とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
今回は早めに更新出来ました、たくさんの感想ありがとうございました!
「コイツは驚いた…………あの神裂と互角以上か」
遠くで二人の戦闘を監視していた土御門とステイル。
七惟と神裂の戦闘は二人が全く予想していなかった方向へと向かっていた。
「しかもまだ半天使化すらしていない……。間違いなく『神の右席』との闘いで一皮剥けたな、ななたん」
「身体能力面では明らかに神裂だが、それを完全にカバーしている」
「あの三次元の『壁』は凄まじい効果だぜい、まず物理的な攻撃じゃ砕けない。……となるともうねーちんは『唯閃』を使わないと負けちまう」
七惟が生み出す『壁』はどういう原理か分からないが、見えない不可視の盾を生み出し侵入者を拒む、まさに絶対領域を作り出すようなものだ。
いかに神裂が聖人としてその力をフルに活用しようとも物理的な方法ではあの壁は破れない、もう『唯閃』を使うしかないはずだ。
しかし……あの壁もそうだが、此処数週間で七惟の戦闘スキルは明らかにアップしている。
神裂の回避行動を頭に入れ、知覚できないスピードを先読みして攻撃を行う。
さらに自身を原点として行う様々な距離操作の攻撃、複数のターゲットをロックオン出来るようになった時から感じていたが、間違いなくこの男は強くなっている。
……下手をすれば、唯閃を使っても負けるかもしれない。
科学側の事象には、魔術的要素がほとんど入っていないためいくら神裂の唯閃でも一方通行の反射装甲は破れないし未元物質の生み出す『最大質量』を切り崩すことは出来ない。
もし七惟の壁もその中に入っているのならば、このままじりじりと体力を二人は消耗していき……と言ったところだ。
まぁ、半天使化してから生みだすことが出来たようだから少なくとも魔術的な要素が入っているであろうことに想像がつく。
魔術的な要素を含むならば壁を貫くことは出来るだろうと土御門は考えているし、間違いはないだろう。
それに少なくとも現状では神裂が負けるビジョンは浮かび上がってこない、如何に七惟が第4位に匹敵する程の戦闘力を手に入れたとしても。
絶対的な人間の自力の差……人間としてのスペックに絶望的な程二人には開きがあるのだから。
※
「このまま引き下がるか?天草式の上司」
「……何を言っているんですか?私はまだ負けたなどと一言も言っていませんが」
「今お前の腹の中じゃ木片がめちゃくちゃ動きまわってに傷つけてんだろ?あと右肩に刺さってる奴抜いとけよ」
「これはどうも」
「はン、強がりやがって」
「強がりかどうかは、この技を受けてからにして欲しいですね」
そう言って女は刀を鞘にしまう。
戦闘中だというのに獲物を自ら片付けるとはどういうことつもりだ?
「言っておきますが、次の一撃は……確実に貴方の肢体の一部を切断する威力のある一撃です。白旗を上げるならば今の内だと先に言っておきます」
「そいつは警告か?それとも唯の脅しか?」
「どう受け取って貰っても構いません、ただ……事が起きてからでは遅いと言っておきましょう」
「…………」
女は鞘から出ている柄に手をやり姿勢を低く保つ。
居合い切りか?それとも抜刀術の一種か……剣技に疎い七惟にとっては皆目見当もつかない。
しかし女から感じられる力の波長のようなものが先ほどより数段大きくなっているのが分かる、七閃と呼ばれる術式を使っていた時よりも明らかに大きい。
威力がどれ程の物かは分からないが、あの攻撃を受けるのは危険過ぎると本能が告げている。
「前方のヴェントが如何ほどの実力を持っていたかは知りませんが……この力は、彼女を斬り伏せることが出来る代物です」
ヴェント……確か上条と戦った『神の右席』の奴か?
もしや、勘違いしているのか。
それとも知らない?もう一人の右席が七惟を襲ったということを。
「どうっでもいいな、んなことは。あと俺はそのヴェントって奴は知らねぇよ、誰だそいつは?」
「シラを切りますか、それもいいでしょう。…………参ります」
「…………ッ」
言い終えた女がぐっと足元に力を込めたのを七惟が目視したその瞬間だった。
まさに一瞬と言う言葉がコレほど合う動作も無いだろう、女がもはや人間の骨格を無視した脚力で爆発的に加速した。
七惟は目で追うのを諦め、このスピードならば身体を左右に振るのは無理だと判断し壁を生み出す。
「ッ!?」
1秒、七惟が異常に気付くまでにかかった秒数だった。
しかしそのたった1秒が明暗を分けることになる。
七惟は女が壁を突き破るのを間違いなく感知していた、そしてすぐさま同様の壁を破られるごとに張ったがそれら全てを女は悉く貫き食い破った。
今までとは明らかに違いすぎるその力、対策を練ろうにもあまりに早すぎるため頭を切り替える前にもう全てが終わっていた。
「これが最後通告です、次は……両足を切らせてもらいます」
女の声が背後から響いたところでようやく七惟は自らが切られたことを自覚した、右肩あたりの肉が深く抉られており大量に出血している。
「……ガッ!?」
手加減…………された?
痛み以外の何も考えられない頭を何とか動かし状況を整理する。
今の女の力ならば七惟の両足両手を切断するなど容易かった筈だ、それなのにやらなかったと。
急展開に七惟の頭は必死についていこうとするが、痛みがそれを阻害する。
こちらは出し惜しみなどしていなかったのにまだ奴にはカードがあったのか。
……秘めていた奥の手が、実力があまりにもこちらと違い過ぎる……このままではどうやっても事態は好転しない。
「どうしますか?大人しく処刑塔へ行くのが賢明な判断だと思いますよ」
どうするも何も、元より七惟の中にはこの女に屈してロンドンまで行くという選択肢は最初から存在していないのだ。
そして戦わずにロンドンに行く選択肢はもっとあり得ない。
ならば…………当初諦めていた他の選択肢か?いや、最初に諦めたものに今更すがるなど、それこそもう自分の未来は決定されてしまったようなもの。
「どうする…………だとぉ?、俺は、元よりそんな身に覚えがねぇような冤罪を、被るつもりは、ねぇんだよ」
「…………」
「そもそ、も俺が五和にそんなコトやって……何の得があんだよ。アイツは、俺のコトを、『仲間』って言ってくれた奴なんだぞ?」
息をすることさえ痛みで億劫になってきている、やはり戦ってどうにかするという選択肢を取るのはよろしくない。
だがそれ以外の選択肢が何処にある?最初から交渉などするつもりはない、コミュニケーション能力が薄い自分にそんな真似ごとなど笑われるだけだ。
「んな奴を……、自分の手で廃人にする、なんざキチガイ、がすることだろが。少なくとも俺だってな、五和のコトを仲間だって思ってんだ、分かったか糞馬鹿が!」
「……他に言葉は無いようですね」
「言葉なんざどれだけ並べたって空虚なもんだろ、だらだら理屈屁理屈並べんのは嫌いなんでなぁ……!」
「仕方がありません……それではやはり『死んだ方がマシ』と思える程の拷問にかけて吐いてもらいましょう」
「はッ……」
勝てる要素はないが、此処で『ロンドンに行く』などと言ったらそれこそ仲間である五和への冒涜だろう。
彼女はこんな暗部に染まり切った自分を知っていて、それでも尚仲間だと言ってくれたのだ。
ならばそのお思いに答えるのが筋というもの、最後の最後まで諦めずに自分の潔白を示すべく闘い続けるのみ。
再び女が柄に手をやり抜刀の構えを見せる、互いの距離は大方10M前後……先ほどと変わらない。
変わらないだけに、何が起こっても七惟は知覚出来ないし気付いた時にはおそらく勝負はついている。
どうする……!?
あの爆発的な加速力は七惟の動体視力では到底捉えきれないし、設置した壁もいとも容易く破壊される。
奴の刀に込められた力は物理的な現象だけではないはずだ、物理現象だけならば絶対に3次元の壁で防げる自負がある。
その考えから導かれる答えは、魔術的な類や要素。
魔術的な要素……『界』を圧迫する力……?
そこに七惟の思考が辿りついた時、女が声を上げた。
「……最後通告はしました、それでは実力行使に出させて頂きます」
「…………!」
界を圧迫する力、それは0930事件でヴェント及びルムに正体不明のダメージを与えていた力。
発生源は科学側の力で生み出した堕天使だ、あの時は確かAIM拡散力場と七惟本人の関係を濃くすることで何かが起こりルムを撃破したはず。
今のあの女からは先ほどまでは一切感じられなかったあの時と似たような『普通の現象では有り得ない力』が充満している、それはあの時のAIM拡散力場の状態と非常に似ているものだ。
もしかしたら…………。
「こっちも、最後通告させて貰おうか」
「……何を?」
「お前が今の業を使ったら……どうなるかわからねぇってことだ」
「強がりですね、貴方では私の『唯閃』は防げません。先ほど証明したはずですが」
「さぁな。なら試してみやがれ……!」
「虚勢を……覚悟は決まったようですね」
女は再び両足に力を込め、次の瞬間足元の大地が軽く凹む程の力で身体を跳ねあげ超加速する。
界の圧迫……!奴から出ている力とあの時のAIM拡散力場をイメージして、それらを自分に引き寄せる!
それはもう目が見えようが見えまいが全く関係のない『感覚』、当然一種の賭け。
七惟は女がこちらに向かってきたのを察知すると同時に、生み出されている疑似AIM拡散力場の力をあの時と同じに用に引き寄せた。
そして、二人の影が交錯する。