とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
七惟の右手が、聖人の結晶とも言える女の必殺の一撃を止めていた。
「な……に……!?」
女が驚愕で目を丸くしているのが分かる。
絶対に破られることがない筈の業を防がれたのだから当然だろう。
「はッ……から、ったろ」
「……クッ!」
眩む視界、歪む感覚の中で自分の意識が飛びかけているのが分かる。
女が一旦距離を取ろうと七惟の傍から離れ、間合いを取った。
その間に七惟は自分自身の身体に何が起こったのかを確かめると、それはもう今までの科学の常識とはかけ離れている姿形だった。
右肩からは白く光る鳥の羽のようなモノが飛び出し、その大きさはおそらく自分の身長程だろうか。
絶えず光を生み出しているその翼は、時々電気がショートするような音と共に粒子のような、火花のようなものを撒き散らしている。
右肩から右手首まではいつもの人間のそれと変わらない、しかし手首から下は羽と同様に全くの別物だ。
淡く白い光をまとった右手はどのような力を持っているのか分からないが、間違いなく触れたら怪我程度では済みそうにはない。
何故このような状態になってしまっているのか分からないが、自身の精神状態が不安定なのは間違いない、すぐさま決着をつけなければ……。
決着をつけるためにはこの右手だ、右手で女を殴り飛ばせば、勝負は決まる。
それは直感で分かった。
それと同時にこの力は……常識を超えた力だということも、分かる。
「…………行……くぞ、ッ!」
「この……!」
言った傍から七惟の羽が垂直に跳ねあがり、飛行機の翼で例えるならばエルロンの部位からオレンジ色の光が噴射した。
勢いのまま一気に身体を全面へと押し出す。
そのスピードは骨格を無視した女の爆発的な加速力のさらに上を行くもので、七惟が走り去った後からは粉塵が舞い上がった。
本能の赴くまま、七惟は右手で拳を作るのではなくめいっぱい広げ、女の懐へと潜り込もうとする。
しかしそれを察知した女がさらに移動速度を上げて距離を取り、ワイヤーを放つがもうその程度ではどうしようもない程に七惟の身体能力は向上していた。
全てのワイヤーを掴み取り引きちぎり、追撃の七閃までも直角の動きで交わし一気に眼前へと迫る。
「なめてんじゃ……ねぇよ!」
引き腰だった女が声を荒らげ、逆に抜刀術を行おうとこちらに向かって飛んで来た。
構うものかと七惟も歩みを止めない、光る粒子を撒き散らしながら一気に間合いを詰め抜刀させる時間を与えさせまいとする。
が、目の前の女から感じる内の力が向上したかと思うと、まるでその瞬間だけ切り取られたような感覚に襲われる程のスピードでで抜刀を行う。
反射的に七惟はその切っ先を身体を捻って避ける、刹那女が驚愕した表情が視界に入るが、七惟は間髪いれずに右手を女の土手っぱらにめり込ませると、目いっぱい力を込めて溜めていたモノを放出した。
「ぶッ!?」
女が身体に溜まっていた空気全てを吐きだすと共に、凄まじいスピードで教会へと女の身体が突き刺さる。
人間が激突した程度では絶対に生み出されないような轟音と地響きが辺り一帯に響き渡ると同時に、教会の一部が無残にも崩壊した。
しかしまだ女は息があるようでもぞもぞと瓦礫の中で動いている、こちらの気力も限界だ、これ以上この状態は長くはもつまい。
此処で終わらせてしまおうと決心した七惟は女を殺すべく右手を握り近づくが、その前に立ちはだかった人物が居た。
「……ち、ド?」
「ななたん、もう終わりだ」
「な……にィ?」
終わり……?どういう……ことだ?
※
「これは学園都市側と魔術側が仕組んだ一種のお遊びだぜい、お前とあの聖人を競わせ……どちらが強いか知るための、な」
土御門の正面には、右方から一枚の翼を生やしオレンジ色の光を撒きちらす異常な天使がいた。
対峙する男からは、並々ならぬ殺気が溢れだしている、正直いつ自分に攻撃してくるか分かったものではないがまだ自我を保っているあたり猶予はあるか……。
「……だ、、ッ」
「あとは俺に任せてくれないか」
此処ではいそうですかと言ってくれれば事態の収拾は容易いのだが……そうもいかないようだ。
「どけステイル!あの野郎は私が!」
「神裂!落ち着け!」
興奮状態に陥っている神裂が攻撃を止めそうにない、今の七惟の神経を逆なでするような事態を招いては不味い。
ステイルも必死で彼女を押さえつけようとしているが、立った一人の魔術師が押さえつけられる程聖人とはやわではない。
「うおッ」
「ソイツは……放っておくわけにはいかないんだよ!まだソイツは何も悔い改めてない!」
ステイルを押しのけて神裂が再び刀を構える、これでは自我をいくら保っていたとしても七惟が戦闘を終わらせる理由にはならない。
「……ド、……てめエ、が……」
「ななたん、やめろ!」
七惟は正面にいた土御門の服をむんずと掴むと、凄まじい腕力で横に投げ飛ばした。
思い切り飛ばされた土御門だがまだ七惟が自分を敵と認識していないあたり救いようがある、日頃彼と仲良くしていて良かったと言ったところか。
しかしこのままでは本当にどちらかが死ぬまで闘いが終わりそうにない。
「土御門!どうするつもりだ!」
「はッ、こう言う時のために連れてきて良かったってことですたい!天草式に連絡をとれステイル!」
「それでどうするんだ!?」
「五和だ、アイツを見せればあの馬鹿共も目を覚ます!」
「よくそこまで用意周到に準備したもんだ!」
時刻は夜、そして今この瞬間日本にいる天草式が移動術式を使う時間帯に最適だ。
0930事件以降、ローマ正教は本格的に上条当麻を敵と見なし始めており、その身には危険が迫っている。
彼を保護するため、イギリス清教は学園都市の下調べを行うとして日本に天草式を派遣しており、五和達天草式は間違いなく日本での移動術式を使える場所にいる。
そしてこの教会もその場所なのだ。
「このッ……!天使崩れが!」
「ハッ…………ihbf!」
右手を白く発光させながら七惟の拳が七天七刀を素手でつかみ取る、それを読んでいた神裂が、聖人の反則的な脚力を思い切り込めたひざ蹴りを放つ。
それは七惟の顔面に叩きつけるが異常化したその身体はびくともしない、もはや並みの聖人以上の肉体的な強さを誇る七惟にそんなものは今更効果がないのだ。
この調子では何発互いに攻撃を放ったところで無意味に終わる、もうそれほどまでに二人の実力は拮抗していた。
「まだかステイル!?」
早くしなければ、始末書どころの騒ぎではない!
「今五和と建宮が向かっている!1分くらい待てないのか!」
「あの野郎達が1分も大人しくしてるとは考えられねぇ!」
七惟が転がっていた槍を左手で拾い上げ、神裂に向かって飛びかかる。
対して神裂も炎の魔術で応戦、七閃のワイヤーに煉獄を纏わせて放つ。
全てを無に帰す灼熱の炎を纏ったワイヤーだったが当たらなければ意味がない、七惟は人間では絶対に知覚出来ないソレの軌道を完璧に読み、さらにその後回避行動に映る神裂の移動先まで先読みする。
それでも避けきれないワイヤーから離れた煉獄弾は七惟の身体を容赦なく燃やそうとするが、どうしたことか七惟の身体に激突した煉獄弾は弾かれ重力に従って落下していく。
だが神裂とてそこでそう簡単にくたばるような女ではない、思い切り地面を踏みつけ跳躍し教会の屋根まで一気に登る。
七惟もそれを追いかけて跳躍するが、それを見て神裂は容赦なく七惟の身体目掛けてワイヤーを放った。
空中では回避行動が取れない、それを見越しての攻撃手段だったが、七惟が背中からまたもやオレンジ色の光を噴射し、回避行動をとると身体が教会の屋内へと突っ込んだ。
移動先には教会の壁があったがそれを躊躇なく粉砕し、今度は屋根にいた神裂の足元から翼が教会の内装・外装を破壊し天に向かって伸びた。
いとも簡単に教会の屋根を破壊したそれを纏わせて七惟が再び神裂の前に現れ、もはや人外と化したスピードで槍を振るう。
アノ状態になってからは距離操作能力は全く使っていないようだが、それでも七惟も神裂ももはや普通の人間が止められる闘いの次元を越えてしまっていた。
「来たぞ!」
ステイルが叫ぶ、ようやくか!
「す、すみません!緊急の事態だったらしいんですが遅くなりました!」
「おいおい……これはいったいどういうことなのよな……!?」
二人の眼前には破壊の限りを尽くされた光景が広がっている。
大木は七惟の距離操作によって一本残らず根こそぎもぎ取られ、広間は二人の爆発的な脚力に寄りクレーターのようなモノが出来あがり、そして十字教の象徴でもある十字架と教会にもその行為は及んでしまっている。
教会の一番高い位置に掲げられていた十字架はもはや十字架と呼ばれるような形はしておらず、形としてはカタカナの『ト』のようなモノになっている。
教会の屋根はぶち抜かれ、ガラスの窓は衝撃で一枚残らず砕け散り、壁は粉砕され容赦なく大きな穴があけられている、もはや人間の所業とは思えぬ数々に二人の表情は凍りついた。
「ねーちんと学園都市のレベル5七惟理無が戦っている、このままだとどちらかが死ぬまで終わりそうにないぞ!」
「そ、そんな……!?プリエステス様と七惟さんが……!?」
五和は信じられない、と驚愕の表情を浮かべるがそんなことに構っていられる程時間は残されていない。
そんな中4人の目の前に再び七惟と神裂が現れる、両者ともに目の前の敵を殲滅することしか考えていないようで全くこちらに目を配る様子もなかった。
「ケタケタ気味の悪い笑い声あげやがって!うるっせぇんだよ!」
「ハッ!死ン、でミルか!……ihbf殺qw!?」
下手をしたら戦闘機よりも早く移動しているかもしれないと思わせる二人は、煙を撒き散らしながらあっという間に目の前から消える。
「こんな場所に俺と五和を呼んで……どうするつもりなのよ?言っておくがあんな状態のプリエステスとレベル5を止めるなんて不可能なのよな。どうこう出来るレベルじゃないってことは分かるのよな?」
「そんなことは分かっている、土御門」
「あぁ……詳しい話は後に回すが、とりあえず今のねーちんは五和、お前が七惟理無によって精神拷問を受け廃人にされたと思い込んでいる」
あのアークビショップも色々考えたようだが、東洋魔術における『屍人形』まで用意し神裂の目を誤魔化すとは恐れ入る。
「そして七惟理無も同様にお前が廃人になったと思いこんでいる、誤解が解ければ……と言ったところだ」
「わ、私が……廃人?」
状況が全く把握出来ていないようだが彼女が理解しようがしまいが話は進んでいる、もっと悪い方向に事態が向かわないうちに対処しなければならない。
「経緯は聞くなよ、今はそんなことを話してる場合じゃないんだ」
「となると二人の意識をどうやって引くかが問題になってくるのか」
ステイルの言った通り今の七惟と神裂は天草式の二人に全く気付いていない、極端に視野が狭まっているのが原因だろうか。
「そんなのは簡単なのよな?」
「……建宮さん?」
「どういうことだ?」
この状況で二人の注意を引くのが簡単……?
建宮はゆっくりと五和の肩に手を置き、尚も激戦を繰り広げている二人のほうを顎でさした。
「あのど真ん中にうちの五和を放り込めばいいのよな、プリエステスは即座に五和を回収するだろう」
「確かにそうだが……あのレベル5はどうする、五和もろともあの右手で吹き飛ばしそうな勢いなんだぞ」
「そこにも問題はない……のよな?五和」
「え……そ、そんなこと!わかりません!」
「ステイルの言う通りだが……それ以外に方法がないのも確かだ」
土御門は七惟と五和の関係を知らない、しかしあのアークビショップが彼女を『鍵』としたからには何らかの理由があるはずだ。
それこそ一方通行と打ち止めのような……何か、七惟の心のピースの一つを担う少女なのだろう。
以前この教会では互いに殺し合い、次会った時は仲間として背中を預けて戦ったと聞いている、その間に何かが二人の中であったと考えるべきだ。
「出来るか……五和?」
「…………」
こんな立った一人の少女のこの場を預けるのは心もとないと誰もが言うだろう、しかし逆を言えばこんな少女にすがらなければならない時点で残された者の力などお察しものなのだ。
「今頼れるのはお前だけなのよ。引き受けてくれるのよな?」
「…………」
五和は俯き、答えない。
それもそうだ、人を越えた闘いのど真ん中に唯の魔術師が止めに入るなど自殺行為にも等しい、誰もが首を横に振るに決まっているが。
「……わかりました、やります」
「やります…………か、良い返事なのよな」
出来るかどうかわからないがやる、ではなく、やる、と彼女は自ら言い放った。
出会った頃から芯は強いと思っていたのだがまさかここまでとは……当初は自分の気持ちを前に出すのが苦手な奥手な少女だと思っていたがそうでもないらしい。
少なくともこんな局面で前に出ることが出来るのであれば、今までの土御門の考えは全く間違っていたと認めざるを得ない。
天草式を使えばどうにかなる、とあの胡散臭い女から言われた時は眉唾ものだと思っていたが……。
「すまないな……」
「大丈夫です、ステイルさん」
「頼んだぞ」
「はい、土御門さん」
そう言って五和は人外が繰り広げる闘いのまっただ中へと駆けて行った。
今まで頼りなく見えていたその背中が、幾分か大きく見えたのは気のせいではないだろう。
あとは……彼女の成功を祈るのみ、失敗したら……。
※屍人形は某漫画に出てくるものです。
ネタが分からない人ごめんなさいー。