とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「これは……どう?貴女によくあってると思う」
「分かりませんが、どちらにしろ今の私は金銭を所持していないので購入することは出来ません」
「大丈夫、私が支払うから。じゃあこっちは?貴方の身長だとこういうのもよく似合うはず」
「その服の適齢を考えるに、私の実年齢と大きく乖離しています」
「大丈夫、童顔だから問題ないよ。ゴスロリ……?っていうのかな、ほら此処に書いてる。よく似合ってる、なーないに見てもらう?」
「先ほどから何が大丈夫なのか全く理解出来ません」
滝壺はメンバーの女の子と一緒に、半ば強引に連れまわして服を見て回っている。
傍から見れば一方的に滝壺が連れまわしているかのように思えるのだが、連れられているほうの少女がさして不快な表情も態度も示していないようなのでいいだろう。
滝壺は自分のファッションにはほとんどと言っていいほど関心がないのだが、どうやら他人のファッションとなると別のようである。
次から次へと少女を着せ替え人形の如く更衣室に連れていっては楽しんでいる、着せる服のジャンルも様々でカジュアルなものからゴスロリ風味なものなど様々だ。
滝壺自身、こうやっているうちに何か新しい自分の新境地にたどり着けそうで気付かない内に夢中になっていた、少女としてはおそらくいい迷惑であろう。
滝壺が少女を連れまわして30分くらい経っただろうか、彼女の琴線に触れる……これだ!というものが見つかった。
おそらくこれならばド派手すぎない、違和感もなく少女の容姿にぴったり。
最終的に滝壺が選んだのは当たり障りのない、しかし少女が着ている軍服のような緑の作業着よりかは少女らしさを際立たせる上下セットとなっているスカートにシャツ、上着の組み合わせだった。
「なーないやはまづらに見て貰おう、きっと似合ってるって言うよ」
「似合っていようがなかろうが私はどうでもいいのですが」
「そう?結構楽しんでいたように見えたけど」
「それは貴方ではないでしょうか」
自分が楽しんでいたのはまぁ間違いないとして、途中で嫌がったり不機嫌な面持ちもしなかったのでそれなりに少女も楽しんでいたかのように思えたのだが……。
まぁ、一緒に居て険悪なムードにはならなかったのでよしとしようか、表情も相変わらずの無味無臭状態ではあるが幾分か口角が会話するときに上がっているようにも思える。
もちろんそんなものは滝壺の勘だが。
二人は荷物持ち兼雑用兼フレンダ&絹旗のご機嫌取り役に成り下がっている七惟と浜面をエレベーターホールの横にある休憩スペースで発見する。
調度二人の買い物に目途が付き落ち着いたのか、七惟は自動販売機で缶コーヒーを、浜面は炭酸飲料を購入して一息ついていた。
「フレンダの奴……缶詰の次は服かよ、俺に荷物をどんだけ大量に持たせたらあのバカは気が済むんだ」
「俺は量が少ない絹旗のほうだから助かったぜ」
「あの馬鹿は俺に荷物持ちをさせたくてしょうがないみたいだからな、能力者を甚振る性格を買い物にまで持ち込むなんていい性格してやがる」
「お前なんで拒否しなかったんだ?」
「拒否してうだうだ言い出したらもっと面倒だろ」
「た、確かに……」
完全にお疲れモードの二人、その表情からは如何にこの1時間弱の時間が苦痛であったか物語っている。
そんな二人を横目にして楽しんでいたのは何だか心情的によろしくないが、どれだけ大変だったか聴くのは野暮であろう。
「なーない、浜面もお疲れ様」
「んあ、滝壺。ありがとうな、お茶でも飲む?」
「ありがとうはまづら。この子の分もお願いしていい?」
「ああ、ほらよ。ってその子が持ってる服、買うのか?」
「うん、着あわせてみて二人に見て貰ってよければこの子も買う気になるかなーって」
「へー、いいんじゃねぇのそれ。早く見せてくれよ」
滝壺は少女に促し、服を着衣の上から合せてみる。
「お、いいじゃん!その作業着よりかはこっちのほうが断然似合ってるって!」
「なーないは?」
腕と足を組んで如何にも疲れた、との心情を体現している七惟であったが体を起こし少女の頭のてっぺんからつま先の先まで無表情で見つめ終わると……。
「どう、なーない?」
「いいんじゃねーのか、軍服っぽい作業着より断然」
その言葉に少女は目を丸くし、滝壺も驚きの表情となる。
あのどちらかというと無口で無愛想で人を褒めることなんて生まれてこの方ほとんどしてこなかったであろう七惟が、まさかこんなストレートな言葉を投げかけてくるとは予想していなかった。
フレンダ達の買い物に付き合わされて自棄になって早くこの買い物を終わらせたい一心で出てきた言葉かと思ったが、こういうとき本当にそう思っていたなら馬鹿正直な七惟は『何でもいいから似合ってる』くらい言いそうなものである。
それらしき言動が出てこなかったと言うのはこれは本心だろう、自分のことが褒められた訳ではないのだがこれはこれで率直に言って嬉しい。
「……ありがとうございます、オールレンジ」
「だから無表情でありがとうございますって言われても困るって言ってんだろーが」
無表情でお礼を言うのは七惟もよくあることだが、彼女の『ありがとうございます』はレストランで言った時と若干違った感じがした。
言葉に抑揚が、少女の感情が言葉に載って発せられているような、そんな感じだ。
少なくとも先ほどまでの無機質なロボットのような表情も、言葉からも大きく変わった。
その変化と二人のコミュニケーション、場に流れる暖かそうな空気が滝壺に今回の計画の成功を再度認識すると共に、滝壺自身も知らずの内に笑みがこぼれる。
「じゃあ、これは買っちゃうよ?」
「分かりました」
「滝壺、支払いはコレでやっといてくれ」
そう言って七惟は滝壺にクレジットカードを投げて渡す。
「いいの?なーないは確かお金が……」
「コイツより流石に俺のほうがまだ金は持ってるからな」
「うん、わかった」
そう言って滝壺が衣類を手に取りレジへ向かおうとすると、少女の視線が投げかけられていることに気が付く。
「ありがとうございます、滝壺理后さん」
「大丈夫。なーないも喜んでくれてよかったね」
「……はい」
七惟だけじゃない、少女とも互いの距離が縮まったような気がした滝壺の足取りは自然と軽くなるのだった。
*
「フレンダ、そんなにたくさん買って家に収納するスペースはあるんですか?」
「結局私は絹旗と違って家がリッチな訳よ、その分広いから大丈夫な訳」
「はぁ、そんなことは超どうでもいいですが……私はもうないので会計行ってきますよ?」
当初は興味本位でこの滝壺発案イベントに参加したフレンダであったが、買い物は満喫しその表情はほくほく顔である。
しかもまたもや麦野と並ぶ学園都市最高レベルの能力者をアゴで使うことが出来るのであるから、物欲だけではなく彼女の傍から見ればちっぽけなプライドも十二分に満たされていた。
そんな自己満足に陥っているフレンダを見て絹旗は『はぁ……』と短くため息をつきレジへと向かっていく。
今回七惟が大人しくフレンダの雑用に付き従ったのは滝壺の顔を気にしてのことだろう、此処で自分が原因でフレンダが険悪なムードになればせっかくの仲良こよしイベントも台無しになるのは間違いなく、故にあの男はフレンダの下僕になったのである。
しかしこの間の缶詰の件といい、昔殺されかけたその仕返しを出来てざまぁみろと思う反面、全距離操作と呼ばれる男がこうも大人しいというのにも違和感を感じずにはいられない。
フレンダは自分がある程度楽観的であり希望的観測をよくする、というのは自分自身理解しておりそれ故にリスクヘッジが疎かになっているということも分かっている。
しかしそんな彼女が今の七惟を『危険である』と感じ取っていた。
七惟という男がどれだけ残虐だったのか、どれだけ浜面のようなスキルアウトを葬ってきたのか、どれだけ暗部の人間を闇に落としてきたのかなんて嫌と言う程知っているのだ。
昔は精神距離操作を使っての拷問なんて朝飯前、転移攻撃で体内に青酸カリをぶちまけ暗殺、、コンクリート壁の中に転移させるとか……可視距離移動で戦闘機と人間を正面衝突させようとしたりと……任務遂行のためならば麦野よりも冷酷に成れる男、それが七惟だ。
そんな男が日曜日のお昼に女の子たちと一緒にショッピング、挙句の果てに荷物持ちをされ女の子に『服が似合っている』とか言っている始末。
ギャップが激し過ぎて違和感を覚えるどころか悪寒を覚える、滝壺はおそらく牙が引っこ抜かれた七惟しか見ていないからあんな風に接することが出来るのだろうが、絹旗と七惟は昔からの付き合いがって、彼女は七惟がどれだけ闇に染まっていた男か知っているはずなのに今では背中を預けるような形になっている。
「違和感しか感じない訳……まぁ第一位に殺されかけた頃から不気味だったけど」
そんな暗部の闇を体現したかのような七惟に変化があったのは、あの一方通行との実験の日。
七惟は学園都市最強と研究という名目での殺し合いをした、もちろんそれは彼ら二人が望んだことではなく学園都市暗部の思惑が働いてのこと。
結局七惟は一方通行には全くと言って言いほど歯が立たず、何もできずに痛めつけられ研究者たちのストップの声が掛かるまで半殺しにされ続けた。
その直後の七惟は目が死んでいると言って言いほど生気がなく、時間が経過するにつれてあの冷酷性はどんどん鳴りを潜めていく。
そして今、出来上がった全距離操作七惟理無はこんなにも大人しく、フレンダから言わせれば張り合いがない。
言葉使いや表情等は昔と対して変わっていないが、対人攻撃を行う際のアクセルの踏み込みが完全に変わったのは間違いない。
「でも結局怪しい訳よ……」
だがどれだけ腐っても七惟は学園都市の№8、一時期降格したが僅か1、2か月で8位に復帰した男だ。
裏でどんなことを考えているかは分からない、前会った時は長く一緒に居ることによって生まれた同情からあんな体裁になっていたのかと思って忠告もしておいたが、逆にその態度が今では不気味だ。
フレンダは七惟の今現状が理解し難く探りを入れるべく自動販売機前の椅子に座っている牙の抜けた男に話しかけた。
浜面や滝壺、他のメンツは会計に向かっており最後まで買い物をしていたフレンダの荷物持ちの七惟は一人取り残されていたようで好都合だ。
「おせぇぞフレンダ」
「私みたいな美少女の荷物持ちが出来るなんて幸せなことなのに、結局七惟は女の子の扱い方が下手な訳よ」
「お前の何処が美少女だ、ふざけてねぇでいくぞ」
なるほど、やはりこういったやり取りが出来る程、今の七惟には攻撃性が無い。
昔のコイツなら気安く喋りかけたならば苛立ちで口調がささくれ立っているようなものだが……。
「七惟、やっぱりアンタは変わった訳ね」
カマをかけてその本心を聞き出す。
一応七惟という男は今も昔も変わらずメンバーに所属しており、今アイテムとメンバーは同盟関係だ。
背中を預けている間に下手を撃てば後ろから……ということも考えられない訳ではない。
「あぁ?」
「こないだも言ったけど……昔のアンタはこんなんじゃなかった、もっと攻撃的で滝壺や絹旗と仲良こよしのお話なんて出来る訳がない」
「…………」
「私が知っている七惟理無は、戦闘機に人間を体当たりさせたり、同年代の子供を自分の為に精神距離操作の実験台に厭わず使って……私みたいな幼気な女の子を殺しに掛かったり」
「んな昔な話掘り出して何がしてぇんだ?」
「逆に私が聴きたい。結局七惟理無、アンタはいったい何がしたい訳?」
「どういう意味だ」
「アンタははっきり言ってこんな人間じゃない訳よ、それこそ皆で仲良くお昼に商業施設のレストランでお食事とか悪ふざけも大概にして欲しい訳。アンタには精々日が当たるところでの食事なんて、路地裏カップ面が精いっぱいな訳よ」
「…………」
「全部おかしい訳、前も言ったけど本心でそれをやっているならそれは弱点になる。でも今のアンタを見てると何が本当で何が嘘なのか結局分からない訳よ」
「うるせぇ奴だな」
「結局……七惟理無、アンタは何を企んでるの?滝壺といちゃついて絹旗を食べ物で丸め込んで」
滝壺が七惟に若干ホの字なのは彼女を見ていれば嫌でも分かる、あの暗部での経験が長い絹旗ですら最近は怪しくなってきている。
麦野は馬鹿らしい、の一言でフレンダの報告に対して聞く耳を持たなかったが、このままこの男を放置しておくととんでもないことになり兼ねないと彼女の経験が警鐘を鳴らす。
下手をすればアイテムが分断されるのではないかという危惧すら自分にはある、普段楽天的ポジティブとの名札をぶら下げているような奴と麦野に言われているのに、その自分以外が誰も気づいていない。
はっきり言って恐ろしくてたまらない、この男が及ぼす影響が。
「俺は俺だろ、お前が変わったと思っても俺は七惟理無だ。それに何も企んでねぇよ、俺が企むとすりゃ如何に穏便にスクールとのいざこざを片付けるかくらいか」
「私はアンタが裏でスクールと繋がってるとも考える訳よ、あんなにスムーズにアイテムに入ったのも結局そういった思惑があったと考えちゃう訳」
「馬鹿言え、お前と麦野が滝壺の身体吹っ飛ばすとか戯言を言うから仕方なしに入ったんだろーが。誰が好き好んで麦野と一緒に仕事をするかよ」
「……」
「お前こそ俺を怪しむ前に麦野を怪しむことだな、アイツは全てにおいて自分優先だぞ。お前以上に、そしてお前が考えている以上にな」
そういうと七惟は椅子から立ち上がり、フレンダの荷物を持って会計所へと向かう。
「んな馬鹿なこと考えるんだったら如何に垣根から身を守るか真剣に考えとけ……あの男に目を付けられたら瞬間から自分の常識が通用すると思ったら大間違いだぞ」
「どういう意味な訳」
「お前も麦野も、垣根帝督を舐めきってるだろ。アイツは正面から普通に戦ったら垣根以下のレベル5が束になってかかっても絶対に勝てねぇような奴だ」
「……」
「アホらしいこと言ってないで行くか……。流石に金はお前が払えよ、俺はただの布にそんな大金掛けられねぇからな」
言いたいことは言い切った、と七惟は踵を返し会計所へと歩を進める。
その場から七惟の背中を見つめるフレンダの目には、もやもやと解消しきれない不安の色が濃く滲んでいる。
結局あの男が今何を考えて行動しているのか全く分からなかった。
本当に七惟は何の策略や謀略も無く、今日一緒に滝壺達の買い物に付き合ったのだろうか?
同伴していたあの女はこちらのメンツを探るような顔で見ていたのは間違いない、だから七惟もきっとそういったことを目的に来ていて、いずれはアイテムを破壊することを企んでいるのではないかと考えていたのに。
まぁ考えたところで意味はない、七惟はともかく一緒にいたあの女に関しては間違いなく黒だ、防備を整えておいて損はない。
……目を瞑ると浮かんでくる、倉庫ステーションで七惟理無に殺されかけた記憶。
その記憶の警鐘からの行動だったが……結局不安は解消されず、フレンダは後ろ髪にひかれる思いで会計所へと向かうのだった。