とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
スクールのリーダー、垣根提督はとある雑居ビルの一室で手に持っていた拳銃をこねくり回していた。
暇だ、やることがない。
今からは彼は、学園都市の暗部から一気にその中枢に手をかける謀略を行おうとしている。
こちらの作戦が始まるまであと数時間あるのだが、その間やることながくこうやって時間をもてあまし、意味も無く拳銃を触っている。
心理定規には能力のメンテナンスをやっておけと口酸っぱく言われたが、十数年間使ってきた能力だ、言われなくも状態は把握出来る。
その心理定規は作戦に向けて外部から雇ったスナイパー、砂皿血密と今後の計画の確認をしていた。
この作戦が成功すれば、例のブツを利用してアレイスターの握る情報を引き出すことが出来る。
そして、それをもとにアレイスターと交渉を行い、向こうの出方によっては粉々に粉砕することにしていた。
空中を停滞する粒子からいったいどれだけの情報を引き出せるかは分からないが、確信を得ることは出来る筈だ。
ただ……万が一、期待したものを得られなかったのならば。
学園都市第1位をぶち殺し、直接交渉権を得る。
その行いに、何のためらいもなかった。
確か奴は第3位超電磁砲のクローンを一万体殺してきた悪党だ、今更そんな奴に対して情けや遠慮など必要ない。
しかし戦闘力自体は中々高い、頭脳も能力に比例してかなりのものだ、正面から激突すればいくら自分でも勝率は5:5というわけだが。
「オールレンジ……。メンバーがグループを見逃すなんて間抜けな真似は無しだぜ?」
鍵を握るのは、オールレンジ。
あの男の力は未元物質に対してはまるで無力だが、第1位に関してはかなりの力を発揮する。
そう、垣根帝督はまだ夏真っ盛りの暑い、それこそ焼けつくように暑いあの夏の日の夜に全距離操作と一方通行が戦闘を行っていたのを知っていた。
もちろん、七惟が幾何学的距離操作を行い一方通行の装甲を独自の方法で貫いて攻撃していたこともしっかりとその眼で確認している。
だからこそ垣根は七惟を彼の計画に組み込んだ、対一方通行に対して有効な手立てとして。
下手をすれば、それこそ打ち取ってしまうのではないかとの期待も寄せてはいる。
「せいぜいこちらの期待通り踊ってくれよ?」
闇の宴を始める準備は全て整った、そして自分が最高の勝利を手にするための段取りも。
数時間後、この学園都市の中枢に自分は手をかける。
それが破壊を生み出すのか、完全を生み出すのか、不完全を生み出すのかは分からない。
ただ、あの糞野郎から死ぬまで監視され続けるこの現状に比べれば数千倍マシだ。
奴の監視の目を全て破壊し、上から全てを見下すようなあの男を木っ端微塵にしてやろう、この手で……。
*
グループ一向が拠点としているキャンピングカーでは、一方通行が『メンバー』にスパイとして送り込んだ女からの情報を目に通していた。
この女は暗部で働いていたからか思ったよりも優秀だ、情報を次から次へと運んでくれる。
一方通行とて提示された情報全てを信じているわけではないが、少なくとも100あるうちの10は本物の情報であれば十分だ。
『メンバー』とはアレイスターが直轄する少数精鋭の部隊であり、その人数は5人。
博士と呼ばれる男を中心に、情報管理の男、戦闘要員の男が二人、女が一人。
学園都市に何か不利な事態が発生しようとしたり、不穏分子がうろついている場合瞬時に駆けつけソイツらを駆逐する組織だ。
グループと構成が似ているが、人数と組織の立ち位置さえ把握出来れば十分だろう。
情報に寄れば『能力者は一人』らしいが、何処まで信用できるかは分からないため、この話を信じるには多少危険がある。
ただ自分を倒すことが出来る能力者など、あの右手を持った男くらいしか思いつかないため、此処はさしたる問題ではないだろう、問題があるのは対能力者との戦闘に慣れていない海原くらいか。
電話の男によれば何処かの組織が不穏な動きをしているらしい、組織名までは掴むことは出来なかったがかなりの使い手がクーデターらしきものを企てているとの話だ。
そこでメンバーとも鉢合わせになるかもしれない、何せ奴らはアレイスター直属の犬。
自分達に刃向う不穏分子が現れれば問答無用で抹殺しにやってくる。
その時女も回収すればいい、またコトのついでではあるが一応口約束もしたので必要な情報を集めた女にはそれなりの報酬を容易してやろう。
まぁ、もし今後あちら側に肩入れしていたことが分かったり、これらの情報が全て偽りだったとするのならば……もちろん女の運命は決まっている。
「おい、一方通行。仕事だ」
パソコンを見つめていた一方通行に土御門が話し掛ける。
「あァ?今度はどんな仕事だ、こないだみてェなのじゃねェだろうなァ」
「ま、大して変わらないな……vipの護衛だ」
「護衛?」
「あぁ、何処かの馬鹿が統括理事会の一人を狙っているらしい」
「へェ・・」
動きだしたか、まずは統括理事会。
なら話は早い、今から一気に学園都市の中心にまでその手を伸ばしてやろう。
*
馬場の使っている核シェルター、そこで今日は七惟と少女は能力の使い方の訓練をしていた。
と言っても七惟は何もせず、少女に対して指示を出しているだけなのだが。
「ちげぇよ、お前は出力を意識しすぎて座標をくみ取る作業を怠ってんだ。だから大きなモノを動かせないし飛ばせない、基礎をないがしろにすんじゃねぇ」
「はい、オールレンジ」
椅子に座って指示を飛ばす七惟は、膝に手を置き頬杖をついて如何にも気だるそうにしている。
対する少女の表情は、此処に来てすぐの頃に比べれば幾分かマシになったようで、今は熱心に七惟の指示に従っていた。
思っていたよりも飲み込みは早い、もうレベル3になっているんじゃないだろうか。
「おい七惟」
「あぁ?」
パソコンに顔を向けたまま馬場が紙切れをこちらに出す。
それをひったくるような手つきで乱暴に受け取り目を通すと、文面にはこれからの『お仕事』について記載されていた。
「まずはアイテムと合流せ……ねぇ、また例の通り向こう側に話してあるってパターンか」
「だろうな、さっさと行け。お前が此処にいるとむしゃくしゃしてきやがる」
「はッ、俺もこんな穴倉用がねぇと来ないから安心しろ。……おい」
アイテムと共に……これ関係の仕事で必ず関わってくる奴らがいる、それはあの垣根が率いる暗部組織のスクールだ。
今回も間違いなく奴らが一枚噛んできていることは間違いない、この間フレンダには一応警告はしておいたが、意味はなかったようだ。
……以前から感じていた胸騒ぎが、スクールと相対するということが分かり一段と強くなって七惟の身体を何かの力で圧迫する。
七惟は少女を見やった。
短い期間だったがこの少女とは幾分か話もしたし訓練も行い、アイテムの奴らと一緒に買い物までして……分かったことは根っからの悪というわけでないということだ。
しかしまだ七惟は気を許したわけではない、幾らでも彼女に疑念を抱く点はあるしついこないだだってアイテムのメンツに対し探るような目線を投げていたのも忘れることはない。
だから七惟はこう声をかけた。
「ある程度能力は使えるようになっただろ?……それで何をやってもいいが、何が起こっても自己責任だ」
「……はい」
この言葉を言い残して七惟はシェルターの外へと飛び出す。
目指すはアイテムとの合流ポイント、いつも通りあの無能力者が車で待機しているはずだ。
しかし最近馬場のシェルターに来る度、何だかとてつもない違和感を感じる。
まるで、そこに居てはならぬモノが居ることで異物が混ざり込んだような……しっくりと来ない、型に当てはまらない感覚を覚えるのだ。
今この暗部には、スクールを始め一方通行が在籍しているグループも不穏な動きをしているということもあって、あのシェルターに何か仕掛けられていてもおかしくはないのだが……それ故なのか、あの少女が居るからなのか。
七惟は博士から受け取った『対一方通行』用のデータが入っているメモリースティックをポケットから取り出し、ぎゅっと握るとまたポケットの奥深くへと終う。
一応奴と殺し合いをすることも想定してこのデータには一通り目を通したが……まぁ、リスク管理を考えると何かしら手を打っておいて損はないか。
この厳戒態勢の中、一体何が起こるのかなんて誰にも分からないのだから。
「……くせぇ臭いが充満してやがる」
彼の直感は、果たして間違っているのだろうか……?
*
アイテムのリーダー、麦野沈利はいつものファミレスの一角を陣取り、そこで飲食店ではやってはならぬようなことの限りを尽くしていた。
具体的にはコンビニで買った鮭弁当を自身は食べ、隣に座っているフレンダは缶詰を熱心に漁っているなど。
挙げ出したら切りが無い程彼女達はこのファミレスの問題児だった。
まぁ、アイテムのリーダーである彼女がそんなちんけなファミレスの気持ちなど考えるわけがないのだが。
「へぇ……こないだぶっ殺してやったのに、また性懲りもなくつまんないことやってるのねスクールは」
情報によればスクールが外部から狙撃主を雇い、統括理事会の一人を暗殺しようと企んでいるらしい。
まぁそんなことよりも気になることがこちらにはある、そちらの案件をすっきりさせなければ麦野は動くつもりはない。
「麦野、仕事の連絡はこないんですか?」
「まぁね。別に今回電話越しにやれって言われてるわけじゃないし。あんなのは他の組織がやるでしょ、私達がしなくても」
vipが暗殺されようがされまいが興味は無いが、それにより生まれる学園都市のスキが麦野は気になっている。
スクールが暗殺のターゲットとしているのは穏健派として知られる老婆だ。
嘗ては大きな力を持っていたらしいが、今ではその頃の権力も失い、最も影響力の無いvipだとして認識されている。
そんな用なしの人間を暗殺したところで、学園都市が大きな混乱に陥ったり機能低下に繋がるとはとてもじゃないが考えられない。
スクールの第2位だってそれはちゃんと理解しているはず、国家転覆を考えているような奴らがそこまで馬鹿だとは思えない。
ならば、暗殺の本来の目的はその『アクション』だけであって、狙いは別にあると麦野は考える。
例えば、厳重な警備をしている学区に、その混乱に乗じて攻撃を行う……
もしくは、その学区から何かを奪う……。
分からないが、こちらの線のほうが高い。
自分達の考えがあっているのならば、次に自分達が足を踏み入れた学区にあの男は必ずいる。
スクールのリーダーであり、学園都市が誇る超能力者の一人にて序列は第2位。
垣根帝督、未元物質を操るあの男が。
「面白くなってきたわね……」
「何が面白い訳麦野?」
「むぎの、何か考えてる?」
仲間たちが口にするソレは間違ってはいない、全て。
麦野は垣根が嫌いである。
それこそ、街中で出会ったらその首を絞めてミンチにしてやりたいくらいに。
しかし正面からぶつかっては流石に分が悪いかもしれない、序列でも負けているのは確かだ。
ならば反則技として外部から強力な仲間を引き入れようと考えた、そして得たモノは学園都市第8位のオールレンジ。
今ならあの男とぶつかっても負ける気は全くしない、オールレンジと自分の二人がかりで掛かれば絶対にあの男を殺せるはず。
あの男の悲鳴を聞きながら、自分の能力で焼き殺していく絵を想像するだけでぞくぞくしてくる。
あぁ、楽しく、なりそうだ。
麦野は裂けるような笑みを浮かべると、持っていた箸で弁当の鮭をぐちゃぐちゃに押しつぶした。
こんなふうにしてやろう。
あの男は。
*
※※※は、馬場の秘書の仕事をしながら七惟と戦闘訓練を行っている少女である。
しかしそれは表向きの姿、彼女の本当の姿は『馬場の秘書をしながらメンバーの情報を探り、それをグループに引き渡す』というものだ。
そして彼女が一方通行から言われた言葉は、強い能力者が居たら色香を使ってソイツを骨抜きにしろとのことだった。
彼女はその旨を良く理解し、実行に移した。
メンバーの核弾頭、オールレンジとは訓練を積むことで距離を縮めたし、まだ警戒はされているもののだいぶその壁は薄くなったように感じる。
馬場や査楽はもっと簡単だった、ちょっとしおらしい態度で接して、身体を密着させればあっという間に落ちた。
表面では否定しているが、男の考えることは単純だ。
博士は流石にガードが固く、隣にいるショチトルという少女が邪魔をするためほとんと接する機会がなかったが、それも時間の問題だ。
いずれ博士もその手中に収め、最後には裏切り自分は自由を手に入れる。
ただ、まだ自分は一番大事な情報をグループには渡していない。
メンバーには『オールレンジがいる』という、トップレベルの重要度を持つ情報を。
何故か分からないが、この情報だけは渡したくなかった。
命を助けられたから?一緒に訓練をしてくれるから?会話をするから?
理由は分からなかったが、他のメンバーの構成員に何を言われようにも彼からだけは否定的な言葉を貰いたくは無い。
でも、そうしなければ自分は自由になれない。
躊躇いと欲望の中で彼女は何度も板挟みされてきた、いったい自分は何がしたいのだと何度も問い詰めた。
しかし結局答えは出なかった、いや出したくなかったのかもしれない。
やるべきことは決まっている、そうしなければ自分が殺されるかもしれないし、また雑貨屋のような男に捕まるかもしれない。
「なのに・・・どうして」
馬場が席を外しているため、今このシェルターの中は彼女一人だけだ。
声が響き渡る、反響した音が自分にさらに問いかける。
何がしたいのだ、お前はと。
自由になりたい、そのためには学園都市第1位いの闇すら利用してやろうと思ったし、実際利用している。
この核シェルターにやってきた時もその思いは色あせなかった、馬場や査楽と居る時だって変わったことは無い。
ただ、あの男……オールレンジと喋っている時だけは、自分の行っている行為に何か後ろめたさを感じてしまった。
今まで何人もの人間を殺して、裏切り、謀略の限りを尽くしてきた自分。
そんな自分が今更後ろめたさなど、と最初は笑い飛ばしていたが、オールレンジとコミュニケーションを取る度にその思いは強くなっていった。
「……躊躇っちゃダメ」
そう、躊躇っては自由になれない。
自分の中の欲望が、躊躇いを凌駕したのを感じ取った。
生きる願望、生への執着、自由への未練が彼女をひたすら突き動かす。
この世界は自分以外は全て敵だ、あのオールレンジだって気まぐれで自分を雑貨屋から救ってくれたのだろう。
そこに特別な感情は存在しないし、期待するのだって無意味だ。
あの男だって、自分のことをどうこう思っているわけがない。
自分だけあの男に対して、躊躇いや後ろめたさを感じてどうする?
そんなものは不要だ、最後は裏切られて死んでいくのがこの世界の掟。
ならば解答は決まっている……はずだ。
なのに、その解答を望んでいない自分が心の奥で声を上げている。
欲望でそれを押さえつけたというのに、まだ燻っているのは何故だろう。
オールレンジと……一緒に遊んだ記憶が、何かを叫んでいるような気がした。
「ふぃー……」
シェルターに戻ってきた馬場の声が聞こえ、思わず身体が強張った。
「んん?……なんだお前、早くこれ処理しとけ」
「はい」
馬場が渡した書類を受け取り目を通す。
今はまだ、こんなことを考えなくてもいい。
まだ……そんなことを考えるのは早すぎる。
そう思い込み自分を納得させた少女は、馬場から渡された紙をいつも通り秘書として整理し始めたのだった。
回答期限は目の前に迫っているというのに。