とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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一騎当千-2

 

 

 

 

 

満月を背景に、まるで時代劇の演出を思わせる一コマ。

 

女は高さがゆうに8Mあると思われる教会の屋根から飛び上がり、闇夜に光る満月を背中にしてこちらに向かって飛びかかってきた。

 

それと同時に、人間が軸足で地面を蹴ったとは思えないような音が鳴り響く。

 

普通なら自殺行為と判断するのが妥当だ。

 

しかしルムを見て魔術関連の連中がどんな不思議現象でも巻き起こすと理解した七惟からすればどうということはない、女目掛けてすぐさま可視距離移動砲を発射する。

 

「甘い!」

 

「ッ!?」

 

弾丸となった大木が女を襲うが、手から伸びたワイヤーのような物体で大木は真っ二つになる。

 

その割れたスキマから女が飛び出し、異様に長い剣をこちらに向けて振るう。

 

「…………ッ!わりぃがそんな手加減された切っ先で俺は倒せねぇなぁ!」

 

七惟は身体を捻りその切っ先を交わし、追撃の蹴りを先ほど真っ二つになった大木を転移させやり過ごす。

 

今のは間違いなく剣ではなく蹴りでこちらを仕留めようとしていた、要するにこの女は元からこちらを殺すつもりなく昏倒させてしまおうというハラか。

 

ルムと殺し合いをした身からすれば生ぬるいものだ。

 

「こっちはてめぇを殺すつもりでやんぞ!」

 

『殺す』

 

確かに恐れた、必要以上に。

 

そして誰ももう殺したくは無いと思った。

 

あんな恐ろしい思いを、今まで自分は振りまいていたのだと自覚した時は手が震えた。

 

しかし、今回は相手がその『死』をこちらに与えてきている。

 

ならば、遠慮する必要など、ない。

 

死をこちらに与えるというのならば、こちらも死を持って徹底的に殲滅するまで。

 

七惟は転移攻撃を行い女の土手っぱらあたりに瓦礫を発現させる。

 

「私のスピードの前では貴方の能力は意味がありませんッ」

 

女は人間とは思えない脚力で一気に加速し七惟の視界から消える。

 

なるほど、核弾頭と言うだけあって確かに人間レベルではない。

 

その一つ一つの動きが、人間の身体では負荷がかかりすぎて実現不可能なことばかりだ。

 

七惟は女が死角に回りこんだのを察知し、先ほどと同様に大木を背後に転移させ攻撃をやり過ごそうとするが……。

 

「七閃!」

 

凄まじいスピードでワイヤーが放たれる、それらは七惟が知覚出来るものではなく常人ならば問答無用で身体を貫かれるだろう。

 

が、七惟は常人ではない。

 

ルムとの闘いの末、七惟はある一つの防御手段を思いついた。

 

それは自身をグラフの原点と考えて能力を行使する距離操作能力者特有の防御手段。

 

点と点を結び、壁を作る――――それが二次元から三次元になっても同じこと。

X、Y、Z軸をそれぞれ定め空間を把握し、線を作って壁を作る。

 

自身の等身大の大きさ、そして多面的に壁を作り出せないことが弱点であるが、それを余りある防御を可能とする。

 

目には見えない防御の壁、それとワイヤーが激突し耳を劈くような高周波が周りに撒き散らされるも、二人は動くことを止めない。

 

今度は容赦なく振るわれた刀を、七惟は五和から受け取った槍で交わし、逆に攻撃に出る。

 

女はそれをまるで始めから分かっていたかのように見切り、今度は至近距離から七閃と呼ばれるワイヤーを打ち出す。

 

これも壁に阻まれる、七惟は複数のターゲットをロックオンしそれらを可視距離移動で女の行く手を阻むように打ち出した。

 

だがそれでも女はこちらの想像を上回るスピードで移動し、女の思考を先読みして放った一撃も剣で解体されてしまう。

 

粉塵が舞い上がり、粉々になった木々の残骸が視界を覆い尽くす。

 

七惟からすれば、全く自分の攻撃が通じずに焦っている……というこもなかった。

 

やはりこの女、ルムのような摩訶不思議現象を起こすことはない。

 

確かにその力とスピードは人間の常識とは遥かにかけ離れており、ルムと戦う前の七惟ならば瞬殺されていただろう。

 

しかし『壁』を作ることが出来るようになった七惟は死角からの攻撃や人間の身体能力で対応出来ない攻撃は処理出来るし、知覚出来ないスピードだろうが行く手を阻めば近寄れない、

 

どれだけ力があろうが目に見えない壁を物理的に切断することも不可能だ。

 

勝てる……かもしれない。

 

「戦っている最中に考え事ですか!」

 

「ッ!」

 

女がフェイントを刻みこちらに近づく、設定した壁の横をすり抜けてきたため一瞬反応が遅れるも何とか槍でその一撃を押さえつける。

 

「言っておきますが私の腕力は人間のそれとはかけ離れていますよ」

 

女がぐっと力を込めて思い切り七惟を押し出す、まるで一方通行のベクトル変換のように生み出された膨大な力に七惟は槍ごと吹き飛ばされる。

 

「いったいどんな肉体構造してやがんだよ……!」

 

すぐに態勢を立て直そうと動くも既に女はこちらに向かって飛び出している、七惟は行く手を阻むように壁を生み出すも女は既にこちらの壁の性質を見切ったのか的確に壁を交わす、七惟もやられるものかとその避ける先を計算しガラス片を転移させるが、女はそれも予想していたようで上に跳躍し交わす。

 

が、七惟はそこで終わらずに今度は跳躍した女の死角に大木を可視距離移動で打ちだした。

 

女はそれすら見切っていたようだが、刀で真っ二つにされる瞬間に大木の絶対等速を殺さずに反対側に出現させる。

 

反応が遅れた女は時速300kmの絶対等速状態の大木を正面からくらい教会の壁へとめり込んだ。

 

「はッ……魔術師っつってもえらく肉弾戦だなてめぇ」

 

コンクリートを砕く音がし、女が教会の壁を破壊して煙の中から現れる。

 

やはり何処にも外傷は見当たらない、普通の人間ならば即死モノだがどうやらもとより身体の頑丈さが違うらしい。

 

一太刀目から感じていたが、此奴には人間の身体能力の常識が通用しない。

 

要するに人間の外見をした別物の生物だ、まぁそれは学園都市の能力者である七惟も似たようなものなのかもしれないが。

 

「予想以上にやりますね、情報では此処までの力は無かったとのことですが」

 

「はン、大方てめぇも土御門の野郎に騙されてんじゃねぇのか」

 

「まぁ彼も一筋縄では行きませんからね」

 

「もしかしたらどっかで俺らが対戦してんのを監視してるかもな」

 

女が再び剣を構え直す、さてどう出てくるか。

 

「……何やら余裕のようですが、まだ私はまだ本気ではありませんよ?」

 

そう言って女は左手から燃え盛る炎を生み出す。

 

さらに右手からワイヤーを放ち、そのワイヤーの軌道上に炎を上乗せし、拡散させる。

 

どれ程の威力は分からないが、飛び散った火の粉で大木が焼けただれるのを見るに触れたら火傷では済みそうにも無い。

 

七惟は飛んで来る火の粉を生みだした壁で防ぎ、五和の槍を女に向かって投げつける。

 

「此処からは人が立つステージの一つ先の舞台。ついて来れますか?」

 

「……口だけは良くまわりやがる!」

 

七惟は女が槍を弾こうとしたその瞬間、先ほどの大木と同様に運動の力を殺さず女の死角へと転移させる。

 

しかしさらに移動速度を上げた女はその追撃を易々と避けた。

 

「七閃!」

 

高速で繰り出されたワイヤーを壁で凌ぐ、が間髪いれずに女は多方面から追撃のワイヤーを放ち、さらに炎を拡散させて周辺に撒き散らし七惟に休む暇を与えさせない。

 

一度に作り出せる壁は限られているためこれ以上スピードを上げられては防ぐのが厳しくなってくる。

 

「ちょこまか動きやがって!」

 

七惟の鼻先に割り込もうとする女に広場にあったベンチを投げつける、これも刀で綺麗に切り崩され、周辺に無数の木片が飛び散った。

 

眼前まで迫った女はそのままワイヤーをこちらに目掛けて放つが遅い、七惟の目的はベンチを女に破壊させることだ。

 

七惟の能力は物理的に対象を直接破壊する力はない、言ってみればこのように瞬間的にベンチを砕くことは出来ない。

 

しかしこうやって女に破壊させることにより、普段なら何でもない壊れたベンチの残骸も七惟の手に掛ければ一瞬で人体を破壊する凶器となる。

 

「散布図……って知ってるかぁ!?」

 

七惟は散り散りばらばらになったベンチの木片を女が移動するであろう場所に手当たり次第転移させた。

 

女の今までの行動から分散値を測り、どれ程まで移動が可能か正確に計算したので間違いなく木片の数枚は女の身体を破壊する。

 

「がッ!?」

 

予想通り女は七惟に剣を振るう直前で飛び散った木片が体内に転移し発現したらしく、異物の発現で異常をきたした身体が悲鳴を上げたようだ。

 

態勢を崩した女は倒れ込むものの、受け身を取りすぐさま立ち上がる。

 

女は口から血を吐き、右腕に手のひらサイズの木片が突き刺さっている様相からそれなりのダメージを受けているように七惟には見えた。

 

……やはり、この女は台座のルムには若干だが、劣る。

 

まだ本気ではないかもしれないが、台座のルムは終始本気を出していなかったし何より七惟によって直接的に一度も傷は付けられなかったのだから。

 

 

 

 

 


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