備できてるお!もっと面白いことができるお!おっおっおっ!』

 

『ヨッシャ!とっとと軌道計算して点火するぞー!宇宙花火じゃー!』

 

『『『うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』』』

 

「・・・汗臭い」

 

 

 俺はコンソールを操作して画面を消した。僕はなにも見ていません。しばらく目頭を押さえたのは、別にあいつ等の無茶ぶりを見て敵が哀れに思えてしょうがない俺の心が、もう諦めの境地に入ったからじゃないさ、きっとな。

 

―――まぁ、そうなるように命令を下したのは俺なんだけどな!テヘ

 

 

…………………………………

 

 

…………………………

 

 

…………………

 

 

 さて、前衛艦隊との接触から2時間程度が経過した。一応全速だせば50分の距離だが艦載機の補給作業やら簡易修理やらなんやかんやで時間を食ってしまった。

 この間、さっきの戦闘で生き残った無傷かそれに近い損傷の無人VF編隊を発進させ、VFの操作がギリギリ可能な位置に配置してある。もっともあれだけの戦力を繰り出してきたからか、その後向かってくる敵はいなかった。

 更に俺の提案を元に、ケセイヤ謹製の素敵な“トイボックス”を用意している。あのメカの発明や製造の為なら悪魔にすら魂を売り渡すような男の御手製である、中身がどんなモノなのか聞かされているので、ソレを開けることになる海賊連中には同情すら覚えるな。

 

「しっかし、今回は派手に撃てネェからイライラするぜ」

「おいおいストール、トリガーハッピーの禁断症状か?」

「人聞きの悪ぃこと言うなリーフ。俺はバーンと派手に出来ないのが嫌なだけだ」

「良く言うぜ、休暇中は殆ど射撃訓練室に篭ってるくせによ」

 

 ファズ・マティまでの移動中、特に俺が指揮する必要もなく、まわりのクルーがそれぞれの義務をこなしている為、あまりにもヒマだった。なので艦長席からブリッジの様子を見ていたら、ストールがそうこぼしたのを聞いた。それに対し隣にいたリーフが律儀に突っ込みを入れている。仲良いな。

 

 そういやストールはシップショップ『いおん』で随分と型の古い銃を予約していたな。偶々通りかかったので見ていたのだ。何でもマゼラン銀河文明発足よりも前の時代で使われていた銃火器の復興モデルシリーズだとかなんとか。カタログ見たら普通にレミントンライフルと瓜二つだったけど、火薬式の銃火器とはまた渋いチョイスだと思う。

 

 火薬薬莢のボルト式ライフルなんて連射できないし、威力調節も出来ないし、宇宙空間じゃ改造しないと使えないから、持っているのは一部の愛好家くらいらしい。だが小マゼラン、というか宇宙規模でみるとそういう旧世紀然とした銃火器の愛好家は結構いる。

 聞くところによると、どうも火薬式を撃った時に腕に来る反動や銃声が、なんかこう来るらしい。それについてはわからなくもない。俺も男の子、銃器にロマンを抱くのは当たり前なんだ。

 とはいえ、当然火薬式の銃は生産なんてされていない。俺のいた時代でいうならアサルトライフルが普及している中、火縄銃を生産しないのと同じことだ。データは残っているので作ろうと思えば作れるがそうなるとオーダーメイドになる訳で……。

 

 そう考えると金持ちの道楽だ。ストールってば結構なご趣味を持っていらっしゃる。行き過ぎじゃなければ人の趣味に干渉しちゃだめだよな。俺も半分趣味でフネとか建造してるから人の事言えないんだけどね。さーせん。

 




いやぁ、気が付けばもう冬、時間が経つのって早いです。

なんとか時間を見つけてはコツコツと修正していたんですが、これが中々思ったように進まないのなんのって…、まぁ次回も結構かかるかもしれませんね。

さて、ちょっと補足といいますかどうでもいい話なのですが。
海賊のミサイル巡洋艦のミサイル発射数、あれ公式設定資料集を見て実測した数です。
公式資料には登場する艦艇のイラストが描かれているのですが、ゲル・ドーネ級のイラストを見て、ミサイル発射管と思わしき部分を数えました。
結果があの数です、いやぁどこまであってるかわからないんですがね。

なんとなく書きたかったので書きました、長文失礼。

それではまた次回にノシ

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